住嘉興府崇德縣福嚴禪寺語錄
嘉興府崇徳県福厳禅寺の語録
崇禎甲申年,邑侯解學周同鄉紳等,請師於十月十七日入院。至山門,云:「無門是解脫之門,從上佛祖盡向者裏而入。且道琦上座到者裏又作麼生?剔脫有無關捩子,腳跟在處便為家。」
崇禎甲申の年、邑侯の解学周は郷紳たちとともに、十月十七日に師を寺に招き入れました。師は山門に至って、こう言いました。「無門とは解脱の門である。これまでの仏祖たちはみな、ここから入ってきた。さて、琦上座がここに至って、またどうするか。有無の関捩子を剔脱すれば、足の向くところがそのまま家となる。」
大殿基,云:「天為蓋,地為載,一道坦然平,四方無塞礙。此便是萬福莊嚴之基,釋迦老子畢竟在甚麼處?」喝一喝,云:「低聲,低聲。」
本堂の基壇を示して、「天は蓋となり、地は載せるところとなる。一つの道は平らかに広がり、四方に塞がりや障害もない。これこそが万福荘厳の基盤である。しかし、釈迦老子は一体どこにいるのだろうか?」と説いた。そして、一声喝して、「声をひそめよ、声をひそめよ。」と言った。
至方丈,云:「據此丈室,千眼莫識,全提正令,雷轟電掣。一棒按下,惡虎獰龍;兩片打開,青天白日。」
方丈に至りて云く、「この丈室に拠れば、千眼も識ること能わず、全提の正令、雷轟き電掣く。一棒按下すれば、悪虎も獰龍も伏し、両片打開すれば、青天白日なり」と。
當日眾請上堂。師至座前拈疏云:「只者便是邑侯解公筆尖頭上放大光明,爍破諸人面門了也。若也覺得,個個眉端增瑞彩,人人腳底盡風光。如未,煩表白宣過,好事也要大家知。」宣疏畢,師指法座云:「向上一著,千聖不傳,我今一踏,透頂透底。汝等諸人急須高著眼始得。」便陞座,拈香云:「者一瓣香,爇向爐中,端為祝延今上皇帝聖壽萬歲萬萬歲。恭願帝德圓明,爍破千邦皈一統;皇風浩蕩,遍充萬物各全彰。」次拈香云:「者一瓣香,奉為滿朝文武郡縣尊官,伏願以德以威,家國閭閻皆有賴;如雲如雨,山林草野盡沾恩。者一瓣香,奉為本山大檀越,併現前請主、諸居士等,伏願福海長流,永作皇家柱石;壽山增翠,長為佛法金湯。」復拈香云:「者一瓣香,明如日、黑如漆、冤有頭、債有主。第二次拈出、爇向爐中、專為現住海鹽縣金粟山廣慧禪寺傳曹溪正脈第三十五世費隱容大和尚,用酬法乳之恩。」遂斂衣就座。僧問:「前賢古剎久荒涼,師錫已至放毫光。錫至放光則不問,如何是普利群生一句?」師云:「杲日正當空。」進云:「恁麼則無一生可利。」師打云:「汝腳跟下作麼生?」進云:「舌頭點地。」便禮拜,師劈脊一棒,乃云:「莖草未拈,建剎已竟。片言弗措,法說熾然。且道正當恁麼時,誰是說者?誰是聽者?誰是建者?誰是住者?於此一一辯明,便見靈山一會儼然未散,福嚴古剎特地重光,人人卓立乾坤,更不周繇者也。設或未然,山僧簸箇驢脣,與汝諸人夢中說夢去也。一向與麼去,法堂前草深一丈。一向與麼來,淨地上塵堆三尺。一向與麼住,日炙風吹沒了期。一向總不與麼,業識茫茫無本據。所謂法無定相,遇緣即宗;事無一向,貴在人弘。直須向百草頭邊插得隻腳,一微塵裏著得隻眼,腳頭腳底撥開線道,有時踢踏奔蛇走虺,有時怒號驟雨旋風,有時顧鑒嘗光赫奕,有時嚏唾珠玉滿盤。法法頭頭合轍,塵塵剎剎全彰。與麼也得,不與麼也得,與麼不與麼總得。大人做處不尋嘗,語默行藏莫可量。錯腳踏翻這片地,團圞瓦礫盡生光。雖然如是,舉揚也是衲僧家嘗茶飯。且道今日開堂福國祐民一句作麼生道?日日門開崇聖德,時時渡口迎天恩。」復云:「山僧素志,本欲長棲巖谷,以遂平生。秪因夏間特來省覲金粟老人,豈料傍觀覷破驢頭馬嘴,驀鼻將來在此荒草場中打輥一番,不知日後如何結局。還有勞形苦骨臥草眠霜者,請出與山僧鼻孔相拄。」眾無語,良久云:「喜有青天嘗蓋覆,更叨雨露濕全身。」下座。
