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title: "中阿含經 · 29 大拘絺羅經"
description: "中阿含经是佛教重要经典之一，由东晋时期译经师瞿昙僧伽提婆翻译。该经属于原始佛教阿含部经典，收录于汉传佛教大藏经中，与长阿含经、杂阿含经、增一阿含经并称四阿含。内容主要记载佛陀与弟子们的对话，涵盖佛教基本教义如四谛、八正道、十二因缘等核心思想。经文以中篇形式呈现，结构严谨，是研究早期佛教教理的重要文献。作为原始佛教经典，中阿含经在佛教史上具有重要地位，为后世各宗派共同尊奉，对理解佛陀原始教法具有不可替代的价值。"
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## 中阿含經卷第七

> 中阿含経 巻第七

東晉罽賓三藏瞿曇僧伽提婆譯

> 東晋・罽賓三蔵・瞿曇僧伽提婆 訳

### （二九）舍梨子相應品大拘絺羅經第九初一日誦

> （二九）舎梨子相応品・大拘絺羅経第九<note>初日誦</note>

我聞如是：

一時，佛遊王舍城，在竹林加蘭哆園。

> ある時、ブッダは王舎城に滞在し、竹林の精舎にいました。

爾時，尊者舍梨子則於晡時從燕坐起，至尊者大拘絺羅所，共相問訊，却坐一面。

尊者舍梨子語尊者大拘絺羅：「我欲有所問，聽我問耶？」

> 尊者シャーリプトラが尊者マハーコーティカに申し上げました。「お尋ねしたいことがあります。お聞きいただいてもよろしいでしょうか。」

尊者大拘絺羅答曰：「尊者舍梨子！欲問便問，我聞已當思。」

> 尊者マハー・マハーコーティタがお答えになりました。「尊きシャーリプトラよ、どうぞお尋ねください。あなたのお尋ねを聞いて、私はじっくり考えましょう。」

尊者舍梨子問曰：「賢者大拘絺羅！頗有事因此事，比丘成就見，得正見，於法得不壞淨，入正法耶？」

> 尊者シャーリプトラが尋ねました。「賢者マハーコーティカよ。何か、ある事柄によって、比丘が正しい見解を成就し、正見を得て、法において揺るぎない清らかな信を得て、正法に入ることがあるでしょうか。」

答曰：「有也。尊者舍梨子！謂有比丘知不善、知不善根。云何知不善？謂身惡行不善，口、意惡行不善，是謂知不善。云何知不善根？謂貪不善根，恚、癡不善根，是謂知不善根。尊者舍梨子！若有比丘如是知不善及不善根者，是謂比丘成就見，得正見，於法得不壞淨，入正法中。」

> 答え：「あります、尊者シャーリプトラ。比丘が不善を知り、不善の根を知ることです。では、不善とは何か？身の悪行は不善であり、口と意の悪行も不善です。これが不善を知るということです。では、不善の根とは何か？貪欲の不善根、怒りの不善根、無知の不善根です。これが不善の根を知るということです。尊者シャーリプトラ、もし比丘がこのように不善と不善の根を知るなら、その比丘は見を成就し、正しい見を得て、法において壊れない清らかな信を得て、正しい法に入ったと言えるのです。」

尊者舍梨子聞已，歎曰：「善哉！善哉！賢者大拘絺羅！」尊者舍梨子歎已，歡喜奉行。

> 尊者シャーリプトラ（舎利子）はこれを聞いて、感嘆して言われた。「善きかな、善きかな、尊きマハーコーティカ（大拘絺羅）よ。」尊者シャーリプトラは称賛した後、喜びをもって実践された。

尊者舍梨子復問曰：「賢者大拘絺羅！頗更有事因此事，比丘成就見，得正見，於法得不壞淨，入正法耶？」

> 尊者シャーリプトラが再び問うた。「賢者マハーコーティカよ。他に何か事柄があって、その事柄によって比丘が正しい見解を成就し、正しい見解を得て、教えに対する揺るぎない清らかな信を得て、正しい教えに入ることができるでしょうか？」

答曰：「有也。尊者舍梨子！謂有比丘知善、知善根。云何知善？謂身妙行善，口、意妙行善，是謂知善。云何知善根？謂無貪善根，無恚、無癡善根，是謂知善根。尊者舍梨子！若有比丘如是知善，知善根者，是謂比丘成就見，得正見，於法得不壞淨，入正法中。」

> 答え：あります、尊者シャーリプトラ。比丘が「善」を知り、「善の根」を知ることです。では、「善を知る」とは何か。それは、身体の正しい行いが善であり、言葉と心の正しい行いが善であること、これを善を知ると言います。「善の根を知る」とは何か。それは、むさぼりのないことが善の根であり、怒りがないこと、無知がないことが善の根であること、これを善の根を知ると言います。尊者シャーリプトラ、もし比丘がこのように善を知り、善の根を知るならば、その比丘は「見を成就し、正見を得、法において壊れない清らかな信を得て、正しい法の中に入った」と言えるのです。

尊者舍梨子聞已，歎曰：「善哉！善哉！賢者大拘絺羅！」尊者舍梨子歎已，歡喜奉行。

> 尊者シャーリプトラはこれを聞いて、感嘆して言った。「素晴らしい、素晴らしい！賢者マハーコーティカよ！」尊者シャーリプトラは感嘆し、喜んでその教えを受け入れ実践した。

