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title: "根本說一切有部毘奈耶 · 18 捉金銀等學處"
description: "根本说一切有部毗奈耶是唐代高僧义净翻译的佛教律典，属于说一切有部的根本律藏。义净于7世纪赴印度求法，归国后系统译介有部律典，此部毗奈耶是其重要成果。内容涵盖比丘、比丘尼戒律条文及制戒因缘，详细规定僧团衣食住行等日常规范，是有部律学的核心文献。该典籍反映了印度佛教僧团的组织形态与戒律思想，对研究部派佛教及中国律宗发展具有重要价值，在汉传佛教律藏体系中占有权威地位。"
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### 捉金銀等學處第十八

> 第十八 金銀等を扱うことに関する学処

佛在王舍城竹林中。時有聚落主居士名曰寶髻，來詣佛所頂禮佛足，在一面坐白佛言：「世尊！曾於近日在大眾中，王及諸臣並皆集會，有作是問：『仁等頗知沙門釋子得受捉金銀不？』有人說言：『苾芻得捉。』復有說言：『苾芻不合。』此二所陳誰為稱理？誰不稱理？誰是法言？誰非法言？誰是謗佛？誰為不謗？誰是勝人所恥？誰非勝人所恥？」世尊答曰：「居士！若彼說言沙門釋子得受捉金銀者，斯不稱理，斯非法言，斯為謗我，是勝人所恥。異斯名善。何以故？居士！然實苾芻不得受捉金銀之物。若有苾芻不受捉金銀者，是沙門法，是釋迦子，是純善法。第二、第三我如是說。若受捉者，斯非沙門，非釋迦子，非純善法。第二、第三我如是說。」居士言：「大德！我意如是。若苾芻不受捉金銀之物，斯真沙門，善釋迦子。若受捉者，非真沙門，非釋迦子。」世尊告曰：「善哉！善哉！居士！如汝意解，是善分別。」時寶髻居士聞佛說已，歡喜信受禮佛而退。爾時阿難陀住佛背後為佛扇涼，居士纔去，命阿難陀曰：「汝今宜去近此所有諸苾芻眾，悉皆令集常食堂中。」時阿難陀奉佛教已悉皆喚集，還詣佛所禮佛足已，在一面立白佛言：「世尊！我奉佛教，近此苾芻悉皆喚集在食堂中，唯佛知時。」爾時世尊詣食堂中，在大眾前就座而坐，告諸苾芻曰：「有聚落主名曰寶髻，來至我所禮我足下，在一面坐作如是白，廣說如上，乃至辭我而退。汝諸苾芻！彼聚落主於王眾中作師子吼，決定而說沙門釋子不合受捉金銀錢等。我亦說言：沙門釋子不應受捉金銀錢等。是故諸苾芻！若為修營房舍等事，應求草木車乘人功，然不應求金銀錢等。我不說言得有方便令諸苾芻畜捉金等。」此是緣起，尚未制戒。

> 仏は王舎城の竹林にいらっしゃいました。その時、宝髻という名の村の長者がやって来て、仏の足に礼拝し、一方に座ってこう申し上げました。「世尊よ、先日、王や多くの臣下たちが集まった会合で、こう問う者がおりました。『あなたがたは、沙門である釈迦の弟子が金銀を受け取ったり、手に持ったりすることを知っているか？』と。ある者は『比丘は受け取ってよい』と言い、またある者は『比丘は受け取るべきでない』と言いました。この二つの意見のうち、どちらが道理にかなっているでしょうか？どちらが道理にかなっていないでしょうか？どちらが仏法に従った言葉で、どちらがそうでないでしょうか？どちらが仏を誹謗し、どちらが誹謗していないでしょうか？どちらが聖なる人が恥じるところで、どちらがそうでないのでしょうか？」 世尊はお答えになりました。「長者よ、もし『沙門である釈迦の弟子は金銀を受け取ったり、手に持ったりしてよい』と言う者がいれば、それは道理にかなわず、仏法に従った言葉ではなく、私を誹謗するものであり、聖なる人が恥じるところです。それと異なる言葉こそが善いのです。なぜかというと、長者よ、実際に比丘は金銀の品物を受け取ったり、手に持ったりしてはなりません。もし金銀を受け取らず、手に持たない比丘がいれば、それが沙門の道であり、釈迦の弟子であり、純粋に善い道なのです。私はこれを第二、第三と繰り返し説いています。もし受け取ったり手に持ったりする者がいれば、それは沙門ではなく、釈迦の弟子ではなく、純粋に善い道ではありません。私はこれを第二、第三と繰り返し説いています。」 長者は言いました。「大徳よ、私の考えも同じです。もし比丘が金銀の品物を受け取らず、手に持たなければ、まことの沙門であり、善い釈迦の弟子です。もし受け取ったり手に持ったりする者は、まことの沙門ではなく、釈迦の弟子ではありません。」 世尊はお告げになりました。「善いかな、善いかな、長者よ。あなたのその理解はよく、それは善い分別です。」 その時、宝髻長者は仏の説法を聞いて、喜び敬い信受し、仏に礼拝して退きました。その時、阿難陀が仏の背後に立って仏に扇風していました。長者が去るとすぐ、仏は阿難陀に命じました。「あなたは今、近くにいるすべての比丘たちを、常食堂に集めなさい。」阿難陀は仏の教えを受けて、すべてを呼び集め、再び仏のもとに行き、仏の足に礼拝してから一方に立って申し上げました。「世尊よ、私は仏の教えに従い、近くの比丘たちをすべて食堂に集めました。仏よ、ご存知の時をお計らいください。」その時、世尊は食堂に行き、大衆の前に座り、諸々の比丘にこう告げられました。「宝髻という名の村の長者が私のもとに来て、私の足下に礼拝し、一方に座って、先ほど述べたように申し上げました。詳しくは先の通りであり、ついに私のもとを去りました。あなたがた比丘よ、あの村の長者は王の集まりの中で獅子吼をして、決然と『沙門である釈迦の弟子は金銀の金銭などを受け取ったり手に持ったりすべきでない』と説きました。私もまた言います。沙門である釈迦の弟子は金銀の金銭などを受け取ったり手に持ったりすべきではありません。それゆえ、比丘たちよ、もし房舎などの造営のために、草木や車や人の労力を求めるべきですが、金銀の金銭などを求めるべきではありません。私は、比丘たちが金などを蓄えたり手に持ったりすることを許す方便があるとは説きません。」これは因縁であり、まだ戒律を制定してはいません。

