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title: "三國遺事 · 射琴匣"
description: "三国遗事由高丽时代僧侣一然所撰，是朝鲜半岛重要佛教历史文献。该书成书于13世纪，在高丽王朝佛教兴盛的背景下，补充了三国史记未收录的古代新罗、高句丽、百济历史传说与佛教事迹。内容涵盖王系编年、佛教传播、高僧轶事及灵异故事，尤其记录了阿道、墨胡子等早期传法者的事迹与佛国寺创建等史实。作为朝鲜佛教史核心典籍，它融合历史与宗教叙事，对研究韩国古代文化、佛教发展及民间信仰具有不可替代的权威价值。"
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### 射琴匣

> 琴箱を射る

第二十一毘處王一作炤智王即位十年戊辰。幸於天泉亭。時有烏與鼠來鳴。鼠作人語云。此烏去處尋之或云神德王欲行香興輪寺。路見眾鼠含尾怪之而还占之。明日先鳴烏尋之云云。此說非也王命騎士追之。南至避村今壤避寺村在南山東麓。兩猪相鬪。留連見之。忽失烏所在。徘徊路旁。時有老翁自池中出奉書。外面題云。開見二人死。不開一人死。使來獻之。王曰。與其二人死莫若不開但一人死耳。日官奏云。二人者庶民也。一人者王也。王然之開見。書中云射琴匣。王入宮見琴匣射之。乃內殿焚修僧。與宮主潛通而所姧也。二人伏誅。自爾國俗每正月上亥上子上午等日。忌慎百事。不敢動作。以十五日為烏忌之日。以糯飯祭之。至今行之。俚言怛忉。言悲愁而禁忌百事也。命其池曰書出池。

> 第二十一代の毗處王（あるいは炤智王ともいう）が即位して十年目の戊辰の年、王は天泉亭に行幸されました。その時、烏と鼠が来て鳴きました。鼠が人の言葉で言うには「この烏の行く先を探せ」とのこと。王は騎士に命じて追わせました。南へ避村（現在の壤避寺村、南山の東のふもとにある）に至ると、二頭の猪が争っており、立ち止まって見ているうちに、烏の姿は忽然と見えなくなりました。道端を彷徨っていると、老翁が池の中から現れて一通の書状を捧げました。表には「開けば二人死に、開かなければ一人死ぬ」と認めてありました。使者がこれを献上すると、王は言いました。「二人を死なせるくらいなら、開かずに一人だけ死なせよう。」しかし日官が奏上しました。「二人とは庶民のことであり、一人とは王のことでございます。」王はこれを理に適うと考え、開いてみると、中には「琴匣を射よ」と記されていました。王は宮中に戻り、琴匣を見つけて射ると、そこには内殿で修行していた僧がおり、宮主と密通していたのです。二人は罪に処せられました。以来、国の習わしとして、毎年正月の上亥の日・上子の日・上午の日には、万事を慎み、あえて行動しないこととしました。また十五日を烏の忌日とし、糯飯を供えて弔います。これは今に至るまで行われています。俗に「怛忉」と言いますが、これは悲しみ憂えて万事を慎むという意味です。その池を「書出池」と名付けました。