窣堵利瑟那國,周千四、五百里。東臨葉河。葉河出葱嶺北原,西北而流,浩汗渾濁汩淴漂急。土宜風俗,同赭時國。自有王,附突厥。
窣堵利瑟那国は、周囲が千四、五百里ある。東は葉河に臨む。葉河は葱嶺の北の原に源を発し、西北に流れる。水は広大で、濁り、流れは急である。土の性質や風俗は、赭時国と同じである。独自の王がおり、突厥に従属している。
從此西北入大沙磧,絕無水草。途路彌漫,疆境難測,望大山,尋遺骨,以知所指,以記經途。行五百餘里,至颯秣建國(唐言康國)。
ここから北西に進んで大砂漠に入る。そこには水も草もまったくない。道は果てしなく続き、境目も測りがたい。遠くの山を望み、残された骨を手がかりに、方角を確かめ、道しるべとした。五百余里ほど進むと、颯秣建国に至る(唐の言葉で康国という)。