佛說長阿含經卷第二
仏説長阿含経 第二巻
後秦弘始年佛陀耶舍共竺佛念譯
後秦弘始年間、仏陀耶舎と竺仏念による共訳
(二)第一分遊行經第二初
(二)遊行経第二分の初め
如是我聞:
私はこのように聞きました。
一時,佛在羅閱城耆闍崛山中,與大比丘眾千二百五十人俱。
ある時、お釈迦様は王舎城の霊鷲山におられ、千二百五十人の大比丘たちと共におられました。
是時,摩竭王阿闍世欲伐跋祇,王自念言:「彼雖勇健,人眾豪強,以我取彼,未足為難。」時,阿闍世王命婆羅門大臣禹舍,而告之曰:「汝詣耆闍崛山,至世尊所,持我名字,禮世尊足,問訊世尊:『起居輕利,遊步強耶?』又白世尊:『跋祇國人自恃勇健,民眾豪強,不順伏我,我欲伐之,不審世尊何所誡勅?』若有教誡,汝善憶念,勿有遺漏,如所聞說。如來所言,終不虛妄。」
その時、マガダ国の阿闍世王は跋祇国を討伐しようと考え、心の中で思いました。「彼らは確かに勇猛で、兵も多く強いが、私が彼らを攻め取るのは、さほど難しいことではないだろう。」
そこで阿闍世王は、バラモンの大臣である禹舎を呼び、こう告げました。「そなたは耆闍崛山に行き、世尊のもとに至りなさい。そして私の名を伝え、世尊の足を礼拝し、世尊にご挨拶を申し上げよ。『ご気分は軽快で、お歩きになるのもお健やかでしょうか』と。さらに世尊にこう申し上げよ。『跋祇国の人々は、自らの勇猛さを頼みとし、民衆も多く強く、私に従おうとしません。私は彼らを討伐しようと思いますが、世尊はどのようなご教示をお与えくださいますか』と。もし何かご教えがあれば、そなたはよく覚えておき、漏らすことなく、聞いた通りに伝えなさい。如来の言葉は、決して虚しいものではありませんから。」
大臣禹舍受王教已,即乘寶車詣耆闍崛山,到所止處,下車步進,至世尊所,問訊畢,一面坐,白世尊曰:「摩竭王阿闍世稽首佛足,敬問慇懃:『起居輕利,遊步強耶?』又白世尊:『跋祇國人自恃勇健,民眾豪強,不順伏我,我欲伐之,不審世尊何所誡勅?』」
大臣ウシャは王の教えを受け、すぐに宝車に乗って耆闍崛山へ向かい、到着すると車を降りて歩き進み、世尊のもとへ至った。挨拶を済ませると、一隅に座り、世尊に申し上げた。
「マガダ国の王アジャータシャトルが、仏陀の足を礼拝し、心を込めてお尋ねします。『お体は軽快で、お歩きは健やかでしょうか』と。また世尊に申し上げます。『ヴァッジ国の人々は自らの勇猛さを頼みとし、民は強く豪胆で、私に従いません。これを討伐したいのですが、世尊はどのようなご教示をお与えになりますか』と」
爾時,阿難在世尊後執扇扇佛,佛告阿難:「汝聞跋祇國人數相集會,講議正事不?」
その時、阿難は世尊の後ろにいて扇であおぎながら仕えていた。世尊は阿難に告げられた。「お前は、跋祇国の人々が集まって正しいことを議論しているのを聞いたことがあるか?」
答曰:「聞之。」
お答えします。「聞きました。」
佛告阿難:「若能爾者,長幼和順,轉更增盛,其國久安,無能侵損。阿難!汝聞跋祇國人君臣和順,上下相敬不?」
仏は阿難に告げられた:「もしこのようにできるならば、年長者も若者も和やかで順調であり、ますます繁栄し、その国は長く安泰で、侵されることも損なわれることもない。阿難よ、あなたは跋祇国の人々が君主と臣下が和やかで順調であり、上も下も互いに敬い合っていると聞いたことがあるか?」
答曰:「聞之。」
お答えします。「聞きました。」
「阿難!若能爾者,長幼和順,轉更增盛,其國久安,無能侵損。阿難!汝聞跋祇國人奉法曉忌,不違禮度不?」
阿難よ、もしこのようにすることができれば、年長者も年少者も和やかに順調に過ごし、次第に繁栄し、その国は長く安泰で、侵されることも損なわれることもないでしょう。阿難よ、あなたは跋祇国の人々が法を尊び、禁忌を知り、礼儀や規範に背かないと聞いたことがありますか?
答曰:「聞之。」
お答えします。「聞きました。」
「阿難!若能爾者,長幼和順,轉更增盛,其國久安,無能侵損。阿難!汝聞跋祇國人孝事父母,敬順師長不?」
阿難よ、もしこのようにできれば、年長者と年少者が和やかに順じ合い、ますます繁栄し、その国は長く安泰で、侵されることも損なわれることもない。阿難よ、跋祇国の人々が父母を孝行し、師長を敬い従っていると聞いたことがあるか?
答曰:「聞之。」
お答えします。「聞きました。」
「阿難!若能爾者,長幼和順,轉更增上,其國久安,無能侵損。阿難!汝聞跋祇國人恭於宗廟,致敬鬼神不?」
阿難よ、もしこのようにできるならば、年長者も年少者も和やかで順調に、ますます向上し、その国は長く安泰で、侵されることも損なわれることもないでしょう。阿難よ、あなたは跋祇国の人々が宗廟を敬い、鬼神に敬意を表していると聞いたことがありますか?
答曰:「聞之。」
お答えします。「聞きました。」
「阿難!若能爾者,長幼和順,轉更增上,其國久安,無能侵損。阿難!汝聞跋祇國人閨門真正潔淨無穢,至於戲笑,言不及邪不?」
阿難よ、もしこのようにできるならば、年長者も年少者も和やかで調和がとれ、ますます向上し、その国は長く安泰に保たれ、侵されることも損なわれることもないでしょう。阿難よ、あなたは跋祇国の人々が家庭内でも真っ直ぐで清らかであり、汚れがなく、冗談を言うときでさえ、邪な言葉を口にしないと聞いたことがありますか?
答曰:「聞之。」
お答えします。「聞きました。」
「阿難!若能爾者,長幼和順,轉更增盛,其國久安,無能侵損。阿難!汝聞跋祇國人宗事沙門,敬持戒者,瞻視護養,未甞懈惓不?」答曰:「聞之。」
阿難よ、もしこのようにできるならば、年長者も年少者も和やかに順調に暮らし、次第に繁栄し、国は長く安泰で、侵されることも損なわれることもないでしょう。阿難よ、あなたは跋祇国の人々が沙門を尊び、戒律を守る者を敬い、見守り養い、決して怠ることがないと聞いたことがありますか?」阿難は答えた。「聞きました。」
「阿難!若能爾者,長幼和順,轉更增盛,其國久安,無能侵損。」
阿難よ、もしこのようにできるならば、年長者も年少者も和やかに順調に、ますます繁栄し、その国は長く安泰で、侵されることも損なわれることもないでしょう。
時,大臣禹舍白佛言:「彼國人民,若行一法,猶不可圖,況復具七?國事多故,今請辭還歸。」
その時、大臣の禹舍が仏陀に申し上げました。「あの国の人々は、たとえ一つの徳を実践するだけでも、とても敵うものではありません。ましてや七つの徳をすべて備えているのですから。わが国には多くの用事がありますので、どうかお許しをいただき、帰国させてください。」
佛言:「可,宜知是時。」時,禹舍即從座起,遶佛三匝,揖讓而退。
仏陀は言われた。「よろしい、今こそその時であると心得よ。」すると、禹舎はすぐに座から立ち上がり、仏陀の周りを三度巡り、礼を尽くして退いた。
其去未久,佛告阿難:「汝勅羅閱祇左右諸比丘盡集講堂。」
その者が去って間もなく、仏は阿難に告げられた:「羅閲祇の周辺にいる比丘たちを講堂に集めるよう命じなさい。」
對曰:「唯然。」即詣羅閱祇城,集諸比丘,盡會講堂,白世尊曰:「諸比丘已集,唯聖知時。」
お答えしました。「承知しました。」すぐに羅閲祇城へ行き、すべての比丘たちを集め、講堂に一同を集めて、世尊に申し上げました。「比丘たちはすでに集まりました。どうか聖なる方、時を見計らってください。」
爾時,世尊即從座起,詣法講堂,就座而坐,告諸比丘:「我當為汝說七不退法,諦聽!諦聽!善思念之。」
その時、世尊は座より立ち上がり、法講堂へと向かい、座につかれると、諸比丘たちに告げられた。 「そなたたちのために、七つの不退の法を説こう。よく聞きなさい。よく聞き、よく心に留めておきなさい。」
時,諸比丘白佛言:「唯然,世尊!願樂欲聞!」
その時、諸比丘は仏に申し上げました。「はい、世尊よ。どうかお説きください。心からお聞きしたいと願っております。」
佛告諸比丘:「七不退法者:一曰數相集會,講論正義,則長幼和順,法不可壞。二曰上下和同,敬順無違,則長幼和順,法不可壞。三曰奉法曉忌,不違制度,則長幼和順,法不可壞。四曰若有比丘力能護眾,多諸知識,宜敬事之,則長幼和順,法不可壞。五曰念護心意,孝敬為首,則長幼和順,法不可壞。六曰淨修梵行,不隨欲態,則長幼和順,法不可壞。七曰先人後己,不貪名利,則長幼和順,法不可壞。」