尊者舍梨子復問曰：「賢者大拘絺羅！頗更有事因此事，比丘成就見，得正見，於法得不壞淨，入正法耶？」

> 尊者シャーリプトラが再び問うた。「賢者マハーコーティカよ。他に何か事柄があって、その事柄によって比丘が正しい見解を成就し、正しい見解を得て、教えに対する揺るぎない清らかな信を得て、正しい教えに入ることができるでしょうか？」

答曰：「有也。尊者舍梨子！謂有比丘知食如真，知食習、知食滅、知食滅道如真。云何知食如真？謂有四食，一者摶食麤、細，二者更樂食，三者意思食，四者識食，是謂知食如真。云何知食習如真？謂因愛便有食，是謂知食習如真。云何知食滅如真？謂愛滅食便滅，是謂知食滅如真。云何知食滅道如真？謂八支聖道，正見乃至正定為八，是謂知食滅道如真。尊者舍梨子！若有比丘如是知食如真，知食習、知食滅、知食滅道如真者，是謂比丘成就見，得正見，於法得不壞淨，入正法中。」

> 答えます。「あります。尊者シャーリプトラよ。それは、ある比丘が、食をあるがままに知り、食の集起をあるがままに知り、食の滅尽をあるがままに知り、食の滅尽に至る道をあるがままに知る者です。」 「どのようにして食をあるがままに知るのでしょうか。四つの食があります。第一に粗末なものと精妙なものに分かれる段食、第二に接触を糧とする食（触食）、第三に意思を糧とする食（思食）、第四に識別作用を糧とする食（識食）です。これが食をあるがままに知ることです。」 「どのようにして食の集起をあるがままに知るのでしょうか。渇愛（あい）を縁として食が生じる。これが食の集起をあるがままに知ることです。」 「どのようにして食の滅尽をあるがままに知るのでしょうか。渇愛が滅すれば食も滅する。これが食の滅尽をあるがままに知ることです。」 「どのようにして食の滅尽に至る道をあるがままに知るのでしょうか。八支の聖道、すなわち正見から正定に至る八つの支分です。これが食の滅尽に至る道をあるがままに知ることです。」 「尊者シャーリプトラよ。もしある比丘が、このように食をあるがままに知り、食の集起を知り、食の滅尽を知り、食の滅尽に至る道をあるがままに知るならば、その比丘こそが『見を成就し、正見を得、法において不壊の浄信を得、正しい法の中に入った者』と呼ばれるのです。」

尊者舍梨子聞已，歎曰：「善哉！善哉！賢者大拘絺羅！」尊者舍梨子歎已，歡喜奉行。

> 尊者シャーリプトラ（舎利子）はこれを聞いて、感嘆して言われた。「善きかな、善きかな、尊きマハーコーティカ（大拘絺羅）よ。」尊者シャーリプトラは称賛した後、喜びをもって実践された。

尊者舍梨子復問曰：「賢者大拘絺羅！頗更有事因此事，比丘成就見，得正見，於法得不壞淨，入正法耶？」

> 尊者シャーリプトラが再び問うた。「賢者マハーコーティカよ。他に何か事柄があって、その事柄によって比丘が正しい見解を成就し、正しい見解を得て、教えに対する揺るぎない清らかな信を得て、正しい教えに入ることができるでしょうか？」

答曰：「有也。尊者舍梨子！謂有比丘知漏如真，知漏習、知漏滅、知漏滅道如真。云何知漏如真？謂有三漏：欲漏、有漏、無明漏，是謂知漏如真。云何知漏習如真？謂因無明便有漏，是謂知漏習如真。云何知漏滅如真？謂無明滅漏便滅，是謂知漏滅如真。云何知漏滅道如真？謂八支聖道，正見乃至正定為八，是謂知漏滅道如真。尊者舍梨子！若有比丘如是知漏如真，知漏習、知漏滅、知漏滅道如真者，是謂比丘成就見，得正見，於法得不壞淨，入正法中。」

> 答え：あります。尊者シャーリプトラよ。ある比丘が、煩悩をあるがままに知り、煩悩の集まりを、煩悩の消滅を、煩悩の消滅に至る道をあるがままに知っています。どのように煩悩をあるがままに知るのか。三つの煩悩があります。欲望の煩悩、存在の煩悩、無明の煩悩。これを煩悩をあるがままに知るといいます。どのように煩悩の集まりをあるがままに知るのか。無明を因として煩悩が生じます。これを煩悩の集まりをあるがままに知るといいます。どのように煩悩の消滅をあるがままに知るのか。無明が滅びれば煩悩も滅びます。これを煩悩の消滅をあるがままに知るといいます。どのように煩悩の消滅に至る道をあるがままに知るのか。八つの支分からなる聖なる道、正見から正定までの八つです。これを煩悩の消滅に至る道をあるがままに知るといいます。尊者シャーリプトラよ。もし比丘がこのように煩悩をあるがままに知り、煩悩の集まり、煩悩の消滅、煩悩の消滅に至る道をあるがままに知るならば、その比丘は見を成就し、正見を得、法において不壊の清らかな信を得て、正しい法に入ったといえます。

尊者舍梨子聞已，歎曰：「善哉！善哉！賢者大拘絺羅！」尊者舍梨子歎已，歡喜奉行。

> 尊者シャーリプトラ（舎利子）はこれを聞いて、感嘆して言われた。「善きかな、善きかな、尊きマハーコーティカ（大拘絺羅）よ。」尊者シャーリプトラは称賛した後、喜びをもって実践された。

