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title: "中阿含經 · 39 郁伽長者經"
description: "中阿含经是佛教重要经典之一，由东晋时期译经师瞿昙僧伽提婆翻译。该经属于原始佛教阿含部经典，收录于汉传佛教大藏经中，与长阿含经、杂阿含经、增一阿含经并称四阿含。内容主要记载佛陀与弟子们的对话，涵盖佛教基本教义如四谛、八正道、十二因缘等核心思想。经文以中篇形式呈现，结构严谨，是研究早期佛教教理的重要文献。作为原始佛教经典，中阿含经在佛教史上具有重要地位，为后世各宗派共同尊奉，对理解佛陀原始教法具有不可替代的价值。"
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### （三九）中阿含未曾有法品郁伽長者經第八初一日誦

> （三九）中阿含未曾有法品　郁伽長者経第八<note>初一日誦</note>

我聞如是：

> 私はこのように聞きました。

一時，佛般涅槃後不久，眾多上尊長老比丘遊鞞舍離，在獼猴水邊高樓臺觀。

> ある時、仏陀が入滅された後まもなく、多くの高徳で年長の長老比丘たちが、ヴェーサーリーの郊外、猿が水を飲みに来る場所の近くにある高楼の見晴らし台に滞在していました。

爾時，郁伽長者施設如是大施，謂與遠來客食，與行人、病人、瞻病者食，常設粥食，常設飯食，供給守僧園人，常請二十眾食，五日都請比丘眾食，施設如是大施；復於海中有一舶船，載滿貨還，價直百千，一時沒失。眾多上尊長老比丘聞郁伽長者施設如是大施，謂與遠來客食，與行人、病人、瞻病者食，常設粥食，常設飯食，供給守僧園人，常請二十眾食，五日都請比丘眾食，聞已共作是議：「諸賢！誰能往語郁伽長者：『長者可止！勿復布施。長者後自當知。』彼作是念：『尊者阿難是佛侍者，受世尊教，佛所稱譽及諸智梵行人，尊者阿難欲往語郁伽長者：「長者可止！勿復布施，長者後自當知。」』諸賢！我等共往詣尊者阿難所，說如此事。」

> ある時、ウグラ長者がこのような大布施を施しました。すなわち、遠方から来た旅人に食事を与え、旅人、病人、看病する者に食事を与え、常にお粥を施し、常に飯を施し、寺の庭を守る者に供養し、常に二十人の僧侶を招いて食事を施し、五日ごとにすべての比丘を招いて食事を施す、このような大布施を行いました。その時、海の中で一隻の船が満載の財宝を積んで戻ってくる途中、時ならずして沈没し、百千の価値が一度に失われました。 多くの尊い長老比丘たちは、ウグラ長者がこのような大布施を施していると聞きました。すなわち、遠方から来た旅人に食事を与え、旅人、病人、看病する者に食事を与え、常にお粥を施し、常に飯を施し、寺の庭を守る者に供養し、常に二十人の僧侶を招いて食事を施し、五日ごとにすべての比丘を招いて食事を施す、と聞いて、共にこう話し合いました。 「諸賢よ、誰かがウグラ長者のもとに行って、『長者よ、布施をやめなさい。これ以上施さないでください。長者は後で自ら知ることになるでしょう』と伝えられる者はいるだろうか。」 彼らはこう考えました。「尊者アーナンダは仏の侍者であり、世尊の教えを受け、仏が称賛し、また多くの智慧ある清らかな修行者たちも称賛している。尊者アーナンダがウグラ長者のもとに行って、『長者よ、布施をやめなさい。これ以上施さないでください。長者は後で自ら知ることになるでしょう』と伝えられるだろう。諸賢よ、共に尊者アーナンダのもとへ行き、このことを話そう。」

於是，眾多上尊長老比丘往詣尊者阿難所，共相問訊，却坐一面，語曰：「賢者阿難知不？郁伽長者施設如是大施，謂與遠來客食，與行人、病人、瞻病者食，常設粥食，常設飯食，供給守僧園人，常請二十眾食，五日都請比丘眾食，施設如是大施；復於海中有一舶船，載滿貨還，價直百千，一時沒失。我等共作是議，誰能往語郁伽長者而作是語：『長者可止！勿復布施，長者後自當知。』復作是念：『尊者阿難是佛侍者，受世尊教，佛所稱譽及諸智梵行人，尊者阿難能往語郁伽長者：「長者可止！勿復布施，長者後自當知。」』賢者阿難可往詣郁伽長者而語彼曰：『長者可止！勿復布施，長者後自當知。』」