仏陀は比丘たちに告げられた。「不退の七つの法とは、第一に、たびたび集まって正しい教えを論じ合うこと。そうすれば、年長者も年少者も和やかで順調になり、教えは壊れることがない。第二に、上も下も心を一つにして、敬い従い、背くことがないこと。そうすれば、年長者も年少者も和やかで順調になり、教えは壊れることがない。第三に、教えを奉じ、戒めをわきまえ、定められた規則に背かないこと。そうすれば、年長者も年少者も和やかで順調になり、教えは壊れることがない。第四に、もし比丘の中に、大衆を護る力があり、多くの良き友を持つ者がいれば、敬い仕えるべきである。そうすれば、年長者も年少者も和やかで順調になり、教えは壊れることがない。第五に、心を護ることを思い、孝行と敬いを第一とすること。そうすれば、年長者も年少者も和やかで順調になり、教えは壊れることがない。第六に、清らかな梵行を修め、欲望のままに振る舞わないこと。そうすれば、年長者も年少者も和やかで順調になり、教えは壊れることがない。第七に、まず人を先にし、自分を後にする。名誉や利益に貪らないこと。そうすれば、年長者も年少者も和やかで順調になり、教
佛告比丘:「復有七法,令法增長,無有損耗。一者樂於少事,不好多為,則法增長,無有損耗。二者樂於靜默,不好多言。三者少於睡眠,無有昏昧。四者不為群黨,言無益事。五者不以無德而自稱譽。六者不與惡人而為伴黨。七者樂於山林閑靜獨處。如是比丘!則法增長,無有損耗。」
仏が比丘たちに告げられた。「さらに七つの実践があり、これを行うと教えは成長し、損なわれることはない。第一に、多くのことを好まず、少ないことを楽しむなら、教えは成長し、損なわれることはない。第二に、多くを語ることを好まず、静かな沈黙を楽しむこと。第三に、睡眠を少なくし、心を曇らせないこと。第四に、無益なことを語る仲間と群れないこと。第五に、徳のない者が自分を称賛しないこと。第六に、悪しき人々と仲間にならないこと。第七に、山林の閑静な場所で一人で過ごすことを楽しむこと。比丘たちよ、このようにすれば、教えは成長し、損なわれることはない。」
佛告比丘:「復有七法,令法增長,無有損耗。何謂為七?一者有信,信於如來、至真、正覺,十號具足。二者知慚,恥於己闕。三者知愧,羞為惡行。四者多聞,其所受持,上中下善,義味深奧,清淨無穢,梵行具足。五者精勤苦行,滅惡修善,勤習不捨。六者昔所學習,憶念不忘。七者修習智慧,知生滅法,趣賢聖要,盡諸苦本。如是七法,則法增長,無有損耗。」
仏陀は比丘たちに告げられた。「さらに七つの法がある。この法は増長し、損なわれることがない。何が七つか。第一に、信があること。如来・至真・正覚の十の称号を備えた方を信じること。第二に、慚を知ること。自らの欠点を恥じること。第三に、愧を知ること。悪い行いを恥じること。第四に、多聞であること。受け持ち行うところの、上・中・下の善が、意味深く清らかで汚れがなく、梵行を具えていること。第五に、精勤して苦行し、悪を滅ぼし善を修め、勤めて習い捨てないこと。第六に、かつて学び習ったことを、憶念して忘れないこと。第七に、智慧を修習し、生滅の法を知り、賢聖の要に趣き、すべての苦の根本を尽くすこと。このような七つの法があれば、法は増長し、損なわれることがない。」
佛告比丘:「復有七法,令法增長,無有損耗。何謂為七?一者敬佛,二者敬法,三者敬僧,四者敬戒,五者敬定,六者敬順父母,七者敬不放逸。如是七法,則法增長,無有損耗。」
仏が比丘たちに告げられた。「さらに七つの法があり、これによって教えは増長し、損なわれることがない。どのような七つか。第一に仏を敬うこと。第二に法を敬うこと。第三に僧を敬うこと。第四に戒律を敬うこと。第五に禅定を敬うこと。第六に父母に従順に敬うこと。第七に怠けずに努めることを敬うことである。このような七つの法があれば、教えは増長し、損なわれることがない。」
佛告比丘:「復有七法,則法增長,無有損耗。何謂為七法?一者觀身不淨,二者觀食不淨,三者不樂世間,四者常念死想,五者起無常想,六者無常苦想,七者苦無我想。如是七法,則法增長,無有損耗。」
お釈迦さまは比丘たちにおっしゃいました。「さらに七つの実践があれば、教えは成長し、損なわれることはありません。どのような七つでしょうか。一つは、身体が不浄であると観察すること。二つは、食べ物が不浄であると観察すること。三つは、この世のことに執着しないこと。四つは、常に死を思い描くこと。五つは、すべては無常であると考えること。六つは、無常であるものは苦であると考えること。七つは、苦であるものには実体がないと考えることです。この七つの実践があれば、教えは成長し、損なわれることはありません。」
佛告比丘:「復有七法,則法增長,無有損耗。何謂為七?一者修念覺意,閑靜無欲,出要無為。二者修法覺意。三者修精進覺意。四者修喜覺意。五者修猗覺意。六者修定覺意。七者修護覺意。如是七法,則法增長,無有損耗。」
仏陀は比丘たちに告げられた。「さらに七つの法がある。これを実践すれば、教えは増長し、損なわれることはない。どのような七つか。第一に、念覚支を修めること。静かにして欲望を離れ、束縛から解き放たれ、作為を離れること。第二に、法覚支を修めること。第三に、精進覚支を修めること。第四に、喜覚支を修めること。第五に、軽安覚支を修めること。第六に、定覚支を修めること。第七に、捨覚支を修めることである。この七つの法を実践すれば、教えは増長し、損なわれることはない。」
佛告比丘:「有六不退法,令法增長,無有損耗。何謂為六?一者身常行慈,不害眾生。二者口宣仁慈,不演惡言。三者意念慈心,不懷壞損。四者得淨利養,與眾共之,平等無二。五者持賢聖戒,無有闕漏,亦無垢穢,必定不動。六者見賢聖道,以盡苦際。如是六法,則法增長,無有損耗。」
仏陀は比丘たちに告げられた。「六つの不退の法があり、これによって教えは増長し、損なわれることがない。その六つとは何か。第一に、身体をもって常に慈しみを行い、生きとし生けるものを害さないこと。第二に、口をもって仁愛を説き、悪しき言葉を語らないこと。第三に、心に慈しみの思いを抱き、他を損なおうとする考えを抱かないこと。第四に、清らかな利養を得たら、皆と共に分かち合い、平等に差別なく与えること。第五に、聖なる戒律を保ち、欠けるところなく、穢れもなく、確固として動じないこと。第六に、聖なる道を見極め、苦の尽きる境地に至ること。この六つの法があれば、教えは増長し、損なわれることがない。」
佛告比丘:「復有六不退法,令法增長,無有損耗。一者念佛,二者念法,三者念僧,四者念戒,五者念施,六者念天。修此六念,則法增長,無有損耗。」
仏陀は比丘たちに告げられた:「さらに六つの不退の法があり、これによって教えは増長し、損なわれることがない。第一に仏を念じ、第二に法を念じ、第三に僧を念じ、第四に戒を念じ、第五に施しを念じ、第六に天を念じる。この六つの念いを修めれば、教えは増長し、損なわれることはない。」
爾時,世尊於羅閱祇隨宜住已,告阿難言:「汝等皆嚴,吾欲詣竹園。」
その時、世尊は羅閲祇に滞在し、時節に応じて過ごされた後、阿難に告げられました。「皆、準備を整えよ。我は竹園へ赴こうと思う。」
對曰:「唯然。」即嚴衣鉢,與諸大眾侍從世尊,路由摩竭,次到竹園,往堂上坐,與諸比丘說戒、定、慧。修戒獲定,得大果報;修定獲智,得大果報;修智心淨,得等解脫,盡於三漏——欲漏、有漏、無明漏。已得解脫生解脫智:生死已盡,梵行已立,所作已辦,不受後有。
「はい、かしこまりました。」と答えると、すぐに衣と鉢を整え、多くの人々と共に世尊にお仕えし、摩竭陀国を通り、竹園精舎へと向かいました。堂に上がって座ると、比丘たちに戒・定・慧について説かれました。
戒を修めれば定を得て、大きな果報が得られます。 定を修めれば智慧を得て、大きな果報が得られます。 智慧を修めれば心が清らかになり、平等なる解脱を得て、三つの煩悩──欲の煩悩、存在の煩悩、無明の煩悩──を滅尽します。
すでに解脱を得た者は解脱の智慧を生じます。 生死は尽き、清らかな行いは確立し、なすべきことは成し遂げられ、もはや後の生存を受けることはありません。
爾時,世尊於竹園隨宜住已,告阿難曰:「汝等皆嚴,當詣巴陵弗城。」
その時、世尊は竹林精舎で適宜に滞在された後、阿難に告げられました。「皆で準備を整えなさい。巴陵弗城へ向かおう。」
