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大荘厳論経 (大莊嚴論經)


(六)

(六)

復次,雖復持戒,為人天樂,是名破戒。

さらに、たとえ戒律を守っていても、天や人の楽しみを求めるなら、それは戒律を破っていると言えるのです。

我昔曾聞,有一沙門與婆羅門於空林中夏坐安居,于時沙門數數往返婆羅門所,與其共事不存親踈正處其中。所以者何?若與親昵恐其生憍慢,若與其踈謂為憎惡。即說偈言:

昔、私は次のような話を聞いたことがある。 ある修行者(沙門)とバラモン(婆羅門)が、人里離れた林の中で夏の安居を共に行っていた。その修行者は、頻繁にバラモンのもとを訪れては一緒に過ごしていたが、親しくもなく疎遠でもなく、ちょうど良い距離を保っていた。なぜなら、もし親しくしすぎると、相手が傲慢になるのではないかと恐れ、逆に疎遠にすれば、嫌っていると思われるのではないかと案じたからである。そこで、彼は次のような偈(うた)を詠んだ。

「以杖置日中,竪臥俱無影,
執杖倚亞者,其影則脩長。
彼人亦如是,親踈宜得中,
令漸通泰已,然後為說法。

杖を日の下に置けば、 立てても横にしても影はない。 しかし杖を傾けて持てば、 その影は細長くなる。

人もまた同じ、親しさと疎しさの ほどよさを身につけ、 ゆるやかに心を開かせたなら、 その後に法を説くべきだ。

「此婆羅門無有智慧,不別賢愚供事極苦,是以我今不宜親昵亦不應踈。何以故?事愚人苦,不解供事亦名為苦。」種種方便共相習近,漸相體信得與言語。爾時比丘問婆羅門:「汝今何故舉手向日,臥灰土上裸形噉草,晝夜不臥翹足而立,行此苦行為何所求?」婆羅門答曰:「我求國王。」此婆羅門於後少時身遇病患,往問醫師療疾之方。醫師報言:「宜須食肉。」於是婆羅門語比丘言:「汝可為我至檀越家,乞索少肉以療我疾。」于時比丘作是思惟:「我今化彼正是其時。」作是念已,化為一羊繫著其邊,婆羅門問比丘言:「汝為索肉,今在何處?」比丘答言:「羊即是肉。」婆羅門大生瞋恚而作是言:「我寧殺羊而食肉耶?」於是比丘說偈答言:

このバラモンには智慧がなく、賢い者と愚かな者の区別もつかず、非常に苦しい行を実践している。だから私は今、彼に親しみすぎることも、遠ざかることもすべきではない。なぜなら愚かな者に仕えるのは苦しく、また正しく仕えることを理解しないのも苦しいからである。

そこで比丘は様々な方法で徐々に親しみ、次第に信頼を得て、言葉を交わすことができるようになった。その時、比丘はバラモンに尋ねた。「あなたはなぜ手を日の方に掲げ、灰の上に寝そべり、裸で草を食べ、昼夜横たわらずに片足を上げて立ち、このような苦行をして何を求めるのですか?」バラモンは答えた。「私は王になることを求めているのです。」

その後まもなく、このバラモンは病気にかかり、医者のところへ治療法を尋ねに行った。医者は答えた。「肉を食べる必要があります。」そこでバラモンは比丘に言った。「あなたは私のために施主の家へ行き、少しばかりの肉をもらってきて、私の病気を治してくれませんか。」その時、比丘は考えた。「今こそ彼を教化する時である。」そう考えた比丘は一匹の羊に変身し、彼のそばに結びつけた。バラモンは比丘に尋ねた。「あなたは肉をもらいに行ったはずだが、今どこにあるのか。」比丘は答えた。「羊がすなわち肉です。」バラモンは大いに怒って言った。「私は羊を殺してその肉を食べるというのか!」そこで比丘は偈を唱えて答えた。

「汝今憐一羊,猶尚不欲殺,
後若為國王,牛羊與猪豕,
鷄犬及野獸,殺害無有量,
汝在御座上,厨宰供汝食。
汝若瞋恚時,當言斬彼頭,
或言截手足,又時教挑目。
汝今憐一羊,方欲多殺害,
若實有悲心,宜捨求王意。
如人臨刑戮,畏苦多飲酒,
華林極敷榮,猛火將欲焚。
又如著金鎖,雖好能繫縛,
王位亦如是,恒有恐懼心。
威力諸侍從,莊嚴以珍寶,
不見後過患,凡夫貪願求。
既得造諸惡,墜墮三惡道,
如蛾貪火色,投中自燋滅。
雖有五欲樂,名稱普聞知,
恒多懷恐懼,憂苦患極深。
猶如捉毒蛇,逆風持炬火,
不捨危害至,亦如臨死苦。
王者遊出時,頂上戴天冠,
眾寶自瓔珞,上妙莊嚴服,
名馬眾寶車,乘之出遊巡,
道從數百千,威勢極熾盛。
若有寇敵時,寶鎧自嚴身,
勝則多殺害,負則失身命。
妙香以塗身,上服以香熏,
所食諸餚饍,百味恣其口。
所須皆隨意,無有違逆者,
行來若坐臥,舉動悉疑畏。
親友亦不信,雖復為親友,
恒有危懼心,云何名為樂?
如魚吞鉤餌,如蜜塗利刀,
亦如網羅弶,魚獸貪其味。
不見後苦患,貴富亦如是,
終受地獄苦,地獄垣牆壁,
屋地皆熾然,罪人在其中,
火出自燒身,受苦無有量。
汝當自思惟,所為樂既少,
眾苦患甚多,是故應念苦。
莫求貴自在,捨汝願求心,
唯有求解脫,眾苦悉消除。」

