妙法蓮華經見寶塔品第十一
妙法蓮華経 見宝塔品 第十一
爾時佛前有七寶塔,高五百由旬,縱廣二百五十由旬,從地踊出,住在空中,種種寶物而莊校之。五千欄楯,龕室千萬,無數幢幡以為嚴飾,垂寶瓔珞寶鈴萬億而懸其上。四面皆出多摩羅跋栴檀之香,充遍世界。其諸幡蓋,以金、銀、琉璃、車𤦲、馬腦、真珠、玫瑰、七寶合成,高至四天王宮。三十三天雨天曼陀羅華,供養寶塔。餘諸天、龍、夜叉、乾闥婆、阿修羅、迦樓羅、緊那羅、摩睺羅伽、人非人等,千萬億眾,以一切華、香、瓔珞、幡蓋、伎樂,供養寶塔,恭敬、尊重、讚歎。爾時寶塔中出大音聲歎言:「善哉,善哉!釋迦牟尼世尊!能以平等大慧,教菩薩法,佛所護念,妙法華經,為大眾說。如是,如是!釋迦牟尼世尊!如所說者,皆是真實。」
その時、仏の前に七宝で飾られた塔が現れました。高さは五百由旬、幅は二百五十由旬もあり、地面から湧き出て空中に留まり、様々な宝で美しく飾られていました。五千もの欄干、千万もの龕室、無数の幢幡で荘厳に飾り立てられ、宝の瓔珞や宝の鈴が万億も吊るされていました。四方からは多摩羅跋栴檀の香りが漂い、世界全体に広がりました。それらの幢や蓋は、金、銀、琉璃、車渠、馬瑙、真珠、玫瑰の七宝で作られ、高さは四天王の宮殿に届くほどでした。三十三天の天人は曼陀羅華を降らせて、宝塔を供養しました。その他の天、龍、夜叉、乾闥婆、阿修羅、迦楼羅、緊那羅、摩睺羅伽、人非人等、千万億もの衆生も、すべての花や香り、瓔珞、幢幡、音楽で宝塔を供養し、敬い、尊び、称賛しました。その時、宝塔の中から大きな声が響いてこう言いました。「素晴らしい、素晴らしい! 釈迦牟尼世尊は、平等な大いなる智慧によって、菩薩の法、仏が護り憶念する『妙法蓮華経』を大衆のためにお説きになりました。まさにその通りです、その通りです。釈迦牟尼世尊がお説きになったことは、すべて真実であります。」
爾時四眾,見大寶塔住在空中,又聞塔中所出音聲,皆得法喜,怪未曾有,從座而起,恭敬合掌,却住一面。爾時有菩薩摩訶薩,名大樂說,知一切世間天、人、阿修羅等心之所疑,而白佛言:「世尊!以何因緣,有此寶塔從地踊出,又於其中發是音聲?」
その時、四衆(出家・在家の男女)が、大きな宝の塔が空中にそびえ立ち、その塔の中から音声が聞こえてくるのを目にし、皆が教えの喜びに満たされました。これまでにない不思議な出来事に驚き、それぞれが座を立って、敬いの心で手を合わせ、片隅に控えていました。
その時、大楽説という名の菩薩・大士がおりました。彼は、すべての世の天・人・阿修羅たちの心に生じた疑問を見抜き、仏にこう問いかけました。 「世尊よ、どのような因縁によって、この宝の塔が地中から湧き出て、その中からこのような音声が発せられるのでしょうか?」
爾時佛告大樂說菩薩:「此寶塔中有如來全身,乃往過去東方無量千萬億阿僧祇世界,國名寶淨,彼中有佛,號曰多寶。其佛行菩薩道時,作大誓願:『若我成佛、滅度之後,於十方國土有說法華經處,我之塔廟,為聽是經故,踊現其前,為作證明,讚言善哉。』
