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title: "佛說立世阿毘曇論 · 16 毘留博叉城品"
description: "佛說立世阿毘曇論由真諦三藏於南朝陳代譯出，屬阿毘曇類論典。該論以佛教宇宙觀為核心，系統闡述世間與出世間的結構、眾生業力與輪迴關係，並詳釋世界成住壞空過程。其內容融合說一切有部思想，兼具經律論三藏特質，為研究早期佛教宇宙論與哲學體系的重要文獻。該論不僅助益修行者理解因果法則，亦為漢傳阿毘曇學發展奠定基礎，在佛教思想史與典籍傳承中具有承先啟後的地位。"
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### 毘留博叉城品第十六

> 毘留博叉城品第十六

「西由乾陀山有二頂，中間有國名毘留博叉，周圍一千由旬。金城圍遶，高一由旬，埤堄高半由旬，城門高二由旬，門樓一由旬半。十十由旬有一一門，九十九門復一小門，足一百門。是諸門者眾寶所成，摩尼妙寶之所莊嚴，譬如妙好𣰽毺種種雕鏤。是門又有四軍防衛，並如上說；外七重寶柵，七重多羅樹之所圍繞。其林中間有諸寶池，相去百弓，種種莊嚴。五種寶花，及四寶船。池岸五種寶樹，乃至四寶堂殿，諸男女天之所住處，皆如上說。其城外邊有三重寶塹，其一一塹廣二由旬，深一由旬半，形如壺口，下廣上狹，天水盈滿，並如上說。是塹間地，有諸婇女堂殿羅列。三重塹外，七寶樹林之所圍繞，亦如上說。時外林中一切諸花開敷鮮榮，諸女天等奏諸音樂，時諸天子從大城出觀聽音樂，諸女天等從大城出觀聽音樂，以是因緣受諸戲樂。城西南角，是毘留博叉天王之所住處，周圍二百五十由旬。金城圍繞，高一由旬，埤堄高半由旬，城門高二由旬，門樓一由旬半。十十由旬有一一門，二十四大門復一小門，足二十五門。如是諸門皆眾寶所成，摩尼妙寶之所莊嚴，譬如妙好𣰽毺種種雕鏤。是門又有四軍防衛，外有七重寶柵，七重寶多羅林之所圍繞。其樹中間有諸寶池，相去百弓，種種莊嚴；五種寶花，及四寶船。池岸五種寶樹，乃至四寶堂殿，諸男女天之所住處，皆如上說。其城外有三重寶塹，其一一塹廣二由旬，深一由旬半，形如壺口，下廣上狹，天水盈滿，並如上說。是塹間地，有諸婇女堂殿羅列。三重塹外，七寶樹林之所圍繞，皆如上說。是外林中，一切諸花開敷鮮榮，諸女天等奏諸音樂，時諸天子從城中出，并諸女天並共觀聽，以是因緣受諸戲樂。是大城內，四邊住處、衢巷市鄽並皆調直。是諸天城，或有住處四相應舍、或有住處重層尖屋、或有住處多層高樓、或有住處臺觀雲聳、或有住處四周却敵，隨其福德，眾寶所成，平正端直。是天城路其數五十，四陌相通，行列分明，皆如棊道，四門通達，東西相見。巷巷市鄽寶貨盈滿——一穀米市、二衣服市、三眾香市、四飲食市、五花鬘市、六工巧市、七婬女市——處處並有市官。是諸市中，天子天女往來貿易，商量貴賤、求索增減、稱量料數，具市鄽法。雖作此事，以為戲樂，無取無與、無我所心，脫欲所須，便可提去；若業相應，隨意而取；業不相應，便作是言：『此物奇貴，非我所須。』當四衢道，象馬車兵之所莊嚴。及諸天子止住其中，或為守護、或為戲樂、或為莊嚴。市中間路，一切琉璃，軟滑可愛，眾寶莊嚴，亦如北地妙好𣰽毺，龍獸花草，皆如前說。乃至燒香散花、懸諸天衣，亦復如是。復於處處竪立幡幢。天大城內，如是等聲恒無斷絕，所謂象聲、馬聲、車聲、螺聲、波那婆聲、鼓聲、牟澄伽聲、笳聲、音樂聲。又有聲言：『善來善來。願食願飲，我今供養。』是毘留博叉大城，是天子住處，復有天州、天郡、天縣、天村，周匝遍布此大城中，毘留博叉天王依此中住。王領所極，從由乾陀山西至鐵圍邊一切諸龍、伽樓羅鳥，是王所領。」如是義者佛世尊說。如是我聞。

