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title: "大莊嚴論經 · 20"
description: "大莊嚴論經是古印度著名佛教論師馬鳴菩薩所造的一部重要佛教經典，由後秦時期高僧鳩摩羅什翻譯為漢文。該經成書於公元1-2世紀，屬於大乘佛教早期論典，以詩偈與散文相間的形式闡述佛法要義。內容主要圍繞佛陀本生故事與菩薩修行展開，通過生動譬喻闡明因果業報、六度波羅蜜等核心教義，強調發菩提心與積累功德的重要性。作為大乘佛教重要論著，該經對漢傳佛教思想發展產生深遠影響，被歷代高僧視為修學菩薩道的重要指南，在佛教典籍中具有崇高地位。"
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### （二〇）

> （二〇）

復次，善觀察者，見於好色無有欲意多生厭惡，見好色時不起愛瞋。

> さらに、よく観察する者は、美しい色を見ても欲心を起こさず、むしろ厭う気持ちが多く生じる。美しい色を見るとき、愛着も憎しみも起こさない。

我昔曾聞，有一寺廟，多諸比丘。中有法師，三明六通，言辭巧妙，具足辯才，知自他論善能問答，應機說法悅適眾心，能然法燈照除愚冥，使城內外所有人民於日日中皆來聽法，既聽受已，乃至少年皆不放逸。時彼城中有舊婬女，咸皆歎息作如是言：「我等今者無人往返，受若斯苦為當久近？」彼婬女女盛年端正，聰慧非凡善知世論，女人所有六十四藝悉皆明達。見母憂慘，即問母言：「今者何故憂苦乃爾？」母告女言：「今此城中一切人民悉樂聽法，更無往返至我邊者，資財空匱無由而得，我以此事是故愁耳。」女聞是已，自恃端正語其母言：「我今自嚴往至彼會，能令彼會一切眾人悉隨我來。」作是語已，尋自沐浴眾香塗身，瓔珞上服首戴華鬘，足所著履眾寶莊校，右手執杖行步妖孆，逶迤弄姿種種莊嚴，如華樹行，猶如天人，將諸侍從，華鬘瓔珞嚴身上服亦皆殊妙。此諸從者，或執金缾，或持拂扇，或捉香花，侍衛彼女。將諸妓人而自圍繞，並語並笑，或舉右手指麾道徑，復有黃公耳插眾華，玄黃朱紫綵畫其身，歡笑戲謔種種巧嘲，亦復舉手指前指後，於其路中香氣四塞鼓樂弦歌，往至寺所處一空室，待眾集會。說法時到，無數千人皆來聚集。爾時法師頭髮極白秀眉覆目，善調諸根其心無畏，如師子王，即昇高座而說偈言：

> 昔々、ある寺院に多くの比丘たちがいました。その中に、優れた知恵と神通力を具え、言葉巧みで弁才に富み、問答に長け、相手に応じた説法で人々の心を喜ばせ、法の灯を掲げて無知の闇を払う老師がいました。町中の老若男女が毎日その説法に集まり、聞き終えた者は皆、心を奮い立たせて怠けることなく過ごしました。 さて、その町には年老いた遊女がいました。彼女は嘆いて言いました。「今や誰一人として我がもとに通う者はいない。このままではいつまで暮らしを立てられるだろうか。」彼女の娘は若く美しく、賢く世情に明るく、女性の持つ六十四もの技芸に通じていました。母の憂いを見て尋ねました。「なぜそんなに悲しんでいるのですか。」 母は答えました。「町中の人々が皆、法を聞くことに夢中で、もう誰も私のもとには来ない。蓄えも尽き果て、どうすればよいのか分からない。だから嘆いているのだ。」 娘は自分の美しさに自信を持ち、言いました。「私が身を飾ってあの説法の集まりに行けば、きっと皆を私の元に連れてきてみせます。」そう言うと、すぐに身を清め、香を塗り、宝石の首飾りや華やかな衣をまとい、花飾りを頭にのせ、美しい履物を履き、杖を持って優雅に歩きました。その姿はまるで花の木のようで、天人のようでした。召使いの者たちも皆、華やかに飾り立てられ、金の瓶や扇、香や花を持ち、彼女を取り囲みました。楽人たちも従い、笑い声をあげ、道中いたるところに香りが漂い、音楽が鳴り響きました。 こうして寺院に着くと、一つの空いた部屋に控え、説法の人々が集まるのを待ちました。やがて説法の時刻となり、無数の人々が集まってきました。老師は白髪が豊かで眉が目を覆い、その心には何の恐れもなく、獅子の王のように高座に上がり、次の偈を唱えました。

「我觀淺智者，莫由昇此座，怯弱如野干，戰懼不自寧。吾今昇此座，處眾無所畏，喻如狩中王，哮吼摧邪論。」

> 「愚かな者は、この高座に上るべきではないと私は思う。 臆病な山犬のように、震えおののいて落ち着かないからだ。 私は今、この高座に上り、大勢の前でも何も恐れない。 それはまるで、百獣の王がほえて邪論を打ち砕くようなものだ。」