その日、大衆の招きにより上堂された。師は法座の前に進み、疏(の紙)を拈じて言われた。「ただこれこそが、邑侯解公の筆先から大いなる光明を放ち、お前たちの顔面を照らし破ったものだ。もし感じ取ることができたなら、一人ひとりの眉の端に瑞の彩りが増し、誰も彼もが足元ことごとくに風光を帯びるだろう。もしそうでなければ、表白に読み上げてもらうがよい。よいことだからこそ、みんなにも知ってもらいたいのだ。」 疏を読み終えると、師は法座を指して言われた。「向上一着は、千の聖も伝えなかったものだ。私が今ひと足踏みすれば、頂を透し底を透す。お前たち大衆は、急いでまなこを高く上げねばならないぞ。」そこで座に昇り、香を拈じて言われた。「この一弁の香を炉の中に焚き、ひたすら今上皇帝の聖寿が万歳、万々歳であらせられることを祈り延べる。謹んで願うのは、帝の徳が円かに明らかで、千の国を照らし破り一つに帰せしめ、皇風が浩々と、万物ことごとくに遍く行き渡り、それぞれが全く輝き現れることである。」次に香を拈じて言われた。「この一弁の香を、満朝の文武、郡県の尊官のために奉る。伏して願うのは、徳をもってし威をもってし、家も国も巷もすべてが頼りとするところとなり、雲のごとく雨のごとく、山林も草野もことごとく恩沢を蒙ることである。この一弁の香を、本山の大檀越ならびに現前の請主、諸居士たちのために奉る。伏して願うのは、福の海が長く流れ、永く皇家の柱石となり、寿の山が翠を増し、長く仏法の金湯となることである。」さらに香を拈じて言われた。「この一弁の香は、日のように明らかで、漆のように黒く、冤には頭があり債には主がある。二度目に拈り出し、炉の中に焚き、もっぱら現住の海塩県金粟山広慧禅寺において曹渓の正脈を伝える第三十五世、費隠容大和尚のために、法乳の恩に報いるものである。」そこで衣を敛めて座に就かれた。 僧が問うた。「前賢の古刹は久しく荒涼としておりましたが、師の錫がすでに至り毫光を放っておられます。錫が至り光を放つことは問いません。いかにか是れ普く群生を利するの一句でございましょうか。」師は言われた。「杲日まさに空に当たる。」僧が進んで言った。「それでは利すべき一生もございません。」師は打って言われた。「お前の脚跟の下はどうなっている。」僧が進んで言った。「舌頭が地に点じます。」そこで礼拝すると、師は背を劈いて一棒打ち、そこで言われた。「茎草をいまだ拈らずして、建刹すでに竟わった。片言も措かずして、法説は熾然たり。さて道い取れ、まさにそのような時、誰か是れ説く者、誰か是れ聴く者、誰か是れ建つる者、誰か是れ住する者。ここにおいて一一に弁明すれば、便ち霊山一会が厳然として未だ散ぜず、福厳古刹が特に重光し、人々が卓立して乾坤に、さらに周繇を待たぬのを見るであろう。もしあるいは未だ然らずんば、山僧は驢の唇を簸って、お前たち大衆と夢中に夢を説いてやろう。一向にそのように去れば、法堂の前は草深さ一丈。一向にそのように来れば、浄地の上は塵三尺に堆る。一向にそのように住すれば、日炙き風吹きて了る期なし。一向に総じてそのようにしなければ、業識茫茫として本拠なし。いわゆる法に定相なく、縁に遇って即ち宗とす。事に一向なく、貴は人に弘むるにあり。直に百草の頭辺に向かって一隻の脚を挿し得、一微塵の裏に一隻の眼を著け得、脚頭脚底に線道を撥開し、あるいは時として奔蛇走虺を踢踏し、あるいは時として怒号し驟雨旋風し、あるいは時として顧鑒嘗て光赫奕たり、あるいは時として嚏唾し珠玉盤に満つ。法法頭頭に轍を合せ、塵塵刹刹に全く彰わる。そのようにも得、そのようでなくても得、そのようにもそのようでなくも総じて得。