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長阿含経 (長阿含經)


佛說長阿含經卷第三

仏説長阿含経 巻第三

後秦弘始年佛陀耶舍共竺佛念譯

後秦弘始年間、仏陀耶舎と竺仏念による共訳

遊行經第二中
佛告阿難:「世有八眾。何謂八?一曰剎利眾,二曰婆羅門眾,三曰居士眾,四曰沙門眾,五曰四天王眾,六曰忉利天眾,七曰魔眾,八曰梵天眾。我自憶念:『昔者,往來與剎利眾坐起言語,不可稱數,以精進定力,在所能現。彼有好色,我色勝彼;彼有妙聲,我聲勝彼;彼辭我退,我不辭彼;彼所能說,我亦能說;彼所不能,我亦能說。』阿難!我廣為說法,示教利喜已,即於彼沒,彼不知我是天、是人?如是至梵天眾,往返無數,廣為說法,而莫知我誰?」

仏陀は阿難に告げられた。「世には八つの衆がいる。何を八つというか。第一は剎利の衆、第二は婆羅門の衆、第三は居士の衆、第四は沙門の衆、第五は四天王の衆、第六は忉利天の衆、第七は魔の衆、第八は梵天の衆である。私は自らこう思い起こす。『かつて、私は剎利の衆と行き来し、共に座り立ち、言葉を交わしたことは数えきれない。精進と禅定の力によって、その場に応じて姿を現した。彼らに優れた容姿があれば、私の容姿はそれに勝り、彼らに美しい声があれば、私の声はそれに勝った。彼らが議論で退けば、私は退かず、彼らが語れることは私も語れ、彼らが語れぬことも私には語れた。』阿難よ、私は広く法を説き、教え示し、利益と喜びを与えた後、その場から消え去った。彼らは私が天なのか、人なのかを知らなかった。このように梵天の衆に至るまで、数えきれぬほど行き来し、広く法を説いたが、誰一人として私が何者かを知る者はなかった。」

阿難白佛言:「甚奇!世尊!未曾有也,乃能成就如是。」

阿難は仏に申し上げました。「なんと不思議なことでしょう。世尊よ。これまでにないことでございます。このようなことを成し遂げられたとは。」

佛言:「如是微妙希有之法,阿難!甚奇!甚特!未曾有也,唯有如來能成此法。」
又告阿難:「如來能知受起、住、滅,想起、住、滅,觀起、住、滅,此乃如來甚奇甚特未曾有法,汝當受持。」

また阿難に告げて言われた。 「如来は、感受が生じ、とどまり、滅することを知り、想いが生じ、とどまり、滅することを知り、観察が生じ、とどまり、滅することを知ることができる。これは如来の非常に不思議で、特別で、かつてない法である。あなたはこのことをしっかりと受け止め、保ちなさい。」

爾時,世尊告阿難:「俱詣香塔,在一樹下,敷座而坐。」

その時、世尊は阿難に告げられました。「共に香塔へ行き、一本の木の下で座を敷いて坐りましょう。」

佛告阿難:「香塔左右現諸比丘,普勅令集講堂。」

仏は阿難に告げられた:「香塔の左右に比丘たちが現れた。皆を講堂に集めるよう命じよ。」

阿難受教,宣令普集。阿難白佛:「大眾已集,唯聖知時。」

阿難は教えを受け、広く集まるよう命じを伝えました。阿難は仏に申し上げました:「大衆はすでに集まっております。どうか聖なるお方が時をお示しください。」

爾時,世尊即詣講堂,就座而坐,告諸比丘:「汝等當知我以此法自身作證,成最正覺,謂:『四念處、四意斷、四神足、四禪、五根、五力、七覺意、賢聖八道。』汝等宜當於此法中和同敬順,勿生諍訟,同一師受,同一水乳,於我法中宜勤受學,共相熾然,共相娛樂。比丘當知我於此法自身作證,布現於彼,謂:『《貫經》、《祇夜經》、《受記經》、《偈經》、《法句經》、《相應經》、《本緣經》、《天本經》、《廣經》、《未曾有經》、《證喻經》、《大教經》。』汝等當善受持,稱量分別,隨事修行。所以者何?如來不久,是後三月當般泥洹。」

その時、世尊は講堂に赴き、座に着いて比丘たちに告げられた。「あなたたちは知るべきである。私はこの教えを自ら体得し、完全な悟りを成就した。すなわち、四念処、四正断、四神足、四禅、五根、五力、七覚支、八聖道である。あなたたちはこの教えにおいて和合し、敬い従い、争いを起こさず、同じ師のもとで学び、同じ乳水のように一つとなり、私の教えの中で努めて学び、互いに励まし合い、共に喜び楽しむがよい。

比丘たちよ、知るべきである。私はこの教えを自ら体得し、広く示してきた。すなわち、『貫経』、『祇夜経』、『受記経』、『偈経』、『法句経』、『相応経』、『本縁経』、『天本経』、『広経』、『未曾有経』、『証喩経』、『大教経』である。あなたたちはよく受け持ち、よく考え分かち、事に応じて実践しなさい。なぜなら、如来は間もなく、この後三月で涅槃に入るからである。」

諸比丘聞此語已,皆悉愕然,殞絕迷荒,自投於地,舉聲大呼曰:「一何駛哉!佛取滅度。一何痛哉!世間眼滅。我等於此,已為長衰。」或有比丘悲泣躃踊,宛轉㘁咷,不能自勝,猶如斬蛇,宛轉迴遑,莫知所奉。

比丘たちはこの言葉を聞くと、皆一様に驚き呆れ、茫然自失して地に倒れ、声をあげて叫びました。「なんと早いことか! 仏陀が入滅なさるとは。なんと悲しいことか! 世の眼が消えようとしている。私たちはもう、頼るべきものを失ってしまった」と。

ある比丘は悲しみに打ちひしがれ、地に伏して泣き叫び、身もだえしながら声をあげて嘆きました。まるで蛇が切られてのたうつかのように、どうしていいかわからず、ただ右往左往するばかりでした。

佛告諸比丘曰:「汝等且止,勿懷憂悲。天地人物,無生不終,欲使有為不變易者,無有是處。我亦先說恩愛無常,合會有離,身非己有,命不久存。」爾時,世尊以偈頌曰:

仏陀は比丘たちに告げられた。「そなたたちよ、ここで立ち止まり、憂い悲しみを抱くことはない。天も地も、人も物も、生まれたものに終わりなきはない。有為のものが変わらぬままであることを望むなら、それは叶わぬこと。我もまた先に説いた、恩愛は無常なり、会うものには別れあり、この身は己のものにあらず、命は久しく存せずと。」その時、世尊は偈をもってこう詠われた:

「我今自在,到安隱處;
和合大眾,為說此義。
吾年老矣,餘命無幾;
所作已辦,今當捨壽。
念無放逸,比丘戒具;
自攝定意,守護其心。
若於我法,無放逸者;
能滅苦本,盡生老死。」

今、私は安らぎの境地に至り、自由を得た。 ここに集う大衆のために、その真意を説こう。

我が身は老い、残された命はわずか。 成すべきことは成し遂げた。今こそ命を捨てるときだ。

放逸に陥ることなく、比丘として戒を保ち、 自ら心を定め、その心を守りなさい。

もし我が教えにおいて、放逸に陥らぬならば、 苦の根源を滅ぼし、生老病死を尽くすことができるだろう。

又告比丘:「吾今所以誡汝者何?天魔波旬向來請我:『佛意無欲,可般泥洹,今正是時,宜速滅度。』我言:『止!止!波旬!佛自知時,須我諸比丘集,乃至諸天普見神變。』波旬復言:『佛昔於鬱鞞羅尼連禪河水邊,阿遊波尼俱律樹下初成佛道,我時白佛:佛意無欲,可般泥洹,今正是時,宜速滅度。爾時,如來即報我言:止!止!波旬!我自知時。如來今者未取滅度,須我諸弟子集,乃至天人見神變化,乃取滅度。今者如來弟子已集,乃至天人見神變化,今正是時,宜可滅度。』我言:『止!止!波旬!佛自知時,不久住也,是後三月當般涅槃。』時,魔即念:『佛不虛言,今必滅度。』歡喜踊躍,忽然不現。魔去未久,即於遮波羅塔,定意三昧,捨命住壽。當此之時,地大震動,天人驚怖,衣毛為竪,佛放大光,徹照無窮,幽冥之處,莫不蒙明,各得相見。我時頌曰:

また比丘たちに告げました。「私が今あなたたちに戒めを説くのはなぜでしょうか。天魔の波旬が以前、私にこう請うてきました。『仏よ、あなたの心にはもはや執着がありません。どうか涅槃に入られるがよい。今こそその時です。速やかに滅度されるのがよいでしょう』と。私は答えました。『やめよ、やめよ、波旬よ。仏は自らその時を知っている。私の弟子たちが集まり、天や人々が神通変化を見るのを待たねばならない』と。波旬は再び言いました。『仏よ、かつてあなたは鬱鞞羅尼連禅河のほとり、阿遊波尼俱律の木の下で初めて仏道を成し遂げられたとき、私があなたに申し上げました。仏よ、あなたの心にはもはや執着がありません。どうか涅槃に入られるがよい。今こそその時です。速やかに滅度されるのがよいでしょう、と。そのとき、如来はすぐに私に答えられました。やめよ、やめよ、波旬よ。私は自らその時を知っている。如来は今はまだ滅度を取らない。私の弟子たちが集まり、天や人々が神通変化を見るのを待って、それから滅度を取るのだ、と。今、如来の弟子たちはすでに集まり、天や人々も神通変化を見ました。今こそその時です。どうか滅度されるのがよいでしょう』と。私は言いました。『やめよ、やめよ、波旬よ。仏は自らその時を知っている。長くは留まらない。これから三か月後に涅槃に入るであろう』と。そのとき、魔はこう思いました。『仏は偽りの言葉を言わない。今きっと滅度されるに違いない』と。喜び踊り上がり、たちまち姿を消しました。魔が去って間もなく、私は遮波羅塔において、心を定めて三昧に入り、命を捨てて寿命を留めました。まさにこのとき、大地は大きく震動し、天や人々は驚き恐れ、衣の毛が逆立ちました。仏は大きな光明を放ち、果てしなく照らし出し、暗いところもことごとく明るみに照らされ、互いに姿を見ることができました。私はそのとき、偈を唱えました。

「『有無二行中,吾今捨有為;
內專三昧定,如鳥出於卵。』」

「『有る無しの二つの行いのうち、私は今、有為を捨てる。 内に三昧定に専念し、鳥が卵から出るように。』」

爾時,賢者阿難即從座起,偏袒右肩,右膝著地,長跪叉手白佛言:「唯願世尊留住一劫,勿取滅度,慈愍眾生,饒益天人。」

その時、賢者アーナンダは座より立ち上がり、右肩をあらわにし、右膝を地につけ、長跪して手を合わせて仏に申し上げました。「どうか世尊よ、一劫の間お留まりください。涅槃に入られず、衆生を慈しみ、天と人に利益をお与えください。」

爾時,世尊默然不對,如是三請,佛告阿難:「汝信如來正覺道不?」

その時、世尊は黙って答えられず、このように三度請われた後、仏は阿難に告げられた。「あなたは如来の正覚の道を信じますか?」

對曰:「唯然!實信。」

お答えします。「はい、確かに信じております。」

佛言:「汝若信者,何故三來觸嬈我為?汝親從佛聞,親從佛受:諸有能修四神足,多修習行,常念不忘,在意所欲,可得不死一劫有餘。佛四神足已多習行,專念不忘,在意所欲,可止不死一劫有餘,為世除冥,多所饒益,天人獲安。爾時,何不重請,使不滅度?再聞尚可,乃至三聞,猶不勸請留住一劫,一劫有餘,為世除冥,多所饒益,天人獲安。今汝方言,豈不愚耶?吾三現相,汝三默然,汝於爾時,何不報我:『如來可止一劫,一劫有餘,為世除冥,多所饒益。』且止!阿難!吾已捨性命,已棄已吐,欲使如來自違言者,無有是處。譬如豪貴長者,吐食於地,寧當復有肯還取食不?」

