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title: "大莊嚴論經 · 26"
description: "大莊嚴論經是古印度著名佛教論師馬鳴菩薩所造的一部重要佛教經典，由後秦時期高僧鳩摩羅什翻譯為漢文。該經成書於公元1-2世紀，屬於大乘佛教早期論典，以詩偈與散文相間的形式闡述佛法要義。內容主要圍繞佛陀本生故事與菩薩修行展開，通過生動譬喻闡明因果業報、六度波羅蜜等核心教義，強調發菩提心與積累功德的重要性。作為大乘佛教重要論著，該經對漢傳佛教思想發展產生深遠影響，被歷代高僧視為修學菩薩道的重要指南，在佛教典籍中具有崇高地位。"
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### （二六）

> （二六）

復次，若聞正說，能解於縛。

> さらに、もし正しい教えを聞けば、束縛を解くことができるのです。

我昔曾聞，德叉尸羅國有罪之人閉僧坊中，於其夜中眾僧說法，其被閉者來至僧中次坐聽法。有一比丘說於生死逆順之經，說言：「佛告諸比丘：『凡愚之人不聞法者，不知色、不知色習、不知色味、不知色過患、不知色出要、不知色厭，一切眾生如實不知如是過患。若為色縛，是名真縛。何謂色縛？視見端正，是名色縛。為色縛者內盡被縛。而此色者於生死中不知其根，生死大河無濟渡處，不知生死出要，於生死中被諸繫縛，從此身縛乃至後身。』」時被閉者，聞說是法思惟其義，憶持不忘讀誦通利。時王遣人解其繫縛，所親知識眷屬將從，欣其得脫皆來問訊。時被縛者，即說偈言：

> 昔々、私は次のような話を聞いたことがあります。 タクシャシラ国で、罪を犯したある人が寺院の一室に閉じ込められていました。その夜、僧たちが説法を行っていると、閉じ込められていたその人も僧たちの中に加わり、端の方に座って説法を聴きました。 そこで、一人の比丘が生死の道理を説く「逆順の経」を読み上げました。その内容は以下の通りです。 「仏は比丘たちに告げられた。『智慧のない凡人は、正しい教えを聞かないがゆえに、色とは何かを知らず、色が生じる因縁を知らず、色に執着する味わいを知らず、色のもたらす過ちや苦しみを知らず、色からの解脱の道を知らず、色を厭い離れることも知らない。すべての生きとし生けるものは、このような過ちをあるがままに理解していない。もし色の束縛を受けるならば、それを真の束縛という。では、色の束縛とは何か。美しいと見て執着すること、これを色の束縛という。この色の束縛によって、内面のすべてが縛られる。そして、この色というものは、生死の世界においてその根本を知ることができず、生死の大河には渡る手段がなく、生死からの出離の方法も知らない。それゆえ、生死の世界の中で様々な束縛を受け、この身の束縛から次の身の束縛へと継がれていくのである。』」 閉じ込められていた人は、この教えを聞いて、その意味を深く考え、心に覚えて忘れずに、読み暗唱して自在に使えるようになりました。 その時、王は使いを遣わしてその人の拘束を解かせました。親しい知人や親類たちは、彼が解放されたことを喜び、皆で見舞いに訪れました。そこで、かつて縛られていたその人は、次のような偈を唱えました。

「汝見我縛解，慰問生歡喜，凡夫愚癡者，常縛未曾解。色縛於凡夫，五陰悉羈繫，生能縛於物，死縛亦復然。今身至後世，未始不繫縛，輪迴羈縛中，數數受生死。我從彼師所，聞說如是言，此語我耳聞，一切種智說。一切諸結使，繫縛於我心，如牛軛所縛。我有如斯縛，於中未解脫，云何汝等輩，言我從縛解。汝等於我所，若實愛念者，當為見啟王，令我得出家。正見跡在前，寂滅之彼岸，若獲如是事，乃可名解脫。若得出家者，便為是離縛，真實得解脫。」

> 「あなたは私が束縛を解かれたのを見て、慰めと共に喜びました。 しかし、愚かで無知な凡夫は、常に束縛されたままで、解かれることがありません。 色（形あるもの）が凡夫を縛り、五蘊（物質と心の要素）がすべてを縛りつけます。 生が物を縛り、死の束縛もまた同じです。 今のこの身から次の世に至るまで、一度として縛られないことはなく、 輪廻（生まれ変わり）の束縛の中で、くり返しくり返し生死を経験します。 私はあの師のもとから、このように語られるのを聞きました。 この言葉を私の耳で聞いたのです。一切の智慧を持つ如来が説かれたのです。 あらゆる煩悩の束縛が、私の心を縛りつけています。 まるで牛が軛（くびき）に縛られているかのように、私にはこのような束縛があるのです。 その中でまだ解脱していないのに、どうしてあなた方は、 私が束縛から解かれたと言うのでしょう。 あなた方が私に対して、本当に愛情を持っているのなら、 王様に取り次いでいただき、私が出家できるよう計らってください。 正しい見解という道が目の前にあり、静かな涅槃の彼岸があります。 もしそのような境地を得ることができたら、それをこそ解脱と呼ぶべきです。 もし出家することができれば、それこそが束縛を離れたことになり、 真実の解脱を得たことになるのです。」

爾時眷屬聞是語已，啟白於王，便得出家。既出家已。精勤修道得阿羅漢。而彼罪人閉繫僧坊，以聽法故尚得解脫，況故聽法！是故行人於塔寺所宜往聽法。

> その時、家族はこの言葉を聞き、王に申し出て、出家することができました。出家した後、熱心に修行して阿羅漢の果を得ました。あの罪人が僧坊に閉じ込められていても、法を聞いたことでさえも解脱を得たのです。ましてや、心から法を聞く人はなおさらです。ですから、修行者は塔や寺院に赴いて法を聞くべきなのです。