> そこで、多くの長老比丘たちが尊者アーナンダのもとを訪れ、互いに挨拶を交わした後、一方に座って言いました。 「アーナンダ尊者よ、ご存知ですか？ウッカ長者がこのような大施を施しています。すなわち、遠来の客人に食事を施し、旅人や病人、病人を看病する人にも食事を施し、常に粥や飯を用意し、園を守る僧侶にも食事を供給し、常に二十人の大衆を招いて食事を施し、五日ごとに全ての比丘大衆を招いて食事を施すという、まさにこのような大施です。しかし、海に一隻の船があり、百千もの価値がある貨物を満載して帰ってきたのに、一度に失ってしまいました。私たちはこう相談しました。『誰かがウッカ長者のもとへ行き、「長者よ、おやめなさい。もう施しをしてはなりません。長者は後で自ら知ることになるでしょう」と伝えられるだろうか』と。そして、こう考えました。『尊者アーナンダは仏の侍者であり、世尊の教えを受け、仏に称賛され、また智慧ある修行者たちからも称賛されている。尊者アーナンダならば、ウッカ長者のもとへ行き、「長者よ、おやめなさい。もう施しをしてはなりません。長者は後で自ら知ることになるでしょう」と伝えられるだろう』と。 アーナンダ尊者よ、あなたがウッカ長者のもとへ行き、こう伝えてください。『長者よ、おやめなさい。もう施しをしてはなりません。長者は後で自ら知ることになるでしょう』と。」

尊者阿難白諸長老上尊比丘曰：「諸尊！郁伽長者其性嚴整，若我自為語者，儻能致大不喜。諸尊！我為誰語？」

> 長老方の尊者比丘たちに、尊き阿難が申し上げました。「諸尊よ、郁伽長者は性格が厳格で律儀な方です。もし私が自分勝手に話したならば、おそらく大いに不興を買うことでしょう。諸尊よ、私はいったい誰に向けて話せばよいのでしょうか？」

諸長老上尊比丘答曰：「賢者！稱比丘眾語，稱比丘眾語已，彼無所言。」尊者阿難便默然受諸長老上尊比丘命。於是，諸長老上尊比丘知尊者阿難默然許已，即從坐起，繞尊者阿難，各自還去。

> 長老方々の尊い比丘たちが答えました。「尊者よ、比丘の僧伽（サンガ）の言葉を伝え、その言葉を伝え終えても、彼（阿難）は何も言いませんでした。」それを聞いて、尊者アーナンダは静かに長老方々の尊い比丘たちの言葉を受け入れました。 そこで、長老方々の尊い比丘たちは尊者アーナンダが静かに承諾したことを知り、座から立ち上がり、尊者アーナンダの周りを巡ってから、それぞれの場所へと帰っていきました。

尊者阿難過夜平旦，著衣持鉢，往詣郁伽長者家。郁伽長者遙見尊者阿難來，即從坐起，偏袒著衣，叉手向尊者阿難，白曰：「善來！尊者阿難！尊者阿難久不來此，願坐此床。」尊者阿難即坐其床，郁伽長者禮尊者阿難足，却坐一面。

> 尊敬なる阿難尊者は、夜が明けて早朝、衣を整えて鉢を持ち、郁伽長者の家を訪ねられました。 郁伽長者は、遠くから阿難尊者がお越しになるのを見ると、すぐに座から立ち上がり、衣の片方の肩をあらわにして、合掌し、尊者に向かって申し上げました。 「ようこそおいでくださいました。阿難尊者！ 尊者は長らくこちらへお越しになりませんでしたね。どうぞこちらの床にお掛けください。」 阿難尊者はその床にお座りになり、郁伽長者は尊者阿難の足を礼拝してから、一方に寄って座りました。

尊者阿難告曰：「長者知不？長者施設如是大施，與遠來客食，與行人、病人、瞻病者食，常設粥食，常設飯食，供給守僧園人，常請二十眾食，五日都請比丘眾食，施設如是大施；復於海中有一舶船，載滿貨還，價直百千，一時沒失。長者可止！勿復布施，長者後自當知。」

> 尊者アーナンダが言いました。「長者よ、お分かりですか？あなたはこのような大布施を施しています。遠方から来た客に食事を与え、旅人、病人、看病する者に食事を与え、常に粥やご飯を用意し、僧園を守る人々にも施し、常に二十人の僧侶を招いて食事を供し、五日ごとにすべての比丘たちを招いて食事を施しています。このような大布施を行っている最中に、海に一隻の船が満載の貨物を載せて戻ってくる途中で、一時に百千もの価値が失われてしまいました。長者よ、どうかおやめください。もう布施をなさらないでください。長者よ、後でご自身でお分かりになるでしょう。」

