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妙法蓮華経 (妙法蓮華經)

「妙法蓮華經」について

サンスクリット語:Saddharmapuṇḍarīka Sūtra

姚秦 · 底本の訳者:鳩摩羅什

7.2 万字 · 約 240 分

妙法蓮華経は大乗仏教の重要な経典であり、鳩摩羅什によって姚秦の弘始八年(406年)に漢訳された。本経は全二十八品からなり、「開権顕実」「会三帰一」を核心思想とし、一切衆生は皆仏となれることを主張し、仏陀の教えの統一性と究極性を強調する。経中には「火宅の譬え」「化城の譬え」などの多くの譬喩説話を通じて、一仏乗の理念が説かれ、「経中の王」と称えられる。漢伝仏教において崇高な地位を占め、天台宗の根本経典であり、中国仏教思想の発展に深遠な影響を与えた。現存する版本では鳩摩羅什訳本が最も広く流布し、文辞は優美、義理は深遠である。

他言語版: 中国語 · 英語


序品第一

序品第一

如是我聞:

私はこのように聞きました。

一時,佛住王舍城耆闍崛山中,與大比丘眾萬二千人俱,皆是阿羅漢,諸漏已盡,無復煩惱,逮得己利,盡諸有結,心得自在。其名曰:阿若憍陳如、摩訶迦葉、優樓頻螺迦葉、伽耶迦葉、那提迦葉、舍利弗、大目揵連、摩訶迦旃延、阿㝹樓馱、劫賓那、憍梵波提、離婆多、畢陵伽婆蹉、薄拘羅、摩訶拘絺羅、難陀、孫陀羅難陀、富樓那彌多羅尼子、須菩提、阿難、羅睺羅,如是眾所知識大阿羅漢等。復有學、無學二千人。摩訶波闍波提比丘尼,與眷屬六千人俱。羅睺羅母耶輸陀羅比丘尼,亦與眷屬俱。菩薩摩訶薩八萬人,皆於阿耨多羅三藐三菩提不退轉;皆得陀羅尼;樂說辯才,轉不退轉法輪;供養無量百千諸佛,於諸佛所殖眾德本,常為諸佛之所稱歎;以慈修身,善入佛慧;通達大智,到於彼岸;名稱普聞無量世界,能度無數百千眾生。其名曰:文殊師利菩薩、觀世音菩薩、得大勢菩薩、常精進菩薩、不休息菩薩、寶掌菩薩、藥王菩薩、勇施菩薩、寶月菩薩、月光菩薩、滿月菩薩、大力菩薩、無量力菩薩、越三界菩薩、跋陀婆羅菩薩、彌勒菩薩、寶積菩薩、導師菩薩,如是等菩薩摩訶薩八萬人俱。

ある時、仏は王舎城の耆闍崛山(ぎしゃくつせん)にお住まいでした。そこには一万二千人の大比丘衆が共にいました。彼らは皆、阿羅漢であり、諸々の漏を尽くし、再び煩悩はなく、自己の利益を達成し、諸々の有結を尽くし、心の自在を得ていました。その名は、阿若憍陳如、摩訶迦葉、優楼頻螺迦葉、伽耶迦葉、那提迦葉、舎利弗、大目揵連、摩訶迦旃延、阿㝹楼駄、劫賓那、憍梵波提、離婆多、畢陵伽婆蹉、薄拘羅、摩訶拘絺羅、難陀、孫陀羅難陀、富楼那弥多羅尼子、須菩提、阿難、羅睺羅といった、皆に知られた大阿羅漢たちです。また、有学、無学の二千人もいました。摩訶波闍波提比丘尼は、眷属六千人と共にいました。羅睺羅の母である耶輸陀羅比丘尼もまた、眷属と共にいました。菩薩摩訶薩は八万人であり、皆、阿耨多羅三藐三菩提において不退転の位にありました。皆、陀羅尼を得て、楽説の辯才をそなえ、不退転の法輪を転じ、無量百千の諸仏を供養し、諸仏の所において衆徳の根本を植え、常に諸仏の称歎するところでした。慈しみをもって身を修め、善く仏の智慧に入り、大智に通達して彼岸に到り、その名は無量世界に普く聞こえ、無数百千の衆生を度することができました。その名は、文殊師利菩薩、観世音菩薩、得大勢菩薩、常精進菩薩、不休息菩薩、宝掌菩薩、薬王菩薩、勇施菩薩、宝月菩薩、月光菩薩、満月菩薩、大力菩薩、無量力菩薩、越三界菩薩、跋陀婆羅菩薩、弥勒菩薩、宝積菩薩、導師菩薩といった、このような菩薩摩訶薩八万人が共にいました。

爾時釋提桓因,與其眷屬二萬天子俱。復有名月天子、普香天子、寶光天子、四大天王,與其眷屬萬天子俱。自在天子、大自在天子,與其眷屬三萬天子俱。娑婆世界主梵天王——尸棄大梵、光明大梵等,與其眷屬萬二千天子俱。有八龍王——難陀龍王、跋難陀龍王、娑伽羅龍王、和脩吉龍王、德叉迦龍王、阿那婆達多龍王、摩那斯龍王、優鉢羅龍王等,各與若干百千眷屬俱。有四緊那羅王——法緊那羅王、妙法緊那羅王、大法緊那羅王、持法緊那羅王,各與若干百千眷屬俱。有四乾闥婆王——樂乾闥婆王、樂音乾闥婆王、美乾闥婆王、美音乾闥婆王,各與若干百千眷屬俱。有四阿修羅王——婆稚阿修羅王、佉羅騫馱阿修羅王、毘摩質多羅阿修羅王、羅睺阿修羅王,各與若干百千眷屬俱。有四迦樓羅王——大威德迦樓羅王、大身迦樓羅王、大滿迦樓羅王、如意迦樓羅王,各與若干百千眷屬俱。韋提希子阿闍世王,與若干百千眷屬俱。各禮佛足,退坐一面。

