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  1. 菩薩従兜術天降神母胎説広普経 (菩薩從兜術天降神母胎說廣普經)
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菩薩従兜術天降神母胎説広普経 (菩薩從兜術天降神母胎說廣普經)


菩薩處胎經常無常品第十

菩薩処胎経 常無常品第十

爾時,座中有菩薩,名曰觀見無常,即從坐起偏露右臂右膝著地,叉手合掌前白佛言:「善哉,善哉!世尊!快說斯義。諸佛正法不可思議,非羅漢、辟支佛所能及,本無真性不可窮盡,如來降形出一入一變化無方,或碎身舍利,或全身舍利,或隱沒不現,或流布世間,或現一佛境界,或現若干諸佛境界,神足變化道力自在,甚奇甚特。如虛空界,常亦無常,無常亦無常,住亦無住,無住亦無住,變易非一,願從如來聞說常無常義。如我今日在於九地,為是常耶?為是無常耶?」

その時、座中に観見無常という名の菩薩がおられました。彼は座から立ち上がり、右肩を露わにし、右膝を地につけ、手を合わせて仏に申し上げました。

「まことに善きかな、まことに善きかな、世尊よ。この深い教えを説いてくださり、ありがとうございます。諸仏の正しい法は、思議を超えたものであり、阿羅漢や辟支仏の及ぶところではありません。その本質は真実の性質を持たず、尽きることがなく、如来は形を現わし、一つの姿から別の姿へと自在に変化されます。ある時は砕身舎利となり、ある時は全身舎利となり、姿を隠して現れないこともあれば、世の中に広く流布することもあります。一つの仏の世界を現わすこともあれば、無数の諸仏の世界を現わすこともあります。神通力と自在の道力は、実に稀有で特別なものです。

それはまるで虚空の世界のようで、常でもあり無常でもあり、無常もまた無常であり、住することもなく、無住もまた無住です。変化は一様ではなく、さまざまです。どうか如来から、常と無常の意味についてお聞かせください。今日、私が第九地にいるこの状態は、果たして常なのでしょうか、それとも無常なのでしょうか?」

爾時世尊,告常無常菩薩曰:「我今問汝,汝當以真性報我。云何?族姓子!色為常耶?」

その時、世尊は常無常菩薩に告げられました。 「今、私はあなたにお尋ねします。あなたは真実の本性をもって私に答えてください。 さて、どうでしょうか。善男子よ。色は常なるものですか?」

對曰:「非也。世尊!」

お答えしました。「いいえ、世尊。そうではありません。」

「色無常耶?」

「色は無常ですか?」

對曰:「非也。」

いいえ、そうではありません。

「色常無常耶?」

色は常ですか、無常ですか?

對曰:「非也。」

いいえ、違います。

「色非常非無常耶?」

色は常でもなく、無常でもないのですか?

對曰:「非也。」

いいえ、違います。

「云何?族姓子!色有餘耶?」

どうですか、善男子よ。色は過剰なものがあるでしょうか?

對曰:「非也。」

いいえ、違います。

「色無餘耶?」

「色は尽き果てたのですか?」

對曰:「非也。」

いいえ、そうではありません。

「色有餘無餘耶?」

形には余りがあるのでしょうか、それとも余りがないのでしょうか?

對曰:「非也。」

いいえ、そうではありません。

「色非有餘非無餘耶?」

色は有り余るものでもなく、無く余るものでもないのですか?

對曰:「非也。」

いいえ、違います。

佛告族姓子:「受、想、行、識常耶?」

仏は族姓子に告げられた:「受・想・行・識は常なるか?」

對曰:「非也。」
「受、想、行、識無常耶?」

「受・想・行・識は無常ですか?」

對曰:「非也。」

いいえ、違います。

「受、想、行、識常無常耶?」

「受、想、行、識は、常ですか、それとも無常ですか?」

對曰:「非也。」

いいえ、そうではありません。

「受、想、行、識非常非無常耶?」

受、想、行、識は、常でもなく、無常でもないのでしょうか?

對曰:「非也。」

いいえ、そうではありません。

「受、想、行、識有餘耶?」

受、想、行、識にも、まだ執着は残っていますか?

