菩提場所說一字頂輪王經卷三
菩提場で説かれた一字頂輪王経 巻第三
開府儀同三司特進試鴻臚卿肅國公食邑三千戶賜紫贈司空大鑒正號大廣智大興善寺三藏沙門不空奉 詔譯
末法成就品第七
第七章 末法成就
爾時,世尊復次為利益說此事業成就,說伽他曰:
その時、世尊は再び、この修行の成就による利益について説き、次の偈(げ)を述べられました。
「當於未來世, 劣慧之有情,
為彼作利益, 說此小悉地,
若具於儀則, 必定而成就。
不擇時宿曜、 不擇念誦處,
應當請本尊, 而求諸悉地、
及鉤召於他, 或取於六分,
應如是加持, 及說念誦相。
當於念嚩時, 若闕加護法,
奪人精氣鬼, 盜竊成就物,
并拏枳寧等, 盜不思議物。
當於念誦時, 一切悉皆作,
失物得無疑, 取不壞攝嚩。
殊勝自終者, 割割其莾娑,
和調薑椒等, 除棄筋及骨。
真言者依法, 即應施八方,
先定屍林處, 彼住鬼羅剎,
真言者於彼, 以稻華護摩,
即速現神驗。 四衢及樹下、
山間大怖處, 高聲而唱言:
『屍林貿莽娑。』 鬼眾大歡喜,
所求皆與之, 成就隱形法。
嚴具及眼藥、 雄黃等悉與,
成就佛頂者。」
未来の世に、智慧の乏しい人々が現れるでしょう。 その人々の利益のために、この易行の成就法を説きます。 もし作法を具えていれば、必ず成就します。 時や星、宿曜の吉凶を選ばず、念誦の場所も選びません。 ただ本尊を請じて、あらゆる成就を求め、 また他者を呼び寄せ、あるいは他人のものを受け取ることもできます。 このように加持し、念誦の相を説きます。 念誦の時に、もし護法の尊を欠くならば、 人の精気を奪う鬼が、成就の品を盗み去り、 さらにナーギニー(女の鬼神)なども、思いもよらない物を盗みます。 念誦する時には、全てを備えて行いなさい。 失われた物は疑いなく得られ、壊れない結界(しゅうわ)を得ます。 最も殊勝な成就を得た者は、その肉を切り取り、 ショウガやコショウなどを混ぜ合わせ、筋と骨は除きなさい。 真言の行者は、その作法に従って、すぐに八方に供えます。 まず屍林(しりん)の場所を定めなさい。そこには鬼や羅刹が住んでいます。 真言の行者は、そこで稲の花を護摩として焚けば、 即座に神験が現れます。四つ辻や木の下、 山間の恐ろしい場所で、高声に唱えなさい。 「屍林に肉を供える」と。鬼たちは大いに歓喜し、 求めるものは全て与え、隠形の法も成就します。 装身具や眼薬、雄黄なども全て与え、 仏頂尊の成就を得る者となるのです。
爾時,釋迦牟尼佛觀未來有情,說速疾成就法。復說伽他曰:
その時、お釈迦さまは未来の生きとし生けるものたちを見つめ、速やかに功徳を成就させる方法をお説きになりました。そして、さらに次の詩(偈)を語られました。
「即取彼攝嚩, 如前不壞者,
成就迷怛囉。 逈樹大河側,
於屍莽求成, 清淨而洗塗,
香華以嚴飾。 及餘真言明、
或以輪王頂, 而用作加護,
求成如是事。 若不如是者,
魔損害不疑, 即應依儀軌,
善伴驍勇者。 行者坐心上,
結拳打彼額, 應誦真言王,
無間而多誦, 彼踴躍而起,
名拳起屍法。 當入於水中,
日出乃至夜, 結拳誦真言,
成安怛但那。 應取人莾娑,
割截而護摩, 依儀作成就。
慧者不放逸, 莾娑為怛囉,
所求皆悉地, 此諸佛所說。
貪著於女人、 貪染之有情、