その時、帝釈天(釋提桓因)は、二万の天子たちとその眷属を従えていました。また、名月天子、普香天子、宝光天子、四大天王も、それぞれ一万の天子たちとその眷属を連れていました。自在天子、大自在天子は、三万の天子たちとその眷属を伴っていました。この娑婆世界の主である梵天王——尸棄大梵、光明大梵など——は、一万二千の天子たちとその眷属を従えていました。

八人の龍王——難陀龍王、跋難陀龍王、娑伽羅龍王、和脩吉龍王、德叉迦龍王、阿那婆達多龍王、摩那斯龍王、優鉢羅龍王など——がおり、それぞれ数百千の眷属を連れていました。

四つの緊那羅王——法緊那羅王、妙法緊那羅王、大法緊那羅王、持法緊那羅王——がおり、それぞれ数百千の眷属を伴っていました。

四つの乾闥婆王——楽乾闥婆王、楽音乾闥婆王、美乾闥婆王、美音乾闥婆王——がおり、それぞれ数百千の眷属を連れていました。

四つの阿修羅王——婆稚阿修羅王、佉羅騫馱阿修羅王、毘摩質多羅阿修羅王、羅睺阿修羅王——がおり、それぞれ数百千の眷属を従えていました。

四つの迦樓羅王——大威德迦樓羅王、大身迦樓羅王、大満迦樓羅王、如意迦樓羅王——がおり、それぞれ数百千の眷属を伴っていました。

韋提希の子である阿闍世王も、数百千の眷属を連れていました。

彼らは皆、仏陀の足を礼拝し、一歩下がって座につきました。

爾時世尊,四眾圍遶,供養、恭敬、尊重、讚歎。為諸菩薩說大乘經,名無量義,教菩薩法,佛所護念。佛說此經已,結加趺坐,入於無量義處三昧,身心不動。是時天雨曼陀羅華、摩訶曼陀羅華、曼殊沙華、摩訶曼殊沙華而散佛上及諸大眾。普佛世界,六種震動。爾時會中,比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷、天龍、夜叉、乾闥婆、阿修羅、迦樓羅、緊那羅、摩睺羅伽、人非人,及諸小王、轉輪聖王,是諸大眾,得未曾有,歡喜合掌,一心觀佛。

その時、世尊は四衆(比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷)に囲まれ、供養され、敬われ、尊重され、讃嘆されていました。世尊は菩薩たちのために大乗経を説かれました。その経の名は『無量義経』といい、菩薩を教える法であり、仏が護り念じられる教えです。

仏がこの経を説き終わると、結跏趺坐して、無量義処三昧に入られ、身心ともに動かれることはありませんでした。その時、天から曼陀羅華、大曼陀羅華、曼殊沙華、大曼殊沙華が降り注ぎ、仏と大衆の上に散りました。すべての仏世界は、六種に震動しました。

その時、会座の中の比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷、天、龍、夜叉、乾闥婆、阿修羅、迦楼羅、緊那羅、摩睺羅伽、人と非人、および諸々の小王、転輪聖王ら、これら大衆は、これまでに得たことのない気持ちに満たされ、歓喜して合掌し、心を一つにして仏を仰ぎ見ました。

爾時佛放眉間白毫相光,照東方萬八千世界,靡不周遍,下至阿鼻地獄,上至阿迦尼吒天。於此世界,盡見彼土六趣眾生,又見彼土現在諸佛,及聞諸佛所說經法。并見彼諸比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷,諸修行得道者。復見諸菩薩摩訶薩,種種因緣、種種信解、種種相貌,行菩薩道。復見諸佛般涅槃者。復見諸佛般涅槃後,以佛舍利起七寶塔。

その時、仏は眉間の白毫相より光を放ち、東方の一万八千の世界を照らし、あまねく行き渡らせた。下は阿鼻地獄から、上は阿迦尼吒天に至るまで。この世界において、かの国土の六道の衆生をすべて見ることができ、またかの国土の現在の諸仏を見、さらに諸仏の説かれた経法を聞くことができた。そしてかの諸々の比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷、修行して道を得た者たちを見ることができた。また諸々の菩薩摩訶薩が、さまざまな因縁、さまざまな信解、さまざまな相貌をもって、菩薩道を行じているのを見ることができた。また諸仏が般涅槃に入られるのを見ることができた。また諸仏が般涅槃された後、仏の舎利をもって七宝の塔が建てられるのを見ることができた。

爾時彌勒菩薩作是念:「今者世尊現神變相,以何因緣而有此瑞?今佛世尊入于三昧,是不可思議、現希有事。當以問誰?誰能答者?」復作此念:「是文殊師利,法王之子,已曾親近供養過去無量諸佛,必應見此希有之相。我今當問。」

その時、弥勒菩薩はこのように思われました。

「今、世尊が不思議な神通の相を現わされた。これはいったいどのような因縁によるものだろうか?今、仏陀である世尊は深い瞑想に入られ、このような計り知れない、稀有な事象を現わされた。一体誰に尋ねればよいのか?誰が答えてくれるだろうか?」

