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止観輔行伝弘決 (止觀輔行傳弘決)


止觀輔行傳弘決卷第八之一

止観輔行伝弘決 巻第八の一

唐毘陵沙門湛然述

唐代毘陵の沙門湛然の述

釋煩惱境者。自此以下現文六境及略三境。咸是發得。此九境外所起煩惱。乃至四弘但屬陰境三陰所攝。是故尋常非無煩惱乃至發心。亦並須觀非不名境。今文謂辯觀陰發得。故須辯異。讀者行者無惛本宗。如前七隻分別中。云此之十境是三障攝。非即現在所起三障。現三障者。如大經第十云。菩薩摩訶薩求種智者。為除眾生三種障故。煩惱障者。所謂三毒纏蓋八慢四邪等。業障者。謂五無間報障者。謂三惡道誹謗正法及一闡提。故知舉惡能障。故名為障。今以流類攝彼後兩。初總明來意中。先結前生後。上陰下結前。而觀察下生後。次前訶欲下正明來意。先且與上諸文辯異。有法譬合。初明與上方便中訶欲棄蓋辯異。次與上陰境辯異。上之欲蓋及陰入中。雖有惑相未過增盛非煩惱境。故訶欲中且知五塵是生行者貪欲之緣。生欲是過。因過生罪是故須訶。蓋中但是緣落謝塵妨於入觀。應須捨棄。又此二五若訶若棄。但成方便未正用觀。前觀陰入觀於報陰。報陰無記於彼陰上求於妙解。故彼陰境未名煩惱。又前別歷一心文中。雖觀貪瞋非今境意。但是現起善惡諸惑。皆陰入攝。是以因陰所起煩惱。皆名陰境。今境必須因觀陰發。發重貪等方名今境。從今觀去。正舉今境異陰蓋等。故云起重貪瞋。從如鐵下舉譬也。鐵如陰火如觀。陰未遇觀宿惑冥伏。故云但黑。因觀陰境陰解未生。習起異前故曰赫然。又報法下次辯難易。更牒欲蓋及以陰入。與今煩惱總辯難易。故欲蓋之體通屬陰入。故與陰入通名尋常。何者下別釋也。與前三法對辯難易。初正明相對中先法次譬。法中出前三毒與今對辯。前是報法及現煩惱。是故易息。今發既重是故難制。倒想是癡。貪者可見。言死馬者。十誦初戒天魔欲壞難提。變為女人誘至馬所。便隱形去。是人欲盛乃至不簡。此惑下更辯助緣。所發煩惱已過於常。復加外緣致令狂逸。譬如下舉譬也。流水如陰法。用觀如概木動習如𭱯起。漣漪等者。風行而流水成文。今以木概彼風行急流蹙水𭱯起。又漣漪者重波也。波上又波故曰重波。𭱯者本音豹字。即豹變也。今是水起借從水作。健人譬意與水大同。煩惱下合譬也。如觸臥師子下更重以譬釋成前譬。若不下結勸令識。非唯下明因境起過。如第五卷云隨之牽人向惡。即此意也。次正釋中初釋相者。先釋名中有二解。初合字釋者。三毒是能煩。心神是所煩。次分字解。煩為能煩惱為所惱。當知通名通於見思。此一往分下明鈍中有利。如蟲獸凡夫亦能起我。我即是利雖利屬鈍。故云實不推理乃至自大。蠕者小蟲有識能動者也。舉螫等者蟹類也。埤蒼云。其一螫遍大。名為擁劍。亦名執火以螯赤故。亦如螳蜋拒轍等是。鬐者項毛也。說文云。馬鬐鬣也。如狼等瞋必張鬐怒曰。此舉蟲等劣類以況於人。此尚計我何況人耶。底下凡劣下舉鈍使凡夫而亦有利。五利至何嘗等者。次明利中有鈍。如諸外道依於諸見而起瞋恚。若未發禪來等者。問。如佛弟子次第修人亦未發禪。何故名為須陀洹人所斷見惑。答。今判利鈍約現發見見所起惑。如未得禪來縱起宿習所有煩惱。及因現陰起於我見。仍屬鈍使。初果所斷凡夫共有。冥伏在身障真無漏。若見諦理此惑自除。故名此惑以之為見。故不同於禪後所起。若諸外道由未見諦。得禪定已雖斷鈍使。仍未曾斷一毫見惑。見惑現行。故不同於未發禪來所有見惑及冥伏者。是故不以八十八使中見惑為例。故八十八使義屬陰境所攝。對簡利鈍方受見名。復異禪後見惑之相。今但對禪後見簡。故云若得禪起見。縱有貪瞋同屬於利。如兩學人下舉例也。得語如鈍得意如利。二俱得語得意諍強。二俱計我得禪見盛。若發下簡示境體。身中雖具八十八使。然所起者但屬鈍使而在今境。若利中下次判根條。先且徵起也。若利中有鈍。斷見惑人但名斷利。利中之鈍此惑應在。若不爾者。利中有鈍不名為鈍。故次引毘曇釋云。利雖有鈍此鈍屬利。從於利使背上而起。底下之人雖起於利。此利屬鈍。從於鈍使背上而起。故云思惟亦如是。若開等者次明開合。開為八萬合但三毒。八萬既不出於三毒。今觀三毒即觀八萬。為是義故須辯開合。三毒下明為障不同。初明四分俱能障定。唯有無記不屬善惡。即不障定。是即不障定者仍屬陰境。若為障者兩屬不同。謂發不發。如前簡也。經云下引大品證無記不障。即師子等定所入散心。此並依毘曇意也。次依成論人意亦許毘曇四分俱散。而不云四分俱障。但云散中無不並有相應癡惑。故云散兼無知。能障定者則在於癡。若爾下難成論人。四分俱散。散兼無知。癡能障定。此相應癡。癡必瞋欲。癡既障定。癡有瞋欲何不障定。而獨立云癡能障定。今釋下今家正解。言別意者。如上釋蓋隨人不同。若貪重者貪即為蓋。瞋癡為障亦復如是。故今為障准彼應知。故毘曇家所引大品以為證者。是義不然。彼大品經明超越三昧。從滅定起入散心中。故言此散而不障定。今所論散障與不障。應辯凡夫所有三毒。如何引於羅漢勝定出散等相。但煩惱下明今辯相為所觀境。但云四分相實未周。若論自行足得為境。故引法華明觀境意。意在除棄分別非急。言二十年者。疏有多解。見思未除大機未熟。故二十年且令除糞。又破見惑用一無礙一解脫。破思惟惑用九無礙九解脫。合為二十。又二道中斷結總名二十。又上分下分總名二十。又依二使人共斷見思。亦名二十。初解即以離繫得數而辯二十。後解並以二義而為二十。若爾下釋疑。疑云。若意在除棄。五百羅漢豈非除棄。而婆沙中種種分別耶。為持下釋疑。五百本於一門入道。亦未分別得羅漢已。為持佛法使久住故。既為眾首須通外難。是故五百廣演分別。若不為眾首縱成羅漢。非入假位亦未必須種種分別。復次下。明此惑相。正為十觀所觀之境。是故須辯是通是別思議不思議等。既云各具四分。今境但是鈍中四分。今文語略不暇簡之。但且簡通別等耳。若委簡者。屬陰利鈍非今所觀。所發利鈍是今所觀。所發復二。禪後之利屬下見境。見慢業外是今所觀。初辯通別中。云利鈍合各為四分者。為對前開為八萬故。故今云合但有四分。界外既立四分之名。開合之義義同界內。但是別惑異界內耳。若作相關等者。次辯思議不思議等。明向通別隨教不同。若作相關即是別義。不明相即故曰相關。通惑如枝枝謂枝葉。別惑為本本謂根本。枝本但得相關而已。即別義也。若作不思議者。應云通惑如華法性如空。以眼病故於空見華。若能體病知華即空空華體同。即圓義也。已如第一卷以三止觀結發心中說。故知思議不思議二皆觀界內通惑為境。以所發者必非別惑故也。下起觀中先明思議。故今預辯亦雙明之。意在相即。於通惑上二義俱通。故云若作。次釋因緣有三。如後說者。謂習等三。起相下先以四句判其起相。於中先列四句。次判境相。前文雖復辯其離合通別等義。而未明內心起之相狀。故於此中重辯起相。故知今起異於欲蓋及陰入等。因緣下正明因緣。集因謂因熏習相續為緣。意業為因身口惡行為緣。魔行為因十軍攝擒為緣。有此三故今修道品。此三復發又名為緣。初集有法譬合也。言道品者。秖是正觀陰入境耳。順流曰沿。不修觀故順生死流。若修道下即現在觀陰復發宿種。逆流曰泝。有即二十五有。謂四域四惡趣。六欲并梵王。四禪四無色。無想五那含。嵬謂崔嵬高起貌也。嵬字(五回五非五韋三切)惑被觀制是故嵬起。次明業中。那者何也。卓者高也。業相已起名為成就。品位不成名為不立。譬中云如河等者。湉水定也。無水者非也。波如連山者。莊子云。白波如山。文選海賦云。波如連山。陰境如河湉。修觀如風起。惑發如大波。縱身口如擲帆。失一心如放柁。由此放擲行船破壞。若心柁決斷正身口帆。則正觀船必免業敗。過煩惱河至涅槃岸。次明魔中言十軍者。大論釋四魔中問曰。何處釋煩惱為魔。答。如雜寶藏經中佛說偈語魔言。

ここでは煩悩の境について述べます。これ以後の現文の六境と、略して示される三境は、すべて観法によって発現したものです。この九境の外に起こる煩悩、さらには四弘誓願に至るまで、ただ陰境に属し、三陰に摂められます。ですから通常の場合も煩悩がないわけではなく、発心に至るまで、いずれも観ずべきであり、これを境と呼ばないわけではありません。今の文は、陰を観じて発現することを論じるものですから、違いを明らかにしなければなりません。読む人も行じる人も、本来の宗旨に迷うことのないようにしてください。

前の七つの分別の中で述べたように、この十の境は三障に摂められるとはいっても、それは現在起こっている三障そのものではありません。現在の三障については、大経の第十にこうあります。「菩薩摩訶薩が種智を求めるのは、衆生の三種の障を除くためです。煩悩障とは、いわゆる三毒・纏蓋・八慢・四邪などです。業障とは、五無間です。報障とは、三悪道・正法の誹謗、および一闡提です。」ですから、悪を挙げて障となすことを知ります。それゆえ障と名づけるのです。今はその流類によって、後の二つを摂めます。

初めに総じて来意を明らかにする中で、まず前を結んで後を生じます。「上陰」以下は前を結び、「而觀察」以下は後を生じます。次に「前訶欲」以下は、正しく来意を明らかにします。まずしばらく前の諸文と違いを論じます。法・譬・合があります。初めに前の方便の中の訶欲・棄蓋との違いを明らかにし、次に前の陰境との違いを明らかにします。前の欲蓋および陰入の中にも、惑の相はありますが、いまだ増盛を過ぎていないので煩悩境ではありません。ですから訶欲の中では、五塵が行者の貪欲を生じる縁であると知るだけです。欲を生じることが過ちであり、過ちによって罪を生じるので、訶す必要があるのです。蓋の中では、ただ縁が落ちて謝した塵が入観を妨げるので、捨て去るべきです。またこの二つの五は、訶すにせよ捨てるにせよ、ただ方便を成すだけで、まだ正しく観を用いるわけではありません。

前に陰入を観ずるのは、報陰を観ずることです。報陰は無記であり、その陰の上に妙解を求めるので、その陰境はまだ煩悩とは名づけられません。また前の別歴一心の文の中でも、貪瞋を観ずるといっても今の境の意ではなく、ただ現起の善悪の諸惑は、すべて陰入に摂められます。ですから陰によって起こる煩悩は、すべて陰境と名づけるのです。今の境は必ず陰を観ずることによって発現しなければなりません。重い貪などが発現して、初めて今の境と名づけます。「今觀」から以下は、正しく今の境を挙げて、陰蓋などと異なることを示します。ですから「起重貪瞋」と言うのです。「如鐵」以下は譬えを挙げます。鉄は陰のごとく、火は観のごとくです。陰がまだ観に遇わないとき、宿の惑は冥伏しています。ですから「但黑」と言うのです。観によって陰境を観じても、陰解がいまだ生じないとき、習気が起こって前と異なるので「赫然」と言うのです。

また「報法」以下は、次に難易を論じます。さらに欲蓋および陰入を繰り返し挙げて、今の煩悩と総じて難易を論じます。ですから欲蓋の体は通じて陰入に属します。それゆえ陰入と共に通じて尋常と名づけるのです。「何者」以下は別に解釈します。前の三法と対比して難易を論じます。初めに正しく相対を明らかにする中で、まず法、次に譬えです。法の中で前の三毒を出して今と対比して論じます。前は報法および現煩悩ですから、息みやすいのです。今の発現はすでに重いので、制しにくいのです。倒想は癡です。貪は見て取れます。「死馬」と言うのは、十誦の初戒で、天魔が難提を破壊しようとして、女に変じて馬の所に誘い至り、たちまち形を隠して去ったという話です。この人は欲が盛んで、選ぶことさえしなかったのです。

「此惑」以下は、さらに助縁を論じます。発現した煩悩はすでに常を超えています。さらに外縁が加わって、狂逸に至らせるのです。「譬如」以下は譬えを挙げます。流水は陰法のごとく、観を用いることは概木のごとく、動く習は𭱯起のごとくです。「漣漪」などとは、風が行って流水に文を成すことです。今は木で彼を概し、風が急流に行えば、水が蹙って𭱯起します。また漣漪とは重波です。波の上にまた波があるので重波と言うのです。𭱯は本音は豹の字で、すなわち豹変です。今は水が起こるので、水に従って借りて作ったものです。健人の譬えは、意は水と大同小異です。「煩惱」以下は譬えを合わせます。「如觸臥師子」以下は、さらに重ねて譬えをもって前の譬えを解釈して成立させます。「若不下」は結んで勧め、識るようにさせます。「非唯」以下は、境によって過ちが起こることを明らかにします。第五巻に「隨之牽人向惡」とあるのが、まさにこの意です。

次に正釈の中の初めに相を釈する中で、まず名を釈するのに二つの解があります。初めに字を合わせて釈するとは、三毒は能煩であり、心神は所煩です。次に字を分けて解するとは、煩は能煩、悩は所悩です。知るべきです、通名は見思に通じます。「此一往分」以下は、鈍の中に利があることを明らかにします。虫や獣、凡夫もまた我を起こすことができます。我はすなわち利ですが、利といっても鈍に属します。ですから「實不推理」乃至「自大」と言うのです。蠕とは小さな虫で、識があり動くことができるものです。「擧螫」などとは蟹の類です。埤蒼に「その一螫は遍く大なり、名づけて擁劍と為す。また執火とも名づく、螯が赤いからである」とあります。また螳蜋が轍に拒むなどもこれです。鬐とは項の毛です。説文に「馬の鬐鬣なり」とあります。狼などのごとく、瞋れば必ず鬐を張って怒ると言います。これは虫などの劣った類を挙げて、人を況えるものです。これすら我を計るのですから、人はなおさらです。

「底下凡劣」以下は、鈍使の凡夫を挙げて、また利があることを示します。「五利至何嘗」などは、次に利の中に鈍があることを明らかにします。諸外道が諸見に依って瞋恚を起こすがごとくです。「若未發禪來」などとは、問う、仏弟子の次第に修める人もまた禅を発していないのに、なぜ須陀洹の人が断ずる見惑と名づけるのか。答う、今、利鈍を判ずるのは、現に発す見、および見によって起こる惑についてです。いまだ禅を得ないうちは、たとえ宿習のすべての煩悩を起こしても、また現陰によって我見を起こしても、なお鈍使に属します。初果が断ずるものは凡夫と共有です。冥伏して身にあり、真無漏を障えます。もし見諦の理を見れば、この惑は自ずから除かれます。ですからこの惑を名づけて見と為すのです。それゆえ禅の後に起こるものと同じではありません。諸外道は未見諦によって、禅定を得た後、鈍使を断じても、なおいまだ一毫の見惑を断じていません。見惑は現行します。ですから未発禅來のすべての見惑および冥伏するものと同じではありません。それゆえ八十八使の中の見惑を例としません。ですから八十八使の義は陰境に摂められます。利鈍を対簡して、初めて見の名を受けます。また禅後の見惑の相とも異なります。今はただ禅後の見に対して簡ぶので、「若得禪起見」と言います。たとえ貪瞋があっても利に属します。「如兩學人」以下は例を挙げます。語を得るのは鈍のごとく、意を得るのは利のごとくです。二つとも語を得て意を得れば、諍いが強いのです。二つとも我を計れば、得禅の見が盛んです。

「若發」以下は境体を簡んで示します。身中には八十八使が具わっていても、起こるところのものはただ鈍使に属し、今の境にあるのです。「若利中下」は次に根条を判じます。まずしばらく徴起します。もし利の中に鈍があれば、見惑を断ずる人はただ利を断ずると名づけるだけです。利の中の鈍、この惑はあるはずです。もしそうでなければ、利の中に鈍があっても鈍と名づけられません。ですから次に毘曇を引いて釈して言います。利に鈍があっても、この鈍は利に属します。利使の背から起こるからです。底下の人は利を起こしても、この利は鈍に属します。鈍使の背から起こるからです。ですから「思惟亦如是」と言うのです。

「若開」などは次に開合を明らかにします。開けば八万となり、合すればただ三毒です。八万はすでに三毒を出ません。今、三毒を観ずることはすなわち八万を観ずることです。この義のために開合を論じなければなりません。「三毒下」は障となることの不同を明らかにします。初めに四分がともに定を障えることを明らかにします。ただ無記のみは善悪に属さず、すなわち定を障えません。すなわち定を障えないものは、なお陰境に属します。もし障となるものは、二つに属するのが同じではありません。発と不発のことです。前の簡びのごとくです。

「經云下」は大品を引いて無記が障えないことを証明します。すなわち師子などの定に入る所の散心です。これはみな毘曇の意に依ります。次に成論の人の意に依れば、また毘曇の四分がともに散であることを認めます。しかし四分がともに障えるとは言いません。ただ散の中に必ずしも相応の癡惑が並び有るのではないと言うだけです。ですから「散兼無知」と言います。定を障えるものはすなわち癡にあります。

「若爾下」は成論の人を難じます。四分はともに散です。散は無知を兼ねます。癡は定を障えます。この相応の癡は、癡であれば必ず瞋欲があります。癡がすでに定を障えるなら、癡に瞋欲があるのに、なぜ定を障えないのか。しかるにただ癡だけが定を障えると言うのです。「今釋下」は今家の正解です。別意と言うのは、前の釈のごとく、蓋は人によって異なります。貪が重い者は貪がすなわち蓋となります。瞋癡が障となるのもまた同じです。ですから今、障とすることを准じて、彼も知るべきです。ですから毘曇家が引く大品を証とするのは、この義は正しくありません。かの大品経は超越三昧を明らかにし、滅定から起きて散心の中に入るのです。ですからこの散は定を障えないと言うのです。今論じる散の障と不障は、凡夫の所有する三毒を論ずべきです。どうして羅漢の勝定から出て散するなどの相を引くのでしょうか。

「但煩惱下」は今、相を論じて所観の境とすることを明らかにします。ただ四分の相は実にまだ周くありません。自行を論じるならば、十分に境たりえます。ですから法華を引いて観境の意を明らかにします。意は除棄分別にあり、急ではありません。「二十年」と言うのは、疏に多くの解があります。見思がいまだ除かれず、大機がいまだ熟していないので、二十年の間、しばらく糞を除かせたのです。また見惑を破るのに一無礙・一解脱を用い、思惟惑を破るのに九無礙・九解脱を用い、合わせて二十と為します。また二道の中で結を断ずるのを総じて二十と名づけます。また上分・下分を総じて二十と名づけます。また二使の人に依って共に見思を断ずるのも、また二十と名づけます。初めの解はすなわち離繫得の数をもって二十を論じ、後の解はともに二義をもって二十と為します。

「若爾下」は疑いを釈します。疑って言います、もし意が除棄にあるなら、五百羅漢は除棄ではないのか。しかるに婆沙の中に種々の分別があるのはなぜか。「為持下」は疑いを釈します。五百はもと一門から入道し、また羅漢を得た後に分別しなかったのです。仏法を持して久住させるために、すでに衆の首となった以上、外の難に通じなければなりません。ですから五百は広く分別を演べたのです。もし衆の首とならなければ、たとえ羅漢となっても、入仮の位に入らなければ、また必ずしも種々に分別する必要はありません。

「復次下」は、この惑の相を明らかにします。まさに十観の所観の境となるものです。ですから通か別か、思議か不思議かなどを論じなければなりません。すでに「各具四分」と言っていますが、今の境はただ鈍の中の四分だけです。今の文は語が略されていて、いとまがなくこれを簡びません。ただしばらく通別などを簡ぶだけです。もし委しく簡ぶならば、陰に属する利鈍は今の所観ではありません。発現した利鈍が今の所観です。発現したものにもまた二つあります。禅後の利は下の見境に属します。見慢業の外は今の所観です。

初めに通別を論じる中で、「利鈍合各為四分」と言うのは、前に開いて八万と為したのに対するためです。ですから今は合すればただ四分だけと言うのです。界外にもすでに四分の名を立てますから、開合の義は界内と同じです。ただ別惑が界内と異なるだけです。「若作相關」などは、次に思議・不思議などを論じます。先の通別は教によって同じでないことを明らかにします。もし相關と作せば、すなわち別義です。相即を明らかにしないので相關と言います。通惑は枝のごとく、枝は枝葉のことです。別惑は本のごとく、本は根本のことです。枝と本はただ相關を得るだけです。すなわち別義です。もし不思議と作せば、通惑は華のごとく、法性は空のごとくと言うべきです。眼病のために空に華を見るのです。もし病を体得して華を知れば、すなわち空であり、空と華の体は同じです。すなわち円義です。すでに第一巻に三止観をもって発心の中を結んで説いたごとくです。ですから思議・不思議の二つはともに界内の通惑を観じて境とすることを知ります。発現するものは必ず別惑ではないからです。

下の起観の中ではまず思議を明らかにします。ですから今あらかじめ論じて、また二つともに明らかにします。意は相即にあります。通惑の上に二義がともに通じます。ですから「若作」と言うのです。次に因縁を釈するのに三つあります。「如後說」とは、習などの三つです。「起相下」はまず四句をもってその起相を判じます。中でまず四句を列ね、次に境相を判じます。前の文では離合・通別などの義を論じましたが、いまだ内心の起こる相状を明らかにしていません。ですからここで重ねて起相を論じます。ですから今の起は欲蓋および陰入などと異なることを知ります。

「因緣下」は正しく因縁を明らかにします。集因とは因の熏習相続を縁とします。意業を因とし、身口の悪行を縁とします。魔行を因とし、十軍の摂擒を縁とします。この三つがあるので今、道品を修めます。この三つがまた発するのをまた縁と名づけます。初めの集に法・譬・合があります。道品と言うのは、ただ正しく陰入の境を観ずるだけです。順流を沿と言います。観を修めないので生死の流に順います。「若修道下」はすなわち現在観陰がまた宿種を発するのです。逆流を泝と言います。有とはすなわち二十五有で、四域・四悪趣・六欲ならびに梵王・四禅・四無色・無想・五那含です。嵬とは崔嵬として高く起きる貌です。嵬の字は五回・五非・五韋の三切です。惑が観に制せられるので嵬起するのです。

次に業を明らかにする中で、那とは何です。卓とは高です。業相がすでに起こるのを成就と名づけます。品位が成らないのを不立と名づけます。譬えの中で「如河」などと言うのは、湉は水の定まることです。無水とは非です。波が連山のごとくとは、荘子に「白波山のごとし」とあります。文選の海賦に「波連山のごとし」とあります。陰境は河の湉のごとく、修観は風の起きるごとく、惑の発現は大波のごとく、身口を縦にするのは帆を擲つのごとく、一心を失うのは柁を放つのごとくです。これによって放擲すれば行船は破壊します。もし心の柁が決断し、正しく身口の帆をすれば、すなわち正観の船は必ず業の敗れを免れ、煩悩の河を過ぎて涅槃の岸に至ります。

次に魔を明らかにする中で「十軍」と言うのは、大論が四魔を釈する中で問うて言います。どこで煩悩を魔と釈するか。答う。雑宝蔵経の中で仏が偈を説いて魔に語って言います。

欲是汝初軍 憂愁為第二
饑渴第三軍 渴愛為第四
第五睡眠軍 怖畏為第六
疑為第七軍 含毒為第八
第九利養軍 著虛誑名聞
第十軍自高 輕慢出家人
諸天世間人 無能破之者
我以智慧力 摧伏汝軍眾
汝雖不欲放 利汝不到處

欲はおまえの第一の軍勢であり、 憂いと愁いは第二の軍勢です。 飢えと渇きは第三の軍勢、 渇きの愛は第四の軍勢です。 第五は睡眠の軍勢、 恐れは第六の軍勢です。 疑いは第七の軍勢、 毒を含む心は第八の軍勢です。 第九は利養の軍勢であり、 虚ろで偽りの名聞に執着することです。 第十の軍勢はうぬぼれであり、 出家者を軽んじ侮ることです。 諸天も世間の人々も、 これらを打ち破ることはできません。 私は智慧の力によって、 おまえの軍勢を打ち砕きます。 おまえがたとえ放そうとしなくても、 利益を得ることのできないところへは至りません。

