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title: "妙法蓮華經 · 20 常不輕菩薩品"
description: "妙法莲华经是大乘佛教重要经典，由鸠摩罗什于姚秦弘始八年（406年）译成汉文。该经共二十八品，以“开权显实”“会三归一”为核心思想，主张一切众生皆可成佛，强调佛陀教法的统一性与究竟性。经中通过大量譬喻故事，如“火宅喻”“化城喻”等，阐述一佛乘理念，被誉为“经中之王”。在汉传佛教中具有崇高地位，是天台宗根本经典，对中国佛教思想发展影响深远。现存版本以鸠摩罗什译本流传最广，文辞优美，义理深邃。"
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### 妙法蓮華經常不輕菩薩品第二十

> 法華経 常不軽菩薩品 第二十

爾時，佛告得大勢菩薩摩訶薩：「汝今當知！若比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷持法花經者，若有惡口、罵詈、誹謗，獲大罪報，如前所說；其所得功德，如向所說，眼、耳、鼻、舌、身、意清淨。

> その時、仏は大勢至菩薩に告げられた。「あなたは今、知るがよい。もし比丘や比丘尼、優婆塞や優婆夷が法華経を護持する者に対して、悪口を言い、罵り、誹謗するならば、先に述べたように大きな罪報を受けるであろう。一方、その者が得る功徳は、先に説いたように、眼・耳・鼻・舌・身・意の清浄をもたらすのである。」

「得大勢！乃往古昔，過無量無邊不可思議阿僧祇劫，有佛名威音王如來、應供、正遍知、明行足、善逝、世間解、無上士、調御丈夫、天人師、佛、世尊。劫名離衰，國名大成。其威音王佛，於彼世中，為天、人、阿修羅說法，為求聲聞者，說應四諦法，度生老病死，究竟涅槃；為求辟支佛者，說應十二因緣法；為諸菩薩，因阿耨多羅三藐三菩提，說應六波羅蜜法，究竟佛慧。

> 「得大勢よ。遠い昔、はかり知れないほど長い時間をさかのぼった過去に、威音王（いおんのう）如来という仏がいらっしゃいました。この仏は、応供、正遍知、明行足、善逝、世間解、無上士、調御丈夫、天人師、仏、世尊という十の尊い称号をお持ちでした。その時代の名前は離衰（りすい）といい、国は大成（だいじょう）と呼ばれていました。 威音王仏は、その世の中で天の人々、人間、阿修羅（あしゅら）のために教えを説かれました。声聞（しょうもん）の道を求める者には、四つの聖なる真理（四諦）に基づく教えを説き、生・老・病・死を乗り越え、究極のさとり（涅槃）に至らせました。独覚・縁覚（びくしゃくぶつ）を求める者には、十二因縁の教えを説きました。そして、すべての菩薩（ぼさつ）には、最高の目覚め（阿耨多羅三藐三菩提）へと導くため、六つの波羅蜜（六波羅蜜）の教えを説き、仏の智慧を完成させました。」

「得大勢！是威音王佛，壽四十萬億那由他恒河沙劫；正法住世劫數，如一閻浮提微塵；像法住世劫數，如四天下微塵。其佛饒益眾生已，然後滅度。正法、像法滅盡之後，於此國土復有佛出，亦號威音王如來、應供、正遍知、明行足、善逝、世間解、無上士、調御丈夫、天人師、佛、世尊。如是次第有二萬億佛，皆同一號。

> 得勢力よ。この威音王仏の寿命は四十万億那由他恒河沙劫であり、正法が世にあった期間は一閻浮提の微塵の数ほど。像法が世にあった期間は四天下の微塵の数ほどであった。この仏は衆生を利益し終えてから、滅度に入られた。正法と像法が完全に尽きた後、この国に再び仏が現れ、やはり威音王如来・応供・正遍知・明行足・善逝・世間解・無上士・調御丈夫・天人師・仏・世尊と号した。こうして次々に二万億の仏が現れ、皆同じ名号であった。

「最初威音王如來既已滅度，正法滅後，於像法中，增上慢比丘有大勢力。爾時有一菩薩比丘名常不輕。得大勢！以何因緣名常不輕？是比丘，凡有所見——若比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷——皆悉禮拜讚歎而作是言：『我深敬汝等，不敢輕慢。所以者何？汝等皆行菩薩道，當得作佛。』而是比丘，不專讀誦經典，但行禮拜，乃至遠見四眾，亦復故往禮拜讚歎而作是言：『我不敢輕於汝等，汝等皆當作佛。』四眾之中，有生瞋恚、心不淨者，惡口罵詈言：『是無智比丘從何所來？自言：「我不輕汝。」而與我等授記，當得作佛。我等不用如是虛妄授記。』如此經歷多年，常被罵詈，不生瞋恚，常作是言：『汝當作佛。』說是語時，眾人或以杖木瓦石而打擲之，避走遠住，猶高聲唱言：『我不敢輕於汝等，汝等皆當作佛。』以其常作是語故，增上慢比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷，號之為常不輕。是比丘臨欲終時，於虛空中，具聞威音王佛先所說法華經二十千萬億偈，悉能受持，即得如上眼根清淨、耳鼻舌身意根清淨。得是六根清淨已，更增壽命二百萬億那由他歲，廣為人說是法華經。於時增上慢四眾——比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷——輕賤是人，為作不輕名者，見其得大神通力、樂說辯力、大善寂力，聞其所說，皆信伏隨從。是菩薩復化千萬億眾，令住阿耨多羅三藐三菩提。命終之後，得值二千億佛，皆號日月燈明，於其法中，說是法華經。以是因緣，復值二千億佛，同號雲自在燈王，於此諸佛法中，受持讀誦，為諸四眾說此經典故，得是常眼清淨，耳、鼻、舌、身、意諸根清淨，於四眾中說法，心無所畏。