仏は言われた。「もしあなたが信じるなら、なぜ三度も来て私を煩わせるのですか?あなたは仏から直接聞き、仏から直接受け取ったはずです。四神足を修め、多く修行し、常に念じて忘れず、心のままに望むなら、一劫余りの間、不死を得ることができると。仏は四神足をすでに多く修行し、専心に念じて忘れず、心のままに望むなら、一劫余りの間、留まって不死となることができ、世の闇を除き、多くの利益をもたらし、天と人を安らかにすることができる。その時、なぜ重ねて請い、滅度しないようにしなかったのですか?二度聞いてもまだ間に合い、三度聞いても、一劫余りの間、留まって世の闇を除き、多くの利益をもたらし、天と人を安らかにするよう勧め請うことをしなかった。今、あなたが言うことは、愚かではありませんか?私は三度相を示し、あなたは三度黙っていました。その時、なぜ私に『如来は一劫、一劫余りの間、留まって世の闇を除き、多くの利益をもたらすことができます』と答えなかったのですか?もうやめなさい、阿難よ。私はすでに命を捨て、すでに吐き出しました。如来が自らの言葉に背くことを望むなら、それはありえません。たとえば、豪勢な長者が食べ物を地面に吐き出したとして、再びそれを取り戻して食べようとするでしょうか?」

對曰:「不也。」

いいえ、違います。

「如來亦然,已捨已吐,豈當復自還食言乎?」

如来もまた同じです。すでに捨て、すでに吐き出したものを、どうして再び自らそれを取り戻し、自分の言葉を食い違わせることがありましょうか。

佛告阿難俱詣菴婆羅村,即嚴衣鉢,與諸大眾侍從世尊,路由跋祇到菴婆羅村,在一山林。爾時,世尊為諸大眾說戒、定、慧。修戒獲定,得大果報;修定獲智,得大果報;修智心淨,得等解脫,盡於三漏——欲漏、有漏、無明漏。已得解脫,生解脫智:生死已盡,梵行已立,所作已辦,不受後有。

お釈迦様は阿難に告げられました。「共に菴婆羅村へ行こう」 阿難は衣と鉢を整え、多くの弟子たちと共に世尊に従い、跋祇を通って菴婆羅村へと向かいました。ある森の中に着くと、世尊は大勢の弟子たちに向かって戒・定・慧について説かれました。

「戒を修めれば定が得られ、大きな果報を受ける。 定を修めれば智慧が得られ、大きな果報を受ける。 智慧を修めれば心が清らかになり、完全な解脱を得る。 三つの煩悩──欲の煩悩、存在への執着の煩悩、無明の煩悩──を滅し尽くすことができる。 解脱を得た者は、解脱の智慧が生じる。 生と死の輪廻は終わり、清らかな行いは確立され、なすべきことは成し遂げられ、再び迷いの世界に生まれることはない」

爾時,世尊於菴婆羅村,隨宜住已。

その時、世尊は菴婆羅村において、適宜に滞在なさった。

佛告阿難:「汝等皆嚴!當詣瞻婆村、揵茶村、婆梨婆村及詣負彌城。」對曰:「唯然!」即嚴衣鉢,與諸大眾侍從世尊,路由跋祇漸至他城,於負彌城北,止尸舍婆林。

お釈迦様は阿難におっしゃいました。「皆、身支度を整えなさい。瞻婆村、揵茶村、婆梨婆村、そして負彌城へ向かおう。」阿難は「はい、承知しました」と答え、衣と鉢を整え、多くの弟子たちと共に世尊に従い、跋祇を通り、次第に他の町へと向かいました。そして、負彌城の北にある尸舍婆林に到着し、そこに滞在しました。

佛告諸比丘:「當與汝等說四大教法,諦聽!諦聽!善思念之。」

仏陀は比丘たちに告げられた。「そなたらに四大教法を説こう。よく聞きなさい。よく聞きなさい。心を込めて受け止めなさい。」

諸比丘言:「唯然!世尊!願樂欲聞。」

諸比丘は申し上げました。「はい、世尊よ。どうかお聞かせください。」

「何謂為四?若有比丘作如是言:『諸賢!我於彼村、彼城、彼國,躬從佛聞,躬受是教。』從其聞者,不應不信,亦不應毀,當於諸經推其虛實,依律、依法究其本末。若其所言非經、非律、非法,當語彼言:『佛不說此,汝謬受耶!所以然者?我依諸經、依律、依法,汝先所言,與法相違。賢士!汝莫受持,莫為人說,當捐捨之。』若其所言依經、依律、依法者,當語彼言:『汝所言是真佛所說,所以然者?我依諸經、依律、依法,汝先所言,與法相應。賢士!汝當受持,廣為人說,慎勿捐捨。』此為第一大教法也。

「四つとは何か。もし比丘が次のように言ったとします。『皆さん、私はあの村、あの城、あの国で、仏から直接聞き、直接この教えを受けました。』それを聞いた人は、すぐに信じるべきではなく、また否定するべきでもありません。まず経典によってその真偽を確かめ、律と法に照らしてその本末を究明するのです。もしその言葉が経にかなわず、律にかなわず、法にかなわないなら、こう言いなさい。『仏はこのようには説かれませんでした。あなたは誤って受け取ったのです。なぜなら、私が経と律と法に照らして確かめたところ、あなたの先ほどの言葉は法と矛盾しています。あなたは、それを受け持たず、人に説かず、捨て去りなさい。』もしその言葉が経にかなり、律にかなり、法にかなうなら、こう言いなさい。『あなたの言ったことは、まさに仏が説かれたことです。なぜなら、私が経と律と法に照らして確かめたところ、あなたの先ほどの言葉は法と一致しています。あなたは、それを受け持ち、広く人に説き、決して捨ててはなりません。』これが第一の大いなる教えなのです。

「復次,比丘作如是言:『我於彼村、彼城、彼國,和合眾僧、多聞耆舊,親從其聞,親受是法、是律、是教。』從其聞者,不應不信,亦不應毀,當於諸經推其虛實,依法、依律究其本末,若其所言非經、非律、非法者,當語彼言:『佛不說此,汝於彼眾謬聽受耶!所以然者?我依諸經、依律、依法,汝先所言,與法相違。賢士!汝莫持此,莫為人說,當捐捨之。』若其所言依經、依律、依法者,當語彼言:『汝所言是真佛所說,所以者何?我依諸經、依律、依法,汝先所言,與法相應。賢士!汝當受持,廣為人說,慎勿捐捨。』此為第二大教法也。

さらに、比丘がこのように言うことがあるとしよう。 『私はあの村、あの町、あの国において、和合した僧団や、多くの経典に通じた長老たちから、直接に聞き、直接にこの法と律と教えを受けました』と。

その話を聞いた者は、すぐに信じるべきでもなく、またすぐに否定すべきでもない。 まずは、さまざまな経典にあたって、その内容が真実かどうかを確かめ、 法と律に照らして、その教えの根本と枝葉を究明しなければならない。

もし、その言葉が経典にも律にも法にも合わないものであれば、 その者にこう言うべきである。 『仏はそのようなことは説かれていません。 あなたは、あの僧団のなかで誤って聞き、受け取ったのではありませんか。 なぜなら、私は諸々の経典と律と法に照らして、 あなたが先に言ったことが、法に背いているとわかるからです。 賢明なる方よ、その教えを保持せず、人に説かず、捨て去ってください』と。

もし、その言葉が経典と律と法にかなっているものであれば、 その者にこう言うべきである。 『あなたの言葉は、まことの仏の説かれたものです。 なぜなら、私は諸々の経典と律と法に照らして、 あなたが先に言ったことが、法と調和しているとわかるからです。 賢明なる方よ、この教えを受け持ち、広く人々に説き、 決して捨て去ることのないようにしてください』と。

これが、第二の大いなる教えの法である。

「復次,比丘作如是言:『我於彼村、彼城、彼國,眾多比丘持法、持律、持律儀者,親從其聞,親受是法、是律、是教。』從其聞者,不應不信,亦不應毀,當於諸經推其虛實,依法、依律究其本末。若其所言非經、非律、非法者,當語彼言:『佛不說此,汝於眾多比丘謬聽受耶!所以然者?我依諸經、依律、依法,汝先所言,與法相違。賢士!汝莫受持,莫為人說,當捐捨之。』若其所言依經、依律、依法者,當語彼言:『汝所言是真佛所說,所以然者?我依諸經、依律、依法,汝先所言,與法相應。賢士!汝當受持,廣為人說,慎勿捐捨。』是為第三大教法也。

さらにまた、比丘がこのように言うことがあるとします。『私は、あの村、あの町、あの国において、多くの比丘が法を保ち、律を保ち、律儀を保つ者たちから、直接にそれを聞き、直接にこの法、この律、この教えを受けました。』 そのように聞いたことについては、すぐに信じ込んでもいけませんし、またすぐに否定してもいけません。まず、さまざまな経典と照らし合わせて、それが真実かどうかを確かめ、法に基づき、律に基づいて、その根本を追究しなければなりません。

もし、その言葉が経典にも律にも法にも合致しないものであれば、その人にこう言いなさい。『仏はそのようなことは説かれていません。あなたは多くの比丘たちから誤って聞き受けられたのではありませんか。なぜなら、私は諸々の経典、律、法に照らして、あなたが先に言われたことが法に背いていると知るからです。賢明なる方よ、それをあなた自身が受け持ったり、人に説いたりしてはなりません。捨て去るべきです。』

もし、その言葉が経典にも律にも法にも合致するものであれば、その人にこう言いなさい。『あなたの言われることは、まことの仏の説かれたことです。なぜなら、私は諸々の経典、律、法に照らして、あなたが先に言われたことが法と調和していると知るからです。賢明なる方よ、あなたはそれをしっかりと受け持ち、広く人々に説きなさい。決して捨て去ってはなりません。』

これが、第三の大いなる教えの法です。

「復次,比丘作如是言:『我於彼村、彼城、彼國,一比丘持法、持律、持律儀者,親從其聞,親受是法、是律、是教。』從其聞者,不應不信,亦不應毀,當於諸經推其虛實,依法、依律究其本末。若所言非經、非律、非法者,當語彼言:『佛不說此,汝於一比丘所謬聽受耶!所以然者?我依諸經、依法、依律,汝先所言,與法相違。賢士!汝莫受持,莫為人說,當捐捨之。』若其所言依經、依律、依法者,當語彼言:『汝所言是真佛所說,所以然者?我依諸經、依律、依法,汝先所言,與法相應。賢士!當勤受持,廣為人說,慎勿捐捨。』是為第四大教法也。」

さらにまた、比丘がこのように言うことがあるとしよう。「私はあの村、あの町、あの国において、ある比丘が法を保ち、律を保ち、律儀を保つ者から、直接その言葉を聞き、直接この法、この律、この教えを受けた」と。

その言葉を聞いた者は、すぐに信じるべきでもなく、またすぐに否定すべきでもない。まずは、さまざまな経典に照らして、その内容が真実かどうかを推し量り、法と律に基づいて、その根本を探るべきである。

もしその言葉が経典にも律にも法にも合わないものであれば、その者にこう言うべきである。「仏はこのようなことは説かれていない。あなたは、ある比丘から誤って聞き受けたのではないか。なぜなら、私は諸々の経典と法と律に照らして、あなたが先に言ったことが法に背いていると知るからである。賢者よ、あなたはこの言葉を受持せず、人に説かず、捨て去るべきである」と。

もしその言葉が経典と律と法にかなうものであれば、その者にこう言うべきである。「あなたの言葉は真実であり、仏の説かれたことである。なぜなら、私は諸々の経典と律と法に照らして、あなたが先に言ったことが法と一致していると知るからである。賢者よ、努めてこの言葉を受持し、広く人々に説き、決して捨て去ってはならない」と。

