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title: "法華經入疏 · 妙音菩薩品第二十四"
description: "法華經入疏又名法華經入注，由宋代僧人道威入注。该书是对鸠摩罗什所译《妙法莲华经》的权威注疏，成书于宋代佛教义学兴盛时期。内容以天台宗圆教思想为核心，逐句阐释经文的深奥义理，涵盖一乘实相、开权显实、会三归一等重要教义。此疏结合了智顗等前代祖师的观点，系统深入，是研究《法华经》及天台宗教理的关键文献，在佛教注疏史上具有重要地位，为后世学者所重视。"
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## 妙法蓮華經入疏卷第十二

> 妙法蓮華経入疏 巻第十二

姚秦三藏法師　鳩摩羅什　譯

> 鳩摩羅什　訳

天台　智者　疏　并記

> 天台 智者 疏 并記

四明沙門　道威　入注

> 四明沙門 道威 入注

妙法蓮華經妙音菩薩品第二十四

> 妙法蓮華経 妙音菩薩品 第二十四

第二、妙音、觀音兩品，誡所化弟子三昧乘乘。初、釋妙音，為二：初、釋品題；二、釋經文。初、因緣釋題者，文中自釋：昔奉雲雷音王佛十萬種伎，今遊化他土音樂自隨；昔奉八萬四千寶鉢，今爾許道器眷屬圍繞；昔得一切眾生語言陀羅尼，今以普現色身以音聲徧吼十方弘宣此教，故名妙音品也。此品明菩薩以難思之力隨類通經，物覩其迹莫測其本，但甘其味無擇其形，當卑其地自壅其流，即是化他門中第二意也。

> 第二に、妙音品と観音品の二品は、教化される弟子たちに三乗の教えに乗じることを戒めるものです。最初に、妙音品を解釈しますが、二つの観点から行います。第一に、品の題名を解釈し、第二に、経文を解釈します。最初に、因縁によって題名を解釈すると、経文の中でそれ自体が説明されています。昔、雲雷音王仏に十万種類の音楽を供養したので、今、他土を遊化する際にも音楽を従えて随行させるのです。昔、八万四千の宝鉢を供養したので、今、それほどの数の法器や眷属が周囲を取り囲むのです。昔、一切衆生の言語に関する陀羅尼を得たので、今、普く色身を現じて音声をもって十方に吼えてこの教えを広く宣べるのです。それゆえ、妙音品と名付けられるのです。この品は、菩薩が思議し難い力をもって、衆生の種類に応じて経典を説き弘めることを明かしています。人々はその跡を見ても、その根本を測ることはできません。ただその味を甘んじて受けるだけで、その形を選ぶことはありません。その地を卑しくし、自らその流れを塞ぐべきです。これが、他を教化する門の中における第二の意味です。

△文分為六。一、放光東召，二、奉命西來，三、十方弘經，四、二土得益，五、還歸本國，六、聞品進道。

> この経文は六つの部分に分けられる。第一に、光を放って東方から招くこと。第二に、命を受け西方から来ること。第三に、十方の世界で経を広めること。第四に、二つの土が利益を得ること。第五に、本国に帰ること。第六に、品を聞いて道に入ること。

爾時，釋迦牟尼佛放大人相肉髻光明，及放眉間白毫相光，徧照東方百八萬億那由他恒河沙等諸佛世界。過是數已，有世界名淨光莊嚴，其國有佛，號淨華宿王智如來、應供、正徧知、明行足、善逝、世間解、無上士、調御丈夫、天人師、佛、世尊，為無量無邊菩薩大眾恭敬圍繞而為說法。釋迦牟尼佛白毫光明徧照其國。