戒品無所堪, 如是之有情,
歸依於三寶, 六念以成器,
應作如是思, 隨力而修行。
修行者應當, 勤修菩提心,
設離彼修習, 任運得成就。
行者而不應, 食於青、黑物,
於食生厭離, 不坐臥高床、
不應鼓頰食、 亦不[口*(十/甲/寸)]唼食,
所食量多少, 大如孔雀卵,
住威儀而食。 如是等威儀,
修行者應食, 寂默而念誦。
當住於木默, 并住於修行。
應住於身默, 而作於護摩;
應住於一默, 悉地即成佛。
若不如是默, 真言不成就,
於真言修行, 寂默而迎請。
當誦真言明, 不共他同食;
乃至於親族, 不應與同食。
衣服及臥具、 鎚銅、熟銅器,
以灰醋物洗, 洗已而食用,
水中作念誦, 皆說諸儀則。
不應與他人, 而共同寢處,
雜居生於過, 貪染等攝受,
調弄戲笑等, 由此生於過。
吉日齋戒處, 須臾取時分,
應作諸成就, 自身及為他,
咸皆於日宿、 年月期限等,
善惡諸悉地, 行者次第修。
於三神通分, 此中成就勝,
於此勝悉地, 成就佛頂法。
於二分八日、 十四、十五日,
應知如是節, 尤加而供養。
以童女縒縷, 復用香水洗,
住戒而造作, 應作最勝像。
用以白檀等, 更洗令清淨,
而不應截屈, 然後而加持。
午時應修持, 具戒令其淨,
使匠者令畫, 然後修真言。
吉日宿齋戒, 應成最勝像,
如是板等上, 畫得亦稱讚。
普通所先說, 佛頂等勝像,
當離毛髮過, 於緤、或於板,
坐於師子座, 而畫其本形。
應用殊勝色, 而以香膠和,
支分皆圓具, 其香離甲麝,
用水應淨濾, 知已無過失。
智者應畫像, 當於像中央,
畫佛師子座, 皆以相莊嚴。
熾盛之光明, 從頂而流出,
法輪之大印, 應畫於佛前。
應畫如是佛, 金色而晃曜。
右畫觀自在, 虎皮以為裾,
應畫忿怒形, 持佛并念珠,
頂髻無量壽, 肅然具三目,
著蓮華色衣, 愍念諸有情。
左邊金剛手, 身色如青蓮,
應畫忿怒形, 以忿怒眷屬、
持明大女使、 金剛賓蘖羅、
金剛笑師子、 金剛拳聖者、
甘露軍吒利, 近身而應畫。
難調令調尊、 執持金剛拂、
馬頭尊明王、 意樂成就尊、
白衣尊多羅、 毘俱知遍照,
如是之聖眾, 持蓮左邊安,
一切皆應畫, 如彼本形狀。
廣大畫像儀, 如大曼茶羅,
略示畫像法, 如來之所說。
於佛世尊所, 兩邊應當畫,
無能勝大慈, 毫相并佛眼。
此等本形畫, 金色初日暉,
皆坐於蓮華, 彼住真言身。
此勝微妙像, 諸頂成就中,
以善軌則修, 應畫如是像。
善閑教法者, 清淨畫匠人,
犎牛毛作筆, 應取吉祥樹,
用此木為㡧, 是像依法畫。
應坐於茅薦, 當畫此佛像,
得此普通像, 一切皆成就。
乃於過去時, 是妙音童真,
無比威德者, 身中出光明,
猶如火聚光, 種種寂意樂,
照曜我三有。 如是種之光,
妙音身中出, 是時獲三地、
五通大威德, 則成為菩薩,
作有情利益。 佛頂不思議,
自身是如來, 三摩地形相,
示現於眾生。 變化於三有,
一切佛形相, 以定現輪王,
說大真言王, 能作眾生利,
猶如如意寶。」
