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title: "法句經 · 28 道行品"
description: "法句经是佛教重要经典，由古印度高僧法救尊者编纂，三国时期维祇难等译师将其译为汉文。该经属于早期佛教典籍，收录了佛陀在不同场合宣说的偈颂，内容涵盖修行、道德、智慧等核心教义，以简洁诗偈形式阐述佛法真谛。作为佛教基础入门经典，法句经语言通俗易懂，在汉传佛教中具有广泛影响力，是了解原始佛教思想的重要文献。其短小精悍的偈颂便于记诵传播，对佛教伦理观念的形成与普及起到关键作用，至今仍被佛教徒奉为日常修持指南。"
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### 道行品法句經第二十八二十有八章

> 道行品法句経 第二十八 二十八章

道行品者，旨說大要度脫之道，此為極妙。

> 道を実践する章は、悟りへと導く大切な教えを説いています。これこそが最も優れた教えです。

八直最上道， 四諦為法迹，不婬行之尊， 施燈必得眼。是道無復畏， 見淨乃度世，此能壞魔兵， 力行滅邪苦。我已開正道， 為大現異明，已聞當自行， 行乃解邪縛。生死非常苦， 能觀見為慧，欲離一切苦， 行道一切除；生死非常空， 能觀見為慧，欲離一切苦， 但當勤行道。起時當即起， 莫如愚覆淵，與墮無瞻聚， 計罷不進道。念應念則正， 念不應則邪，慧而不起邪， 思正道乃成。慎言守意念， 身不善不行，如是三行除， 佛說是得道。斷樹無伐本， 根在猶復生，除根乃無樹， 比丘得泥洹。

> 八正道こそ最高の道であり、 四諦こそ法の足跡である。 不淫の行こそ最も尊く、 灯を施す者は必ず目を得る。 この道にはもはや恐れはなく、 清らかさを見る者は世を渡る。 これは魔の軍勢を破ることができ、 力強く行じれば邪な苦しみは滅びる。 私はすでに正しい道を開き、 大きく不思議な光を現した。 すでに聞いたならば自ら行じよ、 行じてこそ邪な束縛から解かれる。 生死は常ならず苦であると、 よく観て見ることが慧である。 すべての苦を離れたいなら、 道を行じればすべて除かれる。 生死は常ならず空であると、 よく観て見ることが慧である。 すべての苦を離れたいなら、 ただ勤めて道を行じよ。 起つべき時にはただちに起て、 愚か者が淵に覆われるようにしてはならない。 堕ちて見ることもなく集まる者と共にいて、 やめて道を進まないようにしてはならない。 念じるべきを念じれば正しく、 念じるべきでないを念じれば邪である。 慧ありて邪を起こさず、 正道を思えばこそ成就する。 言葉を慎み、意を守り、 身に不善を行わず、 このように三つの行いを除くなら、 仏はこれを道を得たと言われる。 木を断つに根を伐らなければ、 根があるかぎりまた生える。 根を除いてこそ木はなくなり、 比丘は涅槃を得る。

不能斷樹， 親戚相戀， 貪意自縛，如犢慕乳； 能斷意本， 生死無彊，是為近道， 疾得泥洹。 貪婬致老、瞋恚致病、 愚癡致死， 除三得道。釋前解後， 脫中度彼， 一切念滅，無復老死。 人營妻子， 不觀病法，死命卒至， 如水湍驟。 父子不救，餘親何望？ 命盡怙親， 如盲守燈。慧解是意， 可修經戒， 勤行度世，一切除苦。 遠離諸淵， 如風却雲，已滅思想， 是為知見。 智為世長，惔樂無為， 知受正教， 生死得盡。知眾行空， 是為慧見， 罷厭世苦，從是道除； 知眾行苦， 是為慧見，罷厭世苦， 從是道除； 眾行非身，是為慧見， 罷厭世苦， 從是道除。吾語汝法， 愛箭為射， 宜以自勗，受如來言。

> 木を断ち切ることができないで、 親戚に恋い焦がれ、貪りの心に自ら縛られるのは、 子牛が乳を慕うようなものだ。 心の根本を断ち切ることができれば、 生と死はきわまりなく続くことがない。 これが道に近づくことであり、 すみやかに涅槃を得る。 貪りの婬は老いをもたらし、 怒りは病をもたらし、 愚かさは死をもたらす。 この三つを取り除けば道を得る。 前を説き後を解き、 脱け出て中道で人を渡し、 すべての思いが滅すれば、 もはや老いも死もない。 人は妻子を養いながら、 病の法を観じない。 死の命はにわかに訪れ、 流れの急な水のようだ。 父と子であっても救えず、 ほかの親族に何を望めようか。 命が尽きれば親に頼るのは、 目の見えない人が灯を守るようなものだ。 慧によってこの意を解すれば、 経と戒を修めることができる。 勤めて行じて世を渡り、 すべての苦を取り除く。 もろもろの淵から遠く離れることは、 風が雲を払うようなものだ。 すでに思いを滅したなら、 これが知見である。 智は世の長であり、 静けさの楽しみは無為である。 正しい教えを受けると知れば、 生と死は尽きる。 もろもろの行は空であると知る、 これが慧の見であり、 世の苦に厭き飽きて、 この道から除かれる。 もろもろの行は苦であると知る、 これが慧の見であり、 世の苦に厭き飽きて、 この道から除かれる。 もろもろの行は我にあらずと知る、 これが慧の見であり、 世の苦に厭き飽きて、 この道から除かれる。 われ汝に法を語る。 愛の矢が射られたなら、 自ら努め励むがよい。 如来の言葉を受けよ。

吾為都以滅， 往來生死盡，非一情以解， 所演為道眼。駛流澍于海， 潘水漾疾滿，故為智者說， 可趣服甘露。前未聞法輪， 轉為哀眾生，於是奉事者， 禮之度三有。三念可念善， 三亦難不善，從念而有行， 滅之為正斷。三定為轉念， 棄猗行無量，得三三窟除， 解結可應念。知以戒禁惡， 思惟慧樂念，已知世成敗， 息意一切解。

> 私はすでに滅りに入り、 生と死の往来も尽きた。 一つの理解だけで解いたのではなく、 説かれたのは道の眼である。 激流が海に注ぎ、 溢れる水が急速に満ちるように、 ゆえに智慧ある者のために説いた、 甘露を味わうことができるように。 かつて聞かれなかった法の輪を、 哀れむ心で衆生のために転じた。 そこでこの教えに仕える者は、 礼を尽くして三有を渡る。 三つの念は善を念じるべきであり、 三つは不善もまた難しい。 念から行いが生まれ、 それを滅することが正しい断である。 三つの定は念を転じ、 執着を捨てて無量を行じ、 三つの三つの窟を得て除き、 結びを解くことは念に応じる。 戒によって悪を禁じることを知り、 思惟と慧によって念を楽しみ、 すでに世の成敗を知り、 意を息めて一切を解する。