これが第四の大いなる教えの法である。

爾時,世尊於負彌城隨宜住已,告賢者阿難俱詣波婆城,對曰:「唯然!」即嚴衣鉢,與諸大眾侍從世尊,路由末羅至波婆城闍頭園中。時,有工師子,名曰周那,聞佛從彼末羅來至此城,即自嚴服,至世尊所,頭面禮足,在一面坐。時,佛漸為周那說法正化,示教利喜,周那聞佛說法,信心歡喜,即請世尊明日舍食。時,佛默然受請。周那知佛許可,即從座起,禮佛而歸。尋於其夜供設飯食,明日時到,唯聖知時。

その時、世尊は負彌城にしばらく滞在された後、賢者アーナンダに告げて波婆城へ共に向かわれた。アーナンダは「承知しました」と答え、衣と鉢を整え、多くの弟子たちと共に世尊に従い、末羅を通って波婆城の闍頭園に着かれた。

その時、周那という名の工師の子が、仏陀が末羅からこの城へ来られたと聞き、自ら身なりを整えて世尊のもとへ赴き、頭面礼足して傍らに座った。世尊は徐々に周那のために法を説き、正しく導き、教えを示し、利益と喜びを与えられた。周那は仏陀の説法を聞き、信心に満ちて喜び、直ちに世尊に明日の食事を供養するよう請うた。世尊は黙ってその請いを受け入れられた。周那は仏陀が許可されたことを知り、座から立ち上がり、礼をして帰っていった。

周那はその夜、食事の準備を整え、翌日、時が来た。聖なる方は時を知っておられた。

爾時,世尊法服持鉢,大眾圍遶,往詣其舍,就座而坐。是時,周那尋設飲食,供佛及僧,別煮栴檀樹耳,世所奇珍,獨奉世尊。

その時、世尊は法衣をまとって鉢を持ち、大勢の弟子たちに取り囲まれながら、その家へと向かわれた。そして座に着かれた。その時、周那はすぐに食事を用意し、仏と僧たちに供養した。特に栴檀の木の耳(キクラゲ)を別に煮て、世にも珍しいものを、世尊だけに献上した。

佛告周那:「勿以此耳與諸比丘。」周那受教,不敢輙與。時,彼眾中有一長老比丘,晚暮出家,於其座上以餘器取。

仏陀は周那に告げられた:「その耳を諸比丘に与えてはならない。」周那は教えを受け、勝手に与えることはしなかった。その時、その集いの中に一人の長老比丘がいた。彼は晩年に出家した者で、自分の席で別の器を使って取った。

爾時,周那見眾食訖,并除鉢器,行澡水畢,即於佛前以偈問曰:

その時、周那は皆が食事を終え、鉢を片付け、手を洗い終わるのを見て、すぐに仏陀の前で詩をもって尋ねました。

「敢問大聖智,正覺二足尊,
善御上調伏,世有幾沙門?」

「お尋ねします、大聖なる智慧の持ち主よ、正覚を開かれた二足の尊よ、 巧みに調御された上なる調伏者よ、この世には幾人の沙門がおられますか?」

爾時,世尊以偈答曰:

その時、世尊は偈をもって答えられた。

「如汝所問者,沙門凡有四;
志趣各不同,汝當識別之。
一行道殊勝,二善說道義,
三依道生活,四為道作穢。
何謂道殊勝?善說於道義,
依道而生活,有為道作穢?
能度恩愛刺,入涅槃無疑;
超越天人路,說此道殊勝。
善解第一義,說道無垢穢;
慈仁決眾疑,是為善說道。
善敷演法句,依道以自生;
遙望無垢場,名依道生活。
內懷於姧邪,外像如清白;
虛誑無誠實,此為道作穢。
云何善惡俱?淨與不淨雜,
相似現外好,如銅為金塗。
俗人遂見此,謂聖智弟子,
餘者不盡爾,勿捨清淨信。
一人持大眾,內濁而外清;
現閉姧邪迹,而實懷放蕩。
勿視外容貌,卒見便親敬;
現閉姧邪迹,而實懷放蕩。」

あなたが尋ねたように、修行者には四種類がある。 それぞれ志すところが異なるから、よく見分けるがよい。

第一は道に優れた者、第二は道の真義をよく説く者、 第三は道に従って生きる者、第四は道を汚す者である。

何を道に優れた者というか? 道の真義をよく説き、 道に従って生き、道を汚す者がいる中で、 愛執のとげを乗り越え、迷いなく涅槃に入り、 天界や人間界の道を超えゆく者、これを道に優れた者という。

第一の真理をよく理解し、汚れなき道を説き、 慈しみの心で人々の疑いを断つ者、これがよく道を説く者である。

教えの言葉を広く説き、道に従って自ら生き、 遠く清らかな境地を目指す者、これを道に従って生きる者という。

内心に邪な思いを抱きながら、外見は清らかさを装い、 偽り多く誠実さのない者、これが道を汚す者である。

どうして善悪が混在し、清らかさと不浄が交じり合い、 外見だけは立派に見えるのか? 銅に金を塗ったようなものだ。

世間の人々はこれを見て、聖なる知恵の弟子と思うが、 他の者は皆そうではない。清らかな信心を捨ててはならない。

一人が大勢を導き、内は濁り外は清らかさを装い、 邪な行いを隠して見せかけ、実は放逸な心を抱いている。

外見の容貌ばかりを見て、すぐに親しみ敬ってはならない。 邪な行いを隠して見せかけ、実は放逸な心を抱いているのだ。

爾時,周那取一小座於佛前坐,佛漸為說法。示教利喜已,大眾圍遶,侍從而還。中路止一樹下,告阿難言:「吾患背痛,汝可敷座。」對曰:「唯然!」尋即敷座,世尊止息。時,阿難又敷一小座於佛前坐。

その時、周那は小さな座を取って仏陀の前に座り、仏陀は次第に説法を始められた。教えを示し、利益と喜びを説き終えると、大衆が取り囲み、従者たちと共に帰途につかれた。途中、一本の木の下で立ち止まり、阿難に告げられた:「私は背中が痛む。敷物を用意してくれ。」阿難は「はい、承知しました」と答え、すぐに敷物を整えた。世尊はそこで休息をとられた。その時、阿難はまた小さな座を敷き、仏陀の前に座った。

佛告阿難:「向者周那無悔恨意耶?設有此意,為由何生?」

仏は阿難に告げられた:「先ほどの周那に後悔や恨みの心はなかったか?もしそのような心があったなら、それは何によって生じたのか?」

阿難白佛言:「周那設供,無有福利。所以者何?如來最後於其舍食便取涅槃。」

阿難は仏に申し上げました:「周那の供養には、何の功徳もありません。なぜなら、如来は彼の家で最後の食事をされた後、すぐに涅槃に入られたからです。」

佛告阿難:「勿作是言!勿作是言!今者周那為獲大利,為得壽命,得色,得力,得善名譽,生多財寶,死得生天,所欲自然。所以者何?佛初成道能施食者,佛臨滅度能施食者,此二功德正等無異。汝今可往語彼周那:『我親從佛聞,親受佛教,周那設食,今獲大利,得大果報。』」

仏は阿難に告げられた:「そのようなことを言ってはならない。決してそのようなことを言ってはならない。今、周那は大いなる利益を得たのだ。寿命を得、容姿を整え、力を得、善き名声を得、多くの財宝に恵まれ、死後は天界に生まれ、望むものは自然と叶うであろう。なぜならば、仏が初めて悟りを開かれた時に食事を施した者と、仏が入滅される時に食事を施した者、この二つの功徳は全く等しく異なることはないからである。今、汝は行って彼の周那に伝えよ:『私は直接仏から聞き、直接仏の教えを受けた。周那が食事を施したことにより、今、大いなる利益を得て、大きな果報を受けるであろう』と。」

時,阿難承佛教旨,即詣彼所,告周那曰:「我親從佛聞,親從佛受教,周那設食,今獲大利,得大果報。所以然者?佛初得道能飯食者,及臨滅度能飯食者,此二功德正等無異。」

その時、阿難は仏の教えの趣旨を受け、直ちにその場所に赴き、周那に告げて言った。「私は直接仏から聞き、直接仏から教えを受けました。周那が食事を供養したことにより、今、大きな利益を得て、大きな果報を得ました。なぜそうなのでしょうか。仏が初めて悟りを得た時に食事を供養した者と、臨終の時に食事を供養した者、この二つの功徳は正しく等しく異なることはありません。」

周那舍食已,始聞如此言;
如來患甚篤,壽行今將訖。
雖食栴檀耳,而患猶更增;
抱病而涉路,漸向拘夷城。

周那は食事を終え、初めてこの言葉を聞いた。 如来の病は非常に重く、寿命の行く末は今や尽きようとしている。 栴檀の耳を食べても、病はなおさらに増すばかり。 病を抱えて道を進み、次第に拘夷城へと向かう。

爾時,世尊即從座起,小復前行,詣一樹下,又告阿難:「吾背痛甚,汝可敷座。」

その時、世尊は座から立ち上がり、少し歩いて一本の木の下に至り、また阿難に告げられた。「私は背中がとても痛む。あなたは座を敷いてくれ。」

對曰:「唯然!」尋即敷座,如來止息。阿難禮佛足已,在一面坐。

「はい、かしこまりました。」と答えると、すぐに座を整え、如来がお休みになるようにしました。阿難は仏の足を礼拝し終えると、傍らに座りました。

時,有阿羅漢弟子,名曰福貴,於拘夷那竭城向波婆城,中路見佛在一樹下,容貌端正,諸根寂定,得上調意第一寂滅。譬如大龍,亦如澄水,清淨無穢,見已歡喜,善心生焉。即到佛所,頭面禮足,在一面坐,而白佛言:「世尊!出家之人在清淨處,慕樂閑居,甚奇特也。有五百乘車經過其邊,而不聞見,我師一時在拘夷那竭城、波婆城,二城中間道側樹下,靜默而坐,時有五百乘車經過其邊,車聲轟轟覺而不聞。是時,有人來問我師:『向群車過,寧見不耶?』對曰:『不見!』又問:『聞耶?』對曰:『不聞!』又問:『汝在此耶?在餘處耶?』答曰:『在此!』又問:『汝醒悟耶?』答曰:『醒悟!』又問:『汝為覺寐?』答曰:『不寐!』彼人默念:『是希有也!出家之人專精乃爾,車聲轟轟覺而不聞。』即語我師曰:『向有五百乘車從此道過,車聲振動,尚自不聞,豈他聞哉!』即為作禮,歡喜而去。」

その時、阿羅漢の弟子で福貴という者が、拘夷那竭城から波婆城へ向かう途中、一本の木の下に坐っている仏陀を見かけました。そのお姿は端正で、諸根は静かに定まり、最高の調御された心と第一の寂滅を得ておられました。まるで大龍のようであり、また澄み切った水のように、清らかで穢れがありませんでした。それを見て福貴は喜び、善き心が生じました。すぐに仏陀のもとへ行き、頭を地につけて礼拝し、傍らに坐って仏陀に申し上げました。

「世尊よ、出家の者が清らかな場所で、閑寂な住処を慕い楽しむことは、実に稀有なことです。私の師がある時、拘夷那竭城と波婆城の二つの町の中間にある道端の木の下で、静かに黙然と坐っておられました。その時、五百台の車が傍らを通り過ぎたのですが、車の轟音にも気づかず、聞こえもしなかったのです。すると、ある人が私の師のもとに来て尋ねました。『今、大勢の車が通り過ぎましたが、見えましたか?』師は『見えなかった』と答えました。また『聞こえましたか?』と尋ねると、『聞こえなかった』と答えました。さらに『あなたはここにいましたか、それとも別の場所にいましたか?』と問うと、『ここにいた』と答えました。『では、覚醒していましたか?』と聞くと、『覚醒していた』と答え、『眠っていたのですか?』と尋ねると、『眠ってはいなかった』と答えました。その人は心の中で思いました。『これは稀有なことだ。出家の者が専心精進すればこのようになるのか。車の轟音がしても、覚醒していながら聞こえないとは』そして私の師に言いました。『今、五百台の車がこの道を通り過ぎました。車の音が響き渡ったのに、あなたはそれを聞かなかった。ましてや他の音など聞こえるはずがない』そう言って礼拝し、喜んで去って行きました。」