今煩惱起由魔為緣。以此十軍遮邏行人。不令出界故即屬下魔境所攝。是故所起雖是煩惱非煩惱攝。但名十軍。並由魔立故曰魔軍。喻海等者。縱無前二魔能擊動。流如習種風如業力吸如魔扇。吸者內息也。水隨息入故曰吸水。大論第七云。五百賈客入海采寶。值須摩竭魚王開口。船去甚疾。船師問樓上人。何所見耶。答言。見三日及大白山。水流奔趣如入大坑。船師云。三日者。一是實日二是魚目。白山是魚齒。水奔是入魚口。我曹了矣。時船中人各稱所事都無所驗。中有優婆塞語眾人言。吾等當共稱佛名字。佛為無上救苦厄者。眾人一心共稱南無佛。是魚先世曾受五戒得宿命智。聞佛名字即自悔責。魚便合口眾人命存。魔扇如摩竭吸水。重惑如水流奔趣。身口散善所不能制。如不可以力拒。唯寂照止觀能達。如專稱佛名。次總以火譬者如文。魔業下簡示境處。雖通列三今唯觀集。次明治法。初明大小兩乘治法不同。次約四悉以判大小。初文先小次大。初明小中先略標列。次示闕文處所。將五門禪對治四分。唯闕治障道一故指在下文。即業境中六蔽及障不障等是也。對治等五具如助道記中。此但更加不轉一種。彼治六蔽此對四分。句數多少准說可知。今對治中云十二者。此下文中十法成觀第七對治文中具釋也。不淨實觀如上第七助治攝法中說。亦如華首選擇長者。假想如下禪境中說。但彼發今修以此為異。餘慈心等具如禪境。初病不轉而治轉者。如不淨境轉為親想。即指親想以之為淨。不應於親起欲想。故。即此不淨而生親想。名為慈觀。慈若轉為不淨觀者。即見父母胮脹爛壞親不應瞋。況令爛壞。癡中修因緣為治。癡若不破却用邪慧思邊無邊。此獨頭癡心多沈沒。故用思惟以為對治。此邊無邊是六十二中未來四句。本是邪慧今翻成治。若用數息不能治散。應思出世無漏法相。緣於雜境散亂便息。四藥互轉為十二句。俱轉為轉亦名為對。准前可知。次明大乘非對等者。唯第一義如阿伽陀藥。此且一往奪小以明治相。未論具用諸教互治。及以對治治攝法等。在下修觀第七門中。今此且用第一義治。名為阿伽陀治。此大乘治具如上文隨自意中觀貪欲等。故下誡言。善取其意。若失意者。具如隨自意中師資之失。次云小乘中多用下。以四悉判治。大論云。餘經多用三悉檀。即指三藏經名之為餘若通論者。大小俱四。今捨通從別故且依論。前陰入中意亦如是。雖復通具但在通圓。藏別必無用第一義而為治也。空無生中等者。正宗無生第一義相。如夢中救火能所俱無。次修止觀者。從此已下訖菩薩境。觀法同前。但對境有殊隨病別說。今先正明十觀。次會異名。先十法者。先思議境中。畜以無慚為本。故使亡於禮度。禮度在人。故失禮度名失人種。亦慳他家者。非但己境不欲人侵。亦不欲人侵他欲境。鬼以慳貪為本。復以諂故慳他。鴆陷者。陷他如鴆故也。郭注山海經及廣雅云。其鳥身有毒。大如鶚紫綠色。頸長嘴赤。長七八寸而食蛇。雄名運日雌名陰諧。以其尾歷食食則殺人。故以言之。婚者昏也。昏時行禮故曰婚也。爾雅云。婿名為姻婦名為婚。娉者娶也。周禮曰。眾來曰頫寡來曰娉。頫字(土調切)娉者。謂執玉帛而趣問也。撙節者。有禮儀也。禮云。君子恭敬撙節。鄙人欲麁者。如難陀等。又觀欲心訶棄等者。棄如棄蓋中。呵如呵欲中。以呵棄故發得初禪。雖勝難陀尚未出色。又若觀欲是蔽而行於捨。乃至癡者。略舉六中初後二蔽。次不思議中。先正釋。次銷諸經意以釋成妙境。初正釋中先引經立境。次釋。釋中初略明進不。次引淨名不斷等釋不隨等。次引不住等釋不斷等。初文正以淨名轉釋無行者。不斷癡故起於三明。癡即無明無明即明。不同二乘斷於無明起小三明。不斷愛故起八解脫。愛是繫縛繫縛即脫。不同二乘斷貪愛已起小八脫。於明於脫諸法具足。是故不同凡夫二乘。及教道中諸教菩薩。次引不住等釋不斷等者。先列句。次所以者何下釋。初釋經意開為四句。次從今言下。開為八句。初四句者。初釋經斥過。彼經本立不思議意。正為菩薩兼斥偏邪。今欲明不思議境。亦先斥偏邪。次立妙境。故判凡小住於第一第二句失。次從不斷煩惱下斥於邪偽。即是住於第三第四句失。初凡夫下斥凡夫中云很戾等者。很者諍訟也。亦戾也。戾者曲也。如犬出戶而身曲。此悷字悲吟也。非今意。馴者。字林云。性行調馴。馴字(餘輪切)亦旬音。二乘下次斥小。阿羅漢者下重辯小失。三界惑盡無惑可調。此釋不調意也。不同大乘不生不生名為不調。以用拙智分斷通惑。通惑盡處分明不調。此之不調正名為調。從焦種去更斥小失。故淨名云。如焦穀芽。亦如迦葉見諸菩薩不思議事。乃自鄙云。我等於此已如敗種。菩薩下舉勝況劣以辯於得。初雙立。次雙釋。釋中先釋有勇中。云如華在泥等者。經云。高原陸地不生蓮華。卑濕淤泥乃生此華。故知涅槃高原不生菩薩大悲之華。生死泥中乃有菩薩利他勝用。雖在生死而生死不染。醫譬大同。又華譬菩薩身輪。醫譬菩薩意輪。亦可俱譬菩薩三輪。故大論云。佛如大醫王。經教如藥方。僧如看病人。故知至佛方名大醫。又云。菩薩化生雖見眾生種種煩惱不肯受化。反瞋菩薩。菩薩爾時猶如大醫治人鬼病。病者反罵醫於爾時不責病者同其瞋恚。即知其人為鬼所使。菩薩亦爾。知諸眾生為煩惱鬼之所驅使。次釋不味中。云如鳥飛空等者。菩薩摩訶薩斷惑入空而不住空。必應出假利益眾生。初淤泥喻喻苦不能污。次療病喻喻集不能染。後鳥飛喻喻不著滅道。文中雖對出假菩薩。正意為成不思議境。即成出假不思議用。故以菩薩異於二邊。正顯真常中道妙境。前引淨名。初文既云不斷癡愛起於明脫。當知此文須約無作以明菩薩真應自在。不斷煩惱下斥邪偽也。初正斥不住第三第四句失。於中初正辯第三第四句失。次重辯第四句失。初辯第三第四句者。先標出所迷句相。次以結前兼生後失。次今末代癡人下斥失。言刻核太過者。大經第十云。善男子。譬如有人食庵羅果吐核置地。而復念言。是核甘味。即便還取破而嘗之。其味甚苦。心生悔恨恐失果種。即便收拾種之於地。勤加修治以酥油乳酪。隨時溉灌寧可生不。不也世尊。假使天降無上甘露猶亦不生。不生者名一闡提。嘗者試味也。末代癡人亦復如是。聞不斷等以為雙非。謂此雙非不礙雙住。以為無礙。便背二邊行於無礙。背調伏法如失甘味。背不調伏如失果種。菩薩不爾。得明脫故。故曰雙非。雙照二邊化益無窮。故曰雙住。故知癡人但背如來伏惑方便。名不住調。縱於生死不住觀察。名不住不調。故知此人二種俱失。失第四句謂不礙於調不調也。聞於雙非謂不礙雙住。廣行非法而為雙住。故知即是失第三句。此是下以譬結失。斥前無礙惡空。噉鹽太過者。鹽者。此土齊靈公臣煮海為鹽。彼方久有。言不識者應是有鹽之始。或是假設為譬。故大論十八云。如田舍人初不識鹽。見人種種菜肉之中而皆著鹽。問他人言。何故爾耶。答曰。此鹽能令諸味皆美。是人便念。鹽既能令諸味皆美自味必多。便空器滿口食之。鹹苦傷口。而怪他言。汝何故言鹽能作美。他言。癡人。此當籌量多少。和之令美。云何全食。無智之人聞空解脫門。不行諸功德但欲得空。是為邪見斷諸善根。若解空三昧則知諸義不相違背。能知是事即般若力。若得般若入一切法皆不邪見。又論九十九云。譬如有人食醬太過。譬不行五度但行般若。有欲著故但生邪見。不能增進一切善法。應以五度和合功德。具足義味方名無礙。今文失於雙非等意。義亦同之。當知失意之人行於無礙。非但失於諸法中味。亦乃傷於常住之口。如貪鹽醬失味殞身。經云下引證也。初引無行證乖法之失。次引大經以非修往驗。此人下總斥。復有行人下重辯第四句人。同第二句失。不住調與不調望求中道。雖求中道此但成住於第二句故。是故名失。次北方下結北方雙具三四句失。文中雖結成住第一第二句失。此失本從第三第四句生。又初學中觀下結失之相。初結雙住即成失者。一切經論不云初心斷於貪欲。又云修中非圓非漸。是故相違。況復爾後恣行無礙。周家下引事為驗。如前隨自意中引宇文邕等。皆第四句失。亦是住不調及住調者。是住雙住及雙住失。初學中觀斷於貪欲似住於調。住調無益放心入惡。名住不調。是人執中以為不住調與不調。後復縱心成住不調。并前乃成住於調不調失。何關不住等者。正斥雙非之失。是名大礙等者。斥前住第三第四句無礙之失。此並失於淨名無行經意。如是下總結前文四句。復成住第二句失故云不調。是故皆失不思議意。從今言下廣開八句攝一切法成不思議。先列兩四句。何以故下釋也。先釋不住四句。初之二句可解。次第三句云即中故不住兩亦者。兩亦即是中道雙照。雙非即是中道雙遮。以雙照故不住雙非。以雙非故不住雙照。總而言之。秖是非一二三而一二三。次雖不住下明住四句與不住四句相入相即。住不住中各但舉初二兩句。等取餘二。準文具義。亦應更釋住四句已方與不住四句。相入相即。為避煩文故便明相即。準不住義釋住四句者。即空故住調伏。即假故住不調伏。雙非故住第三句。雙照故住第四句。問。住與不住俱有第三第四兩句並是遮照。二文何別。答。不住是不住遮照。住中是住於遮照。雖有住與不住並是中道體用。住是中道之用。不住是中道之體。若準此意亦應更問。住與不住俱有第一第二與第三第四何別。應云初二單明住與不住。三四雙明住與不住。此仍別對故作此說。若通論者。八句並是中道體用。以邊即中故。故有兩重三四二句。中即邊故。故有兩重初二二句。既觀貪欲即是八句。當知貪欲即是法界。何以故下釋法界也。次用此下結貪欲。遍一切法隨其所屬。或復於此相即句中作隨宜說。是則隨順方便教意及迷法者。並為八句攝盡故也。依此而說乃得名為自在說之。故知依於觀境之妙。方可窮劫說不出此。如是體達等者。寄能乘人釋住不住得失之相。於中先得次失。初明得中先明近益以釋於得。於中又先明住不住得益。次云何下釋也。文中引和須蜜者具如第二卷。此住四句俱云益者。以一一句皆具諸句。雖復或云住調乃至俱觀等。以一一句中皆不思議。是故俱益。亦應更云不住調等無不得益。文無者略。如喜根下次明遠益。大論第七釋巧拙二度中云。草筏為拙。方舟為巧。拙謂聲聞。巧謂菩薩。如文殊白佛。昔過無量劫佛號師子音王。及諸眾生壽十萬億那由他歲。以三乘化人。寶樹常出不生不滅之音。聞者得道。諸菩薩眾皆得無生法忍陀羅尼三昧。新入道者不可稱計。佛涅槃後樹無音聲。時有二比丘。一名喜根。二名勝意。喜根容儀質直不捨世法。亦不分別善法惡法。喜根弟子聰明樂聞深義。其師不讚少欲持戒行頭陀等。但說諸法實相。語弟子言。婬欲癡相即是實相。無所罣礙。以是方便於眾人中。無瞋無悔得無生忍。於意法中不動如山。勝意持戒頭陀四禪。弟子鈍根多求分別。勝意異時至喜根弟子家。讚說持戒頭陀閑靜毀訾喜根。此人教他入於邪見。說婬怒癡無所罣礙。是雜行人非純清淨。而是弟子已得法忍。問勝意言。大德。是婬欲法名何等相。答。煩惱相。又問。內耶外耶。答。是煩惱不內不外。若在內者不應待緣。若在外者於我無事。居士言。若如此者煩惱非內非外。非在十方求不可得。即不生滅。云何能作煩惱事耶。勝意聞已其心不悅。不能加報。從座起去言。喜根誑惑諸人令著邪見。勝意未得音聲陀羅尼。聞佛說便喜。聞外說便瞋。聞三善則喜。聞三惡則瞋。從居士家詣林樹間。至精舍中語諸比丘。當知喜根誑惑諸人入邪見中。其言淫欲是無礙法。是時喜根作是念言。是人大瞋惡業所覆。當墮大罪。我今當為說其深法作後世因。即集眾僧一時說偈云。淫欲即是道。恚癡亦復然等。七十餘行偈。三萬天子得無生忍。八千聲聞皆得解脫。勝意即時見身陷入地獄受千萬億歲苦。出生人中七十四萬世常被誹謗。無量劫中不聞佛名。是罪漸薄得聞佛法。出家為道而復捨戒。如是六萬二千世常捨於戒。無量世中作沙門。雖不捨戒諸根暗鈍。喜根菩薩今於東方。過十萬億佛剎作佛。土號寶嚴。佛號光逾日月。爾時勝意即我身是。文殊白佛。人有求三乘道者。不應著相而懷瞋恚。佛問文殊。汝聞諸偈得何等利。答。我聞諸偈得離眾惡。世世利根得諸法根本。巧說諸法。於菩薩法得最第一。巧觀下結得益相。近謂居士聞喜根說得無生忍。遠謂勝意久方得益。得益不出八句之相。若不下反以失結得。自行必依於妙境。教他必位在法身。方可稱於八句體用。若一念等者正明八句成不思議境。先法。次喻。喻中云暗中樹影等者。初譬理性暗中有明。次譬智障明中有暗。三譬神珠中道智光。此三意明明暗不二。以成不可思議境也。初文意者。大經第三釋三寶常住中云。譬如因樹則有影生。若有三寶即有歸依。迦葉難言。暗中有樹而無有影。佛言。暗中之樹非無有影。但非肉眼之所能見。如來智眼乃能見耳。初佛立喻云。若有樹必有於影。若有三寶必有歸依。迦葉難者暗樹無影。應有三寶而無歸依。佛轉答云。暗樹有影當知三寶悉有歸依。今云凡有樹處必障光明。若障光明必有影生。暗亦有明是故生影。但非肉眼之所能見。如無明中有法性明。但非四眼之所能見。故煩惱體本不思議。但非偏小之所能了。今示煩惱即是法性。故知暗體與明不二。是故名為不思議境。智障下明明中有暗。二智之體智雖曰明。體是無明。故知明體與暗不二。是故名為不思議境。亦如下次為智障作初燈譬。燈如智障暗如無明。如是下觀明暗性。先喻。次合。喻中先立。何以故下釋。釋中意者。暗體即明。明體即暗。秖指智障即是無明。義云暗來。暗實不來。秖指二智即是無明。故云燈滅。亦指二智能破二惑。義云暗去暗實不去。從求暗無暗去。正譬用智而起於照。照於明暗。從雖無去合。合中先正合也。體雖不二破蓋宛然。破謂破暗蓋謂蓋明。不受等者。重顯妙境行相故也。初不受等先列四句。次新起下釋也。中智為新無明為舊。理性為內諸法為外。若以十二因緣根塵為新舊等。自是三藏通教等意。從若世智燈去。復以神珠喻顯中智。中智常明不同二智兼明兼暗。始從樹影終至神珠。由識智障及燈喻等。故識中體智光不二。即指煩惱以為妙境。故總結云。觀煩惱暗即大智明。顯佛極果無明永盡。方名不來。準上等者。陰境不異無明故也。如是觀時下二明發心。還約煩惱以為明暗。約此明暗而起弘誓。約明起慈約暗起悲。即是約於無作四諦具發四弘。故云俱起。具如陰境。為滿下次明安心。先寄次第三種止觀。次善巧下示於總別安心之相。如前五百一十二番。以明一心智眼成就。若眼智未開下。次明破遍。準依前文唯闕授藥及三假中無明法性。但是文略。於即空中下次明通塞也。言翻構者於通起塞。故曰翻構。此則正當別相通塞。

今、煩悩が起こるのは、魔が縁となっているからです。この十軍によって修行する人を遮り妨げ、境界から出られなくさせるので、ただちに下の魔境に属することになります。ですから、起こってくるものは煩悩ではあっても、煩悩に属するものではありません。ただ十軍と名づけるだけであり、すべて魔によって立てられたものであるため、魔軍というのです。

海などにたとえる場合、たとえ前の二つの魔が打ち動かすことができなくても、流れるのは習種の風のようであり、業力のようであり、吸うのは魔の扇のようです。吸とは内なる息のことです。水が息に従って入るので、吸水というのです。

『大論』第七にこう説かれています。五百の商人が海に入り宝を採っていました。すると須摩竭魚王が口を開きました。船は非常に速く進みました。船師が楼の上の人に問いました。「何が見えるか。」答えて言いました。「三つの日と大きな白山が見える。水流が奔り趣くのは大きな穴に入るかのようだ。」船師が言いました。「三つの日のうち、一つは本当の日、二つは魚の目である。白山は魚の歯である。水が奔るのは魚の口に入ることだ。われわれはもう終わりだ。」その時、船の中の人はそれぞれ自分の信仰するものを称えましたが、どれも効き目がありませんでした。中に一人の優婆塞がいて、皆に言いました。「われわれはともに仏の名前を称えよう。仏は無上の、苦厄を救う方である。」皆が一心にともに南無仏と称えました。この魚は前世に五戒を受け、宿命智を得ていました。仏の名前を聞いて、ただちに自ら悔い責めました。魚は口を閉じ、皆の命は助かりました。

魔の扇は摩竭が水を吸うようなものです。重い惑は水が奔り趣くようなものです。身と口の散善では制することができません。力で拒むことができないようなものです。ただ寂照の止観だけが達することができます。専ら仏の名を称えるようなものです。

次に総じて火にたとえる場合は、文の通りです。

魔業の下は、境の処を簡び示す部分です。三つを並べていますが、今はただ集を観じます。次に治し方を明かします。初めに大小二乗の治し方が異なることを明かし、次に四悉によって大小を判じます。初めの文では、まず小、次に大です。初めに小を明かす中で、まず略して標列し、次に闕文の箇所を示します。五門の禅を四分の対治に当てはめると、ただ障道を治す一つが欠けているので、下の文を指すのです。すなわち業境の中の六蔽と障・不障などがそれです。対治などの五つは、詳しくは『助道記』の中の通りです。ここではただ転じないという一種を加えるだけです。あちらは六蔽を治し、こちらは四分に対します。句数の多少は説に准じて知るべきです。

今、対治の中に十二と言うのは、この下の文の十法成観の第七、対治の文に詳しく釈されています。不浄の実観は、上の第七、助治摂法の中で説かれている通りです。また『華首』が長者を選ぶようなものです。仮想は下の禅境の中で説かれている通りです。ただあちらは発、こちらは修という点が異なります。余の慈心などは詳しくは禅境の通りです。

初めに病が転じないで治が転ずるとは、不浄の境が転じて親想となるようなものです。すなわち親想を指してこれを浄とします。親に対して欲想を起こすべきではありません。ですから、この不浄に対して親想を生ずるのを慈観と名づけます。慈がもし転じて不浄観となれば、父母の膨張し爛壊するのを見て、親に対して瞋るべきではありません。まして爛壊させなどするでしょうか。

癡の中では因縁を修するのが治めとなります。癡がもし破れなければ、かえって邪慧を用いて辺・無辺を思います。この独頭の癡心は沈没することが多いので、思惟を用いて対治とします。この辺・無辺は六十二の中の未来の四句です。もとは邪慧でしたが、今は翻って治めとなります。

もし数息を用いても散を治せなければ、出世の無漏の法相を思うべきです。雑境を縁とすれば散乱が便ち息まります。四薬が互いに転じて十二句となります。倶に転ずるのを転とも名づけ、また対とも名づけます。前の説に准じて知るべきです。

次に大乗が対などではないことを明かすとは、ただ第一義のみが阿伽陀薬のようなものです。これはしばらく一往、小を奪って治の相を明かすものです。まだ諸教を具に用いて互いに治し、また対治治摂法などを論じていません。それは下の修観の第七門の中にあります。今ここではしばらく第一義をもって治とし、阿伽陀治と名づけます。この大乗の治は、詳しくは上の文の随自意の中の貪欲などを観ずる通りです。ですから下に誡めて言います。「善くその意を取れ」と。もし意を失えば、詳しくは随自意の中の師資の失の通りです。

次に「小乗中には多く下を用う」とは、四悉をもって治を判じます。『大論』に言います。「余の経は多く三悉檀を用いる。」これは三蔵の経を指してこれを余と名づけます。もし通論すれば、大小ともに四です。今は通を捨て別に従うので、しばらく論に依ります。前の陰入の中の意もまたこの通りです。たとえ通に具わっていても、ただ通円にあるだけです。蔵別には必ず第一義を用いて治とすることはありません。

空・無生などの中とは、正宗の無生第一義の相です。夢の中で火を救うように、能も所もともに無です。

次に止観を修するとは、これより以下、菩薩境に至るまで、観法は前と同じです。ただ対する境が異なるので、病に随って別に説きます。今まず十観を正しく明かし、次に異名を会します。

まず十法とは、まず思議境の中です。畜は無慚を本とするので、礼度を亡じさせます。礼度は人にあり、それゆえ礼度を失うことを人種を失うと名づけます。また他の家を慳むとは、自分の境を人に侵されたくないだけでなく、他人の欲境を侵すことも欲しません。鬼は慳貪を本とし、また諂をもって他のものを慳みます。

鴆陷とは、鴆のように他人を陥れるからです。郭注の『山海経』および『広雅』に言います。「その鳥の身には毒がある。大きさは鶚のようで紫緑色。首は長く嘴は赤い。長さ七八寸で蛇を食う。雄を運日と名づけ、雌を陰諧と名づける。その尾で食を歴すれば、食すれば人を殺す。それゆえこれを用いて言う。」と。

婚とは昏です。昏の時に礼を行うので婚と言います。『爾雅』に言います。「婿を姻と名づけ、婦を婚と名づける。」娉とは娶です。『周礼』に言います。「衆来るを頫と言い、寡来るを娉と言う。頫の字は(土調切)。娉とは、玉帛を執って趣き問うことを謂う。」と。撙節とは、礼儀あることです。『礼記』に言います。「君子は恭敬撙節す。」鄙人欲麁とは、難陀などのようなものです。

また欲心を観じて訶し棄てるなどとは、棄は棄蓋の中の如く、呵は呵欲の中の如くです。呵し棄てるがゆえに初禅を発得します。難陀に勝っていても、まだ色を出でていません。またもし欲を観じてこれが蔽であるとして捨を行うならば、乃至は癡に至るまで、略して六の中の初と後の二蔽を挙げます。

次に不思議の中では、まず正しく釈し、次に諸経の意を銷して以て妙境を釈成します。初めの正釈の中では、まず経を引いて境を立て、次に釈します。釈の中では、まず略して進・不を明かし、次に『浄名』の不断などの句を引いて不随などを釈し、次に不住などの句を引いて不断などを釈します。

初めの文では、正しく『浄名』をもって転じて無行を釈します。癡を断たないゆえに三明を起こします。癡はすなわち無明であり、無明はすなわち明です。二乗が無明を断じて小の三明を起こすのとは異なります。愛を断たないゆえに八解脱を起こします。愛はすなわち繋縛であり、繋縛はすなわち脱です。二乗が貪愛を断じてすでに小の八脱を起こすのとは異なります。明においても脱においても諸法が具足します。それゆえ凡夫・二乗、および教道の中の諸教の菩薩とは異なります。

次に不住などの句を引いて不断などを釈するとは、まず句を列ね、次に「所以者何」の下で釈します。初めに経意を釈して四句に開き、次に「今言」の下から八句に開きます。

初めの四句とは、初めに経を釈して過を斥けます。かの経はもと不思議の意を立て、正しく菩薩のためであり、兼ねて偏邪を斥けます。今、不思議境を明かそうとして、またまず偏邪を斥けます。次に妙境を立てます。それゆえ凡・小が第一・第二句に住する失を判じます。次に「不断煩悩」の下から邪偽を斥けます。すなわち第三・第四句に住する失です。

初めの凡夫の下、凡夫を斥ける中に「很戾など」と言うのは、很とは諍訟のことです。また戾とも言います。戾とは曲のことです。犬が戸を出て身を曲げるようなものです。この悷の字は悲吟の意です。今の意ではありません。馴とは、『字林』に言います。「性行調馴。」馴の字は(餘輪切)、また旬の音です。

二乗の次に、次に小を斥けます。「阿羅漢者」の下は重ねて小の失を弁じます。三界の惑が尽きて惑は調うべきものがありません。これが不調の意を釈します。大乗の不生不生にして不調と名づけるのとは異なります。拙い智を用いて通惑を分断するので、通惑の尽きる処が分明に不調です。この不調こそ正しく調と名づけます。

「焦種」から去ってさらに小の失を斥けます。それゆえ『浄名』に言います。「焦穀の芽の如し。」また迦葉が諸菩薩の不思議の事を見て、みずから鄙んで言ったようなものです。「われらはこれにおいてすでに敗種の如し。」と。

菩薩の下は勝を挙げて劣に況し、得を弁じます。初めに双べて立て、次に双べて釈します。釈の中では、まず有勇を釈する中に「華の泥にあるが如しなど」と言います。経に言います。「高原陸地には蓮華は生じない。卑湿の淤泥にこそこの華は生ず。」それゆえ涅槃の高原には菩薩の大悲の華は生じないことがわかります。生死の泥の中にこそ菩薩の利他の勝用があるのです。生死にあっても生死に染まりません。医の譬えも大同です。また華は菩薩の身輪に譬え、医は菩薩の意輪に譬えます。また倶に菩薩の三輪に譬えることもできます。それゆえ『大論』に言います。「仏は大医王の如し。経教は薬方の如し。僧は看病者の如し。」それゆえ仏に至ってこそ大医と名づけることがわかります。

また言います。「菩薩は化生するに、衆生の種々の煩悩を見ても受け化されようとせず、かえって菩薩を瞋ることがある。菩薩はその時、大医が人の鬼病を治すようなものである。病者がかえって医を罵っても、医はその時、病者を責めてその瞋恚と同じになることはない。すなわちその人が鬼に使われていることがわかる。菩薩もまた同じである。諸の衆生が煩悩の鬼に駆り使われていることを知る。」と。

次に不味を釈する中に「鳥の空を飛ぶが如しなど」と言います。菩薩摩訶薩は惑を断じて空に入り、しかも空に住みません。必ず仮を出でて衆生を利益すべきです。初めの淤泥の喩えは、苦が汚すことができないことを喩えます。次の療病の喩えは、集が染めることができないことを喩えます。後の鳥飛の喩えは、滅道に著さないことを喩えます。文中では出仮の菩薩に対していますが、正意は不思議境を成ずることにあります。すなわち出仮の不思議用を成じます。それゆえ菩薩が二辺と異なることをもって、正しく真常中道の妙境を顕します。

前に『浄名』を引いた初めの文にすでに「癡愛を断たずして明脱を起こす」と言っています。まさにこの文は無作に約して、菩薩の真応自在を明かすべきことがわかります。

「不断煩悩」の下は邪偽を斥けます。初めに正しく第三・第四句に住する失を斥けます。その中で初めに正しく第三・第四句の失を弁じ、次に重ねて第四句の失を弁じます。初めに第三・第四句を弁ずるとは、まず迷う句の相を標ち出し、次に前を結び後を兼ねて失を生じます。

次に「今末代の癡人」の下は失を斥けます。「刻核太過」と言うのは、『大経』第十に言います。「善男子。譬えば有人が庵羅果を食し、核を吐きて地に置き、また念言するに『この核は甘味なり』と。すなわち還り取って破りて之を嘗む。その味は甚だ苦し。心に悔恨を生じ、果の種を失うことを恐れ、すなわち收拾してこれを地に種え、勤めて修治し、酥油乳酪をもって時に随って灌ぎ溉す。まさに生ずることができようか。いや、世尊。たとえ天が無上の甘露を降らしても、なおまた生じないであろう。生じないものを一闡提と名づける。」嘗とは味を試すことです。

末代の癡人もまたこの通りです。不断などと聞いて、これを双非と思い、この双非は双住を妨げないと考えて、これを無礙と思い、それから二辺を背いて無礙を行じます。調伏の法を背くのは甘味を失うようなものです。不調伏を背くのは果の種を失うようなものです。菩薩はそうではありません。明脱を得るゆえに、双非と言います。二辺を双照すれば化益は窮まりがありません。それゆえ双住と言います。それゆえ癡人はただ如来の伏惑の方便を背くことを知ります。これを不住調と名づけます。たとえ生死において不住に観察しなくても、これを不住不調と名づけます。それゆえこの人は二種ともに失うことがわかります。第四句を失うとは、調・不調を妨げないというのです。双非を聞いて双住を妨げないと思い、広く非法を行じてこれを双住とします。それゆえすなわち第三句を失うことがわかります。これが下に譬えをもって失を結びます。前の無礙の悪空を斥けます。

「噉鹽太過」とは、鹽は、この土では斉の霊公の臣が海を煮て鹽を作りました。かの方には久しくあります。「不識」と言うのは、おそらく鹽の始まりがあったのでしょう。あるいは仮設して譬えとしたものでしょう。それゆえ『大論』第十八に言います。「田舎の人が初めて鹽を知らず、人が種々の菜肉の中に皆鹽を著けるのを見て、他人に問うて言った。『何のゆえにかくの如きか。』答えて曰く『この鹽は諸の味をして皆美ならしめる。』この人はすなわち念じた。『鹽がすでに諸の味を美ならしめることができれば、自味は必ず多いであろう。』すなわち空の器に満口にこれを食した。鹹苦にして口を傷め、しかも他人を怪しんで言った。『汝は何のゆえに鹽が美を作ることができると言ったか。』他人が言った。『癡人よ。これはまさに籌量して多少を量り、これを和して美ならしめるべきである。どうして全く食すことがあろうか。』無智の人は空解脱門を聞いて、諸の功徳を行ぜず、ただ空を得たいと欲する。これが邪見となり諸の善根を断つ。」もし空三昧を解すれば、すなわち諸の義が相違背しないことを知ります。よくこの事を知るのはすなわち般若の力です。もし般若を得れば一切の法に入って皆邪見ではありません。

また『論』第九十九に言います。「譬えば有人が醬を食し過ぎるようなもの。五度を行ぜずただ般若のみを行ずるに譬えます。欲著があるゆえにただ邪見を生じ、一切の善法を増進することができません。五度をもって功德を和合し、義味を具足してこそ、まさに無礙と名づけるべきです。」今の文は双非などの意を失っています。義もまた同じです。まさに失意の人は無礙を行じ、ただ諸法の中の味を失うのみならず、また常住の口を傷つけることを知るべきです。鹽醬を貪って味を失い身を殞すようなものです。

「経に云く」の下は引き証です。初めに無行経を引いて法に乖く失を証し、次に大経を引いて非修往をもって験とします。「此人」の下は総じて斥けます。

「復有行人」の下は重ねて第四句の人を弁じます。第二句の失と同じです。調と不調に住して中道を望むに、中道を求むといえども、これはただ第二句に住することを成ずるだけです。それゆえ失と名づけます。

次に「北方」の下は北方の双具の第三・第四句の失を結びます。文中では第一・第二句に住する失と結成していますが、この失はもと第三・第四句から生じたものです。

また「初学中観」の下は失の相を結びます。初めに双住を結んで即成の失とします。一切の経論に初心が貪欲を断ずるとは説いていません。また修中は円にも非ず漸にも非ずと言います。それゆえ相違します。ましてその後、恣に無礙を行ずるでしょうか。

「周家」の下は事を引いて験とします。前の随自意の中に宇文邕などを引いた如く、皆第四句の失です。また住不調および住調の者は、これ双住に住し及び双住の失です。初学中観にして貪欲を断ずるのは、調に住するに似ています。調に住して益なく放心して悪に入るのを、不調に住すると名づけます。この人は中を執して以て調と不調に不住と思い、後また心を縦にして不調に住するを成じます。前に併せてすなわち調・不調に住する失を成じます。「何に関わる」などとは、正しく双非の失を斥けます。「是を大礙と名づく」などとは、前の第三・第四句に住する無礙の失を斥けます。これらは皆『浄名』無行経の意を失っています。

「如是」の下は前に四句を総結します。復た第二句の失に住するを成ずるゆえに不調と言います。それゆえ皆不思議の意を失います。

「今言」の下から広く八句を開き、一切法を摂して不思議を成じます。まず両の四句を列ね、「何以故」の下で釈します。まず不住の四句を釈します。初めの二句は解すべきです。次の第三句に「即中故に両亦に住せず」と言うのは、両亦とはすなわち中道の双照です。双非とはすなわち中道の双遮です。双照のゆえに双非に住まず、双非のゆえに双照に住みません。総じて言えば、ただ非一二三にして一二三です。

次に「雖不住」の下は住の四句と不住の四句とが相入相即することを明かします。住・不住の中では、ただ初めの二句のみを挙げ、等しく余の二を取ります。文に準じて義を具します。またまさに住の四句を釈し終えてから、不住の四句と相入相即すべきですが、煩文を避けるために便ち相即を明かします。不住の義に準じて住の四句を釈すれば、即空のゆえに調伏に住し、即仮のゆえに不調伏に住し、双非のゆえに第三句に住し、双照のゆえに第四句に住します。

問う。住と不住とに倶に第三・第四の両句があり、ともに遮照です。二文は何が異なるか。答う。不住は不住の遮照です。住中は遮照に住します。住と不住と雖も、ともに中道の体用です。住は中道の用であり、不住は中道の体です。

もしこの意に準じれば、またさらに問うべきです。住と不住とに倶に第一・第二と第三・第四があるが何が異なるか。応に言うべきです。初二は単に住と不住とを明かし、三四は双べて住と不住とを明かすと。これはなお別対のゆえにこの説を作します。もし通論すれば、八句は皆中道の体用です。辺すなわち中のゆえに、二重の三四の二句があります。中すなわち辺のゆえに、二重の初二の二句があります。すでに貪欲を観ずることはすなわち八句です。まさに貪欲はすなわち法界であることがわかります。「何以故」の下は法界を釈します。

次に「用此」の下は貪欲を結びます。一切法に遍じ、その属する所に随い、あるいはまたこの相即の句において随宜の説を作します。これすなわち方便教の意に随順し及び法に迷う者も、ともに八句に摂尽されるゆえです。これに依って説いて、はじめて自在説と名づけることができます。それゆえ観境の妙に依ってこそ、まさに窮劫に説いてもこの外に出ないことがわかります。

「如是体達」などとは、よく乗ずる人に寄せて住・不住の得失の相を釈します。その中でまず得、次に失です。初めに得を明かす中で、まず近益を明かして得を釈します。その中でまたまず住・不住の得益を明かし、次に「云何」の下で釈します。文中に和須蜜を引くのは詳しくは第二巻の通りです。この住の四句に倶に益と言うのは、一一の句に皆諸句が具わるゆえです。またあるいは住調乃至倶観などと言っても、一一の句の中に皆不思議であるゆえに、それゆえ倶に益です。またさらに不住調なども皆益を得ないことはないと言うべきですが、文に無いのは略です。

「如喜根」の次は遠益を明かします。『大論』第七に巧拙の二度を釈する中に言います。「草筏を拙とし、方舟を巧とする。拙とは声聞を謂い、巧とは菩薩を謂う。」文の通りです。文殊が仏に白した如くです。昔、無量劫を過ぎた仏を師子音王と号し、及び諸の衆生の寿は十万億那由他歳で、三乗をもって人を化しました。宝樹は常に不生不滅の音を出し、聞く者は道を得ました。諸の菩薩衆は皆無生法忍・陀羅尼・三昧を得ました。新たに入道する者は称計すべからざるほどでした。

仏が涅槃した後、樹は音声を出さなくなりました。その時二人の比丘がいました。一人は喜根と名づけ、二人は勝意と名づけました。喜根は容儀質直で世法を捨てず、また善法・悪法を分別しませんでした。喜根の弟子は聡明で深義を聞くことを楽しみました。その師は少欲・持戒・頭陀などを行ずることを讃めず、ただ諸法実相を説きました。弟子に語って言いました。「婬欲・癡の相はすなわち実相である。罣礙するところはない。」この方便をもって眾人の中で、瞋なく悔なく無生忍を得ました。意法の中で山のように動じませんでした。

勝意は持戒・頭陀・四禅を行じました。弟子は鈍根で多く分別を求めました。勝意は異時、喜根の弟子の家に至り、持戒・頭陀・閑静を讃説し、喜根を毀訾しました。「この人は他人を教えて邪見に入らしめ、婬・怒・癡は罣礙するところがないと説く。これは雑行人であり純清浄ではない。」ところがこの弟子はすでに法忍を得ていました。勝意に問うて言いました。「大徳。この婬欲の法は何という相と名づけるか。」答えて言いました。「煩悩の相である。」また問いました。「内か外か。」答えて言いました。「この煩悩は内にもあらず外にもあらず。もし内にあれば縁を待つべきではない。もし外にあれば我に事はない。」居士が言いました。「もしこのようであれば、煩悩は内に非ず外に非ず、十方に非ず、求むるに不可得である。すなわち不生不滅である。どうして煩悩の事を作ることができようか。」勝意は聞いてその心は悦ばず、加報することができず、座より起ち去って言いました。「喜根は諸人を誑惑して邪見に著せしめた。」

勝意はまだ音声陀羅尼を得ていませんでした。仏の説を聞けば便ち喜び、外の説を聞けば便ち瞋り、三善を聞けば則ち喜び、三悪を聞けば則ち瞋りました。居士の家から林樹の間に詣り、精舎に至って諸の比丘に語って言いました。「まさに知るべし。喜根は諸人を誑惑して邪見の中に入らしめた。その言は婬欲は無礙の法であると。」この時、喜根はこの念を作しました。「この人は大いに瞋り、悪業に覆われて、まさに大罪に堕ちるであろう。今まさにそのために深法を説いて後世の因としよう。」すなわち衆僧を集めて一時に偈を説いて言いました。「婬欲はすなわち道である。恚・癡もまたまた然り。」など七十余行の偈です。三万の天子が無生忍を得、八千の声聞が皆解脱を得ました。

勝意は即時に身が地獄に陥るのを見て、千万億歳の苦を受けました。人中に出生して七十四万世に常に誹謗され、無量劫の中に仏の名を聞きませんでした。この罪が漸く薄くなって仏法を聞き、出家して道を為しましたが、また戒を捨てました。このように六万二千世に常に戒を捨て、無量世の中に沙門となりました。戒を捨てないといえども諸根は暗鈍でした。喜根菩薩は今、東方十万億仏刹を過ぎて仏を作し、土を宝厳と号し、仏を光逾日月と号します。その時の勝意はすなわち我が身です。

文殊が仏に白しました。「人が三乗道を求める者は、まさに相に著して瞋恚を懐くべきではない。」仏が文殊に問いました。「汝は諸偈を聞いて何の利を得たか。」答えて言いました。「私は諸偈を聞いて衆悪を離れることを得ました。世世に利根で諸法の根本を得、巧みに諸法を説き、菩薩法において最も第一を得ました。」と。

「巧観」の下は得益の相を結びます。近とは居士が喜根の説を聞いて無生忍を得たことを謂い、遠とは勝意が久しくして方に得益したことを謂います。得益は八句の相を出でません。

「若不下」は反に失をもって得を結びます。自行は必ず妙境に依り、教他は必ず位が法身に在って、はじめて八句の体用に称うことができます。

「若一念等」は正しく八句が不思議境を成ずることを明かします。まず法、次に喻え。喩えの中に「暗中の樹影など」と言います。初めは理性の暗中に明があることに譬え、次は智障の明中に暗があることに譬え、三は神珠の中道智光に譬えます。この三つの意は明明暗不二であり、もって不可思議境を成じます。