尊者舍梨子復問曰：「賢者大拘絺羅！頗更有事因此事，比丘成就見，得正見，於法得不壞淨，入正法耶？」

> 尊者シャーリプトラが再び問うた。「賢者マハーコーティカよ。他に何か事柄があって、その事柄によって比丘が正しい見解を成就し、正しい見解を得て、教えに対する揺るぎない清らかな信を得て、正しい教えに入ることができるでしょうか？」

答曰：「有也。尊者舍梨子！謂有比丘知苦如真，知苦習、知苦滅、知苦滅道如真。云何知苦如真？謂生苦、老苦、病苦、死苦、怨憎會苦、愛別離苦、所求不得苦、略五盛陰苦，是謂知苦如真。云何知苦習如真？謂因老死便有苦，是謂知苦習如真。云何知苦滅如真？謂老死滅苦便滅，是謂知苦滅如真。云何知苦滅道如真？謂八支聖道，正見乃至正定為八，是謂知苦滅道如真。尊者舍梨子！若有比丘如是知苦如真，知苦習、知苦滅、知苦滅道如真者，是謂比丘成就見，得正見，於法得不壞淨，入正法中。」

> 答え：あります。尊者シャーリプトラよ。ある比丘が苦を如実に知り、苦の集（原因）を如実に知り、苦の滅を如実に知り、苦の滅に至る道を如実に知ります。どのように苦を如実に知るのでしょうか？生の苦しみ、老いの苦しみ、病の苦しみ、死の苦しみ、嫌なものと出会う苦しみ、愛するものと別れる苦しみ、求めて得られない苦しみ、要するに五つの執着の集まりによる苦しみ、これが苦を如実に知るということです。どのように苦の集を如実に知るのでしょうか？老いと死があるがゆえに苦がある、これが苦の集を如実に知るということです。どのように苦の滅を如実に知るのでしょうか？老いと死が滅すれば苦も滅する、これが苦の滅を如実に知るということです。どのように苦の滅に至る道を如実に知るのでしょうか？八つの支分からなる聖なる道、すなわち正見から正定までの八つ、これが苦の滅に至る道を如実に知るということです。尊者シャーリプトラよ。もしある比丘がこのように苦を如実に知り、苦の集、苦の滅、苦の滅に至る道を如実に知るならば、その比丘は見を成就し、正見を得て、法において不壊の浄信を得て、正しい法の中に入ったと言えるのです。

尊者舍梨子聞已，歎曰：「善哉！善哉！賢者大拘絺羅！」尊者舍梨子歎已，歡喜奉行。

> 尊者シャーリプトラ（舎利子）はこれを聞いて、感嘆して言われた。「善きかな、善きかな、尊きマハーコーティカ（大拘絺羅）よ。」尊者シャーリプトラは称賛した後、喜びをもって実践された。

尊者舍梨子復問曰：「賢者大拘絺羅！頗更有事因此事，比丘成就見，得正見，於法得不壞淨，入正法耶？」

> 尊者シャーリプトラが再び問うた。「賢者マハーコーティカよ。他に何か事柄があって、その事柄によって比丘が正しい見解を成就し、正しい見解を得て、教えに対する揺るぎない清らかな信を得て、正しい教えに入ることができるでしょうか？」

答曰：「有也。尊者舍梨子！謂有比丘知老死如真，知老死習、知老死滅、知老死滅道如真。云何知老？謂彼老耄，頭白齒落，盛壯日衰，身曲脚戾，體重氣上，柱杖而行，肌縮皮緩，皺如麻子，諸根毀熟，顏色醜惡，是名老也。云何知死？謂彼眾生、彼彼眾生種類，命終無常，死喪散滅，壽盡破壞，命根閉塞，是名死也。此說死，前說老，是名老死，是謂知老死如真。云何知老死習如真？謂因生便有老死，是謂知老死習如真。云何知老死滅如真？謂生滅老死便滅，是謂知老死滅如真。云何知老死滅道如真？謂八支聖道，正見乃至正定為八，是謂知老死滅道如真。尊者舍梨子！若有比丘如是知老死如真，知老死習、知老死滅、知老死滅道如真者，是謂比丘成就見，得正見，於法得不壞淨，入正法中。」

> 「あります。尊者シャーリプトラよ。ある比丘が老いと死をあるがままに知り、老いと死の発生をあるがままに知り、老いと死の消滅をあるがままに知り、老いと死の消滅に至る道をあるがままに知っています。 どのように老いを知るのか。それは、その人が老いて、頭は白く、歯は抜け落ち、壮健だった日々は衰え、身体は曲がり、足はよろよろとし、体重が重くなり、息は上がり、杖をついて歩き、肌は縮み、皮はたるみ、しわは麻の実のようになり、諸々の感覚器官は衰え、顔色は醜く悪くなること、これを老いと言います。 どのように死を知るのか。それは、様々な生き物、それぞれの種類の生き物が、命が終わり無常となり、死に絶え、散り滅び、寿命が尽きて破壊し、命の根幹が閉ざされること、これを死と言います。これが死であり、先に述べた老いと合わせて老いと死と言います。これが老いと死をあるがままに知ることです。 どのように老いと死の発生をあるがままに知るのか。生があるがゆえに老いと死があること、これを老いと死の発生をあるがままに知ると言います。 どのように老いと死の消滅をあるがままに知るのか。生が消滅すれば老いと死も消滅すること、これを老いと死の消滅をあるがままに知ると言います。 どのように老いと死の消滅に至る道をあるがままに知るのか。八支の聖なる道、すなわち正見から正定に至る八つの支分、これが老いと死の消滅に至る道をあるがままに知ることです。 尊者シャーリプトラよ。もしある比丘が、このように老いと死をあるがままに知り、老いと死の発生、老いと死の消滅、老いと死の消滅に至る道をあるがままに知るならば、その比丘は見を成就し、正しい見を得、法において不壊の清らかな信を得て、正しい法の中に入った、と言えるのです。」

