五以榮勝徵之。天下大寶。君人之尊者。輪王是也。含靈大聖。四生之導者法王是也。洲中央座此二王昇。居中制遠理義然也。自餘小聖小王隨機匡牧。任土作化未論偏正。何以然者。土地山川並是人之依報。人之勝劣報必精麁。今中天竺國處既高花。明知二王福報之所感也。此土聖帝亦有所尊。五帝三王不及雞田之地。秦漢以後方聞西域之方。遂使甘英博望。相從雪嶺。霍公定遠前後登踐。多歷葱河之北。少出香雪之南。所以鐵門西屏。實惟大宛月支。本是獫玁之鄉無文之國也。何得濫稱中土有教之方乎(是以河西四郡休屠所居。漢武所開方為今有)。
第五に、栄誉をもってこれを明らかにします。天下の大宝であり、人々の君主として最も尊い者は、転輪聖王です。命あるものの中の大聖であり、四生(卵生・胎生・湿生・化生)の導き手として最も優れた者は、法王(仏)です。世界の中央にはこの二つの王が座し、中央に位置して遠方を治める道理は、当然のことです。それ以外の小さな聖者や小さな王たちは、相手に応じて救済し、土地の状況に従って教化するもので、偏りや正しさについては論じません。なぜそうなのかと言えば、土地や山川はすべて人間の依報(環境)であり、人間の優劣に応じて報いは必ず粗いか細やかかに分かれるからです。現在、中天竺の地はすでに高く華やかであり、明らかに二つの王の福報が感応したものと知るべきです。 この地(中国)の聖なる帝王にもまた尊ばれるものはありますが、五帝や三王は鶏田の地に及びません。秦や漢の時代以降に初めて西域の地を知り、遂には甘英や博望侯(張騫)が雪嶺に従い、霍公(霍去病)や定遠侯(班超)が前後して踏み登りました。多くは葱嶺の河の北を渡り、香雪の南に出ることは少なく、そのため鉄門は西の屏風となり、実に大宛や月氏に至るのです。これらはもともと猃狁の地であり、文字のない国です。どうして乱暴にも中土の教えある地と称することができましょうか。 (注:よって河西四郡は休屠の住まうところ。漢の武帝が開いて初めて現在の所有となった。)