初めの文の意は、『大経』第三に三宝常住を釈する中に言います。「譬えば樹に因って則ち影の生ずるがある。もし三宝があればすなわち帰依がある。」迦葉が難じて言いました。「暗中に樹があって影がない。」仏が言いました。「暗中の樹も影がないのではない。ただ肉眼の見る所にあらず。如来の智眼のみよく見るのみ。」初めに仏は喻えを立てて言いました。「もし樹があれば必ず影がある。もし三宝があれば必ず帰依がある。」迦葉の難は、暗樹に影がない、まさに三宝があって帰依がないと。仏は転じて答えて言いました。「暗樹に影がある。まさに三宝に悉く帰依があることを知るべきである。」

今言うには、およそ樹のある処は必ず光明を障え、もし光明を障えれば必ず影が生じます。暗にもまた明があり、それゆえ影が生じます。ただ肉眼の見る所にあらず、無明の中に法性の明があるが如し。ただ四眼の見る所にあらず、それゆえ煩悩の体は本より不思議です。ただ偏小の了することができる所にあらず。今、煩悩はすなわち法性であることを示します。それゆえ暗体と明とは不二であることがわかります。それゆえ不思議境と名づけます。

「智障」の下は明中に暗があることを明かします。二智の体は、智は明と言うといえども、体は無明です。それゆえ明体と暗とは不二であることがわかります。それゆえ不思議境と名づけます。

「亦如」の下は次に智障のために初灯の譬えを作します。灯は智障の如く、暗は無明の如し。「如是」の下は明暗の性を観じます。まず喩え、次に合わす。喩えの中ではまず立て、「何以故」の下で釈します。釈の中の意は、暗体はすなわち明、明体はすなわち暗、ただ智障を指してすなわち無明とします。義に暗来と言い、暗は実に来たらず。ただ二智を指してすなわち無明とします。それゆえ灯滅と言います。また二智はよく二惑を破ると指し、義に暗去と言い、暗は実に去らず。「求暗無暗去」からは、正しく智を用いて照を起こすことに譬えます。明暗を照らします。「雖無去合」からは合わします。合の中ではまず正しく合わします。体は不二といえども、破蓋は宛然です。破とは暗を破ることを謂い、蓋とは明を蓋うことを謂います。

「不受等」は重ねて妙境の行相を顕すゆえです。初めに不受などはまず四句を列ね、次に「新起」の下で釈します。中智を新とし、無明を旧とします。理性を内とし、諸法を外とします。もし十二因縁・根塵をもって新旧などとすれば、これは自ら三蔵・通教などの意です。

「若世智灯」から去っては、また神珠をもって中智を喩え顕します。中智は常に明らかで、二智の兼明兼暗とは異なります。初めは樹影から終わりは神珠に至るまで、智障および灯の喩えなどを識るによって、中体の智光不二を識ります。すなわち煩悩を指して妙境とします。それゆえ総じて結して言います。「煩悩の暗を観ずるはすなわち大智の明なり。」仏の極果は無明永尽なることを顕します。まさに不来と名づけます。「準上」などとは、陰境は無明と異ならないゆえです。

「如是観時」の下は二に発心を明かします。また煩悩に約して明暗とします。この明暗に約して弘誓を起こします。明に約して慈を起こし、暗に約して悲を起こします。すなわち無作四諦に約して四弘を具発するのです。それゆえ倶起と言います。詳しくは陰境の通りです。

「為満」の次は安心を明かします。まず次第の三種止観に寄せ、次に「善巧」の下で総別の安心の相を示します。前の五百一十二番の如く、一心の智眼成就を明かします。

「若眼智未開」の下は、次に破遍を明かします。前に準じて文に授薬および三仮の中の無明法性を欠くのみです。ただし文略です。

「於即空中」の下は次に通塞を明かします。「翻構」と言うのは、通に塞を起こすゆえに翻構と言います。これは正しく別相の通塞に当たります。

止觀輔行傳弘決卷第八之一

止観輔行伝弘決 巻第八の一

止觀輔行傳弘決卷第八之二

止観輔行伝弘決 巻第八の二

唐毘陵沙門湛然述

唐代毘陵の沙門湛然の述

又觀下次明道品。文相既略。便結枯榮及以三脫。若遮障下次明對治來意。但列事治不暇明於合行之相。外貪欲等一十二治。前文所指即此文是。四分各三故成十二。次釋文中。觀於他身成九想故。故治外貪。背捨先觀自身骨鎖。故能治內。勝處因於自身骨人。觀成漸見十方依正。是故能治自他貪欲。違法瞋者瞋他順理。故觀眾生作己親想。順法瞋者瞋他違理。事雖順理瞋違觀心。故觀諸法及眾生空。乃至涅槃亦不可得。戲論瞋者。橫於諸法而計性實。或執權破實。或執實破權。如淨名云。若言我當見苦斷集。是則戲論非求法也。二乘執權尚成戲論。況今凡下諍計是非。當觀法性無權無實絕諸名字。二世三世具如第七。言一念者。非謂極促一剎那時。謂善惡業成名為一念。異於三世二世連縛等相。故名一念。皆是無常故無性實。具如法界次第中釋。名義俱舍婆沙委論。具有四種十二因緣。一者剎那。二者連縛。三者分位。四者遠續。後三秖是三世因緣。以約能順生後等受。故開三耳。論中仍闕二世因緣。大論問。佛說因緣甚為難解。云何令於癡人觀耶。答。非如牛等令觀因緣。求實道者生於邪見名為癡人。於未開頃下次明次位中。云鼠唧等者。不達諦理謬說即名。何異怪鼠作唧唧聲。即聲無旨濫擬生死即是涅槃。亦如怪鳥作空空聲。豈得濫同重空三昧。故下合云所以成怪。叨者貪也。若內外下安忍。得是下離愛。以大車譬如文。下去諸十法後皆譬大車。豈可不信是法華妙乘。次是名下結也。一切諸法不出十乘。故以十乘結攝總示。亦名等者會前煩惱十乘觀法異名令同。前觀煩惱即是法界。亦名行於非道乃至不斷而入涅槃等。即是會前十觀異名。廣說下廣說異名。總有三番三十六句。初三十六既言涅槃。涅槃即是解脫德也。此開淨名不斷煩惱而入涅槃一句。為三十六。此會異文準大論意。大論云。若如法觀佛般若與涅槃。是三則一相其實無有異。雖復不異不異而異。此中且屬解脫德故。今初標但言三十六者。且從一種根本而說。準初列文。即是出入各作根本。故初根本但作入名。至出涅槃十六句初。即自列出根本四句。故下結云。若各立兩根本四句成四十句。問。何故立兩根本四句。答。所生各別。又可但是開合異耳。開者即是出入各四。合者共為一箇根本。即以出入相參為四。如云斷入不斷入斷出不斷出。若開此為兩根本四句相者。於兩入句更加第三第四句也。於兩出句亦加第三第四句也。故有三十六四十不同。然根本四不須預釋。至下釋文兩根本句各在入出兩十六句中。故知實句但三十二。問根本並在十六句中。何句是耶。答。同者即是。文列並在四句之初。今亦略釋。次別釋中細尋諸句。文甚分明無勞委釋。今約其文相稍隱略者出其相狀。初四句中並以凡夫具縛名為不斷。第二四句去並約體照。名為不斷。第二四句中。亦斷亦不斷者。義須兩兼。一者析法名斷體名不斷。二者既是學人已斷名斷。餘名不斷。所言入者。惑即未盡分得有餘。亦名為入。亦可應云析體無學。恐文誤耳。非斷非不斷者。理體雙非其性冥真。得名為入。第三四句中。第一句者。不得準前作兩兼釋。即應先將亦斷亦不斷為析體竟。次將已斷之惑名為亦入。餘殘未盡名亦不入。餘之三句例此可知。第四四句中。第四句者。義亦兼兩。例前第二四句中兩兼義釋。此十六句凡云入者。意並在於從假入空為對令成十六句故。以凡夫外道為第一四句。故初四句並是空觀所觀所破。後十六句皆云出者。並是從空入假名出。亦是為成十六句故。對入空說。此之空假正在藏通。義兼別圓。如後問答料簡中具出其意。又前十六句初四根本句。雖並以義而屬對竟。至下釋中復屬對者。為示同相故重對耳。出中例入亦應例前。為知同故。故但直列根本四句。而不釋相。次明出者。第一四句中。第三句者。此是中根出假菩薩。分斷煩惱名亦不出。復能出假名為亦出。若下根者斷見思盡方能出假。則不應云亦出不出。第二四句中初句者。初鹿苑中已入無學。不入涅槃而常輔佛。以至方等及般若中。亦得義云二乘出假。第三四句中。初句者。此是體門兼用析者。析為亦斷。體為不斷。初入空時名亦不出。後必出假名為亦出。非謂正用三藏析法。故皆云兼。二乘亦爾用體兼析。第三句中有析有體。故云亦斷不斷。並是二乘故云不出。第四四句中。凡言理者。即是雙非。初句應云析體真理。云體法者但是語略。下之三句皆應云理。謂體法出假菩薩理。以出假故名之為出。出假之時已有真理。縱是上根亦先緣理。第三第四句準第二句說。次問答料簡中。云體法意通通三教故對析成四。又云更約別圓四門分別者。四門如文。故前文中義在藏通。所以更對後之兩教。若還準前作於析體入空出假冥真等名。銷別圓意義亦可矣。但是界外空假之別。及冥中道不思議理。以此為異。文以別圓四門。一一門中四門四悉。隨其相貌不無階差。初明入中根本四句者。既以別圓共為四門。故四門中言不斷者。界外圓體體惑性空。義當空門。空無所斷亦復無入。言斷入者。界外析法次第斷惑。既有所斷義當有門。有所斷故則名有入。第三門者兼用析體。第四門者謂析體理。次於一一下明於四門開成十六。復以一一門中各具斷等四義。復以四義隨順四悉。以十六悉成十六句。如空門中雖體達惑。名為不斷。世界既無生善滅惡及以見理。故名不入。下之三悉不斷如上。若為人中善既已生。義之如入。若對治中約治病邊。名之為入。不對病故名為不入。第一義中理性不當入與不入。餘之三門其門雖異。對四悉邊其義不殊。次又更下。置前四悉於一一門復開四門。以十六門為十六句。即以空等對不入等。具足如前根本中說。其根本句雖名空等。以空等中又有空等四義不同。故以所開空等四義。亦可對於不斷等四。故析體二教並皆具於入不入等四義不同。入謂詣理必然。不入謂理無所入。第三句以理雙照二義。第四句還以理為雙非。然以即與不即以分析體。並以三德為涅槃也。所言出者起用故也。所言入者冥理故也。斷及不斷四義同前。一門既然三門亦爾。出中雖即但對四門。準例亦應更對四悉。但是文略。次此則下復以別圓該通通藏。以由出入體析名同故也。應細思之不能具記。次明三十六句般若等者。雖因涅槃準論問起。答者。此中亦是即同而異屬般若德也。言生等者。此準大品照明品中。舍利弗問佛。云何應般若波羅蜜。佛言。色不生般若生。乃至一切種智不生般若生。雖歷諸法但成一句。今準此句開為三十六句也。經從色心以至種智為攝經意。不可委歷但云諸法。諸法既遠般若通深。故約三智以釋般若。亦約三諦以釋諸法。若作與前名異義同。諸法秖是煩惱。般若秖是涅槃。涅槃從斷般若從智。智斷雖殊共破諸法。故得稱為名異義同。且從智斷不同義邊。復名為別。又此般若諸法一十六句。各攝前來兩處三十六句。此乃句句從圓說也。若從次第即如前明煩惱涅槃出入。先約藏通入空出假。義兼圓別攝在衍門。依此則應諸法諸智生不生等。俱通四教。是故前文三十六句。次因料簡方復別出別圓之相。今般若中即對三智三境。則一切智中已含析體。餘之二智。即是假中。三智宛然不須重問。是故則無料簡之文。又前名煩惱及以涅槃。而論出入。宜且先約前兩教以明。今云般若。般若本通。是故即約三智俱釋。又前煩惱一向約於顯露定教。是故但論斷與不斷入空出假。今般若中乃以顯露不定對說。故有境智對發不同。根本開合準前可知。於中先明互發一十六句。次明互照一十六句。所言發者。發有二義。一約不思議中不別而別以論相發。發智既爾照境亦然。又若境互發智可論宿習。若智互照境則有二義。若轉智互照不論發習。若逐境互照亦是發習。又若空假二智互照兩境。則通通別。義亦通於三藏菩薩。中智照二惟在別圓。義亦通於圓別接通。若立中名無中體者。亦通通教八地及三藏佛。唯不通於空假照中。照中但在別圓及接四處故也。又若從別說。二乘猶可互照真俗。三藏菩薩至菩提樹方乃照真。是故應以諸教諸位。諦智高下。觀實有無。若次不次。斷位伏位。上中下根。若單若複。以立境智。自在說之。義有通別故須遍說。若得此意例釋諸句諸義可從。總此諸文互發互照。大括文旨及以開權。秖是妙智及以妙境相照相發。成於圓教十法成乘。是故得是十法異名。般若既然。涅槃及身亦復如是。不復委明甚有深致。次明三十六身者。準前引論為問答中。如法觀佛。佛即法身。法身義當涅槃般若。所應所照義當煩惱諸法。故得名為是三一相。若不別而別。此中正當法身德也。身身相望成三十六。若名異義同不勞分別。具如第二卷末以三般若而對三身。境智既其互發互照。故使身亦互起互入。照境如入發智如起。今若更約別義分別直於佛身作三十六。從應更開出於化身。以對法報故得為四。言出入者。化興為出化息為入。問。但聞三身從法身起。不聞餘三從化身起。及以法報從應身起。答。從勝起劣即是施權。從劣起勝即是開權。跨節明義不可思議。無非法界。故得相起相入無妨。其相云何。如化應自說吾今此身是法身。況不是報能起既然。相入例此。理無起入約化緣明。豈可從緣而亡於理。又應以玄文三十六句感應對之。化應報三名之為顯。法即是冥。又報身者。亦得是冥亦得是顯。報身分於自他受用不同故爾。是故今文與論冥合。論云是三一相是故義同。雖一而三故復別說。

また次に道品を明かすことを観ます。文相はすでに略されていますので、そのまま枯栄と三脱を結びます。もし遮障について次に説くならば、対治の来意を明かします。ただ事の対治を列ねるのみで、合行の相を明かす暇がありません。外の貪欲など十二の対治は、前の文で指し示したものがまさにこの文です。四分がそれぞれ三つであるため十二となります。次に釈文を観ます。他身を観じて九想を成ずるため、外の貪を対治します。背捨はまず自身の骨鎖を観ずるため、内を対治できます。勝処は自身の骨人によるため、観が成じて漸く十方の依正を見ます。それゆえ自他の貪欲を対治できます。違法の瞋とは、他を瞋りながら理に順じるものです。ゆえに衆生を観じて己の親の想いを作します。順法の瞋とは、他を瞋りて理に違するものです。事は理に順じても瞋は観心に違するため、諸法および衆生の空を観じ、乃至涅槃もまた不可得と観じます。戲論の瞋とは、横に諸法に性実を計るものです。あるいは権を執して実を破り、あるいは実を執して権を破ります。浄名が言うように、もし我れ当に苦を見て集を断ずべしと言えば、これはすなわち戲論であり求法ではありません。二乗が権を執するのもなお戲論となります。ましてや今の凡下が是非を諍計することをやみません。まさに法性は権もなく実もなく諸の名字を絶することを観ずべきです。二世三世は第七のように詳しく述べます。一念と言うのは、極めて短い一刹那の時を言うのではありません。善悪の業が成ずることを名づけて一念とします。三世二世の連縛等の相とは異なるため、一念と名づけます。みな無常であるため性実がありません。法界次第の中の釈に詳しい通りです。名義は倶舎・婆沙に委しく論じられています。四種の十二因縁が備わっています。一は刹那、二は連縛、三は分位、四は遠続です。後の三つはただこれ三世の因縁です。能く後に順じて生ずる等の受を約するため、三を開いたのです。論の中ではなお二世の因縁が欠けています。大論が問うには、仏は因縁を説くことが甚だ難解であると説かれます。どうして癡人に観じさせることができるでしょうか。答えは、牛などのように因縁を観じさせるのではありません。実の道を求める者が邪見を生ずるのを癡人と名づけます。未開の頃に次に次位を明かす中で、鼠の唧などと言うのは、諦理に達せず謬って即の名を説くことをいいます。何が怪鼠の唧唧と鳴く声と異なるでしょうか。すなわち声に旨がなく濫りに生死即涅槃と擬するのです。また怪鳥の空空と鳴く声のようです。どうして重空三昧と濫同できるでしょうか。ゆえに下に合して言うには、それゆえに怪を成ずと。叨とは貪です。もし内外に安忍すれば、これは下に離愛を得ます。大車の譬えは文の通りです。以下諸の十法の後はみな大車に譬えます。どうしてこれが法華の妙乗であると信じないことがありましょうか。次に是の名は下の結です。一切の諸法は十乗を出ません。ゆえに十乗を以て結摂し総じて示します。亦名等というのは、前の煩悩の十乗観法の異名を会して同じくさせます。前に観ずる煩悩はすなわち法界です。また行於非道乃至不断而入涅槃等と名づけます。すなわちこれ前十観の異名を会するものです。広説の下は広く異名を説きます。総じて三番三十六句があります。初の三十六はすでに涅槃と言います。涅槃はすなわち解脱徳です。これは浄名の不断煩悩而入涅槃の一句を開いて三十六となしたものです。これは異文を会するもので大論の意に準じます。大論に言うには、もし法のごとくに仏・般若と涅槃を観れば、この三はすなわち一相であり、その実に異なることはありません。異ならずといえども異ならずして異なります。ここではかつ解脱徳に属するためです。今初に標すにはただ三十六と言うのみです。かつ一種の根本から説くためです。初に文を列ねるのに準じれば、すなわち出入各々根本と作します。ゆえに初の根本はただ入の名のみを作します。出涅槃の十六句の初に至れば、すなわち自ら根本の四句を列ねます。ゆえに下に結して言うには、もし各々両の根本四句を立てれば四十句と成ずと。問う、何のゆえに両の根本四句を立てるか。答う、所生が各々別だからです。またただ開合の違いのみとも言えます。開とはすなわち出入各々四です。合とは共に一つの根本と為します。すなわち出入相参じて四と為します。断入・不断入・断出・不断出のごとし。もしこれを開して両の根本四句の相とすれば、両の入句にさらに第三第四句を加えます。両の出句にもまた第三第四句を加えます。ゆえに三十六と四十の違いがあります。しかし根本の四は預め釈する必要がありません。下の釈文に至れば両の根本句は各々入出の両の十六句の中にあります。ゆえに実句はただ三十二のみと知ります。問う、根本は並びに十六句の中にあります。どの句がそれでしょうか。答う、同じものがすなわちそれです。文に列ねるのは並びに四句の初にあります。今また略して釈します。次に別釈の中に諸句を細かに尋ねます。文は甚だ分明で委しく釈する労はありません。今その文相のやや隠れ略されたものについてその相状を出します。初の四句の中は並びに凡夫の具縛を以て不断と名づけます。第二の四句からは並びに体照を約して不断と名づけます。第二の四句の中、亦断亦不断とは、義は須らく両に兼ぬべきです。一は析法を断と名づけ体を不断と名づけます。二は既に学人であり已断を断と名づけ、余を不断と名づけます。言うところの入とは、惑すなわち未だ尽きず分に有餘を得ることをいいます。また入と名づけます。また応に析体無学と言うべきです。恐らくは文の誤りでしょう。非断非不断とは、理体は双非にしてその性は真に冥します。入と名づけるを得ます。第三の四句の中、第一句は、前のように準じて両に兼ぬる釈と作すことはできません。すなわちまさに先将に亦断亦不断を析体の竟と為し、次に已断の惑を将って亦入と名づけ、余残の未尽を亦不入と名づくべきです。余の三句もこれに例して知るべきです。第四の四句の中、第四句は、義もまた両に兼ぬます。前の第二の四句の中の両に兼ぬる義の釈に例します。この十六句に凡そ入と言うのは、意は並びに仮より空に入るにあり、対して十六句と成すためです。凡夫外道を以て第一の四句とします。ゆえに初の四句は並びに空観の所観所破です。後の十六句は皆出と言うのは、並びにこれ空より仮に入るを出と名づけます。またこれ十六句を成ずるため、入空に対して説きます。この空仮はまさに蔵通にありです。義は別円に兼ねます。後の問答料簡の中に詳しくその意を出します。また前の十六句の初の四の根本句は、並びに義を以て属対し竟わっても、下の釈に至り復た属対するのは、同相を示すため重ねて対するのみです。出の中も入に例しまた前に例すべきです。同じを知るためゆえにただ直ちに根本の四句を列ねて相を釈しません。次に出を明かす中、第一の四句の中、第三句は、これは中根の出仮の菩薩です。分断の煩悩を亦不出と名づけ、復た能く仮を出ずるを亦出と名づけます。もし下根ならば見思を断じ尽くして方能く仮を出ずるため、則ち亦出不出と言うべきではありません。第二の四句の中の初句は、初の鹿苑の中に已に無学に入り、涅槃に入らずして常に仏を輔け、方等及び般若の中に至るまで、また義に二乗の出仮と得て言えます。第三の四句の中、初句は、これは体門に兼ね用いて析するものです。析を亦断と為し、体を不断と為します。初に入空の時は亦不出と名づけ、後には必ず仮を出すを亦出と名づけます。まさに三蔵の析法を正しく用いることを謂うのではありません。ゆえに皆兼と言います。二乗もまた爾り、体を用いて析に兼ねます。第三句の中には析もあり体もあります。ゆえに亦断不断と言います。並びにこれ二乗であるため不出と言います。第四の四句の中、凡そ理と言うのは、すなわちこれ双非です。初句は応に析体真理と言うべきです。体法と言うのはただ語略です。下の三句は皆理と言うべきです。体法出仮の菩薩の理を謂います。出仮を以てゆえにこれを出と名づけます。出仮の時すでに真理があります。たとえ上根であってもまた先に理を縁じます。第三第四句は第二句に準じて説きます。次に問答料簡の中、体法の意は通じ三教に通ずるため析に対して四と成すと言います。また更に別円の四門を約して分別すると言います。四門は文の通りです。ゆえに前の文の中の義は蔵通にあります。ゆえに更に後の両教に対して言います。もし還って前に準じて析体入空出仮冥真等の名を作れば、別円の義を銷するにまた可なるべきです。ただこれ界外の空仮の別、及び冥中道不思議理、これを以て異と為します。文は別円の四門を以て、一一の門の中に四門四悉あり、その相貌に随って階差なからざるものです。初に入の中の根本四句を明かす中、既に別円を以て共に四門と為します。ゆえに四門の中に不断と言うのは、界外の円体は体惑性空にして、義は空門に当たります。空に所断なくまた入もありません。断入と言うのは、界外の析法は次第に惑を断じます。既に所断があるため義は有門に当たります。所断あるため則ち有入と名づけます。第三門は析体に兼ね用います。第四門は析体の理を謂います。次に一々の下に四門を開して十六と成ずるを明かします。また一一の門の中に各々断等の四義を具えます。また四義を以て四悉に随順します。十六悉を以て十六句と成します。空門の中のごとく、たとえ体達の惑も不断と名づけます。世界には既に生善滅悪及び見理がないため不入と名づけます。下の三悉も不断は上と同じです。もし為人の中に善が既に生じたならば、義は入のごとし。もし対治の中に治病の辺を約すれば、これを入と名づけます。病に対せざるを不入と名づけます。第一義の中に理性は入と不入に当たりません。余の三門はその門は異なっても、四悉に対する辺はその義に違いありません。次にまた更に下に、前の四悉を置き一一の門にまた四門を開きます。十六門を以て十六句と為します。すなわち空等を以て不入等に対します。前の根本の中に説くがごとく具足します。その根本句は空等と名づけますが、空等の中にまた空等の四義の不同があるため、開くところの空等の四義を以て、また不断等の四に対することもできます。ゆえに析体の二教は並びに皆入不入等の四義の不同を具えます。入とは理に詣る必然を謂います。不入とは理に入るところがないことを謂います。第三句は理を以て二義を双照します。第四句は還って理を以て双非と為します。しかし即と不即を以て析体を分かち、並びに三徳を以て涅槃と為します。出と言うのは起用のためです。入と言うのは冥理のためです。断及び不断の四義は前と同じです。一門が既にそうであれば三門もまた爾りです。出の中は即といえどもただ四門に対します。準例すればまた更に四悉に対すべきです。ただこれ文略です。次に此則の下に復た別円を以て通蔵に該通します。出入体析の名が同じによるためです。まさに細かに思うべきで具さに記すことはできません。次に三十六句の般若等を明かす中、涅槃により論の問いを起こすといえども、答える者は、この中もまたこれ即同而異にして般若徳に属します。生等と言うのは、これは大品の照明品に準じます。舎利弗が仏に問うには、云何が般若波羅蜜に応ずべきか。仏の言く、色は生ぜず般若は生ず、乃至一切種智は生ぜず般若は生ず。諸法を歴ると雖もただ一句と成します。今この句に準じて開いて三十六句と為します。経は色心より種智に至るまで経意を摂します。委しく歴ることはできずただ諸法と言うのみです。諸法は既に遠く般若は深く通ずるため、三智を約して般若を釈します。また三諦を約して諸法を釈します。もし前と名異義同と作せば、諸法はただこれ煩悩、般若はただこれ涅槃です。涅槃は断に従い般若は智に従います。智断は殊なれども共に諸法を破するため、名異義同と称するを得ます。かつ智断の不同の義の辺に従い、復たこれを別と名づけます。またこの般若諸法の一十六句は、各々前の両処の三十六句を摂します。これはすなわち句句が円より説くものです。もし次第に従えばすなわち前に煩悩涅槃の出入を明かすがごとくです。まず蔵通を約して入空出仮し、義は円別に兼ね衍門に摂在します。これに依れば則ち諸法諸智の生不生等は、倶に四教に通ずべきです。このゆえに前の三十六句は、次に料簡により方に復た別円の相を別出します。今般若の中はすなわち三智三境に対します。則ち一切智の中に已に析体を含み、余の二智はすなわちこれ仮中です。三智は宛然として重ねて問う必要がありません。このゆえに則ち料簡の文がありません。また前は煩悩及び涅槃と名づけて出入を論じます。まさに且つまず前の両教を約して明かすべきです。今般若と言うのは、般若は本より通ずるため、すなわち三智を約して倶に釈します。また前の煩悩は一向に顕露定教を約します。このゆえにただ断と不断入空出仮を論じます。今般若の中はすなわち顕露不定を以て対説します。ゆえに境智対発の不同があります。根本の開合は前に準じて知るべきです。その中にまず互発の一十六句を明かし、次に互照の一十六句を明かします。発と言うのは、発に二義があります。一は不思議の中の不別而別を約して相発を論じます。智を発するは既に爾り、境を照らすもまた然りです。またもし境が互に智を発すれば宿習を論ずることができます。もし智が互に境を照らせば則ち二義があります。もし転智が互に照らせば発習を論じません。もし逐境が互に照らせばまたこれ発習です。またもし空仮の二智が両境を互照すれば、則ち通通別です。義はまた三蔵の菩薩に通じます。中智が二を照らすのは惟だ別円にあります。義はまた円別接通に通じます。もし中を立て中体なしと言えば、また通教の八地及び三蔵仏に通じます。ただ空仮の照中に通じません。照中はただ別円及び接の四処にありです。またもし別より説けば、二乗はなお互に真俗を照らすことができます。三蔵の菩薩は菩提樹に至りて方に乃ち真を照らします。このゆえに諸教諸位、諦智の高下、観実の有無、もし次不次、断位伏位、上中下根、もし単もし複をもって、境智を立て自在にこれを説くべきです。義に通別があるため須らく遍く説くべきです。もしこの意を得れば諸句諸義を例釈することができます。総じてこの諸文の互発互照は、大いに文旨及び開権を括ります。ただこれ妙智及び妙境が相照相発して、円教の十法成乗を成ずるのみです。このゆえに十法の異名を得ます。般若が既にそうであれば、涅槃及び身もまた復た如是です。復た委しく明かしません。甚だ深致があります。次に三十六身を明かす中、前の論を引いて問答と為すのに準じます。法のごとくに仏を観ずれば、仏はすなわち法身です。法身の義は涅槃般若に当たり、所応所照の義は煩悩諸法に当たります。ゆえに是三一相と名づけるを得ます。もし不別而別ならば、この中はまさに法身徳に当たります。身身相望して三十六と成します。もし名異義同ならば分別の労はありません。第二巻の末に三般若を以て三身に対するに詳しい通りです。境智は既にその互発互照であるため、身もまた互起互入します。境を照らすは入のごとく、智を発するは起のごとし。今もし更に別義を約して分別し直ちに仏身に於て三十六を作せば、応より更に化身を開出し、法報に対するため四と得ます。出入と言うのは、化が興ずるを出と為し化が息むを入と為します。問う、ただ三身は法身より起ると聞くのみで、余の三が化身より起ること、及び法報が応身より起ることは聞きません。答う、勝より劣を起すのはすなわちこれ施権です。劣より勝を起すのはすなわちこれ開権です。節を跨いで義を明かすのは不可思議にして法界にあらざるはありません。ゆえに相起相入に妨げを得ません。その相は云何。化応が自ら吾今此身は是れ法身と説くがごとし。況んや報が能く起すは既然です。相入もこれに例します。理に起入なく化縁を約して明かします。どうして縁に従って理を亡じることがありましょうか。また玄文の三十六句感応を以てこれに対すべきです。化応報の三名をこれ顕と為します。法はすなわちこれ冥です。また報身はまた冥とも得てまた顕とも得ます。報身は自他受用に分かつ不同があるためです。このゆえに今の文は論と冥合します。論に云く、是三一相、このゆえに義同じ。一といえども三のゆえに復た別説します。