爾時法師即為大眾次第說法。時彼婬女為欲擾動時眾心故，即於門中而現其身，其所將從散入人間，各指婬女語眾人言：「此女端嚴姿容可愛，汝等且觀，用聽法為？」時彼諸人聞是語已，即便顧盻心意不安。爾時法師未解其意，怪其所以，即問眾人：「汝等何故視瞻改常心意錯亂？汝豈不知，死來迅速猶如奔馬，是故宜勤修諸善行。」即說偈言：

> そのとき、法師は大衆のために順を追って説法を始めました。そのとき、あの遊女は大衆の心を動揺させようと思い、門口にその身を現しました。彼女の供たちは人々の中に散り、それぞれ遊女を指さして「この女は端麗で姿かたち愛らしい。君たちも見てみよ、説法を聴いて何になろう？」と言いました。そのとき、その人々はこれを聞いて、すぐに（遊女に）視線を向け、心は落ち着かなくなりました。そのとき、法師はその意味が理解できず、その理由を怪しみ、すぐに人々に問いました。「あなたがたはどうして視線が変わり、平常と異なり、心が乱れているのか？あなたがたは、死が速やかに奔馬のようにやって来ることを知らないのか？それゆえに、ただちに努めて諸々の善行を修めるべきである。」そして、ただちに偈を説いて言いました。

「十力大法炬，普照於世界，慧明未潛隱，宜速修善業。堅意集善行，晝夜勿懈倦，一切智語燈，不久當隱沒。若其隱沒後，眾生盡黑闇，雖有日光照，猶名為大瞑。」

> 十力の大いなる法のともし火は、 世界中をあまねく照らしている。 智慧の光がまだ隠れていなくなる前に、 速やかに善い行いを積みなさい。 確固たる心で善行を集め、 昼夜、怠ることなく励みなさい。 あらゆる智慧を語る灯（ともしび）も、 やがては隠れ、消えてしまうだろう。 その灯が消えたならば、 すべての生きとし生けるものは暗闇に包まれる。 たとえ太陽の光が差していても、 なおそれは「大いなる闇」と呼ばれるのだ。

爾時眾會聞是偈已，敬奉法教攝意聽法。時彼婬女見眾人等攝心斂意，復作姿態，眾會覩已，心還散亂。爾時法師復說偈言：

> その時、参会者たちはこの偈を聞いて、法の教えを敬い奉り、心を集中させて法を聴きました。 ところが、遊女が参会者たちが心を引き締めているのを見て、再び艶めかしい仕草をします。参会者たちがそれを見ると、心は再び乱れ散ってしまいました。 そこで法師は再び偈を説きました。

「彼女作姿態，令會生渴愛，為欲情所牽，奪其專念心。用敬吾教故，遮制令還止，如何彼妖𦾨，惑亂眾人目？譬如青蓮鬘，漂鼓隨波動，眾心亦如是，熠燿不暫停。」

爾時眾人情既耽惑，觀此妙色失慚愧心，更相指示，而說偈言：

「斯女美姿容，今來甚為吉，如彼月初生，墜落在于地，容貌超時倫，淨目極美妙，將非藍婆女，為帝釋所遣，或是功德天，然手不執花。」

復有一人，而說偈言：

「咄哉此女人，儀容甚奇妙，目如青蓮花，鼻𦟛眉如畫，兩頰悉平滿，丹脣齒齊密，凝膚極軟懦，莊麗甚殊特，威相可悅樂，煒耀如金山。」

時諸優婆塞，愛其容貌，心意錯亂。時彼婬女左右侍從，見斯事已深自慶幸，叱叱而言：「我等今者所作甚善，能使眾會注意乃爾。」彼時法師怪諸四眾搔擾改常，以手搴眉顧瞻時會，見是婬女儀容端正，及其侍從皆悉莊嚴，婬女處中曒若明星，奪愚人心令失正念。時彼法師觀女人意，為以何事而來此耶？即默入定，知其邪惑不為聽法。然此法師雖斷瞋恚外現忿色，發聲高唱語婬女言：「汝如蟻封而欲與彼須彌山王比其高下，豈可不聞昔佛在世，第六天王不自量力，敢於佛所現作逼嬈，世尊神力乃以死尸而繫其頸，慚耻無顏人天所笑？汝意便謂佛法教學以為滅耶？專精聲聞豈可無耶？諸勝丈夫都沒盡耶？汝若如是宜堅自持。」時彼法師即以神通變此婬女，膚肉墮落唯有白骨，五內諸藏悉皆露現，即於眾前喚此婬女：「汝於向者興起惡心，敢與佛法而共諍競。」時此婬女以此骨身在眾前立。爾時法師，即說偈言：

