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title: "妙法蓮華經 · 17 分別功德品"
description: "妙法莲华经是大乘佛教重要经典，由鸠摩罗什于姚秦弘始八年（406年）译成汉文。该经共二十八品，以“开权显实”“会三归一”为核心思想，主张一切众生皆可成佛，强调佛陀教法的统一性与究竟性。经中通过大量譬喻故事，如“火宅喻”“化城喻”等，阐述一佛乘理念，被誉为“经中之王”。在汉传佛教中具有崇高地位，是天台宗根本经典，对中国佛教思想发展影响深远。现存版本以鸠摩罗什译本流传最广，文辞优美，义理深邃。"
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### 妙法蓮華經分別功德品第十七

> 法華経・分別功徳品第十七

爾時大會，聞佛說壽命劫數長遠如是，無量無邊阿僧祇眾生得大饒益。於時世尊告彌勒菩薩摩訶薩：「阿逸多！我說是如來壽命長遠時，六百八十萬億那由他恒河沙眾生，得無生法忍；復有千倍菩薩摩訶薩，得聞持陀羅尼門；復有一世界微塵數菩薩摩訶薩，得樂說無礙辯才；復有一世界微塵數菩薩摩訶薩，得百千萬億無量旋陀羅尼；復有三千大千世界微塵數菩薩摩訶薩，能轉不退法輪；復有二千中國土微塵數菩薩摩訶薩，能轉清淨法輪；復有小千國土微塵數菩薩摩訶薩，八生當得阿耨多羅三藐三菩提；復有四四天下微塵數菩薩摩訶薩，四生當得阿耨多羅三藐三菩提；復有三四天下微塵數菩薩摩訶薩，三生當得阿耨多羅三藐三菩提；復有二四天下微塵數菩薩摩訶薩，二生當得阿耨多羅三藐三菩提；復有一四天下微塵數菩薩摩訶薩，一生當得阿耨多羅三藐三菩提；復有八世界微塵數眾生，皆發阿耨多羅三藐三菩提心。」

> その時、大勢の参会者は、仏が説かれた寿命の劫数がこのように遠大で、無量無辺の阿僧祇もの衆生に大きな利益があったことを聞きました。 そこで、世尊は弥勒菩薩摩訶薩に告げられました。 「阿逸多よ。私が如来の寿命の長遠を説いた時、六百八十万億那由他恒河沙の衆生が無生法忍を得た。さらに、その千倍の菩薩摩訶薩が、聞持陀羅尼門を得た。さらに、一世界の微塵の数の菩薩摩訶薩が、楽説無礙辯才を得た。さらに、一世界の微塵の数の菩薩摩訶薩が、百千万億無量旋陀羅尼を得た。さらに、三千大千世界の微塵の数の菩薩摩訶薩が、不退転の法輪を転じることができるようになった。さらに、二千中国土の微塵の数の菩薩摩訶薩が、清浄の法輪を転じることができるようになった。さらに、小千国土の微塵の数の菩薩摩訶薩が、八生を経て阿耨多羅三藐三菩提を得るであろう。さらに、四四天下の微塵の数の菩薩摩訶薩が、四生を経て阿耨多羅三藐三菩提を得るであろう。さらに、三四天下の微塵の数の菩薩摩訶薩が、三生を経て阿耨多羅三藐三菩提を得るであろう。さらに、二四天下の微塵の数の菩薩摩訶薩が、二生を経て阿耨多羅三藐三菩提を得るであろう。さらに、一四天下の微塵の数の菩薩摩訶薩が、一生を経て阿耨多羅三藐三菩提を得るであろう。さらに、八世界の微塵の数の衆生が、皆、阿耨多羅三藐三菩提の心を発したのである。」