○次釋病患境者。先總明來意中。初文略明權實二病。初明實病中。云四蛇者以譬四大。於中復以鴟梟性升以譬火風。蟒鼠居穴以譬地水。此並金光明文。梟者食父母不孝鳥也。蟒者大蛇也。毒器重擔苦藪。此三並譬陰苦。藪者大澤也。此中無人唯聚水草。故可以譬苦無主宰眾法聚集。若一大違反能造諸惡。故大經二十一云。四蛇害人不墮諸惡。四大害人定墮三惡。四大相違故造諸惡。名為害人。毒器重擔思之可知。四國為隣等者。隣者近接也。四大和合即隣近義。此亦金光明文也。虛者弱也。乘者接也便也。休者美也。否者衰也。故空品云。業力機關假偽空聚。地水火風共相殘害。猶如四蛇同共一篋。四大蚖蛇其性各異。二上二下諸方亦然。心識二性躁動不安。諸佛問訊等者。問者命也。此以上問下。故鄭玄云。小聘曰問。又以下啟上為問。今文意者同輩相問。漢書云。令問休預。訊者亦問也。亦廣辭也。廣以己意宣其問辭。如法華中分身佛集。皆遣侍者問訊釋迦少病少惱等。大論廣解佛問訊辭云。佛示同人故但云少。病有二義下次分權實。若偃臥下初明權疾。即如淨名託疾方丈。國王長者大臣人民皆往問疾。因以身疾廣為說法。即凡俗眾也。言斥小者如弟子品。言呵大者如菩薩品。又因文殊傳如來旨問果疾竟。即自問云。居士。是疾何所因起其生久如。當云何滅。問因疾也。淨名因為廣說因疾。因茲以明三觀調伏四教慰喻。廣說因疾及以果疾。他云淨名彈呵聲聞。是故經初不歡聲聞。若爾。下文亦呵菩薩。何以經初亦歎菩薩。有歎無歎自是經家或存或略。此乃不關呵與不呵。又古人云。淨名經意折挫聲聞褒揚菩薩。失意同前。今家但云折小彈偏歎大褒圓。同用八字得失天隔。故今略云斥小呵大。三觀折伏等。已如前說。寄滅譚常者。大經文中寄應迹滅度譚法身圓常。故於序中因純陀請住與文殊往復。已開常宗。至第五卷云。我為聲聞諸弟子等。說毘伽羅論。謂如來常存無有變易。若有說言如來無常。云何是人舌不墮落。文中處處研覈問答。顯於佛性常恒不變。若不因於唱滅請住。無由譚於斯身不滅。因病說力者。現病品中迦葉問佛。如來往昔已於無量萬億劫中。修菩薩行常行愛語。利益眾生不令苦惱。施諸病者種種醫藥。何緣於今自言有病。世尊。世人有病。或坐或臥不安其處。或索飲食教誡家屬修治產業。何故如來默然而臥。不教弟子聲聞人等。何緣不說尸羅諸禪及解脫等。何緣不說大乘經典。何故不以無量方便。教大迦葉人中象王。令其不退菩提之心。又不治於諸惡比丘。云何默然右脇而臥。如經廣說(云云)。又云。如來四大無不和適身力具足。迦葉又以三牛十四象。力士鉢健提。八臂那羅延。後後十十增較十住一節。是故菩薩力為最大。況如來成道初坐道場逮得十力。今者不應如彼嬰兒。如來因即放大光明種種神變已。語迦葉言。我於往昔無量無邊億那由他百千萬劫。已除病根永離倚臥。是諸眾生不知大乘方等密語。便謂如來實有病惱。如是說者並因現病迦葉請問。又因疾者三惑也。果疾者二死也。實疾者。眾生實惑及斷未盡者。權疾者諸大菩薩隨斷何惑。則能示現權同實疾。如是權實並非今所觀。從今所觀下判也。今所觀境是凡夫四大實疾。仍因觀陰及煩惱等。四大增損。即前所引金光明經所明病相。為今境也。上智利根等者。正明來意。先法次喻。初法中云上智等者。上智之人解前陰入境中安忍不隨彊軟。已入十信不須至此。故前文云。若安忍者不須餘九。謂安於內外煩惱病患。是則病患前已安竟。如躄樹等者。躄者倒也。斵者如第三卷釋。鈍根病重故須重重辯於觀行。如大樹巨石非一下一斧可穿可斷。故重於此更辯十乘。如億下萬斧。夫長病等者。通舉經中病能為障。今此文意未必須長。但能障禪即須觀察。故阿含中四法能退阿羅漢果。謂長病遠行諫諍營事。今非全爾。下結云四悉者。初文即世界。從經云下證為人。既明三學即生善意。戒定如文。從起邪倒下即是失慧。以失顯得得即生善。戒定亦然。從復次下即對治意。從又下即第一義意。次正釋中文自為五。初病相中先略明辯脈所以中云。診者候脈也。云今不須精判等者。不須如向上中下醫委論脈法。今略明之。脈者血氣所行道也。夫脈法者本在醫道。非可具知。今須略知五藏之相而用治法。四時脈相者。春絃夏洪秋浮冬沈。土王四季。用對五行五藏相生相剋。以辯脈相。略明候法者。從魚至貫名為尺澤。即大拇指後大橫文前名之為魚。大橫文後名之為貫。貫後三寸名為寸口。尺後寸前名為關陽。肝心出左脾肺出右。左腎為命門。右腎為命根。肺脈來時如順榆葉曰平。如風吹毛曰病。如連珠者曰死。心脈來時如管曰平。如連珠曰病。前曲後直如帶鉤曰死。肝脈來時薄弱曰平。如張弓弦曰病。如雞蹈地曰死。脾脈來時阿阿如綖曰平。如雞舉足曰病。如鳥啄水漏曰死。腎脈來時微細而長曰平。如彈石曰病。如解索曰死。諸脈暫大復小為陰。暫小復大曰陽。然諸候體文中易了。而指下難明。今且略知未煩委悉。今文明五藏相者。非是相生亦非相剋。但當藏太增而成於病。如木性多直今太洪直。次大性升今多輕浮。金性堅利今太尖銳。水性流注今則滴瀝。土性堅澁今太沈重。或性過分致病或衰弱故而致患也。若相剋者準五行可知。從面無光澤下。五藏體減故致成病。木主肝。若枝葉枯燥是木之病。故無光澤等如木無潤。火主心也。火若失色不赤是火之病。故面青皅而成病也。金主肺肺色白而今色黑。是肺病也。水主腎。流處壅滯令體無力。故腎病也。土主脾。如堆阜不平即脾病也。從肝上有白物去。五行相剋故五藏病生。故用六氣治於五藏。治法應在下治法中。今文對此略明為便。故預列之。後文治中不復更出。然此六氣但取呼吸帶聲出氣為治。亦不全用字體為義。如吹者亦云冷氣。次噓氣者云出氣。呼者煖氣也。𡁱呵𡀗此三全無此之字體。但有譆字即痛聲也。但須呼吸。聲似五音即屬五藏還治五藏。用者應於牙齒唇舌調停出聲使不失五音。呵屬商吹呼屬羽。噓屬徵𡁱屬宮𡀗屬角。五行對之以屬五藏。今並用本藏上氣以治本藏。所以用本藏者。既剋他藏令他藏病。故用本氣牽歸本藏。不令害他。如肺害肝是金剋木。還用肺氣收取金行。餘之四藏準此可知。淋字亦應作痲。其病鬼如竈君者。秖是黑色耳。腎被脾害即成腎病。病鬼還隨本藏之色。故如竈君。第一本中具約五色明五藏鬼。今文但略於腎藏明之。準文次第應在病因緣中。即鬼病也。文隨便故寄此中列。次釋脾云其色籠桶者。應云黃籠桶也。從有多惛惛去。是六神病相。此準俗說。故一神各守一藏王於六根。陰是身之根本。通於五藏五根。如經律異相中云。昔有國王令人覓師子𮙬。如其不得當斷汝命。懼王命故處處求覓。得師子𮙬送來上王。中道睡臥。六根六神各諍其功。目神言。由我視故知師子𮙬處。耳神言。由我聽故知師子𮙬處。足神言。由我至故能取是𮙬。手神言。由我捉持得師子𮙬。鼻神言。由我嗅故得師子𮙬。諸神皆言舌最無功。舌神不伏倍索其功。有一羅漢因行遇見是人神諍。恐王錯殺即隨𮙬者以至王所。𮙬者前至。王問𮙬者。為是師子𮙬不耶。答云。不真。王令殺之。羅漢具為大王說之。其人免死。彼文本喻處眾之人。各伐其功則無德之人最為尤害。此喻雖似各有根神。非他有情。次明病因緣中文自為六。次食不節以成病者。亦如博物志云。若雜食者百疾妖邪之所鍾。食逾少心愈明。食逾多身逾損。故食不可過度。故要覽云。夫病從口入禍從口出。故君子慎言語節飲食。次明損益相。云從腰三孔入四支者。大論二十六釋十想中云。譬如釀酒。滓濁為糞清者為尿。腰有三孔。風吹膩汁散入百脈。與先血合凝變為肉。從於新肉生膏脂骨髓。從此生者名為身根。乃至生於五情諸根。如此並以資長為生。癖者水不能行也。又身火下教調食法。次引世諺。次食五味下約藏增損。可見。次坐禪不節成病中。初明身儀不正。心增怠慢招病來魔。次與發觸相違中。云重如沈下等者。明八觸相。此八觸者四上四下去。明對息辯觸。觸順四大故順八觸。若發重觸下明違觸成病。又但下明用止觀以動病也。初用止中過分太增故病。次明用觀不調。五塵五藏五行相生相剋。一一塵中復各有五。應須善知相生相剋主對之相。初五色者。如白虎通博物志云。東方木。其帝太皡。其佐句芒。執規而治春。其星太歲。其獸青龍。其音角。其日甲乙其味酸。臭羶。南方火。其帝炎帝。佐祝融。執衡而治夏。其星熒惑。鳥朱雀。音徵。日丙丁。味苦。臭焦。西方金。帝少皡。佐蓐收。執矩而治秋。星太白。獸白虎。音商。日庚辛。味辛。臭腥。北方水。帝顓頊。佐玄冥。執權而治冬。星辰星獸玄武。音羽。日壬癸。味鹹。臭腐。中央土。其帝黃帝。佐后土。執綱而制四方。星鎮星。獸黃龍。音宮。日戊己。味甘。臭香。佐者主五行之官。具如前授世法藥中說。故五聲亦屬五行五音。呼喚屬角木。語言屬徵火。哭屬商金。吟屬羽水歌屬官土。五觸中。木體實火性煖。若對四大西方屬風故輕。如文。此準大集經意。若準俗文如博物志等。臊腥等氣如前釋。嬰兒者。嬰頸飾也。蒼頡篇云。男曰兒。女曰嬰。今言嬰者通男女也。故釋名云。人之初生曰嬰兒者。胸前曰嬰。接之嬰前而乳養之。故曰嬰也。如國王等者。第二本無此文。拱者合手也。亦如張華治李子預病。病鬼在膏肓不肯治之。華乃走避。預自乘馬逐之。華乃下道隱。聞草中有鬼。而相問言。弟何不隱去。答。我住其膏肓針灸不至。何須隱去。但懼其用八毒丸耳。須臾子預至。華便以八毒瀉之。其鬼叫喚而走。出本草郭注。鬼亦不謾病人下明有病之由。由行者邪念。亦如譬喻經中。有清信士初持五戒精進不殺。後時衰老多有廢忘。爾時山中有渴梵志。從其乞飲。田家事忙不暇看之。遂恨而去。梵志能起尸使鬼召得殺鬼。勅曰。彼辱我往殺之。山中有羅漢知。往詣田家語言。汝今夜早燃燈勤三自歸。口誦守口身莫犯偈。慈念眾生可得安隱。沙門去後主人如教。通曉念佛誦戒。鬼至曉求其微兀欲殺之。覩彼慈心無能得害。鬼神之法人令其殺。即便欲殺。但彼有不可殺之德。法當却殺其使鬼者。其鬼乃恚欲害梵志。羅漢蔽之令鬼不見。田家悟道梵志得活。不獲殺罪。田家專注念佛全一門之命。當知正念鬼不得便。此等亦可比誦戒序防鬼魔之文。正是觀音經中還著於本人之文。亦如太公為灌壇令龍神尚不以暴風疾雨至其境。況佛法之人長心正念者耶。當知邪鬼得入者。皆由邪念。兜醯羅鬼等者。即前文中五色之鬼。能病五藏者是。五魔病中初與鬼病辯異。次辯有病之由。亦由行者生邪念故。六業病中若殺罪等者。此破五戒之病病屬五藏藏屬五根。與前不殺防木等意同也。若欲治者隨何藏病。知破何戒以增治損。若持戒者動宿業病。隨根判戒以驗罪滅。然後用治者。六治之中觀心治也。次明治法。先示同異中云不可操刀把刃等者。用治失宜如操刀失柄把刃傷手。舊疾不除反增新病。次正用治中。初止齊中云令氣調恂。恂者均也。帶系在臍者。臍既為諸腸胃之源。在胎之時以母之臍注子之臍。故母所食從臍而入。以資於子。氣息亦爾。子初在胎依於母息。故俗名子以之為息。膂者脊也。次止心丹田等可知。心多上緣等者。上熱助火。火銷諸食五藏易調。下分屬陰。太陰傷冷少火故亂。蔣吳毛者謂蔣添文。吳明徹。毛喜。此陳朝要官。皆稟息法脚氣獲除。具如百錄。此等親承智者大師以稟法訓。得事治之益。是故引之。引皇帝五行相生相剋者。皇匡正也。帝者德像天地曰帝。初從金化而水生下明相生。從火得水下相剋。水遇土而不行。行字(戶郎切)與五行義同。為取韻故借此音耳。如金剋木下正明用治。如金剋木則肺彊而肝弱。名為肝病。則止心於肺。故知不必止心病處。又用止治四大者。此中即是相翻對為治也。如水性寬以急治之。餘大準此。六氣治者。文但略明。先列。次釋。釋對四大病中。痰癊者正體作陰。五藏如前病相中已說。言平常吐納等者。吐謂散除麁氣。納謂內入安息。如平常坐禪。皆須長吐身中麁氣。但一兩度為之即足。非專為治病故也。用息中言依息者。假想十二息也。依於報息而起假想。如瞋由心變而使息麁盛。故知皆是心轉報息。令報息麁。今假想息亦復如是。次假想中云辯師治癭者。第一本云。如高麗辯師治癭病法。假想此癭如露蜂窠。蜂子在窼須臾蜂子穿窼而出。膿潰膏流蜂子俱去。眾孔婁婁如空蜂窼。想心成已癭病消差。如患癥人用針法者。應作癥字。第一本云。如人患癥癥結在腹。想作金針入腹刺之使癥對過。如是數數為之不休。一過相值癥結便去。從是得差而常患痛耿耿。然後更問他人云。此患已差而耿耿常痛。他人答言。汝想針破癥癥破而針猶在應更作想除其金針。依語即差。如阿含用酥者。第一本云。想燸酥在頂滴滴入腦。灌注五藏流潤遍身。治人勞損當有驗也。若準雜阿含都有七十二法。以想為治乃非末代鈍根所宜。其一云。佛在給孤獨。有比丘夏五月在林間修三昧。瑠璃王子與五百釋子。乘象而戲。諸象鬪。有黑象聲如霹靂。復有細聲如貓子。釋子比丘入於風觀發狂癡想。從定起如奔醉象。諸比丘閉門恐為所傷。有一比丘往舍利弗所問。唯願哀愍救諸釋子。身子起牽阿難至佛所。白佛言。諸釋子五事發狂。一因亂聲。二因惡名。三因利養。四因外風。五因內風。云何能治。佛因為阿蘭若比丘七十二患。說修阿那般那法。外惡聲觸內心根。四百四病脈持心急故。一時動亂。風力彊故一時入口。應教服酥蜜及呵梨勒法。謂繫心一處先想頗梨鏡。自觀己身在彼鏡中見諸狂事。見已更教。汝於鏡中除聲舉舌著上齶。想二摩尼在兩耳中。想於珠中如乳滴流出醍醐。潤耳根使不受聲。如膏油潤終不動搖。此想成已次想九重金剛從摩尼出覆行者身。下有金剛華行者坐上。有金剛山四面圍繞。絕於外聲。一一山中出七佛座。說四念處。爾時寂然不聞外聲。隨於佛教。汝當修習慎勿忘失。今且依第一本用酥有益。又云。春時入火三昧太溫身成病。入地三昧見身成無石山。須急治之。入水三昧見身如大水泉。入風三昧見身如九頭龍。須急治之。餘文廣如經說。如吞蛇法者。第一本云。如人噉食吞於蛇影。謂為蛇也。因而為病。他人問之知病源已。即以下藥密以死蛇。著其痢盆。唱言蛇出。病即差也。壁畫蛇影入酒杯中亦復如是。如阿含云。舍衛有一長者名晨居。有一婢極醜。常外使役令刈樵草汲水等事。野外有泉泉上有樹。樹上有一端正女人。自縊而死。影現泉中。婢見之謂為己影。便瞋大家。我端正如此使我田園。乃撲瓶破歸家入堂寶帳中坐。大家謂其狂病乃問之。婢以前事答。云何大家不別不見敦遇。即與鏡照之乃見醜形。猶尚不信乃謂鏡醜。大家先知彼泉水處而有死女。乃送至泉處。見是死女影心解慚愧。觀心治者。亦如南嶽大師苦腫滿病。用觀力推病則消差。次明方術中先用世治。云如治噦法者。第一本云。以畏怖之即差。雜含云。用心息太急。又眠處單薄因外風寒。動胃管腎等上逆胸塞。節節流水停住胸中。名之為噦須急治之。治法如經甚廣(云云)。如治齒法者。第一本云。向北斗呪云。齒牙疼北斗治之。痛差自知。痛即差也。又以狗牙從陰地向陽地呪云。令人牙痛差。不差暴汝。差還本。痛即差也。如捻大指治肝等者。五指主五藏。故大指主肝。頭指主肺。中指主心。無名指主脾。小指主腎。次用中邀者亦(邀居遙切)呪不翻者。如法華疏。以四悉因緣故不翻也。今文多是對治意也。命出入息言者。口令為命誦此呪已。仍須命云阿那般那。痛打四五十者。令心止痛處故也。如江鄉人卒患。皆以手打臂至一二百下。患即差也。次明損益中。心利病輕頓益。心利病重漸益。心鈍病輕漸損。心鈍病重頓損。又雖復心鈍善解觀法。亦得成於益中漸頓。

次に病患境を解釈する。まず総じて来意を明らかにする中で、初めの文は権と実の二つの病を略説している。初めに実の病を明らかにする中で、「四蛇」というのは四大を譬えたものである。その中でさらに、鴟梟の性質が昇ることによって火と風を譬え、蟒鼠が穴に居ることによって地と水を譬えている。これらはみな『金光明経』の文である。梟とは父母を食う不孝の鳥である。蟒とは大蛇である。毒器・重担・苦藪、これら三つはみな陰の苦を譬えている。藪とは大きな沢である。ここには人はなくただ水草が集まっているだけである。それゆえ苦には主宰がなく衆法が聚集することを譬えることができる。もし一大が違反すればよく諸悪を造る。それゆえ『大経』二十一に云く、「四蛇は人を害しても諸悪に堕ちない。四大は人を害すれば必ず三悪に堕ちる。四大が相違するがゆえに諸悪を造る。これを人を害すると名づける」と。毒器・重担は思えば知ることができる。「四国為隣」などとは、隣とは近接の意である。四大が和合するのがすなわち隣近の義である。これもまた『金光明経』の文である。虚とは弱の意である。乗とは接の意、便の意である。休とは美の意である。否とは衰の意である。それゆえ『空品』に云く、「業力の機関は仮偽の空聚、地水火風は共に相い残害し、猶お四蛇の同じく一篋を共にするがごとし。四大の蚖蛇はその性おのおの異なり、二上二下、諸方もまた然り。心識の二性は躁動して安からず」と。「諸仏問訊」などとは、問とは命の意である。これは以上で下に問うものである。それゆえ鄭玄が云く、「小聘を問と曰う」と。また以下で上に啓すのを問とする。今の文の意は同輩が相い問うことである。『漢書』に云く、「令問休預」と。訊もまた問の意である。また広辞の意でもある。広く己の意をもってその問辞を宣べる。『法華経』の中で分身の仏が集まり、みな侍者を遣わして釈迦に問訊し、「少病少悩」などと述べたのと同じである。『大論』には仏の問訊の辞を広く解して云く、「仏は同じく人を示すがゆえにただ少と云う」と。病に二つの義がある、次に権と実を分かつ。もし偃臥すれば、次に初めに権の疾を明らかにする。すなわち『浄名経』で方丈に疾を託したがごとくである。国王・長者・大臣・人民がみな疾を問いに往き、身の疾によって広く法を説いた。すなわち凡俗の衆である。小を斥くと言うのは『弟子品』のごとくである。大を呵すると言うのは『菩薩品』のごとくである。また文殊が如来の旨を伝えて果の疾を問い終わって、すなわち自ら問うて云く、「居士よ、この疾は何に起因して起こるのか、その生じることは久しいか、まさにいかに滅すべきか」と。因の疾を問うたのである。浄名はそれによって広く因の疾を説いた。これによって三観をもって四教を調伏し慰喩することを明らかにする。広く因の疾および果の疾を説く。他には云く、「浄名が声聞を弾呵した。それゆえ経の初めに声聞を歓ばない」と。もしそうなら、下文でもまた菩薩を呵している。なぜ経の初めにまた菩薩を歎じているのか。歎があるのと歎がないのは、もとより経家が存するか略するかであって、これは呵と呵さないとには関わらない。また古人は云く、「浄名経の意は声聞を折挫し菩薩を褒揚する」と。失意は前と同じである。今の家ではただ「小を折し偏を弾じ大を歎じ円を褒む」と云う。同じく八字を用いるが得失は天と隔たっている。それゆえ今は略して「小を斥し大を呵す」と云う。三観の折伏などはすでに前に説いたごとくである。滅に寄せて常を譚るとは、『大経』の文中で応迹の滅度に寄せて法身の円常を譚る。それゆえ序の中で純陀の請住によって文殊と往復し、すでに常の宗を開いた。第五巻に至って云く、「我れは声聞の諸弟子等のために毘伽羅論を説く。謂わく如来は常に存して変易あることなし。もし如来は無常なりと言う者あらば、どうしてこの人は舌が堕落しないことがあろうか」と。文中処々で研覈し問答して、仏性が常恒不変であることを顕している。もし唱滅と請住とによるのでなければ、この身の不滅を譚る由がない。病に因って力を説くとは、『現病品』の中で迦葉が仏に問うて云く、「如来は往昔すでに無量万億劫の中で菩薩行を修し、常に愛語を行じ、衆生を利益して悩ませず、諸の病者に種々の医薬を施した。何の縁で今、自ら病ありと言うのか。世尊よ、世の人に病があれば、あるいは坐しあるいは臥してその処に安からず、あるいは飲食を索め、家族を教誡して産業を修治する。何ゆえ如来は黙然として臥し、弟子の声聞人等を教えないのか。何の縁で尸羅・諸禅および解脱等を説かないのか。何の縁で大乗経典を説かないのか。何ゆえ無量の方便をもって大迦葉・人中の象王を教え、その菩提の心を不退にしないのか。また諸の悪比丘を治めないのか。どうして黙然として右脇に臥すのか」と。経に広く説くがごとくである(云云)。また云く、「如来の四大は和適しないことはなく、身力は具足している」と。迦葉はまた三牛十四象、力士鉢健提、八臂那羅延をもって、後後十十に増して十住の一節を較べた。それゆえ菩薩の力が最も大きい。まして如来は成道の初めに道場に坐し、十力を逮得した。今は彼の嬰児のごとくであるべきではない。如来はそこでただちに大光明を放ち種々の神変を現じてのち、迦葉に語って言った、「我れは往昔無量無辺億那由他百千万劫において、すでに病根を除き永く倚臥を離れた。これらの衆生は大乗方等の密語を知らないので、便ち如来に実に病悩ありと謂う」と。このように説くのはみな現病によって迦葉が請問したことによる。また因の疾とは三惑である。果の疾とは二死である。実の疾とは、衆生の実惑および断じ尽くさないものである。権の疾とは、諸の大菩薩が断ずる所の何の惑にも随って、よく権をもって実の疾と同じく示現できることである。このような権実はともに今観ずる所ではない。「今所観」以下は判である。今観ずる所の境は凡夫の四大の実疾である。それゆえ陰および煩悩等を観ずるによる。四大の増損は、すなわち前に引いた『金光明経』に明かす病相である。これを今の境とする。「上智利根」などとは、正しく来意を明らかにする。まず法、次に喩。初めの法の中で「上智等」とは、上智の人は前の陰入境の中で安忍し彊軟に随わないことを解し、すでに十信に入っているのでここに至る必要はない。それゆえ前文に云く、「もし安忍すれば余の九は須いない」と。謂わく内外の煩悩病患に安ずることで、これすなわち病患は前にすでに安じ終わっている。「躄樹等」のごとく、躄とは倒の意である。斵とは第三巻の釈のごとくである。鈍根は病が重いので重ね重ね観行を辯じなければならない。大樹巨石のごとく、一下一斧で穿ち断つことはできない。それゆえここで重ねて十乗を辯ずる。億下万斧のごとくである。「夫長病等」とは、通じて経中で病が障となることを挙げる。今この文の意は必ずしも長である必要はない。ただよく禅を障すればすなわち観察しなければならない。それゆえ『阿含』の中で四法は阿羅漢果を退くことができる。謂わく長病・遠行・諫諍・営事である。今は全くそうではない。下に結して「四悉」と云うのは、初めの文はすなわち世界である。「経云」以下は為人を証する。すでに三学を明らかにすればすなわち善意を生ずる。戒定は文のごとくである。「起邪倒」以下はすなわち失慧である。失をもって顕を得、得すなわち善を生ずる。戒定もまた然りである。「復次」以下はすなわち対治の意である。「又」以下はすなわち第一義の意である。次に正釈の中に文は自ら五つとなる。初めの病相の中でまず略して脈を辯ずる所以を明らかにする中に云く、診とは脈を候うことである。今は精しく判ずる必要はないなどと云うのは、上中下医のごとく委しく脈法を論ずる必要はない。今は略してこれを明らかにする。脈とは血気の行く所の道である。そもそも脈法とはもと医道にあり、具に知るべきではない。今は略して五蔵の相を知り治法を用いる必要がある。四時の脈相とは、春は絃、夏は洪、秋は浮、冬は沈である。土は四季に王たり、五行五蔵の相生相剋に対用して脈相を辯ずる。略して候法を明らかにするとは、魚から貫までは尺沢と名づける。すなわち大拇指の後の大横文の前をこれを魚と名づける。大横文の後をこれを貫と名づける。貫の後三寸を寸口と名づける。尺の後寸の前を関陽と名づける。肝心は左に出で脾肺は右に出ず。左腎は命門となり、右腎は命根となる。肺脈の来る時、楡葉を順うがごとくならば平と曰う。風の毛を吹くがごとくならば病と曰う。連珠のごとくならば死と曰う。心脈の来る時、管のごとくならば平と曰う。連珠のごとくならば病と曰う。前曲後直にして帯鉤のごとくならば死と曰う。肝脈の来る時、薄弱ならば平と曰う。弓弦を張るがごとくならば病と曰う。鶏の地を蹈むがごとくならば死と曰う。脾脈の来る時、阿阿として綖のごとくならば平と曰う。鶏の足を挙ぐるがごとくならば病と曰う。鳥の水を啄むが漏るるがごとくならば死と曰う。腎脈の来る時、微細而長ならば平と曰う。石を弾ずるがごとくならば病と曰う。索を解くがごとくならば死と曰う。諸脈は暫く大にして復た小なるを陰と為し、暫く小にして復た大なるを陽と曰う。しかし諸候の体は文中に易く了るが、指下に明らかにし難い。今はかつ略して知れば未だ委悉するに煩わさない。今文が五蔵の相を明らかにするとは、相生でもなく相剋でもない。ただその蔵が太だ増して病を成ずるのみである。木性は多く直、今は太だ洪直なるがごとく、次の大性は昇、今は多く軽浮なるがごとく、金性は堅利、今は太だ尖鋭なるがごとく、水性は流注、今はすなわち滴瀝たり、土性は堅澁、今は太だ沈重なるがごとくである。あるいは性が過分して病を致し、あるいは衰弱するがゆえに患を致す。「面無光沢」以下は、五蔵の体が減ずるがゆえに病を致す。木は肝を主る。もし枝葉が枯燥すればこれ木の病である。それゆえ光沢なくして木の潤いのないがごとくである。火は心を主る。火はもし色を失して赤からなければこれ火の病である。それゆえ面が青皅にして病を成ずる。金は肺を主る。肺の色は白であるが今は色が黒い。これは肺の病である。水は腎を主る。流れる所が壅滯し体をして無力ならしめる。それゆえ腎の病である。土は脾を主る。堆阜の平らかでないがごとくすなわち脾の病である。「肝上に白物あり」以下は、五行の相剋するがゆえに五蔵の病が生ずる。それゆえ六気をもって五蔵を治する。治法は下の治法の中にあるべきである。今の文はこれに対して略して便のために明らかにする。それゆえ予めこれを列ねる。後文の治の中に復た更に出さない。しかしこの六気はただ呼吸が声を帯びて気を出すのを取って治とする。全く字体をもって義とするのではない。吹とはまた冷気とも云う。次に嘘気とは出気と云う。呼とは煖気である。𡁱呵𡀗、この三つは全くこの字体がない。ただ譆の字があり、すなわち痛声である。ただ呼吸すればよい。声が五音に似るものはすなわち五蔵に属し、還って五蔵を治する。用いるものは歯・唇・舌に応じて調停して声を出し、五音を失わないようにすべきである。呵は商に属し、吹呼は羽に属し、嘘は徴に属し、𡁱は宮に属し、𡀗は角に属する。五行はこれに対して五蔵に属する。今はみな本蔵の上の気を用いて本蔵を治する。本蔵を用いる所以は、すでに他蔵を剋して他蔵をして病ましめるからである。それゆえ本気を用いて牽いて本蔵に帰し、他を害させない。肺が肝を害するがごとくすなわち金が木を剋す。還って肺気を用いて金行を収取する。余の四蔵もこれに準じて知ることができる。淋の字もまた痲と作るべきである。その病鬼が竈君のごとくとは、ただこれ黒色であるのみ。腎が脾に害されてすなわち腎病を成ず。病鬼は還って本蔵の色に随う。それゆえ竈君のごとくである。第一本には具に五色について五蔵の鬼を明らかにする。今の文はただ略して腎蔵についてこれを明らかにする。文に準じ次第すれば病因縁の中にあるべきである。すなわち鬼病である。文が便に随うがゆえにここに寄せて列ねる。次に脾を釈して「其色籠桶」と云うのは、黄籠桶と云うべきである。「有多惛惛」以下は、これ六神の病相である。これは俗説に準ずる。それゆえ一神はおのおの一蔵を守り六根に王たる。陰は身の根本にして五蔵五根に通ず。『経律異相』の中に云く、「昔国王ありて人をして師子𮙬を覓めしむ。もしそのごとく得ざればまさに汝の命を断つべし。王の命を懼るるがゆえに処々に求覓せん。師子𮙬を得て送りて王に上る。中道で睡臥す。六根六神おのおのその功を諍う。目神言く、我れ視るによりてのゆえに師子𮙬の処を知る。耳神言く、我れ聴くによりてのゆえに師子𮙬の処を知る。足神言く、我れ至るによりてのゆえに能くこの𮙬を取る。手神言く、我れ捉持するによりて師子𮙬を得。鼻神言く、我れ嗅ぐによりてのゆえに師子𮙬を得。諸神みな言く、舌は最も功なし。舌神伏せず倍してその功を索む。一人の羅漢あり、行に因りてこの人神の諍うを見る。王の錯殺を恐れてすなわち𮙬者に随いて王の所に至る。𮙬者前至す。王、𮙬者に問う、これ師子𮙬なるやいなやと。答えて云く、真ならず。王、これを殺さしむ。羅漢具に大王のためにこれを説く。その人死を免る」と。彼の文はもと衆の中にある人を喩え、おのおのその功を伐り、すなわち徳なきの人が最も尤害なることを明らかにする。この喩は似ているが、おのおの根神ありといえども、他の有情ではない。次に病因縁を明らかにする中に文は自ら六つとなる。次に食の節せざるをもって病を成ずとは、また『博物志』に云く、「もし雑食すれば百疾妖邪の鍾まるる所となる。食は逾々少なければ心は逾々明らかに、食は逾々多ければ身は逾々損ず」と。それゆえ食は過度にしてはならない。それゆえ『要覧』に云く、「それ病は口より入り禍は口より出ず。それゆえ君子は言語を慎み飲食を節す」と。次に損益の相を明らかにする。「腰三孔より四支に入る」と云うのは、『大論』二十六に十想を釈する中に云く、「譬えば酒を醸すがごとし。滓濁は糞となり清きものは尿となる。腰に三孔あり。風、膩汁を吹いて百脈に散入し、先の血と合して凝り変じて肉となる。新肉より膏脂骨髓を生ず。これより生ずるものを身根と名づけ、乃至五情諸根を生ず」と。これらはみな資長をもって生とする。癖とは水の行くこと能わざるものである。また身火の下は調食の法を教える。次に世諺を引く。次に食五味の下は蔵の増損による。見るべし。次に坐禅の節せざるをもって病を成ずる中に、初めに身儀の正しくないことを明らかにする。心に怠慢を増し病を招き魔を来す。次に発触と相違する中に、「重如沈下」などと云うのは八触の相を明らかにする。この八触とは四上四去である。息に対して触を辯ずることを明らかにする。触は四大に順ずるがゆえに八触に順ずる。もし重触を発すれば下に違触して病を成ずることを明らかにする。「又但」以下は止観を用いて病を動ずることを明らかにする。初めに止を用いる中に過分太だ増すがゆえに病む。次に観を用いる調わざることを明らかにする。五塵五蔵五行の相生相剋。一一の塵の中にまたおのおの五つある。まさに相生相剋主対の相を善く知るべきである。初めの五色とは、『白虎通』『博物志』に云く、「東方木。その帝は太皡、その佐は句芒、規を執りて春を治む。その星は太歳、その獣は青龍、その音は角、その日は甲乙、その味は酸、臭は羶。南方火。その帝は炎帝、佐は祝融、衡を執りて夏を治む。その星は熒惑、鳥は朱雀、音は徴、日は丙丁、味は苦、臭は焦。西方金。帝は少皡、佐は蓐収、矩を執りて秋を治む。星は太白、獣は白虎、音は商、日は庚辛、味は辛、臭は腥。北方水。帝は顓頊、佐は玄冥、権を執りて冬を治む。星は辰星、獣は玄武、音は羽、日は壬癸、味は鹹、臭は腐。中央土。その帝は黄帝、佐は后土、綱を執りて四方を制す。星は鎮星、獣は黄龍、音は宮、日は戊己、味は甘、臭は香」と。佐とは五行の官を主るものである。具に前の世法薬を授ける中に説いたごとくである。それゆえ五声もまた五行五音に属する。呼喚は角木に属し、語言は徴火に属し、哭は商金に属し、吟は羽水に属し、歌は宮土に属する。五触の中で、木体は実、火性は煖。もし四大に対すれば西方は風に属するがゆえに軽い。文のごとくである。これは『大集経』の意に準ずる。もし俗文に準ずれば『博物志』等のごとくである。臊腥等の気は前に釈したごとくである。嬰児とは、嬰とは頸飾である。『蒼頡篇』に云く、「男を児と曰い、女を嬰と曰う」と。今嬰と言うのは男女に通ずる。それゆえ『釈名』に云く、「人の初生を嬰児と曰う。胸前を嬰と曰う。これを嬰前に接して乳養する。それゆえ嬰と曰う」と。「如国王」などとは、第二本にこの文はない。拱とは手を合わすことである。また張華が李子預の病を治したがごとくである。病鬼は膏肓にありて肯じてこれを治めず。華はすなわち走りて避く。預は自ら馬に乗りてこれを逐う。華はすなわち道を下りて隠る。草中に鬼ありて相い問うて言うを聞く、「弟よ何ぞ隠れ去らざる。答えて云く、我れその膏肓に住し針灸至らず。何ぞ隠れ去るを須いん。ただその八毒丸を用うるを懼るるのみ。しばらくして子預至る。華は便ち八毒をもってこれを瀉す。その鬼叫喚して走る」と。『本草郭注』に出づ。鬼もまた病人を謾たらず、下に病あるの由を明らかにする。行者の邪念による。また『譬喩経』の中のごとくである。清信士ありて初め五戒を持し精進して殺さず。後時衰老して多く廃忘あり。その時山の中に渇梵志ありてそのもとに従いて飲を乞う。田家は事忙しくしてこれを見る暇あらず。ついに恨みて去る。梵志はよく尸を起し鬼をして殺鬼を召し得たり。勅して曰く、「彼れ我を辱めたれば往きてこれを殺せ」と。山の中に羅漢ありて知り、往きて田家に詣りて語言く、「汝、今夜早く燈を燃やし勤めて三自帰し、口に守口身莫犯の偈を誦し、慈念眾生すれば安隠を得べし」と。沙門去りし後、主人は教えのごとくす。通暁して念佛し戒を誦す。鬼は暁に至りその微兀を求めてこれを殺さんと欲す。彼の慈心を覩て能く害を得ず。鬼神の法は人にその殺を令す。すなわち便ち殺さんと欲す。ただ彼に殺すべからざるの徳あり。法はまさに却ってその鬼を使わす者を殺すべし。その鬼はすなわち恚りて梵志を害せんと欲す。羅漢はこれを蔽いて鬼をして見ざらしむ。田家は道を悟り梵志は活を得。殺罪を獲ず。田家は専注して念佛し一門の命を全うす。まさに知るべし、正念なれば鬼は便を得ず。これらもまた戒を誦し鬼魔を防ぐの文に比すべきである。まさにこれ『観音経』の中の還って本人に著するの文である。また太公が灌壇の令となりし時、龍神すらなお暴風疾雨をもってその境に至らざりき。まして仏法の人の長く心に正念ある者はなおさらである。まさに知るべし、邪鬼が入るを得るのは、みな邪念による。兜醯羅鬼等とは、すなわち前文の中の五色の鬼である。よく五蔵を病まするものである。五魔の病の中で初めに鬼病と異なるを辯ずる。次に病あるの由を辯ずる。また行者の邪念を生ずるによる。六業の病の中で「若殺罪等」とは、これ五戒を破するの病である。病は五蔵に属し、蔵は五根に属する。前の不殺が木を防ぐ等の意と同じである。もし治せんと欲すれば何の蔵の病に随っても、何の戒を破するかを知りて以て増を治し損を治す。もし持戒の者は宿業の病を動ず。根に随いて戒を判じ以て罪滅を験す。しかるのちに治を用いるとは、六治の中の観心の治である。次に治法を明らかにする。まず同異を示す中に「不可操刀把刃」などと云うのは、治を用いるのを失宜すれば刀を操り柄を失い刃を把りて手を傷つくるがごとく、旧疾除かれず反って新病を増す。次に正しく治を用いる中に、初めに止に斉うる中に「令気調恂」と云う。恂とは均の意である。帯を臍に繋ぐとは、臍はすでに諸の腸胃の源である。胎にある時は母の臍をもって子の臍に注ぐ。それゆえ母の食する所は臍より入りて以て子を資する。氣息もまた然りである。子は初め胎に在りては母の息による。それゆえ俗に子を名づけてこれを息とする。膂とは脊である。次に心を丹田に止む等は知るべし。「心多上縁」などとは、上熱は火を助け、火は諸の食を銷し五蔵調い易い。下分は陰に属し、太陰は冷を傷り少火のゆえに乱る。蔣吳毛とは蔣添文・吳明徹・毛喜を謂う。これは陳朝の要官である。みな息法を稟け脚気を除くことを獲た。具に『百録』のごとくである。これらは親しく智者大師に承けて法訓を稟け、事治の益を得た。それゆえこれを引く。皇帝の五行相生相剋を引くとは、皇は匡正の意である。帝とは徳が天地に像るを帝と曰う。初め金化よりして水生ずとは相生を明らかにする。「火得水」以下は相剋を明らかにする。水は土に遇いて行かず。行の字(戸郎切)は五行の義と同じである。韻を取るがゆえにこの音を借りるのみである。「如金剋木」以下は正しく治を用いることを明らかにする。金が木を剋すれば肺彊くして肝弱い。これを肝病と名づける。すなわち心を肺に止む。それゆえ必ずしも心病の処に止む必要はないことを知る。また止を用いて四大を治するとは、この中はすなわち相翻対して治とする。水の性は寛なれば急をもってこれを治するがごとくである。余の大もこれに準ずる。六気の治とは、文はただ略してこれを明らかにする。まず列ね、次に釈す。四大の病に対する釈の中で、痰癊とは正体は陰と作る。五蔵は前の病相の中で已に説いたごとくである。「平常吐納」などとは、吐とは麁気を散除することを謂い、納とは内に安息を入れることを謂う。平常の坐禅のごとく、みな長く身中の麁気を吐くべきである。ただ一両度これをなせばすなわち足る。専ら治病のためではない。用息の中で「依息」と云うのは、仮想の十二息である。報息に依りて仮想を起こす。瞋が心変よりして息を麁盛にせしむるがごとくである。それゆえみなこれ心が報息を転じ、報息を麁にせしめる。今の仮想の息もまた復たこのごとくである。次に仮想の中で「辯師治癭」と云うのは、第一本に云く、「高麗の辯師が癭病を治する法のごとくである。仮想してこの癭を露蜂窠のごとく想う。蜂子は窼に在り、しばらくして蜂子は窼を穿ちて出ず。膿潰膏流れ蜂子ともに去る。衆孔婁々として空の蜂窼のごとし。想心成り已れば癭病消差す」と。「如患癥人用針法」とは、癥の字と作るべきである。第一本に云く、「人の癥を患うるがごとく、癥結は腹に在り。想って金針を作し腹に入りてこれを刺し癥をして対過せしむ。このごとく数々これをなして休まず。一過相値すれば癥結便ち去る。これより差を得るも常に痛み耿耿たり。しかるのち更に他人に問うて云く、この患は已に差したれど耿耿として常に痛むと。他人答えて言く、汝、針を想い癥を破れり。癥破れて針なお在り。まさに更に想を作しその金針を除くべし。語に依れば即ち差す」と。「如阿含用酥」とは、第一本に云く、「燸酥を頂に在りと想い、滴滴脳に入り、五蔵に灌注し流潤身に遍ねしめ、人の労損を治するにまさに験あり」と。もし『雑阿含』に準ずれば都合七十二法あり。想をもって治とするのはすなわち末代の鈍根の宜しき所ではない。その一に云く、「仏、給孤独に在り。比丘ありて夏五月林間で三昧を修す。瑠璃王子と五百の釈子と、象に乗りて戯る。諸の象闘う。黒象ありて声霹靂のごとし。また細声ありて猫子のごとし。釈子の比丘は風観に入りて狂癡の想を発す。定より起つこと奔る酔象のごとし。諸の比丘は門を閉じて傷けられんことを恐る。一比丘ありて舎利弗の所に往きて問う、唯だ願わくは哀愍して諸の釈子を救わんことを。身子は阿難を牽きて仏の所に至り、仏に白して言く、諸の釈子は五事のゆえに狂を発す。一は乱声による、二は悪名による、三は利養による、四は外風による、五は内風による。云何がよく治すべきか。仏、これがために阿蘭若の比丘の七十二患のために阿那般那の法を修すと説く。外の悪声は内心の根を触れ、四百四病は脈持心急なるがゆえに一時動乱し、風力彊きがゆえに一時に口に入る。まさに酥蜜および呵梨勒の法を服すべきを教う。謂わく心を一処に繋ぎ、まず頗梨鏡を想い、自ら己身を観じてかの鏡中に在り、諸の狂事を見る。見已りて更に教う、汝、鏡中にて声を除き舌を挙げて上齶に著け、二摩尼を両耳の中に想い、珠の中に乳滴のごとく醍醐流出し耳根を潤して声を受けざらしめよと。膏油の潤にて終に動揺せざるがごとし。この想成り已れば次に九重金剛を想い摩尼より出で行者の身を覆う。下に金剛華あり行者坐の上にあり。金剛山ありて四面に囲繞し外声を絶す。一一の山の中に七仏の座を出だし四念処を説く。爾の時寂然として外声を聞かず。仏教に随う。汝まさに修習すべし慎んで忘失することなかれ」と。今はかつ第一本に依り酥を用いるに益あり。また云く、「春時、火三昧に入れば太だ身を温めて病を成ず。地三昧に入れば身を無石山と成すを見る。すみやかにこれを治すべし。水三昧に入れば身を大水泉のごとしと見る。風三昧に入れば身を九頭龍のごとしと見る。すみやかにこれを治すべし」と。余の文は広く経説のごとくである。「如吞蛇法」とは、第一本に云く、「人の噉食して蛇影を吞むがごとく、これを蛇と謂う。これによりて病となる。他人これを問い病源を知り已りて、すなわち下薬をもって密かに死蛇をその痢盆に著け、蛇出でたりと唱う。病すなわち差す」と。壁に画ける蛇影が酒杯の中に入るもまた復たこのごとくである。『阿含』に云く、「舎衛に晨居という長者あり。一婢ありて極めて醜し。常に外使役して樵草を刈り水を汲む等の事を令す。野外に泉あり、泉の上に樹あり。樹の上に一端正女人あり、自縊して死す。影は泉中に現ず。婢これを見て己が影と謂う。便ち大家に瞋り、我れ端正なることかくのごとし、我をして田園に使わしむと。すなわち瓶を撲ち破りて家に帰り堂に入り宝帳の中に坐す。大家はその狂病と謂いてすなわちこれを問う。婢は前事をもって答う。云何が大家は別たず見ずして敦遇せざるのかと。すなわち鏡をもってこれを照らすに乃ち醜形を見る。なお尚ほ信ぜず、すなわち鏡を醜しと謂う。大家はまさにかの泉水の処に死女あることを先ず知り、すなわち泉の処に送り至る。これ死女の影なるを見て心解けて慚愧す」と。「観心治」とは、また南嶽大師が苦腫満の病を患いたまいしがごとく、観力をもって病を推せば則ち消差す。次に方術を明らかにする中に、まず世治を用いる。「如治噦法」と云うのは、第一本に云く、「畏怖をもってすれば即ち差す」と。『雑含』に云く、「心息を用いること太だ急に、また眠る処単薄にして外の風寒に因り、胃管腎等を動かし上逆して胸に塞がり、節節に流水停住して胸中に在り、これを噦と名づく。すみやかにこれを治すべし。治法は経のごとく甚だ広し」と(云云)。「如治歯法」とは、第一本に云く、「北斗に向かいて呪して云く、歯牙疼、北斗これを治す。痛み差せば自知る。痛み即ち差す」と。また狗牙をもって陰地より陽地に向かい呪して云く、「人をして牙痛を差せしむ。差さざれば汝を暴す。差せば本に還る。痛み即ち差す」と。「如捻大指治肝等」とは、五指は五蔵を主る。それゆえ大指は肝を主り、頭指は肺を主り、中指は心を主り、無名指は脾を主り、小指は腎を主る。次に中邀を用いるとは、また(邀居遙切)呪は翻さざるもの、『法華疏』のごとく、四悉の因縁をもってのゆえに翻さざるなり。今の文は多くは対治の意である。「命出入息言」とは、口をして命と為しこの呪を誦せしめ、なお阿那般那を命ずべし。痛打四五十とは、心をして痛処に止まらしむるがゆえである。江郷の人の卒患のごとく、みな手をもって臂を打つこと一二百下に至り、患は即ち差す。次に損益を明らかにする中に、心利にして病軽ければ頓に益し、心利にして病重ければ漸に益し、心鈍にして病軽ければ漸に損じ、心鈍にして病重ければ頓に損ず。また心鈍なりといえども善く観法を解すれば、また益の中の漸頓を成ずることを得る。