即ち、その摂嚩(まじないの材料)を取り、前に壊れていないものの如く、迷怛囉(マントラ)を成就させる。大きな河のほとり、屍林(しかばねの林)にて成就を求めるべし。身を清め洗い、香華を飾り、また他の真言や明(マントラ)、あるいは輪王の頂を用いて加護とし、このように成就を求める。もしこのようでなければ、魔が損なうことは疑いない。ゆえに、ただちに儀軌に従い、善き伴侶である勇者を以て、行者はその心の上に座り、拳を結んで彼の額を打ち、真言王(最上の真言)を絶え間なく多く誦するならば、彼は躍り上がって起き上がる。これを拳起屍の法と名づける。水の中に入り、日が昇ってから夜に至るまで、拳を結んで真言を誦するならば、安怛但那(隠身の力)が成就する。人の肉を取って割り截ち、護摩(焼き供養)をせよ。儀軌に従い成就をなすべし。慧者は放逸であってはならない。肉をもって怛囉(マントラ)と為し、求めるものは全て悉地(成就)となる。これは諸仏の説かれたところである。
女人に貪著し、染まりに耽る有情、戒品に耐えられぬ、そのような有情は、三宝に帰依し、六念(仏・法・僧・戒・施・天を念ずること)をもって器となし、このように思惟し、力に応じて修行せよ。修行者は、菩提心を勤めて修すべし。たとえその修習を離れても、自然に成就を得る。行者は青き物や黒き物を食すべきではない。食物に厭離の心を持ち、高き床や臥所に坐臥せず、頬を膨らませて食さず、また音を立てて食さず、食する量は孔雀の卵大とし、威儀を保って食す。このような威儀をもって、修行者は食し、沈黙して念誦せよ。木のように黙することに住し、また修行に住し、身の黙に住して護摩を行い、一つの黙に住すれば、悉地を得て仏となる。もしこのように黙しなければ、真言は成就しない。真言の修行にあたっては、沈黙して迎請せよ。真言明(マントラ)を誦する時は、他人と共に食さず、親族に至るまで共に食してはならない。衣服や臥具、鎚銅や熟銅の器は、灰や酢の物で洗い、洗い終えてから用いよ。水中で念誄せよ。これら全ての儀則を説く。他人と共に寝所を共にしてはならない。雑居すれば過ちが生じる。貪染などを受け入れ、調弄や戯笑などからも過ちが生じる。
吉日や斎戒の場所において、ほんの一時の時分を取って、様々な成就を自らと他の為になすべし。すべて星宿、年月の期限など、善悪の諸々の悉地を、行者は順次に修せよ。三つの神通分の中にあって、この成就が殊勝である。この勝れた悉地の中にあって、仏頂の法を成就せよ。二分八日、十四日、十五日、このような節目を知り、特に加えて供養せよ。童女のより糸を用い、さらに香水で洗い、戒に住して作り、最上の像を作るべし。白檀などを用いて、さらに洗い清めて、截り曲げることなく、その後加持せよ。午時に修持し、具戒によって清め、絵師に描かせて、その後真言を修せよ。吉日や宿曜に斎戒し、最上の像を成就すべし。このような板などの上に描くことも称賛される。普通に先に説いた、仏頂などの勝れた像は、毛髪の過ちを離れ、綴れや板の上、師子座に坐らせて、その本来の形を描け。殊勝な色を用い、香膠を和し、支分はすべて円らかに整えよ。その香は龍脳と麝香を除き、水を用いる時は清浄に濾し、知って過ちなきようにせよ。