そしてさらにこう考えられました。

「文殊師利菩薩は、法王(仏陀)の子ともいうべき方であり、過去無量の諸仏に親しく仕え、供養を積まれてきた。きっとこの稀有な相をご覧になっているに違いない。今、私が尋ねよう。」

爾時比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷,及諸天、龍、鬼神等,咸作此念:「是佛光明神通之相,今當問誰?」

その時、比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷、そして諸天、龍、鬼神たちは皆、こう思いました。「この仏の光明と神通の相は、一体誰に尋ねればよいのだろうか?」

爾時彌勒菩薩欲自決疑,又觀四眾比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷,及諸天,龍、鬼神等眾會之心,而問文殊師利言:「以何因緣而有此瑞神通之相,放大光明,照于東方萬八千土,悉見彼佛國界莊嚴?」於是彌勒菩薩欲重宣此義,以偈問曰:

その時、弥勒菩薩は自らの疑いを解こうとし、また四衆(比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷)や、諸天、龍、鬼神など、集まったすべての人々の心の中を観察して、文殊師利菩薩に尋ねました。

「いったいどのような因縁があって、このような瑞相や神通のしるしが現れ、大いなる光明を放って東方一万八千の国土を照らし、それらの仏国土の荘厳な様子がすべて見えるのでしょうか?」

そこで弥勒菩薩は、この意味を重ねて説くために、偈(詩)の形で問いかけました。

「文殊師利! 導師何故, 眉間白毫,
大光普照。 雨曼陀羅、 曼殊沙華,
栴檀香風, 悅可眾心? 以是因緣,
地皆嚴淨, 而此世界, 六種震動。
時四部眾, 咸皆歡喜, 身意快然,
得未曾有。 眉間光明, 照于東方,
萬八千土, 皆如金色, 從阿鼻獄,
上至有頂。 諸世界中, 六道眾生,
生死所趣, 善惡業緣, 受報好醜,
於此悉見。 又覩諸佛、 聖主師子、
演說經典, 微妙第一。 其聲清淨,
出柔軟音, 教諸菩薩, 無數億萬,
梵音深妙, 令人樂聞。 各於世界,
講說正法, 種種因緣。 以無量喻,
照明佛法, 開悟眾生。 若人遭苦,
厭老病死, 為說涅槃, 盡諸苦際。
若人有福, 曾供養佛, 志求勝法,
為說緣覺。 若有佛子、 修種種行,
求無上慧, 為說淨道。 文殊師利!
我住於此, 見聞若斯, 及千億事,
如是眾多, 今當略說。 我見彼土,
恒沙菩薩, 種種因緣, 而求佛道。
或有行施, 金銀珊瑚、 真珠摩尼、
車𤦲馬腦、 金剛諸珍, 奴婢車乘、
寶飾輦輿, 歡喜布施。 迴向佛道,
願得是乘, 三界第一, 諸佛所歎。
或有菩薩, 駟馬寶車、 欄楯華蓋、
軒飾布施。 復見菩薩, 身肉手足,
及妻子施, 求無上道。 又見菩薩,
頭目身體, 欣樂施與, 求佛智慧。
文殊師利! 我見諸王, 往詣佛所,
問無上道, 便捨樂土、 宮殿臣妾,
剃除鬚髮, 而被法服。 或見菩薩,
而作比丘, 獨處閑靜, 樂誦經典。
又見菩薩, 勇猛精進, 入於深山,
思惟佛道。 又見離欲, 常處空閑,
深修禪定, 得五神通。 又見菩薩,
安禪合掌, 以千萬偈、 讚諸法王。
復見菩薩, 智深志固, 能問諸佛,
聞悉受持。 又見佛子, 定慧具足,
以無量喻, 為眾講法。 欣樂說法,
化諸菩薩, 破魔兵眾, 而擊法鼓。
又見菩薩, 寂然宴默, 天龍恭敬,
不以為喜。 又見菩薩, 處林放光,
濟地獄苦, 令入佛道。 又見佛子,
未甞睡眠, 經行林中, 懃求佛道。
又見具戒, 威儀無缺, 淨如寶珠,
以求佛道。 又見佛子, 住忍辱力,
增上慢人, 惡罵捶打, 皆悉能忍,
以求佛道。 又見菩薩, 離諸戲笑,
及癡眷屬, 親近智者, 一心除亂,
攝念山林, 億千萬歲, 以求佛道。
或見菩薩, 餚饍飲食、 百種湯藥,
施佛及僧。 名衣上服, 價直千萬,
或無價衣, 施佛及僧。 千萬億種,
栴檀寶舍、 眾妙臥具, 施佛及僧。
清淨園林, 華菓茂盛, 流泉浴池,
施佛及僧。 如是等施, 種種微妙,
歡喜無厭, 求無上道。 或有菩薩,
說寂滅法, 種種教詔, 無數眾生。
或見菩薩, 觀諸法性, 無有二相,
猶如虛空。 又見佛子, 心無所著,
以此妙慧、 求無上道。 文殊師利!
又有菩薩, 佛滅度後, 供養舍利。
又見佛子, 造諸塔廟, 無數恒沙,
嚴飾國界, 寶塔高妙, 五千由旬,
縱廣正等, 二千由旬。 一一塔廟,
各千幢幡, 珠交露幔, 寶鈴和鳴。
諸天龍神、 人及非人, 香華伎樂,
常以供養。 文殊師利! 諸佛子等,
為供舍利, 嚴飾塔廟, 國界自然,
殊特妙好, 如天樹王, 其華開敷。
佛放一光, 我及眾會, 見此國界,
種種殊妙。 諸佛神力、 智慧希有,
放一淨光, 照無量國。 我等見此,
得未曾有。 佛子文殊! 願決眾疑。
四眾欣仰, 瞻仁及我。 世尊何故,
放斯光明? 佛子時答, 決疑令喜。
何所饒益, 演斯光明? 佛坐道場,
所得妙法, 為欲說此? 為當授記?
示諸佛土, 眾寶嚴淨, 及見諸佛,
此非小緣。 文殊當知, 四眾龍神,
瞻察仁者, 為說何等。」