佛說是諸菩薩摩訶薩得大法利時，於虛空中，雨曼陀羅華、摩訶曼陀羅華，以散無量百千萬億眾寶樹下、師子座上諸佛，并散七寶塔中師子座上釋迦牟尼佛及久滅度多寶如來，亦散一切諸大菩薩及四部眾。又雨細末栴檀、沈水香等。於虛空中，天鼓自鳴，妙聲深遠。又雨千種天衣，垂諸瓔珞、真珠瓔珞、摩尼珠瓔珞、如意珠瓔珞，遍於九方。眾寶香爐燒無價香，自然周至，供養大會。一一佛上，有諸菩薩，執持幡蓋，次第而上，至于梵天。是諸菩薩，以妙音聲，歌無量頌，讚歎諸佛。

> 仏がこれらの菩薩や大菩薩たちが大きな法の利益を得たとお説きになった時、虚空の中からマンダラ華や大マンダラ華が降り注ぎ、無数の百千万億の宝の樹の下の獅子座に座しておられる諸仏や、七宝の塔の中の獅子座に座しておられる釈迦牟尼仏、そして久しく涅槃に入られた多宝如来に散りかかりました。また、すべての大菩薩や四部の衆にも降り注ぎました。さらに、細かい栴檀の粉末や沈水香などが虚空から降り、天の太鼓が自ら鳴り響き、その妙なる音色は深く遠くまで届きました。また、千種類の天の衣が降り、さまざまな瓔珞、真珠の瓔珞、摩尼珠の瓔珞、如意珠の瓔珞が垂れ下がり、九方に広がりました。数々の宝の香炉からは値段のつけられない香りが焚かれ、自然とあまねく行き渡り、大いなる供養の集いを飾りました。それぞれの仏の上には、菩薩たちが幡や蓋を手に持ち、次々と梵天に至るまで上がっていきました。これらの菩薩たちは、妙なる音声で無数の頌を歌い、諸仏を讃嘆しました。

爾時彌勒菩薩從座而起，偏袒右肩，合掌向佛，而說偈言：

> その時、弥勒菩薩は座を立ち、右肩をあらわにして合掌し、仏に向かって、この偈を述べました。

「佛說希有法， 昔所未曾聞，世尊有大力， 壽命不可量。無數諸佛子， 聞世尊分別，說得法利者， 歡喜充遍身。或住不退地， 或得陀羅尼，或無礙樂說， 萬億旋總持。或有大千界， 微塵數菩薩，各各皆能轉， 不退之法輪。復有中千界， 微塵數菩薩，各各皆能轉， 清淨之法輪。復有小千界， 微塵數菩薩，餘各八生在， 當得成佛道。復有四三二， 如此四天下，微塵諸菩薩， 隨數生成佛。或一四天下， 微塵數菩薩，餘有一生在， 當成一切智。如是等眾生， 聞佛壽長遠，得無量無漏， 清淨之果報。復有八世界， 微塵數眾生，聞佛說壽命， 皆發無上心。世尊說無量， 不可思議法，多有所饒益， 如虛空無邊。雨天曼陀羅、 摩訶曼陀羅，釋梵如恒沙， 無數佛土來。雨栴檀沈水， 繽紛而亂墜，如鳥飛空下， 供散於諸佛。天鼓虛空中， 自然出妙聲，天衣千萬種， 旋轉而來下。眾寶妙香爐， 燒無價之香，自然悉周遍、 供養諸世尊。其大菩薩眾， 執七寶幡蓋，高妙萬億種， 次第至梵天。一一諸佛前， 寶幢懸勝幡，亦以千萬偈、 歌詠諸如來。如是種種事， 昔所未曾有，聞佛壽無量， 一切皆歡喜。佛名聞十方， 廣饒益眾生，一切具善根， 以助無上心。」