智者は画像を描くべし。像の中央には、仏を師子座に描き、皆相によって荘厳せよ。熾盛なる光明が頂から流出しているのを描け。法輪の大印を仏の前に描くべし。このような仏を、金色に輝くものとして描け。右側には観自在(観音)を描き、虎皮を腰衣とし、忿怒の形を描き、仏と念珠を持ち、頂髻には無量寿を戴き、厳かにして三目を持ち、蓮華色の衣を着て、諸々の有情を憐れむ様を描け。左側には金剛手を描き、身色は青蓮の如く、忿怒の形を描き、忿怒の眷属、持明の大女使、金剛賓蘖羅、金剛笑師子、金剛拳聖者、甘露軍吒利を近身に描くべし。難調を調伏する尊、金剛拂を執持する尊、馬頭尊明王、意楽成就尊、白衣尊多羅、毘俱知遍照、このような聖衆を、蓮華を持つ左側に安置し、全てその本来の形の通りに描くべし。広大な画像の儀軌は、大曼荼羅の如くであるが、略して画像の法を示せば、如来の説かれたところである。仏世尊の両側には、無能勝と大慈、毫相と仏眼を描くべし。これらの本来の形は、金色にして朝日の輝きの如く、皆蓮華の上に坐す。彼らは真言身に住する。この勝れた微妙なる像は、諸々の頂成就の中にあって、善き軌則をもって修し、このように像を描くべし。
教法に善く通じた者、清浄なる画師は、犎牛の毛を筆とし、吉祥樹を取るべし。この木をもって台とし、この像を法に従って描け。茅の薦に坐してこの仏像を描くならば、この普遍の像を得て、一切が成就する。過去において、妙音童真(文殊菩薩)という無比の威徳ある方があり、身中より光明を放った。それはちょうど火の集まる光の如く、種々に寂静なる意楽をもって、我が三有(三界)を照らした。このような光が妙音の身中より出でた時、三地と五通の大威徳を得て、菩薩となり、有情の利益をなした。仏頂は不可思議であり、自身は如来、三摩地の形相そのものである。これを衆生に示現し、三有において変化し、一切の仏の形相を以て、定により輪王として現れ、大真言王を説き、衆生の利益をなすこと、如意宝の如し。
爾時,世尊告曼殊室利童真菩薩言:「汝曼殊室利童真利益有情,被大甲冑,以善巧方便調伏有情,種種變化色身——佛、菩薩、緣覺、聲聞……——攝受有情而為說法,令其覺悟。」
その時、世尊は文殊師利菩薩に向かってこう語られました。
「文殊師利よ、あなたは大きな鎧を身にまとい、迷える人々を利益している。巧みな方法で彼らを導き、さまざまな姿に変身する。仏、菩薩、縁覚、声聞といった姿で人々に寄り添い、説法を行い、目覚めへと導いているのだ。」
時曼殊室利童真菩薩白佛言:「世尊!以幾所名號佛頂真言三摩地行差別,世尊於世界轉?」
そのとき、文殊師利童真菩薩が仏に申し上げた。「世尊よ、どのような名号をもって、仏頂真言の三昧行の違いによって、世尊は世界を巡り示されるのでしょうか。」
佛言:「所謂:名俱摩羅、名印捺囉帝、名鑠羯囉、名壞宮、名梵王、名毘鈕、名大自在、名自在、名劫比羅、名部丹多、名牟尼、名底哩他、名羯囉沙、名地、名部彌、名持寶、名彌也彌也(二合)娑、名一切去、名一切處面、名濕嚩、名寂靜、名涅槃、名己化、名變化、名難摧、名天、名阿蘇羅、名主、名尊、名主宰、名最勝、名引導、名調伏者、名福、名吉祥、名一切義成就、名世尊、名商羯囉、名作寂、名空、名勝義、名不實、名感、名名稱、名與者、名悲者、名慧、名三摩地、名慈、名水天、名師子、名犎牛、名天、名龍、名藥叉、名仙、名大仙、名作者、名流出者、名世主、名毘摩質多羅、名三目、名千眼、名清淨、名威靈、名三摩地、名三摩地出生、名三摩地生、名才士、名囉惹、名丈夫師子、名丈夫主、名勝義、名勝義實、名證、名證實、名三界主、名世尊、名無主、名主、名眼、名實、名夢蓮華、名光、名火、名鬼主、名離欲、名寂靜欲、名遠離欲、名遠離過、名壞