文殊師利よ、導師はなぜ、眉間の白毫から、大いなる光をあまねく照らし、曼陀羅華、曼殊沙華を雨のように降らせ、栴檀の香る風が、すべての人々の心を喜ばせたのでしょうか?このような因縁によって、大地はすべて荘厳に清らかになり、この世界は六種に震動しました。 その時、四部の大衆はみな喜び、心身ともに快く、かつてないほどの喜びを得ました。 眉間の光は東方を照らし、一万八千の国土を金色のように輝かせ、阿鼻地獄から有頂天に至るまで、すべての世界の六道の衆生が、生死の行き先、善悪の業の因縁、受ける報いの善し悪しを、ここにことごとく見ることができました。 また、諸仏や聖なる師子たる導師たちが、最も微妙で第一の経典を説き、その声は清らかで柔らかな音を出し、無数億万の菩薩たちを教え導く、深く妙なる梵音は、人々に聞く喜びを与えました。 それぞれの世界で、さまざまな因縁をもって正法を説き、無量のたとえを用いて仏法を明らかにし、衆生を悟りに導いていました。 もし人が苦しみに遭い、老病死を厭うなら、涅槃を説き、あらゆる苦しみの果てを尽くすことを教えます。 もし人が福徳があり、かつて仏を供養し、勝れた法を志し求めるなら、縁覚の法を説きます。 もし仏弟子が、さまざまな修行を修め、無上の智慧を求めるなら、清らかな道を説きます。 文殊師利よ、私はここにいて、このようなことを見聞きし、また千億もの事柄を、このように数多く見ました。今、それを略説しましょう。 私はあの国土に、恒河の砂の数の菩薩たちが、さまざまな因縁によって仏道を求めているのを見ました。 ある者は布施を行い、金銀珊瑚、真珠摩尼、車𤦲瑪瑙、金剛などの諸々の珍宝、奴婢や車乗、宝飾の輦輿を喜んで布施し、その功徳を仏道に振り向け、この三界第一の乗り物(仏乗)を得たいと願い、諸仏に称嘆されることを求めました。 ある菩薩は、駟馬の宝車や欄楯、華蓋、軒飾りを布施するのを見ました。 また、菩薩が自らの身肉や手足、さらには妻や子をも布施し、無上道を求めるのを見ました。 また、菩薩が頭や目、身体を喜んで施し、仏の智慧を求めるのを見ました。 文殊師利よ、私は諸々の王たちが仏のもとを訪れ、無上道を問い、楽しみの国土や宮殿、臣下や妾を捨て、髪やひげを剃り落として法服をまとうのを見ました。 あるいは、菩薩が比丘となり、独り静かなところにいて、経典を誦することを喜ぶのを見ました。 また、菩薩が勇猛に精進し、深山に入って仏道を思惟するのを見ました。 また、欲を離れ、常に閑静なところにいて、深く禅定を修め、五神通を得る者を見ました。 また、菩薩が安らかに禅定し、合掌して千万の偈をもって諸々の法王を讃えるのを見ました。 また、菩薩が深い智慧と固い志を持ち、諸仏に問い、聞いたことをすべて受け持つのを見ました。 また、仏弟子が禅定と智慧を具え、無量のたとえをもって大衆のために法を説くのを見ました。喜んで説法し、諸々の菩薩を教化し、魔軍を破り、法の太鼓を打ち鳴らすのを見ました。 また、菩薩が静かに黙想し、天や龍が恭敬しても、それを喜ばないのを見ました。 また、菩薩が林の中にいて光を放ち、地獄の苦しみを救い、仏道に入らせるのを見ました。 また、仏弟子が眠ることなく、林の中を経行し、勤めて仏道を求めるのを見ました。 また、戒を具え、威儀に欠けるところなく、宝珠のように清らかで、仏道を求める者を見ました。 また、仏弟子が忍辱の力を保ち、増上慢の人々から悪口を浴びせられ、殴打されても、すべて耐え忍び、仏道を求めるのを見ました。 また、菩薩が戯れや笑い、そして愚かな眷属を離れ、智者に親近し、一心に乱れを除き、心を山林に集め、億千万年の間、仏道を求めるのを見ました。 あるいは、菩薩が美味な飲食物や百種の湯薬を、仏と僧に施すのを見ました。 高価な衣服や上等の服、価値千万のもの、あるいは値段のつけられない衣を、仏と僧に施すのを見ました。 千万億種の栴檀の宝の舎宅や、多くの妙なる臥具を、仏と僧に施すのを見ました。 清らかな園林や、花や果実が茂り、流泉や浴池のある場所を、仏と僧に施すのを見ました。 このような等しい布施、さまざまな微妙な行いを、喜び厭うことなく、無上道を求めるのを見ました。 ある菩薩は、寂滅の法を説き、さまざまな教えで、無数の衆生を導くのを見ました。 あるいは、菩薩が諸法の本性を観察し、二つの相がなく、虚空のようであるのを見ました。 また、仏弟子が心に執着せず、この妙なる智慧をもって無上道を求めるのを見ました。 文殊師利よ、また、菩薩が仏の滅度後、舎利を供養するのを見ました。 また、仏弟子が無数の恒河の砂の数の塔廟を造り、国土を厳かに飾り立て、宝塔は高く妙で五千由旬、縦横の広さは等しく二千由旬であるのを見ました。 一つ一つの塔廟には、それぞれ千本の幢幡があり、真珠が交じった露の幔幕、宝の鈴が調和して鳴り響いていました。 諸天や龍神、人および非人たちが、香や華、伎楽をもって常に供養していました。 文殊師利よ、諸々の仏弟子たちが、舎利を供養するために塔廟を厳かに飾り立てると、国土は自然と、天樹王の花が開くように、殊に妙で優れたものとなりました。 仏が一つの光を放たれると、私と大衆は、この国土のさまざまな殊勝な妙なる様子を見ました。 諸仏の神力と智慧は稀有であり、一つの清らかな光を放って無量の国土を照らされます。私たちはこれを見て、かつてない喜びを得ました。 仏子である文殊よ、どうか大衆の疑いを断じてください。四衆は欣び仰ぎ、あなたと私を見つめています。世尊はなぜ、このような光明を放たれたのでしょうか? 仏子よ、今こそ答え、疑いを断じて喜ばせてください。どのような利益があるから、この光明を示されるのでしょうか? 仏が道場に坐して得られた妙なる法を、説こうとされているのでしょうか?それとも授記をなさろうとされているのでしょうか? 諸々の仏土が衆宝で厳かに清らかであることを示し、また諸仏を見せられるのは、小さな縁によることではありません。 文殊よ、知るがよい、四衆や龍神たちが、あなたを見つめ、何を説かれるのかを伺っているのです。