> かつて威音王如来がすでに涅槃に入り、正法の時代が過ぎ去った後の像法の時代に、増上慢の比丘たちが大きな勢力を持っていました。そのとき、常不軽という名の菩薩比丘がいました。得大勢よ、なぜ彼が常不軽と呼ばれるのか。この比丘は、見る者すべて――比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷に対して――ことごとく礼拝し、讚嘆して、こう言いました。『私はあなたがたを深く敬い、決して軽んじることはありません。なぜなら、あなたがたはみな菩薩道を実践しており、やがて仏となるからです。』この比丘は、経典の読誦に専念せず、ただ礼拝のみを行い、遠くに四衆を見かけても、わざわざそのもとへ行って礼拝し、讚嘆して、こう言いました。『私はあなたがたを軽んじることはありません。あなたがたはみな、やがて仏となるのです。』四衆の中には、怒りや心の汚れを生じ、悪口を浴びせて言う者もいました。『この無知な比丘はどこから来たのか。自分では「私はあなたを軽んじない」と言いながら、私たちに仏になると授記している。私たちはそんな虚偽の授記など必要としない。』 こうした状況が長年にわたって続き、彼は常に罵られながらも、決して怒らず、『あなたはやがて仏となる』と言い続けました。彼がそう言うと、人々は杖や木片や瓦や石で彼を打ち据えました。彼は遠くに逃げて立ち止まっても、なお大声で叫びました。『私はあなたがたを軽んじることはありません。あなたがたはみな、やがて仏となるのです。』 彼が常にこう言っていたため、増上慢の比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷たちは、彼を『常不軽』と呼びました。 この比丘が命終わろうとするとき、虚空の中で、威音王仏がかつて説かれた法華経の二十千万億の偈をすべて聞き、それを受持し、先に述べたような眼根の清浄、耳・鼻・舌・身・意の根の清浄を得ました。この六根清浄を得た後、さらに寿命が二百萬億那由他の歳に延び、広く人々にこの法華経を説きました。 そのとき、この人を軽蔑し、不軽という名をつけた増上慢の四衆――比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷――は、彼が大いなる神通力、楽説の弁才力、大いなる善寂力を得たのを見て、彼の説法を聞き、皆が信じ従うようになりました。この菩薩はさらに千萬億の衆生を教化し、無上正等正覚に安住させました。 命終の後、二千億の仏に値遇し、それらはすべて日月灯明と号し、その仏の教えの中で、この法華経を説きました。この因縁により、さらにまた二千億の仏に値遇し、それらは同じく雲自在燈王と号し、これらの諸仏の教えの中で、この経典を受持・読誦し、四衆のために説いたので、このように常に眼根が清浄であり、耳・鼻・舌・身・意の諸根が清浄となり、四衆の中で説法しても心に怖れがありませんでした。

「得大勢！是常不輕菩薩摩訶薩，供養如是若干諸佛，恭敬、尊重、讚歎、種諸善根，於後復值千萬億佛，亦於諸佛法中說是經典，功德成就，當得作佛。

> 「得大勢よ。この常不軽菩薩摩訶薩は、このように多くの諸仏に供養し、敬い、尊び、称賛し、様々な善根を植えました。その後、さらに千万億の仏に出会い、それらの仏の教えの中でもこの経典を説き、功徳を成就して、やがて仏となるでしょう。」

「得大勢！於意云何？爾時常不輕菩薩豈異人乎？則我身是。若我於宿世不受持讀誦此經、為他人說者，不能疾得阿耨多羅三藐三菩提。我於先佛所，受持讀誦此經、為人說故，疾得阿耨多羅三藐三菩提。

> 「得大勢よ、どう思うか。その時の常不軽菩薩というのは、他ならぬこの私のことである。もし私が過去世においてこの経典を受持し、読誦し、他人のために説かなかったならば、速やかに無上正等覚を得ることはできなかっただろう。私は過去の仏のもとで、この経典を受持し読誦し、人のために説いたからこそ、速やかに無上正等覚を得ることができたのである。

「得大勢！彼時四眾——比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷——以瞋恚意輕賤我故，二百億劫常不值佛、不聞法、不見僧，千劫於阿鼻地獄受大苦惱。畢是罪已，復遇常不輕菩薩，教化阿耨多羅三藐三菩提。