佛告福貴:「我今問汝,隨意所答,群車振動覺而不聞,雷動天地覺而不聞,何者為難?」

仏陀は福貴に告げられた。「今、私はあなたに尋ねる。心のままに答えなさい。車の群れが地を揺るがすほどの轟音を聞かずに目覚めることと、天と地を揺るがす雷鳴を聞かずに目覚めることと、どちらが難しいか?」

福貴白佛言:「千萬車聲,豈等雷電?不聞車聲未足為難,雷動天地覺而不聞,斯乃為難。」

福貴が仏に申し上げました。「千台、万台の車の音が、どうして雷や稲妻と同じでしょうか。車の音が聞こえないのは、まだ難しいこととは言えません。天地を揺るがす雷鳴が鳴り響いても、それに気づかず聞こえないというのが、本当に難しいことなのです。」

佛告福貴:「我於一時遊阿越村,在一草廬。時有異雲暴起,雷電霹靂,殺四特牛、耕者兄弟二人,人眾大聚。時,我出草廬,彷徉經行,彼大眾中有一人來至我所,頭面禮足,隨我經行,我知而故問:『彼大眾聚何所為耶?』其人即問:『佛向在何所?為覺寐耶?』答曰:『在此!時,不寐也。』其人亦歎希聞得定如佛者也,雷電霹靂,聲聒天地,而獨寂定覺而不聞。乃白佛言:『向有異雲暴起,雷電霹靂,殺四特牛、耕者兄弟二人,彼大眾聚,其正為此。』其人心悅即得法喜,禮佛而去。」

仏陀は福貴に告げられた。「ある時、私は阿越村を巡り、一つの草葺きの庵に滞在していた。すると突然、異様な雲が湧き起こり、雷鳴と稲妻が轟き、四頭の立派な牛と、耕作に従事する兄弟二人の命が奪われた。人々が大勢集まってきた。その時、私は庵を出て、ゆっくりと歩行瞑想をしていた。すると、その群衆の中から一人の男が私のもとに近づき、頭を地に付けて礼拝し、私と共に歩き始めた。私は知りながら、わざと尋ねた。『あの大勢の群衆は、何をしているのですか?』するとその男は逆に問いかけた。『仏陀様は今どこにおられますか? お眠りでしょうか?』私は答えた。『ここにいる。今は眠ってはいない。』その男はまた、仏陀のような深い禅定を得た者に出会えるのは稀なことだと感嘆した。雷鳴と稲妻が天地を揺るがすほどの轟音の中にあって、ただ一人静寂の中にあり、目覚めたまま何も聞こえていないとは。そして仏陀に申し上げた。『さきほど異様な雲が突然湧き起こり、雷鳴と稲妻が轟いて、四頭の立派な牛と耕作の兄弟二人が亡くなりました。あの大勢の群衆が集まっているのは、まさにそのためです。』その男の心は喜びに満ち、法の歓喜を得て、仏陀に礼拝して去って行った。」

爾時,福貴被二黃疊,價直百千,即從座起,長跪叉手而白佛言:「今以此疊奉上世尊,願垂納受。」

その時、福貴は価値十万の黄金の衣を身にまとっていたが、すぐに座から立ち上がり、ひざまずいて合掌し、仏陀に申し上げた。「この衣を世尊にお捧げいたします。どうかお受け取りください。」

佛告福貴:「汝以一疊施我,一施阿難。」爾時,福貴承佛教旨,一奉如來,一施阿難。佛愍彼故,即為納受。時,福貴禮佛足已,於一面坐,佛漸為說法,示教利喜:施論、戒論、生天之論,欲為大患、不淨、穢污,上漏為礙,出要為上。

仏陀は福貴に告げました。「あなたは一枚を私に、一枚を阿難に施しなさい。」 その時、福貴は仏陀の教えに従い、一枚を如来に、一枚を阿難に施しました。 仏陀は彼を哀れみ、それを受け取りました。 福貴は仏陀の足を礼拝し、傍らに座ると、仏陀は次第に法を説き、教えを示して喜びをもたらしました。 施しの教え、戒めの教え、天に生まれる教え、欲望は大きな苦しみであり、不浄で汚れたものであること、煩悩は妨げとなり、解脱こそが最上の道であることを。

時,佛知福貴意,歡喜柔軟,無諸蓋、纏,易可開化,如諸佛常法,即為福貴說苦聖諦,苦集、苦滅、苦出要諦。時,福貴信心清淨,譬如淨潔白疊,易為受色,即於座上遠塵離垢,諸法法眼生,見法得法,決定正住,不墮惡道,成就無畏,而白佛言:「我今歸依佛!歸依法!歸依僧!唯願如來聽我於正法中為優婆塞,自今已後,盡壽不殺、不盜、不婬、不欺、不飲酒,唯願世尊聽我於正法中為優婆塞。」

その時、仏は福貴の心が喜びに満ち、柔らかく、煩悩の覆いや縛りがなく、導きやすいことをご覧になりました。諸仏の常法に従い、福貴に苦の聖諦、苦の集まり、苦の滅び、苦からの出離の真実を説かれました。

その時、福貴の信心は清らかになりました。まるで清らかな白い布が色を染め受けやすいように、彼はその座において煩悩の塵を離れ、諸法を見る法眼が生じました。法を見て法を得、確固たる境地に住し、悪道に堕ちることなく、恐れなき心を成就しました。

そして仏に申し上げました。「私は今、仏に帰依し、法に帰依し、僧に帰依します。どうか如来よ、私が正法の中で優婆塞となることをお許しください。今日より命尽きるまで、殺さず、盗まず、淫らな行いをせず、欺かず、酒を飲みません。どうか世尊よ、私が正法の中で優婆塞となることをお聞き届けください。」

又白佛言:「世尊!遊化若詣波婆城,唯願屈意過貧聚中。所以然者?欲盡家所有飲食、牀臥、衣服、湯藥,奉獻世尊,世尊受已,家內獲安。」

また、仏陀に申し上げました。「世尊よ、もし波婆城へお出かけになるなら、どうか私の貧しい集落にもお立ち寄りくださいませ。その理由は、家にあるすべての食べ物、寝具、衣服、薬を世尊に捧げたいからです。世尊がそれらをお受け取りくだされば、私の家族は安らぎを得ることができるでしょう。」

佛言:「汝所言善!」

仏は言われた。「あなたの言葉は素晴らしい。」

爾時,世尊為福貴說法,示教利喜已。即從座起,頭面禮足,歡喜而去。其去未久,阿難尋以黃疊奉上如來,如來哀愍,即為受之,被於身上。爾時,世尊顏貌從容,威光熾盛,諸根清淨,面色和悅。阿難見已,默自思念:「自我得侍二十五年,未曾見佛面色光澤,發明如今。」即從座起,右膝著地,叉手合掌,前白佛言:「自我得侍二十五年,未曾見佛光色如今,不審何緣?願聞其意!」

その時、世尊は福貴のために法を説き、教えを示し、利益と喜びを与えられました。福貴はすぐに座から立ち上がり、頭を地につけて仏足を礼拝し、喜びながら去って行きました。

福貴が去って間もなく、阿難は黄色の布を手に取り、如来に捧げました。如来は哀れみ深く、それを受け取られ、身にまとわれました。

その時、世尊のお顔は穏やかで、威光は輝き、諸根は清らかであり、お顔の色は和やかで喜びに満ちていました。阿難はこれを見て、心の中で思いました。

「私がお仕えして二十五年になりますが、仏さまのお顔の色がこれほど光り輝き、明るく照らされているのを見たことはありません。」

そして、阿難は座から立ち上がり、右膝を地につけ、手を合わせて合掌し、前に進み出て仏に申し上げました。

「私がお仕えして二十五年になりますが、仏さまの光とお顔の色が今日のように輝いているのを見たことはありません。どうしてこのようなことが起こったのでしょうか。その理由をお聞かせください。」

佛告阿難:「有二因緣,如來光色有殊於常:一者佛初得道,成無上正真覺時;二者臨欲滅度,捨於性命般涅槃時。阿難!以此二緣,光色殊常。」爾時,世尊即說頌曰:

仏陀は阿難に告げられた。「二つの因縁によって、如来の光色は常とは異なる特別な輝きを放つ。一つは、仏が初めて悟りを得て、無上の正しい覚りを成じた時。もう一つは、命を捨てて涅槃に入ろうとする時である。阿難よ、この二つの縁によって、光色は常とは異なるのだ。」その時、世尊は偈を説かれた。

「金色衣光悅,細軟極鮮淨;
福貴奉世尊,如雪白毫光。」

金色の衣は光り輝き、細やかで柔らかく極めて清らか。 福と貴さを世尊に捧げる、雪のように白い眉間の光のように。

佛命阿難:「吾渴欲飲,汝取水來。」

仏が阿難に命じられた:「我、渇きて飲みたし。汝、水を取って来たれ。」

阿難白言:「向有五百乘車於上流渡,水濁未清,可以洗足,不中飲也。」

阿難は申し上げました:「上流で五百台の車が渡ったばかりで、水が濁って澄んでいません。足を洗うには使えますが、飲むのには適しません。」

如是三勅:「阿難!汝取水來。」

阿難よ、水を持ってきなさい。

阿難白言:「今拘孫河去此不遠,清冷可飲,亦可澡浴。」

阿難が申し上げました。「今、拘孫河はここから遠くなく、清らかで冷たく飲むことができ、また沐浴にも使えます。」

時,有鬼神居在雪山,篤信佛道,即以鉢盛八種淨水,奉上世尊。佛愍彼故,尋為受之,而說頌曰:

その時、雪山に鬼神が住んでおり、仏道を深く信じていました。彼は鉢に八種の清らかな水を盛り、世尊に捧げました。仏はその鬼神を憐れみ、すぐにそれを受け取り、次の偈を説かれました。

「佛以八種音,勅阿難取水,
吾渴今欲飲,飲已詣拘尸;
柔軟和雅音,所言悅眾心。
給侍佛左右,尋白於世尊:
向有五百車,截流渡彼岸,
渾濁於此水,飲恐不便身;
拘留河不遠,水美甚清冷;
往彼可取飲,亦可澡浴身。
雪山有鬼神,奉上如來水;
飲已威勢強,眾中師子步。
其水神龍居,清澄無濁穢;
聖顏如雪山,安詳度拘孫。」

仏は八種の音声をもって、阿難に水を汲むようお命じになりました。 「私は今、喉が渇いて飲みたい。 飲んだ後、拘尸へと向かおう」 その柔らかく優雅な声は、聞く者の心を喜ばせるものでした。 そばに仕える阿難は、すぐに世尊に申し上げました。 「さきほど五百の車が川を渡りましたので、 この水は濁っております。 飲まれるには体によろしくないでしょう。 すぐ近くの拘留河は水が美しく、清らかで冷たく、 そちらへ行けば飲むことも、身を清めることもできます」 雪山の鬼神が如来に清らかな水を捧げました。 飲まれた後、その威勢は強まり、 人々の中を獅子のごとく歩まれました。 その水には神龍が住み、澄みきって穢れもなく、 聖なるお顔は雪山のごとく安らかに、拘尸へと渡られたのです。

爾時,世尊即詣拘孫河,飲已澡浴,與眾而去。中路止息在一樹下,告周那曰:「汝取僧伽梨四牒而敷,吾患背痛,欲暫止息。」周那受教,敷置已訖,佛坐其上。周那禮已,於一面坐,而白佛言:「我欲般涅槃!我欲般涅槃!」

その時、世尊は拘孫河に赴き、水を飲み身を清めた後、皆と共に歩みを進められた。道中、一本の樹の下で休息をとられ、周那に仰せになった。「そなた、僧伽梨を四つに折り敷いておくれ。わしは背中が痛み、しばし休みたいのだ」周那はお言葉に従い、衣を敷き整えた。仏はその上にお座りになった。周那は礼拝を済ませ、傍らに座り、仏に申し上げた。「私は般涅槃に入りたいと存じます。私は般涅槃に入りたいのです」

佛告之曰:「宜知是時。」於是,周那即於佛前便般涅槃,佛時頌曰:

仏は彼に告げられました:「今こそその時であると知るがよい。」 すると、周那は仏の御前で即座に般涅槃に入られました。 その時、仏は偈を唱えられました:

「佛趣拘孫河,清涼無濁穢,
人中尊入水,澡浴度彼岸。
大眾之原首,教勅於周那:
吾今身疲極,汝速敷臥具;
周那尋受教,四牒衣而敷;
如來既止息,周那於前坐。
即白於世尊:我欲取滅度,
無愛無憎處,今當到彼方。
無量功德海,最勝告彼曰:
汝所作已辦,今宜知是時。
見佛已聽許,周那倍精勤;
滅行無有餘,如燈盡火滅。」

仏は拘孫河に趣き、清らかで濁りなく、 人々の尊き方が水に入り、身を清めて彼岸に至られた。 大衆の導き手は、周那に命じられた: 「我は今、身も心も疲れ果てた。そなたは急いで臥具を敷きなさい」 周那は直ちに教えを受け、衣を四つ折りにして敷いた。 如来が休まれると、周那は御前に座った。 そして世尊に申し上げた:「私は涅槃に入りたい。 愛も憎しみもない境地へ、今こそ赴かねばなりません」 無量の功徳を備えられた最勝者は、彼に告げられた: 「そなたの為すべきことは成し遂げられた。今こそその時を知るがよい」 仏の許しを得た周那は、一層精進に励んだ。 行いを滅し、何一つ残すことなく、灯火が尽きて消えるように。

時,阿難即從座起,前白佛言:「佛滅度後,葬法云何?」

その時、阿難は座から立ち上がり、仏陀に進み出て申し上げました。 「仏陀が入滅された後、どのようにお葬りをすればよろしいでしょうか。」

佛告阿難:「汝且默然,思汝所業,諸清信士自樂為之。」

仏は阿難に告げられた:「まず静かにして、あなたのなすべきことを思いなさい。清らかな信仰を持つ在家の信者たちは、自ら進んでこれを行うでしょう。」

時,阿難復重三啟:「佛滅度後,葬法云何?」

その時、阿難は再び三度拝礼して尋ねました。「仏陀が入滅された後、どのように葬ればよいのでしょうか?」

佛言:「欲知葬法者,當如轉輪聖王。」

仏は言われた。「葬法を知りたいならば、転輪聖王のごとくあるべきである。」

阿難又白:「轉輪聖王葬法云何?」

阿難がまた尋ねました。「転輪聖王の葬儀の方法はどのようなものでしょうか?」

佛告阿難:「聖王葬法,先以香湯洗浴其體,以新劫貝周遍纏身,以五百張疊次如纏之。內身金棺灌以麻油畢,舉金棺置於第二大鐵槨中,栴檀香槨次重於外,積眾名香,厚衣其上而闍維之。訖收舍利,於四衢道起立塔廟,表剎懸繒,使國行人皆見法王塔,思慕正化,多所饒益。阿難!汝欲葬我,先以香湯洗浴,用新劫貝周遍纏身,以五百張疊次如纏之。內身金棺灌以麻油畢,舉金棺置於第二大鐵槨中,旃檀香槨次重於外,積眾名香,厚衣其上而闍維之。訖收舍利,於四衢道起立塔廟,表剎懸繒,使諸行人皆見佛塔,思慕如來法王道化,生獲福利,死得上天。」於時,世尊重觀此義,而說頌曰:

仏は阿難に告げられた。「聖なる王の葬法は、まず香湯でその体を洗い清め、新しい劫貝で全身を包み、五百枚の布を順に重ねて巻く。その身を金の棺に納め、胡麻油を注ぎ終えたら、金棺を第二の大きな鉄の外棺の中に収める。次に栴檀の香木で作った外棺を重ね、さまざまな名香を積み、厚くその上を覆って荼毘に付す。終わって舎利を収め、四つ辻に塔廟を建て、柱を立て幡を懸ける。国を行く人々が皆、法王の塔を見て、正しい教えを慕い、多くの利益を得るようにするのだ。阿難よ、汝が我を葬らんとするならば、まず香湯で洗い清め、新しい劫貝で全身を包み、五百枚の布を順に重ねて巻くがよい。この身を金の棺に納め、胡麻油を注ぎ終えたら、金棺を第二の大きな鉄の外棺の中に収めよ。栴檀の香木の外棺を次に重ね、さまざまな名香を積み、厚くその上を覆って荼毘に付すのだ。終わって舎利を収め、四つ辻に塔廟を建て、柱を立て幡を懸けよ。行く人々が皆、仏塔を見て、如来の法王としての教えと導きを慕い、生きては福と利益を得、死しては天上に生まれるように。」この時、世尊は重ねてこの意義を観じて、偈を説かれた。

「阿難從坐起,長跪白世尊,
如來滅度後,當以何法葬?
阿難汝且默,思惟汝所行;
國內諸清信,自當樂為之。
阿難三請已,佛說轉輪葬,
欲葬如來身,疊裹內棺槨;
四衢起塔廟,為利益眾生,
諸有禮敬者,皆獲無量福。」

阿難は座より立ち上がり、長跪して世尊に申し上げました。 「如来が滅度された後、どのような方法で葬ればよいのでしょうか。」

「阿難よ、しばらく黙して、汝の行いを思惟せよ。 国内の清信ある者たちが、自ら進んで行うであろう。」

阿難が三度請うた後、仏は転輪葬について説かれました。 「如来の身を葬るには、衣で包み棺に納めよ。 四つの大路に塔廟を建て、衆生の利益のためにせよ。 礼拝敬う者すべて、無量の福を得るであろう。」

佛告阿難:「天下有四種人,應得起塔,香花繒蓋,伎樂供養。何等為四?一者如來應得起塔,二者辟支佛,三者聲聞人,四者轉輪王。阿難!此四種人應得起塔,香華繒蓋,伎樂供養。」爾時,世尊以偈頌曰:

仏は阿難に告げられた。 「世の中には四種類の人々がおり、その方々のために塔を建て、香や花、絹の天蓋、音楽などで供養すべきである。どの四つかというと、 第一は如来(仏陀)のために塔を建てるべきであり、 第二は辟支仏(独覚)のために、 第三は声聞(弟子)のために、 第四は転輪王のためにである。 阿難よ、この四種類の人々のために塔を建て、香や花、絹の天蓋、音楽などで供養すべきなのだ」 その時、世尊は次の偈(うた)を唱えられた。

「佛應第一塔,辟支佛聲聞,
及轉輪聖王,典領四域主。
斯四應供養,如來之所記,
佛、辟支、聲聞,及轉輪王塔。」

仏は第一の塔に応じ、辟支仏と声聞、 及び転輪聖王、四域を治める主。 この四者は供養に値する、如来の記したところ、 仏、辟支、声聞、及び転輪王の塔。

爾時,世尊告阿難:「俱詣拘尸城,末羅雙樹間。」

その時、世尊は阿難に告げられた:「共に拘尸城へ行こう、末羅族の沙羅双樹の間に。」

對曰:「唯然!」即與大眾圍遶世尊,在道而行。

一同に答えて言った。「はい、承知いたしました。」そして大衆と共に世尊を取り囲み、道を歩みながら進んで行った。

有一梵志從拘尸城趣波婆城,中路遙見世尊顏貌端正,諸根寂定,見已歡喜,善心自生,前至佛所,問訊訖,一面住,而白佛言:「我所居村去此不遠,唯願瞿曇於彼止宿,清旦食已,然後趣城。」佛告梵志:「且止!且止!汝今便為供養我已。」

一人のバラモンが、拘尸城から波婆城へ向かう途中、遠くから世尊の端正な顔立ちと静かに安定した諸根の様子を目にし、見るや喜びが湧き、自然と善き心が生まれました。彼は仏のもとに進み出て挨拶を済ませると、傍らに立ってこう申し上げました。

「私の住む村はここから遠くありません。どうか瞿曇様、今夜はそちらでお泊まりになり、明朝お食事を済ませてからお進みください。」

仏はバラモンに告げられました。 「それで十分です。あなたはすでに私を供養してくださったのです。」

時,梵志慇懃三請,佛答如初,又告梵志:「阿難在後,汝可語意。」

その時、梵志が丁寧に三度請うたが、仏は最初と同じように答え、さらに梵志に告げられた:「阿難が後ろにいる。あなたは彼に話すことができる。」

時,梵志聞佛教已,即詣阿難,問訊已,於一面立,白阿難言:「我所居村去此不遠,欲屈瞿曇於彼止宿,清旦食已,然後趣城。」

その時、梵志は仏の教えを聞き終えると、すぐに阿難のもとへ行き、挨拶を交わしてから傍らに立ち、阿難に言った。「私の住む村はここから遠くありません。瞿曇(釈尊)をお招きして、一晩お泊まりいただき、朝食を済ませてから、ゆっくりとお城へ向かっていただけませんか。」

阿難報曰:「止!止!梵志!汝今已為得供養已。」

阿難は答えて言った、「もう十分です、バラモンよ。あなたはすでに供養を受けるに値する者となりました。」

梵志復請,慇懃至三,阿難答曰:「時既暑熱,彼村遠逈,世尊疲極,不足勞嬈。」

梵志は三度まで丁寧に願い出ましたが、阿難は答えました。「今は暑い盛りで、あの村は遠く離れております。世尊はお疲れですから、これ以上煩わせるわけにはまいりません。」

爾時,世尊觀此義已,即說頌曰:

その時、世尊はこの意味を観察し終え、即ち偈を説かれた。

「淨眼前進路,疲極向雙樹;
梵志遙見佛,速詣而稽首,
我村今在近,哀愍留一宿;
清旦設微供,然後向彼城。
梵志我身倦,道遠不能過;
監藏者在後,汝可住語意。
承佛教旨已,即詣阿難所:
唯願至我村,清旦食已去。
阿難曰止止,時熱不相赴。
三請不遂願,憂惱不悅樂。
咄此有為法,流遷不常住;
今於雙樹間,滅我無漏身。
佛、辟支、聲聞,一切皆歸滅;
無常無撰擇,如火焚山林。」

清らかな目で前の道を見つめ、疲れ果てて沙羅双樹の方へ進む。 婆羅門が遠くから仏を見かけ、急いで近づき頭を地に付けて礼をした。 「私の村は今すぐ近くです、どうか哀れみを垂れ一晩お泊まりください。 明朝にささやかな供養を整え、その後あの町へお向かいくださいませ」

仏は言われた。「婆羅門よ、我が身は疲れ、道のりも遠くて先へは進めぬ。 監蔵(阿難)が後ろにいるから、そなたは彼のもとへ行って伝えるがよい」

教えの言葉を受け、すぐに阿難のもとへ赴き言った。 「どうか私の村へお越しください、朝食を済ませてからお出かけください」 阿難は言った。「やめよ、やめよ。今は暑い時季でお供はできぬ」

三度願いをかけても叶わず、憂い悩み喜びもなく。 「ああ、この有為の法は、移り変わり常に留まることがない。 今まさに沙羅双樹の間で、我が無漏の身は滅びんとする。 仏も、辟支仏も、声聞も、すべては皆滅びに帰す。 無常は選り好みせず、山の林を火が焼き尽くすように」

爾時,世尊入拘尸城,向本生處末羅雙樹間,告阿難曰:「汝為如來於雙樹間敷置牀座,使頭北首,面向西方。所以然者?吾法流布,當久住北方。」

その時、世尊はクシナガラの町に入り、ご自身の生誕の地であるマッラ族の沙羅双樹の間に向かわれ、阿難にこうおっしゃいました。「そなたは如来のために、この双樹の間に寝台を敷き、頭を北に向け、顔を西に向けて安置せよ。なぜなら、わが教えは広く流布し、長く北方に住まうことになるからである。」

