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金光明最勝王経 (金光明最勝王經)


金光明最勝王經重顯空性品第九

金光明最勝王経 空性を顕わす品 第九

爾時,世尊說此呪已,為欲利益菩薩摩訶薩人天大眾,令得悟解甚深真實第一義故,重明空性而說頌曰:

その時、世尊はこの呪を説き終えられ、菩薩摩訶薩や人天大衆の利益のために、深遠なる真実の第一義を悟らせようと、空性を重ねて明らかにされ、次の頌を説かれました。

「我已於餘甚深經, 廣說真空微妙法;
今復於此經王內, 略說空法不思議。
於諸廣大甚深法, 有情無智不能解;
故我於斯重敷演, 令於空法得開悟。
大悲哀愍有情故, 以善方便勝因緣;
我今於此大眾中, 演說令彼明空義。
當知此身如空聚, 六賊依止不相知;
六塵諸賊別依根, 各不相知亦如是。
眼根常觀於色處, 耳根聽聲不斷絕,
鼻根恒嗅於香境, 舌根鎮甞於美味,
身根受於輕軟觸, 意根了法不知厭,
此等六根隨事起, 各於自境生分別。
識如幻化非真實, 依止根處妄貪求;
如人奔走空聚中, 六識依根亦如是。
心遍馳求隨處轉, 託根緣境了諸事;
常愛色聲香味觸, 於法尋思無暫停。
隨緣遍行於六根, 如鳥飛空無障礙;
藉此諸根作依處, 方能了別於外境。
此身無知無作者, 體不堅固託緣成;
皆從虛妄分別生, 譬如機關由業轉。
地水火風共成身, 隨彼因緣招異果;
同在一處相違害, 如四毒蛇居一篋。
此四大蛇性各異, 雖居一處有昇沈;
或上或下遍於身, 斯等終歸於滅法。
於此四種毒蛇中, 地水二蛇多沈下;
風火二蛇性輕舉, 由此乖違眾病生。
心識依止於此身, 造作種種善惡業;
當往人天三惡趣, 隨其業力受身形。
遭諸疾病身死後, 大小便利悉盈流;
膿爛蟲蛆不可樂, 棄在屍林如朽木。
汝等當觀法如是, 云何執有我眾生?
一切諸法盡無常, 悉從無明緣力起。
彼諸大種咸虛妄, 本非實有體無生;
故說大種性皆空, 知此浮虛非實有。
無明自性本是無, 藉眾緣力和合有;
於一切時失正慧, 故我說彼為無明。
行識為緣有名色, 六處及觸受隨生;
愛取有緣生老死, 憂悲苦惱恒隨逐。
眾苦惡業常纏迫, 生死輪迴無息時;
本來非有體是空, 由不如理生分別。
我斷一切諸煩惱, 常以正智現前行;
了五蘊宅悉皆空, 求證菩提真實處。
我開甘露大城門, 示現甘露微妙器;
既得甘露真實味, 常以甘露施群生。
我擊最勝大法鼓, 我吹最勝大法螺,
我然最勝大明燈, 我降最勝大法雨。
降伏煩惱諸怨結, 建立無上大法幢;
於生死海濟群迷, 我當關閉三惡趣。
煩惱熾火燒眾生, 無有救護無依止;
清涼甘露充足彼, 身心熱惱並皆除。
由是我於無量劫, 恭敬供養諸如來;
堅持禁戒趣菩提, 求證法身安樂處。
施他眼耳及手足, 妻子僮僕心無悋,
財寶七珍莊嚴具, 隨來求者咸供給。
忍等諸度皆遍修, 十地圓滿成正覺;
故我得稱一切智, 無有眾生度量者。
假使三千大千界, 盡此土地生長物;
所有叢林諸樹木, 稻麻竹葦及枝條。
此等諸物皆伐取, 竝悉細末作微塵;
隨處積集量難知, 乃至充滿虛空界。
一切十方諸剎土, 所有三千大千界;
地土皆悉末為塵, 此微塵量不可數。
假使一切眾生智, 以此智慧與一人;
如是智者量無邊, 容可知彼微塵數。
牟尼世尊一念智, 令彼智人共度量;
於多俱胝劫數中, 不能算知其少分。」

私はこれまで、他の深遠なる経典において、 広く空の真理という微妙な法を説いてきた。 今、この経典の王たる教えの中で、 再び、空の法の不思議を簡潔に説こう。 広大で深遠なる法に対し、 有情たちは無知ゆえに理解できない。 それゆえ、私はここで重ねて説き明かし、 彼らが空の法を悟ることを願うのだ。 大いなる慈悲をもって有情を哀れみ、 優れた方便と勝れた因縁によって、 私は今、この大衆の中で説き示し、 彼らに空の義を明らかにさせよう。

この身体は、空の集まりのようなものだと知れ。 六つの賊(六根)が依りどころとしているが、互いに知ることはない。 六つの塵(六境)の諸賊はそれぞれの根に依り、 互いに知らないのも同じことだ。 眼根は常に色の対象を見つめ、 耳根は音声を絶え間なく聞き、 鼻根は常に香りの境を嗅ぎ、 舌根は絶えず美味を味わい、 身根は柔らかな触れ合いを受け、 意根は法を了知して飽きることを知らない。 これらの六根は事に従って起こり、 それぞれ自らの境に対して分別を生じる。 識は幻の如く真実ではなく、 根の依りどころに妄りに貪り求める。 人が空の集まりの中を奔走するように、 六識が根に依るのもまた同じである。 心は遍く馳せ求めて随所に転じ、 根を頼り、境を縁として諸事を了知する。 常に色・声・香・味・触を愛し、 法に対して思いを巡らすことを暫しも止めない。 縁に随って六根を遍く行き渡り、 鳥が空を飛んで障礙がないように。 これらの諸根を依りどころとして初めて、 外の境を了別することができるのである。