その時、仏は大楽説菩薩に告げられた。 「この宝塔の中には、如来の全身が納められている。それは遥か昔、東方の無量千万億もの阿僧祇の世界を超えた先にあった、宝浄という名の国に、多宝という名の仏がおられた。その仏が菩薩の道を歩んでおられた時、このような大いなる誓いを立てられた。 『もし私が悟りを開き、そして涅槃に入った後、十方のどの世界でも法華経が説かれる場所があれば、その教えを聴聞するために、私の塔廟がその前に現れ出で、その教えが正しいと証明し、善きかなと讃えよう。』」
「彼佛成道已,臨滅度時,於天人大眾中告諸比丘:『我滅度後,欲供養我全身者,應起一大塔。』其佛以神通願力,十方世界,在在處處,若有說法華經者,彼之寶塔皆踊出其前,全身在於塔中,讚言:『善哉,善哉!』
その仏が悟りを開き、やがて涅槃に入ろうとする時、天や人の大衆の中で比丘たちに告げられた。「私が涅槃に入った後、私の全身を供養したいと思う者は、大きな塔を建てなさい。」その仏は神通力と願いの力によって、十方の世界のあらゆる場所で、『法華経』を説く者がいれば、その宝塔が必ずその者の前に現れ出て、塔の中に全身を納め、『善きかな、善きかな』と讃えられたのです。
「大樂說!今多寶如來塔,聞說法華經故,從地踊出,讚言:『善哉,善哉!』」
「大楽説よ、今、多宝如来の塔が、法華経が説かれたのを聞いて、地から湧き出し、『善きかな、善きかな』と賛嘆されたのです。」
是時大樂說菩薩,以如來神力故,白佛言:「世尊!我等願欲見此佛身。」
その時、大楽説菩薩は如来の力強いお助けにより、仏さまに申し上げました。「世尊よ、私たちはこの仏さまのお姿を拝見したいと願います。」
佛告大樂說菩薩摩訶薩:「是多寶佛,有深重願:『若我寶塔,為聽法華經故,出於諸佛前時,其有欲以我身示四眾者,彼佛分身諸佛——在於十方世界說法,盡還集一處,然後我身乃出現耳。』
仏が大楽説菩薩摩訶薩に告げられました:「この多宝仏には、深く重い誓いがあります。『もし私の宝塔が法華経を聴くために諸仏の前に現れる時、私の身を四衆に示そうとする者がいるならば、その仏の分身の諸々の仏――十方の世界で説法している者たち――がすべて一か所に集まってから、初めて私の身が現れるのである。』」
「大樂說!我分身諸佛——在於十方世界說法者,今應當集。」
「大樂説よ。私の化身である諸仏——十方世界で説法している者たち——を、今ここに集めよう。」
大樂說白佛言:「世尊!我等亦願欲見世尊分身諸佛,禮拜供養。」
大楽説(だいらくせつ)が仏に申し上げた。「世尊よ、私たちもまた、世尊の分身である諸仏を拝見し、礼拝し供養したいと願います。」
爾時佛放白毫一光,即見東方五百萬億那由他恒河沙等國土諸佛,彼諸國土,皆以頗梨為地,寶樹、寶衣以為莊嚴,無數千萬億菩薩充滿其中,遍張寶幔,寶網羅上。彼國諸佛,以大妙音而說諸法,及見無量千萬億菩薩,遍滿諸國,為眾說法。南西北方、四維上下,白毫相光所照之處,亦復如是。爾時十方諸佛,各告眾菩薩言:「善男子!我今應往娑婆世界,釋迦牟尼佛所,并供養多寶如來寶塔。」
この時、仏は眉間の白毫から一筋の光を放たれた。すると、東方の五百億那由他ものガンジス川の砂の数と同じくらい多くの国土にいる諸仏が見えた。それらの国土はすべて水晶の大地で、宝の木々や宝の衣で飾られていた。数え切れないほどの千万億の菩薩たちがその中に満ち溢れ、一面に宝の天蓋が張られ、宝の網がその上にかかっていた。それらの国土の諸仏は、大いなる美しい声で様々な教えを説いておられた。また、無数の千万億の菩薩たちが、諸国に満ち渡り、人々のために説法している様子も見えた。