尊者舍梨子聞已，歎曰：「善哉！善哉！賢者大拘絺羅！」尊者舍梨子歎已，歡喜奉行。

> 尊者シャーリプトラ（舎利子）はこれを聞いて、感嘆して言われた。「善きかな、善きかな、尊きマハーコーティカ（大拘絺羅）よ。」尊者シャーリプトラは称賛した後、喜びをもって実践された。

尊者舍梨子復問曰：「賢者大拘絺羅！頗更有事因此事，比丘成就見，得正見，於法得不壞淨，入正法耶。」

> 舎利弗尊者がさらに尋ねました。「大拘絺羅尊者よ。他にも、このことに関連して、比丘が見を成就し、正しい見解を得て、教えにおいて揺るぎない清らかな信を得て、正しい教えに入るということはあるのでしょうか。」

答曰：「有也。尊者舍梨子！謂有比丘知生如真，知生習、知生滅、知生滅道如真。云何知生如真？謂彼眾生、彼彼眾生種類，生則生，出則出，成則成，興起五陰，已得命根，是謂知生如真。云何知生習如真？謂因有便有生，是謂知生習如真。云何知生滅如真？謂有滅生便滅，是謂知生滅如真。云何知生滅道如真？謂八支聖道，正見乃至正定為八，是謂知生滅道如真。尊者舍梨子！若有比丘如是知生如真，知生習、知生滅、知生滅道如真者，是謂比丘成就見，得正見，於法得不壞淨，入正法中。」

> 答えます。「ありますとも、尊者シャーリプトラ。比丘が生（誕生）について、ありのままに知り、生の原因、生の消滅、そして生の消滅に至る道をありのままに知るのです。どのように生をありのままに知るのかというと、あらゆる種類の生き物たちが、生まれ、出現し、形成され、五蘊が生じ、生命の基盤を得ることを、そのまま知ること。これが生をありのままに知ることです。どのように生の原因をありのままに知るのかというと、「存在」があるから「生」があること、これを生の原因と知ることです。どのように生の消滅をありのままに知るのかというと、「存在」が消滅すれば生も消えること、これを生の消滅と知ることです。どのように生の消滅に至る道をありのままに知るのかというと、正しい見解から正しい定に至る八つの支分からなる聖なる道、これが生の消滅に至る道です。尊者シャーリプトラ、もし比丘がこのように生をありのままに知り、生の原因、生の消滅、生の消滅に至る道をありのままに知るならば、その比丘は見を成就し、正しい見解を得て、教えに対する壊れることのない清らかな信を得て、正しい教えの中に入ったといえるのです。」

尊者舍梨子聞已，歎曰：「善哉！善哉！賢者大拘絺羅！」尊者舍梨子歎已，歡喜奉行。

> 尊者シャーリプトラ（舎利子）はこれを聞いて、感嘆して言われた。「善きかな、善きかな、尊きマハーコーティカ（大拘絺羅）よ。」尊者シャーリプトラは称賛した後、喜びをもって実践された。

尊者舍梨子復問曰：「賢者大拘絺羅！頗更有事因此事，比丘成就見，得正見，於法得不壞淨，入正法耶？」

> 尊者シャーリプトラが再び問うた。「賢者マハーコーティカよ。他に何か事柄があって、その事柄によって比丘が正しい見解を成就し、正しい見解を得て、教えに対する揺るぎない清らかな信を得て、正しい教えに入ることができるでしょうか？」

答曰：「有也。尊者舍梨子！謂有比丘知有如真，知有習、知有滅、知有滅道如真。云何知有如真？謂有三有：欲有、色有、無色有，是謂知有如真。云何知有習如真？謂因受便有有，是謂知有習如真。云何知有滅如真？謂受滅有便滅，是謂知有滅如真。云何知有滅道如真？謂八支聖道，正見乃至正定為八，是謂知有滅道如真。尊者舍梨子！若有比丘如是知有如真，知有習、知有滅、知有滅道如真者，是謂比丘成就見，得正見，於法得不壞淨，入正法中。」

> 答えました。「あります、尊者シャーリプトラ。ある比丘が『有（う）』についてあるがままに知り、『有の生起』についてあるがままに知り、『有の消滅』についてあるがままに知り、『有の消滅に至る道』についてあるがままに知ります。どのように『有』をあるがままに知るのか。三つの生存の形態があると知ることです。すなわち、欲望の生存、形態のある生存、形態のない生存です。これが『有』をあるがままに知るということです。どのように『有の生起』をあるがままに知るのか。執着（受）によって生存が生じると知ることです。これが『有の生起』をあるがままに知るということです。どのように『有の消滅』をあるがままに知るのか。執着が滅すれば生存も滅すると知ることです。これが『有の消滅』をあるがままに知るということです。どのように『有の消滅に至る道』をあるがままに知るのか。八つの支分からなる聖なる道、すなわち正しい見解から正しい集中に至る八つの道です。これが『有の消滅に至る道』をあるがままに知るということです。尊者シャーリプトラ。もしある比丘がこのように『有』をあるがままに知り、『有の生起』、『有の消滅』、『有の消滅に至る道』をあるがままに知るならば、その比丘は見を成就し、正しい見解を得、法に対して不壊の清らかな信を得て、正しい法の中に入ったといえます。」

