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title: "大莊嚴論經 · 38"
description: "大莊嚴論經是古印度著名佛教論師馬鳴菩薩所造的一部重要佛教經典，由後秦時期高僧鳩摩羅什翻譯為漢文。該經成書於公元1-2世紀，屬於大乘佛教早期論典，以詩偈與散文相間的形式闡述佛法要義。內容主要圍繞佛陀本生故事與菩薩修行展開，通過生動譬喻闡明因果業報、六度波羅蜜等核心教義，強調發菩提心與積累功德的重要性。作為大乘佛教重要論著，該經對漢傳佛教思想發展產生深遠影響，被歷代高僧視為修學菩薩道的重要指南，在佛教典籍中具有崇高地位。"
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### （三八）

> 第三十八章

復次，離諸難亦難，得於人身難，既得離諸難，應當常精勤。

> さらに、あらゆる障りから逃れることは難しく、人の身を得ることは難しい。すでに障りを離れたならば、常に精進し努めるべきである。

我昔曾聞，有一小兒聞經中說：「盲龜值浮木孔，其事甚難。」時此小兒故穿一板作孔受頭，擲著池中，自入池中低頭舉頭欲望入孔，水漂板故不可得值。即自思惟：「極生厭惡，人身難得，佛以大海為喻，浮木孔小盲龜無眼，百年一出實難可值。我今池小其板孔大，復有兩眼日百出頭，猶不能值，況彼盲龜而當得值？」即說偈言：

> 昔、私は聞いたことがあります。ある子供が経典の中で「目の見えない亀が海に浮かぶ板の穴に首を通すことができたなら、それは非常に稀なことである」という話を聞きました。その子供は、一つの板に穴を開けて自分の頭が通るようにし、それを池に投げ入れました。そして自分も池に入り、頭を上げたり下げたりして穴に入ろうとしましたが、板が水に流されるため、なかなかうまくいきませんでした。そこで彼は考えました。「人間の生を受けることは本当に難しい。仏様は大海を例えに、浮かぶ板の穴は小さく、亀は目が見えず、百年に一度浮かび上がるだけでも、その穴に出会うことは難しいと言われる。それなのに、この小さな池で、板の穴は大きく、私には両目があり、一日に何度も頭を出しているのに、まだ穴に入ることができない。ましてや、目の見えない亀がどうして出会えるだろうか？」そうして、彼は次の偈を唱えました。

「巨海極廣大，浮木孔復小，百年而一出，得值甚為難。我今池水小，浮木孔極大，數數自出頭，不能值木孔。盲龜遇浮木，相值甚為難，惡道復人身，難值亦如是。我今值人身，應當不放逸，恒沙等諸佛，未曾得值遇。今日得諮受，十力世尊言，佛所說妙法，我必當修行。若能善修習，濟拔極為大，非他作己得，是故自精勤。若墮八難處，云何可得離？世間業隨逐，墜墮於惡道。我今當逃避，得出三有獄，若不出此獄，云何得解脫？畜生道若干，歷劫極長久，地獄及餓鬼，黑闇苦惱深。我若不勤修，云何而得離，嶮難諸惡道？今日得人身，不盡苦邊際，不離三有獄，應當勤方便，必離三有獄。我今求出家，必使得解脫。」

> 「広大な大海、浮木の穴は小さく、 百年に一度、浮かび上がるも、出会うことは極めて難し。 今、我が池は小さく、浮木の穴はとても大きい。 何度も頭を出すが、木の穴には出会えない。 目の見えぬ亀が浮木に巡り合うのは、極めて難しい。 悪道から人間に生まれるのも、また同じく難しい。 今、私は人の身を得た。だからこそ、怠ってはならない。 ガンジス河の砂ほどの数の仏にも、まだ出会ったことはない。 今日こそ、十力ある世尊の教えを聞き、 仏が説かれた素晴らしい教えを、必ず修行しよう。 もしよく修行を積めば、救われることは極めて大きい。 他人が代わりに成し遂げてくれるものではないから、自ら精進せねばならない。 もし八つの難処に堕ちたら、どうしてそこから逃れられようか？ 世の中の業が追いかけてきて、悪道へと引きずり落とす。 今こそ逃れなければ、三つの生存の牢獄から出よう。 この牢獄から出られなければ、どうして解脱できるだろうか？ 畜生道は長く、数えきれない劫もの間続く。 地獄や餓鬼の道は、暗闇と苦しみが深い。 もし私が精進して修行しなければ、どうしてそこから逃れられようか。 この危険で難しい悪道から。今日、人の身を得たのだ。 苦しみの果てを尽くさず、三つの生存の牢獄を離れなければ、 精進して工夫を凝らし、必ず三つの牢獄を離れねばならない。 今、私は出家を求め、必ず解脱を得よう。」