南・西・北の方角や、四隅、上下のすべての世界においても、白毫の光が照らすところは、同じようであった。
この時、十方の諸仏は、それぞれ菩薩たちに告げて言われた。「善き者たちよ、私は今、娑婆世界の釈迦牟尼仏のおられるところへ参り、また多宝如来の宝塔にも供養を捧げるべきである。」
時娑婆世界即變清淨,琉璃為地,寶樹莊嚴,黃金為繩以界八道,無諸聚落、村營、城邑、大海、江河、山川、林藪。燒大寶香,曼陀羅華遍布其地,以寶網幔,羅覆其上,懸諸寶鈴。唯留此會眾,移諸天人置於他土。
そのとき、この娑婆世界は瞬く間に清らかな姿へと変わりました。大地は瑠璃でできており、宝樹が美しく飾り立て、黄金のひもで八つの道が区切られていました。そこには、もはや集落も村も町も都市もなく、大海も大河も山や丘も、果ては林や茂みさえもありませんでした。大きな宝の香が焚かれ、曼陀羅華が一面に敷きつめられました。さらに、宝の網や垂れ幕がその上を覆い、あちこちに宝の鈴が吊り下げられました。ただこの会の衆だけはそのままに、それ以外の天や人の姿は、他の国土へと移されたのでした。
是時,諸佛各將一大菩薩以為侍者,至娑婆世界,各到寶樹下。一一寶樹高五百由旬,枝、葉、華、菓次第莊嚴,諸寶樹下皆有師子之座,高五由旬,亦以大寶而校飾之。爾時諸佛,各於此座結加趺坐。如是展轉遍滿三千大千世界,而於釋迦牟尼佛一方所分之身猶故未盡。
その時、諸仏はそれぞれ一柱の大菩薩を侍者として連れ、娑婆世界に到り、それぞれ宝樹の下に至りました。一つ一つの宝樹は高さ五百由旬で、枝、葉、花、果実が順序正しく荘厳に飾られていました。すべての宝樹の下には獅子座があり、高さ五由旬で、大宝をもって飾り立てられていました。その時、諸仏はそれぞれこの座に結跏趺坐されました。こうして次々と三千大千世界いっぱいに満ち渡りましたが、まだ釈迦牟尼仏の一方に分かれた身は尽きることなくあり余っていました。
時釋迦牟尼佛欲容受所分身諸佛故,八方各更變二百萬億那由他國,皆令清淨,無有地獄、餓鬼、畜生及阿修羅,又移諸天、人置於他土。所化之國,亦以琉璃為地,寶樹莊嚴,樹高五百由旬,枝、葉、華、菓次第嚴飾,樹下皆有寶師子座,高五由旬,種種諸寶以為莊校。亦無大海、江河,及目真隣陀山、摩訶目真隣陀山、鐵圍山、大鐵圍山、須彌山等諸山王,通為一佛國土。寶地平正,寶交露幔遍覆其上;懸諸幡蓋,燒大寶香,諸天寶華遍布其地。
その時、釈迦牟尼仏は、自らの化身の諸仏を迎え入れるために、八方それぞれに二百万億那由他もの国々を変え、すべてを清らかなものとされた。そこには地獄、餓鬼、畜生、阿修羅はなく、また天や人間は他の場所へ移された。教化された国々は、瑠璃を大地とし、宝樹が美しく飾り立てていた。その木々の高さは五百由旬、枝・葉・花・実が順に荘厳に飾られ、木の下にはすべて宝で作られた獅子の座が置かれ、高さは五由旬、様々な宝が飾り付けられていた。また、大海や大河、目真隣陀山、大目真隣陀山、鉄囲山、大鉄囲山、須弥山などの大きな山々もなく、一つの仏国土として統合されていた。宝の大地は平らかに整えられ、宝の網や垂れ幕がその上を覆い、幢や蓋が掲げられ、大いなる宝の香が焚かれ、諸天の宝華が一面に散り敷かれていた。