尊者舍梨子聞已，歎曰：「善哉！善哉！賢者大拘絺羅！」尊者舍梨子歎已，歡喜奉行。

> 尊者シャーリプトラ（舎利子）はこれを聞いて、感嘆して言われた。「善きかな、善きかな、尊きマハーコーティカ（大拘絺羅）よ。」尊者シャーリプトラは称賛した後、喜びをもって実践された。

尊者舍梨子復問曰：「賢者大拘絺羅！頗更有事因此事，比丘成就見，得正見，於法得不壞淨，入正法耶？」

> 尊者シャーリプトラが再び問うた。「賢者マハーコーティカよ。他に何か事柄があって、その事柄によって比丘が正しい見解を成就し、正しい見解を得て、教えに対する揺るぎない清らかな信を得て、正しい教えに入ることができるでしょうか？」

答曰：「有也。尊者舍梨子！謂有比丘知受如真，知受習、知受滅、知受滅道如真。云何知受如真？謂有四受：欲受、戒受、見受、我受，是謂知受如真。云何知受習如真？謂因愛便有受，是謂知受習如真。云何知受滅如真？謂愛滅受便滅，是謂知受滅如真。云何知受滅道如真？謂八支聖道，正見乃至正定為八，是謂知受滅道如真。尊者舍梨子！若有比丘如是知受如真，知受習、知受滅、知受滅道如真者，是謂比丘成就見，得正見，於法得不壞淨，入正法中。」

> 答えました。「あります、尊者シャーリプトラよ。ある比丘が、執着を如実に知り、執着の生起（原因）を如実に知り、執着の消滅を如実に知り、執着の消滅に至る道を如実に知ることがあります。どのように執着を如実に知るのでしょうか。四つの執着があります。欲への執着、戒への執着、見解への執着、自己への執着です。これが執着を如実に知るということです。どのように執着の生起を如実に知るのでしょうか。渇愛があるから執着が生じるのです。これが執着の生起を如実に知るということです。どのように執着の消滅を如実に知るのでしょうか。渇愛が滅びれば執着も滅びるのです。これが執着の消滅を如実に知るということです。どのように執着の消滅に至る道を如実に知るのでしょうか。八支聖道、すなわち正見から正定までの八つです。これが執着の消滅に至る道を如実に知るということです。尊者シャーリプトラよ。もしある比丘が、このように執着を如実に知り、執着の生起、執着の消滅、執着の消滅に至る道を如実に知るならば、その比丘は見を成就し、正見を得て、法において不壊の浄信を得て、正しい法の中に入ったと言われるのです。」

尊者舍梨子聞已，歎曰：「善哉！善哉！賢者大拘絺羅。」尊者舍梨子歎已，歡喜奉行。

> 尊者シャーリプトラ（舎梨子）はこれを聞いて、称賛して言った。「善きかな、善きかな。賢者マハーコーティカ（大拘絺羅）よ。」 尊者シャーリプトラは称えた後、喜びをもってその教えを実践した。

尊者舍梨子復問曰：「賢者大拘絺羅！頗更有事因此事，比丘成就見，得正見，於法得不壞淨，入正法耶？」

> 尊者シャーリプトラが再び問うた。「賢者マハーコーティカよ。他に何か事柄があって、その事柄によって比丘が正しい見解を成就し、正しい見解を得て、教えに対する揺るぎない清らかな信を得て、正しい教えに入ることができるでしょうか？」

答曰：「有也。尊者舍梨子！謂有比丘知愛如真，知愛習、知愛滅、知愛滅道如真。云何知愛如真？謂有三愛：欲愛、色愛、無色愛，是謂知愛如真。云何知愛習如真？謂因覺便有愛，是謂知愛習如真。云何知愛滅如真？謂覺滅愛便滅，是謂知愛滅如真。云何知愛滅道如真？謂八支聖道，正見乃至正定為八，是謂知愛滅道如真。尊者舍梨子！若有比丘如是知愛如真，知愛習、知愛滅、知愛滅道如真者，是謂比丘成就見，得正見，於法得不壞淨，入正法中。」

> 答えます。尊者シャーリプトラよ。ある比丘が、愛をあるがままに知り、愛の生起をあるがままに知り、愛の消滅をあるがままに知り、愛の消滅に至る道をあるがままに知ることがあります。 どのように愛をあるがままに知るのでしょうか。三つの愛があります。欲愛、色愛、無色愛です。これが愛をあるがままに知るということです。 どのように愛の生起をあるがままに知るのでしょうか。感覚（覚）を縁として愛が生じます。これが愛の生起をあるがままに知るということです。 どのように愛の消滅をあるがままに知るのでしょうか。感覚（覚）が滅びれば愛も滅びます。これが愛の消滅をあるがままに知るということです。 どのように愛の消滅に至る道をあるがままに知るのでしょうか。八つの支分から成る聖なる道、すなわち正見から正定に至る八つです。これが愛の消滅に至る道をあるがままに知るということです。 尊者シャーリプトラよ。もしある比丘が、このように愛をあるがままに知り、愛の生起、愛の消滅、愛の消滅に至る道をあるがままに知るならば、その比丘は「見を成就し、正見を得、法に対して壊れざる清らかな信を獲得し、正法の中に入った」と呼ばれます。

尊者舍梨子聞已，歎曰：「善哉！善哉！賢者大拘絺羅！」尊者舍梨子歎已，歡喜奉行。

> 尊者シャーリプトラ（舎利子）はこれを聞いて、感嘆して言われた。「善きかな、善きかな、尊きマハーコーティカ（大拘絺羅）よ。」尊者シャーリプトラは称賛した後、喜びをもって実践された。