對曰:「非也。」

いいえ、違います。

「受、想、行、識、無餘耶?」

「受、想、行、識には、残るものがないのですか?」

對曰:「非也。」

いいえ、そうではありません。

「受、想、行、識有餘無餘耶?」

「受、想、行、識という心の働きには、完全に無くなるものと、そうでないものがあるのでしょうか?」

對曰:「非也。」

いいえ、そうではありません。

「受、想、行、識、非有餘非無餘耶?」

「感覚、概念、意志、認識というものは、存在するとか存在しないとか、そういう二つの見方でとらえられるものではないのでしょうか?」

對曰:「非也。」

いいえ、そうではありません。

佛問常無常菩薩曰:「涅槃淨耶?」

仏が常無常菩薩に問われた:「涅槃は清らかであるか?」

對曰:「非也。」

いいえ、そうではありません。

「涅槃不淨耶?」

「涅槃は不浄なのですか?」

對曰:「非也。」

いいえ、そうではありません。

「涅槃淨不淨耶?」

「涅槃は清らかなのでしょうか、清らかではないのでしょうか。」

對曰:「非也。」

いいえ、そうではありません。

佛告常無常菩薩曰:「涅槃實性正何所立?」

仏が常無常菩薩に告げられました。「涅槃(ねはん)の真実の性質は、いったいどこに立つのでしょうか?」

對曰:「立無所立。」

お答えしました。「立つところに立つものはありません。」

又問:「非有眾生非無眾生耶?」

また尋ねました:「衆生が存在するのでもなく、また存在しないのでもないということですか?」

對曰:「非也。緣未斷從五聚性,乃至三十七品,空、無想、無願,緣未斷無離無不離,無生無不生,故曰立無所立。何以故?性自然空,此空、彼空、內空、外空、涅槃空,如來出現於五濁世,不見有生、滅、著斷,不見有定、有亂,不見持戒、犯戒,不見有忍、有瞋,不見精進、懈怠,不見有煩惱、定意,不見有愚癡、智慧,不見有意識思想,不見是道、是俗波羅蜜,不見佛土清淨,不見淨修道場,不見有斷垢眾生,是謂菩薩立無所立。」

答えて言いました。「いいえ、そうではありません。縁が断たれていないからです。五蘊の性質から、三十七品に至るまで、空、無想、無願、縁が断たれていないので、離れることもなく、離れないこともなく、生じることもなく、生じないこともありません。それゆえ、『立つところなく立つ』と言うのです。なぜなら、性質は自然と空だからです。この空、あの空、内なる空、外なる空、涅槃の空、如来が五濁の世に出現しても、生じることも滅することも、執着することも断つことも見ず、定まることも乱れることも見ず、戒を保つことも戒を犯すことも見ず、忍耐することも怒ることも見ず、精進することも怠けることも見ず、煩悩も定意も見ず、愚痴も智慧も見ず、意識や思想も見ず、これが道である、これが俗である波羅蜜も見ず、仏土の清浄も見ず、浄らかな道場を修めることも見ず、垢を断つ衆生も見ません。これを菩薩が『立つところなく立つ』と言うのです。」

爾時世尊,即說偈曰:

その時、世尊は偈を説かれた。

「梵行心清淨, 破壞魔境界;
忍力無上道, 寂定不思議。
吾從無數劫, 常處立無立;
一向入空慧, 眾想莊嚴身。
當來族姓子, 及諸現在者,
悉當立無立, 解常無常性。
塵垢諸障礙, 壞我善業行;
蠲除塵垢盡, 如金無瑕穢。
慧為世間將, 示道開無目;
乃令愚惑人, 深解真如法。
無為因緣道, 開進六神通;
無盡大法藏, 給施下劣人。
貪愛三解脫, 三世無所著;
現在一切法, 垢盡入佛定。
如來大慧光, 斷除狐疑法;
癡相澄然淨, 解空、無常道。
一切計常人, 貪著在生死;
不離有為法, 煩惱所係著。
六度三慧法, 珍寶及妻子;
割愛無所惜, 出家道得成。
人有善、惡念, 初、中、下品等;
輪轉五道中, 生滅無真性。
苦本無央數, 生生不休息;
法鼓振大千, 動彼魔境界。
汝等群生類, 依憑六神通;
心念身則隨, 所至無罣礙。
歲月修行道, 晝夜不失時;
積德如須彌, 成就佛果證。
生滅如幻化, 亦如鏡影像;
受入三十六, 入定乃成道。
如來真實法, 無染無所著;
行慈起七度, 眾寶自瓔珞。
三十二億結, 縛著難可解;
要以智慧劍, 割除無所有。
復以八解脫, 甘露法味漿;
令彼渴愛者, 充滿無思想。
昔我未行禪, 恒處愚癡聚;
連著四顛倒, 求解難可獲。
遊四無礙禪, 自在無怯弱;
定意心堅固, 盡生受不受。」
爾時,世尊說此偈已,八十四億眾生發無上正真道意,立信行不復退轉。

その時、世尊がこの偈を説き終えると、八十四億もの人々が悟りを求める最高の心(無上正真道)を発し、確かな信に基づく実践の道に立ち、もはや退くことはありませんでした。

菩薩處胎經卷第三

菩薩処胎経 第三巻


9 全身舍利品
11 隨喜品

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