對曰:「唯然。」即嚴衣鉢,與諸大眾侍從世尊,路由摩竭,次到巴陵弗城,巴陵樹下坐。
お答えしました。「はい、承知いたしました。」すぐに衣と鉢を整え、多くの人々と共に世尊に従い、摩竭陀国を通り、次に巴陵弗城へと向かいました。そして、巴陵の樹の下にお座りになりました。
時,諸清信士聞佛與諸大眾遠來至此巴陵樹下,即共出城,遙見世尊在巴陵樹下,容貌端正,諸根寂定,善調第一。譬猶大龍,以水清澄,無有塵垢;三十二相、八十種好,莊嚴其身。見已歡喜,漸到佛所,頭面禮足,却坐一面。
その時、在家の信者たちは、仏陀が大勢の弟子たちと共に遠くからこのパーリンの木の下に来られたと聞き、すぐに共に町を出て、遠くから世尊がパーリンの木の下におられるのを見ました。そのお姿は端正で、諸々の感覚器官は静寂に満ち、よく調御された最高の状態でした。まるで大きな龍が、水が澄み切って塵や汚れのないように、三十二相と八十種の好相がその身を荘厳していました。それを見て喜び、次第に仏陀のもとへと近づき、頭を地面につけて足を礼拝し、一歩下がって一方に座りました。
爾時,世尊漸為說法,示教利喜,諸清信士聞佛說法,即白佛言:「我欲歸依佛、法、聖眾,唯願世尊哀愍,聽許為優婆塞,自今已後,不殺、不盜、不婬、不欺、不飲酒,奉戒不忘。明欲設供,唯願世尊與諸大眾垂愍屈顧。」
その時、世尊は次第に法を説き、教えを示し、利益と喜びを与えられました。清らかな信心を持つ人々が仏の説法を聞き、すぐに仏に申し上げました。「私たちは仏・法・聖なる僧に帰依いたしたく存じます。どうか世尊、哀れみをもってお許しください。優婆塞となることをお願いいたします。今日より後は、殺さず、盗まず、淫らな行いをせず、欺かず、酒を飲まず、戒めを守り忘れません。明日、供養を設けたいと存じます。どうか世尊と諸々の大衆が、慈悲をもってお越しくださいますようお願い申し上げます。」
爾時,世尊默然許可。諸清信士見佛默然,即從座起,遶佛三匝,作禮而歸。尋為如來起大堂舍,平治處所,掃灑燒香,嚴敷寶座。供設既辦,往白世尊:「所設已具,唯聖知時。」
その時、世尊は黙ってお許しになりました。清らかな信心を持つ在家の信者たちは、仏が黙っておられるのを見て、すぐに座から立ち上がり、仏を三度右繞し、礼拝して帰りました。
すぐに如来のために大きな堂舎を建て、場所を平らに整え、掃除して香を焚き、宝の座を厳かに敷き飾りました。供養の準備が整うと、世尊のもとへ赴いて申し上げました。
「お備えいたしました。どうか聖なる方が時をお知りになってください。」
於是,世尊即從座起,著衣持鉢,與大眾俱詣彼講堂,澡手洗足,處中而坐。時,諸比丘在左面坐,諸清信士在右面坐。爾時,世尊告諸清信士曰:「凡人犯戒,有五衰耗。何謂為五?一者求財,所願不遂。二者設有所得,日當衰耗。三者在所至處,眾所不敬。四者醜名惡聲,流聞天下。五者身壞命終,當入地獄。」又告諸清信士:「凡人持戒,有五功德。何謂為五?一者諸有所求,輙得如願。二者所有財產,增益無損。三者所往之處,眾人敬愛。四者好名善譽,周聞天下。五者身壞命終,必生天上。」
そこで、世尊はすぐに座から立ち上がり、衣をまとい、鉢を持ち、大勢の弟子たちと共にあの講堂へと向かわれました。手を洗い、足を洗い、中央に座られました。その時、比丘たちは左側に座り、清信士たちは右側に座りました。その時、世尊は清信士たちに告げられました。
「一般に人が戒律を犯すと、五つの衰耗があります。何が五つかというと、一つには財を求めても、願いが叶わないこと。二つにはたとえ何かを得たとしても、日々に衰え損なうこと。三つには行く先々で、人々から敬われないこと。四つには悪い評判や醜い名声が、天下に広まること。五つにはこの身が滅び命が終わるとき、地獄に堕ちることです。」
また、清信士たちに告げられました。
「一般に人が戒律を守ると、五つの功徳があります。何が五つかというと、一つには求めるものすべてが、願い通りに叶うこと。二つには所有する財産が、増え損なうことがないこと。三つには行く先々で、人々から敬われ愛されること。四つには良い評判や善い名声が、世に広く知れ渡ること。五つにはこの身が滅び命が終わるとき、必ず天上に生まれることです。」
時,夜已半,告諸信士,宜各還歸。諸清信士即承佛教,遶佛三匝,禮足而歸。
夜もすでに半ばを過ぎたころ、仏陀は信者たちに告げられた。 「皆さま、そろそろお帰りください」
清らかな信仰心を持つ人々は、仏陀のお言葉に従い、仏陀の周りを三度巡拝し、足元に礼拝して帰っていった。
爾時,世尊於後夜明相出時,至閑靜處,天眼清徹,見諸大天神各封宅地,中神、下神亦封宅地。是時,世尊即還講堂,就座而坐,世尊知時故問阿難:「誰造此巴陵弗城?」
その時、世尊は夜明けの光が差し始める頃、静かな場所へ行かれました。天眼が澄み渡り、多くの大天神たちがそれぞれ居宅の土地を定めているのを、また中位の神々や下位の神々も同様に土地を定めているのをご覧になりました。
そこで世尊は講堂にお戻りになり、座にお着きになりました。そして、ちょうどよい時を見計らって阿難に尋ねられました。
「誰がこのパータリプトラの町を造ったのか?」
阿難白佛:「此是禹舍大臣所造,以防禦跋祇。」
阿難は仏に申し上げました:「これは禹舎大臣が造ったもので、跋祇を防ぐためのものです。」
佛告阿難:「造此城者,正得天意,吾於後夜明相出時,至閑靜處,以天眼見諸大神天各封宅地,中、下諸神亦封宅地。阿難!當知諸大神天所封宅地,有人居者,安樂熾盛。中神所封,中人所居;下神所封,下人所居。功德多少,各隨所止。阿難!此處賢人所居,商賈所集,國法真實,無有欺罔,此城最勝,諸方所推,不可破壞。此城久後若欲壞時,必以三事:一者大水,二者大火,三者中人與外人謀,乃壞此城。」
仏は阿難に告げられた:「この城を築いた者は、まさに天の意を得た。私は夜明け前の静かな時に、閑静な場所で天眼をもって見たところ、諸々の大神天がそれぞれ住まいの地を定め、中位・下位の諸神もまた住まいの地を定めていた。阿難よ、知るがよい。諸々の大神天が定めた住まいの地には、人が住めば安楽と繁栄に満ちる。中位の神が定めた地には中位の人が住み、下位の神が定めた地には下位の人が住む。功徳の多少は、それぞれの住む場所に応じるのだ。阿難よ、この地は賢人が住み、商人たちが集い、国の法は真実であり、欺きはない。この城は最も優れ、あらゆる方角から称えられ、破壊されることはない。しかしこの城は、遠い未来に壊れる時が来れば、必ず三つの事によって壊れるだろう。一つは大水、二つは大火、三つは内部の者と外部の者が共謀することによって、この城は壊れるのである。」
時,巴陵弗諸清信士通夜供辦,時到白佛:「食具已辦,唯聖知時。」時,清信士即便施設,手自斟酌,食訖行水,別取小牀敷在佛前坐。
その時、バーラナシーの在家信者たちは一晩中食事の準備を整え、時が来ると仏陀に告げました。「食事の用意ができました。どうぞお召し上がりください。」信者たちはすぐに席を設け、自ら給仕をしました。食事が終わり、水で口をすすいだ後、小さな座布団を仏陀の前に敷いて座りました。
爾時,世尊即示之曰:「今汝此處賢智所居,多持戒者,淨修梵行,善神歡喜。」即為呪願:「可敬知敬,可事知事,博施兼愛,有慈愍心,諸天所稱,常與善俱,不與惡會。」
その時、世尊は彼らに示して言われました。
「ここは賢者が住み、戒律を守る者が多く、清らかな修行をし、善き神々が喜ぶ場所です」
そして祝福の言葉を授けられました。
「敬うべき者を敬い、仕えるべき者に仕え、広く施し、慈しみの心を持ちなさい。天に称えられ、常に善と共にあり、悪と交わることのないように」
爾時,世尊為說法已,即從座起,大眾圍遶,侍送而還。大臣禹舍從佛後行,時,作是念:「今沙門瞿曇出此城門,即名此門為瞿曇門。又觀如來所渡河處,即名此處為瞿曇河。」爾時,世尊出巴陵弗城,至于水邊,時,水岸上人民眾多,中有乘船渡者,或有乘筏,或有乘桴而渡河者。爾時,世尊與諸大眾,譬如力士屈伸臂頃,忽至彼岸。世尊觀此義已,即說頌曰:
その時、世尊は説法を終えられ、座より立ち上がられた。大勢の弟子たちが周りを取り囲み、お供をして帰途につかれた。大臣の禹舎は仏の後ろについて歩きながら、このように思った。
