ご支援淨心禪堂すべての経典
メインコンテンツにスキップ
  1. 釈迦氏譜 (釋迦氏譜)
  2. 釋迦氏譜序
  3. 3 序所託方土
  4. 3 弁時 (3 辯時)
←と→
矢印キーでページをめくれます

釈迦氏譜 (釋迦氏譜)


三以時序明之。夫以陰陽寒暑隨方起用。此土神州炎涼不等。南則瘴癘炎盛。北則方暑凝氷。雖有少華終非大舉。中天竺國。冬夏常調弗苦寒熱。卉木恒茂無悴流霜。蓋由處非邊鄙風雨無差。陰陽交泰庶物停毒。故西域圖經云。五天竺國。北洎雪山。南洎大海。六萬餘里川澤坦然。更無山阜但有河水分注。林木森列。餘之三方面帶山隴。遞相連屬有類東川。良由世界初搆群生業力。結茲勝壤以待佛興。即事求諸非中何謂。案高僧傳云。昔晉何承天善明緯候。無二晷景。與智嚴法師共詳偏正。嚴云。余曾遊天竺備謁聖儀。至於晷刻頗懷。通覽中天竺國。夏至之日方中無影。良是地中故也。此方雒南測影臺者。至夏至日終有餘分。故非大夏但名東夏也。承天聞此無以抗言。

三に、時節の順序によってこれを明らかにする。そもそも陰陽や寒暑は、方角に従ってその働きを異にする。この神州(中国)では、暑さ寒さが一様ではない。南では瘴癘が盛んで暑く、北では夏でも氷が凝るほど寒い。わずかに温暖な地もあるが、全体としては大きな調和を欠いている。中天竺国では、冬も夏も常に穏やかで、寒さ暑さに苦しむことがない。草木は常に茂り、霜で枯れることもない。これは、辺鄙な地に位置せず、風雨が整い、陰陽が調和し、万物が程よく成熟するからである。ゆえに『西域図経』にはこうある。「五天竺国は、北は雪山に至り、南は大海に至る。六万余里にわたって、川や湖は平らに広がり、山や丘はなく、ただ河川が流れ、林が立ち並ぶ。その他の三方は山や丘陵に囲まれ、互いに連なって、あたかも東方の川のようである。これは、世界の初めに衆生の業力によって、このような勝れた土地が形づくられ、仏の出現を待ったからである。実際の事柄に照らせば、中天竺こそが世界の中心であることは明らかである」。

『高僧伝』にこうある。昔、晋の何承天は天文暦数に詳しく、夏至の日影の長さについて智厳法師と論じた。智厳法師は言った。「私はかつて天竺に遊学し、聖なる儀式をすべて拝見しました。日影については、中天竺国では夏至の正午に影が全くありません。まさに地中だからです。こちらの洛南にある測影台では、夏至の日にも影が残ります。ゆえにここは『大夏』ではなく、ただ『東夏』と呼ぶべきです」。何承天はこれを聞いて、反論することができなかった。


2 約量
4 從勢

CBETA コード: T2041

© AI 帮你读佛经 - 如是我闻

この文書は個人学習専用です。商業目的での使用は禁止されています。

訪問 rushiwowen.co

著作権:原文は CBETA
AI 翻訳は参考文献のみで、権威あるものではありません