> 「仏がめったにない法を説き　かつて未だ聞いたことがなかった。 世尊には大いなる力があり　寿命は量り知れない。 無数の仏の子らが　世尊の説き分けを聞き 法の利を得たと聞いて　喜びが全身に満ちた。 ある者は不退の位に留まり　ある者は陀羅尼を得た。 ある者は無礙の楽説を得て　万億の旋る総持を得た。 また大千世界の微塵の数ほどの菩薩たちが それぞれ皆　退くことのない法輪を回すことができる。 また中千世界の微塵の数ほどの菩薩たちが それぞれ皆　清らかな法輪を回すことができる。 また小千世界の微塵の数ほどの菩薩たちが それぞれあと八生を経て　まさに成仏するであろう。 また四、三、二といった　この四天下に満つる 微塵の数の菩薩たちが　数に応じて生を経て仏となる。 あるいは一つの四天下の微塵の数ほどの菩薩たちが あと一生を残して　まさに一切智を成就するであろう。 このような多くの人々が　仏の寿命の長遠を聞いて 限りない無漏の清らかな果報を得た。 また八世界の微塵の数ほどの人々が 仏が寿命を説かれるのを聞いて　皆、無上の心を発した。 世尊は無量の　思いもよらぬ法を説き 多くの人を益すること　虚空のごとく果てしがない。 天から曼陀羅や大曼陀羅の花が降り 釈尊や梵天が恒河の砂の如く　無数の仏土から来た。 栴檀や沈水の香が降り　乱れ舞い散り 鳥が空から飛び降りるように　諸仏に捧げ散らされた。 天の太鼓が虚空中で　自然と妙なる音を響かせ 天の衣が千万種　回りながら降りてきた。 多くの宝の香炉が　無価の香を焚き 自然にすべてに行き渡って　諸々の世尊を供養した。 かの大菩薩たちは　七宝の幡蓋を手に取り 高く妙なる万億種が　次々と梵天にまで届いた。 一人一人の仏の前で　宝の幢には見事な幡がかかり また千万の偈をもって　如来を歌い称えた。 このような様々なことは　昔未だかつてなく 仏の寿命が無量であると聞いて　すべてが喜んだ。 仏の名は十方に聞こえ　広く人々を益し すべての者が善根を備えて　無上の心を助けるのである。」

爾時佛告彌勒菩薩摩訶薩：「阿逸多！其有眾生，聞佛壽命長遠如是，乃至能生一念信解，所得功德，無有限量。若有善男子、善女人，為阿耨多羅三藐三菩提故，於八十萬億那由他劫，行五波羅蜜——檀波羅蜜、尸羅波羅蜜、羼提波羅蜜、毘梨耶波羅蜜、禪波羅蜜——除般若波羅蜜，以是功德比前功德，百分、千分、百千萬億分、不及其一，乃至算數譬喻所不能知。若善男子、善女人，有如是功德，於阿耨多羅三藐三菩提退者，無有是處。」

> その時、仏は弥勒菩薩に告げられた。「阿逸多よ。如来の寿命がこのように限りなく長いと聞いて、わずかでも一瞬の信解を起こした者は、その功徳が限りなく大きいのである。 もし善男子・善女が、阿耨多羅三藐三菩提（最高の悟り）を求めて、八十万億那由他劫の長きにわたり、般若波羅蜜を除く五つの波羅蜜――すなわち、檀波羅蜜（布施）、尸羅波羅蜜（持戒）、羼提波羅蜜（忍辱）、毘梨耶波羅蜜（精進）、禅波羅蜜（禅定）――を修行したとしよう。 その功徳を、先に説いた一念の信解の功徳と比べてみると、百分、千分、百千万億分にも満たず、たとえや計算でたとえることさえもできないほどである。 もし善男子・善女が、このような功徳を得ながら、阿耨多羅三藐三菩提の境地から退くようなことがあれば、それは決してありえない。」