「今、沙門瞿曇がこの城門を出られたのだから、この門を瞿曇門と名付けよう。また、如来が渡られた川の場所を、瞿曇河と呼ぶことにしよう」
さて、世尊は巴陵弗城を出て、川のほとりに着かれた。その時、川岸には多くの人々がおり、中には船で渡る者もいれば、いかだや丸木舟で川を渡る者もいた。
その時、世尊は大勢の弟子たちと共に、まるで力士が腕を伸ばすかのように、あっという間に彼岸へと渡られた。世尊はこの様子をご覧になり、次の偈を説かれた。
「佛為海船師,法橋渡河津;
大乘道之輿,一切渡天人。
亦為自解結,渡岸得昇仙;
都使諸弟子,縛解得涅槃。」
仏は海の船師のごとく、法は橋となって川を渡す。 大乗の道は車となり、すべての天人を渡し救う。 自らの迷いを解き、彼岸に至って仙人となる。 すべての弟子たちを縛りから解き放ち、涅槃へと導く。
爾時,世尊從跋祇遊行至拘利村,在一林下告諸比丘:「有四深法:一曰聖戒,二曰聖定,三曰聖慧,四曰聖解脫。此法微妙,難可解知,我及汝等,不曉了故,久在生死,流轉無窮。」爾時,世尊觀此義已,即說頌曰:
その時、世尊は跋祇の地から遊行して拘利村に至り、一つの林の下で比丘たちに告げられた。
「四つの深遠なる法がある。第一は聖なる戒、第二は聖なる定、第三は聖なる慧、第四は聖なる解脱である。この法は微妙で、理解し難く、私もあなた方もこれをはっきりと知らなかったために、長く生死の中にあって、果てしなく流転してきたのだ。」
その時、世尊はこの意義を観じて、すぐに偈を説かれた。
「戒、定、慧解上,唯佛能分別;
離苦而化彼,令斷生死習。」
戒めと禅定と智慧の奥義は、ただ仏のみが完全に理解できる。 苦しみを離れ、人々を導き、生死の迷いを断ち切らせる。
爾時,世尊於拘利村隨宜住已、告阿難俱詣那陀村。阿難受教,即著衣持鉢,與大眾俱侍從世尊,路由跋祇,到那陀村,止揵椎處。
その時、世尊は拘利村に滞在された後、阿難に告げて那陀村へ共に向かわれた。阿難は教えを受け、衣をまとって鉢を持ち、大勢の僧たちと共に世尊に従い、跋祇を通って那陀村に到着し、揵椎の場所に留まられた。
爾時,阿難在閑靜處,默自思惟:「此那陀村十二居士:一名伽伽羅,二名伽陵伽,三名毘伽陀,四名伽利輸,五名遮樓,六名婆耶樓,七名婆頭樓,八名藪婆頭樓,九名陀梨舍㝹,十名藪達利舍㝹,十一名耶輸,十二名耶輸多樓。此諸人等,今者命終,為生何處?復有五十人命終,又復有五百人命終,斯生何處?」作是念已,從靜處起至世尊所,頭面禮足,在一面坐,白佛言:「世尊!我向靜處,默自思惟:『此那陀村十二居士伽伽羅等命終,復有五十人命終,又有五百人命終,斯生何處?』唯願解說。」
その時、阿難は静かな場所で、黙って考えていた。 「この那陀村の十二人の居士たち―― 第一に伽伽羅、第二に伽陵伽、第三に毘伽陀、第四に伽利輸、 第五に遮樓、第六に婆耶樓、第七に婆頭樓、第八に藪婆頭樓、 第九に陀梨舍㝹、第十に藪達利舍㝹、 第十一に耶輸、第十二に耶輸多樓。 これらの人々は今、命を終えられたが、どこに生まれたのだろうか。 また、五十人の人々が命を終え、さらに五百人の人々も命を終えた。 彼らはどこに生まれたのだろうか」
このように考えた後、阿難は静かな場所から立ち上がり、 世尊のもとへ赴き、頭面礼足して、傍らに座り、世尊に申し上げた。 「世尊よ、私は先ほど静かな場所で、黙って考えておりました。 『この那陀村の十二人の居士、伽伽羅らが命を終えられ、 さらに五十人の人々が命を終え、また五百人の人々も命を終えた。 彼らはどこに生まれたのだろうか』と。 どうか、そのことをお説きください」
佛告阿難:「伽伽羅等十二人,斷五下分結,命終生天,於彼即般涅槃,不復還此。五十人命終者,斷除三結,婬、怒、癡薄,得斯陀含,還來此世,盡於苦本。五百人命終者,斷除三結,得須陀洹,不墮惡趣,必定成道,往來七生,盡於苦際。阿難!夫生有死,自世之常,此何足恠?若一一人死,來問我者,非擾亂耶?」
仏は阿難に告げられた:「ガガラら十二人は、五下分結を断じ、命終えて天に生まれ、その地において即ち涅槃に入り、再びこの世に還ることはない。五十人の命終える者は、三結を断除し、貪り・怒り・愚かさが薄らいで、斯陀含を得、この世に還り来て、苦の根源を尽くす。五百人の命終える者は、三結を断除し、須陀洹を得、悪趣に堕ちず、必ず道を成じ、七度の生死を往来して、苦の果てを尽くす。阿難よ、生あるものには死がある、これは世の常である。何ら怪しむに足りない。もし一人一人が死ぬたびに、私のもとに尋ねてくるなら、それはかえって煩わしいことではないか?」
阿難答曰:「信爾,世尊!實是擾亂。」
阿難は答えました。「はい、世尊。確かに、それは混乱を引き起こしています。」
佛告阿難:「今當為汝說於法鏡,使聖弟子知所生處。三惡道盡,得須陀洹,不過七生,必盡苦際,亦能為他說如是事。阿難!法鏡者,謂聖弟子得不壞信,歡喜信佛、如來、無所著、等正覺,十號具足。歡喜信法:真正微妙,自恣所說,無有時節,示涅槃道,智者所行。歡喜信僧,善共和同,所行質直,無有䛕諂,道果成就,上下和順,法身具足。向須陀洹、得須陀洹,向斯陀含、得斯陀含,向阿那含、得阿那含,向阿羅漢、得阿羅漢,四雙八輩,是謂如來賢聖之眾,甚可恭敬,世之福田。信賢聖戒:清淨無穢,無有缺漏,明哲所行,獲三昧定。阿難!是為法鏡,使聖弟子知所生處,三惡道盡,得須陀洹,不過七生,必盡苦際,亦能為他說如是事。」
仏が阿難に告げられた。「今、汝のために法鏡について説こう。聖なる弟子たちが生まれるべき場所を知り、三悪道を尽くし、須陀洹果を得て、七生を超えずに必ず苦の果てを尽くし、また他の者にこのようなことを説くことができるようにするためである。阿難よ、法鏡とは、聖なる弟子が不壊の信を得て、喜びをもって仏を信じることである。如来・無所著・等正覚として十の称号を具えられた方を。喜びをもって法を信じることである。真実で微妙であり、自ら説かれたところの、時節を設けず、涅槃の道を示し、智者が行うべきものであることを。喜びをもって僧を信じることである。善く和合し同調し、行いは質直で諂いなく、道果を成就し、上下和順で、法身を具えていることを。須陀洹に向かう者、須陀洹果を得た者、斯陀含に向かう者、斯陀含果を得た者、阿那含に向かう者、阿那含果を得た者、阿羅漢に向かう者、阿羅漢果を得た者、この四双八輩こそが、如来の賢聖の衆であり、甚だ恭敬すべき、世の福田である。賢聖の戒を信じることである。清浄で穢れがなく、欠け漏れがなく、明哲が行うところの、三昧の定を得るものである。阿難よ、これが法鏡である。聖なる弟子たちが生まれるべき場所を知り、三悪道を尽くし、須陀洹果を得て、七生を超えずに必ず苦の果てを尽くし、また他の者にこのようなことを説くことができるようにするのである。」
爾時,世尊隨宜住已,告阿難俱詣毘舍離國。即受教行,著衣持鉢,與大眾俱侍從世尊,路由跋祇,到毘舍離,坐一樹下。有一婬女,名菴婆婆梨,聞佛將諸弟子來至毘舍離,坐一樹下,即嚴駕寶車,欲往詣佛所禮拜供養。未至之間,遙見世尊顏貌端正,諸根特異,相好備足,如星中月。見已歡喜,下車步進,漸至佛所,頭面禮足,却坐一面。
その時、世尊はしばらく滞在された後、阿難に告げて、ともに毘舎離国へ向かわれた。阿難は教えに従い、衣をまとい鉢を持ち、大勢の弟子たちとともに世尊に従い、跋祇を通って毘舎離に到着し、一本の木の下に座られた。
そこに、菴婆婆梨という名の遊女がいた。彼女は、仏が弟子たちを連れて毘舎離に来られ、木の下に座っておられることを聞き、すぐに宝飾の車を整え、仏のもとへ礼拝供養に赴こうとした。まだ到着しないうちに、遠くから世尊の端正な顔立ち、際立って優れた諸根、満ち足りた相好が、星々の中の月のように輝いているのを見た。それを見て歓喜し、車を降りて歩みを進め、次第に仏のもとに近づき、頭を地につけて足を礼拝し、一歩退いて一方に座った。
爾時,世尊漸為說法,示教利喜。聞佛所說,發歡喜心,即白佛言:「從今日始,歸依三尊,唯願聽許於正法中為優婆夷,盡此形壽,不殺、不盜、不邪婬、不妄語、不飲酒。」又白佛言:「唯願世尊及諸弟子明受我請,即於今暮止宿我園。」爾時,世尊默然受之。女見佛默然許可,即從座起,頭面禮足,遶佛而歸。
その時、世尊は次第に法を説き、教えを示し、利益と喜びを与えられました。仏の説かれたことを聞き、歓喜の心を起こした彼女は、すぐに仏に申し上げました。