尊者舍梨子復問曰：「賢者大拘絺羅！頗更有事因此事，比丘成就見，得正見，於法得不壞淨，入正法耶？」

> 尊者シャーリプトラが再び問うた。「賢者マハーコーティカよ。他に何か事柄があって、その事柄によって比丘が正しい見解を成就し、正しい見解を得て、教えに対する揺るぎない清らかな信を得て、正しい教えに入ることができるでしょうか？」

答曰：「有也。尊者舍梨子！謂有比丘知覺如真，知覺習、知覺滅、知覺滅道如真。云何知覺如真？謂有三覺：樂覺、苦覺、不苦不樂覺，是謂知覺如真。云何知覺習如真？謂因更樂便有覺，是謂知覺習如真。云何知覺滅如真？謂更樂滅覺便滅，是謂知覺滅如真。云何知覺滅道如真？謂八支聖道，正見乃至正定為八，是謂知覺滅道如真。尊者舍梨子！若有比丘如是知覺如真，知覺習、知覺滅、知覺滅道如真者，是謂比丘成就見，得正見，於法得不壞淨，入正法中。」

> 答え：あります、尊者シャーリプトラよ。ある比丘が「感覚（受）」をあるがままに知り、感覚の生起をあるがままに知り、感覚の消滅をあるがままに知り、感覚の消滅に至る道をあるがままに知るのです。では、感覚をあるがままに知るとはどういうことか？三つの感覚があります。すなわち、楽の感覚、苦の感覚、苦でも楽でもない感覚です。これを「感覚をあるがままに知る」といいます。では、感覚の生起をあるがままに知るとはどういうことか？対象との接触（触）が原因となって感覚が生じます。これを「感覚の生起をあるがままに知る」といいます。では、感覚の消滅をあるがままに知るとはどういうことか？対象との接触が消えれば、感覚も消えます。これを「感覚の消滅をあるがままに知る」といいます。では、感覚の消滅に至る道をあるがままに知るとはどういうことか？八つの支分からなる聖なる道、すなわち正しい見解から正しい集中に至る八つの道です。これを「感覚の消滅に至る道をあるがままに知る」といいます。尊者シャーリプトラよ、もしある比丘がこのように感覚をあるがままに知り、感覚の生起、消滅、そして消滅に至る道をあるがままに知るならば、その比丘は「見を成就し、正しい見解を得て、法において汚れなき確信を獲得し、正しい法の中に入った」と称されます。

尊者舍梨子聞已，歎曰：「善哉！善哉！賢者大拘絺羅！」尊者舍梨子歎已，歡喜奉行。

> 尊者シャーリプトラ（舎利子）はこれを聞いて、感嘆して言われた。「善きかな、善きかな、尊きマハーコーティカ（大拘絺羅）よ。」尊者シャーリプトラは称賛した後、喜びをもって実践された。

尊者舍梨子復問曰：「賢者大拘絺羅，頗更有事因此事，比丘成就見，得正見，於法得不壞淨，入正法耶？」

> シャーリプトラ尊者が尋ねました。「大コーティカ尊者よ、このことをもとにして、比丘が真理を成就し、正しい見解を得て、法に対して揺るぎない清らかな信を得て、正法に入るという、別の方法があるのでしょうか。」

答曰：「有也。尊者舍梨子！謂有比丘知更樂如真，知更樂習、知更樂滅、知更樂滅道如真。云何知更樂如真？謂有三更樂：樂更樂、苦更樂、不苦不樂更樂，是謂知更樂如真。云何知更樂習如真？謂因六處便有更樂，是謂知更樂習如真。云何知更樂滅如真？謂六處滅更樂便滅，是謂知更樂滅如真。云何知更樂滅道如真？謂八支聖道，正見乃至正定為八，是謂知更樂滅道如真。尊者舍梨子！若有比丘如是知更樂如真，知更樂習、知更樂滅、知更樂滅道如真者，是謂比丘成就見，得正見，於法得不壞淨，入正法中。」

> 答えます。「あります。尊者シャーリプトラよ。それは、ある比丘が『感受』をありのままに知り、『感受』の生起をありのままに知り、『感受』の消滅をありのままに知り、『感受』の消滅に至る道をありのままに知ることです。どのように『感受』をありのままに知るのでしょうか。三つの感受があります。楽しい感受、苦しい感受、苦しくも楽しくもない感受です。これが『感受』をありのままに知ることです。どのように『感受』の生起をありのままに知るのでしょうか。六つの感覚器官（六処）に基づいて感受が生じます。これが『感受』の生起をありのままに知ることです。どのように『感受』の消滅をありのままに知るのでしょうか。六つの感覚器官が消滅すれば、感受もまた消滅します。これが『感受』の消滅をありのままに知ることです。どのように『感受』の消滅に至る道をありのままに知るのでしょうか。八つの支分からなる聖なる道です。正しい見解から、正しい心の統一に至るまでの八つです。これが『感受』の消滅に至る道をありのままに知ることです。尊者シャーリプトラよ。もしある比丘が、このように『感受』をありのままに知り、『感受』の生起、消滅、そして消滅に至る道をありのままに知るなら、その比丘は『見を成就し、正しい見解を得て、法に対する揺るぎない清らかな信を得て、正しい法の中に入った』と呼ばれます。」

