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title: "釋迦氏譜 · 5 序聖凡後胤"
description: "唐代律宗高僧道宣律师所撰《釋迦氏譜》是研究佛陀生平的重要典籍。该书成书于唐初佛教鼎盛时期旨在系统梳理释迦牟尼的世系源流与生平事迹。内容涵盖佛陀族姓传承降生修道成佛弘法直至涅槃的完整谱录并涉及年代考据与教法流传。作为汉传佛教早期祖师所著的佛陀传记本书以严谨的史传笔法确立了佛陀世系的权威框架为后世研究佛陀生平提供了经典范本在佛教史学与传记文学领域具有开创性地位。"
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### 五序聖凡後胤

> 五序聖凡後胤

夫法王出世開俗為先。俗則祖習曾高。族氏之緣紹續故。隨俗命氏如前所列。法門所制無擁為初。四姓入者同皆沒滅。但衣法種而為後嗣。故增一云。四河入海無復本名。同名大海。四姓出家無復本姓但言沙門釋迦子。所以然者。生由我生成從法成。當求方便得作釋子。當如是學。彌沙塞長阿含云。乃至彌勒佛時。諸比丘等姓慈。皆言慈子。

> 法王がこの世に現れるにあたっては、まず世俗に従うことを大切とされる。世俗とは、祖先や高名な家系を尊び、氏族のつながりを受け継いでいくことである。それゆえ、世俗に従って姓を名乗ることは、先に挙げたとおりである。しかし、仏法の教えにおいては、妨げとなるものがないことが第一の原則である。四つの階級の人々が仏門に入れば、それまでの身分はすべて消え去る。ただ、法（教え）を衣とし、それを受け継ぐ者が後継者となるのである。ゆえに『増一阿含経』には次のように説かれている。「四つの川が海に入れば、もとの名は失われ、すべて同じ海と名づけられる。四つの階級の者が出家すれば、もとの姓はなくなり、単に沙門すなわち釈迦の子と称される。なぜなら、生まれることは私によって成り、修行を積むことは法によって成るからである。努めて工夫を凝らし、釈迦の子となるべきである。このように学びなさい。」また『弥沙塞長阿含経』にはこうある。「弥勒仏の時代になっても、比丘たちは姓を慈とし、皆、慈の子と自称するであろう。」