「今日より、三宝に帰依いたします。どうかお許しくださいまして、正しい法の中で優婆夷とならせていただきます。この身命が尽きるまで、殺さず、盗まず、邪淫せず、嘘をつかず、酒を飲みません。」
さらに申し上げました。
「どうか世尊と諸弟子の方々、私の招待をお受けください。今晩、私の園にお泊まりいただけますよう。」
その時、世尊は黙ってこれを受け入れられました。女は仏が黙って許可されたのを見て、座から立ち上がり、頭を地に付けて足を礼拝し、仏を右繞して帰って行きました。
其去未久,佛告阿難:「當與汝等詣彼園觀。」
彼らが去って間もなく、仏は阿難に告げられた:「さあ、共にあの園へ行って見よう。」
對曰:「唯然。」佛即從座起,攝持衣鉢,與眾弟子千二百五十人俱詣彼園。
お答え申し上げました。「かしこまりました。」そこで仏陀は座より立ち上がり、衣と鉢を整え、千二百五十人の弟子たちと共にその園へと向かわれました。
時,毘舍離諸隷車輩,聞佛在菴婆婆梨園中止住,即便嚴駕五色寶車,或乘青車青馬,衣、蓋、幢幡、官屬皆青,五色車馬,皆亦如是。時,五百隷車服色盡同,欲往詣佛,菴婆婆梨辭佛還家,中路逢諸隷車。時,車行𩣺疾,與彼寶車共相鈎撥,損折幢蓋而不避道,隷車責曰:「汝恃何勢,行不避道,衝撥我車,損折麾葢?」
その時、ヴァイシャリーの多くのリッチャヴァ族の人々が、仏陀がアンバパーリーの園林に滞在していると聞き、すぐに五色の宝飾を施した車を整えました。ある者は青い車に青い馬を乗せ、衣服や傘蓋、旗幡、従者たちもすべて青色にし、他の四色の車馬も同様に整えました。その時、五百人のリッチャヴァ族は服装や車の色をすべて揃え、仏陀のもとへ参詣しようとしていました。一方、アンバパーリーは仏陀に別れを告げて家路につき、途中でこれらのリッチャヴァ族一行に出会いました。車の行く手は急で、彼らの宝飾の車と互いに絡み合い、旗や傘蓋を損傷させても道を譲ろうとしませんでした。リッチャヴァ族は彼女を責めて言いました。「お前は何の権勢を頼みに、道を譲らずに進み、我々の車に衝突し、旗や傘蓋を損傷させるのか?」
報曰:「諸貴!我已請佛明日設食,歸家供辦,是以行速,無容相避。」
彼らに答えました。「皆さん、私は明日、仏陀様に食事をお供えするようお招きしました。今から家に戻って準備を整えなければなりません。急いでいますので、お許しください。」
諸隷車即語女曰:「且置汝請,當先與我,我當與汝百千兩金?」
その従者たちはすぐに彼女に言いました。「まずあなたの願いは置いておいて、先に私たちに与えなさい。そうすれば、私たちはあなたに百千両の金を与えよう。」
女尋答曰:「先請已定,不得相與。」
女はすぐに答えました。「先に約束したことはすでに決まっており、お互いに与えることはできません。」
時,諸隷車又語女曰:「我更與汝十六倍百千兩金,必使我先?」
その時、諸隷車はまた女に言いました。「私はさらにあなたに十六倍の百千両の金を与えますから、必ず私を先にさせてください。」
女猶不肯:「我請已定,不可爾也。」
女はなおも承知せず、「私の願いはすでに定まっています。そうはできません」と言った。
時,諸隷車又語女曰:「我今與爾中分國財,可先與我?」
その時、諸隷車はまた女に言いました。「今、私はあなたと国の財産を半分に分けましょう。まず私に与えてくれませんか?」
女又報曰:「設使舉國財寶,我猶不取;所以然者,佛住我園,先受我請,此事已了,終不相與。」
女はまた答えました。「たとえ国中の財宝を差し出しても、私は決して受け取りません。なぜかといえば、仏は私の園に住んで、先に私の招きをお受けになったのです。このことはすでに決まったことであり、決して他人にお譲りすることはありません。」
諸隷車等各振手歎咤:「今由斯女闕我初福。」即便前進徑詣彼園。
諸々の従者たちは、それぞれ手を振り嘆息し、「今、この女のせいで、私たちの最初の福徳が欠けてしまった」と言いました。そしてすぐに前進し、まっすぐにその園に向かいました。
爾時,世尊遙見五百隷車,車馬數萬,填道而來,告諸比丘:「汝等欲知忉利諸天遊戲園觀,威儀容飾,與此無異。汝等比丘!當自攝心,具諸威儀。云何比丘自攝其心?於是比丘內身身觀,精勤不懈,憶念不忘,捨世貪憂;外身身觀,精勤不懈,憶念不忘,捨世貪憂;內外身觀,精勤不懈,捨世貪憂。受、意、法觀,亦復如是。云何比丘具諸威儀?於是比丘可行知行,可止知止,左右顧視,屈伸俯仰,攝持衣鉢,食飲湯藥,不失宜則,善設方便,除去蔭蓋,行住坐臥,覺寤語默,攝心不亂,是謂比丘具諸威儀。」
その時、世尊は遠くから五百台の立派な車と数万の馬が道を埋め尽くして近づいてくるのをご覧になり、比丘たちに告げられました。
「あなたたちは、忉利天の諸天が遊園で楽しむ時の威儀や装いを知りたいか。あれとこれとは変わらないものだ。比丘たちよ、自らの心を整え、威儀を備えなさい。
どうすれば比丘は自らの心を整えることができるか。比丘は内なる身体を身体として観察し、精進して怠らず、念いを忘れず、世の貪りや憂いを捨てる。外なる身体を身体として観察し、精進して怠らず、念いを忘れず、世の貪りや憂いを捨てる。内と外の身体を観察し、精進して怠らず、世の貪りや憂いを捨てる。受(感受)、意(心)、法(現象)についての観察も、同じように行いなさい。
どうすれば比丘は威儀を備えることができるか。比丘は歩くべき時には歩くことを知り、止まるべき時には止まることを知る。左右を見回し、屈伸し、俯仰する。衣と鉢を正しく保ち、飲食や湯薬を摂るにも適切な作法を失わない。巧みに工夫して煩悩の覆いを取り除き、行くにも住むにも、坐するにも臥すにも、目覚めている時も語る時も黙する時も、心を乱さずに保つ。これを比丘が威儀を備えているというのである。」
爾時,五百隷車往至菴婆婆梨園,欲到佛所,下車步進,頭面禮足,却坐一面。如來在座,光相獨顯,蔽諸大眾,譬如秋月,又如天地清明,淨無塵翳,日在虛空,光明獨照。爾時,五百隷車圍遶侍坐,佛於眾中,光相獨明。是時,坐中有一梵志名曰并𩞚,即從座起,偏袒右臂,右膝著地,叉手向佛,以偈讚曰:
その時、五百人のリッチャ族の人々がアンバパーリの園へと向かい、仏陀のもとに到着しました。車から降りて歩み進み、頭を地につけて足を礼拝し、一かたわらに座りました。如来が座っていると、その光の相がひときわ輝き、すべての大衆を覆い隠しました。まるで秋の月のようであり、また天地が清らかに澄み渡り、塵ひとつなく、太陽が虚空にあり、光が独り照らしているかのようでした。その時、五百人のリッチャ族の人々が周りを取り囲んで座に侍し、仏陀は大衆の中にあって、その光の相が独り輝いていました。その時、座の中にバラモンでビンガという名の者がおり、すぐに座から立ち上がり、右肩を袒ぎ、右膝を地につけ、手を合わせて仏陀に向かい、偈をもって讃嘆して言いました:
「摩竭鴦伽王,為快得善利,
身被寶珠鎧,世尊出其土。
威德動三千,名顯如雪山,
如蓮花開敷,香氣甚微妙。
今覩佛光明,如日之初出,
如月遊虛空,無有諸雲翳。
世尊亦如是,光照於世間,
觀如來智慧,猶闇覩錠鐐,
施眾以明眼,決了諸疑惑。」
摩竭陀と鴦伽の王は、大いなる善き利益を得て喜びに満ち、 宝珠の鎧を身にまとう世尊がその国より現れ給うた。 威徳は三千世界を揺るがし、その名声は雪山のように輝き、 蓮の花が開くがごとく、その香気は極めて微妙である。 今、仏の光明を仰ぐは、朝日が昇るが如く、 虚空を巡る月のごとく、雲や翳ひとつない。 世尊もまたかくの如く、世を照らし給う。 如来の智慧を観るは、暗闇に灯明を目にするが如く、 すべての者に明らかな眼を与え、あらゆる疑いを断ち切る。
時,五百隷車聞此偈已,復告并𩞚:「汝可重說。」
その時、五百人のリッチャ族はこの偈を聞くと、再びビンビサーラに告げました:「もう一度お話しください。」
爾時,并𩞚即於佛前再三重說。時,五百隷車聞重說偈已,各脫寶衣,以施并𩞚,并𩞚即以寶衣奉上如來,佛愍彼故,即為納受。
その時、并𩞚はすぐに仏の前で、三度にわたって重ねて偈を唱えました。すると、五百人の隷車(リッチャ)がその重ねて唱えられた偈を聞き、それぞれ宝の衣を脱いで并𩞚に施しました。并𩞚はその宝の衣をすぐに如来に奉げました。仏は彼らを憐れんで、すぐに受け入れられました。