爾時文殊師利語彌勒菩薩摩訶薩及諸大士:「善男子等!如我惟忖,今佛世尊欲說大法,雨大法雨,吹大法螺,擊大法鼓,演大法義。諸善男子!我於過去諸佛,曾見此瑞,放斯光已,即說大法。是故當知,今佛現光,亦復如是,欲令眾生,咸得聞知一切世間難信之法,故現斯瑞。

その時、文殊師利菩薩は弥勒菩薩摩訶薩および諸大士に語りました。

「善男子たちよ、私が思うに、今、仏世尊は大いなる法を説こうとされ、大いなる法の雨を降らせ、大いなる法の螺貝を吹き、大いなる法の太鼓を打ち鳴らし、大いなる法の義を演じようとされているのです。諸善男子よ、私は過去の諸仏において、このような瑞相を見たことがあります。この光を放たれた後、すぐに大いなる法を説かれたのです。ですから、今、仏がこの光を現わされたのも、まさに同じく、すべての衆生が、世間では信じがたい一切の法を聞き知ることができるようにするためであり、故にこの瑞相を現わされたのだと知るべきです。」

「諸善男子!如過去無量無邊不可思議阿僧祇劫,爾時有佛,號日月燈明如來、應供、正遍知、明行足、善逝、世間解、無上士、調御丈夫、天人師、佛、世尊,演說正法,初善中善後善,其義深遠,其語巧妙,純一無雜,具足清白梵行之相。為求聲聞者說應四諦法,度生老病死,究竟涅槃;為求辟支佛者說應十二因緣法;為諸菩薩說應六波羅蜜,令得阿耨多羅三藐三菩提,成一切種智。

善きかな、諸々の善男子よ。過去の無量無辺、不可思議なる阿僧祇劫の昔を思い起こせ。その時、日月燈明如来と称する仏がおられた。如来・応供・正遍知・明行足・善逝・世間解・無上士・調御丈夫・天人師・仏・世尊という尊い徳を備え、正しい法を説かれた。

その教えは、初めも善く、中ほども善く、終わりも善く、その意義は深遠で、言葉は巧みであった。純粋で混じりけがなく、清らかな梵行の姿を余すところなく示しておられた。

声聞を求める者には、四諦の法に応じて説き、生老病死を超え、究極の涅槃に至らしめた。縁覚を求める者には、十二因縁の法に応じて説かれた。菩薩たちには、六波羅蜜に応じて説き、阿耨多羅三藐三菩提を得させ、一切種智を成就させられたのである。

「次復有佛亦名日月燈明,次復有佛亦名日月燈明,如是二萬佛,皆同一字,號日月燈明,又同一姓,姓頗羅墮。彌勒當知,初佛後佛,皆同一字,名日月燈明,十號具足。所可說法,初中後善。其最後佛,未出家時有八王子:一名有意,二名善意,三名無量意,四名寶意,五名增意,六名除疑意,七名嚮意,八名法意。是八王子,威德自在,各領四天下。是諸王子,聞父出家,得阿耨多羅三藐三菩提,悉捨王位亦隨出家,發大乘意,常修梵行,皆為法師,已於千萬佛所、殖諸善本。

次にまた、仏が現れ、これもまた日月燈明と名乗られました。次にまた、仏が現れ、これもまた日月燈明と名乗られました。このように二万の仏が、皆同じ名を号し、日月燈明と称し、また同じ姓をもち、姓は頗羅墮でした。弥勒よ、知るがよい。最初の仏も後の仏も、皆同じ名を号し、日月燈明と名乗り、十の尊称を備えていました。説かれた教えは、初めも中も終わりも、すべて善きものでした。