長者白曰：「尊者阿難！為是誰語？」

> 長者が申し上げました。「尊者アーナンダよ、これはどなたのお言葉なのでしょうか？」

尊者阿難答曰：「長者！我宣比丘眾語。」

> 尊者アーナンダがお答えになりました。「長者よ、私は比丘たちの言葉をお伝えいたします。」

長者白曰：「若尊者阿難宣比丘眾語者，無所復論，若自語者，或能致大不喜。尊者阿難！若我如是捨與，如是惠施，一切財物皆悉竭盡，但使我願滿，如轉輪王願。」

> 長者が言いました。「もし尊師アーナンダが比丘たちの言葉を伝えているのであれば、もう申し上げることはありません。しかし、もしご自身のお考えでおっしゃっているのであれば、大きな不興を買うかもしれません。尊師アーナンダ、もし私がこうして差し出し、こうして施しを行うならば、すべての財物を使い果たしてしまうでしょう。ただ、どうか私の願いが叶いますように、あたかも転輪聖王の願いが叶うかのように。」

尊者阿難問曰：「長者云何轉輪王願？」

> 尊者阿難がお尋ねになりました。「長者よ、あなたがおっしゃる『転輪王の願い』とは、どのようなものなのでしょうか？」

長者答曰：「尊者阿難！村中貧人作是念：『令我於村中最富！』即是彼願。村中富人作是念：『令我於邑中最富！』即是彼願。邑中富人作是念：『令我於城中最富！』即是彼願。城中富人作是念：『令我於城中作宗正！』即是彼願。城中宗正作是念：『令我作國相！』即是彼願。國相作是念：『令我作小王！』即是彼願。小王作是念：『令我作轉輪王！』即是彼願。轉輪王作是念：『令我如族姓子所為，剃除鬚髮，著袈裟衣，至信、捨家、無家、學道者，謂無上梵行訖，令我於現法中自知自覺，自作證成就遊，生已盡，梵行已立，所作已辦，不更受有，知如真。』即是彼願。尊者阿難！若我如是捨與，如是惠施，一切財物皆悉竭盡，但使我願滿，如轉輪王願。尊者阿難！我有是法。」

> 長者が答えて言った。「尊者アーナンダよ、村の貧しい人が『どうか私が村で一番の金持ちになりますように』と願うのが、その人の願いです。村の金持ちが『どうか私が町で一番の金持ちになりますように』と願うのが、その人の願いです。町の金持ちが『どうか私が都で一番の金持ちになりますように』と願うのが、その人の願いです。都の金持ちが『どうか私が都の宗正（そうじょう）になりますように』と願うのが、その人の願いです。都の宗正が『どうか私が国の宰相になりますように』と願うのが、その人の願いです。国の宰相が『どうか私が小王になりますように』と願うのが、その人の願いです。小王が『どうか私が転輪王になりますように』と願うのが、その人の願いです。転輪王は『どうか私が良家の子息がするように、髪やひげを剃り、袈裟衣をまとい、真実の信仰に基づいて家を出て、家のない修行者となり、無上の清らかな行いを完成させ、今この世において自ら知り、自ら悟り、自ら証を得て安住し、生は尽き、清らかな行いは確立され、なすべきことは成し遂げられ、再び迷いの世界に生まれることはなく、あるがままに知る、その境地に至りますように』と願うのが、その人の願いです。尊者アーナンダよ、たとえ私がこのように施しを行い、布施をしてすべての財産を使い果たしてしまっても、転輪王の願いのように私の願いが満たされるならば、それでよいのです。尊者アーナンダよ、私はこのような教えを持っています。」

尊者阿難歎曰：「長者！若有是法，甚奇！甚持！」

> 尊者アーナンダは称賛して言いました。「長者の方よ、もしそのような法があるならば、実に驚くべきこと、実に尊いことです！」

「復次，尊者阿難！我不但有是法。尊者阿難！我詣僧園時，若初見一比丘，便為作禮，若彼比丘經行者，我亦隨經行，若彼坐者，我亦於一面坐，坐已聽法，彼尊為我說法，我亦為彼尊說法，彼尊問我事，我亦問彼尊事，彼尊答我事，我亦答彼尊事。尊者阿難！我未曾憶輕慢上中下長老上尊比丘。尊者阿難！我有是法。」

> 「さらに、尊き阿難よ、私はこれだけの徳を持つだけではありません。尊き阿難よ、私は僧園に参るとき、最初に一人の比丘を見かければ、すぐにその方に礼をします。もしその比丘が経行（歩く瞑想）をしておられれば、私もともに歩き、もし座っておられれば、私もそばに座ります。座ってからは教えを聴き、その尊師は私に法を説き、私もまたその尊師に法を説きます。その尊師が私に質問すれば、私もその尊師に質問します。その尊師が私の問いに答えれば、私もまたその尊師の問いに答えます。 尊き阿難よ、私はかつて、年長・中途・年少の、上座や尊い比丘に対して軽んじたり侮ったりしたことは記憶にありません。尊き阿難よ、私はこのような徳を備えているのです。」