世間下傷歎。言庸者等者。庸者凡常輩也。

世間の人々は深く嘆き悲しみます。「庸者等」とは、庸者とは平凡で普通の人々のことです。

無奇人也。廣雅云。愚也。韻高等者。如匠伯輟釿於郢人。伯牙絕絃於子期。故僧彪詩云。鍾期不可遇誰辯曲中心。鍾期若聞伯牙撫山曲曰。巍巍乎煥然其高。聞彈水曲云。洋洋乎盈耳哉。故知聲韻若高和者必寡今治法妙故信者亦希。

並外れた人ではありません。『広雅』には「愚かである」とあります。『韻』などの高い水準の人とは、匠伯(大工の名人)が郢人のために斧を止めた例や、伯牙が子期のために琴の弦を断った例のような関係です。そのため僧彪の詩に「鍾期に遇うべからず、誰か曲中の心を弁えん」とあります。鍾期がもし伯牙の山の曲を聞いたなら「巍巍乎として煥然とその高いことよ」と言い、水の曲を弾くのを聞いたなら「洋洋乎として耳に満ちわたるかな」と言いました。それゆえ、声韻がもし高ければ和する者は必ず少ないと知られます。今、治められる法が妙であるため、信じる者もまた稀なのです。

止觀輔行傳弘決卷第八之二

止観輔行伝弘決 巻第八の二

止觀輔行傳弘決卷第八之三

止観輔行伝弘決 巻第八の三

唐毘陵沙門湛然述

唐代毘陵の沙門湛然の述

次明十法中有列釋結。釋中云如癩人信血為乳者。乃至信駱駝骨為舍利者。亦如荊根得戒羊骨放光等。軫者枕也。若修四三昧至而不調差者。此有四意故無病不差。一者道力。二者冥加。三者治法。四者不惜身命。陳鍼大師兄也。開善寺藏法師。此舉罪滅障轉之人。陳鍼年在知命。初得相師張果占之。死在晦朔。後時大師令行方等懺見天堂上有牌云。陳鍼之堂。至年六十五。此乃一行方等增十五年壽。後再遇張果。張果問云。作何福力。此非一兩百萬錢福。計君必無如此等錢。為何方便。答云。有小行法不向君說。故知應死之業。行能轉之。如帝釋下舉例也。勇進之心如帝釋。別行道場如釋堂。道場神護如輔將。小橫諸非如小鬼。故知道場神護諸病不侵。城主等者。恇怯也。憂惶也。忙遽也。城如身。主如心。守者如身神。與身同名與身同生。名為天神。自然有故名之為天。雖常護人必假心固神守則彊。身神尚爾下以後況前。身兩肩神尚常護人。況道場神。大論精進鬼等者。第十六云。釋迦先世曾為商主。將諸賈客入險難處。中有羅剎以手遮之言。汝住莫動。商主以右手擊之。拳即著鬼挽不可離。又以左拳右脚左脚。如是次第皆被粘著。復以頭衝其頭復著。鬼問。汝欲作何等心休息未。答。雖擊五處心終不休。以精進力與汝相擊。要不懈退。鬼聞之生歡喜心。念是人膽力極大。語言。汝精進必不休息。我今放汝。行者於善法中初中後夜身心不懈。亦復如是。次明修止觀者。思議境中亦應有上中下罪。文中已有地獄罪竟。若因病故諂誑求活即鬼界也。或求眷屬將養病身。即畜生界也。造三善界者。文中乃是通總之言。雖知因果而常猜忌不病之人。謂我善心勝於健者。是修羅界。善心無改是為人界。誓持十善是為天界。怖畏生死是聲聞界者。亦如毘曇婆沙云。差摩比丘病極重。諸比丘令陀摩比丘往問訊。差摩言。我病不差猶如壯士取於劣者。繩繫其頭兩手急絞。我之頭痛亦復如是。又如屠者以刀割牛腹。我之腹痛亦復如是。亦如壯者取一劣者。懸著火上火炙其足。我之足痛亦復如是。陀摩還具白諸比丘如上諸事。諸比丘復令重往語言。佛說五受陰。汝能少分觀察非我非我所不。答言。能觀。後復更令陀摩問之。能觀五陰得阿羅漢果不。亦如教。如是觀故得漏盡平復痛差。又增一中均頭比丘病怨如來不看。佛及諸比丘往看。問言。何如所苦損無。佛又問。汝修七覺意不。比丘言。病。佛言。藥中之要不過七覺。令比丘受持。次從又觀此病去。緣覺界。此文難見須分為五。初推現果知往因。次推現因知現果。三從狂渴人下。觀現果息現因。四從若不隨下。現因息故十二支息。五從既不得下。結成支佛界。初如文。次文又二。初觀有支以至名色。次從觀此根大下。推現名色以至於識。初如文。次文又二。先推現色。次推於識。初文又二。初推色從緣生故無自性。次推色從心生故無自性。初文又二。初推五行。次推五藏。初文又二。先橫次竪。次推五藏亦二。先橫次竪。從如是下次推色從心生故無自性。於中先橫次竪。初橫者。明由心持四大故四大不壞。識生諸心故識如地。想取像貌如風動轉。受性領納如火堅物。行心為作如水去來。次此之下竪推四心展轉相生皆無自性。次識從下次推現識從往業生。如狂渴下次推現果息現因中。先譬推。次亦復不得四字譬息。南走下合推。如是下合息。次若不隨下因息。既不得下總結十二支滅。故云不得也。異於漸破名為不得。為成十界義故。是故三藏但出聲聞。通教但出緣覺。又觀下三藏菩薩。先列六蔽。次今以下明願行。初六蔽中初是慳。亦是持戒下破戒。亦是心志下瞋恚也。亦是精進下懈怠。言補禳者。有精進者內則補助正道外則禳於災難。亦是無禪下亂意。既有病已唯專愛身。忘於正念故云所動。亦是少智慧下愚癡。不達苦空。次願行中先願次行。願即四弘。行即六度。初之四字是檀。順理兩字是尸。安忍兩字是忍。勤加兩字是進。正意兩字是禪。覺悟無常四字是智。次通別菩薩。如文可見。菩薩界中既為三別。由發心所期。智願各異。同懷利物並名菩薩。兩教二乘有離有合。智異界一。思應可知。又初標十界皆名思議。今此釋中但至別教。佛界亦可指別初地。以別初地證道同圓。亦可一教總名菩薩。以別教道通始終故。具如第二卷中已料簡竟。次明不思議中。云直聞等者。彼經第三治病品云。佛告菩提樹神。過去有佛名曰寶勝。滅後有長者名曰持水。善知醫方救諸病苦。持水有子名流水。是時國內天降災變。流水見已自思惟言。我父年邁不能至彼城邑聚落。便至父所問醫方已。因得了知一切方術。遍至城邑作如是言。我是醫師。我是醫師。善知方藥療治一切。一切眾生聞許治病。直聞是言所患即除。譬聞妙境得入初住。言初觀者。即是初觀不思議境。復有下次譬下九。經云。復有無量百千眾生。病苦深重難除差者。至長者所授以妙藥。亦得平復。今文從義即譬觀境無明未除。如是發心乃至離愛。故云眾藥。如是用觀亦得入於初住位也。縱未入位得入五品。名小除差。一切下次明發心。初文明總發心之相。亦先寄次第三觀。一一觀中皆有四文。初以誓自調。次慈悲現生。三現生得益。四結教觀名。如是下結成一心。唯彼下引人為證證今依病起於弘誓。即同淨名住常寂光。而三土現化。故知法身菩薩一切皆然。唯彼文殊等者。淨名既依不思議化。若非文殊道力相亞。焉能扣機承旨問疾。先傳如來無量之旨。次自設於起等三問。答云下居士答。初答病因起。眾生病故下答病久如。眾生病愈下答當云何滅。菩薩初發菩提心時。即名大悲。當知此疾與發心同有。眾生無始有因果病。菩薩亦念無始之病。是故菩薩自念念他。故知此病與發心同起。菩薩遍緣一切眾生。於諸眾生悉皆有病。故一切眾生病菩薩亦病。眾生病愈菩薩亦愈。從夫眾生下。即以所化顯於能化。方丈等者。皆是承昔依病起誓。故成道已有斯勝能。言茅城背痛者。茅城俱尸城也。翻名具如第一卷釋。言背痛者。如前因病說力中引也。準興起行經。佛告舍利弗。昔久遠時羅閱大城。國節會日。國王有病力士。一剎利姓。一婆羅門姓。俱來在會自共相撲。婆羅門語剎利言。卿莫撲我當與錢寶。剎利便不盡力令其屈伏。二人俱獲王賞。婆羅門竟不報所許。至後節日復來相撲。婆羅門復如前求許。剎利復饒亦不相報。如是至三。剎利念彼數欺於我。便語之言。卿三誑我我不用物。便以右手捺頭左手捉腰。蹙折其脊如折甘蔗。擎之三旋令眾人見。然後撲地。墮地即死。王大歡喜賜錢十萬佛告舍利弗。剎利力士我身是也。婆羅門者調達是也。我以瞋故撲殺力士。由是墮地獄中燒煮榜治經數千歲。今雖成佛以殘緣故患於背痛。此約迹說用病法門。以利於他。大經云。吾今此身即是法身。為度眾生示同毒樹。以疾利物即此意也。誓願去明初心誓廣。後心方稱即誓體也。慈悲下明誓功能。云法喜等者。此是章安私語。第一本云。如喜禪師天台大師。發心真實隨念即除。若望差心即不真實。此再修補移真誠文。為後得失。喜禪師者。初從光州與法喜等二十七人同至建業。即其人也。喜師年逾耳順。大師時年二十有七。毛喜戲曰。尊師何少弟子何老。喜曰。所敬在德不在年也。問曰。何者是德。喜曰。善巧說法即後代之富樓那。降魔除障即後代之優波毱多。毛喜善其識人。譚之朝野以為口實。嘗行方等雉來索命。神王遮曰。法喜當往西方次生得道。豈償汝命耶建業咸覩天下共知。若發心下判得失。言不真實要三寶等是也。要謂要勒。亦遮亦約也自無專志要佛加持云。佛若不加大慈何在。故俗云。要君者無上。言規者或求近果。或求速差。具斯二失名誑眾生。若能真誠翻前二過。尚有至於初住之力。乃至極果何但除病而已。次安心中云體解等者。夫欲安心。必先了境次起弘誓。故合安心先牒二法。體解者。識境也。發心者起誓也。唯止唯觀者。唯寂唯照更不餘求。次善巧下用五百一十二番。言大藥者。第一義治。兼無緣慈悲。是名大藥不須紛擾對轉兼具。次破法遍中。從初至此病推病由心。從今觀去正明用觀。於中從初至如幻故。破因成也。不得病心生滅者。破相續也。餘之相待及假中等其文並略。初因成中云非地大不離地大等者。病由心造故非地大。病實病身故不離地大。舉地為首餘亦復然。四大無病故非身合。心既如幻幻本無病。通塞如文。次道品中云非四大等意亦同前。言非淨等者。約破倒說。有真等者。約諦境說。即前文云。我病眾生病並非真非有。亦是觀病以為中道。共在此中說之。空假等者。約觀智說。枯榮等者約所表說。具如前文義兼大小。枯榮雙立等。秖是一念圓四念處。助道中云若修正觀者。即是正行。正行即是道品等六。但觀前六障若不除。當借前來止觀氣息想術六治。以之為助。正助合行具如第七。尚入初住得無生忍。況四大病而不銷差。釋次位中云如彼瑠璃等者。水清故見深故未得。雖觀即是而未入位。應約六即以辯始終。不免眾災者。即三小災。謂刀疾饑。若三大災謂火水風。六根雖淨實果縛身。在欲色界或遇三小。縱逢劫末法爾離災。若入無生如曇無竭尚有果身名為果疾。我今不證如上諸位。豈得自謂齊彼上人。次大車譬如文。

次に十法の中に列・釈・結があることを明らかにします。釈の中に「癩人が血を乳と信じる」などといい、さらには「駱駝の骨を舎利と信じる」などといいます。また荊の根が戒を得、羊の骨が光を放つなどというのと同じです。「軫」とは枕のことです。もし四三昧を修して至りながら調わず差えないならば、これには四つの意味があるので、病がないのに差えないことはありません。第一は道力、第二は冥加、第三は治法、第四は身命を惜しまないことです。陳鍼は大師の兄です。開善寺の蔵法師です。これは罪が滅し障が転じた人を挙げたものです。陳鍼は年が知命に達していました。初めに相師の張果がこれを占い、晦朔に死ぬと言いました。後に大師が方等懺を行わせたところ、天の堂の上に牌があり「陳鍼の堂」と書いてあるのを見ました。年は六十五に至りました。これは一行の方等によって十五年寿を増したのです。後に再び張果に会いました。張果が問うて言いました。「どんな福力を作ったのか。これは一両百万銭の福ではない。計らうに君には必ずこのような銭はないはずだ。どんな方便か。」答えて言いました。「小さな行法があり、君には話さなかった。」それゆえ応に死ぬべき業も、行によって転じることができると知るのです。帝釈が下に挙げて例とするようなものです。勇進の心は帝釈のようであり、別に行う道場は釈堂のようであり、道場神の護りは輔将のようであり、小さな横の諸非は小鬼のようです。それゆえ道場神の護りによって諸病が侵さないと知るのです。城主などとは、おそれ怯えることです。憂い惶れることです。忙しく慌ただしいことです。城は身のようであり、主は心のようであり、守る者は身神のようであり、身と同じ名を持ち身と同じく生まれます。これを天神と名づけます。自然に有るのでこれを天と名づけます。常に人を護りますが、必ず心に頼ります。心が固ければ神の守りは強くなります。身神ですらそうであるならば、下で以て前を況んじます。身の両肩の神ですら常に人を護ります。ましてや道場神はなおさらです。大論の精進鬼などとは、第十六に云います。釈迦は前世にかつて商主であり、多くの賈客を率いて険難の処に入りました。中に羅刹がいて手で遮って言いました。「汝は止まれ、動くな。」商主は右手でこれを撃ちました。拳はすぐに鬼に着き、引いても離れられませんでした。また左の拳、右の脚、左の脚でも同様でした。このように次第に皆粘り着かれました。さらに頭でその頭を衝くと、また着きました。鬼が問いました。「汝はどんな心を作そうとするのか、心は休息したか。」答えて言いました。「五処を撃っても心はついに休みません。精進の力で汝と撃ち合います。必ず懈退しません。」鬼はこれを聞いて歓喜の心を生じ、この人は胆力が極めて大きいと思いました。そして言いました。「汝の精進は必ず休息しない。我は今汝を放す。」行者が善法の中で初夜・中夜・後夜に身心懈らないのも、また同じです。次に止観を修する者を明らかにします。思議境の中にもまた上中下の罪があるはずです。文の中にはすでに地獄の罪が尽くされています。もし病のためによって諂誑し求めて活くるならば、すなわち鬼界です。あるいは眷属を求めて病身を養うならば、すなわち畜生界です。三善界を造る者とは、文の中にはすなわち通総の言葉です。因果を知りながらも常に猜忌して病まない人を、我が善心は健者に勝ると言うならば、これが修羅界です。善心に改まりがなければ、これが人界です。誓って十善を持するならば、これが天界です。生死を怖畏するのが声聞界であるとは、また毘曇婆沙に云うように、差摩比丘の病が極めて重い時、諸比丘が陀摩比丘に往いて問訊させました。差摩が言いました。「我が病は差えない。壮士が劣者を取って、縄でその頭を繫ぎ両手で急に絞めるようだ。我が頭痛もまた同じです。また屠者が刀で牛の腹を割くようだ。我が腹痛もまた同じです。また壮者が一りの劣者を取って、火の上に懸けて火でその足を炙るようだ。我が足痛もまた同じです。」陀摩は還って諸比丘に如上の諸事を具に白しました。諸比丘はまた重ねて往いて言わしめました。「仏は五受陰を説く。汝は少分に観察して非我・非我所とすることができるか。」答えて言いました。「観ることができます。」後にまた陀摩に問わしめました。「五陰を観ることができて阿羅漢果を得るか。」また教えの如くでした。このように観るので漏尽を得て平復し痛が差えました。また増一の中に均頭比丘が病み、如来が見ないことを怨みました。仏と諸比丘が往いて見ました。問うて言いました。「どうか、所苦は損えたか。」仏はまた問いました。「汝は七覚意を修するか。」比丘が言いました。「病です。」仏が言いました。「薬の中の要は七覚に過ぎない。」比丘に受持させました。次に「又観此病去」からは縁覚界です。この文は見がたいので五つに分けなければなりません。初めに現果を推して往因を知ります。次に現因を推して現果を知ります。三に狂渴人から下は、現果を観て現因を息めます。四に若不随から下は、現因が息む故に十二支が息みます。五に既不得から下は、結んで支仏界を成じます。初めは文の如くです。次の文にまた二つあります。初めに有支を観て名色に至ります。次に観此根大から下は、現の名色を推して識に至ります。初めは文の如くです。次の文にまた二つあります。先に現の色を推し、次に識を推します。初めの文にまた二つあります。初めに色は縁より生ずる故に自性がないと推し、次に色は心より生ずる故に自性がないと推します。初めの文にまた二つあります。初めに五行を推し、次に五蔵を推します。初めの文にまた二つあります。先に横に、次に竪に。次に五蔵を推すのもまた二つです。先に横に、次に竪に。「如是」から下は次に色は心より生ずる故に自性がないと推します。中に先に横に次に竪に。初めの横とは、心が四大を持する故に四大が壊れないことを明らかにします。識が諸心を生ずる故に識は地の如くです。想は像貌を取るので風が動転するが如くです。受は性として領納するので火が物を堅むるが如くです。行は心が作すので水が去来するが如くです。次に此の下は竪に四心を推し、展転して相生じ皆自性がないとします。次に識従から下は現の識が往業より生ずることを推します。如狂渴の下は現果を推して現因を息める中で、先に譬えで推し、次に亦復不得の四字で譬え息めます。南走の下は合して推し、如是の下は合して息めます。次に若不随の下は因が息みます。既不得の下は総じて十二支の滅を結します。それゆえ不得というのです。漸破に異なるので名づけて不得とします。十界の義を成ずるためです。それゆえ三蔵はただ声聞を出し、通教はただ縁覚を出します。また観の下は三蔵の菩薩です。先に六蔽を列ね、次に今以の下は願行を明らかにします。初めの六蔽の中、初めは慳です。また持戒の下は破戒です。また心志の下は瞋恚です。また精進の下は懈怠です。補禳と言うのは、精進ある者は内には正を補助し外には災難を禳うということです。また無禅の下は乱意です。すでに病があるのでただ専ら身を愛し、正念を忘れる故に所動といいます。また少智慧の下は愚癡です。苦空に達しません。次に願行の中、先に願、次に。願はすなわち四弘です。行はすなわち六度です。初めの四字は檀です。順理の両字は尸です。安忍の両字は忍です。勤加の両字は進です。正意の両字は禅です。覚悟無常の四字は智です。次に通別の菩薩です。文の如く見るべきです。菩薩界の中にすでに三別があるのは、発心の所期によるものです。智願はそれぞれ異なりますが、同じく物を利することを懐くので並びに菩薩と名づけます。両教の二乗には離あり合ありです。智は異なり界は一つです。思応に知るべきです。また初めに十界を標して皆思議と名づけます。今この釈の中はただ別教に至るだけです。仏界もまた別の初地を指すことができます。別の初地は証道が円と同じだからです。また一教を総じて菩薩と名づけることもできます。別教の道は始終に通ずる故です。具に第二巻の中にすでに料簡し竟わっています。次に不思議を明らかにする中に「直聞」などというのは、かの経の第三治病品に云います。仏は菩提樹神に告げました。「過去に仏あり、名を宝勝という。滅後に長者あり、名を持水という。善く医方を知り諸の病苦を救う。持水に子あり、名を流水という。この時国内に天、災変を降しました。流水は見已り自ら思惟して言いました。我が父は年邁くして彼の城邑聚落に至ることができない。便ち父の所に至り医方を問い已り、因って了知一切の方術を得ました。遍く城邑に至りこのように言いました。我はこれ医師なり。我はこれ医師なり。善く方薬を知り一切を療治す。一切の衆生は治病を許すと聞き、直ちにこの言を聞くだけで所患が即ち除かれました。」これは妙境を聞いて初住に入ることに譬えます。「初観」と言うのは、すなわち初めに不思議境を観るのです。「復有」の次は下の九つに譬えます。経に云います。「また無量百千の衆生あり、病苦が深重で除差しがたい者は、長者の所に至り妙薬を授かり、また平復を得た。」今の文は義に従えばすなわち観境に譬え、無明が未だ除かれないまま、このように発心し乃至離愛する故に衆薬といいます。このように観を用いるのもまた初住位に入ることができます。たとえ位に入らなくとも五品に入ることができます。これを小除差と名づけます。「一切」の次は次に発心を明らかにします。初めの文は総発心の相を明らかにします。また先に次第三観に寄せます。一一の観の中に皆四つの文があります。初めに誓をもって自ら調え、次に慈悲をもって生を現じ、三に現生の得益、四に結んで教観と名づけます。「如是」の下は一心を結成します。「唯彼」の下は人を引いて証とし、今の病に依って弘誓を起こすことを証します。すなわち浄名が常寂光に住み、而も三土に現化するのと同じです。それゆえ法身菩薩は一切皆そうであると知るのです。「唯彼文殊等」とは、浄名はすでに不思議に依って化するので、もし文殊の道力が相亜でなければ、どうして機を扣し旨を承けて問疾することができましょうか。先に如来の無量の旨を伝え、次に自ら起等の三問を設けます。答云の下は居士の答えです。初めに病因起を答え、衆生病故の下は病の久如を答え、衆生病愈の下は当に云何が滅するかを答えます。菩薩が初めに菩提心を発す時、すなわち大悲と名づけます。当に知るべきです、この疾は発心と同じく有ると。衆生は無始より因果の病があり、菩薩もまた無始の病を念じます。それゆえ菩薩は自ら念じ他を念じます。それゆえこの病は発心と同じく起こると知るのです。菩薩は遍く一切の衆生に縁し、諸の衆生に悉く皆病がある故に、一切の衆生病あれば菩薩もまた病みます。衆生病愈れば菩薩もまた愈えます。夫衆生の下からは、すなわち所化をもって能化を顕します。方丈などとは、皆これ昔に病に依って誓を起こすことを承けたものです。それゆえ成道已後この勝能があるのです。「茅城背痛」と言うのは、茅城は俱尸城です。翻名は具に第一巻の釈の如くです。「背痛」と言うのは、前に因病説力の中に引いた如くです。興起行経に準じます。仏は舎利弗に告げました。「昔久遠の時、羅閲大城あり。国の節会の日、国王に病力士あり。一は刹利の姓、一は婆羅門の姓、俱に来って会に在り自ら共に相撲しました。婆羅門は刹利に語りて言いました。卿よ我を撲つな、当に銭宝を与えよう。刹利は便ち力を尽くさずしてこれを屈伏させました。二人は俱に王の賞を獲ました。婆羅門は竟に許す所を報いませんでした。後の節日にもまた来って相撲しました。婆羅門はまた前の如く許しを求めました。刹利はまた饒しまたも報いませんでした。このように三に至りました。刹利は彼が数々我を欺くと念じ、便ちこれを語りて言いました。卿は三度我を誑いた、我は物を用いない。便ち右手で頭を捺し左手で腰を捉え、その脊を蹙折ること甘蔗を折るが如くし、これを擎げて三旋し衆人に見せ、それから地に撲ちました。地に堕ちて即ち死にました。王は大いに歓喜し銭十万を賜いました。」仏は舎利弗に告げました。「刹利力士は我が身是れなり。婆羅門は調達是れなり。我は瞋の故に力士を撲殺しました。これにより地獄の中に堕ちて焼煮榜治せられること数千歳。今はすでに成仏したが残縁の故に背痛を患います。」これは迹に約して説き、病の法門を用いて他を利するのです。大経に云います。「我は今この身すなわちこれ法身なり。衆生を度するため毒樹と同じく示す。」疾を以て物を利するとはすなわちこの意です。「誓願去」は初心の誓が広いことを明らかにします。後心に方に称う、すなわち誓体です。「慈悲」の下は誓の功能を明らかにします。「法喜等」と云うのは、これは章安の私語です。第一本に云います。「喜禅師・天台大師の如く、発心が真実であれば念に随って即ち除く。もし差心を望めばすなわち真実ではない。」これは再び修補して真誠の文を移し、後の得失とします。喜禅師とは、初め光州より法喜等二十七人と同じく建業に至った、すなわちその人です。喜師は年が耳順を逾え、大師は時に年二十有七でした。毛喜が戯れて曰く。「尊師は何ぞ少なく、弟子は何ぞ老いたる。」喜が曰く。「敬う所は徳に在りて年に在らず。」問うて曰く。「何者がこれ徳か。」喜が曰く。「善巧に説法するはすなわち後代の富楼那なり。魔を降し障を除くはすなわち後代の優波毱多なり。」毛喜はその人を知るを善しとし、朝野に譚して口実としました。かつて方等を行じた時、雉が来って命を索めました。神王が遮って曰く。「法喜は当に西方に往き次生に得道すべし。豈に汝の命を償わんや。」建業は咸く覩、天下共に知る所です。もし発心の下は得失を判じます。「不真実要三宝等」とはこれです。要とは要勒の意です。また遮しまた約すです。自ら専志なく仏に加持を要めます。云く「仏もし大慈を加えずんば何くにか在る」。それゆえ俗に云います。「君を要する者は上なし。」規と言うのは、あるいは近果を求め、あるいは速差を求めます。この二失を具するを名づけて衆生を誑すといいます。もし真誠なることができて前の二過を翻せば、なお初住に至る力があり、乃至極果は何ぞただ病を除くのみに止まりましょうか。次に安心中に「体解等」と云うのは、それ安心せんと欲すれば必ず先に境を了し次に弘誓を起こします。それゆえ安心に合せて先に二法を牒します。体解とは、境を識ることです。発心とは誓を起こすことです。唯止唯観とは、唯寂唯照にしてさらに余を求めません。次に善巧の下は五百一十二番を用います。「大薬」と言うのは、第一義治です。兼ねて無縁の慈悲です。これを大薬と名づけ、紛擾して対転兼具するを須いません。次に破法遍の中に、初めからここに至るまで病は病の由を心に推します。「今観去」からは正しく用観を明らかにします。中に初めから如幻の故に至るまでは、因成を破します。「不得病心生滅」とは、相続を破します。余の相待および仮中などのその文は並びに略します。初めの因成の中に「非地大不離地大等」と云うのは、病は心より造られる故に地大に非ず、病は実に病身なる故に地大を離れずです。地を挙げて首となし余もまた同じです。四大は病がない故に身合に非ず。心はすでに如幻にして幻は本より病なし。通塞は文の如くです。次に道品の中に「非四大等」と云う意もまた前と同じです。「非浄等」と言うのは、破倒に約して説きます。「有真等」とは、諦境に約して説きます。すなわち前の文に云う「我病衆生病並びに真に非ず有に非ず」です。また観病を以て中道と為すも、共にこの中に在ってこれを説きます。「空仮等」とは、観智に約して説きます。「枯栄等」とは所表に約して説きます。具に前の文の如く義は大小を兼ねます。枯栄双立ち等、ただこれ一念の円四念処です。助道の中に「若修正観」と云うのは、すなわちこれ正行です。正行はすなわち道品等の六つです。ただ前の六障を観じてもし除かれなければ、当に前より来たる止観・气息・想術の六治を借りてこれを助とします。正助合行の具には第七の如くです。なお初住に入り無生忍を得ます。まして四大の病が銷差しないことがありましょうか。次位を釈する中に「如彼瑠璃等」と云うのは、水が清い故に見え、深い故に未だ得ないのです。観がすなわちこれであると雖も、しかしまだ位に入っていません。六即に約して以て始終を弁ずべきです。「不免衆災」とは、すなわち三小災です。刀・疾・饑を謂います。もし三大災とは火・水・風を謂います。六根は浄いと雖も実に果縛の身です。欲色界に在ってあるいは三小に遇い、たとえ劫末に逢うとも法爾に災を離れます。もし無生に入れば曇無竭の如く尚お果身あり、これを果疾と名づけます。我は今如上の諸位を証しません。豈に自ら彼の上人に斉しいと謂うことができましょうか。次に大車の譬は文の如くです。

