厭恥
寵辱若驚,(身寵亦驚,身辱亦驚。)貴大患若身。(貴,畏也。若,至也。謂大患至身,故皆驚。)何謂寵辱。(問何謂寵,何謂辱。寵者尊榮,辱者恥辱。及身還自問者,以曉人也。)辱為下,(辱為下賤。)得之若驚,(得寵榮驚者,處高位如臨深危也。貴不敢驕,富不敢奢。)失之若驚,(失者,失寵處辱也。驚者,恐禍重來也。)是謂寵辱若驚。(解上得之若驚,失之若驚。)何謂貴大患若身。(復還自問:何故畏大患至身。)吾所以有大患者,為吾有身。(吾所以有大患者,為吾有身。有身憂者,勤勞念其飢寒,觸情從慾,則遇禍患也。)及吾無身,吾何有患。(使吾無有身體,得道自然,輕舉昇雲,出入無間,與道通神,當有何患。)故貴以身為天下者,則可寄天下,(言人君貴其身而賤人,欲為天下主者,則可寄立,不可以久也。)愛以身為天下,若可託天下。(言人君能愛其身,非為己也,乃欲為萬民之父母。以此得為天下主者,乃可以託其身於萬民之上,長無咎也。)
寵辱は驚くがごとし。(身に寵があっても驚き、辱があっても驚く。)貴ぶは大患が身に至るがごとし。(貴ぶとは畏れること。若とは至ること。大患が身に至ることを畏れるため、皆驚くのである。)何をか寵辱という。(何が寵であり、何が辱であるかを問う。寵とは尊栄、辱とは恥辱である。自らに返って問うのは、人を悟らせるためである。)辱は下なるものなり。(辱とは下賤である。)これを得れば驚くがごとく、(寵栄を得て驚くのは、高い地位にいながら深淵に臨むように危うく感じるからである。貴くても驕らず、富んでも奢らない。)これを失えば驚くがごとし。(失うとは、寵を失い辱に処すること。驚くとは、禍が再び来ることを恐れることである。)これを寵辱は驚くがごとしという。(上の「得之若驚、失之若驚」を解き明かした。)何をか貴ぶは大患が身に至るがごとしという。(再び自らに返って問う:なぜ大患が身に至ることを畏れるのか。)我に大患ある所以は、我に身あるがためなり。(我に大患があるのは、我に身があるからである。身を有する者が憂うのは、飢え寒さを気にして労し、情に触れて欲に従えば、禍患に遭うからである。)我に身なきに及べば、我に何の患いあらん。(もし我に身体がなければ、道を得て自然のままに、軽やかに昇雲し、出入りに隔てなく、道と通じて神と一つとなり、何の患いがあろうか。)故に身を貴んで天下と為す者は、すなわち天下に寄せられ、(人君が自らの身を貴び他を軽んじ、天下の主となろうとする者は、一時的に立てられることはあっても、長く続くことはできない。)身を愛して天下と為す者は、すなわち天下に託されうる。(人君が自らの身を愛するのは、己のためではなく、万民の父母となろうとするからである。この心をもって天下の主となる者は、その身を万民の上に託され、長く過ちなくあり続けられる。)