この身体には知る者もなく、作る者もなく、 体は堅固ではなく、縁によって成り立っている。 すべて虚妄の分別から生じたもので、 あたかも、からくりが業によって動くようなものだ。 地・水・火・風が共に身を成し、 それらの因縁に随って異なる果を招く。 一つのところに同住しながら互いに害し合う、 四匹の毒蛇が一つの箱に住むが如く。 この四大の蛇は性質がそれぞれ異なり、 一つのところに住みながらも昇沈がある。 或いは上に、或いは下に、身中を遍く行き渡り、 これらは結局、滅びゆく法に帰するのである。 この四種の毒蛇の中にあって、 地と水の二蛇は多く沈み下がり、 風と火の二蛇は性質が軽く挙がる。 これによって乖離が生じ、多くの病が起こる。 心識はこの身に依りどころを置き、 様々な善悪の業を造りなす。 やがて人・天・三悪趣に赴き、 その業力に随って身形を受けるのである。

諸々の病に遭い、身が死んだ後は、 大小の便利がことごとく流れ出て、 膿み爛れ、虫や蛆が湧き、楽しむべくもなく、 死体の林に棄てられ、朽ちた木のようになる。 汝らはこのように法を観よ。 どうして我や衆生が存在すると執着するのか。 一切の諸法はことごとく無常であり、 すべて無明の縁の力から起こるのである。 それら諸々の大種(四大)はすべて虚妄であり、 本来実有ではなく、体は生じたものでもない。 それゆえ、大種の性質はことごとく空であると説く。 この浮ついた虚ろなものが実有でないことを知れ。 無明の自性は本来「無」であり、 衆縁の力によって和合して存在するに過ぎない。 一切の時に正しい智慧を失っているがゆえに、 私はそれを無明であると説くのである。 行と識を縁として名色が生じ、 六処、および触、受が随って生ず。 愛、取、有を縁として生・老・死が生じ、 憂い、悲しみ、苦しみ、悩みが常に付き従う。 衆苦と悪業が常に絡みつき迫り、 生死の輪廻に息つく時はない。 本来、体は存在せず、空であるのに、 道理に合わない分別を生じるがゆえである。

私は一切の諸煩悩を断ち切り、 常に正しい智慧を現前して行じる。 五蘊の家屋がすべて空であることを了知し、 菩提の真実の境地を証得しようと求める。 私は甘露の大城門を開き、 甘露の微妙な器を示現する。 甘露の真実の味を得たならば、 常に甘露をもって群生に施すのである。 私は最勝の大法鼓を打ち鳴らし、 私は最勝の大法螺を吹き鳴らし、 私は最勝の大明燈を燈し、 私は最勝の大法雨を降らせる。 煩悩の諸怨結を降伏し、 無上の大法幢を建立する。 生死の海において群迷を済度し、 私は三悪趣を閉ざそうと誓う。 煩悩の熾き火が衆生を焼き、 救護する者もなく、依りどころもない。 清涼なる甘露をもって彼らを満たし、 身心の熱悩をことごとく除き去る。

かくして私は無量劫にわたり、 諸如来を恭敬供養し、 禁戒を堅持して菩提に向かい、 法身の安楽の境地を証得しようと求めてきた。 他者に眼や耳、手足を施し、 妻子や僕たちをも惜しむ心なく、 財宝や七珍の荘厳具を、 求めて来る者にことごとく供給した。 忍辱などの諸波羅蜜を遍く修め、 十地を円満して正覚を成じた。 それゆえ、私は一切智と称されるのであり、 私を測り知ることのできる衆生はいない。

仮に三千大千世界の、 この土地に生い茂るすべてのもの、 すべての叢林の諸樹木、 稲、麻、竹、葦、および枝葉を、 ことごとく伐り取り、 すべて細かく砕いて微塵とし、 随所に積み集めてその量を知り難くし、 ついには虚空界に満ちるほどにしたとしても。 一切の十方諸刹土にある、 すべての三千大千世界の、 地の土をことごとく微塵とし、 この微塵の量は数えられないほどである。 仮に一切衆生の智慧を集め、 この智慧を一人に与えたとしても、 そのような智者は量が無辺であり、 かろうじてその微塵の数を知ることができるだろう。 しかし、牟尼世尊の一念の智慧を、 その智人たちに共に測らせたとしても、 多くの俱胝の劫数の間、 そのほんの少しも算い知ることはできないのである。

時諸大眾聞佛說此甚深空性,有無量眾生,悉能了達四大、五蘊體性俱空,六根、六境妄生繫縛,願捨輪迴,正修出離,深心慶喜,如說奉持。

その時、大勢の聴衆は仏がこの深遠なる空性を説かれるのを聞き、無量の衆生がことごとく四大・五蘊の本質がすべて空であることを理解し、六根・六境によって妄りに生じる束縛を知り、輪廻を捨てて正しく修行し解脱することを願い、深く心から喜び、説かれた通りに実践した。


8 金勝陀羅尼品(五)
10 依空滿願品(五)

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