爾時,世尊告毘舍離諸隷車曰:「世有五寶甚為難得。何等為五?一者如來、至真出現於世,甚為難得。二者如來正法能演說者,此人難得。三者如來演法能信解者,此人難得。四者如來演法能成就者,此人難得。五者嶮危救厄知反復者,此人難得。是謂五寶為難得也。」
その時、世尊はヴァイシャリーの諸隷車たちに告げられた。 「世の中に五つの宝があり、これらは非常に得難いものである。 どのような五つかというと。 第一に、如来・至真が世に現れることは、非常に得難いことである。 第二に、如来の正しい教えを説くことができる人は、得難い人である。 第三に、如来の説かれた教えを信じ理解できる人は、得難い人である。 第四に、如来の説かれた教えを実践し成就できる人は、得難い人である。 第五に、危険な状況で人を救い、恩を忘れない人は、得難い人である。 これらを五つの宝であり、得難いものというのである。」
時,五百隷車聞佛示教利喜已,即白佛言:「唯願世尊及諸弟子明受我請!」
その時、五百人のリッチャ族の人々は、仏陀の教えを聞いて喜びに満ち、すぐに仏陀に申し上げました。「どうか世尊と弟子の皆様、どうか私たちの招待をお受けください!」
佛告隷車:「卿已請我,我今便為得供養已,菴婆婆梨女先已請訖。」
仏は隷車に告げられた。「あなたはすでに私を招待してくれましたが、今、私は供養を受けることになります。菴婆婆梨女が先に招待してくれているからです。」
時,五百隷車聞菴婆婆梨女已先請佛,各振手而言:「吾欲供養如來,而今此女已奪我先。」即從座起,頭面禮佛,遶佛三匝,各自還歸。
その時、五百人のリッチャ族の人々は、アンバパーリー女が先に仏陀を供養に招いたと聞くと、それぞれ手を振り上げて言いました。「私たちも如来を供養したいのに、この女が先を越してしまった。」そして彼らは座から立ち上がり、仏陀の足に頭を地につけて礼拝し、三度右繞して、それぞれ自分の住処に帰っていきました。
時,菴婆婆梨女即於其夜種種供辦,明日時到,世尊即與千二百五十比丘整衣持鉢,前後圍遶,詣彼請所,就座而坐。時,菴婆婆梨女即設上饌,供佛及僧。食訖去鉢,并除机案。時,女手執金瓶,行澡水畢,前白佛言:「此毘耶離城所有園觀,我園最勝,今以此園貢上如來,哀愍我故,願垂納受。」
その時、庵婆婆梨女はその夜のうちにさまざまな供養の準備を整えた。翌朝、時が来ると、世尊は千二百五十人の比丘たちとともに衣を整え鉢を持ち、前後に取り囲まれて、招待された場所へと向かい、座に着かれた。庵婆婆梨女はすぐに最上の食事を供え、仏と僧たちに供養した。食事が終わり鉢を下げ、机も片づけると、女は金の水瓶を手に取り、水で手を清める作法を終えてから、仏の前に進み出て言った。「この毘耶離城にあるすべての園林の中で、私の園が最も優れています。今、この園を如来に献上いたします。どうか私を哀れみ、お受け取りくださいますよう。」
佛告女曰:「汝可以此園施佛為首及招提僧。所以然者?如來所有園林、房舍、衣鉢六物,正使諸魔、釋、梵、大神力天,無有能堪受此供者。」時,女受教,即以此園施佛為首及招提僧。佛愍彼故,即為受之,而說偈言:
仏は女に告げられた:「あなたはこの園を、仏をはじめとする招提僧に施すことができる。なぜならば、如来の所有する園林・房舎・衣鉢などの六物は、たとえ諸魔・帝釈天・梵天・大神力天であっても、この供養を受けるにふさわしい者はないからである。」その時、女は教えを受け入れ、ただちにこの園を仏をはじめとする招提僧に施した。仏は彼女を哀れみ、その供養を受け入れ、偈を説かれた:
「起塔立精舍,園果施清涼;
橋船以渡人,曠野施水草。
及以堂閣施,其福日夜增;
戒具清淨者,彼必到善方。」
塔を建て精舎を立て、庭園の果実で清涼を施し、 橋や船で人を渡し、広野に水と草を施す。 また堂閣を施すならば、その福は日夜に増し、 戒を具えて清らかな者は、必ず善き方へと至るでしょう。
時,菴婆婆梨女取一小牀於佛前坐,佛漸為說法,示教利喜:施論、戒論、生天之論,欲為大患,穢汙不淨,上漏為礙,出要為上。爾時,世尊知彼女意柔軟和悅,蔭蓋微薄,易可開化,如諸佛法,即為彼女說苦聖諦,苦集、苦滅、苦出要諦。
その時、菴婆婆梨女は小さな腰掛けを取って、仏陀の前に座りました。仏陀は次第に彼女のために説法を始め、教えを示し、利益と喜びを与えました。布施の論、戒律の論、天に生まれるための論を説き、欲望は大きな災いであり、穢れていて清らかでなく、上からの漏れが妨げとなり、出離こそが最上の道であると示されました。
その時、世尊は彼女の心が柔らかく和らいでおり、覆いが薄く、容易に教化できることをご存知になり、諸仏の法に従って、彼女のために苦の聖諦、苦の集まり、苦の滅び、苦からの出離の真実を説かれました。
時,菴婆婆梨女信心清淨,譬如淨潔白氈易為受色,即於座上遠塵離垢,諸法法眼生,見法得法,決定正住,不墮惡道,成就無畏,而白佛言:「我今歸依佛,歸依法,歸依僧。」如是再三。「唯願如來聽我於正法中為優婆夷!自今已後,盡壽不殺、不盜、不邪婬、不欺、不飲酒。」時,彼女從佛受五戒已,捨本所習,穢垢消除,即從座起,禮佛而去。
その時、菴婆婆梨女の信心は清らかで、まるで清潔な白い布が色を染めやすいように、座に着いたまま塵や垢を遠ざけ、諸法の法眼が生じ、法を見て法を得て、確固たる正しい境地に住し、悪道に堕ちることなく、畏れなき境地を成就しました。そして仏に申し上げました:「私は今、仏に帰依し、法に帰依し、僧に帰依いたします。」こうして三度繰り返しました。「どうか如来さま、私を正法の中で優婆夷としてお許しください!今日から命ある限り、殺さず、盗まず、邪淫せず、嘘をつかず、酒を飲みません。」その時、彼女は仏から五戒を受け終えると、以前の習慣を捨て、穢れや垢が消え去り、すぐに座から立ち上がり、仏に礼拝して去っていきました。
爾時,世尊於毘舍離,隨宜住已,告阿難言:「汝等皆嚴,吾欲詣竹林叢。」
その時、世尊はヴァイシャーリーにしばらく滞在された後、阿難にこうおっしゃいました。
「皆、準備を整えなさい。竹林精舎へ行こうと思う。」
對曰:「唯然。」即嚴衣鉢,與大眾侍從世尊,路由跋祇,至彼竹林。
お答え申し上げました。「かしこまりました。」すぐに衣と鉢を整え、大衆と共に世尊に従い、跋祇の道を通って、かの竹林に至りました。
時,有婆羅門名毘沙陀耶,聞佛與諸大眾詣此竹林,默自思念:「此沙門瞿曇,名德流布,聞於四方,十號具足,於諸天、釋、梵、魔、若魔、天、沙門、婆羅門中,自身作證,為他說法,上中下言,皆悉真正,義味深奧,梵行具足。如此真人,宜往瞻覩。」
その時、毘沙陀耶という名のバラモンが、仏陀が大勢の弟子たちと共にこの竹林に来られたと聞き、心の中でこう考えました。
「この沙門ゴータマは、名声と徳が四方に広まり、十の称号を備え、天、帝釈天、梵天、魔、あるいは魔天、沙門、バラモンの中にあって、自ら悟りを証し、他者に教えを説かれている。その言葉は上中下を問わず、すべて真実であり、その意味は深遠で、清らかな行いを完全に実践されている。このような真実の人に、ぜひお会いしたいものだ。」
時,婆羅門出於竹叢,往詣世尊,問訊訖,一面坐,世尊漸為說法,示教利喜。婆羅門聞已歡喜,即請世尊及諸大眾明日舍食。時,佛默然受請。婆羅門知已許可,即從座起,遶佛而歸。即於其夜,供設飲食。明日時到,唯聖知時。
時、婆羅門は竹藪から出て、世尊のもとに赴き、挨拶を交わすと、傍らに座った。世尊は次第に法を説き、教えを示し、利益と喜びを与えられた。婆羅門はそれを聞いて喜び、直ちに世尊と大勢の僧たちに、明日の食事を供養するよう請うた。その時、仏は黙って受け入れられた。婆羅門はそれが許可されたことを知り、座から立ち上がり、仏を右繞して帰っていった。そしてその夜、食事の準備を整えた。翌日、時が来た。聖者だけが知るその時が。
爾時,世尊著衣持鉢,大眾圍遶往詣彼舍,就座而坐。時,婆羅門設種種甘饌,供佛及僧。食訖去鉢,行澡水畢,取一小牀於佛前坐。爾時,世尊為婆羅門而作頌曰:
その時、世尊は衣をまとい鉢を持ち、大勢の弟子たちに囲まれてその家に向かわれた。そして座に着かれた。その時、婆羅門は様々な美味しい食べ物を用意し、仏陀と僧侶たちに供養した。食事が終わり鉢が下げられ、手を洗う水が行き渡った後、婆羅門は小さな座具を取って仏陀の前に座った。その時、世尊は婆羅門のために次の偈を説かれた。
「若以飲食,衣服臥具,