大人の做処は尋常を尋ねず、語黙行蔵も量るべからず。錯って脚を踏み翻せばこの一片の地、団圞たる瓦礫ことごとく光を生ず。もっともかくの如くなるといえども、挙揚もまたこれ衲僧家の嘗茶飯である。さて道い取れ、今日開堂し福国祐民の一句をいかが道うべきか。日日門開きて崇き聖徳、時時渡口に天恩を迎う。」 さらに言われた。「山僧の素志は、もとより長く巖谷に棲み、もって平生を遂げんことを欲していた。ただ夏の間に特に来たりて金粟老人を省覲したところ、まさか傍観に驢頭馬嘴を見破られ、鼻を攫まれてこの荒草場の中に引き来られ、ひとしきり打ち転ばされるとは思わなかった。日後の結局がいかんとも知れぬ。まだ労形苦骨し草に臥し霜に眠る者がいるならば、出でて山僧と鼻孔を相拄せよ。」大衆は無語であった。しばらくあって言われた。「喜ばしいかな、青天が嘗て蓋覆し、さらに雨露を叨りて全身を湿す。」下座された。
結制上堂。師云:「撥草瞻風為求知己。轟雷掣電顯發大機。一棒趁不回頭,便是超群種草;百煉了無變色,真成剛骨衲僧。其住也,端若泰山,巨靈撼而不動。其去也,速如川流,良驥追之莫及。妙契寰中,意超物外。於此於彼,無在不在。會中脫有其人,福嚴拄杖可賴。如無,山僧聊向冰凌上畫箇牢關,與徹骨漢子共相履踐。」以拂子打圓相云:「不得向者裏屙屎放尿,亦不得離卻者裏別尋方便,不得向者裏齁鼾寱語驚群動眾,亦不得飲氣吞聲默炤邪思,不得潔白地上賣弄風月,亦不得暗裏藏身埋沒己靈,不得東卜西卜承虛接響,亦不得障蔽人天眼目、紊亂佛祖綱宗。不得論量他家杓柄長短,亦不得私販屋裏楊州。出得數種圈繢,便是灑脫真人。雖然如是,好與三十拄杖。出不得,也好與三十拄杖。且道新福嚴還有為人處也無?」良久云:「全提殺活吹毛炤,佛祖聞風也膽寒。」下座。
結制の上堂。師が言われました。「草を撥ね分けて風を瞻るのは、知己を求めるためです。雷を轟かせ電を掣くように、大機を顕発します。一棒を加えて振り向かせねば、すなわち群を超えた種草であり、百錬しても少しも色を変えねば、真に剛骨の衲僧です。その住するや、泰山のように端然として、巨霊が撼しても動じません。その去るや、川流のように速やかで、良馬が追っても及びません。妙に寰中に契合し、意は物外を超えています。ここにおいてもかしこにおいても、在ることもなく在らぬこともありません。会の中に仮にそのような人がいれば、福厳の拄杖に頼ることができます。もし居なければ、山僧はしばらく氷の上に一つの牢関を描いて、骨の髄まで徹った漢子とともに履践しあいましょう。」払子で円相を打って言われました。「ここで糞尿をしてはなりません。またここを離れて別に便宜を尋ねてもなりません。ここで齁鼾と寝言を言って群を驚かし衆を動かしてもなりません。また気を飲み声を呑んで黙って邪思を照らしてもなりません。白潔な地上で風月を売弄してもなりません。また暗裏に身を隠して己の霊を埋没してもなりません。東に卜し西に卜して虚に承け響に接してもなりません。また人天の眼目を障蔽し、仏祖の綱宗を紊乱してもなりません。他家の杓柄の長短を論量してもなりません。また私かに屋裏の揚州を販売してもなりません。この数種の圈繢を出ることができれば、すなわち灑脱の真人です。もっともそのようであっても、三十の拄杖を与えるのがよいでしょう。出ることができなければ、これまた三十の拄杖を与えるのがよいでしょう。さて言いましょう、新しい福厳にまだ人を為すところがあるかどうか。」しばらくして言われました。「全提の殺活は吹毛の如く照らし、仏祖も風を聞いて胆を寒からしめる。」下座。