對曰:「唯然!」即敷座,令北首。

お答えしました。「はい、かしこまりました!」すぐに座布団を敷き、北を頭にして寝かせました。

爾時,世尊自四牒僧伽梨,偃右脇如師子王,累足而臥。

その時、世尊は四枚の僧伽梨衣を敷き、獅子王のように右脇を下にして、足を揃えて横たわられた。

時,雙樹間所有鬼神篤信佛者,以非時花布散于地。爾時,世尊告阿難曰:「此雙樹神以非時華供養於我,此非供養如來。」

その時、双樹の間にいる鬼神で仏を深く信じる者たちが、季節外れの花を地面に散らした。その時、世尊は阿難に告げられた。「この双樹の神は季節外れの花で私を供養したが、これは如来への供養ではない。」

阿難白言:「云何名為供養如來?」

阿難が尋ねました:「どのようにしてこそ、如来を供養するといえるのでしょうか?」

佛語阿難:「人能受法,能行法者,斯乃名曰供養如來。」佛觀此義,而說頌曰:

仏は阿難に告げられた: 「人が教えを受けて実践するならば、それこそが如来への供養と言えるのだ」 この真意を踏まえ、仏は次の偈を説かれた。

「佛在雙樹間,偃臥心不亂;
樹神心清淨,以花散佛上。
阿難白佛言:云何名供養?
受法而能行,覺華而為供。
紫金華如輪,散佛未為供;
陰、界、入無我,乃名第一供。」

仏は双樹の間にて、安らかに臥し、心乱れず。 樹神の心清浄にして、花を散らして仏に供す。 阿難、仏に白して言く、いかにしてか供養と名づくべき。 法を受け、よく行じ、覚りの華をもって供養とす。 紫金華、輪の如く散らしても、未だ供養とならず。 陰・界・入に我無し、これ第一の供養と名づく。

爾時,梵摩那在於佛前執扇扇佛,佛言:「汝却,勿在吾前。」

その時、梵摩那が仏の前にいて扇であおいでいた。仏は言われた:「退きなさい、私の前にはいないでください。」

時,阿難默自思念:「此梵摩那常在佛左右,供給所須,當尊敬如來,視無厭足。今者末後須其瞻視,乃命使却,意將何因?」於是,阿難即整衣服,前白佛言:「此梵摩那常在佛左右,供給所須,當尊敬如來,視無厭足。今者末後須其瞻視,而命使却,將有何因?」

その時、阿難は心の中でこう思いました。「この梵摩那は常に仏陀のそばにいて、必要なものを供給し、如来を尊敬し、見飽きることはありません。今、最後の時に彼に見守ってもらう必要があるのに、なぜ彼を退けるように命じられたのでしょうか?」

そこで、阿難は衣を整え、前に進み出て仏陀に申し上げました。「この梵摩那は常に仏陀のそばにいて、必要なものを供給し、如来を尊敬し、見飽きることはありません。今、最後の時に彼に見守ってもらう必要があるのに、なぜ彼を退けるように命じられたのでしょうか?」

佛告阿難:「此拘尸城外有十二由旬,皆是諸大神天之所居宅,無空缺處。此諸大神皆嫌此比丘當佛前立:『今佛末後垂當滅度,吾等諸神,冀一奉覲,而此比丘有大威德,光明暎蔽,使我曹等不得親近禮拜供養。』阿難!我以是緣,故命使却。」

仏は阿難に告げられた:「この拘尸城の外、十二由旬の範囲は、すべて諸々の大神天の住まうところであり、空いている場所はない。これらの大神たちは皆、この比丘が仏の前に立っていることを快く思わない。『今、仏はまさに最後に入滅されようとしている。我ら諸神は、一度でもお目にかかりお仕えしたいと願っているのに、この比丘は大いなる威徳を持ち、その光明が輝きわたって、我らが親しく近づき礼拝供養することを妨げている』と。阿難よ、私はこの縁故によって、彼に下がるよう命じたのだ。」

阿難白佛:「此尊比丘本積何德,修何行業,今者威德乃如是乎?」

阿難が仏に申し上げました。「この尊い比丘は、どのような功徳を積み、どのような修行を重ねられたのでしょうか。今このような威徳を備えていらっしゃるのですか?」

佛告阿難:「乃往過去久遠九十一劫,時世有佛,名毗婆尸,時此比丘以歡喜心,手執草炬,以照彼塔,由此因緣,使今威光上徹二十八天,諸天神光所不能及。」

お釈迦様は阿難にこうおっしゃいました。「遥か遠い昔、九十一劫も前のことであった。その時代に、毘婆尸仏という仏様がおられた。その時、ある比丘が喜びの心で、草で作った松明を手に取り、その仏塔を照らしたのだ。この因縁によって、今、彼の威光は二十八天にまで届き、あらゆる天の神々の光さえも及ばないほどとなったのである。」

爾時,阿難即從座起,偏袒右肩,長跪叉手而白佛言:「莫於此鄙陋小城荒毀之土取滅度也。所以者何?更有大國——瞻婆大國、毗舍離國、王舍城、婆祇國、舍衛國、迦維羅衛國、波羅㮈國,其土人民眾多,信樂佛法,佛滅度已,必能恭敬供養舍利。」

その時、阿難は座より立ち上がり、右肩をあらわにし、ひざまずいて合掌し、仏に申し上げました。 「どうかこの鄙びた小さな町、荒れ果てた土地で入滅なさいませんように。なぜなら、もっと大きな国々——瞻婆大国、毘舎離国、王舎城、婆祇国、舎衛国、迦維羅衛国、波羅奈国——があります。それらの土地の人々は数多く、仏法を信じ喜んでいます。仏が入滅なされれば、必ずや恭敬の心をもって舎利を供養することでしょう。」

佛言:「止!止!勿造斯觀,無謂此土以為鄙陋。所以者何?昔者,此國有王名大善見,此城時名拘舍婆提,大王之都城,長四百八十里,廣二百八十里。是時,穀米豐賤,人民熾盛,其城七重,遶城欄楯亦復七重,彫文刻鏤,間懸寶鈴。其城下基深三仞,高十二仞,城上樓觀高十二仞,柱圍三仞,金城銀門,銀城金門;琉璃城水精門,水精城琉璃門。

仏は言われた。「やめなさい、やめなさい。そのように見てはなりません。この土地を粗末だなどと思ってはなりません。なぜでしょうか。昔、この国には大善見という名の王がいました。この都は当時、拘舎婆提と呼ばれ、大王の都として、長さ四百八十里、幅二百八十里ありました。その時は穀物が豊かで安く、人々は大勢暮らしていました。その城は七重に囲まれ、城を巡る欄干もまた七重で、彫刻が施され、所々に宝の鈴が吊るされていました。城の基礎は深さ三仞、高さ十二仞、城上の楼閣は高さ十二仞、柱の太さは三仞ありました。金の城には銀の門、銀の城には金の門、瑠璃の城には水晶の門、水晶の城には瑠璃の門がありました。

「其城周圓四寶莊嚴,間錯欄楯亦以四寶。金樓銀鈴,銀樓金鈴,寶壍七重,中生蓮花:優鉢羅花、鉢頭摩花、俱物頭花、分陀利花。下有金沙布現其底,俠道兩邊生多隣娑樹,其金樹者,銀葉花實;其銀樹者,金葉花實;水精樹者,琉璃花實;琉璃樹者,水精花實。多隣樹間有眾浴池,清流深潭,潔淨無穢,以四寶塼間砌其邊。金梯銀蹬,銀梯金蹬,琉璃梯金蹬,琉璃梯陛水精為蹬,水精梯陛琉璃為蹬。周匝欄楯,遼遶相承,其城處處生多隣樹,其金樹者,銀葉花實,其銀樹者,金葉花實,水精樹者,琉璃花實,琉璃樹者,水精花實。樹間亦有四種寶池,生四種花。街巷齊整,行伍相當,風吹眾花,紛紛路側。微風四起,吹諸寶樹,出柔軟音,猶如天樂。其國人民,男女大小,共遊樹間,以自娛樂。其國常有十種聲:貝聲、鼓聲、波羅聲、歌聲、舞聲、吹聲、象聲、馬聲、車聲、飲食戲笑聲。

その城は四方を宝で荘厳され、欄干や手すりも四つの宝で美しく飾られています。金の楼閣には銀の鈴、銀の楼閣には金の鈴が下がり、七重の宝の堀には蓮の花が咲き乱れています。青蓮華、紅蓮華、白蓮華、そして大輪の蓮華。その底には金色の砂が敷き詰められ、両側の道沿いには多くの隣娑樹が生い茂っています。金の樹には銀の葉と花実、銀の樹には金の葉と花実、水晶の樹には瑠璃の花実、瑠璃の樹には水晶の花実が輝いています。

隣娑樹の間には多くの浴池があり、清らかな流れと深い淵は穢れなく清浄で、四つの宝の煉瓦で縁が美しく彩られています。金の階段には銀の踏み段、銀の階段には金の踏み段、瑠璃の階段には金の踏み段、瑠璃の階段の踏み段は水晶で、水晶の階段の踏み段は瑠璃で造られています。周囲には欄干が連なり、城の至る所に隣娑樹が生えています。金の樹には銀の葉と花実、銀の樹には金の葉と花実、水晶の樹には瑠璃の花実、瑠璃の樹には水晶の花実が実ります。

木々の間には四種類の宝の池があり、四種類の花が咲き誇っています。街路は整然とし、家並みも調和がとれています。風が多くの花を吹き、道端にふわりと散らします。そよ風が四方から吹き、宝の木々を揺らして柔らかな音を奏でます。それは天界の音楽のようです。

この国の人々は、男女や年齢を問わず、木々の間を共に歩き、楽しみを見出しています。この国には常に十種の音が響き渡ります。貝の音、太鼓の音、波羅の音、歌声、舞の音、笛の音、象の声、馬の声、車の音、そして飲食や笑い声です。

「爾時,大善見王七寶具足,王有四德,主四天下。何謂七寶?一、金輪寶,二、白象寶,三、紺馬寶,四、神珠寶,五、玉女寶,六、居士寶,七、主兵寶。云何善見大王成就金輪寶?王常以十五日月滿時,沐浴香湯,昇高殿上,婇女圍遶,自然輪寶忽現在前,輪有千輻,光色具足,天匠所造,非世所有,真金所成,輪徑丈四。大善見王默自念言:『我曾從先宿諸舊聞如是語:剎利王水澆頭種,以十五日月滿時,沐浴香湯,昇寶殿上,婇女圍遶,自然金輪忽現在前,輪有千輻,光色具足,天匠所造,非世所有,真金所成,輪徑丈四,是則名為轉輪聖王。今此輪現,將無是耶?今我寧可試此輪寶。』

その時、大善見王は七つの宝をすべて備え、四つの徳をそなえ、四つの天下を治めていました。七つの宝とは何でしょうか。第一に金輪宝、第二に白象宝、第三に紺馬宝、第四に神珠宝、第五に玉女宝、第六に居士宝、第七に主兵宝です。

さて、大善見大王はどのようにして金輪宝を成就したのでしょうか。王は常に十五日の満月の夜、香湯で沐浴し、高い殿閣に昇り、侍女たちに囲まれていると、自然に輪宝が忽然と目の前に現れました。その輪には千本の輻があり、光と色彩に満ち、天の工匠が造ったもので、世にあるものではなく、純金でできており、直径は一丈四尺ありました。

大善見王は心の中でこう思いました。「私は昔から古老たちの話で聞いたことがある。剎利王たる水澆頭種は、十五日の満月の夜、香湯で沐浴し、宝殿に昇り、侍女たちに囲まれていると、自然に金輪が忽然と目の前に現れる。その輪には千本の輻があり、光と色彩に満ち、天の工匠が造ったもので、世にあるものではなく、純金でできており、直径は一丈四尺ある。これこそが転輪聖王と呼ばれる者である、と。今、この輪が現れた。まさかこれがその輪ではないだろうか。今、私はこの輪宝を試してみよう。」

「時,大善見王即召四兵,向金輪寶偏露右臂,右膝著地,以右手摩抆金輪,語言:『汝向東方,如法而轉,勿違常則。』輪即東轉。時,善見王即將四兵隨其後行,金輪寶前有四神引導,輪所住處,王即止駕。爾時,東方諸小國王見大王至,以金鉢盛銀粟,銀鉢盛金粟,來趣王所,拜首白言:『善來,大王!今此東方土地豐樂,人民熾盛,志性仁和,慈孝中順。唯願聖王於此治政,我等當給使左右,承受所當。』時,善見大王語小王言:『止!止!諸賢!汝等則為供養我已,但當以正法治,勿使偏枉,無令國內有非法行,此即名曰我之所治。』