施持戒人,則獲大果。
此為真伴,終始相隨,
所至到處,如影隨形。
是故種善,為後世粮,
福為根基,眾生以安。
福為天護,行不危嶮,
生不遭難,死則上天。」
もし飲食や衣服、寝具などを 戒律を守る人に施せば、 大きな果報を得るでしょう。
この福徳は真の伴侶となり、 終始あなたに付き従い、 行く先々で影が形に添うように寄り添います。
だから善い行いを種とし、 来世の糧としなさい。 福徳はすべての基盤であり、 それによって生きとし生けるものは安らぎを得ます。
福徳は天の加護となり、 行く道に危険はなく、 生きている間に災難に遭うこともなく、 死ねば天上界に生まれ変わります。
爾時,世尊為婆羅門說微妙法,示教利喜已,從座而去。于時彼土穀貴飢饉,乞求難得,佛告阿難:「勅此國內現諸比丘盡集講堂。」
その時、世尊は婆羅門のために微妙な法を説き、教えを示して喜びを与えられた後、座を立って去られた。その頃、その土地では穀物が高く飢饉が起こり、乞食(托鉢)が難しくなっていた。そこで仏は阿難に告げられた:「この国内にいるすべての比丘を講堂に集めるように命じなさい。」
對曰:「唯然。」即承教旨,宣令遠近普集講堂。
お答えしました。「はい、承知いたしました。」すぐにご指示を受け、遠近に布告して講堂に広く集まるよう命じました。
是時,國內大眾皆集,阿難白佛言:「大眾已集,唯聖知時。」
その時、国中の多くの人々が集まりました。阿難は仏に申し上げました。「大衆はすでに集まっております。どうか聖なる方、時をお示しください。」
爾時,世尊即從座起,詣於講堂,就座而坐,告諸比丘:「此土飢饉,乞求難得,汝等宜各分部,隨所知識,詣毘舍離及越祇國,於彼安居,可以無乏。吾獨與阿難於此安居。所以然者?恐有短乏。」是時,諸比丘受教即行,佛與阿難獨留。
その時、世尊は座から立ち上がり、講堂へと向かい、座につかれて比丘たちに告げられた。
「この土地は飢饉で、托鉢も難しい。そなたたちはそれぞれに分かれ、知り合いを頼って、ヴァイシャーリーやヴリジ国へ赴き、そこで安居を過ごすがよい。そうすれば困ることはあるまい。私はただ阿難とともに、ここで安居を過ごす。その理由は、不足が生じる恐れがあるからである。」
かくして、比丘たちは教えを受けてすぐに出発し、仏陀と阿難だけが残された。
於後夏安居中,佛身疾生,舉體皆痛,佛自念言:「我今疾生,舉身痛甚,而諸弟子悉皆不在,若取涅槃,則非我宜,今當精勤自力以留壽命。」
その後の雨安居の期間に、仏陀の身体に病が生じ、全身が痛みに包まれました。仏陀はご自身でこう思われました。「今、私は病に侵され、全身が激しく痛んでいる。しかし、弟子たちは皆、ここにはいない。もし今、涅槃に入れば、それはふさわしくない。今は精進して自らの力で寿命を保とう。」
爾時,世尊於靜室出,坐清涼處。阿難見已,速疾往詣,而白佛言:「今觀尊顏,疾如有損。」
その時、世尊は静かな部屋から出て、涼しい場所にお座りになりました。阿難はそれを見ると、急いでお側に参り、こう申し上げました。「今、尊いお顔を拝見しますと、少しお疲れのようでございます。」
阿難又言:「世尊有疾,我心惶懼,憂結荒迷,不識方面,氣息未絕,猶少醒悟。默思:『如來未即滅度,世眼未滅,大法未損,何故今者不有教令於眾弟子乎?』」
阿難はまた申し上げました。「世尊が病に伏せられたことで、私の心は恐れと不安に駆られ、悲しみの思いが入り乱れて、方角さえも見失うほどです。まだお息が絶えておられず、わずかながら意識も戻られた今、私は静かに考えました。『如来はまだすぐには滅度なさらず、世の眼であるお方が消え去り、大いなる教えが損なわれることもないのに、なぜ今、弟子たちに対して何の教えもお与えにならないのだろうか』と。」
佛告阿難:「眾僧於我有所須耶?若有自言:『我持眾僧,我攝眾僧。』斯人於眾應有教命,如來不言:『我持於眾,我攝於眾。』豈當於眾有教令乎?阿難!我所說法,內外已訖,終不自稱所見通達。吾已老矣,年且八十。譬如故車,方便修治得有所至。吾身亦然,以方便力得少留壽,自力精進,忍此苦痛,不念一切想,入無想定,時,我身安隱,無有惱患。是故,阿難!當自熾燃,熾燃於法,勿他熾燃;當自歸依,歸依於法,勿他歸依。云何自熾燃,熾燃於法,勿他熾燃;當自歸依,歸依於法,勿他歸依?阿難!比丘觀內身精勤無懈,憶念不忘,除世貪憂;觀外身、觀內外身,精勤不懈,憶念不忘,除世貪憂。受、意、法觀,亦復如是。是謂,阿難!自熾燃,熾燃於法,勿他熾燃;當自歸依,歸依於法,勿他歸依。」
仏は阿難に告げられた。「僧伽(僧団)は私に何かを求めるだろうか?もし、『私は僧伽を支え、僧伽を統率する』と自ら言う者がいれば、その者は僧伽に対して教えを命じる権利があろう。しかし、如来は『私は僧伽を支え、僧伽を統率する』とは言わない。どうして僧伽に対して教えを命じることがあろうか。阿難よ、私の説く教えは内にも外にも完結しており、ついに自らの見解がすべてに通じているとは称さない。私はすでに老い、齢は八十に近い。ちょうど古びた車が、手を加えて修理し、なんとか目的地にたどり着くようなものだ。わが身もまた同じである。方便の力によってわずかに寿命を延ばし、自らの力で精進し、この苦痛を耐え忍び、一切の想いを離れ、無想定に入っているとき、わが身は安らぎ、もはや煩わしさや苦しみはない。それゆえ、阿難よ、自らを燃やせ、法によって燃やせ、他によって燃やされてはならない。自らに帰依せよ、法に帰依せよ、他に帰依してはならない。どうすれば自らを燃やし、法によって燃やし、他によって燃やされず、自らに帰依し、法に帰依し、他に帰依しないことになるのか。阿難よ、比丘は内なる身体を観察し、精勤して怠ることなく、念を忘れず、世の貪りや憂いを除く。外なる身体を観察し、内外の身体を観察し、精勤して怠ることなく、念を忘れず、世の貪りや憂いを除く。感受、心、法についての観察もまた同様である。これが、阿難よ、自らを燃やし、法によって燃やし、他によって燃やされず、自らに帰依し、法に帰依し、他に帰依しないということである。」
佛告阿難:「吾滅度後,能有修行此法者,則為真我弟子第一學者。」
仏は阿難に告げられた:「我が滅度の後、この法を修行する者あらば、それこそ真の我が弟子にして第一の求道者とならん。」
佛告阿難:「俱至遮婆羅塔。」
仏は阿難に告げられた:「共に遮婆羅塔へ行こう。」
對曰:「唯然。」
「はい、承知しました。」
如來即起,著衣持鉢,詣一樹下,告阿難:「敷座,吾患背痛,欲於此止。」
如来は立ち上がり、衣をまとって鉢を手に取り、一本の木の下へと向かった。そして阿難に告げた。「座を敷きなさい。私は背中が痛むので、ここで休みたいのだ」
對曰:「唯然。」尋即敷座。
お答えしました。「はい、かしこまりました。」すぐに座布団を敷きました。
如來坐已,阿難敷一小座於佛前坐。佛告阿難:「諸有修四神足,多修習行,常念不忘,在意所欲,可得不死一劫有餘。阿難!佛四神足已多修行,專念不忘,在意所欲,如來可止一劫有餘,為世除冥,多所饒益,天人獲安。」
如来がお座りになると、阿難は小さな座を敷いて仏の前に座りました。
仏は阿難に告げられました:「四神足を修め、多く修行し、常に念じて忘れず、心のままに思いを向ける者は、一劫余りの間、不死を得ることができる。阿難よ、仏は四神足をすでに多く修行し、専ら念じて忘れず、心のままに思いを向けておられる。如来は一劫余りの間、世に留まり、世の闇を除き、多くの利益をもたらし、天と人を安らぎに導くことができるのだ。」
爾時,阿難默然不對,如是再三,又亦默然。是時阿難為魔所蔽,曚曚不悟,佛三現相而不知請。
その時、阿難は黙って答えず、二度三度と問われても、やはり黙ったままでした。その時、阿難は魔に覆われ、ぼんやりとして悟ることができず、仏が三度も示されたのに、請い求めることを知りませんでした。
佛告阿難:「宜知是時。」阿難承佛意旨,即從座起,禮佛而去。去佛不遠,在一樹下靜意思惟。
仏は阿難に告げられた:「そろそろその時を知るがよい。」阿難は仏の御心を受け、すぐに座から立ち上がり、仏に礼をして去った。仏から遠からぬところで、一本の木の下に静かに座り、深く思惟をめぐらした。
其間未久,時,魔波旬來白佛:「佛意無欲,可般涅槃,今正是時,宜速滅度。」