その最後の仏は、出家される前、八人の王子をお持ちでした。第一は有意、第二は善意、第三は無量意、第四は宝意、第五は増意、第六は除疑意、第七は嚮意、第八は法意という名でした。この八王子は威徳自在であり、それぞれが四天下を治めていました。王子たちは父が出家し、阿耨多羅三藐三菩提を得られたと聞き、すべて王位を捨てて共に出家し、大乗の志を起こし、常に清らかな行いを修め、皆が法師となり、すでに千万の仏のもとで、多くの善根を積んでいたのでした。

「是時日月燈明佛說大乘經,名無量義,教菩薩法,佛所護念。說是經已,即於大眾中結加趺坐,入於無量義處三昧,身心不動。是時、天雨曼陀羅華,摩訶曼陀羅華,曼殊沙華,摩訶曼殊沙華,而散佛上、及諸大眾。普佛世界,六種震動。爾時會中,比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷,天、龍、夜叉、乾闥婆、阿修羅、迦樓羅、緊那羅、摩睺羅伽、人非人,及諸小王、轉輪聖王等,是諸大眾,得未曾有,歡喜合掌,一心觀佛。

その時、日月燈明仏は大乗の経典を説かれました。その名は『無量義経』。菩薩を教え導く法であり、仏が護り念じられる教えです。この経を説き終えられると、大衆の中にあって結跏趺坐し、無量義処三昧に入られ、身心ともに動かれることはありませんでした。

その時、天から曼陀羅華、大曼陀羅華、曼殊沙華、大曼殊沙華が降り注ぎ、仏とすべての大衆の上に散りました。仏の世界は広く六種に震動しました。

その時、会座に集っていた比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷、天、龍、夜叉、乾闥婆、阿修羅、迦楼羅、緊那羅、摩睺羅伽、人非人、そして諸々の小王や転輪聖王など、すべての大衆は、これまでにないことを得て、喜びのうちに合掌し、心を一つにして仏を仰ぎ見ました。

「爾時如來放眉間白毫相光,照東方萬八千佛土,靡不周遍,如今所見是諸佛土。彌勒當知,爾時會中,有二十億菩薩樂欲聽法。是諸菩薩,見此光明、普照佛土,得未曾有,欲知此光所為因緣。時有菩薩,名曰妙光,有八百弟子。是時日月燈明佛從三昧起,因妙光菩薩、說大乘經,名妙法蓮華,教菩薩法,佛所護念,六十小劫不起于座。時會聽者亦坐一處,六十小劫身心不動,聽佛所說,謂如食頃。是時眾中,無有一人若身若心而生懈惓。

その時、如来は眉間の白毫相光を放ち、東方の一万八千の仏土を照らし、あまねく行き渡らせた。それは今、目にしているこれらの仏土のようであった。弥勒よ、知るがよい。その時の会座には、二十億の菩薩たちが法を聞こうと願っていた。これらの菩薩たちは、この光明が仏土をあまねく照らすのを見て、かつてない喜びを得、この光が現れた因縁を知りたいと願った。

その時、妙光という名の菩薩がおり、八百人の弟子を有していた。その時、日月燈明仏は三昧より起き上がり、妙光菩薩のために大乗経を説いた。その経の名は妙法蓮華経といい、菩薩の法を教え、仏が護念するものであった。六十小劫の間、座を立たずに説法を続けた。その時、会座で聞法していた者たちもまた一つの場所に座り、六十小劫の間、身心ともに動かず、仏の説法を聞いた。それはまるで一食の間のように感じられた。その時、大衆の中には、一人として身も心も怠り疲れる者はなかった。

「日月燈明佛於六十小劫說是經已,即於梵、魔、沙門、婆羅門、及天、人、阿修羅眾中,而宣此言:『如來於今日中夜,當入無餘涅槃。』時有菩薩,名曰德藏,日月燈明佛即授其記。告諸比丘:『是德藏菩薩,次當作佛,號曰淨身多陀阿伽度、阿羅訶、三藐三佛陀。』佛授記已,便於中夜、入無餘涅槃。佛滅度後,妙光菩薩持妙法蓮華經,滿八十小劫為人演說。日月燈明佛八子皆師妙光,妙光教化令其堅固阿耨多羅三藐三菩提。是諸王子、供養無量百千萬億佛已,皆成佛道,其最後成佛者,名曰燃燈。八百弟子中,有一人號曰求名,貪著利養,雖復讀誦眾經,而不通利,多所忘失,故號求名。是人亦以種諸善根因緣故,得值無量百千萬億諸佛,供養、恭敬,尊重、讚歎。彌勒當知,爾時妙光菩薩豈異人乎?我身是也;求名菩薩,汝身是也。今見此瑞,與本無異,是故惟忖:『今日如來當說大乘經,名妙法蓮華,教菩薩法,佛所護念。』」

日月燈明仏は六十小劫の間、この経を説き終えると、すぐに梵天、魔王、沙門、婆羅門、そして天界の人々、阿修羅の大衆の中に向かって、このように宣言されました。 「如来は今日の夜中、無余涅槃に入られるであろう」

その時、徳蔵という名の菩薩がいました。日月燈明仏はすぐに彼に授記を授け、諸々の比丘たちに告げられました。 「この徳蔵菩薩は、次に仏となられる。その名は浄身如来、応供、正等覚者と称されるであろう」

仏が授記を授け終えると、夜中に無余涅槃に入られました。仏が滅度された後、妙光菩薩は妙法蓮華経を持ち、八十小劫の間、人々のために説き続けました。日月燈明仏の八人の王子たちは皆、妙光を師とし、妙光は彼らを教化して、阿耨多羅三藐三菩提(無上正等覚)を堅固なものとさせました。