元旦上堂。師云:「天無私蓋,地無私載,山無私藏,海無私納,風雷無私發,雨露無私潤。以無私祝一人,天長地久;以無私應萬物,草偃風行。十方慕道,四海歸仁。凡有血氣,莫不尊親。而我格外衲僧,如何嵩祝?」豎拂子云:「捧出無私新日月,大明千古耀乾坤。」下座。
元旦の上堂に、師はおっしゃいました。「天は私なくして覆い、地は私なくして載せ、山は私なくして蔵し、海は私なくして受け入れ、風雷は私なくして起こり、雨露は私なくして潤す。私なきをもって一人を祝えば、天は長く地は久しい。私なきをもって万物に応じれば、草は風に靡く。十方は道を慕い、四海は仁に帰す。血気あるものとして、尊び親しまぬものはない。ところで、私の格外の衲僧は、どのように嵩祝するのか。」払子を立てておっしゃいました。「私なき新たな日月を捧げ出せば、大いに千古を照らし乾坤を輝かす。」そして下座されました。
祝壽請上堂。云:「茲者本仁呂居士,請山僧陞於此座,舉揚向上一著,以慶不惑之誕。若論向上一著,千聖不傳,歷代祖師描亦不成、畫亦不就,叫山僧如何舉揚?設若舉得,未免落二落三了也。然又不可無言,聊說伽陀以遂誠意。伏惟大眾,各各靜聽。壽山歲歲青,語水年年綠,返炤本來人,法身備萬福。滿堂春爛熳,遍野花簇簇,幻化雖非真,悟為家裏物。大開胸臆包虛空,細入盆中一粒粟。百千諸佛現毫端,各為人天開眼目,同音共說妙伽陀,盡謂仁人壽堪祝。更願擴充大道心,一念遍禮無量佛,生生不離婆伽婆,世世嘗為法眷屬。我亦分身遍剎塵,塵塵已受供養足,仁者信受而奉行,自然響應如空谷。偈已說了,誕已慶也,還有不惑者,請出共相證明。」一僧拂袖而出,師云:「大好不惑。」良久云:「春風來小院,何處不光輝?」下座。
祝寿のため上堂を請われて、こう言われました。「さて、本仁呂居士が山僧をこの座に上げ、向上一着を挙揚して、不惑の誕を慶ぼうとしておられます。しかし向上一着となれば、千聖も伝えず、歴代の祖師も描けども成らず、画けども就りません。山僧がどうして挙揚できましょうか。仮に挙げ得たとしても、落二落三となってしまうでしょう。とはいえ、また無言ではいられません。しばらく伽陀を説いて、誠意を遂げたいと思います。どうか大衆の皆々、それぞれ静かに聞いてください。寿山は歳々に青く、語水は年年に緑なり。本来自分の者を照らし返せば、法身は万福を備えています。満堂の春は爛熳として、遍野の花は簇々としています。幻化は真実ではありませんが、悟れば家の中の物です。大きく胸を開けば虚空を包み、細かく入れば盆中の一粒の粟に収まります。百千の諸仏が毫端に現れ、それぞれ人と天のために眼目を開き、同じ音で共に妙なる伽陀を説き、皆が仁人の寿は祝うに堪えると言っています。さらに願わくは大道心を拡充し、一念に無量の仏を遍く礼し、生々に婆伽婆を離れず、世々に常に法の眷属とならんことを。私もまた分身して刹塵に遍ねく、塵々にすでに供養を受け足りています。仁者は信受して奉行すれば、自然に響応すること空谷のごとくです。偈はすでに説き、誕はすでに慶びました。まだ不惑ならざる者がいれば、どうか出て共に証明してください。」一人の僧が袖を払って出てきました。師は言われました。「大いに良い不惑である。」しばらくして言われました。「春風が小院に来たり、何処か光輝かざる所があろうか。」そして下座されました。