「汝向妙容色，挺特眾所觀，今膚肉盡變，唯有空骸骨。汝先悅素白，今始見實相，頂骨類白珂，形色如藕根，眼匡骨𮨚𩑜，兩頰如深溝，機關悉解落，筋脉粗相綴，在內諸藏等，懸空而露現。其所將從者，自見生厭惡，況復餘大眾？而當樂見之。」

爾時骨人為彼法師變其形已，身心俱困不能自申，即叉骨手歸向法師。爾時法師告骨人言：「汝之容色瓔珞嚴身種種校飾，但惑凡夫，令其深著沒三有池。汝今若能除去姿態捨莊嚴具，吾當示汝寂淨妙身，令汝得知不淨市肆。而此身者薄肉覆上穢惡充溢，外假脂粉以惑愚目，凡夫耽惑為欲所盲，故生染著。何有智者諦觀察已當愛翫之？」時諸會者覩斯事已咸生厭患，各相謂言：「世尊所說信實不虛，一切諸法如幻如化如水聚沫如金塗錢，但誑惑人。向者女人所有美色容止可觀，於今忽然但見骨聚，儀容端正作諸姿態，狀若蠱道，如是之事今何所在？」

有一優婆塞，以指支頰諦觀此女，而說偈言：

「牟尼說眾生，為欲愛所盲，盲無慧目故，不得趣涅槃。譬如任婆葉，蜜著虫所唼，為貪之所惑，至死而不捨。諸不放逸人，諦實觀身相，而不起欲覺，喻如白鶴王，常處於清池，不樂於塜間。」

復有優婆塞而作是言：「見此姿容便生欲想，觀彼白骨即用除滅。」而說偈言：

「觀彼骸骨聚，能生人怖畏，如似毘陀羅，呪術之機關，愚者謂之實，便生樂著心。如道深坑穽，以草覆其上，此身亦如是，當作如是觀。諦實知是已，誰當起欲想？」

爾時惑著愚無智者聞是偈已，低頭避之，遂不喜聞。時彼女人自見其身為人所患，五體投地，即說偈言：

「我先愚無識，不自量己力，願迴聽法眾，一切將歸家。今始知釋子，勢力甚奇特，變我妙姿貌，覩者生厭患。我如孾愚者，所為極輕躁，敢以牛跡水，欲比于大海。唯願垂哀矜，聽我歸誠懺。」

爾時大眾見彼女人諸骨相拄，猶如葦舍，甚生怪愕，彼骨聚中云何乃能作如是說？又見五藏悉皆露現，譬如屠架所懸五藏，蠢蠢蠕動，猶如狗肉，諸藏臭穢劇於廁溷。我等云何乃見此事？即說偈言：

「今觀女人身，唯筋連枯骨，但見空骨聚，和合出言音。女中有骨耶？骨中有女耶？譬如曠澤中，蘆葦之叢林，因風共相鼓，便出大音聲。如斯因假法，不見女自體，若無自體者，女相安所在？遍推諸法中，昔來未曾有。我諦觀身相，去來及進止，屈申與俯仰，顧視并語言，諸節相支拄，骨肋甚稀踈，筋纏為機關，假之而動轉。如是一一中，都無有宰主，而今此法者，為有為無耶？我為狂癡惑，為澹陰亂目？云何如是中，妄生有女相？縛葦作機關，多用於綖縷，譬如融真金，注水則發聲。」

爾時法師知諸四眾皆生厭惡，告婬女言：「汝於今者欲何所作？」女白法師：「願捨舍不？」即說偈言：

「大頭仙舍不？變天女藍婆，使其作草馬，具滿十二年。汝今作舍不？使我作塜間，世間未曾見，如是之舍不？善自在大德，愍我願除却。」

爾時法師即便微笑，而說偈言：

「善女汝但起，我無瞋恚心，剃頭著袈裟，終無舍不法。有欲愛著彼，損彼生苦惱，作好作惡者，便能生瞋恚。瞋恚作舍不？我滅瞋恚結，斷除於無明，體性是無結。我欲救眾生，云何作舍不？生老病死等，苦惱諸眾生。云何有智人？而當作舍不？猶如惡毒瘡，加復燥惡灰，薄皮覆機關，凡愚生愛惑，我以神足力，開汝不淨篋。」

說是偈已，還攝神足，女服本形。爾時法師告眾會言：「汝等宜勤修善。」即說偈言：

「顛倒欲想行，喻若風起塵，正觀離欲面，洗濯欲塵埃。有欲及離欲，處所未必定，善觀得解脫，貪惑而增欲。是故應常修，專精離欲想，離欲眾善寂，獲剋諸禪樂。」時彼聽法眾，或得不淨觀，有得須陀洹，於修離欲想。或得阿那含，復有出家者，勤修不懈怠，逮得阿羅漢。