尊者阿難歎曰：「長者！若有是法，甚奇，甚持。」

> 尊者阿難が嘆じて言った。「長者の方よ。もしこのような教えがあるならば、それは実に素晴らしく、実に尊いことであります。」

「復次，尊者阿難！我不但有是法。尊者阿難！我在比丘眾行布施時，天住虛空而告我曰：『長者！此是阿羅訶，此是向阿羅訶，此是阿那含，此是向阿那含，此是斯陀含，此是向斯陀含，此是須陀洹，此是向須陀洹，此是精進，此不精進。』尊者阿難！我施比丘眾時未曾憶有分別意。尊者阿難！我有是法。」

> 尊いアーナンダよ、私はこれだけの徳があるわけではありません。 尊いアーナンダよ、私が比丘の僧伽に布施を行うとき、天人が虚空に立って私に告げました。 「長者よ、これは阿羅漢である、これは阿羅漢に向かう者である。 これは不還である、これは不還に向かう者である。 これは一来である、これは一来に向かう者である。 これは預流である、これは預流に向かう者である。 これは精進する者である、これは精進しない者である。」と。 尊いアーナンダよ、私は比丘の僧伽に施しを行うとき、分別の心を起こしたことは一度もありません。 尊いアーナンダよ、私はこのような徳を持っているのです。

尊者阿難歎曰：「長者！若有是法，甚奇！甚特！」

> 尊者アーナンダは嘆じて言った。「長者よ、そのような教えがあるとは、じつに驚くべきこと、並々ならぬことです。」

「復次，尊者阿難！我不但有是法。尊者阿難！我在比丘眾行布施時，天住虛空而告我曰：『長者！有如來、無所著、等正覺、世尊善說法，如來聖眾善趣向。』我不從彼天信，不從彼欲樂，不從彼所聞，但我自有淨智，知有如來、無所著、等正覺、世尊善說法，如來聖眾善趣向。尊者阿難！我有是法。」

> また、尊者アーナンダよ。私はこのような法のみを持っているわけではない。尊者アーナンダよ。私が比丘の僧伽の中で施しを行う時、天人が虚空に留まって私に告げた。「長者よ、如来・阿羅漢・正等覚者がおられ、世尊はよく法を説き、如来の聖なる僧伽はよくその道に入る」と。私はその天人の言葉を信じたからでもなく、その天人の言葉を喜んだからでもなく、その天人の言葉を聞いたからでもない。ただ、私は自らの清らかな智慧を持って、如来・阿羅漢・正等覚者がおられ、世尊はよく法を説き、如来の聖なる僧伽はよくその道に入ることを知っているのだ。尊者アーナンダよ。私はこのような法を持っているのである。

尊者阿難歎曰：「長者！若有是法，甚奇！甚特！」

> 尊者アーナンダは嘆じて言った。「長者よ、そのような教えがあるとは、じつに驚くべきこと、並々ならぬことです。」

「復次，尊者阿難！我不但有是法，尊者阿難！我離欲、離惡不善之法，至得第四禪成就遊。尊者阿難！我有是法。」

> さらに、尊者アーナンダよ、私はこれだけの教えを持っているわけではありません。尊者アーナンダよ、私は欲を離れ、悪しき不善の法を離れて、第四禅に至り、それを成就して安住しています。尊者アーナンダよ、私はこのような教えを持っているのです。

尊者阿難歎曰：「長者！若有是法，甚奇！甚特！」

> 尊者アーナンダは嘆じて言った。「長者よ、そのような教えがあるとは、じつに驚くべきこと、並々ならぬことです。」

於是，郁伽長者白曰：「尊者阿難！願在此食。」

> そこで、郁伽長者は言いました。「尊き阿難よ、どうかこちらで食事をとってください。」

尊者阿難為郁伽長者故，默然受請。郁伽長者知尊者阿難默然受已，即從坐起，自行澡水，以極淨美種種豐饒食噉含消，自手斟酌，令得飽滿，食訖收器，行澡水已，取一小床，別坐聽法。尊者阿難為彼說法，勸發渴仰，成就歡喜，無量方便為彼說法，勸發渴仰，成就歡喜已，從坐起去。

尊者阿難所說如是。郁伽長者聞尊者阿難所說，歡喜奉行。

> 尊者アーナンダがこのように説かれました。ウガカ長者（郁伽長者）は尊者アーナンダの説法を聞き、喜び、その教えの通りに実践しました。

郁伽長者經第八竟一千七百四十八字

> うが長者経　第八章 終わり<note>1748字</note>