佛在逝多林給孤獨園。時六眾苾芻自手捉金銀錢，或教他捉造作房舍，或置床座上。時外道見生嫌賤言：「此沙門釋子自手執捉金銀錢等，或教他捉，廣說如上，諸餘俗人亦皆如是，斯與我等有何別處？云何令他婆羅門居士等深生敬信，持諸飲食惠此禿人？」時諸苾芻聞是說已，以此因緣具白世尊。世尊以此因緣集苾芻眾，廣說如前。問六眾曰：「汝實自捉或教人捉金銀錢等耶？」答言：「實爾。」世尊如上種種呵責已，乃至「制其學處，應如是說：

> 仏は逝多林の給孤独園におられた。その時、六人の比丘が自らの手で金銀の銭(ぜに)を執(と)り、あるいは他人に執らせて房舎を造り、或いは床や座の上に置いた。外道たちはこれを見て嫌悪し、軽蔑して言った。「この沙門の釈子たちは、自らの手で金銀の銭などを執り、あるいは他人に執らせている。上述の通りである。他の凡庸な俗人たちも皆同じである。これでは我々とどこに違いがあろうか。どうして彼らが婆羅門や居士などに深く敬信せしめ、諸々の飲食を持ってこの禿げ頭の者たちに施すことができようか。」時に諸々の比丘たちはこの話を聞いて、この因縁をもって世尊に詳しく申し上げた。世尊はこの因縁をもって比丘たちを集め、前に詳しく説かれた通りである。六人の比丘に問われた。「あなたたちは本当に自ら執り、あるいは他人に執らせて金銀の銭などをしたのか。」答えていわく。「本当にその通りです。」世尊は上のように種々に呵責され、ついに「その学処を制し、次のように説くべきである」とおっしゃった。

「若復苾芻自手捉金銀錢等，若教他捉，泥薩祇波逸底迦。」

> もしも修行僧が、自らの手で金や銀、お金などを直接受け取ったり、あるいは他の人にそれらを受け取らせたりしたならば、その行為は「捨てて懺悔すべき罪」（尼薩祇波逸底迦）に該当します。

若復苾芻者，謂六眾類。

> 「もしも比丘（びく）があるならば」とは、六種類の人々のことである。

自手者，謂以手捉。

金銀者，謂金銀及貝齒。

錢者，金等錢。

教人亦爾，皆犯捨墮。捨悔之法廣說如上。

此中犯相其事云何？若教他取時，其事不同有十八種，咸成其犯。謂告彼云：

「汝取此物； 汝於此取； 汝取此爾許。汝將此物； 汝於此將； 汝將此爾許。汝置此物； 汝於此置； 汝置此爾許。汝取彼物； 汝於彼取； 汝取彼爾許。汝將彼物； 汝於彼將； 汝將彼爾許。汝置彼物； 汝於彼置； 汝置彼爾許。」

言汝取此物者，謂金銀等於可見處教他取，得惡作罪；捉舉之時犯捨墮罪。言汝於此取者，謂於諸帒及鐵木等箱器之中教他取物，得罪同前。言汝取此爾許者，謂百千億等教他取物，得罪同前。

