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title: "大莊嚴論經 · 36"
description: "大莊嚴論經是古印度著名佛教論師馬鳴菩薩所造的一部重要佛教經典，由後秦時期高僧鳩摩羅什翻譯為漢文。該經成書於公元1-2世紀，屬於大乘佛教早期論典，以詩偈與散文相間的形式闡述佛法要義。內容主要圍繞佛陀本生故事與菩薩修行展開，通過生動譬喻闡明因果業報、六度波羅蜜等核心教義，強調發菩提心與積累功德的重要性。作為大乘佛教重要論著，該經對漢傳佛教思想發展產生深遠影響，被歷代高僧視為修學菩薩道的重要指南，在佛教典籍中具有崇高地位。"
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### （三六）

> （三十六）

復次，現在結使雖復不起，若未斷結，結使之得猶故成就，如以冷水投熱湯中。

> また、現在の煩悩（けっし）がたとえ起きていなくても、その煩悩を完全に断ち切っていなければ、煩悩の潜在力は依然として存在し続けます。それはまるで、冷水を熱湯に注ぎ入れたようなものです。

我昔曾聞，有一師共一弟子，於其冬日在煖室中，見有火聚無有烟焰。師語弟子：「汝見是火無烟焰不？」弟子言：「見。」師語弟子：「汝著乾薪烟即時起。」復言：「口吹，火焰乃出。」師為弟子，而說偈言：

> 昔々、ある教師とその弟子がいました。ある冬の日、暖かい室内で、煙も炎もない火の塊を見ました。 教師は弟子に言いました。「お前は、煙も炎もないこの火が見えるか？」 弟子は答えました。「はい、見えます。」 教師は続けて言いました。「お前に乾いた薪をくべさせれば、すぐに煙が立つだろう。」 さらに言いました。「息を吹きかければ、やがて炎が現れるだろう。」 そして教師は弟子のために、次の偈（うた）を説きました。

「先火無烟焰，慈心不淨觀，現在結不生，如火無烟焰。如火得乾薪，烟焰俱時起，心火遇因緣，值惡知識時，瞋恚烟便起，若覩好色時，貪欲火熾然。是故應斷得，成就具三明，為斷貪瞋癡，應勤修精進。明行足斷心，結使草不生，喻如常行道，眾卉皆不出。貪欲及瞋恚，未遇緣不起，根本未斷故，遇緣還復發。喻如得瘧病，四日定發現，於三二日時，遇緣還復發。又似世俗定，掩按結不起，都無有患相。欲如毒樹根，不拔芽還生，如人耻白髮，并剃其黑者，剃之未久間，白髮尋還生。不永斷結使，其事亦如是，欲結及瞋恚，逼戒行機關，對治隱不起。不造身口業，便生難有想，結使後還起，毀犯於戒行。貪嗜著五欲，如蛇隱入穴，還出則螫人。」

> 先に火がなく、煙や炎もなく、 慈心と不浄観によって 今、結びつきが生じなければ、 火に煙や炎がないように。 火が乾いた薪を得れば、 煙と炎が同時に立ち昇るように、 心の火が因縁に出会い、 悪知識に遭遇するとき、 怒りの煙が立ち昇る。 美しい形を目にするとき、 貪りの炎が激しく燃え上がる。 だからこそ、断ち切るべきである。 三つの明（明知）を成就させ、 貪り・怒り・無知を断ち切るために、 努め励むべきである。 明行足（修行を完成した者）は心を断ち、 結びつきや煩悩の草を生やさない。 たとえば、常に道を歩むなら、 様々な草も生えてこないように。 貪りや怒りは、 縁に出会わなければ起こらないが、 根本が断たれていないから、 縁に出会えば再び起こる。 たとえば、マラリアの病にかかれば、 四日目には必ず発症するように、 三日目や二日目の時でも、 縁に出会えば再び発症する。 また、世俗の定（瞑想）のように、 押さえつけて結びつきが起きなければ、 全く苦しみの様子はない。 欲望は毒の木の根のようなもの。 抜かなければ、芽は再び生える。 人が白髪を恥じて、 黒い髪も剃ってしまうようなもの。 剃って間もないのに、 白髪はまたすぐに生えてくる。 煩悩を永遠に断ち切らなければ、 その様子もまた同じである。 欲望の結びつきや怒りは、 戒律を守るという仕掛けによって 対治すると隠れて現れない。 身体や言葉の悪業を作らなければ、 「難しいことだ」という考えが生まれ、 煩悩は後で再び起こり、 戒律の行いを壊してしまう。 五つの欲望に執着し味わうことは、 蛇が穴に隠れ入り、 そこから出て人を噛むようなものだ。