> その時、釈迦牟尼仏は、大人の相である肉髻（にっけい）の光明を放ち、さらに眉間の白毫（びゃくごう）の相の光を放たれた。その光は東方の百八万億那由他（なゆた）の恒河沙（ごうがしゃ）もの諸仏の世界をことごとく照らした。その数を超えた先に、浄光荘厳という名の世界があった。その国には、浄華宿王智如来（じょうけしゅくおうちにょらい）という仏がおられ、応供・正徧知・明行足・善逝・世間解・無上士・調御丈夫・天人師・仏・世尊と尊称されていた。その仏は、無量無辺の菩薩たちの大衆に敬意をもって囲まれ、かれらのために説法していた。釈迦牟尼仏の白毫の光明は、その国を余すところなく照らし渡ったのである。

初放光東召大人相者，大相海也。遍體毛功德不及一好功德，眾好功德不及一相功德，諸相從下向上展轉相勝不及白毫功德，白毫功德不及肉髻功德，故是大人相也。此相業者，從孝順師長起，今放是光召本弟子，使弘中道之經利益大機者也。白毫從一道清淨起，今放此光令弘此法也。問：佛一一相皆法界海，何故勝負？答：他經所明宜作此說耳。問：佛有緣弟子布滿十方，何故召東說西不論八方耶？答：此有所表。淨名云：日月何意行閻浮提？欲以光明除眾闇瞑。東是光始西是其終，有始有終其唯聖人乎？未發心者令其發心，未究竟者令其究竟。一菩薩既爾諸眾亦然，一方既爾諸方亦然。聖不繁文舉一弊諸，但言東西耳。

> 初めて光明を放ち、東方において大人の相を現すのは、大いなる相の海である。全身の毛の功徳は、一つの優れた功徳にも及ばず、多くの優れた功徳も一つの相の功徳に及ばない。諸々の相は下から上へと順に勝れていくが、白毫の功徳にも及ばず、白毫の功徳は肉髻の功徳にも及ばない。ゆえにこれは大人の相なのである。 この相の業は、師長に対する孝順から生じるものである。今この光明を放って、本来の弟子たちを呼び寄せ、中道の経を弘めさせ、大いなる機根の者を利益しようとするのである。白毫は一つの清らかな道から生じるものであり、今この光明を放ってこの法を弘めさせるのである。 問う：仏の一つ一つの相はすべて法界の海であるのに、どうして勝劣があるのか。 答える：他の経典で明かされているところに従えば、このように説くのが適切なのである。 問う：仏には縁ある弟子たちが十方に満ちているのに、どうして東方を呼んで西方を説き、八方を論じないのか。 答える：これは表わすところがあるのである。浄名経にいう、「日月はどうして閻浮提を行くのか。光をもって衆生の闇を除かんがためである」と。東は光の始まりであり、西はその終わりである。始まりと終わりとを持つ者は、ただ聖人のみである。未だ発心していない者には発心させ、未だ究尽していない者には究尽させるのである。一つの菩薩がすでにそうであるように、全ての衆生もまたそうである。一方がすでにそうであるように、全ての方角もまたそうである。聖人は文を繁くせず、一つを挙げて多くを尽くすのであり、ただ東西と言うだけなのである。

△此下第二、奉命西來。初、發來。文為二：初、發來緣。又為六：

> 以下為第二部分內容，講述奉命前往西方（印度）求法的因緣。首先，說明啟程前來之事。這一段分為兩個部分：第一，說明啟程的因緣。此部分又分為六項：

爾時，一切淨光莊嚴國中，有一菩薩，名曰玅音，久已植眾德本，供養親近無量百千萬億諸佛。

> そのとき、一切浄光荘厳の国に、玅音という名の菩薩がいました。この菩薩は、すでに長い間、多くの善い行いを積み、数えきれないほどの仏たちに供養し、親しく従ってきました。

初經家敘福慧中，初敘福由，由值先佛多也。

> 最初の経典で、福と智慧について述べる中で、まず福の由来を語ります。それは、過去の多くの仏に出会ったからです。

而悉成就，甚深智慧。

> そして、深い智慧を完全に成し遂げられたのである。

二、甚深智慧，即智慧莊嚴也。

> 二、深遠なる智慧、これこそ智慧の荘厳なり。

得妙幢相三昧、法華三昧、淨德三昧、宿王戲三昧、無緣三昧、智印三昧、解一切眾生語言三昧、集一切功德三昧、清淨三昧、神通遊戲三昧、慧炬三昧、莊嚴王三昧、淨光明三昧、淨藏三昧、不共三昧、日旋三昧，得如是等百千萬億恒河沙等諸大三昧。

