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大荘厳論経 (大莊嚴論經)


(七)

七

復次,依邪道者得眾苦患,修正道者增長信心及以名稱,有智之人應觀邪正。

さらに、邪な道に従う者は多くの苦しみや悩みを得る。一方、正しい道を修める者は、信心と名声を増していく。賢い人は、邪と正とをよく観察すべきである。

我昔曾聞,有一人於行路側作小苦行,若有人時臥棘刺上,若無人時別居餘處。有人見已而語之言:「汝今亦可徐臥刺上,何必縱體傷毀甚多?」此人聞已深生瞋忿,放身縱體投棘刺上,轉劇於前。時有一優婆塞在其傍立,是苦行者見已自擺,轉復增劇。優婆塞即語之言:「汝於前者但以小刺,今復乃用瞋恚之棘而以自刺。先所刺者傷毀甚淺,貪瞋之刺乃為深利。臥棘刺者苦止一世,貪瞋刺苦及無量身,以刺刺身此瘡易滅,貪瞋刺瘡歷劫不差,是故宜速除深毒刺。」即說偈言:

私はかつて、こう聞いたことがある。ある人が道端で小さな苦行をしていた。人がいるときは、イバラの上に体を横たえ、誰もいないときは別の場所にいた。それを見た人が言った。「あなたは、ゆっくりとイバラの上に横たわることもできるだろうに。なぜ、あえて全身を投げ出して、ひどく傷つけるのか。」この言葉を聞いて、その行者は深く怒りを起こし、全身をイバラの上に投げ出し、以前よりも激しく苦行した。

その時、一人の優婆塞(在家の信者)がそばに立っていた。その苦行僧は、彼が見ているのを見て、さらに激しく身体を投げ出した。そこで優婆塞は言った。「あなたは以前はただ小さなイバラで刺していただけだが、今は怒りのイバラで自らを刺している。先に刺された傷は浅いものだったが、貪りと怒りのイバラは深く鋭い。イバラの上に横たわる苦しみは一生だけで終わるが、貪りと怒りのイバラの苦しみは無数の命に及ぶ。イバラで身体を刺せば、その傷はやがて癒える。しかし、貪りと怒りのイバラの傷は、幾多の劫(長い年月)を経ても治らない。だからこそ、すぐにこの深く毒のあるイバラを取り除くべきなのだ。」そして、次のような偈(詩)を説いた。

「汝今應勤拔,心中深毒刺,
宜以利智刀,割斷貪瞋棘。
貪瞋深著人,世世不可祛,
愚小諸邪見,不識正真道。
苦身臥棘刺,以苦欲離苦,
人見臥棘刺,無不遠逃避。
唯汝於斯苦,抱持不放捨,
我見如此事,乃知有邪正。
是故重自歸,十力之世尊,
大悲拔眾苦,開示正道者,
涉彼邪徑眾,導以八正道。
外道邪見等,為苦所欺誑,
極為信著苦,流轉無窮已。
諸有智慧者,見此倍增信,
外道甚愚惑,苦盡得解脫。
出世大仙說,眾具悉備足,
得修八正道,修道故解脫。
以是故當知,安樂獲解脫,
非如汝外道,受苦得涅槃。
依心故造作,善惡等諸業,
汝當伏心意,何故橫苦身?
身為眾結使,妄修種種苦,
是苦修道者,地獄應是道。
然此地獄中,斬截及糞屎,
熾然燒炙等,具受眾苦毒。
彼雖受諸苦,不得名苦行,
智慧祛三業,垢穢皆消除。
釋迦文佛教,教諸一切人,
應求天甘露,又宣說止觀,
亦莊餝智慧,是名真苦行。
何用徒勞身?造作無益苦,
此苦甚長遠,深廣無崖限。
譬如有惡子,不得其孝養,
但作諸罪累,由彼受眾苦。」
是時彼外道,而作如是言:
「諸仙修苦行,亦復得生天。」
優婆塞說偈,而答於彼言:
「諸仙生天上,非因臥棘刺,
由施戒實語,而得生天上,
汝雖作苦行,都無有利益。
猶如春農夫,不下於種子,
至秋無果實,而可得收穫。
汝等亦如是,不種善根子,
但修諸苦行,畢竟無所獲。
夫欲修道者,當資於此身,
以美味飲食,充足於軀命。
氣力既充溢,能修戒定慧,
斷食甚飢渴,身心俱擾惱。
不令心專定,云何獲聖果?
雖復食餚饍,不貪著美味,
但為戒實語,施忍及禪定,
斯等為種子,能獲善果報。
身雖受飢渴,而心望美味,
因時尚不甘,況當獲美果?
若有殘害心,使他生畏怖;
若除殘害心,能施無畏者,
是則名行法。若復生殘害,
稱之為非法。美味充足者,
終無害他意,以無害心故,
無有損於彼,設起大慈心,
然得大善果。汝雖行自餓,
飢渴而睡眠,亦復無益事。」
外道作是言:「如汝起慈心,
不必能利益,而得大果報。
自餓而睡眠,其事亦如是,
雖無益於彼,亦得善果報。」
優婆塞答言:「慈心除瞋害,
以除瞋害故,能獲善果報。
汝法作苦行,增長於瞋故,
便起身口惡,云何得善果?
慈心則不爾,若起慈心時,
能除滅瞋害;以無瞋害故,
則起身口善。無益而苦行,
云何同慈善?譬如師子吼,
諸獸無在前;如來無礙辯,
其事亦如是,一切諸外道,
無敢抗對者。說法摧外道,
默然無詶答。」