○次明業境者。先明來意中云今修止觀等者。止觀如日光。業相如萬像。疑者云下料簡也。初引二經以證大小悉皆有相。次引法華。由深達故見十界相。次引淨名。由第一義善分別業。四經明文大小有相。如何疑云大乘無相。次開章別解者。初因緣中先示內外因緣。內因緣中云心漸明淨者。亦可云明靜。明淨語通通於止觀。若云明靜即以兩字別對止觀。以止觀故善惡有生滅者。由二世善惡。惡有輕重善有邪正。及修止觀動過去業。又因止觀善惡生滅者。但是因於止觀見生滅相。非謂止觀令善惡生滅。故舉譬云。如鏡被磨等。理性如鏡暗散如塵。止觀如磨業如像現。次明外緣者。諸佛菩薩望己為外。文中示相雖即內外二緣各說。據理必須內外和合。文別說者。從彊受名。如第一卷釋感應中。亦因緣各說。此亦如是。修觀是顯機。諸佛是顯應。亦得是亦冥亦顯機。亦冥亦顯應。亦有不修而感。修而不感。不修不感以判機應冥顯四句眾生等者。有四悉機能令諸佛不起滅定。示善惡相。禪力能示名善惡禪。示相顯了如華示人。若得等者。明識相已自益益他。今但等者明立境所以。次正明業相發中言六意者。第一第二單發習因報果。第三第四因果互發。第五俱發。第六間雜。總而言之。秖是習因報果發相。此六種發通冠於下善惡二相。至下釋文但明二相。餘但略指此文云前後俱雜可以意知。初文先釋習因習果。次釋報因報果。習果報因文雖不立。有二義故亦須釋之。一者相對故釋。二者或互受名。是故文中引論通釋。言習因是自分因等者。新經論中名同類因。故俱舍云。能作及俱有。同類與相應遍行并異熟。許因唯六種。今且依大論略出六因相。次銷今文。論三十二云。言六因者。所作因共因。自種因遍因。相應因報因。言四緣者。謂因緣次第緣。緣緣增上緣。新譯次第緣名等無間緣。緣緣名所緣緣。餘二名同。然龍樹立名什公翻譯。雖小不同應非全失。以大論是一家承用。名字稍同。故且依之。大品云。欲知四緣當學般若。大論釋云。般若中四緣皆不可得。云何說言欲知四緣當學般若。答。汝不知般若相故。是故云般若無四緣。般若於一切法無捨。畢竟清淨無諸戲論。如佛所說言四緣者。但說少分。無智之人著於四緣而生戲論。為破著故說諸法實相空無所有。破此諸心如夢如幻。故知四緣非為深極。復是般若諸法少分。是故雖說應知離著。何等為著。謂為究竟是則名著今為明於事度事蔽善惡相發。是六因中四因所攝。四緣之中多少不同。是故略明四因及以六因。若下修觀應觀因緣即是法界。欲知四緣先明六因。所作因者不礙於他。相應因者心心數法。同相同緣。以心心法共相應故。名相應因。心心數法以心相應為因。名相應因。如親友知識和合成事。共因者。一切有為法各共生因。以共生故更相佐助。如兄弟同生互相成濟。自種因者。過去善法與現在善法為因。現在善法與未來善法為因。惡無記法亦復如是。一切各各有自種因。遍因者。苦集諦下十一遍使名為遍因。報因者。行善惡因得善惡報。名為報因。言四緣者。如上五因名為因緣。心心數法次第無間相續而起。名次第緣。心心數法託緣生故。名為緣緣。諸法生時不生障礙。名增上緣。復次心心數法從四緣生。無想滅定從三緣生。除於緣緣。諸餘心數不相應行及色從二緣生。除次第緣及緣緣。餘有為法劣故。無有從於一緣生者。報生心心數法從五因生。除於遍因。無漏心心數法從三因生。謂相應共及無障礙。成論但應三因四緣。具如玄釋籤第十記。今業相發屬習報兩因。習因者自種因。文兼釋於習果報因。因於前世前念善惡。故後世後念善惡得起。並名習因。既心心數法共相因依。亦得名為相應因也。不障礙故亦得名為所作因也。俱有助作故亦名共因。若蔽相起亦名遍因。以此習因未能招報。不名報因。言報果者。亦但四因。所作。自種。共因。報因。當果相現故云報果。據理實是報因而已。不與五部染法為通因故。非遍行因。非心心所無相應因。若以習因對四緣中。得是因緣等三。不託緣而起無所緣緣。習因起時亦有增上及有無間相續之義。亦名次第。報果但在增上因緣。夫因緣之義佛法根本背邪向正之始。入道修觀之源。故習佛法者。不可全迷。今為判業相未及廣辯。亦於修觀廣辯非急。故依大論略出名相。文從云何下先釋。次明發相。初先明習因習果。於中先正釋。次判三性。言習果是依果者。依於習因而有習果。即等流果。以約剎那釋習果故。故約前念後念明之。次從此義下判三性者。從剎那說耳。若始終說者。即無漏果不通三性。次從論家下釋習因習果不通三性。次明報因報果者。既合習因習果。以為報因。當知名雖有四但成三義。但以二習望於來報。復受因名。次就今下論家復釋習因習果。隔世所起同類習果。以此二習望後名因望前名果。是則因果之上復立因果。望前因之與果俱名為果。望後則因之與果。俱名為因。此亦有漏故約三世。此與毘曇二釋不同。彼論二釋俱不望於三世故也。次數家下更明數家與論。判報果習果小異。雖判多婬所屬不同。釋義亦與論家不別。數依毘曇論依前釋。又今生下論家重釋稍異前解。二因二果悉皆隔世。約於成業未成業等。以判習因報因。約於隔世重起以為習果。酬前世報名為報果。此之四名則有四義。不同前釋但成三義。從若坐禪下次明相現。初明報果相現中。云互受名者。此相起時即名果相。由昔報因應招來果。故名報果。亦得名報因者。此之報果亦得名因。未酬因故。故又能下明此報果相現之時。即是能起之因故也。此因必定招於當果。是故此相亦得名為報因。今但下判相也。後報果相預於今現。是故名為報果相現耳。所以名為互受其名。次若於坐下明習因發相。於中亦云互受名者。此有漏因心習起時。名為習因。能牽下能作後時成就習果也。亦得名習果者。明此習因心起之時。由昔曾起故云酬昔。則名此相亦得名果。名為互受名也。應知此中習因報果並約相現。名互受名。若如毘曇。當世習果望報為因。及隔世習果望後為因。雖亦名為互受其名。與今相現義意則別。若將此意以判蔽度。善惡雖殊其相可見。從善相眾多下別明發相。初六度中先明施相。諸相不同隨見一種。即表報相。其中雖有見人而不見物。或有見物而不見人等。但使見相與習因別即名報相。下之五度準此可知。次都不見下明習因發中。直爾起心名之為習。表過表現其相不殊。下之五度亦準知之。言法門者。過現二世或單分別布施法門。或欲施時先簡邪正偏圓等心。故此心現總名習因。此度既然諸文例爾。次戒相中言十師者。且寄中國一法而言。言衣裳者。上曰衣下曰裳。故古人服飾如道士無帔者是。至魏朝時。道士方始加於橫帔。今出家人亦以袈裟涅槃僧等。以例衣裳。第一本云。陳留一人坐禪發習忽然講律。忍進禪等相略可知。智相中云菩薩境者。通論通取三教菩薩。若論現相多在於事。三藏菩薩亦有無常伏惑之智。乃至別教住前望理。亦得名事。若二乘智通取亦應寄在般若文中。別論六度唯在大乘。雖此分別通別去取。其相定屬二乘菩薩境中。是故但指在於後境。六度習報下勸誡。前第五卷已勸誡云。慎之勤之重之。但細尋六意無事不了。諸方等師下次明判須償不同中。貸字應作貣。求物也。曾於三寶借物未還。即(他得切)若作貸字。先曾借與他。即(他代切)非此中意。小乘取果尚許不償。況今大乘本為利他。近期無生遠趣極果。廣能益彼供養三寶。故知大小兩乘正為入道並未償責。舊責雖然終無新造。觝字亦可作抵。抵者拒也。次明六蔽相現者。慳中云惙者疲也。詬者(許遘乎遘居候三切)恥辱也。次明破戒中唯舉七支性戒之相。遮戒非一略出一酒。通例諸遮。瞋故即殺貪故是淫。此二并盜及口四過。即七支也。若口過同一妄者。即五戒也。復次內心下略舉四分習因之相。餘略不論。次料簡者。初約障不障料簡中。先列四句。次釋。次判。初約事生滅判。次約三諦中言初善者。總約有漏及以三諦。故以有漏名為初善。次約作無作中言性與無作者。習因既以內心驗之。但依心判善惡易知。報果相現於禪心中。忽見外境不由於心。是故難判若善報相下正判也。今以性之善惡。因時必假相扶而起。故後相現亦須相扶。若無作善惡一發已後未捨失來。任運恒有。故今相現不假內心。此且據發得形俱無作。若作俱無作亦假內心。以作事時必須於心。是故若有外相復有內心。或是因時作俱無作。既成無作。後時違教及違本要。名違無作。故無作後復以十法三相往驗。復次諸惡下更約三時。以判善生惡滅之相。文云初瞋後喜則惡滅相。以此例知初喜後瞋即善滅相。初後俱瞋即惡生相。初後俱喜即善生相。諫者。字書云。以道訓人名之為諫。又云。諫有五。謂諷順闚指陷。此中即諷諫也。天發心下約解行簡。若自正正他下約師證簡。謂他判相實不容易。故須自證方可彰言。所言證者。非謂入位。但是曾感以自證他。若全未感卒無師氏。應以此文及禪門中驗善惡相。并大師口決此附略知。若不爾者。但以不思議觀觀之。令成不思議境。一切諸障無如之何。即如向文觀解者是。文中所以誡者。恐後學輩自無微行倚傍少解。徒占師氏之位。輒𬾫判斷之能。翻為自沈益他無幾。若近師氏理須諮疑。仍須善用觀力抵拒。氏者族姓也。古人從師為姓。是故自古名為師氏。自安公來同稱釋種。問下簡現相疑。問中本問諸惡業相現。答中不非相現之問。故初文但云實爾者。凡道場神非護怨責。如軍虞候。但業是實責非神所防。所言防者。防於橫擾耳。言虞候者。軍中遊邏伺候之官。虞者助也。專也。備也。候者伺也。亦云掌山澤之官。候於山澤非常之過。覘亦候也。亦闚見也。復次諸業下釋闕略疑。云彼二家互有所闕者。毘曇闕觀法。中論闕業相。今略明業相足辯邪正。竪明觀法入門深詣。自行入道誠為有餘。若望二家雖曰未足。二論但橫明法相而已。約法成觀彼論疎遺。次正明修觀中。初思議六界之文。略列而已。次總結。云如是等業招於色心者。善惡等業不出界內分段生死。故曰色心。色心尚攝十界善惡。何但六界。今且列六。具如陰入境初所引經論。次聲聞觀業是集。緣覺觀業是行。並不云無常與幻化者。意通兩教聲聞等故。通教不云菩薩者。通三乘故。又此文中不列三藏菩薩者。前所發度義當三藏菩薩次明不思議境。初重比決。引於法華遍照十方等者。下文既云依正二報。此之十方即具二意。若作正報即以十方表於十界。雖曰百界千法等不出十界。若作依報。三千世間亦不出十方。能照即是不思議觀。所照即是不思議境。十界依正二意具足。其致甚深。次正明中先出境。次引證。問。證中所引華嚴者。與前別教引經既同。今成圓教如何辯異。答。前明別教但云地是能生。能所不同故成別義。今明圓教地體生性一切具足。況復牙堅全是地堅。能生所生無非法界。既深達業下發心也。為對業故。下一一文皆約善惡。亦先寄於別相三諦。次方總約一心三諦。一一皆云非違非順。當知並寄次辯不次。次安心中從業空去。亦奇次第以明不次。一一諦中皆云善順惡息者。善順即觀惡息即止。次破法遍中先引二論。雖復各計共成三世。三世即是所觀之境。次從今觀下即能觀觀。亦且約次第故先觀空後結成三諦。三世相望名之為竪。次若言下於過現中。以時與者相對為橫。者謂宰主。主者我也。一一世中皆推四句。復名為橫。三世下結成空觀。而言下假觀。所以下中觀。次通塞中四句者。業即有漏非業即無漏。亦業非業即出假也。先已入空得名非業。又復出假名為亦業。雙非即是中道非漏非無漏業。於一一句撿挍能所具如陰境。次道品中從成論至身念處者。是念處也。意業單起是心念處。意得實法者。領納名得是受念處。想得假名是想陰。行則同緣是行陰。想行兩陰共成法念。并身口業名身念處。總成四念處。依經部宗次第而起。得作此說。毘曇如文。此且略述三藏念處。從今觀去。正辯無作四念處也。言同類者。雖十界別。同名五陰故名同類。餘如陰境中說。次明助道中。念佛治障障即是業。故用念佛以為對治。念三十二相及報佛功德。共破習因惡業者。是惡習因也。惡業麁重須加色相。是故須念應佛三十二相。復念報佛所有功德。方可為治。若單善習因心起。則但念法門佛。以為對治。若善報果相現。報是色法。故但念應佛色相為治。若惡報果相現令念法門佛者。準例習因惡業。既念三十二相及以報佛無量功德。今但令念法門佛者。文從勝說。若本緣理不能治惡。言惡業障轉者通論善惡俱皆是障。六蔽業重最能障故。故從惡說。

次に業の境を明かすとは、まず来意を明かす中で「今、止観を修す」などと言うのは、止観は日の光のようであり、業の相は万象のようであるという意味です。「疑者は云く」以下は料簡です。初めに二つの経を引いて、大乗も小乗もことごとく相があることを証します。次に法華経を引きます。深く達しているがゆえに十界の相を見るのです。次に浄名経を引きます。第一義によって善く業を分別するのです。この四経の明らかな文は、大小ともに相があることを示しています。どうして大乗には相がないなどと疑うのでしょうか。

次に章を開いて別に解釈するとは、初めの因縁の中では、まず内と外の因縁を示します。内の因縁の中で「心がしだいに明浄となる」と言うのは、「明静」とも言えます。「明浄」という語は止観に通じます。もし「明静」と言えば、この二字をもって止と観にそれぞれ対応させます。止観によって善悪に生滅があるとは、二世の善悪によって、悪には軽重があり善には邪正があるということです。また止観を修めることによって過去の業が動くのです。また止観によって善悪が生滅するとは、ただ止観によるので生滅の相を見るということであり、止観が善悪を生滅させるという意味ではありません。ゆえに譬えを挙げて「鏡が磨かれるようだ」などと言います。理性は鏡のようであり、暗さが散じるのは塵のようであり、止観は磨くようであり、業は像が現れるようなものです。

次に外の縁を明かすとは、諸仏菩薩を自分から見て外とします。文中では相を示すのに、すなわち内と外の二つの縁についてそれぞれ説いていますが、理にもとづけば必ず内と外が和合しなければなりません。文で別々に説くのは、強いほうに従って名づけるのです。第一巻で感応を釈する中でも、また因縁についてそれぞれ説いています。これも同じです。観を修めるのは顕の機であり、諸仏は顕の応です。また冥でも顕でもある機と、冥でも顕でもある応とも言えます。また修めないのに感ずることもあり、修めても感じないこともあり、修めず感じないこともあります。これによって機と応の冥顕の四句を判定します。

「衆生等」とは、四悉檀の力によって、諸仏が滅定から起きないで善悪の相を示すことができるということです。禅の力が示すことができるのを善悪の禅と名づけます。相を示すことがはっきりしているのは、花を人に示すようなものです。「若し得る等」とは、相をよく識ったうえで自ら益し他を益することを明かします。「今但等」とは、境を立てる所以を明かします。

次に正しく業相の発動を明かす中で「六意」と言うのは、第一・第二は単に習因と報果を発し、第三・第四は因果が互いに発し、第五はともに発し、第六は間雑です。総じて言えば、ただ習因と報果の発相であるということです。この六種の発は、下の善悪二相に通じて冠します。下の釈文に至ればただ二相を明かすのみです。その他はただ略して指し示すだけであり、この文に「前後倶雑は意をもって知るべし」と言っています。

初めの文では、まず習因と習果を釈し、次に報因と報果を釈します。習果と報因については文には立てていませんが、二つの義があるゆえにまた釈さなければなりません。一つには相対するがゆえに釈し、二つにはあるいは互いに名を受けるからです。それゆえ文中で論を引いて通じて釈しています。「習因はこれ自分因」などと言うのは、新しい経論では同類因と名づけます。ゆえに倶舎論に「能作と俱有と、同類と相応と、遍行ならびに異熟、因はただ六種のみと許す」と言います。今はしばらく大論に依って六因の相を略して出します。

次に今の文を消釈します。論の三十二に言います。「六因と言うのは、所作因・共因・自種因・遍因・相応因・報因である。四縁と言うのは、因縁・次第縁・縁縁・増上縁である。」新訳では次第縁を等無間縁と名づけ、縁縁を所縁縁と名づけます。残りの二つは名が同じです。しかし龍樹が名を立て、鳩摩羅什が翻訳したものは、少し異なってもまったく失われてはいないはずです。大論は一家の承用であるから、名前がやや同じなので、しばらくこれに依ります。

大品経に「四縁を知らんと欲すれば、まさに般若を学ぶべし」と言います。大論の釈に「般若の中では四縁は皆不可得である。どうして四縁を知らんと欲すればまさに般若を学ぶべしと言うのか」とあります。答えて「あなたは般若の相を知らないからです。それゆえ般若には四縁がないと言うのです。般若は一切の法に対して捨てることがなく、畢竟清浄で諸の戯論がありません。仏が説かれたように四縁と言うのは、ただ少分を説いただけです。無智の人は四縁に執着して戯論を生じます。執着を破るために諸法の実相は空で無所有であると説くのです。この諸の心を破るのは夢のようであり幻のようです。ゆえに四縁は深極ではなく、また般若の諸法の少分であることを知るべきです。それゆえ説いても離着すべきを知るのです。何が執着かと言えば、究竟とすることです。これはすなわち執着と名づけます」と。

今、事の度と事の蔽の善悪の相の発動を明かすために、これは六因の中の四因に摂せられ、四縁の中では多少が異なります。それゆえ略して四因と六因を明かすのです。もし下で観を修するならば、因縁を観ずることはすなわち法界であると観ずべきです。四縁を知らんと欲すればまず六因を明かします。

所作因とは他を妨げないことです。相応因とは心心数法で、同じ相・同じ縁であり、心心の法が共に相応するがゆえに相応因と名づけます。心心数法は心が相応することを因とするので相応因と名づけます。親友や知識が和合して事を成すようなものです。共因とは一切の有為法がそれぞれ共に生ずる因であり、共に生ずるがゆえに互いに助け合うのです。兄弟が同じく生まれて互いに成し遂げ助け合うようなものです。自種因とは過去の善法が現在の善法の因となり、現在の善法が未来の善法の因となることです。悪と無記の法もまた同じです。一切それぞれに自種因があります。遍因とは苦集諦の下の十一遍使を遍因と名づけます。報因とは善悪の因を行じて善悪の報を得ることを報因と名づけます。

四縁と言うのは、以上の五因を因縁と名づけます。心心数法が次第に無間で相続して起こるのを次第縁と名づけます。心心数法が縁に託して生ずるがゆえに縁縁と名づけます。諸法が生ずるときに障碍を生じないのを増上縁と名づけます。また心心数法は四縁から生じ、無想滅定は三縁から生じます。縁縁を除くのです。その他の心数不相応行および色は二縁から生じます。次第縁と縁縁を除くのです。残りの有為法は劣っているので一縁から生ずるものはありません。報生の心心数法は五因から生じ、遍因を除きます。無漏の心心数法は三因から生じます。相応・共・及び無障碍です。成論ではただ三因四縁であるべきです。詳しくは玄釈籤の第十記の通りです。

今、業相の発動は習と報の両因に属します。習因とは自種因です。文には兼ねて習果と報因を釈しています。前世前念の善悪に因るので、後世後念の善悪が起こることができるのです。ともに習因と名づけます。すでに心心数法が共に因となり依るので、また相応因とも名づけられます。障碍しないゆえにまた所作因とも名づけられます。倶有が助け作すゆえにまた共因とも名づけます。もし蔽の相が起こればまた遍因とも名づけます。この習因によってはまだ報を招くことができないので報因とは名づけません。

報果と言うのは、またただ四因です。所作・自種・共因・報因です。当の果の相が現れるゆえに報果と言います。理にもとづけば実に報因にすぎません。五部の染法と通因とならないゆえに遍行因ではありません。心心所でないので相応因ではありません。もし習因を四縁に対すれば、因縁などの三つを得ます。縁に託して起こるのではなく所縁縁はありません。習因が起きるときにもまた増上と無間相続の義があり、また次第とも名づけます。報果はただ増上因縁にあります。

そもそも因縁の義は仏法の根本であり、邪を背いて正に向かう初めであり、道に入り観を修する源です。ゆえに仏法を習う者はまったく迷ってはなりません。今は業相を判定するために、まだ広く弁じるには及びません。また観を修するうえでも広く弁じるのは急務ではありません。ゆえに大論に依って略して名相を出します。

文は「云何」以下でまず釈し、次に発相を明かします。初めにまず習因と習果を明かします。その中でまず正しく釈し、次に三性を判定します。「習果はこれ依果」と言うのは、習因に依って習果があるということです。すなわち等流果です。刹那について習果を釈するゆえに、前念後念について明かすのです。次に「此義従り下」で三性を判定するのは、刹那について説くだけです。もし始終について説けば、無漏の果は三性に通じません。次に「論家従り下」で習因と習果が三性に通じないことを釈します。

次に報因と報果を明かすとは、すでに習因と習果を合わせて報因とするのです。まさに知るべきです。名は四つあるといってもただ三義を成すのみです。ただ二つの習を来報に望めば、また因の名を受けます。次に「今就下」で論家が再び習因と習果を釈します。世を隔てて起こる同類の習果です。この二つの習を後から望めば因と名づけ、前から望めば果と名づけます。すなわち因果の上にさらに因果を立てるのです。前の因と果を望めばともに果と名づけ、後を望めば因と果ともに因と名づけます。これもまた有漏なので三世について説きます。これは毘曇の二釈とは異なります。あの論の二釈はともに三世を望まないからです。

次に「数家下」でさらに数家と論を明かし、報果と習果の判定が少し異なることを示します。多く婬に属する判定は異なっても、義の釈は論家と別ではありません。数は毘曇に依り、論は前の釈に依ります。また「今生下」で論家が重ねて釈し、前の解とやや異なります。二因二果はことごとく世を隔てます。成業・未成業などについて、習因と報因を判定します。世を隔てて重ねて起こるのを習果とし、前世に報いるのを報果と名づけます。この四つの名にはすなわち四つの義があります。前の釈がただ三義を成すのとは異なります。

「若し坐禅下」から次に相の現れを明かします。初めに報果の相の現れを明かす中で「互に名を受く」と言うのは、この相が起きるときにすなわち果相と名づけます。昔の報因が来果を招くはずなので報果と名づけます。また報因とも名づけられます。この報果もまた因と名づけられます。まだ因に報いていないからです。また「能又下」でこの報果の相が現れるとき、すなわち能起の因であることを明かします。この因は必ず当の果を招きます。それゆえこの相もまた報因と名づけられます。「今但下」は相を判定します。後の報果の相が今に預かって現れるので、これを報果相現と名づけるのです。それゆえ互いにその名を受けると名づけます。

次に「若し坐下」で習因の発相を明かします。その中でもまた「互に名を受く」と言います。この有漏の因心の習が起きるときに習因と名づけます。下を牽き、後に成就する習果を作すことができます。また習果とも名づけられます。この習因の心が起きるとき、昔かつて起こしたことによるので酬昔と言い、この相もまた果と名づけられます。これを互に名を受くると名づけます。まさに知るべきです。この中の習因と報果はともに相の現れについて、互に名を受くると名づけます。もし毘曇のようであれば、当世の習果は報を望んで因となり、世を隔てた習果は後を望んで因となります。また互にその名を受くると名づけても、今の相の現れの義とは別です。もしこの意をもって蔽と度を判定すれば、善悪は異なってもその相は見ることができます。

「善相衆多下」から別に発相を明かします。初めの六度の中ではまず施の相を明かします。諸相は同じではないが、一種を見るに随ってすなわち報相を表します。その中には人を見て物を見ないものもあり、あるいは物を見て人を見ないものなどもあります。ただ相を見ることが習因と別であればすなわち報相と名づけます。下の五度もこれに準じて知るべきです。次に「都見下」で習因の発を明かす中で、ただちに心を起こすのを習と名づけます。過と現に表れ、その相は異なりません。下の五度もまたこれに準じて知るべきです。「法門」と言うのは、過現二世で、あるいは単に布施の法門を分別し、あるいは施そうとするときにまず邪正・偏円などの心を簡ぶのです。ゆえにこの心の現れを総じて習因と名づけます。この度がそうである以上、諸文もみな同様です。

次に戒相の中で「十師」と言うのは、しばらく中国の一法に寄せて言うのです。「衣裳」と言うのは、上を衣、下を裳と言います。ゆえに古人の服飾は道士に帔がないようなものです。魏の朝に至って道士はじめて横帔を加えました。今の出家の人もまた袈裟・涅槃僧などをもって衣裳に例えます。第一本に「陳留の一人が坐禅して習を発し、忽然として律を講ず」とあります。忍・進・禅などは略して知ることができます。

智相の中で「菩薩境」と言うのは、通論すれば三教の菩薩を通取します。もし現相を論じれば多くは事にあります。三蔵の菩薩にもまた無常伏惑の智があります。乃至別教の住前で理を望めばまた事と名づけられます。もし二乗の智を通取すればまた般若の文に寄せるべきです。別論すれば六度はただ大乗にあります。このように分別し通別去取しても、その相は定んで二乗菩薩境の中に属します。それゆえただ後の境に指すのです。

六度の習報の下は勧誡です。前の第五巻ですでに勧誡して「慎み、勤め、重んぜよ」と言っています。ただ細かく六意を尋ねれば、事の了わらないものはありません。

「諸方等師下」から次に償うべきか否かの判定が異なることを明かす中で、「貸」の字は「貣」と作すべきです。物を求めることです。かつて三宝に物を借りてまだ返していない、すなわち(他得切)です。もし「貸」の字と作せば、以前かつて他の人に貸した、すなわち(他代切)であり、この中の意ではありません。小乗では果を取るのにすらなお償わないことを許します。まして今の大乗はもとより他を利するためであり、近くは無生を期し遠くは極果を趣き、広く彼を益し三宝を供養することができます。ゆえに大小の両乗はまさに入道のためにあり、ともにまだ責めを償わないことを知るべきです。古い責めはそうであっても、ついに新たに造ることはありません。

