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title: "三國遺事 · 智哲老王"
description: "三国遗事由高丽时代僧侣一然所撰，是朝鲜半岛重要佛教历史文献。该书成书于13世纪，在高丽王朝佛教兴盛的背景下，补充了三国史记未收录的古代新罗、高句丽、百济历史传说与佛教事迹。内容涵盖王系编年、佛教传播、高僧轶事及灵异故事，尤其记录了阿道、墨胡子等早期传法者的事迹与佛国寺创建等史实。作为朝鲜佛教史核心典籍，它融合历史与宗教叙事，对研究韩国古代文化、佛教发展及民间信仰具有不可替代的权威价值。"
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### 智哲老王

> 賢哲老王

第二十二智哲老王。姓金氏。名智大路。又智度路。諡曰智澄。諡號始于此。又鄉稱王為麻立干者。自此王始。王以永元二年庚辰即位或云辛巳則三年也王陰長一尺五寸。難於嘉耦。發使三道求之。使至牟梁部。冬老樹下見二狗嚙一屎塊如鼓大。爭嚙其兩端。訪於里人。有一小女告云。此部相公之女子洗澣于此。隱林而所遺也。尋其家檢之。身長七尺五寸。具事奏聞。王遣車邀入宮中。封為皇后。群臣皆賀。

> 第二十二代智哲老王。姓は金氏。名は智大路。また智度路ともいう。諡は智澄。諡号が始まったのはこの王からである。また、郷里の人々が王を「麻立干」と呼んだのも、この王から始まる。王は永元二年庚辰の年に即位した〈或いは辛巳年、すなわち三年のことともいう〉。王の陰は長さ一尺五寸あり、良き配偶者を得ることが難しかった。そこで使者を三道に派遣して妃を探させた。使者が牟梁部に至ったとき、冬の老いた木の下で、二匹の犬が太鼓ほどの大きさの屎のかたまりをかじり合い、その両端を争って噛んでいるのを見た。里人に尋ねると、一人の少女が告げて言うことには、「これはこの部の相公の娘が、ここで洗濯をしたとき、林の中に隠れて遺したものです」と。その家を訪ねて確かめると、娘の身長は七尺五寸あった。使者は事の次第を詳しく奏上した。王は車を送って宮中に迎え入れ、皇后に封じた。群臣はみな祝った。

又阿瑟羅州今溟州東海中。便風二日程有亐陵島今作羽陵周迴二萬六千七百三十步。島夷恃其水深。憍傲不臣王命伊喰朴伊宗將兵討之。宗作木偶師子。載於大艦之上。威之云。不降則放此獸。島夷畏而降。賞伊宗為州伯。

> また、アスラ州（今の溟州）の東の海の中に、順風で二日ほどのところに亐陵島（今は羽陵という）がある。周囲は二万六千七百三十歩である。島の夷人はその水深を恃み、誇り高くして王命に従わなかった。王は伊喰の朴伊宗に兵を率いて討伐させた。宗は木製の獅子の人形を作り、大きな船の上に載せて、脅して言った。「降伏しなければ、この獣を放つぞ」と。島の夷人は恐れて降伏した。宗は褒美として州伯に任命された。