「あなたは今こそ努めて抜き去るべきだ。心の奥深くに刺さった毒の棘を。 研ぎ澄まされた智慧の刃をもって、貪りと怒りの茨を断ち切りなさい。 貪りと怒りに深く執着する者は、生まれ変わってもそれを払いのけることができない。 愚かで邪な見解を持つ者は、正しい真実の道を知らない。 苦しみながら棘の上に横たわり、苦しみによって苦しみから逃れようとする。 人々は棘の上に横たわる姿を見て、誰もが遠く逃げ去ろうとする。 ただあなただけが、この苦しみを抱きしめて放そうとしない。 私がこのような事を見て、初めて邪と正があることを知った。 それゆえに、私は深く帰依する。十の力を持つ世尊に。 大いなる慈悲で衆生の苦しみを救い、正しい道を示してくださる方に。 あの邪な道を歩む人々を、八正道へと導いてくださる。 外道の邪な見解を持つ者たちは、苦しみに欺かれ、 苦しみに深く執着し、迷いの世界を無限に巡り続ける。 智恵ある者は皆、これを見てさらに信心を深める。 外道は極めて愚かであり、苦しみが尽きれば解脱を得るのだ。 世を超えた大いなる聖者が説かれた教えは、すべての徳を完全に備えている。 八正道を修め、修行によって解脱を得るのである。 ゆえに知るべきである。安らかな楽によって解脱を得るのであって、 あなたがた外道のように、苦しみを受けて涅槃を得るのではない。 心に基づいて、善悪などの様々な業が作られる。 あなたは心を従わせるべきなのに、どうして無理に身体を苦しめるのか。 身体は様々な煩悩の結び目であるのに、無意味に様々な苦行を修める。 この苦しみをもって道を修めるのなら、地獄こそが道となるべきだ。 しかし、この地獄の中では、切り刻まれ、糞尿にまみれ、 燃え盛る炎で焼かれるなど、あらゆる苦しみの毒を受ける。 彼らは様々な苦しみを受けても、それを苦行とは呼べない。 智慧が身・口・意の三つの業を払い、汚れをすべて除き去るのだ。 釈迦牟尼仏の教えは、すべての人々に教える。 天の甘露を求めるべきであり、また止観を説き、 智慧を飾ることも説く。これを真の苦行という。 どうして無駄に身体を苦しめ、益のない苦しみを作り出すのか。 この苦しみは非常に長く続き、深く広く果てしない。 例えば、悪い子がいて、親に孝養を尽くさず、 ただ様々な罪を重ね、それによって多くの苦しみを受けるようなものだ。」

その時、その外道がこう言った。 「様々な仙人たちは苦行を修めて、天上に生まれることもあるのだ。」 すると優婆塞(在家の信者)は偈を唱えて、彼に答えた。 「仙人たちが天上に生まれたのは、棘の上に横たわったからではない。 布施や戒律や誠実な言葉によって、天上に生まれたのだ。 あなたは苦行をしても、何の利益もない。 例えば、春の農夫が種を蒔かなければ、 秋に果実を得て収穫することはできない。 あなたがたも同じで、善い根の種を蒔かずに、 ただ様々な苦行を修めても、結局は何も得られない。 道を修めようとする者は、この身体を助けるべきであり、 美味しい飲食物で、命と身体を十分に満たすべきだ。 気力が満ち溢れれば、戒・定・慧を修めることができる。 断食して飢え渇きに苦しめば、心も身体も共に乱れ悩む。 心を集中させることができなければ、どうして聖なる果報を得られようか。 たとえご馳走を食べても、美味に執着せず、 ただ戒律、誠実な言葉、施し、忍辱、そして禅定のためにある。 これらが種となり、善い果報を得ることができる。 身体は飢え渇きに苦しんでも、心は美味を望む。 時節に合わなければ美味しくもないのに、ましてや良い果報を得られようか。 もし害する心を持てば、他者に恐怖を抱かせる。 もし害する心を除き、恐れない心を施すならば、 これを法を行うという。もし再び害する心を生じれば、 それを非法(正しくないこと)と呼ぶ。美味しいもので満たされた者は、 結局他を害する心を持たない。害する心がないから、 他者を損なうことはない。もし大いなる慈しみの心を起こせば、 大きな善い果報を得る。あなたは自ら飢えを行うが、 飢え渇いて眠っても、それもまた無益なことである。」

外道が言った。「あなたが慈しみの心を起こしても、 必ずしも利益をもたらすとは限らず、大きな果報を得られるとは限らない。 自ら飢えて眠ることも、その事は同じであり、 他者に利益がなくとも、善い果報を得られるのだ。」 優婆塞が答えた。「慈しみの心は、怒りや害する心を除く。 怒りや害する心を除くから、善い果報を得られるのだ。 あなたの教えでは、苦行を行うことで怒りを増長させるため、 身と口からの悪を生じさせてしまう。どうして善い果報を得られようか。 慈しみの心はそうではない。慈しみの心を起こす時、 怒りや害する心を除き滅ぼすことができる。怒りや害する心がないから、 身と口からの善を生じさせるのだ。利益がなく苦行することと、 どうして慈しみの善行を同じにできるのか。例えば、獅子が吼えると、 すべての獣は前に立ち向かえない。如来の滞りのない弁舌も、 その事は同じであり、すべての外道たちは、 立ち向かって抗うことができない。説法によって外道を打ち負かし、 彼らは黙って答えることができなかった。」


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