時、大善見王は直ちに四兵を召集し、金輪宝に向かって右肩を露わにし、右膝を地につけて、右手で金輪を撫でながら言いました。「汝、東方に向かい、法に従って回転せよ。常の法則に背くことなかれ。」すると、輪は直ちに東へと転がり始めました。

時、善見王は四兵を率いてその後を進み、金輪宝の前には四神が導き、輪が止まる場所で王もまた車を止めました。その時、東方の諸小国の王たちは大王の到来を見て、金の鉢に銀の粟を盛り、銀の鉢に金の粟を盛り、王のもとへ急ぎ参り、頭を下げて申し上げました。「ようこそ、大王。この東方の土地は豊かで楽しく、人民は繁栄し、心は仁愛に満ち、慈しみと孝行、忠実と従順に富んでおります。どうか聖王にここで政治を執っていただき、我等は左右に仕えて、なすべきことを承りたいと存じます。」

その時、善見大王は小国の王たちに言いました。「止めよ、止めよ、諸賢よ。あなた方はすでに私を供養してくれた。ただ正しい法をもって治め、偏りや不正を起こさず、国内に非法の行いがないようにせよ。これこそが、私の治世と名付けるものなのだ。」

「時,諸小王聞此教已,即從大王巡行諸國,至東海表;次行南方、西方、北方,隨輪所至,其諸國王各獻國土,如東方諸小王。此時,善見王既隨金輪,周行四海,以道開化,安慰民庶已,還本國拘舍婆城。時,金輪寶在宮門上虛空中住,大善見王踊躍而言:『此金輪寶真為我瑞,我今真為轉輪聖王。』是為金輪寶成就。

その時、諸々の小王たちはこの教えを聞き、すぐに大王に従って諸国を巡行し、東海の果てに至りました。次に南方、西方、北方へと進み、輪が至るところに従って、その諸国の王たちはそれぞれ国土を献上し、東方の諸々の小王たちと同じようにしました。この時、善見王は金輪に従って四海を巡行し、道をもって民を教化し、安心させた後、本国の拘舎婆城に戻りました。その時、金輪宝は宮殿の門の上、虚空中に留まりました。大善見王は喜び躍って言いました。「この金輪宝はまさに私の瑞兆であり、私は今まさに転輪聖王となったのだ。」これが金輪宝の成就です。

「云何善見大王成就白象寶?時,善見大王清旦在正殿上坐,自然象寶忽現在前,其毛純白,七處平住,力能飛行,其首雜色,六牙纖𦟛,真金間填。時,王見已,念言:『此象賢良,若善調者,可中御乘。』即試調習,諸能悉備。時,善見大王欲自試象,即乘其上,清旦出城,周行四海,食時已還。時,善見王踊躍而言:『此白象寶真為我瑞,我今真為轉輪聖王。』是為象寶成就。

善見大王は、どのようにして白象の宝を成就したのでしょうか。あるとき、善見大王が朝早く正殿に座っていると、自然に白象の宝が目の前に現れました。その毛は純白で、七つの部位が均整よく、飛行する力を持ち、頭はさまざまな色に輝き、六本の牙は細く美しく、純金がその間に埋め込まれていました。王はそれを見て、心に思いました。「この象は優れている。もしうまく調教できれば、乗り物として使えるだろう。」そこで試しに調教してみると、あらゆる能力を備えていました。善見大王は自ら象を試そうと、その背に乗り、朝早く城を出て、四海を一周し、食事の時間には戻ってきました。善見王は喜び躍って言いました。「この白象の宝は、まさに私の吉兆だ。私は今、本当に転輪聖王となったのだ。」これが象宝の成就です。

「云何善見大王成就馬寶?時,善見大王清旦在正殿上坐,自然馬寶忽現在前,紺青色,朱髦尾,頭頸如象,力能飛行。時,王見已,念言:『此馬賢良,若善調者,可中御乘。』即試調習,諸能悉備。時,善見王欲自試馬寶,即乘其上,清旦出城,周行四海,食時已還。時,善見王踊躍而言:『此紺馬寶真為我瑞,我今真為轉輪聖王。』是為紺馬寶成就。

善見大王は、どのようにして馬宝を成就したのでしょうか。

ある時、善見大王が早朝に正殿に座っていると、自然に馬宝が目の前に現れました。その馬は紺青色で、たてがみと尾は朱色、頭と首は象のようにたくましく、空を飛ぶ力を持っていました。

王はそれを見て、こう思いました。 「この馬は立派だ。もし上手に調教すれば、乗りこなすことができるだろう。」

そこで試しに調教してみると、あらゆる能力を備えていました。善見王はこの馬宝を試そうと、その背に乗り、早朝に城を出て、四海を一周し、食事の時間には戻ってきました。

善見王は喜び躍り上がって言いました。 「この紺色の馬宝は、まさに私の瑞兆だ。私は今、本当に転輪聖王となったのだ。」

これが紺馬宝の成就です。

「云何善見大王神珠寶成就?時,善見大王於清旦在正殿上坐,自然神珠忽現在前,質色清徹,無有瑕穢。時,王見已,言:『此珠妙好,若有光明,可照宮內。』時,善見王欲試此珠,即召四兵,以此寶珠置高幢上,於夜冥中齎幢出城,其珠光明,照諸軍眾,猶如晝日。於軍眾外周匝,復能照一由旬。現城中人皆起作務,謂為是晝。時,王善見踊躍而言:『今此神珠真為我瑞,我今真為轉輪聖王。』是為神珠寶成就。

善見大王の神珠の宝の成就とはどのようなものか。時、善見大王が朝早く正殿に座っていると、自然に神珠が忽然と目の前に現れた。その質は清らかで透き通り、一点の瑕も穢れもなかった。王はそれを見て言った。「この珠は実に素晴らしい。もし光を放つならば、宮中を照らすことができるだろう。」そこで善見王はこの珠を試そうと、四軍を召集し、この宝珠を高い旗竿の上に置き、夜の闇の中、その旗竿を持って城を出た。すると珠の光は軍勢全体を照らし、まるで昼のようであった。軍勢の周囲一由旬の範囲をも照らし出した。城の人々は皆、起きて仕事を始め、昼だと勘違いした。その時、善見王は喜び躍りながら言った。「今この神珠はまさに私の瑞兆である。私は今、真の転輪聖王となったのだ。」これが神珠の宝の成就である。

「云何善見大王成就玉女寶?時,玉女寶忽然出現,顏色從容,面貌端正,不長不短,不麤不細,不白不黑,不剛不柔,冬則身溫,夏則身涼,舉身毛孔出栴檀香,口出優鉢羅華香,言語柔軟,舉動安詳,先起後坐,不失宜則。時,王善見清淨無著,心不暫念,況復親近。時,王善見踊躍而言:『此玉女寶真為我瑞,我今真為轉輪聖王。』是為玉女寶成就。

いかにして善見大王は玉女寶を成就したのでしょうか。その時、玉女寶が忽然と現れました。彼女の色合いは落ち着いており、顔立ちは端正で、背丈は長すぎず短すぎず、体つきは太すぎず細すぎず、肌色は白すぎず黒すぎず、性質は硬すぎず柔らかすぎず、冬には体が温かく、夏には体が涼しく、全身の毛穴からは栴檀の香りが漂い、口からは優鉢羅華の香りがし、言葉は柔らかく、動作は穏やかで、先に立ち上がり後に座るといった振る舞いも、適切な礼儀を欠くことがありませんでした。その時、善見王は清らかで執着がなく、心に一瞬も彼女を思うことはなく、ましてや親しく接することなどありませんでした。善見王は喜び躍って言いました。「この玉女寶はまさに私の瑞兆だ。私は今、真の転輪聖王となったのだ。」これが玉女寶の成就です。

「云何善見大王居士寶成就?時,居士丈夫忽然自出,寶藏自然,財富無量。居士宿福眼,能徹視地中伏藏,有主無主,皆悉見知。其有主者,能為擁護,其無主者,取給王用。時,居士寶往白王言:『大王!有所給與,不足為憂,我自能辦。』時,善見王欲試居士寶,即勑嚴船於水遊戲,告居士曰:『我須金寶,汝速與我。』居士報曰:『大王小待,須至岸上。』王尋逼言:『我停須用,正爾得來。』時,居士寶被王嚴勑,即於船上長跪,以右手內著水中,水中寶瓶隨手而出,如蟲緣樹。彼居士寶,亦復如是,內手水中,寶緣手出,充滿船上,而白王言:『向須寶用,為須幾許?』時,王善見語居士言:『止!止!吾無所須,向相試耳!汝今便為供養我已。』時,彼居士聞王語已,尋以寶物還投水中。時,善見王踊躍而言:『此居士寶真為我瑞,我今真為轉輪聖王。』是為居士寶成就。

善見大王の居士宝の成就とは、どのようなものでしょうか。その時、居士たる者が自然に現れ、宝の蔵も自然に開かれ、財宝は限りなく豊かでした。この居士は過去の福徳により、地中に隠された財宝を見通す眼を持ち、それが誰の所有か、あるいは無主のものかをすべて見分けることができました。所有者があるものは保護し、無主のものは王のために用いることができたのです。

ある時、居士宝は王のもとへ赴き、こう申し上げました。「大王、何かご入用のものがあっても、ご心配には及びません。私が必ずお調えいたします。」

善見王は居士宝を試そうと思い、船を整えさせて水遊びをしている最中に告げました。「金銀財宝が必要だ。すぐに持って来い。」

居士は答えました。「大王、しばらくお待ちください。岸に着いてからに。」

しかし王はすぐに迫りました。「今すぐに必要なのだ。今すぐ持って来い。」

居士宝は王の厳しい命令を受け、船の上でひざまずき、右手を水中に差し入れました。すると、水中の宝瓶が手に沿って、まるで木を登る虫のように次々と現れ出たのです。居士宝はその手を水中に入れたまま、宝が手に沿って湧き出て、船中を満たしました。そして王に申し上げました。「さきほどお求めになった財宝は、どれほどお必要でしょうか。」

善見王は居士に言いました。「やめよ、やめよ。わしは何も必要ではない。ただ試してみただけだ。お前はすでにわしを供養してくれた。」

居士は王の言葉を聞くと、すぐにその宝物をすべて水中へ戻しました。

善見王は喜び躍って言いました。「この居士宝こそ、まさにわしの瑞兆である。今、わしは真の転輪聖王となったのだ。」

これが居士宝の成就です。

「云何善見大王主兵寶成就?時,主兵寶忽然出現,智謀雄猛,英略獨決,即詣王所白言:『大王!有所討罰,王不足憂,我自能辦。』時,善見大王欲試主兵寶,即集四兵而告之曰:『汝今用兵,未集者集,已集者放;未嚴者嚴,已嚴者解;未去者去,已去者住。』時,主兵寶聞王語已,即令四兵,未集者集,已集者放;未嚴者嚴,已嚴者解;未去者去,已去者住。時,善見王踊躍而言:『此主兵寶真為我瑞,我今真為轉輪聖王。』阿難!是為善見轉輪聖王成就七寶。

「善見大王の主兵宝の成就とはどのようなものであったか。その時、主兵宝が忽然と現れました。智謀に優れ、雄猛で、英略は独自の決断力に富み、すぐに王のもとに赴き申し上げました。『大王。お討伐なさるべきことがあれば、王はご心配なさらずとも、私が自らお引き受けいたします』。

そこで、善見大王は主兵宝を試そうと、四軍を集めて告げました。『汝は今、兵を用いよ。未だ集まっていない者は集め、すでに集まった者は解散させよ。未だ武装していない者は武装させ、すでに武装している者は武装を解かせよ。未だ出発していない者は出発させ、すでに出発した者は留まらせよ』。