言汝將此物者，謂金銀等物教他將來，得罪同前。言汝於此將者，謂於帒等箱器之中教他取物，得罪同前。言汝將此爾許者，謂百千億等教他取時，得罪同前。

言汝置此物者，謂金銀等教他置時，得罪同前。言汝於此置者，謂於箱器等中而安置之，得罪同前。置此爾許者，謂百千億等教他置時，得罪同前。此九皆據可見之處教他作也。

言汝取彼物者，謂金銀等於不見處教他取物，得惡作罪；捉舉之時犯捨墮罪。言汝於彼取者，謂於諸帒及鐵木等箱器之中教他取物，得罪同前。言汝取彼爾許者，謂百千億等教他取物，得罪同前。

言汝將彼物者，謂金銀等物教他將來，得罪同前。言汝於彼將者，謂於帒等箱器之中教他取物，得罪同前。言汝將彼爾許者，謂百千億等教他取時，得罪同前。

言汝置彼物者，謂金銀等教他置時，得罪同前。言汝於彼置者，謂於箱器等中，得罪同前。言汝置彼爾許者，謂百千億等教他置時，得罪同前。此九皆據不可見處教他作也。

若苾芻自捉金銀錢貝齒者，犯捨墮。若苾芻捉成未成金銀者，犯捨墮。苾芻捉文相成就金銀、錢、貝齒者，犯捨墮。苾芻觸末尼寶、璧琉璃寶，犯捨墮。苾芻捉方國共所用錢，犯捨墮。若捉非方國所用錢，得惡作罪。若捉赤銅、鍮石、銅鐵、鉛錫者無犯。

如是世尊為諸聲聞制學處已，佛在逝多林，于時占波國有一長者，在此城住，深信純善，以上妙物而行惠施。時彼長者為佛及僧造立住處，門戶窓牖欄楯交飾，殊妙莊嚴令人樂見為生天路，多諸僧眾在此安居。既安居了隨意事訖，白長者曰：「我等今欲向室羅伐城禮大師足，及諸耆宿尊、老苾芻現闕衣服時當見施。」長者報言：「聖者！此處之人無上妙衣疊，今聞商侶將欲到來，待來至時買以相惠。」苾芻言：「長者！若無好物，與麁惡者。」長者答曰：「聖者！我之立性常施好物，云何於今以惡物與？若不待者，衣直之錢可將持去。」答言：「長者！世尊制戒遮我捉錢。」長者報曰：「若如是者我寧不施，不能以惡物惠人。」時諸苾芻竟無所獲捨之而去，隨路而進至室羅伐城。諸苾芻見而告之曰：「善來！善來！具壽！豈非汝等於安居處多得衣服，云何著此麁破衣服而至此耶？」彼便答曰：「無衣可得。」苾芻曰：「仁在何處而作安居？」答曰：「在占波國。」又問：「依誰而住？」答曰：「某甲長者。」諸苾芻曰：「聞彼長者好施上衣豈不施耶？」答曰：「祇緣此故我不得衣。」苾芻問曰：「有何所以？」時彼苾芻具陳其事，諸苾芻聞已白佛。佛作是念：「諸有敬信婆羅門長者居士等，歡喜欲施苾芻衣價。我諸弟子情欲得衣，我應作法令諸苾芻得無癈闕。」告諸苾芻曰：「若有他施衣價，欲須便受，受已即作彼人物心而持畜之。然諸苾芻，應可求覓執事之人。」苾芻不知欲覓何人。佛言：「應求寺家人、或鄔波索迦。寺家人者謂是淨人。鄔波索迦者，謂受三歸五戒。應問彼云：『汝能為我作施主不？』若言能者，即作委寄此人心而畜其物，應使人持不應自捉。」

時有苾芻向他方處作如是念：「我今至此未有施主。」起追悔心以事白佛，佛言：「縱令遠去，但令彼命存已來常是施主。」

時有苾芻未求得施主，他施與物，苾芻疑惑不敢受之。以事白佛，佛言：「應受。受已持物對一苾芻作如是語：『具壽存念！我苾芻某甲得此不淨物，我當持此不淨之物換取淨財。』如是三說，隨情受用勿致疑心。」

時有施主於邊隅處造寺施僧，時時有賊來相驚怖。彼諸苾芻空寺而去，便有賊來取寺家物。佛言：「若僧伽物、若窣覩波物、所有金銀錢寶等，應牢藏舉方可移去。」佛言：「遣藏。」苾芻不知欲遣誰藏。佛言：「若淨人、若鄔波索迦，令其藏舉。」彼藏舉者便偷其物，佛言：「有深信鄔波索迦令其藏舉，若無深信應使求寂。求寂若無，苾芻自手應為藏舉。」苾芻不知若為藏舉，佛言：「應可穿坑。」不知使誰。佛言：「應使淨人、若鄔波索迦。彼便偷物，應令信者。此若無者應令求寂，求寂若無應自穿掘。賊去之後，應可如前而取其物還與僧伽。」佛言：「如我為難所開事者，難去之後則不應行，若當行者得惡作罪。」又無犯者，謂初犯人，或癡狂、心亂、痛惱所纏。

## 根本說一切有部毘奈耶卷第二十一