爾時世尊欲重宣此義，而說偈言：

> その時、世尊はこの意味を重ねて説き明かそうとして、偈を唱えられた。

「若人求佛慧， 於八十萬億，那由他劫數， 行五波羅蜜。於是諸劫中， 布施供養佛，及緣覺弟子， 并諸菩薩眾。珍異之飲食、 上服與臥具，栴檀立精舍， 以園林莊嚴。如是等布施， 種種皆微妙，盡此諸劫數， 以迴向佛道。若復持禁戒， 清淨無缺漏，求於無上道， 諸佛之所歎。若復行忍辱， 住於調柔地，設眾惡來加， 其心不傾動。諸有得法者， 懷於增上慢，為此所輕惱， 如是亦能忍。若復懃精進， 志念常堅固，於無量億劫， 一心不懈息。又於無數劫， 住於空閑處，若坐若經行， 除睡常攝心。以是因緣故， 能生諸禪定，八十億萬劫、 安住心不亂。持此一心福， 願求無上道，我得一切智， 盡諸禪定際。是人於百千， 萬億劫數中，行此諸功德， 如上之所說。有善男女等， 聞我說壽命，乃至一念信， 其福過於彼。若人悉無有， 一切諸疑悔，深心須臾信， 其福為如此。其有諸菩薩， 無量劫行道，聞我說壽命， 是則能信受。如是諸人等， 頂受此經典，願我於未來， 長壽度眾生。如今日世尊、 諸釋中之王，道場師子吼， 說法無所畏。我等未來世， 一切所尊敬，坐於道場時， 說壽亦如是。若有深心者， 清淨而質直，多聞能總持， 隨義解佛語，如是諸人等， 於此無有疑。

> ある人が仏の智慧を求め、 八十万億の 那由他（なゆた）の劫（こう）のあいだ、 五波羅蜜（ごはらみつ）を行じても、 その劫のあいだ、布施して仏に供養し、 また縁覚（えんがく）の弟子や菩薩たちにも供養し、 珍しい飲食物や上等の衣服、寝具を施し、 栴檀（せんだん）で精舎を建て、庭園を飾り、 このように様々な素晴らしい布施を尽くし、 そのすべての劫を経て、仏道に回向しても、 さらに戒律を保ち、清らかで欠けるところなく、 無上の道を求め、諸仏に称賛され、 また忍耐を行じ、柔和な境地に安住し、 たとえ多くの悪意が加わっても心が動かず、 悟りを得たものたちが増上慢（ぞうじょうまん）を抱き、 そのために軽んじられ悩まされても、それも耐え忍び、 さらに精進を励み、志と念が常に固く、 無量億劫のあいだ、一心に怠ることがなく、 また無数の劫のあいだ、閑静な場所に留まり、 座ったり経行したりして、眠りを除き常に心を保ち、 その因縁によって禅定を生じ、 八十億万劫のあいだ、心を乱さず安住し、 この一心の功徳をもって、無上の道を願い求め、 一切智を得て、すべての禅定の極みに達しても、 この人は百千、万億劫のあいだ、 これらの功徳を行じたとしても―― しかし、善き男女が、私の説く寿命を聞いて、 一瞬でも信じれば、その福はそれより勝れている。 もし一切の疑いがまったくなく、深く心から一瞬でも信じれば、その福はこのようである。 菩薩たちが無量劫のあいだ修行して、 私の説く寿命を聞いて、それを信じ受けるならば、 そうした人々はこの経典を頂いて受け、 「どうか未来において、長寿で衆生を救済し、 今の世尊、諸釈迦（しゃか）の中の王のように、 道場で獅子吼し、説法に畏れなく、 私たちも未来世にすべての尊敬を受け、 道場に座したとき、同じように寿命を説きますように」と願い、 深い心を持つ者、清らかで素直な者、 多く聞き総持し、意味に従って仏の言葉を解する者、 そうした人々には、これについて疑いはない。

「又，阿逸多！若有聞佛壽命長遠，解其言趣，是人所得功德無有限量，能起如來無上之慧。何況廣聞是經、若教人聞，若自持、若教人持，若自書、若教人書，若以華、香、瓔珞、幢幡、繒蓋、香油、酥燈，供養經卷，是人功德無量無邊，能生一切種智。