これらの王子たちは、無量百千万億の仏を供養し終えた後、皆、仏道を成就されました。その最後に仏となられた方は、燃燈仏と名乗られました。

八百人の弟子の中に、求名という名の者が一人いました。彼は利養に貪着し、多くの経典を読誦していましたが、深く理解せず、多くを忘れていたため、求名と号されていました。この人もまた、さまざまな善根の因縁によって、無量百千万億の諸仏に値遇し、供養、恭敬、尊重、讃歎を捧げました。

弥勒よ、知るがよい。あの時の妙光菩薩は、ほかでもない、この私である。求名菩薩は、ほかでもない、そなたである。

今、この瑞相を見るに、かつてと何ら変わりがない。それゆえに私は考えた。 「今日、如来は大乗の経典を説かれるであろう。その名は妙法蓮華経、菩薩を教える法であり、仏によって護念されるものである」と。

爾時文殊師利於大眾中,欲重宣此義,而說偈言:

その時、文殊師利菩薩は大衆の中にあって、この意味を重ねて説こうとし、偈を唱えて言った。

「我念過去世, 無量無數劫,
有佛人中尊, 號日月燈明。
世尊演說法, 度無量眾生,
無數億菩薩, 令入佛智慧。
佛未出家時, 所生八王子,
見大聖出家, 亦隨修梵行。
時佛說大乘, 經名無量義,
於諸大眾中, 而為廣分別。
佛說此經已, 即於法座上,
加趺坐三昧, 名無量義處。
天雨曼陀華, 天鼓自然鳴,
諸天龍鬼神, 供養人中尊。
一切諸佛土, 即時大震動,
佛放眉間光, 現諸希有事。
此光照東方, 萬八千佛土,
示一切眾生, 生死業報處。
有見諸佛土, 以眾寶莊嚴,
琉璃頗梨色, 斯由佛光照。
及見諸天人、 龍神夜叉眾、
乾闥緊那羅, 各供養其佛。
又見諸如來, 自然成佛道,
身色如金山, 端嚴甚微妙。
如淨琉璃中, 內現真金像,
世尊在大眾, 敷演深法義。
一一諸佛土, 聲聞眾無數,
因佛光所照, 悉見彼大眾。
或有諸比丘, 在於山林中,
精進持淨戒, 猶如護明珠。
又見諸菩薩, 行施忍辱等,
其數如恒沙, 斯由佛光照。
又見諸菩薩, 深入諸禪定,
身心寂不動, 以求無上道。
又見諸菩薩, 知法寂滅相,
各於其國土, 說法求佛道。
爾時四部眾, 見日月燈佛,
現大神通力, 其心皆歡喜,
各各自相問: 『是事何因緣?』
天人所奉尊, 適從三昧起,
讚妙光菩薩: 『汝為世間眼,
一切所歸信, 能奉持法藏,
如我所說法, 唯汝能證知。』
世尊既讚歎, 令妙光歡喜,
說是法華經, 滿六十小劫,
不起於此座。 所說上妙法,
是妙光法師, 悉皆能受持。
佛說是法華, 令眾歡喜已,
尋即於是日, 告於天人眾:
『諸法實相義, 已為汝等說,
我今於中夜, 當入於涅槃。
汝一心精進, 當離於放逸,
諸佛甚難值, 億劫時一遇。』
世尊諸子等, 聞佛入涅槃,
各各懷悲惱, 佛滅一何速。
聖主法之王, 安慰無量眾:
『我若滅度時, 汝等勿憂怖,
是德藏菩薩, 於無漏實相,
心已得通達。 其次當作佛,
號曰為淨身, 亦度無量眾。』
佛此夜滅度, 如薪盡火滅,
分布諸舍利, 而起無量塔。
比丘比丘尼, 其數如恒沙,
倍復加精進, 以求無上道。
是妙光法師, 奉持佛法藏,
八十小劫中, 廣宣法華經。
是諸八王子, 妙光所開化,
堅固無上道, 當見無數佛。
供養諸佛已, 隨順行大道,
相繼得成佛, 轉次而授記。
最後天中天, 號曰燃燈佛,
諸仙之導師, 度脫無量眾。
是妙光法師, 時有一弟子,
心常懷懈怠, 貪著於名利,
求名利無厭, 多遊族姓家,
棄捨所習誦, 廢忘不通利。
以是因緣故, 號之為求名。
亦行眾善業, 得見無數佛,
供養於諸佛, 隨順行大道,
具六波羅蜜, 今見釋師子。
其後當作佛, 號名曰彌勒,
廣度諸眾生, 其數無有量。
彼佛滅度後, 懈怠者汝是;
妙光法師者, 今則我身是。
我見燈明佛, 本光瑞如此,
以是知今佛, 欲說法華經。
今相如本瑞, 是諸佛方便,
今佛放光明, 助發實相義。
諸人今當知, 合掌一心待,
佛當雨法雨, 充足求道者。
諸求三乘人, 若有疑悔者,
佛當為除斷, 令盡無有餘。」

