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title: "大莊嚴論經 · 19"
description: "大莊嚴論經是古印度著名佛教論師馬鳴菩薩所造的一部重要佛教經典，由後秦時期高僧鳩摩羅什翻譯為漢文。該經成書於公元1-2世紀，屬於大乘佛教早期論典，以詩偈與散文相間的形式闡述佛法要義。內容主要圍繞佛陀本生故事與菩薩修行展開，通過生動譬喻闡明因果業報、六度波羅蜜等核心教義，強調發菩提心與積累功德的重要性。作為大乘佛教重要論著，該經對漢傳佛教思想發展產生深遠影響，被歷代高僧視為修學菩薩道的重要指南，在佛教典籍中具有崇高地位。"
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### （一九）

> （一九）

復次，若無過者得譏呵人，若自有過呵於彼者，他反蚩笑。

> さらに、もし自分に欠点がなければ、他人を非難することができる。しかし、自分に欠点があるのに他人を責めれば、かえって相手に嘲笑される。

我昔曾聞，倮形婆羅門與諸沙門同道而行。有一年少比丘，笑彼倮形以無慚愧。時彼倮形眾中有婆羅門少解佛法，語比丘言：「長老！不可以汝出家幖幟輕慢欺人，不可以汝出家形貌能斷煩惱，若未能斷生死流轉未有出期，汝於後身未脫倮形，何故見笑？汝於今者，生死之中如兜羅樹華，隨風東西未有定時，汝應自笑不應笑他。知汝後時為趣何道？如灰覆火，結使在心，未必可保。汝今莫自謂有慚愧，覩汝所為未得脫於諸見之網。夫慚愧者，定不入於諸見之網，若不起惡覺，是名慚愧。汝自不入決定數中，云何笑他？」時諸比丘聞倮形婆羅門如法而說，默無所答。餘比丘聞已歎言正說：「能斷結者名有慚愧，若不斷結名比丘者，伎人剃髮應是比丘，然諸伎人雖復剃髮不名比丘，當知得見四真諦法名真沙門。何以故？如經中說：『不見四諦邪正不定，邪正不定所見錯謬。』是故應當勤修四諦，若見諦者所見真正，永離邪趣。」

> 昔、私はこのような話を聞いたことがあります。裸形の婆羅門（バラモン）と、沙門（修行者）たちが一緒に道を歩いていました。そこに一人の若い比丘（僧）がいて、その裸形の者たちを「恥を知らない姿だ」と笑いました。 すると、その裸形の集まりの中に、仏法を少し理解している婆羅門がいて、その比丘にこう言いました。 「長老よ、あなたは出家したという標識をもって、他人を軽んじ、欺いてはなりません。出家したという形だけで煩悩を断ち切れるわけではないのです。もし生死の流れを断ち切れなければ、迷いの世界を出る時期はありません。あなたも来世では、この裸形の姿を免れないかもしれません。それなのに、なぜ他人を笑うのですか？ 今のあなたは、まるでトウゴマの花が風に舞うように、生死の世界を定まりなく漂っているのです。あなたは他人を笑うよりも、まず自分自身を笑うべきです。あなたが次にどの道に生まれ変わるか、誰にも分かりません。それは、灰の下に隠れた火のように、煩悩が心に宿っている限り、決して安泰とは言えないからです。 あなたは『自分には恥じる心がある』と思っているかもしれませんが、あなたの行いを見れば、まだ様々な偏った見解の網から逃れ切れてはいません。本当の恥じる心（慚愧）とは、決してそのような偏った見解の網にとらわれるものではありません。もし悪しき心の働きを起こさないなら、それをこそ慚愧と言うのです。あなた自身、まだ真実の境地に確かに立っているわけではないのに、どうして他人を笑うことができるのですか？」 このように、裸形の婆羅門が道理にかなった言葉を述べたので、その場の比丘たちは黙って何も答えられませんでした。それを聞いた他の比丘たちは、「見事な説法だ」と褒め讚えました。 「煩悩の束縛を断ち切ることができる者こそ、本当の慚愧を持つ者といえる。もし煩悩を断ち切らずに比丘と名乗るならば、芸人たちが頭を剃ったとしても比丘ということになってしまう。しかし芸人たちは、たとえ頭を剃っても比丘とは呼ばれない。このことから、四つの真実の道理（四諦）を体得した者こそ、真の沙門であると知るべきである。なぜなら、経典にもある通り、四諦を見なければ邪正が定まらず、邪正が定まらなければ見解は誤ってしまうからだ。 それゆえに、四諦をしっかりと修行すべきである。もし真実を見極めた者は、その見解は正しく、永遠に誤った道から離れることができるのだ。」