「おまえは今、一頭の羊を憐れんでまだ殺そうとしないが、 後日もし王となれば、牛、羊、豚、鶏、犬、野獣を 数えきれないほど殺すだろう。 おまえが御座にいれば、料理人が食事を用意する。 もしおまえが怒れば、『あの者の首を斬れ』と言い、 『手足を切り落とせ』と言い、また『目をえぐり出せ』と命じる。 おまえは今、一頭の羊を憐れんでいるが、かえって多くの殺生をしようとしている。 もし本当に慈悲の心があるなら、王位を求める思いを捨てるべきだ。

あたかも人が死刑に臨み、苦しさに耐えきれず多く酒を飲むように、 また花の林が爛漫と咲き誇っていても、猛火がそれを焼き尽くそうとしているように。 さらに金の鎖を身に着けることが美しくとも、それが縛りとなるように、 王位もまた同じで、常に恐れの心がつきまとう。 権力を持つ者たちや、珍宝で飾り立てたものは、 後の過ちや苦しみを見ず、凡人はそれに貪り求める。 そしてそれを得ると様々な悪をなし、三悪道に堕ちる。 まるで蛾が火の色に惑い、飛び込んで自ら焼け死ぬように。

五欲の楽しみや名声が広く知られていても、 常に多くの恐れを抱き、憂い苦しみは極めて深い。 あたかも毒蛇を掴むかのようであり、風に向かって火炬を掲げるようであり、 手放さなければ危害が及び、まさに死の苦しみに臨むようである。

王が外出する時、頭上に天冠を戴き、 多くの宝で身を飾り、最も優れた美しい衣をまとう。 名馬や宝の車に乗って巡遊すれば、 随行者は数百、数千に及び、威勢は極めて盛んである。 もし敵が現れれば、鎧で身を固め、 勝てば多くを殺し、負ければ命を失う。

妙なる香を身に塗り、衣服は香で薫され、 食べる様々なご馳走は、百の味を飽きるほど味わう。 必要なものはすべて意のままになり、逆らう者はない。 しかし、歩くにも座るにも臥すにも、その動作全てに疑いと恐れがある。 親しい者も信用できず、たとえ身内であっても、 常に危険を感じていて、どうしてそれを楽しみと言えるだろうか?

まるで魚が針の餌を飲み込むようであり、蜂蜜を刃物に塗るようであり、 あるいは網にかかった魚や獣が味に惑わされるようである。 後の苦しみが見えず、富貴もまた同じである。 ついには地獄の苦しみを受け、地獄の壁や、 地面までもが燃え盛る。罪人はその中で、 炎が自らを焼き、数えきれない苦しみを受ける。

おまえは自らよく考えよ。得る楽しみは少なく、 多くの苦しみが待っている。ゆえに苦しみを深く思うべきだ。 頂点での自由を求めず、その願いを捨てよ。 ただ解脱のみを求めよ。そうすれば、すべての苦しみは消え去るのだ。」

婆羅門聞是偈已默然不答,合掌向比丘白言:「尊者!善有辯才開悟我心,設使得彼三十二天王者亦不甘樂。」即說偈言:

バラモンはこの偈(うた)を聞いて、黙って答えなかった。合掌して比丘に向かい申し上げた。「尊い方よ、見事な弁才で私の心を開き、目覚めさせてくださいました。たとえ三十三天の王となっても、私はそれを喜び楽しむことはございません。」そして、こう偈を詠んだ。

「善意巧方便,明智能觀察,
為我除邪願,示導正真路。
善友當如是,世間所稱讚,
常應近是友,無有諍惱患。
善導我心意,迴邪入正道,
示我善惡相,令得於解脫。」

善意の巧みな方便(はからい)と、明らかな智慧でよく観察し、 私の邪な願いを取り除き、正しく真実の道へ導いてください。 善き友は、そうあるべきものです。世間の人々から称賛されるように、 常にこのような友に近づくべきです。そこには、争いや悩みの苦しみがありません。 私の心をうまく導き、邪な道から正しい道へと向かわせ、 善悪の姿を教え示し、私を解脱へと至らせてください。


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