> また、阿逸多（あいつだ）よ。もし人が仏の寿命が限りなく長いという教えを聞き、その言葉の意味を理解すれば、その人の得る功徳は計り知れず、如来の最高の智慧を引き起こすことができる。ましてや、この経典を広く聞き、他の人に聞くように勧め、自ら経典を保ち、他の人に保つように勧め、自ら書き写し、他の人に書き写すように勧め、あるいは花、香、瓔珞（ようらく）、幢幡（どうばん）、絹の蓋、香油、酥灯（そとう）をもって経典を供養するならば、その人の功徳は無量無辺であり、一切種智（いっさいしゅち）を生じさせることができるのである。

「阿逸多！若善男子、善女人，聞我說壽命長遠，深心信解，則為見佛常在耆闍崛山，共大菩薩、諸聲聞眾圍繞說法。又見此娑婆世界，其地琉璃，坦然平正，閻浮檀金以界八道，寶樹行列，諸臺樓觀皆悉寶成，其菩薩眾咸處其中。若有能如是觀者，當知是為深信解相。

> 「阿逸多よ。もし善き男子、善き女人が、私の説く寿命の長遠を聞いて、心の底から信じ理解するならば、その人は、仏が常に霊鷲山にいますのを見、大菩薩や多くの声聞の衆に囲まれて説法しているのを見るでしょう。また、この娑婆世界が瑠璃の地となり、平らで整い、閻浮檀金で八つの道が区切られ、宝の樹木が立ち並び、すべての楼閣や観閣が宝でできており、その菩薩たちがみなその中にいるのを見るでしょう。もしこのように観ずることができるなら、その人は深く信解した者であると知るべきです。」

「又復如來滅後，若聞是經而不毀呰，起隨喜心，當知已為深信解相，何況讀誦、受持之者，斯人則為頂戴如來。

> また、如来の滅後において、この経を聞いて謗らず、歓喜の心を起こすならば、すでに深く信じ理解している証拠であると知るべきである。ましてや、これを読誦し、受持する者は、まさに如来を頂くがごとき人である。

「阿逸多！是善男子、善女人，不須為我復起塔寺，及作僧坊、以四事供養眾僧。所以者何？是善男子、善女人，受持讀誦是經典者，為已起塔、造立僧坊、供養眾僧。則為以佛舍利起七寶塔，高廣漸小至于梵天，懸諸幡蓋及眾寶鈴，華、香、瓔珞，末香、塗香、燒香，眾鼓、伎樂，簫、笛、箜篌，種種舞戲，以妙音聲歌唄讚頌，則為於無量千萬億劫作是供養已。

> 阿逸多よ、この善き男子、善き女人は、わがために、塔や寺院を建て直したり、僧房を設けたり、四つの施しをもって僧侶たちを養う必要はありません。 そのわけは、この善き男子、善き女人が、この経典を受持し、読み誦するならば、すでに塔を建て、僧房を築き、僧侶たちを養ったことになるからです。 すなわち、仏の舎利をもって七宝の塔を建て、高く広く、徐々に小さくなりながら梵天にまで届く塔を建て、その塔に多くの幡や蓋、そして数々の宝鈴をかけ、花や香り、瓔珞、粉末の香、塗る香、たく香、多くの太鼓や楽器、笛や簫、箜篌、さまざまな舞や戯れ、美しい音声で歌い讚えること、これが無量千万億の劫のあいだ、そのような供養をしたことになるのです。