「觝」の字はまた「抵」と作してもよいです。抵とは拒むことです。次に六蔽の相の現れを明かす中で、慳の中の「惙」は疲れることです。「詬」は(許遘・乎遘・居候の三切)で、恥辱のことです。次に破戒を明かす中で、ただ七支の性戒の相を挙げます。遮戒は一つではなく、略して一つの酒を出します。通じて諸の遮に例します。瞋によるものはすなわち殺であり、貪によるものはすなわち婬です。この二つは盗および口の四過をあわせて、すなわち七支です。もし口過が同じく一つの妄であれば、すなわち五戒です。また「内心従り下」で略して四分の習因の相を挙げます。余は略して論じません。

次に料簡とは、初めに障と不障について料簡する中で、まず四句を列べ、次に釈し、次に判定します。初めに事の生滅について判定し、次に三諦について判定します。「初善」と言うのは、総じて有漏および三諦について述べます。ゆえに有漏をもって初善と名づけます。次に作・無作について判定する中で「性と無作」と言うのは、習因はすでに内心によって験すので、ただ心に依って善悪を判定すれば知りやすいのです。報果の相は禅心の中に現れ、忽然として外境を見るのは心によるのではありません。それゆえ判定しにくいのです。「若し善報相下」は正しく判定します。今、性の善悪をもってすれば、因のときには必ず相が仮に扶けて起こります。ゆえに後の相の現れにもまた扶けることが必要です。もし無作の善悪が一度発した後、まだ捨て失わないうちは任運に恒にあります。ゆえに今の相の現れは内心を仮りません。これはしばらく発得の形倶無作について述べたものです。もし作倶無作であればまた内心を仮ります。事を作すときには必ず心によるからです。それゆえもし外相がありさらに内心があれば、あるいは因のときの作倶無作です。すでに無作を成した後、時に教えに違し本の要に違するのを違無作と名づけます。ゆえに無作の後にまた十法三相をもって往んで験します。

また「諸悪下」でさらに三時について判定します。善生・悪滅の相を判定するのです。文に「初め瞋、後に喜あればすなわち悪滅の相」と言います。これによって例知すれば、初め喜、後に瞋あればすなわち善滅の相です。初後ともに瞋あればすなわち悪生の相です。初後ともに喜あればすなわち善生の相です。

「諫」とは、字書に「道をもって人を訓むを之を諫と名づく」と言います。また「諫に五あり。諷・順・闚・指・陷を謂う」と言います。この中はすなわち諷諫です。「天発心下」は解行について簡びます。「若し自ら正しく他を正す下」は師の証について簡びます。他人のために相を判定するのは実に容易ではありません。ゆえに自証してからでなければ表して言うことができないのです。証と言うのは、位に入ることを謂うのではありません。ただかつて感ずるをもって自ら証し他を証するのです。もしまったく感ずることがなければ、にわかに師氏はありません。まさにこの文および禅門の中で善悪の相を験すべきです。ならびに大師の口決はここに付して略して知るべきです。もしそうでなければ、ただ不思議の観をもって観じて、不思議の境と成すべきです。一切の諸障はどうすることもできません。すなわち先の文の観解の者です。文中で誡める所以は、後の学ぶ者たちが自ら少しの行もなく、わずかな解に寄りすがって、いたずらに師氏の位を占め、軽々しく判断の能をなして、かえって自ら沈み他を益することはほとんどないことを恐れるからです。もし師氏に近ければ理としてまさに諮疑しなければなりません。なおよく観力をもって抵拒しなければなりません。「氏」とは族姓です。古人は師に従って姓としました。それゆえ古から師氏と名づけます。安公からこのかた同じく釈種と称します。

「問下」は現相の疑いを簡びます。問中ではもと諸悪業の相の現れを問います。答中では相の現れを問うことを否定しません。ゆえに初めの文でただ「実爾」と言うのは、およそ道場の神は怨責を護るのではありません。軍の虞候のようなものです。ただ業は是れ実の責であり神の防ぐところではありません。防と言うのは横の擾れを防ぐだけです。虞候とは軍中の遊邏伺候の官です。虞とは助ける・専ら・備えるの意です。候とは伺うことです。また山沢を掌る官とも言い、山沢の非常の過ちを候います。覘もまた候であり、また闚見です。

また「諸業下」は闕略の疑いを釈します。「彼の二家は互に闕くところあり」と言うのは、毘曇は観法を闕き、中論は業相を闕きます。今略して業相を明かせば邪正を弁じるに足ります。竪に観法を明かせば入門が深く詣ります。自行入道は誠に有り余るほどです。二家に望めばまだ足りないと言っても、二論はただ横に法相を明かすだけです。法について観を成すにはあの論は疎であり遺しています。

次に正しく修観を明かす中で、初めの思議の六界の文は略して列べただけです。次に総結して「是の如き等の業は色心を招く」と言います。善悪等の業は界内の分段生死を出でません。ゆえに色心と言います。色心はなお十界の善悪を摂めます。どうしてただ六界だけでありましょうか。今はしばらく六を列べます。詳しくは陰入境の初めに引く経論の通りです。次に声聞は業を観じて集とし、縁覚は業を観じて行とし、ともに無常と幻化と言いません。二教の声聞などを通じる意だからです。通教に菩薩と言わないのは、三乗に通じるからです。またこの文に三蔵の菩薩を列べないのは、前に発した度の義が三蔵の菩薩に当たるからです。

次に不思議境を明かします。初めに重ねて比決し、法華を引いて「十方を遍照す」などと言います。下文にすでに依正の二報と言うので、この十方はすなわち二つの意を具えます。もし正報と作せば、すなわち十方をもって十界を表します。百界千法などと言っても十界を出ません。もし依報と作せば、三千世間もまた十方を出ません。能照はすなわち不思議の観であり、所照はすなわち不思議の境です。十界依正の二意が具足します。その致すところは甚だ深いのです。

次に正しく明かす中で、まず境を出し、次に証を引きます。問う。証の中に引く華厳は、前の別教に引く経とすでに同じです。今、円教を成すのにどう区別するのか。答う。前に別教を明かすのにただ「地は是れ能生」と言うだけです。能所が同じでないゆえに別義を成します。今、円教を明かすのに地の体の生性は一切具足しています。ましてや牙の堅さは全く地の堅さです。能生・所生は法界でないものはありません。すでに業を深達して発心します。業に対するゆえに、下の一一の文はみな善悪について述べます。またまず別相の三諦に寄せ、次に方に総じて一心三諦について述べます。一一にみな「非違非順」と言います。まさに知るべきです。ともに次を寄せて弁じ、次ならざるを弁じます。

次に安心中で業空から去るのは、また奇しくも次第をもって不次を明かします。一一の諦の中にみな「善順悪息」と言います。善順はすなわち観、悪息はすなわち止です。次に破法遍の中でまず二論を引きます。各々の計は異なっても共に三世を成します。三世はすなわち所観の境です。次に「今観下」からすなわち能観の観です。またしばらく次第について述べるゆえにまず空を観じ後に三諦を結成します。三世を相望するのを竪と名づけます。次に「若言下」で過現の中で時と者を相對して横とします。者とは宰主のことです。主とは我です。一一の世の中にみな四句を推します。また横と名づけます。三世の下は空観を結成します。言の下は仮観です。所以の下は中観です。

次に通塞の中の四句とは、業はすなわち有漏、非業はすなわち無漏、亦業亦非業はすなわち出仮です。すでに先に入空して非業と名づけられます。また出仮して亦業と名づけます。双非はすなわち中道の非漏非無漏の業です。一一の句において能所を撿挍することは詳しくは陰境の通りです。

次に道品の中で成論から身念処に至るまでは念処です。意業が単に起こるのは心念処です。意が実法を得るとは領納を得と名づけ、これが受念処です。想が仮名を得るのは想陰です。行は同じく縁ずるのは行陰です。想行の両陰は共に法念を成します。ならびに身口業を身念処と名づけます。総じて四念処を成します。経部宗に依れば次第に起こります。この説を作すことができます。毘曇は文の通りです。これはしばらく三蔵の念処を略述したものです。

「今観」から去るのは、正しく無作の四念処を弁じます。「同類」と言うのは、十界は別といっても同じく五陰と名づけるゆえに同類と名づけます。余は陰境の中に説く通りです。

次に助道を明かす中で、念仏は障を治します。障はすなわち業です。ゆえに念仏をもって対治とします。三十二相および報仏の功徳を念じ、共に習因の悪業を破るとは、これが悪の習因です。悪業は麁重なので色相を加えなければなりません。それゆえ応仏の三十二相を念じなければなりません。また報仏の所有の功徳を念じて、はじめて対治とすることができます。もし単に善の習因の心が起これば、ただ法門仏を念じて対治とします。もし善の報果の相が現れれば、報は色法なので、ただ応仏の色相を念じて対治とします。もし悪の報果の相が現れて法門仏を念じさせれば、習因の悪業に準例します。すでに三十二相および報仏の無量の功徳を念じます。今はただ法門仏を念じさせると言うのは、文は勝れたものに従って説いたものです。もしもと理に縁じれば悪を治することができません。「悪業障転ず」と言うのは、通論すれば善悪はともにみな障です。六蔽の業は重く最もよく障るゆえに、悪について説くのです。

○次明魔境者。言魔事者。天魔正以順生死貪五欲退菩提。嫉眷屬為事。行者宿行魔業。今違宿因宿事來遮。故云魔事。大論魔以破人善法為事。具如魔事品中說。初來意中具破四悉。言修四三昧者。重牒前來通修陰入。從惡將欲謝去。牒前業境。前觀業境為不思議。事惡將謝理善將生。魔恐出境作損壞事。是故須觀魔事境也。故有此境次業境來。言出境者破世界意。從又當去。恐生理善破為人意。從又慮其去破對治意。得大神通止也。得大智慧觀也。彼止觀或必能壞我。是故我今應預破之。遽及也。言壞善根者。夫魔唯忌菩提之善不忌有漏。有漏同魔故魔不忌。言當界者。近以欲天為界。遠以非想為界。若知眾生不出生死不慕佛乘。魔於是人猶生親想。戍者。爾雅云。遏也。守以止賊故字從人執戈。故佛於魔如怨賊也。經云去。大品魔事品文。所言罪者。因魔有事因事生罪。故名魔罪。又但順生死皆名魔罪。大品云。教菩薩離六波羅蜜皆名魔事。又有惡知識亦名魔事。又魔罪者。菩薩摩訶薩不語眾生作是言。魔作佛菩薩像僧像來教言。用是六波羅蜜為。或云。汝無真菩提非不退行。亦不得菩提。或云。空中無一切法用是菩提為。或云。空中亦無三乘用是菩提為。不名菩薩皆名魔事魔罪故也。大論八十云。有微細魔事者。未得跋致誑言已得。準今文中即是魔羅能作如上等事。故須略知如是等事。若不為他善分別者。名惡知識皆名魔罪。若達下略示觀境破惡之相。惡若已破懷抱憺然。知魔界如下即第一義意。魔佛理一故名為如。首楞嚴云。說此經時佛記眾中二百魔女。已曾五百佛所深種善根。過七百阿僧祇劫。當得作佛同號淨王。魔聞諸女得記作佛。來白佛言。我今於自眷屬不得自在。是時天女示怯弱相而宣妙理。便語魔言。汝莫愁惱我等今者。不出汝界所以者何。魔界如佛界如不二不異。我等不離如是魔界。魔界即佛界故。魔界無有定法可示。佛界亦無定法可示。一切諸法皆無定性。無定性故無有眷屬及非眷屬。次別釋中初辯異同者。與前四境對辯異相。業境文中略無對辯。從然四倒去。與四倒辯異。文云四倒秖是煩惱魔者。如前煩惱境中所引十軍。此十軍中具足四倒。若望四魔雖但煩惱。由煩惱故生後三魔。若前十軍是魔所置。復屬今境。若界外下約界辯異。依涅槃第二十文既以無常等四。為界外四魔。此乃通途立魔名耳。非今魔境。若且以涅槃。而例此文。界內煩惱亦為四倒。對餘陰死天子等三。合成七魔。準例界外亦成七也。內外合成一十四魔。故須料簡內外陰死天子三魔。今言異者。但不得以無常四名以對陰等。若各論者。界內名為常等四。界外名為無常等四。此之四魔名體俱異。內外陰死天子等三。體異名同。是故應須辯同異也。大論第六問。何處說陰為魔。答。佛在莫拘羅山教羅陀云。色是魔乃至識是魔。此即且據界內說也。言乃至等覺三魔已過等者。此瓔珞經教道說也。若從實說過則俱過。言無第六天魔等者。既至等覺三魔已過。唯有一分死魔在耳。此仍從教。故等覺已前四魔具足。問。爾前秖應有煩惱陰及變易死。如何得有天子魔耶。故文釋云。實無第六天天子魔也。但是赤色三昧未窮。於中義立天子魔耳。是故名為具足四魔。故知凡界內名通至界外。並是義立體不得同。故赤色三昧觀於他化自在天有。破彼天有三惑未盡。是故通名天子魔也。大經十三具列二十五三昧名。玄文第四委釋。次引經文以辯同異者。新經五十八離世間品云。菩薩摩訶薩有十種魔。一者陰魔。生諸取故。二者煩惱魔。生雜染故。三者業魔。能障礙故。四者心魔。起高慢故。五者死魔。捨生處故。六者天魔。自憍縱故。七者善根魔。恒執取故。八者三昧魔。久耽味故。九者善知識魔。起著心故。十者菩提法智魔。常不捨故。若將彼十以望今文。有通別二意。所言通者。十魔一一通界內外。謂界內陰及界外陰。乃至二乘菩提法智。別教菩薩菩提法智。若別論者。六唯界內。餘通內外。界內六中初一五六。界內三魔。第二三四。合為界內煩惱魔也。餘四通者如前通釋。故與界內四明。同者。則從別釋。若名異者。即從通釋別義復通。故如前釋雖有通別仍不出四。餘四攝在煩惱魔中。是則內外俱十各四。亦如前文俱七各四。彼經復有十種魔業十離魔法。具如彼經不能委引。又大品十三魔事品文。並是第六天子魔攝。大論六十七六十八魔相甚廣。何但於三昧中現。乃至一切事業中惱亂行者。經云。若魔若魔民惡因緣故。入人身中嬈亂人心。或令書者疲極。國土事起。或書者不得供養。若讀誦時師徒不和。若大眾中說。有人來說法師過失。言法師不能如說而行。何足聽受。或言雖能持戒。而復鈍根不解深義。聽之何益。或言大乘是空滅之法無可行處。或時作好敬信沙門。云般若波羅蜜空無罪福名。無有道理等。如下發相中云令墮惡者。即其意也。或云可取涅槃。即發相中令墮二乘者是也。又云。或法師不受弟子信施。或師好施弟子不受。論釋云。弟子法應供養於師。何以言師施於弟子。然弟子作是念。師少物尚不捨何能捨身。雖讚布施乃是欺誑。名不和合。是故師須布施弟子。弟子復以四事供師。師少欲故而不肯受。便羞愧言。如賣買法是故不受。或師多知識無乏。能養弟子。弟子自念。人當謂貪師之衣食。是故受法。或云德薄不勝師施。如是等心雖好。不成般若波羅蜜。亦是魔事。此等即前發相中令墮善者是也。雖非因觀而發。或當亦是宿緣相關。或行三昧師與弟子有上諸事。妨三昧故不可不覺。此等既爾諸行例然。故略記之以示後學。次明發相中初辯民主。可知。次開釋中初文可見。啾𧫕者。楚詞云。啾𧫕蟲鳴。又云啾啾鸞聲。𧫕者小語也。魔似彼聲故云也。次時媚中初辯權實。大集十二時獸者。若五行中名十二肖。肖者似也。此十二神似彼故也。大集二十四云。東方海中有瑠璃山。高二十由旬中有虎兔龍。南方海中有玻瓈山。高二十由旬中有蛇馬羊。西方海中有白銀山。高二十由旬中有猴鷄犬。北方海中有黃金山。高六由旬中有猪鼠牛所住之窟(經各有窟名)東方樹神南方火神。西方風神北方水神。一一方各有二羅剎女及五百眷屬。隨其方命。各自供養其方三神。其窟皆云是菩薩住處。一一獸皆云修聲聞慈。晝夜常行閻浮提內人皆恭敬。已曾於過去佛所發願。一獸每一日一夜遍閻浮提。餘十一獸安住修慈。從七月一日鼠為其首。二日牛乃至十三日還從鼠起。是故此土多有畜獸能行教化。故他方恭敬。經云。若此佛四部弟子欲得大智大定大神通。欲受一切所有典籍。增進善法。應作白土山。方廣七尺高一丈二尺。種種香泥以金薄薄之。四面二丈。散薝蔔華以銅器盛種種非時漿。安置四面。清淨持戒日三洗浴敬信三寶。去山三丈正東立誦如是呪(云云)。經十五日當於山上見初月像。即知已見十二時獸。見已所有願求隨意即得。此十二獸或時作鬼鳥等像。行閻浮提教化同類。菩薩秖作人天等像是未為難為獸則難。此獸既云一日一夜行閻浮提。故知即是權化者耳。今下文言隨其時來惱行人者。乃是支流實行之輩。若邪想下正明發相。今欲下以時驗之。此九屬東方木等者。如東方九獸但三為正。故以三正而對孟仲季。言前後者。孟者首也。正獸則在三中之後。仲者中也。正獸則在三獸之中。季者末也。正獸則居三中之初。餘之三方亦復如是。居初之後居末之初。故云傳作前後。欲使九座均調。孟仲季等。是故傳作前後分之。餘五行法並但十二。唯六壬式中列三十六。準彼文者。已有三。謂蟬鱓蛇。今文云鯉。多恐字誤。又列子云燕鼠伏翼。今文云猫。仍恐彼誤。餘諸獸名並與式同。豺者犬足。貉者應作貈(胡各切)爾雅云。雌者曰𧴎(乃老切)今江東呼為㹟㹬。羭字從豸。猰㺄類貙虎爪食人迅走。貙(勅俱切)若更開為一百八獸。但為時分猶寬。恐在時間不識。故更開為一百八也。隨其時分還以十二收之。隨其時來但稱十二獸名。或稱三十六名。其媚則去。故知鬼法懼人識名。識名尚不敢來。況復識形。故識其形名。不敢為非。次魔羅發者。初明破意及破方法。前塠愓時媚並波旬遠屬。今魔羅者。皆波旬近屬。或天主自來最為難伏。二善二惡者。四弘為已善諸行為未善。見思為已惡無明為未惡。大論云下引證。言華箭等者。大論問曰。何名為魔。答。魔者破慧命壞道法。是故名魔。諸外道輩云是欲主引人生著。復名為華。從五根入破壞五根。復名五箭。破佛法善法故名魔羅。復次作世間結使因緣。亦魔王之力。為諸佛怨讐破一切聖人。逆流人事。不喜涅槃法。又云。是魔有三種事。能破行人。謂戲笑語言歌舞邪視等。是從愛生。縛打鞭拷斫刺。破截等。是從瞋生。五熱灸身自餓投巖等。是從癡生。此等即是三賊之流也。乃至貪染世間皆是魔事。又云。或作種種形恐怖菩薩。或作上妙五欲惱亂菩薩。或轉世間人心作大供養。貪供養故則失道法。或轉人心令惱行者。隨前人趣向因而惱之。論文甚廣隨要而記。五根各一剎那者。五根取塵必為魔羅之所得便。魔羅得便良由失念。失從於根故曰五根各一剎那。故婆沙第九云。佛著衣持鉢入城乞食。波旬作是念。當壞其道。便作御車人類把鞭覓牛。著弊壞衣頭髮蓬亂。往至佛所問佛見我牛不。佛念是魔亂我。即語魔言。惡魔何處有牛用是牛為。天魔作是念。沙門知我是魔。即白佛言。眼觸入處是我乘。乃至意觸入處是我乘。沙門何所之。佛言。我到彼無六觸處。汝所不到處我當往彼。波旬意以我如御者。六觸如乘。能御此乘運諸眾生。至於三界。所以涅槃非其到處。故佛語言。我到無六觸。及汝所不到處。即涅槃也。故大品諸文魔羅作惱。不出六觸。故今文中外扇內惱。不出六觸。天魔波旬尚以色等惱亂於況佛。悠悠行人者耶。令云五觸意即兼六。以從五根轉入意故。即有法觸。故云共壞。根塵相對即有十八。復次下廣釋外來。初令墮惡次令墮善。若本是出世高士得作此說。若本是散善之人元是魔屬。何所論墮。如此之人若廢善法却成魔事。次令墮二乘中。言行當者指示也。次令墮無方便空等者。惡空假也。不先觀於緣生四句。不了諸法皆無自性。不解諸法性空相空。雖生空解不損煩惱。名無方便空。若不為菩提無大悲心。雖云化物但增生死。如是名為偏事邪假。尚不及三藏菩薩之假。況餘教耶。乃至亦能令人入於三藏之假。如為阿難亦似別教。但非從空故云偏耳。阿難下舉深況淺。阿難如來臨涅槃時在娑羅林外。為六萬四千億魔之所惱亂。佛問諸大眾。阿難今者為在何許。答曰。今在娑羅林外十二由旬為六萬四千億魔之所惱亂。諸魔皆自變形為如來像。或說諸法從因緣生。或說不從因緣而生。或說從緣生者皆是無常。或說是常。或說陰入是實。或說是虛假。或說十二因緣有四種。或說如幻化。或說因聞因思因修。或說不淨觀出入息。四念處四善根。三空門無學。初地乃至十住。十二部經三十七品。現十八變八相成道。阿難念言。如是等相昔所未見。誰之所作將非如來作耶。欲起欲語都不從意。魔入骨故。復自念言。佛於今者所說不同。我於今者為受誰語。阿難今者極大苦惱。佛令文殊以呪術力破壞諸魔。然諸魔所說。唯不能說圓頓法門。以圓頓法非其境界故也。言笈多者於魔突羅國半月說法。所謂施論戒論生天之論。欲為不淨出要第一。魔王波旬便生愁惱。而作是念。憂波毱多作大集會。必當教令出我境界。我今當往壞其眾意。於說法處。雨真金華瓔珞華等。化作白象七寶莊嚴。化為七人端正殊特。舉會觀察無聽法者。於三日中演說深法。無有一人得道果者。魔王歡喜深自慶幸。毱多即入三昧觀之。誰之所作。即知波旬魔王所作。復以瓔珞著尊者頂上。知已便作是念。惡妬弊魔壞亂正法。如來何故而不調伏。即觀佛心知佛令已而調伏之。即以三屍蛇人狗等。化為瓔珞。感魔令至而謂之曰。汝與我鬘深感厚施。令還以此用酬贈汝。魔大歡喜舒頸受之。至其頸上還見死屍蟲蛆欲出。魔見是已深生厭惡。語毱多言。汝今云何以此死屍而繫我頸。答曰。比丘不應以華鬘莊嚴。汝先何以為我著之。今為汝著正得其宜。魔以神力欲去。不得。此屍在頸如須彌山不可動轉。踊身虛空請求諸天為脫此屍。諸天皆言。此是大聖之所為作。非我庸下之所能脫。詣梵王所求為脫之。梵王言。十力弟子所作我不能脫。假使劫風旋嵐所吹。亦不能動。如因地倒還從地起。若能歸依優波毱多。容有得脫。魔受梵王教至毱多所。深生敬重五體投地白言。大德。佛初成道我率官屬而逼惱之。未曾一言而見輕辱。汝阿羅漢少慈悲力。於人天前見陵毀我。毱多言。汝大愚癡無有智慧。以聲聞人用比如來。欲以芥子比須彌山。螢燭之光齊輝日月。我今陜劣故相毀辱。又如來使我調伏於汝。汝因斯故。有善心生不墮惡道。魔聞歡喜生希有心。今可為我除此三屍。尊者答言。汝於正法莫作惱害。然後乃當為汝脫之。魔言受教。乃至令為現如來相等(云云)。寧免自他三十六箭者。一根有三三五十五。轉入意地又有三箭。故成十八。魔自作惱名之為自。扇動檀越名之為他。自他各有一十八箭。故三十六。若知下正約理調。違實際故見魔異佛。若入實際魔佛不二。魔不為違佛亦無順。大經下引證。小乘斷惑故說調魔如毱多等。大乘體法魔為法界。如楞嚴中說三昧時。魔欲為惱自見被縛。無人調之。又小乘人既未能破。但名為伏。大乘之人無魔可調。乃名為斷。次明妨亂中。對空等十法簡二十邪法。文望正法皆名太過。其實若過不及各各有十。至禪境中當辯。次結數中云三百邪法者。且約邪從外來。故云三百。若兼度入意地則三百六十。故文中云。而其初入必因五根。故且從因以明三百。治堆惕中云偷臘等者。盜增法歲意避僧役。希利貪食故得此名。臘者獵也。於此月中獵取禽獸以祭其祖。從事而立故名為臘。或曰臘者接也。史記云。始皇名臘夏曰嘉平。殷曰清祀。周曰大蜡(鉏架切)自漢後為臘以至於今。吉支者鬼名也。此鬼本由破戒所致。故聞戒序猶生愧心。況戒神為護今破戒鬼去。亦如前所引五戒緣起則一切鬼神皆懼戒法。俗有相傳云。請僧禳災。僧誦戒序屍被戒神移之曠野。即其事也。治魔羅中。云一切物莫受者。空無所得也。具如玄文第四卷初引。增一二十七云。魔有五力所謂五塵。佛聖弟子一力能拒。謂不放逸。大論問。新學菩薩道力尚弱。云何能使魔不得便。答。諸菩薩護故。又云。是人善修空故魔無如之何。如身無瘡毒不得入。是故修空魔不得便。次明修觀者初三惡者(云云)。大經云。有四善事墮三惡道。一者為勝他故讀誦經典。二者為利養故受持禁戒。三者為他屬故而行布施。四者為非想故繫念思惟。言他屬者施物本為攝他從己。今以他屬為三善者。且據施邊從事而說。若從心說則屬三惡。雖生善道世世相染等者。意令他屬而反屬魔。是故世世為魔所嬈。經云下大品文也。大論八十一云。阿難問佛。魔為都嬈一切菩薩。亦有不嬈者耶。佛言。有嬈不嬈。阿難白佛。何者被嬈。佛言。或有菩薩先世聞般若不能信解。遠善知識親近惡友。離般若行惡法。聞深般若語他人言。我尚不得其底汝何用學。又輕餘菩薩言。我行般若汝無是行。又有菩薩恃姓輕他。天魔歡喜云。我宮殿不空益三惡道。又有菩薩與求聲聞者諍。魔言。穢薩婆若。或與求薩婆若者諍。魔言。兩失薩婆若若無是事甚深清淨者則無魔惱。雖在善道與魔相關。如是菩薩為魔所惱言拙度者通至別教。如魔為阿難說法等(云云)。次不思議境中言一魔一切佛等者。魔既即理故一魔即一切佛。如此下明妙觀功能。言治魔顯理者。降魔是道場。即是治於魔糠顯於理米。魔為侍者者。夫為侍者隨順人意。故觀魔界隨順實相。緣修不能寂照等者。即淨名中持世菩薩住於靜室。天魔波旬從萬二千天女狀如帝釋。鼓樂絃歌至持世所。持世謂是釋提桓因。而慰之言。善來憍尸迦。次復責言。雖福應有不當自恣。當觀五欲無常以求善本。魔言。受是萬二千天女可備掃灑。意以聞法用申供養。因茲作惱壞菩薩心。持世未曉故但答言。無以此非法之物。邀我沙門釋子等。時維摩詰為調魔屬。訶持世言。是為魔來非帝釋也。時維摩詰即語魔言。可以此女與我。如我應受。大士意言。我是俗流正應受之。彼出家之人非所應也。今文便釋經意云。持世但是別教菩薩。緣修出觀不覺魔嬈。淨名是圓教菩薩真修寂照。觀無出入。故斥持世不能寂照為魔所謀。從魔界即佛界去發心也。慈與眾生魔界即佛界之樂。故云慈無量佛。悲拔眾生佛界即魔界之苦。故云悲無量魔。從欲滿此願去安心。文中寄事故約悉達降魔。以明止觀。從但以下結成行人用安心相。次隨魔下破遍。初總。次歷教。歷教中三藏伏四在三祇百劫。坐道場時三十四心破煩惱魔。爾時乃名為菩提道。入無餘後名法性身。由菩提滿故成佛果。由成佛故。故入無餘。入無餘故破於陰魔。由破煩惱及得法性身故。永無分段故也。是故此兩共破死魔。故三藏佛雖降天魔斷煩惱魔。有餘身在仍未免陰。八十入滅仍未免死。故得菩提。及入滅已至法性身。方免陰死二魔。文中存略但言死耳。得不動三昧等者。具如大集云。天主初令諸軍。次遣太子。次遣三妃。皆不能壞。後自領軍為佛所降。大軍退敗王顛倒墮冠蓋劍三各在一處。此並大論第六文也。今文義通至後三教。通教見位同三藏伏。至六地時得菩提道。同三藏斷。兩教聲聞不破天子魔故初為所惱。修得神通。雖復調伏亦不名斷。據教全未識於赤色三昧。別依教道故前後斷。是則前之三教並屬教道。若不爾者。豈有斷通惑伏利惑而能破魔。圓教俱破無復前後。應約六即以辯淺深。初住俱破八魔者。大論二十云。若欲修習首楞嚴定。須破八魔。應當親近大般涅槃。謂陰等四及無常等四。義通內外如前所說。從於上一一下通塞。道品如文。從門若未開下助道。此之六種於魔成度。於行人成蔽。為生死故即成魔度。違菩提道所以成蔽。今以依理而斥事度。以此事六治於魔六。此六蔽者雖似六度不為菩提。皆屬魔攝。前之四度灼然生死。所得禪定與鬼交通。所得船若不離見著。言正度者。四教六度皆名為正。具如助道攝法中說。兼治者。以魔中兼二故須借用。若雜煩惱及業如前兩境中用治。雜業借念二佛者。謂色身法門身。雜中有惡當用念色。雜中有善當念法門。聞慧者。四教並在外凡。故今圓教在於五品。黜者退也。貶去也。此十法後亦應以大車為譬。文無者略。但云直至道場。復次通用一意為觀下。結觀通別。十乘觀法有通別二意。一以陰境十法冠下九境。名之為通。秖是一法不思議觀。人根鈍故開對十法。先了通意節節入別。境境皆然觀法易了。故引中論通別為例。次料簡中問如文。答中先違問答。故云緣別。次引論文證者。即順問答。雖順問答此成不定。故不同於寒去春來。魔若去已好法來者。不必全爾。是故不同。大論云。樂法梵志於十二年。遍閻浮提求知聖法。而不能得。時世無佛佛法亦盡。有婆羅門言。我有聖法一偈。若實樂法當以與汝。答言。實樂。婆羅門言。若實樂法。當以皮為紙。以骨為筆。以髓為水。以血為墨即如其言書得佛偈。偈言。如法應修行非法不應行。今世若後世行法者安隱。又有說云。魔來誑樂法令剝皮等者。意欲退樂法心。樂法心堅即便剝皮等。魔便隱去。感下方佛為其說偈。後釋與文合。與論稍別。