釋迦牟尼佛為諸佛當來坐故,復於八方各更變二百萬億那由他國,皆令清淨,無有地獄、餓鬼、畜生及阿修羅,又移諸天、人置於他土。所化之國,亦以琉璃為地,寶樹莊嚴,樹高五百由旬,枝、葉、華、菓次第莊嚴,樹下皆有寶師子座,高五由旬,亦以大寶而校飾之。亦無大海、江河,及目真隣陀山、摩訶目真隣陀山、鐵圍山、大鐵圍山、須彌山等諸山王,通為一佛國土。寶地平正,寶交露幔、遍覆其上;懸諸幡蓋,燒大寶香,諸天寶華遍布其地。
釈迦牟尼仏は、諸仏がまさに来て座られるために、さらに八方それぞれに二百万億那由他の国々を変え、すべてを清らかにしました。そこには地獄、餓鬼、畜生、阿修羅はなく、また諸々の天や人々を他の土地に移しました。教化された国々は、瑠璃を地とし、宝樹が美しく飾り、その高さは五百由旬で、枝、葉、花、果実が順序正しく荘厳されています。木の下には、高さ五由旬の宝の師子座があり、大宝で飾られています。また、大海や河川、目真隣陀山、大目真隣陀山、鉄囲山、大鉄囲山、須弥山などの山々の王はなく、すべて一つの仏国土となっています。宝の地は平らで、宝の飾り網と垂れ幕がその上を覆い、様々な幡や蓋が掲げられ、大宝の香が焚かれ、諸天の宝華が地一面に散りばめられています。
爾時東方釋迦牟尼佛所分之身,百千萬億那由他恒河沙等國土中諸佛,各各說法,來集於此;如是次第十方諸佛皆悉來集,坐於八方。爾時一一方四百萬億那由他國土,諸佛如來遍滿其中。是時,諸佛各在寶樹下,坐師子座,皆遣侍者問訊釋迦牟尼佛,各齎寶華滿掬而告之言:「善男子!汝往詣耆闍崛山釋迦牟尼佛所,如我辭曰:『少病、少惱,氣力安樂,及菩薩、聲聞眾悉安隱不?』以此寶華散佛供養,而作是言:『彼某甲佛,與欲開此寶塔。』」諸佛遣使,亦復如是。
その時、東方において、釈迦牟尼仏が分身された、百千万億那由他ものガンジス川の砂の数ほどの国々にいる諸仏は、それぞれ説法をしながら、この場所に集まって来ました。このように次々と、十方の諸仏がすべて集まり、八方に座りました。その時、それぞれの方位にある四百億那由他もの国々は、諸仏如来で満ち溢れました。
この時、諸仏はそれぞれ宝樹の下、獅子座に座り、皆が使いを遣わして、釈迦牟尼仏に安否を尋ねさせました。各々が一握りの宝華を携え、使いにこう告げました。「善男子よ、あなたは耆闍崛山(ぎじゃくっせん)の釈迦牟尼仏のところへ行き、私の言葉を伝えなさい。『お体に少しの病気も悩みもなく、気力は安らかでいらっしゃいますか。また、菩薩や声聞の皆さんも安穏でいらっしゃいますか。』そして、この宝華を仏に散じて供養し、こう申し上げなさい。『(某という)仏が、この宝塔を開くことをお許しくださいと申しております。』」
諸仏が使いを遣わされたのも、皆、同じようでありました。
爾時釋迦牟尼佛,見所分身佛悉已來集,各各坐於師子之座,皆聞諸佛與欲同開寶塔,即從座起,住虛空中。一切四眾,起立合掌,一心觀佛。於是釋迦牟尼佛,以右指開七寶塔戶,出大音聲,如却關鑰開大城門。即時一切眾會,皆見多寶如來於寶塔中坐師子座,全身不散,如入禪定。又聞其言:「善哉,善哉!釋迦牟尼佛!快說是法華經,我為聽是經故而來至此。」爾時四眾等,見過去無量千萬億劫滅度佛說如是言,歎未曾有,以天寶華聚,散多寶佛及釋迦牟尼佛上。