主兵宝は王の言葉を聞くと、すぐに四軍に命じました。未だ集まっていない者は集め、すでに集まった者は解散させ、未だ武装していない者は武装させ、すでに武装している者は武装を解かせ、未だ出発していない者は出発させ、すでに出発した者は留まらせたのです。

善見王は躍り上がって喜び、言いました。『この主兵宝はまことに私の瑞兆である。私は今、まことの転輪聖王となったのだ』。

阿難よ。これが善見転輪聖王の七宝成就の様子である。」

「何謂四神德?一者長壽不夭,無能及者。二者身強無患,無能及者。三者顏貌端正,無能及者。四者寶藏盈溢,無能及者。是為轉輪聖王成就七寶及四功德。

四つの神徳とは何か。第一は長寿で夭折せず、誰にも及ばないこと。第二は身体が強健で病患なく、誰にも及ばないこと。第三は容貌が端正で、誰にも及ばないこと。第四は宝蔵が満ち溢れ、誰にも及ばないこと。これが転輪聖王が七宝と四つの功徳を成就する所以である。

「阿難!時,善見王久乃命駕,出遊後園,尋告御者:『汝當善御,安詳而行。所以然者?吾欲諦觀國土人民安樂無患。』時,國人民路次觀者,復語侍人:『汝且徐行,吾欲諦觀聖王威顏。』阿難!時,善見王慈育民物,如父愛子,國民慕王,如子仰父,所有珍奇盡以貢王,願垂納受,在意所與。時王報曰:『且止!諸人!吾自有寶,汝可自用。』復於異時,王作是念:『我今寧可造作宮觀。』適生是意,時,國人民詣王善見,各白王言:『我今為王造作宮殿。』王報之曰:『我今以為得汝供養,我有寶物,自足成辦。』時,國人民復重啟王:『我欲與王造立宮殿。』王告人民:『隨汝等意。』時,諸人民承王教已,即以八萬四千兩車,載金而來,詣拘舍婆城,造立法殿。時,第二忉利妙匠天子默自思念:『唯我能堪與善見王起正法殿。』

阿難よ、その時、善見王は長い時を経て車を用意し、後園へと遊びに出かけ、御者にこう尋ねて言いました。『お前は上手に車を操り、ゆっくりと進むがよい。なぜなら、私は国の人々が安楽で災いなく暮らしている様子を、じっくりと見たいからだ。』すると、道端で王を見つけた国の人々は、また侍従に言いました。『どうかゆっくりと進んでください。私たちも聖なる王の威厳あるお顔を、しっかりと拝見したいのです。』阿難よ、その時、善見王は民や万物を慈しみ育てる様は、まるで父が子を愛するようであり、国民が王を慕う様は、子が父を仰ぎ見るようでした。すべての珍しい宝物を王に献上し、どうかお受け取りいただき、お心のままにお使いくださいと願いました。王は彼らにこう答えました。『やめなさい、皆よ。私はすでに宝物を持っている。お前たちは自分で使いなさい。』また別の時、王はこう考えました。『今こそ私は宮殿を造ろう。』ちょうどその思いを抱いた時、国の人々が善見王のもとを訪れ、それぞれ王に申し上げました。『私たちが今、王のために宮殿を造りましょう。』王は彼らに答えました。『私はすでにあなた方の供養を得ている。私には宝物があり、自分で十分に成し遂げられる。』すると、国の人々は再び王に申し上げました。『私たちは王のために宮殿を建てたいのです。』王は人々に告げました。『あなた方の思いのままにしなさい。』人々は王の教えを受け、すぐに八万四千両の車に金を積み、拘舎婆城へと向かい、法殿を建て始めました。その時、第二の忉利天の優れた匠の天子は静かに思いを巡らせました。『ただ私だけが、善見王のために正しい法の宮殿を建てることができるだろう。』

「阿難!時,妙匠天造法殿,長六十里,廣三十里,四寶莊嚴,下基平整,七重寶塼以砌其階;其法殿柱有八萬四千,金柱銀櫨,銀柱金櫨,琉璃、水精櫨柱亦然。繞殿周匝,有四欄楯,皆四寶成,又四階陛亦四寶成。其法殿上有八萬四千寶樓,其金樓者銀為戶牖,其銀樓者金為戶牖,水精、琉璃樓戶亦然。金樓銀牀,銀樓金牀,綩綖細輭,金縷織成,布其座上,水精、琉璃樓牀亦然。其殿光明,眩曜人目,猶日盛明,無能視者。時,善見王自生念言:『我今可於是殿左右起多隣園池。』即造園池,縱廣一由旬。

阿難よ、その時、妙匠天が法殿を造りました。長さ六十里、幅三十里、四つの宝で荘厳され、基盤は平らで整い、七重の宝の煉瓦で階段が築かれていました。その法殿の柱は八万四千本あり、金の柱には銀の斗栱、銀の柱には金の斗栱、瑠璃や水晶の斗栱と柱も同様でした。殿の周囲には四つの欄干が巡らされ、すべて四宝でできており、四つの階段もまた四宝でできていました。

その法殿の上には八万四千の宝楼があり、金の楼閣には銀の戸や窓が、銀の楼閣には金の戸や窓が、水晶や瑠璃の楼閣の戸窓も同様でした。金の楼閣には銀の寝台、銀の楼閣には金の寝台が置かれ、柔らかく細やかな錦織りが金の糸で織られ、座の上に敷かれていました。水晶や瑠璃の楼閣の寝台も同様でした。

その殿の光はまばゆく人々の目を奪い、まるで太陽が輝きわたるかのようで、まともに見ることのできる者は誰もいませんでした。その時、善見王は心にこう思いました。「私は今、この殿の左右に多くの隣接する園池を造ろう。」そしてすぐに、縦横一由旬の園池を造りました。

「又復自念:『於法殿前造一法池。』尋即施造,縱廣一由旬,其水清澄,潔淨無穢,以四寶塼廁砌其下,繞池四邊,欄楯周匝,皆以黃金、白銀、水精、琉璃四寶合成。其池中水生眾雜華:優鉢羅華、波頭摩華、俱物頭華、分陀利華,出微妙香,馚馥四散。其池四面陸地生華:阿醯物多華、瞻蔔華、波羅羅華、須曼陀華、婆師迦華、檀俱摩梨華。使人典池,諸行過者將入洗浴,遊戲清涼,隨意所欲。須漿與漿,須食與食,衣服、車馬、香華、財寶,不逆人意。

また、彼は心に思った。『法殿の前に一つの法池を造ろう。』すぐに施しをして造り、縦横一由旬の広さとした。その水は清く澄み、汚れなく清浄で、四つの宝のれんがで底を敷き詰め、池の四辺を巡らせた欄干は、すべて黄金、白銀、水晶、瑠璃の四宝でできていた。池の中には、さまざまな花が生えていた。優鉢羅華、波頭摩華、俱物頭華、分陀利華、それらは微かな香りを放ち、四方に漂っていた。池の周りの陸地には、阿醯物多華、瞻蔔華、波羅羅華、須曼陀華、婆師迦華、檀俱摩梨華が生えていた。池を管理する者がいて、通りかかる人々を招き入れ、沐浴させ、清涼に遊ばせ、思いのままに楽しませた。飲み物が欲しければ飲み物を、食べ物が欲しければ食べ物を、衣服、車馬、香華、財宝、すべて人々の望みに逆らうことはなかった。

「阿難!時,善見王有八萬四千象,金銀校飾,絡用寶珠,齊象王為第一。八萬四千馬,金銀校飾,絡用寶珠,力馬王為第一。八萬四千車,師子革絡,四寶莊嚴,金輪寶為第一。八萬四千珠,神珠寶為第一。八萬四千玉女,玉女寶為第一。八萬四千居士,居士寶為第一。八萬四千剎利,主兵寶為第一。八萬四千城,拘尸婆提城為第一。八萬四千殿,正法殿為第一。八萬四千樓,大正樓為第一。八萬四千牀,皆以黃金、白銀、眾寶所成,氍𭯫毾𣰆,綩綖細軟,以布其上。八萬四千億衣,初摩衣、迦尸衣、劫波衣為第一。八萬四千種食,日日供設,味味各異。

阿難よ、その時、善見王には八万四千の象がおり、金銀で飾り、宝珠で繋ぎ、その中で象王が第一であった。八万四千の馬がおり、金銀で飾り、宝珠で繋ぎ、その中で力馬王が第一であった。八万四千の車がおり、獅子の革で繋ぎ、四つの宝で荘厳され、その中で金輪宝が第一であった。八万四千の珠があり、神珠宝が第一であった。八万四千の玉女がおり、玉女宝が第一であった。八万四千の居士がおり、居士宝が第一であった。八万四千の剎利がおり、主兵宝が第一であった。八万四千の城があり、拘尸婆提城が第一であった。八万四千の殿があり、正法殿が第一であった。八万四千の楼があり、大正楼が第一であった。八万四千の寝台があり、すべて黄金、白銀、さまざまな宝でできており、毛氈や敷物が敷かれ、細やかで柔らかな布がかけられていた。八万四千億の衣があり、初摩衣、迦尸衣、劫波衣が第一であった。八万四千種の食物があり、毎日供えられ、それぞれの味が異なっていた。

「阿難!時,善見王八萬四千象,乘齊象上,清旦出拘尸城,案行天下,周遍四海,須臾之間,還入城食。八萬四千馬,乘力馬寶,清旦出遊,案行天下,周遍四海,須臾之間,還入城食。八萬四千車,乘金輪車,駕力馬寶,清旦出遊,案行天下,周遍四海,須臾之間,還入城食。八萬四千神珠,以神珠寶,照於宮內,晝夜常明。八萬四千玉女,玉女寶善賢給侍左右。八萬四千居士,有所給與,任居士寶。八萬四千剎利,有所討罰,任主兵寶。八萬四千城,常所治都,在拘尸城。八萬四千殿,王所常止,在正法殿。八萬四千樓,王所常止,在大正樓。八萬四千座,王所常止,在頗梨座,以安禪故。八萬四千億衣,上妙寶飾,隨意所服,以慚愧故。八萬四千種食,王所常食,食自然飯,以知足故。

阿難よ、その時、善見王は八万四千頭の象を有し、その最上の象に乗って、朝早く拘尸城を出発し、天下を巡行して四海を遍く回り、瞬く間に城に戻って食事をした。八万四千頭の馬は、その力強い宝馬に乗り、朝早く出遊して天下を巡行し、四海を遍く回り、瞬く間に城に戻って食事をした。八万四千台の車は、金輪の車に乗り、力強い宝馬に引かせ、朝早く出遊して天下を巡行し、四海を遍く回り、瞬く間に城に戻って食事をした。八万四千個の神珠は、その神珠の宝によって宮殿内を照らし、昼夜を通じて常に明るかった。八万四千人の玉女は、その玉女の宝である善賢が左右に仕えて給仕した。八万四千人の居士は、与えるべきものがあれば、居士の宝に任せた。八万四千人の剎帝利は、罰すべきことがあれば、主兵の宝に任せた。八万四千の城は、常に治める都として、拘尸城にあった。八万四千の殿は、王が常に止まる所として、正法殿にあった。八万四千の楼閣は、王が常に止まる所として、大正楼にあった。八万四千の座は、王が常に止まる所として、頗梨の座にあり、それは禅定に安んじるためであった。八万四千億の衣は、上妙の宝飾を施し、思いのままに身に着け、それは慚愧の心によるものであった。八万四千種の食物は、王が常に食するもので、自然の飯を食べ、それは知足の心によるものであった。

「時,八萬四千象來現,王時蹋蹈衝突,傷害眾生,不可稱數。時王念言:『此象數來,多所損傷,自今而後,百年聽現一象。』如是轉次百年現一,周而復始。」

その時、八万四千頭の象が現れ、王はその象たちを踏みつけ、突き倒し、数えきれないほどの生き物たちを傷つけました。王はこう考えました。「この象たちが度々現れては多くの害を及ぼしている。今から百年に一度だけ象を現すことを許そう。」こうして、百年ごとに一頭ずつ現れるようになり、それが繰り返されるようになりました。

佛說長阿含經卷第三

仏説長阿含経 巻第三


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