「阿逸多！若我滅後，聞是經典，有能受持，若自書、若教人書，則為起立僧坊，以赤栴檀作諸殿堂三十有二，高八多羅樹，高廣嚴好，百千比丘於其中止，園林、浴池、經行、禪窟，衣服、飲食、床褥、湯藥，一切樂具充滿其中。如是僧坊、堂閣，若干百千萬億，其數無量，以此現前供養於我及比丘僧。是故我說：『如來滅後，若有受持、讀誦、為他人說，若自書、若教人書，供養經卷，不須復起塔寺，及造僧坊、供養眾僧。』況復有人能持是經，兼行布施、持戒、忍辱、精進、一心、智慧，其德最勝，無量無邊。譬如虛空，東西南北、四維上下無量無邊；是人功德，亦復如是無量無邊，疾至一切種智。若人讀誦受持是經，為他人說，若自書、若教人書，復能起塔，及造僧坊、供養讚歎聲聞眾僧，亦以百千萬億讚歎之法讚歎菩薩功德，又為他人，種種因緣隨義解說此法華經，復能清淨持戒，與柔和者而共同止，忍辱無瞋，志念堅固，常貴坐禪得諸深定，精進勇猛攝諸善法，利根智慧善答問難。

> 「阿逸多よ。もし私が滅度した後に、この経典を聞いて、これを受持し、自ら書き写し、あるいは他人に書き写させる者がいれば、それはすでに僧坊を建立し、赤栴檀で三十二もの殿堂を造り、その高さは八多羅樹にも及び、高く広々として荘厳で立派であり、百千の比丘がその中に住み、園林、浴池、経行の場、禅定の窟、衣服、飲食、寝具、湯薬、あらゆる楽しみの具がその中に満ちているのと同じことである。このような僧坊や堂閣が、数百千万億、その数は無量にあり、これらを目前に私と比丘僧に供養するのと同じである。それゆえ私は説く。『如来の滅後、もしこの経を受け持ち、読誦し、他のために説き、自ら書き、他人に書かせ、経巻を供養する者には、新たに塔寺を起こしたり、僧坊を造り、衆僧を供養する必要はない』と。ましてや、この経を受持し、さらに布施、持戒、忍辱、精進、一心、智慧を実践する者がいれば、その功德は最も優れ、無量無辺である。例えば虚空が東西南北、四維上下に無量無辺であるように、この人の功德もまたそのように無量無辺であり、速やかに一切種智に至る。もし人がこの経を読誦し受持し、他のために説き、自ら書き、他人に書かせ、さらに塔を建て、僧坊を造り、声聞の衆僧を供養し讚嘆し、また百千万億の讚嘆の方法で菩薩の功德を讚嘆し、さらに他のために、様々な因縁によって意味に従ってこの法華経を説き、さらに清らかに戒を持ち、柔和な者と共に住み、忍辱して怒りなく、志と念は堅固で、常に坐禅を貴び深い定を得、精進勇猛にあらゆる善法を集め、利根の智慧で問答に巧みであるならば。」

「阿逸多！若我滅後，諸善男子、善女人，受持讀誦是經典者，復有如是諸善功德，當知是人已趣道場，近阿耨多羅三藐三菩提，坐道樹下。

> 阿逸多よ！ もし私（釈迦）が亡くなった後、善い男子や善い女たちがこの経典を受持し、読み、唱えるならば、さらにこのような様々な善い功徳があるであろう。知るがよい、その人はすでに悟りの場へと向かい、正しい悟り（阿耨多羅三藐三菩提）に近づき、菩提樹の下に坐しているのである。

「阿逸多！是善男子、善女人，若坐、若立、若行處，此中便應起塔，一切天人皆應供養如佛之塔。」

> 「阿逸多よ。この善男子、善女人が座り、立ち、歩くその場所には、必ず塔を建てるべきです。すべての天や人々は、まるで仏の塔を供養するかのように、そこを敬い供養しなければなりません。」