> 妙幢相三昧、法華三昧、浄徳三昧、宿王戯三昧、無縁三昧、智印三昧、一切衆生の語言を解する三昧、一切の功徳を集める三昧、清浄三昧、神通遊戯三昧、慧炬三昧、荘厳王三昧、浄光明三昧、浄蔵三昧、不共三昧、日旋三昧、このような百千万億の恒河沙にも等しい多くの大いなる三昧を得た。

三十六三昧，即福德莊嚴，經家敘竟。

> 三十六三昧、すなわち福徳の荘厳について、経典の解釈はここで終わりとなります。

釋迦牟尼佛光照其身。

> 釈迦牟尼仏の光がその身を照らした。

二、妙音蒙照。

> 二、妙音に照らされる。

即白淨華宿王智佛言：世尊！我當往詣娑婆世界，禮拜、親近、供養釋迦牟尼佛，及見文殊師利法王子菩薩、藥王菩薩、勇施菩薩、宿王華菩薩、上行意菩薩、莊嚴王菩薩、藥上菩薩。

> 浄華宿王智仏に申し上げました。「世尊よ、私はまさに娑婆世界に赴き、釈迦牟尼仏を礼拝し、お近づきになり、供養いたしましょう。また、文殊師利法王子菩薩、薬王菩薩、勇施菩薩、宿王華菩薩、上行意菩薩、荘厳王菩薩、薬上菩薩にお目にかかりたいと思います。」

三、辭佛欲來此國也。

> 三、仏に別れを告げて、この国に来ようとしたこと。

爾時，淨華宿王智佛告妙音菩薩：汝莫輕彼國生下劣想。善男子！彼娑婆世界高下不平，土石諸山穢惡充滿，佛身卑小，諸菩薩眾其形亦小，而汝身四萬二千由旬，我身六百八十萬由旬，汝身第一端正，百千萬福光明殊妙，是故汝往莫輕彼國，若佛、菩薩及國土生下劣想。

> その時、浄華宿王智仏は妙音菩薩に告げられた。「あなたは、かの国を軽んじて、劣ったものと思ってはならない。善男子よ、かの娑婆世界は高低が平らでなく、土や石の山々が多く、穢れや悪に満ちている。仏の身は低く小さく、諸々の菩薩たちもその姿は小さい。しかし、あなたの身は四万二千由旬あり、わたしの身は六百八十万由旬ある。あなたの姿は最も端正で、百千万の福徳と光明をそなえ、殊勝で美しい。それゆえ、かの地に赴いても、かの国を軽んじ、仏や菩薩や国土に対して劣ったものという思いを起こしてはならない。」

四、彼佛誡敕者，然法身大士故不肅而成，所將眷屬或未達者，故寄彼而規此耳。夫佛身與理相稱，不得見卑小而忘其尊嚴，此約如來座為誡也。然依空亡相，身是有相，理是妙空，一塵之身咸與理等，況丈六之質生劣想耶？夫師與弟子智斷具足，師既施權，弟子亦隱其實，此約如來衣為誡也。俱隱寂忍而耐其拙也。夫依報國土皆正報所感，如來以慈臨大千，宜須高須下，勿覩依報而忽正報也。此約如來室為誡，應住無緣安其穢土也。此佛弘經亦勅三意，彼尊誡約諸佛道同也。一切應身化儀示迹說法之處，皆具此三誡眾，而為弘經之軌也。