> 西の乾陀山には二つの峰があり、その間に毘留博叉という国があります。周囲は一千由旬。金の城壁が巡らされ、高さは一由旬、城壁の上の狭間壁は半由旬、城門の高さは二由旬、門楼は一由旬半です。十由旬ごとに一つの門があり、九十九の門にさらに小門が一つ加わり、ちょうど百門となります。これらの門はすべて七宝で造られ、摩尼珠の妙宝で荘厳されており、まるで美しい絨毯にさまざまな彫刻が施されているようです。門には四軍が守備し、外側には七重の宝の柵があり、七重の多羅樹林に囲まれています。その林の間には宝の池があり、百弓ごとに配置され、さまざまに荘厳されています。五種の宝の花と四種の宝の船があります。池の岸には五種の宝の樹木があり、さらに四宝の堂殿があり、男女の天人が住む場所は、すべて上記の通りです。 城の外側には三重の宝の堀があり、それぞれの堀は幅二由旬、深さ一由旬半で、壺の口のような形をしており、下が広く上が狭く、天の水が満ちています。これも上記の通りです。堀の間の土地には、多くの天女の堂殿が並んでいます。三重の堀の外側は、七宝の樹林に囲まれており、これも上記の通りです。その外側の林では、すべての花が咲き誇り、天女たちがさまざまな音楽を奏でています。すると天子たちが大城から出て音楽を聴き、天女たちも大城から出て音楽を聴き、このような縁によってさまざまな歓楽を受けます。 城の西南の角は、毘留博叉天王の住む場所で、周囲は二百五十由旬です。金の城壁が巡らされ、高さは一由旬、狭間壁は半由旬、城門の高さは二由旬、門楼は一由旬半です。十由旬ごとに一つの門があり、二十四の大門にさらに小門が一つ加わり、ちょうど二十五門となります。これらの門はすべて七宝で造られ、摩尼珠の妙宝で荘厳されており、美しい絨毯にさまざまな彫刻が施されているようです。門には四軍が守備し、外側には七重の宝の柵があり、七重の宝の多羅樹林に囲まれています。その樹の間には宝の池があり、百弓ごとに配置され、さまざまに荘厳されています。五種の宝の花と四種の宝の船があります。池の岸には五種の宝の樹木があり、さらに四宝の堂殿があり、男女の天人が住む場所は、すべて上記の通りです。城の外側には三重の宝の堀があり、それぞれの堀は幅二由旬、深さ一由旬半で、壺の口のような形をしており、下が広く上が狭く、天の水が満ちています。これも上記の通りです。堀の間の土地には、多くの天女の堂殿が並んでいます。三重の堀の外側は、七宝の樹林に囲まれており、すべて上記の通りです。この外側の林では、すべての花が咲き誇り、天女たちがさまざまな音楽を奏でています。すると天子たちが城中から出て、天女たちと共に観聴し、このような縁によってさまざまな歓楽を受けます。 この大城の内側には、四方に住居があり、大通りや市場の並びはすべて真っ直ぐです。これらの天の城には、四つの相応した住居、重層の尖った屋根の家、多層の高楼、雲のように聳える楼閣、四方に敵を防ぐ構造の住居などがあり、それぞれの福徳に応じて、七宝で造られ、平らで端正です。この天の城の道は五十本あり、四方の通りが互いに通じ、行列がはっきりとしており、まるで碁盤の目のようです。四つの門が通り抜けられ、東西が見渡せます。路地ごとの市場には宝の品々が満ちています——第一に穀物の市、第二に衣服の市、第三に種々の香の市、第四に飲食の市、第五に花鬘の市、第六に工芸の市、第七に遊女の市——どこにも市の役人がいます。これらの市場では、天子と天女が行き来して取引し、値段の高低を話し合い、増減を求め、量や数を計り、市場の法を具えています。このようなことをしても、それは遊び楽しむためであり、取ることも与えることもなく、「私のもの」という心はありません。もし欲しいものがあれば、そのまま持って行くことができます。もし業が相応していれば、思いのままに取ることができます。業が相応していなければ、こう言います：『この品はとても高価で、私には必要ありません。』四つ辻には、象や馬、車、兵士が飾り立てられています。また、多くの天子がそこに留まり、守護のため、あるいは遊楽のため、あるいは荘厳のためにいます。市場の間の道は、すべて瑠璃でできており、柔らかく滑らかで愛らしく、七宝で荘厳されており、北の地の美しい絨毯のようで、龍や獣、花や草の模様は、すべて前述の通りです。香を焚き花を散らし、天の衣を掛けることも、また同じです。さらに、あちこちに幡や幢が立てられています。天の大城の中では、このような音が絶えることなく響いています。すなわち、象の声、馬の声、車の声、螺貝の声、波那婆の声、太鼓の声、牟澄伽の声、笛の声、音楽の声です。また、こういう声もあります：『ようこそ、ようこそ。どうぞ食べてください、飲んでください、私は今お供養します。』 この毘留博叉の大城は、天子たちの住む場所であり、さらに天の州、天の郡、天の県、天の村が周りに広がり、この大城の中に満ちています。毘留博叉天王はこの中に住んでおられます。王の領する範囲は、乾陀山の西から鉄囲山の辺りまで、すべての龍と迦楼羅鳥を治められます。このような意味を、仏世尊は説かれました。このように私は聞きました。