過、名盡過、名摧過、名健軍主、名大王、名護世、名持地、名翳囉靺多、名香象、名白蓮華、名說空、名現空、名現悲、名現道、名有、名不有、名分別、名無分別、名離分別、名壞分別、名護世、名善國、名共許、名夜摩、名施財、名嚩嚕拏、名俱尾羅、名持國、名善現、名蘇彌盧、名金剛、名如金剛、名天妙、名天妙趣、名勇猛、名大勇猛、名能生、名大能生、名常、名無常、名常無常、名轉輪王真言、名大真言、名大藥、名論師、名大論師、名勝、名無上、名白、名說白、名丈夫、名說丈夫、名娑竭羅、名大娑竭羅、名海、名大海、名烏娜地、名月、名日、名羅摩、名洛乞叉麼拏、名想莊嚴、名雲、名大雲、名聚、名大聚、名不相似、名羅睺、名軍、名大軍、名群、名大群、名人主、名大人主、名水藏、名大水藏、名龍象、名師子驍勇、名奇特、名希熙、名大希熙、名財、名大財、名具財、名大財寶、名阿羅漢害煩惱、名幻化者、名持幻化、名變化、名作變化、名具義、名能鬪戰、名非異、名不異、名命、名非命、名山、名大山、名難壞、名安樂慈住、名神通、名具力、名具慧、名不相似光。
仏陀は説いた。「その名は、俱摩羅、印捺囉帝、鑠羯囉、壞宮、梵王、毘鈕、大自在、自在、劫比羅、部丹多、牟尼、底哩他、羯囉沙、地、部彌、持寶、弥也弥也娑、一切去、一切處面、濕嚩、寂静、涅槃、己化、変化、難摧、天、阿蘇羅、主、尊、主宰、最勝、引導、調伏者、福、吉祥、一切義成就、世尊、商羯囉、作寂、空、勝義、不実、感、名称、与者、悲者、慧、三摩地、慈、水天、師子、犎牛、天、龍、薬叉、仙、大仙、作者、流出者、世主、毘摩質多羅、三目、千眼、清淨、威靈、三摩地、三摩地出生、三摩地生、才士、囉惹、丈夫師子、丈夫主、勝義、勝義実、証、証実、三界主、世尊、無主、主、眼、実、夢蓮華、光、火、鬼主、離欲、寂静欲、遠離欲、遠離過、壞過、尽過、摧過、健軍主、大王、護世、持地、翳囉靺多、香象、白蓮華、説空、現空、現悲、現道、有、不有、分別、無分別、離分別、壊分別、護世、善国、共許、夜摩、施財、嚩嚕拏、倶尾羅、持国、善現、蘇弥盧、金剛、如金剛、天妙、天妙趣、勇猛、大勇猛、能生、大能生、常、無常、常無常、転輪王真言、大真言、大薬、論師、大論師、勝、無上、白、説白、丈夫、説丈夫、娑竭羅、大娑竭羅、海、大海、烏娜地、月、日、羅摩、洛乞叉麼拏、想荘厳、雲、大雲、聚、大聚、不相似、羅睺、軍、大軍、群、大群、人主、大人主、水蔵、大水蔵、龍象、師子驍勇、奇特、希熙、大希熙、財、大財、具財、大財宝、阿羅漢害煩悩、幻化者、持幻化、変化、作変化、具義、能鬪戰、非異、不異、命、非命、山、大山、難壊、安楽慈住、神通、具力、具慧、不相似光。」
「又,曼殊師利童子!於我作如是知:名不滅不生、名真如、名真性、名實際、名實性、名眾法、名法界、名涅槃、名實、名無二、名有相、名純、名意成。
また、文殊師利童子よ、わたしについて次のように知るがよい。その名は「滅せず生ぜず」と呼ばれ、「真如」とも、「真性」とも、「実際」とも、「実性」とも、「一切法」とも、「法界」とも、「涅槃」とも、「真理」とも、「不二」とも、「相あるもの」とも、「純粋なるもの」とも、「意志によって成るもの」とも名づけられる。
「曼殊室利童子!於此娑河世界知我名如來、名佛、名大師人天,作如是知我,名離慾。童真!於此世界調伏有情行意趣中,成熟五阿僧祇百千,為愚夫聲聞示現名,作如是言說、知我爾所名號,調伏成熟眾生故,於諸契經中說。