> 四、かの仏の戒め諭しについて申せば、法身の大士はわざわざ教えを設けずとも自然に成就する者である。しかし、その眷属のうちにまだ悟りに達しない者があるので、かの仏の教えを借りて、こちら（この経を弘めようとする者）への戒めとするのである。そもそも仏の身は真理と相応するものであるから、その身の卑小なのを見て、その尊厳を忘れてはならない。これは如来の座を以て戒めとするものである。しかし、空によって相を亡ずるといっても、身は相あるものであり、理は微妙なる空である。一塵のほどの身もすべて真理と等しいのである。ましてや丈六の身のための質に対して劣った思いを起こすことなど、あってよいものか。そもそも師と弟子とは、智と断（煩悩を断ち切ること）とを共に具えている。師がすでに方便を施すならば、弟子もまたその真実を隠すものである。これは如来の衣を以て戒めとするものである。ともにその智慧を隠し、その忍耐を保って、その拙さに耐え忍ぶのである。そもそも依報（環境）の国土は、すべて正報（主体）の感ずるところである。如来は慈悲をもって大千世界を覆い給う。すなわち、高きを敬い低きを軽んずることなく、依報を見て正報を忽せにしてはならないのである。これは如来の室を以て戒めとするものであって、無縁の慈悲に住して、その穢土に安んずべきである。この仏が経を弘められるにあたり、またこの三つの意を戒めとされたのである。かの尊の戒めは、諸仏の道が同じであることを約したものである。一切の応身が教化の儀式を示し、説法する所には、みなこの三つの戒めを具えていて、これが経を弘めるための軌範となるのである。

妙音菩薩白其佛言：世尊！我今詣娑婆世界，皆是如來之力、如來神通遊戲、如來功德智慧莊嚴。

> 妙音菩薩がその仏に申し上げた。「世尊よ、私は今、娑婆世界に参りますが、それはすべて如来の力、如来の神通の遊び、如来の功徳と智慧の荘厳によるものです。」

五、妙音受旨者，如來之力是座力，神通力是室力，莊嚴力是衣力，此受弘經之大旨、利物之宗要，故能不動此會遊化十方焉。然一切菩薩不無推功化主，如來先誡令菩薩自運，菩薩推者往彼實難，何況往復應須利他，故知往來皆如來力。然又如來加於可加，菩薩有分但未至極，故以極三加於分三，令用弘經宗要衣、座、室耳。故知皆如來力起於神通，種種莊嚴方能利物，是則如來以中空故，能以慈悲加諸菩薩，具足莊嚴故隨機利益。言莊嚴者因中萬行，此會者彼土也。

> 五、妙音菩薩が如来の教えを受け賜うこと。如来の力は座の力であり、神通力は室の力であり、荘厳力は衣の力である。このことから、広く経典の教えの要点を受け、衆生を利益する根本の要諦とすることができる。それゆえ、この会座を動かずして、十方の世界に遊化することができるのである。しかし、一切の菩薩は教化の主である仏に功績を帰さないものはいない。如来は先に戒めを与え、菩薩自らが教化の働きを行うようにさせる。もしも菩薩が仏の力に頼ろうとするならば、彼の地へ往くことは実に難しく、ましてや往復して衆生を利することを行うのはなおさらである。それゆえ、往来はすべて如来の力によるものであると知るべきである。また、如来は加護すべき者に加護を与える。菩薩にはその資格があるが、まだ究竟の境地には至っていない。そこで、究竟の三つの力（衣・座・室）を、分限ある菩薩の三つの行いに加え与えて、広く経典の要義である衣・座・室を用いさせるのである。ゆえに、すべて如来の力が神通を起こし、種々の荘厳をもってはじめて衆生を利益することができると知るべし。これはすなわち、如来は中空のゆえに、慈悲をもって菩薩に加護を与え、具足した荘厳をもって、機に応じて利益を与えるのである。荘厳とは因位における万行をいい、この会座とは彼の土（十方の世界）をいう。