爾時、釈迦牟尼仏は、ご自身が分身された諸仏がすべて集まり、それぞれ師子座に座っているのをご覧になりました。また、諸仏が皆、宝塔を開くことに同意されたのを聞かれますと、即座に座を立ち、虚空の中にお上がりになりました。そして、すべての四衆(比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷)は立ち上がり、合掌して一心に仏を仰ぎ見ました。
そこで釈迦牟尼仏は、右手の指で七宝の塔の戸を開かれました。すると、かんぬきを外して大きな城門を開くような大きな音が響きました。その瞬間、会座のすべての者たちは、多宝如来が宝塔の中の師子座に座っておられ、その全身が損なわれることなく、まるで禅定に入っているかのようなお姿を目の当たりにしました。
また、そのお声を聞きました。「善きかな、善きかな。釈迦牟尼仏よ。よくこの法華経を説かれた。私はこの経を聞くためにここに来たのです」
その時、四衆たちは、過去無量千万億劫の昔に滅度された仏が、このように語られるのを聞き、かつてないことだと惊叹しました。そして、天の宝華を集めて、多宝仏と釈迦牟尼仏の上に撒き散らしました。
爾時多寶佛於寶塔中分半座與釋迦牟尼佛,而作是言:「釋迦牟尼佛!可就此座。」即時釋迦牟尼佛入其塔中,坐其半座,結加趺坐。爾時,大眾見二如來在七寶塔中師子座上結加趺坐,各作是念:「佛座高遠,唯願如來以神通力,令我等輩俱處虛空。」即時釋迦牟尼佛以神通力,接諸大眾皆在虛空,以大音聲普告四眾:「誰能於此娑婆國土廣說妙法華經,今正是時。如來不久當入涅槃,佛欲以此妙法華經付囑有在。」
その時、多宝仏は宝塔の中で半座を釈迦牟尼仏に分け与え、こう言われました。「釈迦牟尼仏よ、どうぞこの座に着かれてください。」するとすぐに、釈迦牟尼仏は塔の中に入り、その半座に結跏趺坐されました。
その時、大衆は二人の如来が七宝の塔の中の獅子座に結跏趺坐されているのを見て、皆がこう思いました。「仏のお座りは高く遠くにある。どうか如来が神通力をもって、私たちも皆、虚空に在らせてください。」するとすぐに、釈迦牟尼仏は神通力で大衆のすべてを虚空に引き上げられ、大きな声で四衆に告げられました。「誰がこの娑婆世界において、素晴らしい妙法華経を広く説くことができるか。今こそその時である。如来はまもなく涅槃に入られる。仏はこの妙法華経を託すにふさわしい者に付嘱したいと望んでおられる。」
爾時世尊欲重宣此義,而說偈言:
その時、世尊はこの意味を重ねて説き明かそうとして、偈を唱えられた。
「聖主世尊, 雖久滅度, 在寶塔中, 尚為法來。
諸人云何 不勤為法? 此佛滅度, 無央數劫,
處處聽法, 以難遇故。 彼佛本願, 我滅度後,
在在所往, 常為聽法。 又我分身, 無量諸佛,
如恒沙等, 來欲聽法。 及見滅度, 多寶如來,
各捨妙土, 及弟子眾、 天人龍神、 諸供養事,
令法久住, 故來至此。 為坐諸佛, 以神通力,
移無量眾, 令國清淨。 諸佛各各, 詣寶樹下,
如清淨池, 蓮華莊嚴。 其寶樹下, 諸師子座,
佛坐其上, 光明嚴飾, 如夜闇中, 燃大炬火。
身出妙香, 遍十方國, 眾生蒙薰, 喜不自勝。
譬如大風, 吹小樹枝。 以是方便, 令法久住。
告諸大眾: 『我滅度後, 誰能護持、 讀說斯經?