尊者舍梨子聞已，歎曰：「善哉！善哉！賢者大拘絺羅！」尊者舍梨子歎已，歡喜奉行。

> 尊者シャーリプトラ（舎利子）はこれを聞いて、感嘆して言われた。「善きかな、善きかな、尊きマハーコーティカ（大拘絺羅）よ。」尊者シャーリプトラは称賛した後、喜びをもって実践された。

尊者舍梨子復問曰：「賢者大拘絺羅！頗更有事因此事，比丘成就見，得正見，於法得不壞淨，入正法耶？」

> 尊者シャーリプトラが再び問うた。「賢者マハーコーティカよ。他に何か事柄があって、その事柄によって比丘が正しい見解を成就し、正しい見解を得て、教えに対する揺るぎない清らかな信を得て、正しい教えに入ることができるでしょうか？」

答曰：「有也。尊者舍梨子！謂有比丘知六處如真，知六處習、知六處滅、知六處滅道如真。云何知六處如真？謂眼處，耳、鼻、舌、身、意處，是謂知六處如真。云何知六處習如真？謂因名色便有六處，是謂知六處習如真。云何知六處滅如真？謂名色滅六處便滅，是謂知六處滅如真。云何知六處滅道如真？謂八支聖道，正見乃至正定為八，是謂知六處滅道如真。尊者舍梨子！若有比丘如是知六處如真，知六處習、知六處滅、知六處滅道如真者，是謂比丘成就見，得正見，於法得不壞淨，入正法中。」

> 答えましょう。「あります。尊者シャーリプトラよ。ある比丘が六処（ろくしょ）をあるがままに知り、六処の生起、六処の消滅、六処の消滅に至る道をあるがままに知っています。どのように六処をあるがままに知るのかといえば、眼処、耳処、鼻処、舌処、身処、意処——これが六処をあるがままに知るということです。どのように六処の生起をあるがままに知るのかといえば、名色（なみき）を縁として六処が生じる——これが六処の生起をあるがままに知るということです。どのように六処の消滅をあるがままに知るのかといえば、名色が滅びれば六処も滅びる——これが六処の消滅をあるがままに知るということです。どのように六処の消滅に至る道をあるがままに知るのかといえば、八支聖道（はっししょうどう）、すなわち正見から正定までの八つの支分——これが六処の消滅に至る道をあるがままに知るということです。尊者シャーリプトラよ。もしある比丘が、このように六処をあるがままに知り、六処の生起、消滅、消滅に至る道をあるがままに知るならば、その比丘は『見を成就し、正見を得、法に対して不壊の浄信を得、正しい法の中に入った』と説かれます。」

尊者舍梨子聞已，歎曰：「善哉！善哉！賢者大拘絺羅！」尊者舍梨子歎已，歡喜奉行。

> 尊者シャーリプトラ（舎利子）はこれを聞いて、感嘆して言われた。「善きかな、善きかな、尊きマハーコーティカ（大拘絺羅）よ。」尊者シャーリプトラは称賛した後、喜びをもって実践された。

尊者舍梨子復問曰：「賢者大拘絺羅！頗更有事因此事，比丘成就見，得正見，於法得不壞淨，入正法耶？」

> 尊者シャーリプトラが再び問うた。「賢者マハーコーティカよ。他に何か事柄があって、その事柄によって比丘が正しい見解を成就し、正しい見解を得て、教えに対する揺るぎない清らかな信を得て、正しい教えに入ることができるでしょうか？」

答曰：「有也。尊者舍梨子！謂有比丘知名色如真，知名色習、知名色滅、知名色滅道如真。云何知名？謂四非色陰為名。云何知色？謂四大及四大造為色。此說色，前說名，是為名色，是謂知名色如真。云何知名色習如真？謂因識便有名色，是謂知名色習如真。云何知名色滅如真？謂識滅名色便滅，是謂知名色滅如真。云何知名色滅道如真？謂八支聖道，正見乃至正定為八，是謂知名色滅道如真。尊者舍梨子！若有比丘如是知名色如真，知名色習、知名色滅、知名色滅道如真者，是謂比丘成就見，得正見，於法得不壞淨，入正法中。」

> 答え：あります。尊者シャーリプトラよ。比丘が名と色を如実に知り、名と色の生起を如実に知り、名と色の滅尽を如実に知り、名と色の滅尽に至る道を如実に知ることです。 「名をどのように知るのか」と言えば、それら四つの非色の蘊（受・想・行・識）が「名」です。「色をどのように知るのか」と言えば、四大と四大によって造られたものが「色」です。ここで説かれた「色」と先に説かれた「名」、これが名と色です。これを名と色を如実に知ると言います。 「名と色の生起を如実に知るとはどのようなことか」と言えば、識があることによって名と色が生じる、これを名と色の生起を如実に知ると言います。 「名と色の滅尽を如実に知るとはどのようなことか」と言えば、識が滅びれば名と色も滅びる、これを名と色の滅尽を如実に知ると言います。 「名と色の滅尽に至る道を如実に知るとはどのようなことか」と言えば、八支聖道、すなわち正見から正定に至る八つの道です。これを名と色の滅尽に至る道を如実に知ると言います。 尊者シャーリプトラよ。もし比丘がこのように名と色を如実に知り、名と色の生起を如実に知り、名と色の滅尽を如実に知り、名と色の滅尽に至る道を如実に知るならば、その比丘は見を成就し、正見を得て、法において不壊の清浄を得て、正しい法の中に入ったと言えるのです。