△第六、現相欲來。此文為六：

> 第六、現相欲來。この文は六つに分かれている。

於是妙音菩薩不起于座，身不動搖而入三昧。以三昧力，於耆闍崛山去法座不遠，化作八萬四千眾寶蓮華，閻浮檀金為莖，白銀為葉，金剛為鬚，甄叔迦寶以為其臺。

> そこで、妙音菩薩は座を立たず、身も動かさずに三昧に入られた。その三昧の力によって、耆闍崛山の法座から遠くない場所に、八万四千の宝の蓮華を現し出された。その蓮華は、閻浮檀金を茎とし、白銀を葉とし、金剛を花蕊とし、甄叔迦宝を台座としていた。

初現蓮華。

> 蓮の花が初めて現れました。

爾時，文殊師利法王子見是蓮華而白佛言：世尊！是何因緣先現此瑞？有若干千萬蓮華，閻浮檀金為莖，白銀為葉，金剛為鬚，甄叔迦寶以為其臺。

> その時、文殊師利法王子は、その蓮の花を見て仏に向かって申し上げた。「世尊よ、どのような因縁によって、まずこのような瑞相が現れたのでしょうか。多くの千万の蓮の花があり、閻浮檀金を茎とし、白銀を葉とし、金剛を花の芯とし、甄叔迦宝をもってその台としています。」

二、文殊問也。問：若文殊位下，辭不應求見；若文殊位高，相來那忽不識？答：雖同一位，有始、中、終，止此一事不知，無忝高位。又眾中見瑞不了，發起令知，故問佛耳。

> 二、文殊が問うた。問い：もし文殊の位が下であるならば、言葉を尽くして求めて見るべきではないだろう。もし文殊の位が高いならば、相が現れたのにどうして知らないのか。答え：同じ一位といっても、始め・中・終わりがある。ただこの一事を知らないだけであり、高い位を辱めることはない。また大衆の中で瑞相（めでたいしるし）を理解できない者たちがいるので、彼らを促して知らせるために、あえて仏に問うたのである。

爾時釋迦牟尼佛告文殊師利：是妙音菩薩摩訶薩，欲從淨華宿王智佛國，與八萬四千菩薩圍繞，而來至此娑婆世界，供養親近禮拜於我，亦欲供養聽法華經。

> その時、釈迦牟尼仏は文殊師利に告げられた。「この妙音菩薩摩訶薩は、浄華宿王智仏の仏国土から、八万四千の菩薩たちに囲まれながら、この娑婆世界にやって来ようとしている。わたしを供養し、親しく近づき、敬い拝もうとしているのだ。また、法華経を聞いて供養したいとも願っている。」

三、佛答：

> 三、仏さまのお答え

文殊師利白佛言：世尊！是菩薩種何善本、修何功德，而能有是大神通力？行何三昧？願為我等說是三昧名字，我等亦欲勤修行之。行此三昧，乃能見是菩薩色相大小、威儀進止。唯願世尊！以神通力，彼菩薩來令我得見。

> 文殊師利が仏に申し上げた。「世尊よ、この菩薩はどのような善根を植え、どのような功徳を修行して、このような大いなる神通力を得たのでしょうか。また、どのような三昧を行じているのでしょうか。どうか私たちのために、その三昧の名前をお示しください。私たちもまた、精進してその三昧を修行したいと願っております。この三昧を修行すればこそ、この菩薩の姿や大きさ、威儀や進退を見ることができるでありましょう。お願いでございます、世尊よ。神通力をもって、その菩薩をお招きいただき、私たちがお会いすることができますように。」

四，文殊請見。

> 四つ目、文殊菩薩がお会いを願い出る。

爾時，釋迦牟尼佛告文殊師利：此久滅度多寶如來，當為汝等而現其相。

五，釋迦推功。

> 五、釈迦が功績を譲られる。

時，多寶佛告彼菩薩：善男子！來，文殊師利法王子欲見汝身。

第六，多寶命來。

> 第六に、多宝如来がお呼び寄せになられたのである。

△下第二、正發來，為六。

> それでは第二に、来意を正式に述べる。その中で六つの項目に分けて説明する。

于時妙音菩薩於彼國沒，與八萬四千菩薩俱共發來，所經諸國六種震動，皆悉雨於七寶蓮華，百千天樂不鼓自鳴。

> ときに、妙音菩薩はかの国を去り、八万四千の菩薩たちと共にやって来られた。その通り道の国々では、大地が六種に震動し、あまねく七宝の蓮華が雨のように降り注ぎ、百千の天の楽器が奏でられることもなく、ひとりでに鳴り響いた。