「文殊菩薩よ、この娑婆世界において、私を如来、仏、大師として知る人々や天人は、そのように私を認識し、私を『離欲』と呼びます。 菩薩よ、この世界で心の向かうままに生きる人々を導き、五阿僧祇百千もの者たちを成熟させるために、愚かな凡夫や声聞に対しては名を現し、このように語り、私の名号を知らせて、人々を調伏し成熟させるために、様々な経典の中で説かれているのです。」
「如是,童真!於恒河沙數佛世界中以種種名號有情知我。童子!隨調伏成熟有情如來說法,如來無所分別、無功用、無量種真言色身事相而轉。」
「このように、童真よ。ガンジス河の砂の数ほどの仏の世界において、さまざまな名前や呼称で、生きとし生けるものは私を知っている。童子よ、如来は、有情(生きとし生けるもの)を調伏し、成熟させるために、そのままに応じて法を説かれる。しかし、如来には、何らの分別もなければ、はからいもなく、無量の真言(ことだま)や色身(姿かたち)の事相が、自ずと顕れるのである。」
爾時,世尊復告曼殊室利菩薩言而說伽他曰:
その時、世尊は再び文殊菩薩に告げて、次のように偈を説かれました。
「白分善時日, 於端嚴宿曜,
澡洗著淨衣, 齋戒住儀軌。
八日十三日、 十四、十五日、
或用於五日, 依儀軌而作,
護摩及供養, 應施於八方,
於如是等日, 慇懃而供養。
諸佛及緣覺、 大威德聲聞、
觀自在菩薩、 金剛手大力,
常憶念此等, 修行者慇懃,
供養如是等, 菩薩威德者,
聖天悉歡喜。 明天威德者,
於此修行人, 悉皆而歡喜。
行者於世天, 供養不應禮,
一切諸真言, 威力不思議。
新產及死家、 殘食及祭食、
月經女作食、 及以彼家食、
旃陀羅家食、 臭穢陳宿食、
再經於烝煮, 如上所說食,
行者不應食; 及獻聖眾食,
亦不應食啖。 如是等之家,
悉不往飲食, 及不往止宿,
破壞悉地故。 修行者當應,
三時歸三寶, 應發菩提心,
而作三種淨, 身淨、及語淨、
意淨第三種, 常觀於六念。
如是常修行, 日日受八戒,
當住於律儀, 應作如是言:
『阿闍梨存念, 稱名我某甲,
始從於今日, 至明日出時,
而於其中間, 不斷一切命、
不盜他財物、 梵行不婬慾、
不作於欺誑、 不歌舞作樂、
不香鬘塗彩、 不飲酒放逸、
不應非時食、 不臥高大床,
如羅漢己持, 我今亦如是。』」
善月・吉日を選び、 星宿・曜日が整った日に、
身を清め、清らかな衣をまとい、 斎戒し、作法に従って住する。
八日、十三日、 十四日、十五日、
あるいは五日を用いて、 儀軌に従い行う。
護摩と供養を、 八方に施すべし。
そのような日に、 心を込めて供養する。
諸仏、縁覚、 大いなる威徳ある声聞、
観自在菩薩、 金剛手の大力よ、
常にこれらの者を念じ、 修行者は心を込めて、
このような威徳ある菩薩たちを 供養するならば、
聖天たちはみな喜ぶ。 明天の威徳ある者たちも、
この修行者に対して、 みな喜びたもう。
行者は世の天に対して、 供養すれども礼するべきではない。
あらゆる真言の 威力は思議を超えている。
新しく産婦のいる家、死者の家、 残り物の食べ物、祭りの供え物、
月経の女性が作った食べ物、 そしてその家の食べ物、
チャンダーラの家の食べ物、 臭く汚れた古い食べ物、