尊者舍梨子聞已，歎曰：「善哉！善哉！賢者大拘絺羅！」尊者舍梨子歎已，歡喜奉行。

> 尊者シャーリプトラ（舎利子）はこれを聞いて、感嘆して言われた。「善きかな、善きかな、尊きマハーコーティカ（大拘絺羅）よ。」尊者シャーリプトラは称賛した後、喜びをもって実践された。

尊者舍梨子復問曰：「賢者大拘絺羅！頗更有事因此事，比丘成就見，得正見，於法得不壞淨，入正法耶？」

> 尊者シャーリプトラが再び問うた。「賢者マハーコーティカよ。他に何か事柄があって、その事柄によって比丘が正しい見解を成就し、正しい見解を得て、教えに対する揺るぎない清らかな信を得て、正しい教えに入ることができるでしょうか？」

答曰：「有也。尊者舍梨子！謂有比丘知識如真，知識習、知識滅、知識滅道如真。云何知識如真？謂有六識：眼識，耳、鼻、舌、身、意識，是謂知識如真。云何知識習如真？謂因行便有識，是謂知識習如真。云何知識滅如真？謂行滅識便滅，是謂知識滅如真。云何知識滅道如真？謂八支聖道，正見乃至正定為八，是謂知識滅道如真。尊者舍梨子！若有比丘如是知識如真，知識習、知識滅、知識滅道如真者，是謂比丘成就見，得正見，於法得不壞淨，入正法中。」

> 答えましょう。「ありますとも、尊者シャーリプトラ。ある比丘が識（しき）をあるがままに知り、識の発生をあるがままに知り、識の消滅をあるがままに知り、識の消滅に至る道をあるがままに知るのです。どのように識をあるがままに知るのでしょうか。六つの識があります。すなわち、眼識、耳識、鼻識、舌識、身識、意識です。これが識をあるがままに知るということです。どのように識の発生をあるがままに知るのでしょうか。行（ぎょう）という条件によって識が生じます。これが識の発生をあるがままに知るということです。どのように識の消滅をあるがままに知るのでしょうか。行が消滅すれば識も消滅します。これが識の消滅をあるがままに知るということです。どのように識の消滅に至る道をあるがままに知るのでしょうか。八つの支分からなる聖なる道、すなわち正見から正定に至る八つです。これが識の消滅に至る道をあるがままに知るということです。尊者シャーリプトラ。もし比丘がこのように識をあるがままに知り、識の発生をあるがままに知り、識の消滅をあるがままに知り、識の消滅に至る道をあるがままに知るならば、その比丘は『見』を成就し、正しい見解を得、法に対して壊れることのない清らかな信を得て、正しい法の中に入ったと言えるのです。」

尊者舍梨子聞已，歎曰：「善哉！善哉！賢者大拘絺羅！」尊者舍梨子歎已，歡喜奉行。

> 尊者シャーリプトラ（舎利子）はこれを聞いて、感嘆して言われた。「善きかな、善きかな、尊きマハーコーティカ（大拘絺羅）よ。」尊者シャーリプトラは称賛した後、喜びをもって実践された。

尊者舍梨子復問曰：「賢者大拘絺羅！頗更有事因此事，比丘成就見，得正見，於法得不壞淨，入正法耶？」

> 尊者シャーリプトラが再び問うた。「賢者マハーコーティカよ。他に何か事柄があって、その事柄によって比丘が正しい見解を成就し、正しい見解を得て、教えに対する揺るぎない清らかな信を得て、正しい教えに入ることができるでしょうか？」

答曰：「有也。尊者舍梨子！謂有比丘知行如真，知行習、知行滅、知行滅道如真。云何知行如真？謂有三行：身行、口行、意行，是謂知行如真。云何知行習如真？謂因無明便有行，是謂知行習如真。云何知行滅如真？謂無明滅行便滅，是謂知行滅如真。云何知行滅道如真？謂八支聖道，正見乃至正定為八，是謂知行滅道如真。尊者舍梨子！若有比丘如是知行如真，知行習、知行滅、知行滅道如真者，是謂比丘成就見，得正見，於法得不壞淨，入正法中。」

尊者舍梨子聞已，歎曰：「善哉！善哉！賢者大拘絺羅！」尊者舍梨子歎已，歡喜奉行。

> 尊者シャーリプトラ（舎利子）はこれを聞いて、感嘆して言われた。「善きかな、善きかな、尊きマハーコーティカ（大拘絺羅）よ。」尊者シャーリプトラは称賛した後、喜びをもって実践された。

尊者舍梨子復問曰：「賢者大拘絺羅！若有比丘無明已盡，明已生，復作何等？」

> そこで尊者的な舎梨子（舎利弗）が更に問うた。 「賢者である大拘絺羅よ。もし比丘が無明を尽くし、智慧（明）を生じたならば、さらに何を行じるのか。」

尊者大拘絺羅答曰：「尊者舍梨子！若有比丘無明已盡，明已生，無所復作。」

> 尊者在した大拘絺羅が答えました。「尊者シャーリプトラよ。もし比丘が無明を完全に滅し、智慧が生じ、もはやなすべきことがなくなったなら、それが答えです。」

尊者舍梨子聞已，歎曰：「善哉！善哉！賢者大拘絺羅！」

> これを聞いて、尊者シャーリプトラ（舎利子）は称賛した。 「素晴らしい！素晴らしい！賢者マハーコーティカ（大拘絺羅）よ！」

如是，彼二尊更互說義，各歡喜奉行，從坐起去。

大拘絺羅經第九竟四千七十七字

> 大拘絺羅経 第九<note>四千七十七字</note>