今於佛前, 自說誓言。 其多寶佛, 雖久滅度,
以大誓願, 而師子吼。 多寶如來, 及與我身,
所集化佛, 當知此意。 諸佛子等, 誰能護法,
當發大願, 令得久住。 其有能護, 此經法者,
則為供養, 我及多寶。 此多寶佛, 處於寶塔,
常遊十方。 為是經故, 亦復供養, 諸來化佛,
莊嚴光飾、 諸世界者。 若說此經, 則為見我、
多寶如來, 及諸化佛。 諸善男子! 各諦思惟,
此為難事, 宜發大願。 諸餘經典, 數如恒沙,
雖說此等, 未足為難。 若接須彌, 擲置他方,
無數佛土, 亦未為難。 若以足指, 動大千界,
遠擲他國, 亦未為難。 若立有頂, 為眾演說,
無量餘經, 亦未為難。 若佛滅後, 於惡世中,
能說此經, 是則為難。 假使有人, 手把虛空,
而以遊行, 亦未為難。 於我滅後, 若自書持,
若使人書, 是則為難。 若以大地, 置足甲上,
昇於梵天, 亦未為難。 佛滅度後, 於惡世中,
暫讀此經, 是則為難。 假使劫燒, 擔負乾草,
入中不燒, 亦未為難。 我滅度後, 若持此經、
為一人說, 是則為難。 若持八萬, 四千法藏,
十二部經, 為人演說, 令諸聽者, 得六神通,
雖能如是, 亦未為難。 於我滅後, 聽受此經,
問其義趣, 是則為難。 若人說法, 令千萬億,
無量無數, 恒沙眾生, 得阿羅漢, 具六神通,
雖有是益, 亦未為難。 於我滅後, 若能奉持,
如斯經典, 是則為難。 我為佛道, 於無量土,
從始至今, 廣說諸經, 而於其中, 此經第一。
若有能持, 則持佛身。 諸善男子! 於我滅後,
誰能受持、 讀誦此經, 今於佛前、 自說誓言。
此經難持, 若暫持者, 我則歡喜, 諸佛亦然。
如是之人, 諸佛所歎。 是則勇猛, 是則精進,
是名持戒, 行頭陀者, 則為疾得, 無上佛道。
能於來世, 讀持此經, 是真佛子, 住淳善地。
佛滅度後, 能解其義, 是諸天人, 世間之眼。
於恐畏世, 能須臾說, 一切天人, 皆應供養。』」
「聖主であり世尊であられる方は、 たとえ久しく滅度(涅槃)に入られても、 宝塔の中にあって、 なおも法(教え)のために来られました。 それなのに、皆さんはどうして、 法のために努めないのでしょうか?
この仏(多宝如来)は滅度されてから、 無数の劫(長い時間)が過ぎましたが、 あちこちで法を聞いておられます。 それは、めったに遇えないからです。 かの仏の本願には、 『私が滅度した後も、 赴くところどこへでも、 常に法を聞くために行く』とあります。 また、私の分身である 無数の諸仏、恒河の砂の数ほどもが、 法を聞こうと来られています。 そして、滅度された多宝如来にお会いするため、 それぞれが素晴らしい国土や 弟子たち、天・人・龍・神々、 さまざまな供養のことを捨てて、 法を長く住まわせるために、 ここに来られたのです。 来られた諸仏をお座らせるため、 神通力で無数の衆生を移し、 国土を清らかにしました。
諸仏はそれぞれ、 宝の木の下にお着きになり、 清らかな池に蓮華が飾られているかのようです。 その宝の木の下の、 獅子の座に 仏はお座りになり、 その光は見事に飾り立てられ、 夜の暗闇の中に 大きな松明をともしたかのようです。 身からは素晴らしい香りが放たれ、 十方の国々に満ち、 その香りに触れた衆生は、 喜びにたえません。 それはあたかも、大風が 小さな木の枝を吹くかのようです。 このような方便によって、 法を長く住まわせようとされています。