初明眷屬經歷。

> まず、眷屬（けんぞく）として経を聴聞された方々のご様子について述べます。

是菩薩目如廣大青蓮華葉，正使和合百千萬月，其面貌端正復過於此，身真金色，無量百千功德莊嚴，威德熾盛，光明照曜，諸相具足，如那羅延堅固之身，入七寶臺，上升虗空，去地七多羅樹，諸菩薩眾恭敬圍繞，而來詣此娑婆世界耆闍崛山。

> その菩薩の目は、広大な青蓮華の花びらのように美しく、たとえ百千万の月が集まり合わさっても、その顔立ちの端正さはそれらをさらに超えています。その身体は真金色で、無量百千の功徳によって荘厳され、威徳は盛んに輝き、光明は遍く照らし、すべての相を具えています。まるで那羅延のように堅固な身体で、七宝の楼閣に入り、虚空に昇り、地上から七多羅樹の高さに達しました。多くの菩薩たちが恭敬して周囲を取り囲み、この娑婆世界の耆闍崛山へとやって来られたのです。

二、明敘相登臺。

> 二、明確に述べられた相が、高みへと登ること。

到已下七寶臺，以價直百千瓔珞，持至釋迦牟尼佛所，頭面禮足奉上瓔珞，而白佛言：世尊！淨華宿王智佛問訊世尊：少病少惱、起居輕利、安樂行不？四大調和不？世事可忍不？眾生易度不？無多貪欲、瞋恚、愚癡、嫉妬、慳慢不？無不孝父母、不敬沙門、邪見、不善心、不攝五情不？世尊！眾生能降伏諸魔怨不？久滅度多寶如來在七寶塔中來聽法不？又問訊多寶如來：安隱少惱、堪忍久住不？

> そののち七宝の台に至り、百千の価値ある瓔珞（ようらく）を取り、釈迦牟尼仏の御許に持参し、頭を地につけ足に礼して瓔珞を捧げ、仏に申し上げた。「世尊よ、浄華宿王智仏が世尊にお見舞いを申し上げます。お体にわずかな病や悩みもなく、日々の暮らしが軽やかで安楽でいらっしゃいますか。四大は調和し、世の中のことは忍び難くありませんか。衆生は教え導きやすいですか。多くの貪欲、怒り、愚かさ、妬み、物惜しみ、慢心はありませんか。父母に孝行せず、沙門を敬わず、邪見や不善の心を持ち、五感を制さない者たちはいませんか。世尊よ、衆生は諸々の魔の怨みを降伏できますか。久しく滅度された多宝如来は、七宝塔の中から法を聞きに来られていますか。」また多宝如来にもお見舞いを申し上げた。「お体は安らかで悩み少なく、長くお住まいに耐えていらっしゃいますか。」

三、明問訊傳旨。

> 三、明らかに問い尋ね、旨を伝える。

世尊！我今欲見多寶佛身，唯願世尊示我令見。

> 世尊よ。私は今、多宝仏のお姿を拝みたいと願っております。どうか世尊よ、私にそのお姿をお示しください。

四，明請見多寶。

爾時釋迦牟尼佛語多寶佛：是妙音菩薩欲得相見。

五，明世尊為通。

時多寶佛告妙音言：善哉，善哉！汝能為供養釋迦牟尼佛，及聽法華經，并見文殊師利等，故來至此。

六，明塔中稱善。

△第三十、方弘經為二問答。

爾時，華德菩薩白佛言：世尊！是妙音菩薩種何善根？修何功德？

初明華德問，昔種何善根？

有是神力。

二問今神力。

佛告華德菩薩：過去有佛，名雲雷音王多陀阿伽度、阿羅訶、三藐三佛陀，國名現一切世間，劫名憙見。妙音菩薩於萬二千歲，以十萬種伎樂供養雲雷音王佛，并奉上八萬四千七寶鉢。以是因緣果報，今生淨華宿王智佛國，有是神力。華德！於汝意云何？爾時雲雷音王佛所，妙音菩薩伎樂供養奉上寶器者，豈異人乎？今此妙音菩薩摩訶薩是。華德！是妙音菩薩已曾供養親近無量諸佛，久植德本，又值恒河沙等百千萬億那由他佛。