私は思い起こします、過去の世を、 計り知れぬほど遠い昔のことを。 世の中の尊い仏がおられました、 その名は日月燈明と申します。 世尊は法を説かれ、 無量の衆生を救い、 数えきれぬ菩薩たちを、 仏の智慧へと導かれました。 仏が出家される前、 お生まれになった八人の王子は、 大聖が出家されるのを見て、 共に清らかな行いを修めました。 その時、仏は大乗の教えを説かれ、 経の名は『無量義』、 大衆の中で、 広く詳しく解き明かされました。 仏がこの経を説き終えられると、 法座の上で、 結跏趺坐して三昧に入られました。 その三昧は『無量義処』と名付けられました。 天からは曼陀羅華が降り、 天の鼓が自然に鳴り響き、 諸天、龍、鬼神たちが、 人の中の尊い方を供養しました。 すべての仏国土は、 たちまち大いに震動し、 仏は眉間から光を放たれ、 さまざまな稀有な事柄を現されました。 この光は東方を照らし、 一万八千の仏国土に及び、 すべての衆生に、 生死の業と報いのありかを示されました。 多くの宝で飾られた仏国土が見え、 瑠璃や水晶のような色は、 すべて仏の光に照らされてのことでした。 また、諸天や人々、龍神、夜叉の衆、 乾闥婆、緊那羅が、 それぞれの仏を供養しているのが見えました。 また、諸々の如来が、 自然に仏道を成じ、 その身色は金山のようで、 端正で甚だ微妙でした。 清らかな瑠璃の中に、 真金の像が映るように、 世尊は大衆の中で、 深遠な法の義を説き明かしておられました。 それぞれの仏国土には、 声聞の衆が無数におり、 仏の光に照らされて、 その大衆のすべてが見えました。 あるところでは比丘たちが、 山林の中におり、 精進して清らかな戒律を保ち、 まるで明珠を護るかのようでした。 また、菩薩たちが、 布施や忍辱などの行を行い、 その数は恒河の砂のようで、 これも仏の光に照らされてのことでした。 また、菩薩たちが、 深く諸々の禅定に入り、 身心が静寂で動かず、 無上道を求めているのが見えました。 また、菩薩たちが、 法の寂滅の相を知り、 それぞれの国土で、 法を説いて仏道を求めているのが見えました。 その時、四部の衆は、 日月燈仏が大いなる神通力を現されたのを見て、 心に皆、歓喜し、 互いに尋ね合いました。 「これはいったい、どのような因縁によることか」と。 天人が奉る尊い方が、 ちょうど三昧から起たれ、 妙光菩薩を讃えて言われました。 「汝は世間の眼であり、 すべての者が帰依し信じる者である。 よく法蔵を奉持し、 私の説く法を、 ただ汝のみが証し知ることができる」と。 世尊が讃嘆され、 妙光を喜ばせた後、 この法華経を説かれました。 六十小劫の間、 この座から起たれることなく。 説かれた上妙の法を、 妙光法師は、 すべて受け持ち、保ちました。 仏がこの法華経を説き、 衆を喜ばせた後、 すぐにその日、 天人の衆に告げられました。 「諸法実相の義は、 すでに汝らに説いた。 私は今、夜中に、 涅槃に入ろう。 汝らは一心に精進し、 放逸を離れるがよい。 諸仏に遇うことは甚だ難く、 億劫の時に一度遇うかどうかである」と。 世尊の子らは、 仏が涅槃に入られると聞き、 それぞれ悲しみ悩みました。 仏の滅度はなんと速いことか。 聖なる主、法の王は、 無量の衆を慰めて言われました。 「私が滅度する時、 汝らは憂い怖れるな。 この徳蔵菩薩は、 無漏の実相について、 心にすでに通達している。 次に仏となるべき者であり、 その号は浄身といい、 また無量の衆を救うであろう」と。 仏はこの夜、滅度されました。 薪が尽きて火が消えるように。 諸々の舎利が分けられ、 無量の塔が建てられました。 比丘、比丘尼は、 その数は恒河の砂のようで、 さらに精進を重ね、 無上道を求めました。 妙光法師は、 仏の法蔵を奉持し、 八十小劫の間、 広く法華経を宣べ伝えました。 あの八人の王子は、 妙光によって教化され、 無上道を堅固にし、 やがて無数の仏に遇うことでしょう。 諸仏を供養した後、 大道に随順して行い、 相次いで仏となり、 順次に授記を受けました。 最後の天の中の天は、 その号を燃燈仏といい、 諸仙の導師として、 無量の衆を度脱されました。 妙光法師には、 かつて一人の弟子がおりました。 心に常に怠け心を抱き、 名利に貪著し、 名利を求めて飽くことを知らず、 多くは名家を遊行し、 習い誦じたことを捨て、 忘れ廃して通達しませんでした。 この因縁によって、 彼は求名と呼ばれました。 しかし、多くの善い行いも行い、 無数の仏に遇い、 諸仏を供養し、 大道に随順して行い、 六波羅蜜を具え、 今、釈師子(釈尊)に遇っています。 その後に仏となるべき者であり、 その名は弥勒といい、 広く多くの衆生を救い、 その数は量り知れません。 あの仏(日月燈明仏)が滅度された後、 怠けていた者は、汝(弥勒)である。 妙光法師は、 今、私の身である。 私は燈明仏の、 このような光の瑞相を見た。 それによって、今の仏(釈尊)が、 法華経を説こうとされていることを知る。 今の瑞相は昔の瑞相のようであり、 これは諸仏の方便である。 今、仏が光明を放たれるのは、 実相の義を助け発させるためである。 皆さん、今こそ知るべきです。 合掌して一心に待ちなさい。 仏はやがて法の雨を降らせ、 求道者の心を満たされるでしょう。 三乗を求める人々の中で、 疑いや後悔のある者がいれば、 仏はそれを除き断ち、 すべてを残すことなく尽くされるでしょう。」


弘傳序
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