爾時世尊欲重宣此義，而說偈言：

> その時、世尊はこの意味を重ねて説き明かそうとして、偈を唱えられた。

「若我滅度後， 能奉持此經，斯人福無量， 如上之所說，是則為具足， 一切諸供養。以舍利起塔， 七寶而莊嚴，表剎甚高廣， 漸小至梵天，寶鈴千萬億， 風動出妙音。又於無量劫， 而供養此塔，華香諸瓔珞， 天衣眾伎樂，燃香油酥燈， 周匝常照明。惡世法末時， 能持是經者，則為已如上， 具足諸供養。若能持此經， 則如佛現在，以牛頭栴檀， 起僧坊供養。堂有三十二， 高八多羅樹，上饌妙衣服， 床臥皆具足，百千眾住處， 園林諸浴池，經行及禪窟， 種種皆嚴好。若有信解心， 受持讀誦書，若復教人書， 及供養經卷，散華香末香， 以須曼瞻蔔、阿提目多伽， 薰油常燃之。如是供養者， 得無量功德，如虛空無邊， 其福亦如是。況復持此經， 兼布施持戒，忍辱樂禪定， 不瞋不惡口，恭敬於塔廟， 謙下諸比丘，遠離自高心， 常思惟智慧，有問難不瞋， 隨順為解說，若能行是行， 功德不可量。若見此法師， 成就如是德，應以天華散， 天衣覆其身，頭面接足禮， 生心如佛想。又應作是念： 『不久詣道樹，得無漏無為， 廣利諸人天。』其所住止處， 經行若坐臥，乃至說一偈， 是中應起塔，莊嚴令妙好， 種種以供養。佛子住此地， 則是佛受用，常在於其中， 經行及坐臥。」

> 私が滅度の後、この経典をよく受持する人がいれば、その人の福徳は無限であり、先に説いた通りです。それはすなわち、あらゆる供養を完全に備えたことになります。 舎利を納めた塔を建て、七宝で飾り、幢や飾りは非常に高く大きく、徐々に細くなって梵天にまで届くほど。数えきれない宝の鈴があり、風に揺れて妙なる音を響かせます。さらに無量の劫の間、この塔を供養し、花や香り、様々な瓔珞、天の衣や多くの楽器の音、香油や酥油の灯明を周囲に絶やさず灯し続けます。 悪世の末法の時に、この経典を受持する人は、すでに先に述べたような全ての供養を完全に備えているのです。 もしこの経典を受持するならば、それは仏が今生きているかのように、牛頭栴檀を用いて僧坊を建てて供養するのと同じです。その僧坊には三十二の堂があり、高さは八多羅樹ほど。素晴らしい食事や衣服、寝具も全て備わり、何百、何千もの人々の住む場所には、庭園や様々な浴池、経行の道や坐禅の洞窟があり、あらゆるものが立派に整っています。 もし信解の心を持って、この経典を受け、保ち、読み、暗唱し、書写し、あるいは他人に書写させ、また経巻を供養し、花や香りの粉末をまき、須曼や瞻蔔(せんぷく)、阿提目多伽(あだいもくたか)の香油を絶えず灯すならば、このように供養する人は無量の功徳を得ます。その功徳は虚空が限りないように、その福徳もまた同様に無限です。 ましてや、この経典を受持し、さらに布施や持戒、忍辱、禅定を喜び、怒らず、悪口を言わず、塔廟を敬い、比丘たちに謙虚に接し、高ぶる心を遠ざけ、常に智慧を思惟し、問い詰められても怒らず、相手に従って説き明かす。このような行いを実践する人の功徳は計り知れません。 もしこのような功徳を成就した法師を見たならば、天の花をまき、天の衣をその身に掛け、頭をその足に付け、礼拝し、その心に彼を仏と思う想いを起こすべきです。 また、こう念じるべきです。 「この方はまもなく菩提樹のもとに至り、無漏無為を得て、広く人や天の人々を利益されるだろう。」と。 その方が住む場所、経行する場所、あるいは坐ったり臥したりする場所、さらには一つの偈を説いた場所には、塔を建て、荘厳に美しく飾り、様々な供養をなすべきです。仏子がこの地にとどまるということは、すなわち仏がその地を用いられていることであり、仏が常にその中で経行し、坐り、臥されているのと同じだからです。

## 妙法蓮華經卷第五

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