○次に魔境を明らかにします。魔事というのは、天魔はまさに生死に随順し、五欲を貪り、菩提から退き、眷属に嫉妬することを務めとしています。修行者は過去に魔の業を行っていたため、今、過去の因に背き、過去の事が妨げとして来るのです。それゆえ魔事と言います。『大論』には、魔は人の善法を破ることを務めとするとあります。詳しくは魔事品の中で説かれている通りです。初めの来意の中では、四悉檀を破ることが詳しく述べられています。四三昧を修める者と言うのは、先に述べた陰入を重ねて取り上げたものです。悪がまさに謝り去ろうとするのは、先の業境を重ねて述べたものです。先に業境を観じて不思議と為すのは、事の悪がまさに謝り、理の善がまさに生じようとするからです。魔は境を出ることを恐れて損壊の事を作します。それゆえ魔事の境を観じなければならないのです。したがってこの境があり、業境に次いで来るのです。境を出るというのは世界悉檀の意を破ることです。また当に去るとあるのは、理の善を生じることを恐れるのが為人悉檀の意を破ることです。またその去ることを慮るのは対治悉檀の意を破ることです。大神通を得るとは止であり、大智慧を得るとは観です。かの止観はあるいは必ずよく我を壊すことができます。それゆえ我は今あらかじめこれを破るべきです。遽とは及ぶという意味です。善根を壊すと言うのは、そもそも魔はただ菩提の善のみを忌み、有漏を忌みません。有漏は魔と同じであるため、魔は忌みません。当界と言うのは、近くは欲天を界とし、遠くは非想を界とします。もし衆生が生死を出ないで仏乗を慕わないと知れば、魔はその人に対してなお親しい想いを生じます。戍とは、『爾雅』に遏なるとあります。守って賊を止めるため、字は人に戈を執るに従います。それゆえ仏は魔に対して怨賊のようなものです。経に去るとあります。『大品』魔事品の文です。罪と言うのは、魔に事があるために事によって罪を生じ、それゆえ魔罪と名づけます。またただ生死に順ずるものは皆、魔罪と名づけます。『大品』に、菩薩に六波羅蜜から離れることを教えるものは皆、魔事と名づけるとあります。また悪知識もまた魔事と名づけます。また魔罪とは、菩薩摩訶薩が衆生にこのように語らないことを言います。魔が仏や菩薩の像、僧の像を作って来たり、教えて言うには、この六波羅蜜を用いる必要はないと。あるいは言います、汝には真の菩提はなく、不退の行ではない、また菩提を得ることもできないと。あるいは言います、空中には一切の法はなく、この菩提を用いる必要はないと。あるいは言います、空中にはまた三乗もなく、この菩提を用いる必要はないと。菩薩と名づけないものは皆、魔事・魔罪と名づけます。『大論』八十に、微細な魔事がある者は、未だ跋致を得ていないのに、すでに得たと誑言するとあります。今の文に準じれば、すなわちこれ魔羅が上述のような事々をなすことができるということです。それゆえこのような事々を略知しなければなりません。もし他者のために善く分別しなければ、悪知識と名づけ、皆、魔罪と名づけます。もし達すれば、以下は略して観境が悪を破る相を示します。悪がすでに破れれば、胸懷は憺然とし、魔界は如なりと知ります。以下はすなわち第一義の意です。魔も仏も理は一であるため、如と名づけます。『首楞厳』に、この経を説く時、仏は衆の中の二百の魔女に記し、すでに五百仏の所で深く善根を種え、七百阿僧祇劫を過ぎて、まさに仏となることを得て、同じく浄王と号すとあります。魔は諸女が記を得て仏となることを聞いて、来たりて仏に白して言いました。我は今、自分の眷属に対して自在を得ないと。この時、天女は怯弱の相を示して妙理を宣べました。すなわち魔に語って言いました。汝は愁悩することなかれ、我らは今、汝の界を出ない。なぜならば、魔界は如、仏界は如、不二不異であるからです。我らはこのような魔界から離れません。魔界はすなわち仏界であるためです。魔界には定まった法はなくて示すことができ、仏界にもまた定まった法はなくて示すことができません。一切の諸法は皆、定まった性はありません。定まった性がないため、眷属もなく、非眷属もありません。次に別釈の中の初めに異同を弁じるとは、前の四境と対して異なる相を弁じることです。業境の文には略して対弁がありません。四倒からは、四倒と異なることを弁じます。文に四倒はただこれ煩悩魔であると言うのは、前の煩悩境の中で引いた十軍の通りです。この十軍の中には四倒が具足しています。四魔に望むならば、ただ煩悩のみですが、煩悩によって後の三魔が生じます。もし前の十軍が魔の置いたものであれば、また今の境に属します。もし界外以下は、界について異同を弁じます。『涅槃』第二十の文に依れば、すでに無常等の四をもって、界外の四魔としています。これはすなわち通途に魔の名を立てただけであって、今の魔境ではありません。もししばらく『涅槃』をもってこの文に例えるならば、界内の煩悩もまた四倒となり、余の陰・死・天子等の三と対して、合わせて七魔となります。例に準じれば界外もまた七となります。内外を合わせて十四魔となります。それゆえ内外の陰・死・天子の三魔を料簡しなければなりません。今、異と言うのは、ただ無常等の四名をもって陰等に対することはできないということです。もし各々に論じるならば、界内は常等の四と名づけ、界外は無常等の四と名づけます。この四魔は名も体も共に異なります。内外の陰・死・天子等の三は、体は異なりますが名は同じです。それゆえ同異を弁じなければならないのです。『大論』第六に問います。どこで陰を魔と説くのかと。答えには、仏は莫拘羅山で羅陀に教えて言いました。色は魔であり、乃至、識は魔であると。これはすなわちしばらく界内に拠って説いたものです。乃至等覚では三魔はすでに過ぎた等と言うのは、これは『瓔珞経』の教道の説です。もし実から説けば、過ぎればすなわち共に過ぎます。第六の天魔はない等と言うのは、すでに等覚に至れば三魔はすでに過ぎ、ただ一分の死魔があるだけです。これもなお教に従います。それゆえ等覚已前は四魔が具足します。問います。それ以前にはただ煩悩・陰および変易の死があるはずで、どうして天子魔があり得るのでしょうかと。それゆえ文に釈して言います。実に第六天の天子魔はないのです。ただし赤色三昧が未だ窮まらないので、その中に義として天子魔を立てるだけです。それゆえこれを具足四魔と名づけます。それゆえ界内と名づけるものは通じて界外に至るまで、すべてこれ義として立てたもので、体は同じにできません。それゆえ赤色三昧は他化自在天に有ることを観じ、彼の天に三惑が尽きない有ることを破ります。それゆえ通じて天子魔と名づけるのです。『大経』十三に二十五三昧の名を具に列ね、玄文第四に委しく釈しています。次に経文を引いて同異を弁じるとは、新経五十八の離世間品に、菩薩摩訶薩には十種の魔があるとあります。一つには陰魔、諸の取を生ずるためです。二つには煩悩魔、雑染を生ずるためです。三つには業魔、よく障礙するためです。四つには心魔、高慢を起こすためです。五つには死魔、生処を捨てるためです。六つには天魔、自ら憍慢放縦するためです。七つには善根魔、恒に執取するためです。八つには三昧魔、久しく耽味するためです。九つには善知識魔、著心を起こすためです。十には菩提法智魔、常に捨てないためです。もし彼の十を今の文に望めるならば、通と別の二意があります。通と言うのは、十魔の一一が通じて界内外に通じることです。界内の陰および界外の陰、乃至、二乗の菩提法智、別教菩薩の菩提法智です。もし別に論じるならば、六はただ界内のみ、余は内外に通じます。界内の六の中では、初めの一・五・六は界内の三魔、第二・三・四は合わせて界内の煩悩魔です。余の四が通じることは前に通釈した通りです。それゆえ界内の四明と同じです。同じであればすなわち別釈に従います。もし名が異なれば、すなわち通釈に従いますが、別の義はまた通じます。それゆえ前に釈した通り、通別があってもなお四を出ません。余の四は煩悩魔の中に摂められます。これすなわち内外共に十にして各々四であり、また前の文に共に七にして各々四であるのと同じです。かの経にはまた十種の魔業・十の離魔法がありますが、詳しくはかの経の通りで、ここに委しく引くことはできません。また『大品』十三の魔事品の文は、すべて第六の天子魔に摂められます。『大論』六十七・六十八には魔の相が甚だ広く、どうしてただ三昧の中に現れるだけであろうか、乃至、一切の事業の中で修行者を悩乱するとあります。経に、もし魔、もし魔民が悪因縁のため、人の身中に入って人心を嬈乱し、あるいは書く者を疲極させ、国土の事が起こり、あるいは書く者が供養を得られず、あるいは読誦する時、師徒が和せず、あるいは大衆の中で説く時、人が来たりて法師の過失を説き、法師は説の如くに行うことができない、どうして聴受するに足りようかと言い、あるいは言うには、よく持戒することができても鈍根で深義を解しない、これを聴いて何の益があろうかと。あるいは言うには、大乗は空滅の法で行ずべき処がないと。あるいは時に好く敬信する沙門を作り、般若波羅蜜は空で罪福はないと名づけ、道理はない等と言います。以下の発相の中で令堕悪と言うのは、すなわちその意です。あるいは涅槃を取るべきと言うのは、すなわち発相の中で令堕二乗というものです。また云く、あるいは法師が弟子の信施を受けず、あるいは師がよく弟子に施すが弟子が受けずと。論の釈に云く、弟子は法として師に供養すべきである。なぜ師が弟子に施すと言うのかと。しかし弟子はこのように念じます。師は少しの物さえも捨てないのに、どうして身を捨てられようか。布施を讃めるといっても、すなわちこれ欺誑であると。これを不和合と名づけます。それゆえ師は弟子に布施しなければなりません。弟子はまた四事をもって師に供養します。師は少欲のため受けません。そこで羞愧して言います。売買の法の如くであるため受けません。あるいは師は多くの知識があって乏しからず、弟子を養うことができます。弟子は自ら念じます。人はまさに師の衣食を貪ると言うであろうと。それゆえ法を受けます。あるいは言います。徳薄くして師の施に勝えないと。このような等の心はよいといっても、般若波羅蜜を成じません。またこれ魔事です。これらはすなわち前の発相の中で令堕善というものです。観によって発するのではないといっても、あるいはまた宿縁が相関し、あるいは三昧を行じて師と弟子に上の諸事があって、三昧を妨げるため、覚らなければなりません。これらが既にそのようであれば、諸の行も同様です。それゆえ略記して後の学者に示すのです。次に発相を明らかにする中で、初めに民主を弁じることは知られる通りです。次に開釈の中の初めの文は見ての通りです。啾𧫕とは、『楚詞』に啾𧫕は虫の鳴き声とあります。また云く、啾啾は鸞の声と。𧫕とは小さな声です。魔は彼の声に似るため、こう言うのです。次に時媚の中の初めに権実を弁じます。『大集』十二の時獣とは、五行の中に十二肖と名づけます。肖とは似るという意味です。この十二神は彼に似るためです。『大集』二十四に云く、東方の海の中に瑠璃山があり、高さ二十由旬で、中に虎・兔・龍がいます。南方の海の中に玻瓈山があり、高さ二十由旬で、中に蛇・馬・羊がいます。西方の海の中に白銀山があり、高さ二十由旬で、中に猴・鶏・犬がいます。北方の海の中に黄金山があり、高さ六由旬で、中に猪・鼠・牛の住む窟があります(経には各々窟の名があります)。東方には樹神、南方には火神、西方には風神、北方には水神がいます。一々の方に各々二羅刹女と五百の眷属がいて、その方の命に随い、各自その方の三神を供養します。その窟は皆、これ菩薩の住処であると言います。一々の獣は皆、声聞慈を修めると言い、昼夜常に閻浮提の中を行じ、人は皆恭敬します。すでに過去仏の所で願を発しています。一獣は一日一夜ごとに閻浮提を遍ねき、余の十一獣は安住して慈を修めます。七月一日から鼠がその首となり、二日は牛、乃至、十三日にはまた鼠から起こります。それゆえこの土には多く畜獣があり、よく教化を行じ、それゆえ他方も恭敬します。経に云く、もしこの仏の四部弟子が大智・大定・大神通を得たいと欲し、一切の所有の典籍を受けたいと欲し、善法を増進したいと欲するならば、白土の山を作るべきです。方広七尺、高さ一丈二尺、種々の香泥に金薄を薄く塗り、四面二丈に薝蔔華を散じ、銅器に種々の非時漿を盛り、四面に安置し、清浄に持戒し、日に三度洗浴し、三宝を敬信し、山を去ること三丈の正東に立ってこのように呪を誦します(云云)。経に十五日すればまさに山上において初月の像を見るであろう、すなわちすでに十二時獣を見たと知ります。見終われば所有の願求は意のままに即ち得られます。この十二獣はあるいは時に鬼や鳥等の像を作り、閻浮提を行じて同類を教化します。菩薩はただ人天等の像を作ることはまだ難としませんが、獣を作ることはすなわち難です。この獣はすでに一日一夜に閻浮提を行すると言うので、すなわちこれ権化の者であると知ります。今、下の文にその時に随って来たりて行人を悩ますと言うのは、すなわちこれ支流の実行の輩です。もし邪想以下は正しく発相を明らかにします。今欲す以下は時をもってこれを験すのです。この九は東方木等に属すとは、東方の九獣の如くただ三が正となります。それゆえ三正をもって孟・仲・季に対します。前後と言うのは、孟とは首です。正獣はすなわち三の中の後になります。仲とは中です。正獣はすなわち三獣の中になります。季とは末です。正獣はすなわち三の中の初めに居ます。余の三方もまたこの通りです。初めの後に居り末の初めに居るため、伝作前後と言います。九座を均調にせんと欲し、孟仲季等とします。それゆえ伝作して前後に分けるのです。余の五行の法はすべてただ十二のみです。ただ六壬式の中に三十六を列ねます。彼の文に準じれば、すでに三があります。蝉・鱓・蛇です。今の文に鯉と云うのは、多くの恐らくは字の誤りです。また『列子』に燕・鼠・伏翼と云います。今の文に猫と云うのは、なお恐らくは彼の誤りです。余の諸獣の名はすべて式と同じです。豺とは犬の足です。貉とはまさに貈と作すべきです(胡各切)。『爾雅』に云く、雌を𧴎と言います(乃老切)。今、江東では㹟㹬と呼びます。羭の字は豸に従います。猰㺄は貙の類で虎の爪、人を食らい迅く走ります。貙(勅俱切)。もしさらに開いて一百八獣とすれば、ただ時の分がなお寛いためです。恐らくは時間の中にあっても識らないため、さらに開いて一百八とするのです。その時の分に随って還って十二をもってこれを収めます。その時に随って来たればただ十二獣の名を称し、あるいは三十六の名を称すれば、その媚はすなわち去ります。それゆえ鬼の法は人が名を識ることを懼れると知ります。名を識ればなお敢えて来ない、まして形を識ればなおさらです。それゆえその形と名を識れば、敢えて非を行いません。次に魔羅の発することを明らかにする中で、初めに破意と破の方法を明らかにします。前の塠愓・時媚はともに波旬の遠い属です。今の魔羅は皆、波旬の近い属です。あるいは天主が自ら来るのは最も伏し難いものです。二善二悪とは、四弘は已の善とし、諸行は未の善とし、見思は已の悪とし、無明は未の悪とします。『大論』に云く以下は証を引きます。華箭等と言うのは、『大論』に問うて曰く、何を名づけて魔とするかと。答えには、魔とは慧命を破り道法を壊るもの、これゆえ魔と名づけます。諸の外道の輩はこれ欲主で人を引きて著を生ぜしめると云い、また華と名づけます。五根から入って五根を破壞し、また五箭と名づけます。仏法の善法を破るため魔羅と名づけます。また世間の結使の因縁を作すこともまた魔王の力です。諸仏の怨讐となり、一切の聖人を破り、人事に逆流し、涅槃の法を喜びません。また云く、この魔には三種の事があり、よく行人を破ります。戲笑・語言・歌舞・邪視等はこれ愛から生じます。縛打・鞭拷・斫刺・破截等はこれ瞋から生じます。五熱炙身・自餓・投巖等はこれ癡から生じます。これらはすなわちこれ三賊の流れです。乃至、世間を貪染することは皆これ魔事です。また云く、あるいは種々の形を作って菩薩を恐怖し、あるいは上妙の五欲を作って菩薩を悩乱し、あるいは世間の人心を転じて大供養を作し、供養を貪るため道法を失います。あるいは人心を転じて行者を悩まし、前人の趣向に随って因而してこれを悩まします。論文は甚だ広いので要に随って記します。五根各々一刹那とは、五根が塵を取ることは必ず魔羅の得便となるところです。魔羅が便を得るのはまったく念を失うによるもので、失は根から生じるため、五根各々一刹那と言います。それゆえ『婆沙』第九に云く、仏は衣を著け鉢を持って城に入り食を乞いました。波旬はこのように念じました。まさにその道を壊すべきであると。そこで御車人の類を作り、鞭を把り牛を覓め、弊壊の衣を著け髪は蓬乱として、仏の所に至り仏に我が牛を見なかったかと問いました。仏はこれ魔が我を乱すと念じ、すなわち魔に語って言いました。悪魔よ、どこに牛があってこの牛を用いるのかと。天魔はこのように念じました。沙門は我を魔と知っていると。すなわち仏に白して言いました。眼觸入処は我が乗であり、乃至、意觸入処は我が乗です。沙門よ、どこに行くのかと。仏は言いました。我は彼の六觸処なき所、汝の到らない所に往くであろうと。波旬の意は我は御者の如く、六觸は乗の如く、よくこの乗を御して諸の衆生を三界に運びます。それゆえ涅槃はその到る処ではありません。それゆえ仏は語って言いました。我は六觸なき所、および汝の到らない所、すなわち涅槃に到ると。それゆえ『大品』の諸文に魔羅が悩みを作すのは六觸を出ません。それゆえ今の文の中の外扇・内悩も六觸を出ません。天魔波旬でさえなお色等をもって仏を悩乱したのです、まして悠悠たる行人においてはなおさらです。令云く五觸とは意すなわち六を兼ねます。五根から意に転入するためです。すなわち法觸があります。それゆえ共壊と言います。根塵相対すればすなわち十八があります。復次以下は広く外来を釈します。初めに令堕悪、次に令堕善です。もし本は出世の高士であればこの説を作ることができます。もし本は散善の人であれば元は魔の属であり、何の堕を論じましょうか。このような人はもし善法を廃すれば却って魔事となります。次に令堕二乗の中の行当とは指示です。次に令堕無方便空等とは、悪空仮です。先に縁生の四句を観ず、諸法が皆自性なしと了せず、諸法の性空・相空を解しません。空解を生じても煩悩を損じないので、無方便空と名づけます。もし菩提のためでなく大悲心がなければ、物を化すと言ってもただ生死を増すだけです。このようにして偏事邪仮と名づけます。なお三蔵菩薩の仮に及ばず、まして余の教においてはなおさらです。乃至、また人をして三蔵の仮に入らしめることもできます。阿難のためにもまた別教に似ています。ただ空からではないため偏と言うだけです。阿難以下は深をもって浅に況んじます。阿難は如来が涅槃に入ろうとする時、娑羅林の外で六万四千億の魔に悩乱されました。仏は諸の大衆に問うて言いました。阿難は今どこにいるのかと。答えには、今、娑羅林の外十二由旬で六万四千億の魔に悩乱されていますと。諸魔は皆、自ら形を変じて如来の像とし、あるいは諸法は因縁から生ずと言い、あるいは因縁から生じないと言い、あるいは縁から生ずるものは皆無常であると言い、あるいは常であると言い、あるいは陰入は実であると言い、あるいは虚仮であると言い、あるいは十二因縁には四種があると言い、あるいは幻化の如しと言い、あるいは因聞・因思・因修と言い、あるいは不浄観・出入息・四念処・四善根・三空門・無学、初地乃至十住、十二部経・三十七品を説き、十八変・八相成道を現じました。阿難は念じました。このような等の相は昔未だ見なかった。誰の所作であろうか、まさに如来の作ではないかと。起ちたい、語りたいと思っても皆意のままになりません。魔が骨に入ったためです。また自ら念じました。仏は今説くところが異なる。我は今誰の語を受けているのかと。阿難は今、極大の苦悩を受けました。仏は文殊に命じて呪術の力をもって諸魔を破壞させました。しかし諸魔の説くところは、ただ円頓の法門を説くことだけができません。円頓の法はその境界ではないためです。笈多と言うのは、魔突羅国で半月に法を説き、いわゆる施論・戒論・生天の論、欲は不浄、出要は第一です。魔王波旬はそこで愁悩を生じ、このように念じました。優波毱多は大集会を作し、必ずまさに教えて我が境界を出さしめるであろう。我は今まさに往ってその衆の意を壊すべきであると。説法の処において、真金華・瓔珞華等を雨ふらせ、白象に化作して七宝に荘厳し、七人に化して端正殊特としました。集会の者は観察して聴法する者がありません。三日のうちに深法を演説しましたが、一人として道果を得る者はいませんでした。魔王は歓喜し深く自ら慶幸しました。毱多はすなわち三昧に入ってこれを観じました。誰の所作かと。すなわち波旬魔王の所作と知りました。また瓔珞をもって尊者に著けました。知り終わってすなわちこのように念じました。悪妬の弊魔は正法を壊乱する。如来は何ゆえに調伏しないのかと。すなわち仏心を観じて仏が己に調伏させようとしていると知りました。すなわち三屍、蛇・人・狗等をもって瓔珞に化し、魔を感じて至らしめ、これを謂って曰く、汝は我に鬘を与え深く厚施を感じた。今、還ってこれをもって汝に酬い贈ろうと。魔は大いに歓喜し頸を舒べてこれを受けました。その頸の上に至ると還って死屍の虫蛆がまさに出ようとするを見ました。魔はこれを見終わって深く厭悪を生じ、毱多に語って言いました。汝は今どうしてこの死屍をもって我が頸に繋ぐのかと。答えには、比丘は華鬘をもって荘厳すべきではない。汝は先に何をもって我にこれを著けたのか。今、汝のために著けるはまさにその宜しきを得たものであると。魔は神力をもって去ろうとしましたが、得られません。この屍は頸にありて須弥山の如く動転できません。身を虚空に踊らせて諸天に請求してこの屍を脱せんとしました。諸天は皆言いました。これは大聖の所作である。我らのような庸下の者のよく脱せられるものではないと。梵王の所に詣でて脱せんことを求めました。梵王は言いました。十力の弟子の所作である。我は脱することができない。仮使に劫風・旋嵐が吹いてもまた動かすことができない。地に倒れたものは還って地から起きる如くである。もし優波毱多に帰依することができれば、脱することがありえようと。魔は梵王の教えを受けて毱多の所に至り、深く敬重を生じ五体投地して白して言いました。大徳よ、仏は初め成道した時、我は官属を率いてこれを逼悩しました。未だ曾て一言も軽辱されたことがありません。汝は阿羅漢で慈悲の力が少なく、人天の前で我を陵毀しました。毱多は言いました。汝は大愚癡で智慧がありません。声聞の人をもって如来に比べるとは。芥子をもって須弥山に比べ、蛍燭の光を日月に斉しく輝かさんと欲するようなものです。我は今陜劣であるため互いに毀辱しました。また如来は我に汝を調伏させました。汝はこの故によって善心を生じ悪道に堕ちません。魔は聞いて歓喜し希有の心を生じました。今、我のためにこの三屍を除いてくださいと。尊者は答えて言いました。汝は正法において悩害を作すことなかれ。しかる後にまさに汝のためにこれを脱してあげようと。魔は言いました。教えを受けますと。乃至、そのために如来の像等を現じさせました(云云)。寧ろ自他の三十六箭を免れようとは、一根に三あり、三五十五、意地に転入すればまた三箭あり、それゆえ十八となります。魔が自ら悩みを作すを自と名づけ、檀越を扇動するを他と名づけます。自他各々一十八箭あるため、三十六となります。もし知れば以下は正しく理に約して調えます。実際に違うため魔と仏が異なると見ます。もし実際に入れば魔仏は不二です。魔も違為なく仏もまた順はありません。大経以下は証を引きます。小乗は惑を断ずるため魔を調えることを説き、毱多等の如し。大乗の体法では魔は法界と為します。『楞厳』の中に三昧の時を説く如く、魔が悩まさんと欲して自ら縛られるのを見て、人がこれを調える者はありません。また小乗の人はすでに能く破することができないため、ただ伏と名づけます。大乗の人は魔で調えるべきものがなく、すなわち断と名づけます。次に妨乱を明らかにする中で、空等の十法に対して二十の邪法を簡びます。文は正法に望めば皆、太過と名づけます。その実はもし過・不及あれば各々十があります。禅境の中に至ってまさに弁ずべきです。次に結数の三百の邪法とは、しばらく邪が外から来るに約して、それゆえ三百と言います。もし度入意地を兼ねればすなわち三百六十となります。それゆえ文に云く、しかもその初入は必ず五根によるため、しばらく因から三百を明らかにするのです。治堆惕の中の偷臘等とは、法歳を盗んで僧役を避ける意です。利を希い食を貪るためこの名を得ます。臘とは獵です。この月の中に禽獣を獵り取ってその祖を祭ります。事に従って立つため臘と名づけます。あるいは曰く、臘とは接です。『史記』に云く、始皇が名づけて臘とし、夏は嘉平と曰い、殷は清祀と曰い、周は大蜡と曰いました(鉏架切)。漢以後は臘となり、今に至ります。吉支とは鬼の名です。この鬼はもと破戒による所致です。それゆえ戒序を聞けばなお愧心を生じます、まして戒神が護るため今破戒の鬼は去ります。また前に引いた五戒の縁起の如く、一切の鬼神は皆戒法を懼れます。俗に相伝えて云く、僧を請じて災を禳う。僧が戒序を誦すると屍が戒神によって曠野に移される。すなわちその事です。治魔羅の中の一切物莫受とは、空無所得です。詳しくは玄文第四巻の初めに引く通りです。『増一』二十七に云く、魔には五力があり、いわゆる五塵です。仏の聖弟子は一力でよく拒みます。不放逸と謂います。『大論』に問う、新学の菩薩は道力なお弱い、どうして魔をして便を得させないようにできるのかと。答えには、諸菩薩の護りのためです。また云く、この人は善く空を修めるため魔もいかんともしがたい。身に瘡がなければ毒は入らない如くです。それゆえ空を修めれば魔は便を得ません。次に修観を明らかにする中で初めの三悪とは(云云)。『大経』に云く、四つの善事があって三悪道に堕ちます。一つには勝他のため経典を読誦し、二つには利養のため禁戒を受持し、三つには他属のため布施を行じ、四つには非想のため繋念思惟することです。他属と言うのは、施物はもと他を摂して己に従わせるためです。今、他属をもって三善と為すのは、しばらく施の辺に拠り事に従って説くのです。もし心から説けばすなわち三悪に属します。善道に生じても世世相染む等と言うのは、他を属せしめんと欲しながら却って魔に属す。それゆえ世世魔に嬈まされます。経に云く以下は『大品』の文です。『大論』八十一に云く、阿難は仏に問いました。魔はすべて一切の菩薩を嬈ますのか、あるいは嬈まさない者もあるのかと。仏は言いました。嬈ます者もあり嬈まさない者もありますと。阿難は仏に白しました。何者が嬈まれますかと。仏は言いました。あるいは菩薩は先世に般若を聞いて信解できず、善知識を遠ざけ悪友に親近し、般若から離れ悪法を行じ、深般若を聞いて他人に言うには、我さえなおその底を得ない、汝はどうして学ぶのかと。また余の菩薩を軽んじて言うには、我は般若を行ず、汝にはこの行はないと。またある菩薩は姓を恃んで他を軽んじます。天魔は歓喜して云く、我が宮殿は空しくならず、三悪道を益すと。またある菩薩は声聞を求める者と諍います。魔は言います。薩婆若を穢すと。あるいは薩婆若を求める者と諍います。魔は言います。両者とも薩婆若を失うと。もしこの事がなければ甚深清浄であればすなわち魔の悩みはありません。善道にあっても魔と相関わります。このような菩薩は魔に悩まされます。拙度と言うのは通から別教に至ります。魔が阿難のために法を説く等の如くです(云云)。次に不思議境の中の一魔一切仏等と言うのは、魔はすでにすなわち理であるため、一魔すなわち一切仏です。如此以下は妙観の功能を明らかにします。治魔顕理と言うのは、降魔はこれ道場です。すなわち魔の糠を治めて理の米を顕すのです。魔を侍者と為すとは、そもそも侍者は人の意に随順します。それゆえ魔界を観ずることは実相に随順します。縁修はよく寂照できない等とは、すなわち『浄名』の中の持世菩薩が静室に住んでいた時、天魔波旬が万二千の天女を従え帝釈の状の如く、鼓楽絃歌して持世の所に至りました。持世はこれを釈提桓因と謂い、これを慰めて言いました。善来、憍尸迦よ。次にまた責めて言いました。福応は有るといえども自恣すべきではない。まさに五欲の無常を観じて善本を求めるべきであると。魔は言いました。この万二千の天女を受けられよ、掃灑に備えられますと。意は法を聞くをもって供養を申べんとするものです。これによって悩みを作し菩薩の心を壊さんとしました。持世は未だ暁らず、ただ答えて言いました。この非法の物をもって我が沙門釈子を邀むることなかれ等と。時に維摩詰は魔の属を調えんがため、持世を訶して言いました。これは魔が来たのであって帝釈ではないと。時に維摩詰はすなわち魔に語って言いました。この女をもって我に与えよ、我の受くべきが如くにと。大士の意は言いました。我はこれ俗流でまさにこれを受くべきである。かの出家の人は受くべきではないと。今の文は便ち経意を釈して云く、持世はただこれ別教の菩薩で、縁修出観して魔の嬈を覚えず。浄名はこれ円教の菩薩で真修寂照、観に無出入です。それゆえ持世が寂照できず魔に謀られたのを斥けます。魔界すなわち仏界から去るは発心です。慈は衆生に魔界すなわち仏界の楽を与え、それゆえ慈無量仏と云います。悲は衆生の仏界すなわち魔界の苦を抜き、それゆえ悲無量魔と云います。この願を満たさんと欲すから去るのは安心です。文は事に寄るため、しばらく悉達の降魔に約して止観を明らかにします。但以下は結んで行人の安心の相となします。次に随魔以下は破遍です。初めに総、次に歴教です。歴教の中の三蔵は四を三祇百劫に伏し、坐道場の時、三十四心で煩悩魔を破ります。その時になお菩提道と名づけます。無余に入った後、法性身と名づけます。菩提が満ずるため仏果を成じ、成仏するため無余に入り、無余に入るため陰魔を破ります。煩悩を破り法性身を得るため、永く分段がないためです。それゆえこの両者は共に死魔を破ります。それゆえ三蔵仏は天魔を降し煩悩魔を断じても、有余の身があるためなお陰を免れず、八十で入滅するためなお死を免れません。それゆえ菩提を得、および入滅し終わって法性身に至り、方に陰死の二魔を免れます。文には略を存してただ死と言うだけです。不動三昧を得る等とは、詳しくは『大集』に云く、天主は初め諸軍を令し、次に太子を遣り、次に三妃を遣り、皆よく壊すことができませんでした。後に自ら軍を領いて仏に降されました。大軍は退敗し、王は顛倒して冠・蓋・剣の三が各々一処に堕ちました。これらはすべて『大論』第六の文です。今の文の義は後の三教に通じます。通教の見位は三蔵の伏と同じです。六地に至る時、菩提道を得、三蔵の断と同じです。両教の声聞は天子魔を破らないため、初めは悩まされます。神通を修得し、再び調伏してもまた断とは名づけません。教に拠れば全く赤色三昧を識りません。別は教道に依るため前後に断じます。これすなわち前の三教はすべて教道に属します。もしそうでなければ、どうして通惑を断じ利惑を伏してよく魔を破ることがありましょうか。円教は倶に破り再び前後はありません。六即に約して浅深を弁ずべきです。初住は倶に八魔を破るとは、『大論』二十に云く、もし首楞厳定を修習せんと欲すれば、八魔を破るべきです。まさに大般涅槃に親近すべきです。いわゆる陰等の四および無常等の四です。義は内外に通ずることは前に説いた通りです。上一々より下は通塞を通じます。道品は文の通りです。門若未開以下は助道です。この六種は魔においては度を成し、行人においては蔽を成します。生死のためであればすなわち魔の度を成し、菩提道に違うため蔽を成します。今、理に依って事度を斥けます。この事の六をもって魔の六を治めます。この六蔽は六度に似ていても菩提のためではないため、皆魔に摂められます。前の四度は灼然として生死です。所得の禅定は鬼と交通します。所得の船若は見著を離れなければ、正度と言います。四教の六度は皆これを正と名づけます。詳しくは助道摂法の中で説く通りです。兼治とは、魔の中に二を兼ねるため借用しなければならないということです。もし煩悩および業を雑うれば前の両境の中の用治の如くです。業を雑うれば念二仏を借ります。色身と法門身です。雑の中に悪があればまさに念色を用うべきです。雑の中に善があればまさに法門を念ずべきです。聞慧とは、四教はともに外凡にあります。それゆえ今の円教は五品にあります。黜とは退です。貶去とは退けることです。この十法の後にもまた大車を譬とすべきですが、文に無いのは略です。ただ直ちに道場に至ると云うだけです。復次に通用一意為観以下は、結んで観の通別とします。十乗観法には通別の二意があります。一つには陰境の十法をもって下の九境を冠し、これを通と名づけます。ただこれ一法の不思議観です。人の根が鈍いため開いて十法に対します。先に通意を了し、節節に別に入ります。境境ともに然りです。観法は解し易いのです。それゆえ『中論』の通別を引きて例とします。次に料簡の中の問は文の通りです。答えの中に先に問答に違います。それゆえ縁別と云います。次に論文を引いて証とするのは、すなわち問答に順じます。問答に順じてもこれ不定を成じます。それゆえ寒が去って春が来るのとは同じではありません。魔がもし去れば好法が来るとは、必ずしも全くそうではありません。それゆえ同じではありません。『大論』に云く、楽法梵志は十二年の間、閻浮提を遍ねいて聖法を求めて知ることができませんでした。時に世に仏なく仏法もまた尽きていました。ある婆羅門が言いました。我に聖法の一偈がある。もし実に法を楽しむならまさに汝に与えようと。答えには、実に楽しみますと。婆羅門は言いました。もし実に法を楽しむなら、まさに皮を紙とし、骨を筆とし、髄を水とし、血を墨とすべきであると。すなわち言の如くにして仏偈を書いて得ました。偈に言く、法の如くまさに修行すべし、非法は行ずべからず。今世もしくは後世に法を行ずる者は安隠なりと。またある説に云く、魔が来たりて楽法を誑し皮を剝ぐ等させたのは、楽法の心を退けんと欲したためです。楽法の心が堅ければすなわち皮を剝ぐ等をしても魔はすなわち隠れ去り、下方の仏を感じてそのために偈を説かれました。後の釈は文と合します。論とはやや異なります。

止觀輔行傳弘決卷第八之三

止観輔行伝弘決 巻第八の三


第七
第九

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