---
title: "大莊嚴論經 · 33"
description: "大莊嚴論經是古印度著名佛教論師馬鳴菩薩所造的一部重要佛教經典，由後秦時期高僧鳩摩羅什翻譯為漢文。該經成書於公元1-2世紀，屬於大乘佛教早期論典，以詩偈與散文相間的形式闡述佛法要義。內容主要圍繞佛陀本生故事與菩薩修行展開，通過生動譬喻闡明因果業報、六度波羅蜜等核心教義，強調發菩提心與積累功德的重要性。作為大乘佛教重要論著，該經對漢傳佛教思想發展產生深遠影響，被歷代高僧視為修學菩薩道的重要指南，在佛教典籍中具有崇高地位。"
url: "https://rushiwowen.co/ja/r/cm9u0sa2g07hylb0vfp8a6j44"
---

### （三三）

> 33

復次，若欲莊嚴無過善業，是故應當勤修諸善。

> また、飾り立てることに勝るものは善い行いほどありません。ですから、あらゆる善い行いを熱心に修めるべきなのです。

我昔曾聞，有一田夫聰明𭶑慧，與諸徒伴共來入城。時見一人，容貌端正莊嚴衣服，種種瓔珞服乘嚴麗，多將侍從，悉皆嚴飾瓌瑋可觀。彼聰明者語諸行伴：「不好不好。」同伴語言：「如此之人威德端正，深可愛敬有何不好？」聰明者言：「我自不好，亦不以彼用為不好，由我前身不造功德，致使今者受此賤身，無有威勢人所不敬。若先修福，豈當不及如此人者，是故我今應勤修善，必使將來有勝於彼。」即說偈言：

> 昔々、あるところに賢く聡明な田舎者がおりました。彼は仲間たちと共に町へやって来ました。その時、一人の人物を見かけました。その人は顔立ちが整っていて、衣服も立派で、さまざまな宝飾品や乗り物で身を飾り、大勢の従者を連れており、皆が身なりを整えていて、実に見事なものでした。 その賢い田舎者は仲間たちに言いました。「良くない、良くない。」すると仲間たちが尋ねました。「あのような人物は威厳もあり見た目も立派で、敬愛すべき方だ。どこが良くないというのか？」賢い田舎者は答えました。「私自身が良くないのです。あの方を良くないと言っているのではありません。私が前世で功徳を積まなかったため、今世ではこのような身分の低い者となり、威勢もなく人から敬われることもありません。もし先に福を積んでいたなら、どうしてあの方に及ばないことがあったでしょうか。ですから、私は今後、熱心に善行を積み、必ず将来、あの方よりも優れた者となろう。」 そこで彼は次のような偈（うた）を唱えました。

「彼捨於放逸，修善獲福利，我由放逸故，不修功德業，是以今貧賤，下劣無威勢，我今自愧責，故自稱不好。我今自觀察，窮賤極可愍，結使所欺誑，放逸之所壞，自從今以後，勤修施戒定，必使將來生，種姓好眷屬，端正有威德，財富多侍從，眾事不可嫌，為世所尊敬；莫如今日身，自悔無所及。惡心為我怨，欺我致貧賤，心能自悔責，修善得快樂。設造惡業時，眾善都不生，制心修善者，榮樂無不具。世間語不虛，善惡報差別，佛說八正道，能至於涅槃。若心著財利，富貴及榮勝，求於後有者，不免衰老患，我當勤精專，趣向無畏方。譬如醉畫師，畫作諸形像，醒已覺其惡，除滅作勝者。先世愚癡故，造作今惡身，今當滅惡業，將來求勝報。見惡果報已，智者深自責。」

> 彼は放逸を捨て、善を修めて福利を得た。 私は放逸のゆえに、功徳の業を修めなかった。 それゆえ今、貧賤で、下劣で、威勢もない。 私は今、自ら愧じ責め、ゆえに「善からず」と自ら称する。 私は今、自ら観察するに、窮賤極めて哀れむべきである。 煩悩に欺かれ、放逸に壊された。 今よりこの後、努め励んで施・戒・定を修め、 必ずや来世において、良い家柄や眷属を得よう。 端正で威徳あり、財富多く、多くの従者を従え、 様々なことが非難されることなく、世に尊敬されるように。 今日のこの身のように、自ら悔いても及ばぬことのないように。 悪しき心は我が怨み、我を欺いて貧賤に至らせた。 心が自ら悔い責めれば、善を修めて楽しみを得る。 たとえ悪業を造る時であっても、あらゆる善は生じない。 心を制して善を修める者には、栄えや楽しみが備わらないことはない。 世間の言葉は虚しくない。善悪の報いには違いがある。 仏は八正道を説き、涅槃に至ることができると。 もし心が財利や富貴、栄誉に執着し、 後の生存を求めるならば、老いの患いを免れない。 私は努め励み専念して、恐れなき方へと向かおう。 例えば酔った画師が、様々な形像を描き、 醒めた後にその醜さを悟り、消し去って勝れたものを作るように。 先の世の愚かさのゆえに、今のこの悪しき身を造った。 今、悪業を滅ぼし、来世に勝れた報いを求めよう。 悪しき果報を見たならば、賢者は深く自らを責めるのである。