初答：昔種善根，獻樂奉器，仍結今古。

華德！汝但見妙音菩薩其身在此，而是菩薩現種種身，處處為諸眾生說是經典，或現梵王身、或現帝釋身、或現自在天身、或現大自在天身、或現天大將軍身、或現毗沙門天王身、或現轉輪聖王身、或現諸小王身、或現長者身、或現居士身、或現宰官身、或現婆羅門身、或現比丘比丘尼優婆塞優婆夷身、或現長者居士婦女身、或現宰官婦女身、或現婆羅門婦女身、或現童男童女身、或現天龍夜叉乾闥婆阿脩羅迦樓羅緊那羅摩睺羅伽人非人等身而說是經，諸有地獄餓鬼畜生及眾難處皆能救濟，乃至於王後宮變為女身而說是經。華德！是妙音菩薩能救護娑婆世界諸眾生者，是玅音菩薩如是種種變化，現身在此娑婆國土，為諸眾生說是經典，於神通變化智慧無所損減。是菩薩以若干智慧明照娑婆世界，令一切眾生各得所知，於十方恒河沙世界中亦復如是。若應以聲聞形得度者，現聲聞形而為說法；應以辟支佛形得度者，現辟支佛形而為說法；應以菩薩形得度者，現菩薩形而為說法；應以佛形得度者，即現佛形而為說法。如是種種，隨所應度者而為現形，乃至應以滅度而得度者示現滅度。華德！妙音菩薩摩訶薩成就大神通智慧之力，其事如是。

二、答今神力。

△第二問答又二。

爾時，華德菩薩白佛言：世尊！是妙音菩薩深種善根。世尊！是菩薩住何三昧，而能如是在所變現度脫眾生？

初問：今住何定而能如此自在利益？

佛告華德菩薩：善男子！其三昧名現一切色身，妙音菩薩住是三昧中，能如是饒益無量眾生。

二、答住佛三昧。

說是妙音菩薩品時，與妙音菩薩俱來者八萬四千人，皆得現一切色身三昧。此娑婆世界無量菩薩，亦得是三昧及陀羅尼。

第四，二土得益。三昧與陀羅尼，體一而用異。寂用為三昧，持用名陀羅尼。又色身變現名三昧，音聲辯說名陀羅尼。上品云：初得一切色身三昧，轉身得一切語言陀羅尼。當知音聲猶是色法，故言體一用異。又舌根清淨名陀羅尼，餘根清淨名三昧，都是六根清淨法門。此則圓門三昧陀羅尼，必得體同名異。三昧從定，陀羅尼從慧，即不思議之定慧，故得互用。

爾時，玅音菩薩摩訶薩供養釋迦牟尼佛及多寶佛塔已，還歸本土，所經諸國六種震動，雨寶蓮華，作百千萬億種種伎樂。既到本國，與八萬四千菩薩圍繞，至淨華宿王智佛所，白佛言：世尊！我到娑婆世界饒益眾生，見釋迦牟尼佛及見多寶佛塔，禮拜供養。又見文殊師利法王子菩薩，及見藥王菩薩、得勤精進力菩薩、勇施菩薩等，亦令是八萬四千菩薩得現一切色身三昧。

第五、還歸本土動地雨華者，菩薩經歷尚能傍益，況佛前放光傍照東方百八萬億那由他土，亦傍論利益也。

說是妙音菩薩來往品時，四萬二千天子得無生法忍，華德菩薩得法華三昧。

第六，聞品進道。已上妙音品誡所化弟子三昧乘乘竟。