それから間もなく、魔王波旬が仏のもとに来て申し上げました。 「仏よ、あなたはもう欲望もなく、涅槃に入られるべきです。今こそその時、どうか早く入滅なさってください。」
佛告波旬:「且止!且止!我自知時。如來今者未取涅槃,須我諸比丘集,又能自調,勇捍無怯,到安隱處,逮得己利,為人導師,演布經教,顯於句義。若有異論,能以正法而降伏之。又以神變,自身作證。如是弟子皆悉未集。又諸比丘尼、優婆塞、優婆夷,普皆如是,亦復未集。今者要當廣於梵行,演布覺意,使諸天人普見神變。」
仏は波旬に告げられた:「待て、待て。時は我が知るところである。如来は今、涅槃に入るには至らない。わが諸比丘たちが集い、自ら調えられ、勇猛で怯むことなく、安穏の境地に至り、自らの利益を得て、人々の導師となり、経典の教えを広め、句義を明らかにするまで。もし異なる論があれば、正法をもってこれを降伏させ、また神通変化をもって自ら証し示す。そのような弟子たちはまだ集まっていない。また、諸比丘尼、優婆塞、優婆夷も皆同様に、まだ集まっていない。今はまず梵行を広め、覚りの意を説き示し、諸天や人々に広く神通変化を見せなければならない。」
時,魔波旬復白佛言:「佛昔於鬱鞞羅尼連禪水邊,阿遊波尼俱律樹下初成正覺,我時至世尊所,勸請如來可般涅槃:『今正是時,宜速滅度。』爾時,如來即報我言:『止!止!波旬!我自知時,如來今者未取涅槃,須我諸弟子集,乃至天人見神變化乃取滅度。』佛今弟子已集,乃至天人見神變化,今正是時,何不滅度?」
時に、魔王波旬は再び仏に申し上げました。 「仏よ、かつて鬱鞞羅の尼連禅河のほとり、阿遊波尼俱律樹の下で初めて正覚を成された時、私は世尊のもとへ参り、如来に涅槃に入られるようお勧め申しました。 『今こそがその時です。速やかに滅度されるのがよろしいでしょう』と。 その時、如来は私にこうお答えになりました。 『待て、波旬よ。私は自ら時を知っている。 如来は今、まだ涅槃を取るには至らない。 私の弟子たちが集い、天や人々が神通変化を見るまでは、滅度を取ることはない』と。 今、仏の弟子たちはすでに集い、天や人々も神通変化を見ております。 今こそがその時です。どうして滅度されないのですか?」
佛言:「止!止!波旬!佛自知時不久住也,是後三月,於本生處拘尸那竭娑羅園雙樹間,當取滅度。」時,魔即念:「佛不虛言,今必滅度。」歡喜踊躍,忽然不現。
仏は言われた。「やめよ、やめよ、波旬よ。仏は自ら時を知っている。久しく留まることはない。この後三月にして、本生の地である拘尸那竭の沙羅双樹の園にて、まさに滅度を取るであろう。」その時、魔は思った。「仏は虚言を吐かぬ。今こそ必ず滅度されるのだ。」喜び躍り、忽然と姿を消した。
魔去未久,佛即於遮婆羅塔,定意三昧,捨命住壽。當此之時,地大震動,舉國人民莫不驚怖,衣毛為竪,佛放大光,徹照無窮,幽冥之處,莫不蒙明,各得相見。爾時,世尊以偈頌曰:
魔が去って間もなく、仏陀は遮婆羅塔において、深い瞑想に入り、命を捨てて寿命を留められた。その時、大地が大きく震動し、国中の人々は皆驚き恐れ、身の毛が逆立った。仏陀は大いなる光を放ち、その光は果てしなく照らし、暗闇の地にも届き、そこにいる者たちは皆、その明るさに照らされ、互いの姿を見ることができた。その時、世尊は偈頌を唱えられた。
「有無二行中,吾今捨有為;
內專三昧定,如鳥出於卵。」
有る無しの二つの行いのうち、私は今、有為を捨てる。 内に三昧定に専念し、鳥が卵から出るように。
爾時,賢者阿難心驚毛竪,疾行詣佛,頭面禮足,却住一面,白佛言:「恠哉!世尊!地動乃爾,是何因緣?」
その時、賢者アーナンダは心が驚き、髪が逆立ち、急いで仏のもとへ行き、頭面を礼して足を拝し、一歩退いて立ち、仏に申し上げた。「不思議です、世尊。大地がこのように動くのは、どのような因縁によるのでしょうか?」
佛告阿難:「凡世地動,有八因緣。何等八?夫地在水上,水止於風,風止於空,空中大風有時自起,則大水擾,大水擾則普地動,是為一也。復次,阿難!有時得道比丘、比丘尼及大神尊天,觀水性多,觀地性少,欲自試力,則普地動,是為二也。復次,阿難!若始菩薩從兜率天降神母胎,專念不亂,地為大動,是為三也。復次,阿難!菩薩始出母胎,從右脇生,專念不亂,則普地動,是為四也。復次,阿難!菩薩初成無上正覺,當於此時,地大震動,是為五也。復次,阿難!佛初成道,轉無上法輪,魔、若魔、天、沙門、婆羅門、諸天、世人所不能轉,則普地動,是為六也。復次,阿難!佛教將畢,專念不亂,欲捨性命,則普地動,是為七也。復次,阿難!如來於無餘涅槃界般涅槃時,地大振動,是為八也。以是八因緣,令地大動。」爾時,世尊即說偈言:
仏は阿難に告げられた。「この世で大地が動くのには、八つの因縁があります。どのような八つでしょうか。そもそも大地は水の上にあり、水は風によって支えられ、風は虚空によって支えられています。虚空の中の大風が時として自然に起こると、大水がかき乱され、大水がかき乱されると大地全体が動揺します。これが第一の因縁です。
また、阿難よ。時として悟りを得た比丘や比丘尼、あるいは大いなる神通力を持つ尊い天人が、水の性質が多いと観じ、地の性質が少ないと観じて、自らの力を試そうとすると、大地全体が動揺します。これが第二の因縁です。
また、阿難よ。菩薩が兜率天から降りて母の胎内に宿り、心を乱さずに専念する時、大地は大きく動揺します。これが第三の因縁です。
また、阿難よ。菩薩が母の胎を出て、右脇から生まれ、心を乱さずに専念する時、大地全体が動揺します。これが第四の因縁です。
また、阿難よ。菩薩が無上正覚を成し遂げるその時、大地は大きく震動します。これが第五の因縁です。
また、阿難よ。仏が悟りを開き、無上の法輪を転じる時、魔や魔の眷属、天、沙門、婆羅門、諸天、世間の人々が転じることのできない法を説くと、大地全体が動揺します。これが第六の因縁です。
また、阿難よ。仏が教えを終えようとし、心を乱さずに専念して寿命を捨てようとする時、大地全体が動揺します。これが第七の因縁です。
また、阿難よ。如来が無余涅槃界において般涅槃に入られる時、大地は大きく震動します。これが第八の因縁です。
この八つの因縁によって、大地は大きく動揺するのです。」
その時、世尊は偈を説かれました。
「無上二足尊,照世大沙門;
阿難請天師,地動何因緣?
如來演慈音,聲如迦毘陵;
我說汝等聽,地動之所由。
地因水而止,水因風而住;
若虛空風起,則地為大動。
比丘比丘尼,欲試神足力;
山海百草木,大地皆震動。
釋梵諸尊天,意欲動於地;
山海諸鬼神,大地為震動。
菩薩二足尊,百福相已具;
始入母胎時,地則為大動。
十月處母胎,如龍臥茵蓐;
初從右脇生,時地則大動。
佛為童子時,消滅使緣縛;
成道勝無量,地則為大動。
昇仙轉法輪,於鹿野苑中;
道力降伏魔,則地大為動。
天魔頻來請,勸佛般泥洹;
佛為捨性命,地則為大動。
人尊大導師,神仙盡後有;
難動而取滅,時地則大動。
淨眼說諸緣,地動八事動;
有此亦有餘,時地皆震動。」
最上の二足の尊、世を照らす大沙門よ。 阿難が天師に問う、地が動くのは何の因縁か。 如来は慈しみの声を響かせ、迦毘陵の鳥のごとく語られる。 「汝らに説く、よく聞け、地動の理由を。 地は水によって支えられ、水は風によって留まる。 虚空に風が起こるとき、地は大きく動揺する。 比丘や比丘尼が、神通の力を試さんとすれば、 山や海、百の草木、大地はすべて震動する。 帝釈や梵天などの尊い天が、地を動かさんと念ずれば、 山や海の諸々の鬼神も、大地を震動させる。 菩薩たる二足の尊、百の福相を備え給う方が、 母の胎内に入られる始め、地は大きく動揺する。 十月の間母胎におり、龍が茵蓐に臥すがごとく。 右脇より初めて生まれ出る時、地は大きく動揺する。 仏が童子の時、煩悩の縛りを滅ぼし、 無量の勝れた悟りを成し遂げる時、地は大きく動揺する。 昇仙して法輪を転じ、鹿野苑において、 道の力で魔を降伏させる時、地は大きく動揺する。 天魔がたびたび来て請い、仏に般涅槃を勧める。 仏が寿命を捨てんとされる時、地は大きく動揺する。 人々の尊き大導師、神仙の最後の身として、 動かし難きものを動かし涅槃に入る時、地は大きく動揺する。 清らかな眼で諸々の因縁を説く、地動の八つの事由。 これらがあり、また他の因縁もあり、その時大地は震動する。」
佛說長阿含經卷第二
仏説長阿含経 第二巻