そして、大衆に告げられました。 『私の滅度後、 だれがこの経を護り持ち、 読み、説くことができるか? 今、仏の前で、自ら誓いを述べなさい。 あの多宝仏は、 久しく滅度されましたが、 大いなる誓願によって、 獅子吼(力強い説法)をされています。 多宝如来と、 私の身、 そして集まった化身の仏たち、 これらの意図をよく知りなさい。 仏の子たちよ、 だれが法を護ることができるなら、 大いなる誓いを立てて、 法を長く住まわせなさい。 もしこの経の法を護ることができるなら、 それは私と多宝如来を供養することになる。 この多宝仏は、宝塔の中にあって、 常に十方世界を遊行しておられます。 この経のゆえに、 来られた化身の仏たちや、 世界を飾り照らす方々をも供養することになるのです。 もしこの経を説けば、 それは私、多宝如来、 そして諸々の化身の仏に会うことになる。 善き男子たちよ! それぞれよく考えなさい。 これは難しいことなのだから、 大いなる誓いを立てるべきである。 他の多くの経典は、 恒河の砂のように数多くあるが、 それらを説くことは、まだ難しいとは言えない。 もし須弥山をつかんで、 他の無数の仏の国土に投げ捨てることさえ、 まだ難しいことではない。 もし足の指で、 大千世界を動かし、 遠く他の国に投げ飛ばすことさえ、 まだ難しいことではない。 もし有頂天に立って、 大衆のために無数の他の経典を説くことさえ、 まだ難しいことではない。
しかし、仏が滅度した後、 悪い世の中で、この経を説くことができるなら、 これこそが難しいことなのだ。 たとえ誰かが、虚空を手で掴んで 遊び歩くことさえ、 まだ難しいことではない。 しかし、私の滅度後に、 自らこの経を書き写し保つこと、 あるいは人に書かせること、 これこそが難しいことなのだ。 たとえ大地を、 足の爪の上に載せて、 梵天まで昇ることさえ、 まだ難しいことではない。 しかし、仏が滅度した後、 悪い世の中で、 ほんの一時でもこの経を読むこと、 これこそが難しいことなのだ。 たとえ劫の火が燃え盛る時、 乾いた草を担いで、 その中に入っても焼けないことさえ、 まだ難しいことではない。 しかし、私の滅度後、 この経を保ち、一人のために説くこと、 これこそが難しいことなのだ。
たとえ八万四千の法蔵、 十二部経を保ち、 人のために説き、 聞く者すべてに 六神通を得させることができたとしても、 そのようなことができても、まだ難しいことではない。 しかし、私の滅度後に、 この経を聞き受け、その意味や趣旨を問うこと、 これこそが難しいことなのだ。 たとえ誰かが説法して、 千万億、無量無数の、 恒河の砂ほどの衆生を 阿羅漢の位を得させ、 六神通を具えさせたとしても、 そのような利益があっても、まだ難しいことではない。 しかし、私の滅度後に、 このような経典をよく奉じ保つこと、 これこそが難しいことなのだ。
私は仏道のために、 無数の国土において、 始めから今に至るまで、 広く諸々の経典を説いてきた。 そしてその中で、 この経が第一である。 もしこれを保つことができるなら、 それは仏の身を保つことになる。 善き男子たちよ! 私の滅度後、 誰がこの経を受け、保ち、 読み、誦することができるか? 今、仏の前で、自ら誓いを述べなさい。 この経を保つことは難しい。 たとえ一時的にでも保つ者があれば、 私はそれを喜ぶ。 諸仏もまた同じである。 そのような人は、諸仏に称賛される。 これこそが勇猛であり、 これこそが精進であり、 これを持戒といい、 頭陀(厳しい修行)を行う者という。 そして、速やかに無上の仏道を得るであろう。 未来の世において、 この経を読み保つことができるなら、 それは真の仏の子であり、 清らかな善の地に安住する者である。 仏の滅度後、 その意味を理解できるなら、 その人は天や人の世の中の眼となる。 恐れ多い世の中で、 ほんのしばらくでもこの経を説くなら、 すべての天や人は、皆、供養すべきである。』」