二度煮直したもの、 以上に説いたような食べ物を、
行者は食べるべきではない。 また聖なる衆に捧げる食べ物も、
食べるべきではない。 このような家々には、
飲食に行かず、 泊まることもない。
成就を壊すからである。 修行者は、
三時に三宝に帰依し、 菩提心を発すべきである。
そして三種の清らかさを行う。 身の清らかさ、言葉の清らかさ、
意の清らかさの第三。 常に六念を観ずる。
このように常に修行し、 日ごとに八戒を受け、
律儀に住して、 このように言うべきである。
「阿闍梨よ、私、○○は、 今日より、明日の日の出の時まで、
その間、すべての命を断たず、 他人の財物を盗まず、
清らかな行いをし、淫欲を犯さず、 欺かず、
歌舞や音楽を奏でず、 香鬘や化粧をせず、
酒を飲んで放逸にならず、 非時には食事をせず、
高く大きな寝台に臥さず、 阿羅漢がすでに持するように、
私も今、このように行います。」
爾時,釋迦牟尼世尊觀察金剛手菩薩,說輪王佛頂世間出世間上上真言明教:「應三肘、或兩肘,隨意大小應作,取細緤去毛髮者,以香湯令淨洗,安於東面。於吉日宿直,如先所說畫像法,畫人應授與八支戒,其畫人諸根圓具、成就十善業道者。於彩色中不應用皮膠。畫佛形像,身如金色,作說法印,於白蓮華上結跏趺坐,如來遍身光明熾盛,從光中出眾多輪,從頂出光明,背後上應畫山峯。於下右邊應畫持誦者,如本形,持香爐,瞻仰世尊勢。祕密主!此是輪王佛最勝畫像法,一切如來之所略說,為令愍念有情故說。」
その時、釈迦牟尼世尊は金剛手菩薩を観察し、輪王仏頂の世間・出世間における至上の真言明の教えを説かれました。
「壇は三肘、または二肘とし、意のままに大小を決めて作るがよい。細かな毛のない布を用い、香湯で清く洗い、東向きに安置せよ。吉日と星宿の良い日を選び、先に説いた画法に従って、絵師には八つの戒めを授けよ。その絵師は諸根が円満に具わり、十善業道を成就した者でなければならない。彩色には膠(にかわ)を用いてはならない。仏の形像を描くには、その身を金色とし、説法の印を結び、白蓮華の上に結跏趺坐する姿とせよ。如来の全身は光明が盛んに燃え盛り、その光の中から無数の輪が現れ、頂上からは光明が放たれる。背後には上に山々の峰を描くべきである。右下には、誦持する者が自分の姿のまま、香炉を手に持ち、世尊を仰ぎ見る姿を描け。秘主よ、これが輪王仏における最も勝れた画像法である。これは諸々の如来によって簡略に説かれたものであり、有情を哀れみ顧みるために説かれたのである。」
爾時,世尊說伽他曰:
その時、世尊は偈を説かれた。
「若見此佛像, 一切佛所說,
略說微妙像, 能滅諸罪業,
一切諸功德, 悉皆到彼岸,
諸天龍供養。 若見此勝像,
是人天供養, 現世得成就。
由此真言力、 由見此像故,
此即多佛說, 悉皆而稱讚,
為彼成就故, 決定獲悉地,
功德皆增長。 由見此像故,
諸罪悉皆滅, 此像為最勝,
獲四如意足, 功德如大海。
獲得勝智慧, 由修輪王明,
得清淨無垢, 智慧皆殊勝。
成佛兩足尊, 人天咸供養,
由持此真言, 轉輪殊勝王。
是人清淨者, 修真言行者,
此是諸佛體, 威德無與等,
不思議最勝。 天龍及藥叉、
羅剎與步多、 必舍遮起屍,
是等威德者, 見修頂輪王,
成就持明者, 悉皆而消融。