> 「得大勢よ。その時、比丘・比丘尼・在家の男女たちという四つの集まりは、怒りの心で私を軽んじ見下したために、二百億もの長い間、仏に出会えず、法を聞くこともなく、僧に会うこともなかった。さらに千劫もの間、阿鼻地獄で大きな苦しみを受けた。その罪が終わると、再び常不軽菩薩に出会い、無上正等覚（悟り）へと導かれたのである。」

「得大勢，於汝意云何？爾時四眾常輕是菩薩者，豈異人乎？今此會中跋陀婆羅等五百菩薩、師子月等五百比丘、尼思佛等五百優婆塞，皆於阿耨多羅三藐三菩提不退轉者是。

> 「得大勢よ、あなたはどう思いますか。あの時、四衆が常にこの菩薩を軽んじていたのは、他の誰かではありません。今この集会にいる跋陀婆羅たち五百人の菩薩、師子月たち五百人の比丘、尼思仏たち五百人の優婆塞は、皆、阿耨多羅三藐三菩提において退転しない者たちなのです。

「得大勢！當知是法華經，大饒益諸菩薩摩訶薩，能令至於阿耨多羅三藐三菩提。是故諸菩薩摩訶薩，於如來滅後，常應受持、讀誦、解說、書寫是經。」

> 得大勢よ、知るがよい。この法華経は、多くの菩薩摩訶薩にとって大きな利益をもたらし、彼らを無上正等覚（仏の完全な悟り）へと導く力を持っている。ゆえに、すべての菩薩摩訶薩は、如来が亡き後も、常にこの経典を受け持ち、読み、暗唱し、解説し、書き写すべきなのである。

爾時世尊欲重宣此義，而說偈言：

> その時、世尊はこの意味を重ねて説き明かそうとして、偈を唱えられた。

「過去有佛， 號威音王， 神智無量，將導一切， 天人龍神， 所共供養。是佛滅後， 法欲盡時， 有一菩薩，名常不輕。 時諸四眾， 計著於法。不輕菩薩， 往到其所， 而語之言：『我不輕汝， 汝等行道， 皆當作佛。』諸人聞已， 輕毀罵詈； 不輕菩薩，能忍受之。 其罪畢已， 臨命終時，得聞此經， 六根清淨。 神通力故，增益壽命， 復為諸人， 廣說是經。諸著法眾， 皆蒙菩薩， 教化成就，令住佛道。 不輕命終， 值無數佛，說是經故， 得無量福， 漸具功德，疾成佛道。 彼時不輕， 則我身是。時四部眾， 著法之者， 聞不輕言：『汝當作佛。』 以是因緣， 值無數佛。此會菩薩， 五百之眾， 并及四部，清信士女， 今於我前， 聽法者是。我於前世， 勸是諸人， 聽受斯經，第一之法。 開示教人， 令住涅槃，世世受持， 如是經典。 億億萬劫，至不可議， 時乃得聞， 是法華經。億億萬劫， 至不可議， 諸佛世尊、時說是經。 是故行者， 於佛滅後，聞如是經， 勿生疑惑。 應當一心、廣說此經， 世世值佛， 疾成佛道。」

> 過去に威音王という仏がおられた。その智慧と力は計り知れず、天、人、竜、神などすべての者から供養されていた。この仏が亡くなり、教えが滅びようとする時、常不軽という名の菩薩がいた。ところが、当時の四部の弟子たちは教えに執着していた。不軽菩薩は彼らのもとに行き、こう言った。「私はあなた方を軽んじません。あなた方は修行を続ければ、必ず仏になることができるのです。」これを聞いた人々は彼を軽んじ、ののしった。しかし不軽菩薩はそれを耐え忍んだ。その罪が終わり、命の終わりに臨んで、この経典を聞き、六根が清らかになった。神通力によって寿命を延ばし、再び多くの人々のためにこの経典を広く説いた。教えに執着していた人々は皆、菩薩の教えによって成就し、仏の道に留まるようになった。不軽菩薩が命を終えると、無数の仏に出会い、この経典を説いた功徳によって無量の福を得、徐々に功徳を備え、速やかに仏の道を成就した。その時の不軽菩薩こそ、今の私である。また、その時に教えに執着していた四部の者たちは、不軽菩薩が「あなたは仏になるだろう」と言った因縁によって、無数の仏に出会ったのである。今この会にいる五百の菩薩や四部の清らかな信者たちは、まさに私の前で説法を聞いている者たちである。私は前世でこれらの人々にこの経典を聞き受けるよう勧め、教えを開き示して涅槃に留まらせ、世々代々この経典を受持させた。数えきれないほどの長い時を経て、ようやくこの法華経を聞くことができるのだ。また、数えきれないほどの長い時、諸仏世尊はこの経典を説かれる。それゆえ、仏の滅後、この経典を聞いた修行者は疑いを起こしてはならない。一心にこの経典を広く説き示しなさい。そうすれば世々代々仏に出会い、速やかに仏の道を成就するであろう。