解制上堂。師云:「本自解脫,阿誰縛汝?本自清淨,何物染汝?本自圓明,昧汝不得。本自具足,缺少甚麼?是汝諸人自家底物,為甚麼不會?解結同源,縛脫無二。苟明無二,何往不利。山僧九十日前,向者裏畫箇牢關,直至今日無人跳出。猶恐遲鈍汝等,不如畫破,一任十字縱橫。」以拂子畫一畫云:「破也破也。」一僧便出,師云:「放出汝等,如龍如虎如獅如象,吒吒吵吵轟轟烈烈,舉頭撞倒須彌,動足踏翻大地,揚眉爍破虛空,開口吸盡西江。直饒佛祖當前,一棒按下。如是悟明、如是作略、如是痛快,堪為瞎驢種草,不辜親見福嚴一面。且今日功圓果滿,各各分證則不無。只如覿面收功一句作麼生道?內外中間俱踢脫,大千沙界露全身。」復云:「山僧去歲纔入崇德,程氏已獻最初之供。今日一期佛事周隆,仍備最後香齋。可為全始全終,盡善盡美。且道臨行轉身一句又作麼生道?泠泠語水催瓶缽,𩖼𩖼薰風起杖藜。」下座。
師到建寧淨慈菴,龍友陳居士誕日請上堂。僧問:「萬象之中獨露身,三玄戈甲振叢林,三通金鼓四眾集,凡聖齊禮法王身。如何是法王身?速道!速道!」師云:「金剛不壞。」僧禮拜,師云:「速道!速道!」僧擬議,師便啐,乃云:「一葉翩翩下建州,陳君此日正添籌。修齋普供金仙子,瑞氣盈門八百秋。諸人還會麼?山僧今日借路經過,未免因齋慶讚。若有就路還家、覿體歸元者,便知山僧拄杖子本命元辰落處。若知拄杖子本命元辰落處,便知山河大地、草介龍畜本命元辰落處。若知山河大地、草介龍畜本命元辰落處,便知今朝齋主陳君本命元辰落處,所謂天地同根,萬物一體。如無,山僧一發與汝諸人說破。」驀拈拄杖,卓一卓,云:「會麼?一聲雷覺三春夢,仁壽蒼蒼莫可量。」下座。
師到神光寺,請上堂。云:「返炤玅峰誰與齊?三千剎海露端倪。何緣吹到神光裏,惹得薰風一杖藜。諸人還知麼?若也知得,別峰與汝諸人相見了也。不妨滿目凝祥,一團和氣。淨佛國土,成佛子住。靈山一會,儼然未散。如未,山僧為汝諸人落草去也。神光不昧,萬古徽猷。入此門來,不存軌則。若順若逆、若佛若魔,物物圓淨、處處分輝。所謂天得此而高明,地得此而悠久,山林得此而峻秀,河海得此而競流,日月得此而朗耀,風雷得此而猛烈,禽魚得此而飛潛,草木得此而敷實。志士得此,榮宗顯祖。衲僧得此,耀後光先。悟之者,直下神通玅用,不同小小。迷之者,竟日業識茫茫,無有休息。迷悟且置。只如光未發時,無佛、無眾生,無天地等物,汝等諸人作麼生會?」良久云:「拽轉驢脣歸去也,了無話柄落人間。」下座。
師到天寧寺,請上堂。云:「金剛寶劍,截斷生死根源;生銕蒺藜,摟空無明窠臼。無明窠臼既空,盡大地是廣大解脫之門;生死根源既斷,普世間是金剛不壞之體。證其體,入斯門,便能入地不動塵、入水不動波、入火不動燄、入風不動搖。通身是地,地不礙地。通身是水,水不濕水。通身是火,火不燒火。通身是風,風不飄風。到者裏須徹證一番,便知這箇三昧。所謂說到不如見到,見到不如行到,行到不如證到,證到不如用到。五者俱到,如龍得水,如虎靠山。如獅子吼,百獸潛藏;如迅雷發,群靈咸覺。山僧如是舉揚,未審諸人還覺麼?非但我今獨達了,恒沙諸佛體皆同。茲者山僧偶到榕城天寧,耆舊虔請陞座。且道賓主互換人境交羅一句作麼生道?」良久云:「胸清一帶長流水,目富三山萬古春。」下座。
薦嚴請上堂。問:「未陞座已前覺靈度畢,陞座之後更作麼生?」師云:「未問已前荅汝了也。」進云:「幾不問過。」師拈棒,僧轉身云:「一句了然超百億。」師云:「何須門外說三車?」乃云:「茲者伯登何居士請山僧舉揚箇事,以薦令尊。若論薦拔,居士未動念時,一坐坐斷,冤親坦平、我人一致,了無生死之相,寧有去來之路?不惟一世二親已薦,至於無量劫來尊尊親親俱已薦矣。何須遠涉榕城、直入檗山,要山僧開兩片皮,說東道西以為薦拔?大似隔靴抓癢,有甚親切?雖然如是,不可有負孝念之誠,聊敘數言為慰,伏惟諦聽。百年如夢,誰知身世本來空;一念圓明,炤徹死生無二路。逍遙如出岫之雲,赤灑似騰空之日。週法界以無遺,歷古今而不昧。雲歸只在青山裏,日落依然不離天。以此用薦何居士,一超直入如來前。山僧與麼舉揚,還當得薦拔也無?」良久云:「無限風光駒過隙,枝頭黃鳥為誰啼?」下座。
隱元禪師語錄卷第四終