帝釋大威德, 若見成就者,
分座而同坐。 及餘威德天,
三界無有比, 與悉地者等,
若見彼不起, 頭破作七分。
設於俱胝劫, 世尊若自說,
功德無有盡, 頂王不思議。
若人修此者, 彼成就最勝,
得為忉利王, 彼人終不死,
無量俱胝眾, 圍遶往餘剎。
變身如佛形, 化諸有情類;
變身金剛手, 利樂諸有情;
化作天帝釋、 或現於梵王,
調伏諸有情; 變現為帝釋,
有大威神通, 拔濟諸惡趣,
地獄夜摩界、 餓鬼及傍生。
於城邑聚落、 曠野及山林,
變化諸資具、 飲食、妙臥具,
愍念諸有情, 悉皆而給施。
我略說頂論, 修行持明者,
獲得五神通, 則成大菩薩,
人中最勝尊。」
この仏像を見る者は、 すべての仏が説かれた、 その教えを簡潔に示す、 微細なる像に触れる。
罪の業を滅し尽くし、 すべての功徳を積み、 完全なる悟りの彼岸に至る。 天や龍も供養する。
この勝れた像を見る者は、 人々の供養を受け、 現世で成就を得る。 真言の力と、この像を見る功徳により、 多くの仏がこれを説き、 皆が称賛する。
成就のために、必ずや悉地(しっち)を得て、 功徳はすべて増大する。 この像を見ることで、 すべての罪は消え去る。 この像こそ最勝であり、 四つの如意足(にょいそく)を得、 功徳は大海の如く広がる。
勝れた智慧を得て、 輪王の明(みょう)を修行することで、 清らかで汚れなき智慧を得る。 智慧はすべて殊勝(しゅしょう)となる。
仏となり、両足尊(りょうそくそん)と成る。 天と人が共に供養する。 この真言を唱える者こそ、 転輪聖王と成る。
この人は清らかであり、 真言の修行者である。 これこそ諸仏の本質であり、 その威徳は比類なく、 思議を超えて最勝である。
天・龍・薬叉(やしゃ)、 羅刹(らせつ)や歩多(ぶた)、 必舎遮(ひっしゃしゃ)や起屍(きし)、 これらの威徳ある者たちも、 頂輪王を見る修行者や 成就した持明者(じみょうしゃ)を見れば、 すべて消え去る。
帝釈天(たいしゃくてん)さえも、 その成就者を見れば、 自らの座を分けて共に坐す。 他の威徳ある諸天も、 三界に比類なき成就者と同等となり、 もし立ち上がらなければ、 頭は七つに砕ける。
仮にも劫(こう)の長きにわたり、 世尊自らが説かれても、 その功徳は尽きることがない。 頂輪王(ちょうりんおう)は思議を超えている。
この法を修行する者は、 最勝の成就を得、 忉利天(とうりてん)の王となる。 その人は決して死ぬことなく、 無量の衆生に囲まれて、 他の浄土へと赴く。
姿を変えて仏の如く現れ、 あらゆる有情を教化する。 あるいは金剛手(こんごうしゅ)と変身し、 有情を利益し楽しませる。 天帝釈(たいしゃく)と化し、 あるいは梵王(ぼんのう)として現れ、 あらゆる有情を調伏する。
帝釈と変身し、 大いなる威神(いじん)の通力を持ち、 悪趣(あくしゅ)の者を救い上げる。 地獄・夜摩界(やまかい)、 餓鬼・畜生の世界までも。
都市や村々、 荒野や山林において、 様々な資具(しぐ)、飲食(おんじき)、 すぐれた寝具に変えて、 すべての有情を哀れみ、 惜しみなく施す。
私はここに頂輪王の教えを略説した。 持明(じみょう)を修行する者は、 五神通(ごじんずう)を得て、 大菩薩と成る。 人中最勝の尊い者となるのである。