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title: "根本說一切有部毘奈耶 · 21 得長缽過十日不分別學處"
description: "根本说一切有部毗奈耶是唐代高僧义净翻译的佛教律典，属于说一切有部的根本律藏。义净于7世纪赴印度求法，归国后系统译介有部律典，此部毗奈耶是其重要成果。内容涵盖比丘、比丘尼戒律条文及制戒因缘，详细规定僧团衣食住行等日常规范，是有部律学的核心文献。该典籍反映了印度佛教僧团的组织形态与戒律思想，对研究部派佛教及中国律宗发展具有重要价值，在汉传佛教律藏体系中占有权威地位。"
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### 得長鉢過十日不分別學處第二十一

> 第二十一 過十日不長鉢分別學處

佛在室羅伐城逝多林給孤獨園。時鄔波難陀作如是念：「所有我等求利之處佛悉制戒，遂令我等求覓無由，所有利養因斯斷絕。」憂愁而住。時有六十人出遊園觀欲為讌會，時鄔波難陀見而生念：「若於此輩不獲財物者，我不更名鄔波難陀矣。」即便取一好鉢圓滿光淨堪受用者，以帒盛之置於腋下詣讌會所，對彼一人為其說法令生深信。彼既信已問言：「聖者！何意至此？」鄔波難陀曰：「賢首！我為鉢來。」報言：「我今無鉢，若有買處買以相施。」時鄔波難陀便於腋下抽出其鉢而呈示之，問曰：「如此之鉢價直幾多？」答曰：「直六十迦利沙波拏。」彼言：「我與六十迦利沙波拏，仁當自買。」鄔波難陀報曰：「賢首！願汝長命無病，今此施物為莊嚴心，是心資助是定資糧得勝上果，於人天中常為法器。」如是六十人人別各乞六十迦利沙波拏，便捨而去。時彼諸人各讌會已詳集一處，時有一人告諸人曰：「君等隨喜，我於向見聖者鄔波難陀釋種出家，為大法將善閑三藏無礙辯才，我以六十迦利沙波拏用充鉢價。」時彼諸人聞此語已，咸言：「我亦施彼六十迦利沙波拏。」便共議曰：「君等頗知若一苾芻可須幾鉢？」各云：「不知。」時有苾芻從此而過諸人問言：「聖者！若一苾芻可須幾鉢？」答曰：「唯須一鉢。」時彼聞已共生嫌賤：「沙門釋子多貪利養。」此是緣起，尚未制戒。

> ある時、仏は室羅伐城の逝多林にある給孤独園に滞在されていた。 その時、比丘のウパナンダはこう考えた。「我々が利益を得るあらゆる機会に対して、仏がことごとく戒律を定められたため、我々は利益を求める手立てを失ってしまった。これにより、すべての利養が断たれてしまった。」そう思って、彼は憂いに沈んでいた。 一方、ある時、六十人の男女が遊園地に出かけ、宴を開こうとしていた。ウパナンダはこれを見て、「もしこの連中から財物を得られなければ、もはや俺はウパナンダではない」と考えた。そこで彼は、美しく丸く、清らかに輝き、使い勝手の良い鉢を一つ取り、袋に入れて脇に挟み、宴の場所へと向かった。 彼はその中の一人の人物に法を説き、深い信仰を起こさせた。その人物は信仰を得て尋ねた。「尊師よ、なぜこちらへお越しになられたのですか？」 ウパナンダは答えた。「賢者よ、私は鉢の用があって参ったのだ。」 男が「今、私には鉢がありません。もし買う場所があるなら、購入してお布施いたしましょう」と言うと、ウパナンダは脇の下からその鉢を取り出して示し、「このような鉢はいくらするだろうか？」と尋ねた。 男は「六十カリシャパナ（※古代インドの貨幣単位）です」と答えた。そこで男は「私は六十カリシャパナを差し上げますので、尊師ご自身でお買い求めください」と言った。 するとウパナンダはこう言った。「賢者よ、どうか長寿で、病なくあれ。今この布施の品は、心を荘厳するためのものであり、心を支え、定（集中）の糧となり、優れた果報をもたらすものです。人天の間で常に優れた器となるでしょう。」 彼はこう言って、六十人それぞれに、一人ずつ六十カリシャパナずつを要求し、立ち去ってしまった。 その後、あの六十人たちは宴会を終えて一堂に会した。その時、一人の男が皆に言った。「皆さん、私が今、尊師ウパナンダにお布施した話をお聞きください。彼は釈迦族の出身で出家し、大いなる法の将であり、三蔵に精通し、無碍の弁才を持つ方です。私は六十カリシャパナを鉢の代としてお布施しました。」 この言葉を聞いた人々は皆、「私も彼に六十カリシャパナをお布施した」と口々に言った。そして彼らは話し合った。「皆さん、一人の比丘がいくつの鉢を持てるかご存じですか？」誰も知らなかった。 そこにちょうど一人の比丘が通りかかったので、彼らは尋ねた。「尊師よ、一人の比丘はいくつの鉢を持つことができるのですか？」 比丘は答えた。「ただ一つの鉢だけで十分です。」 この言葉を聞いて、人々は嫌悪の念を抱いた。「釈迦の弟子たちは、非常に多くの利養を貪る者たちだ。」と。 これがこの出来事の起源であり、まだ戒律として制定される前の話である。

時六眾苾芻多得長鉢，不自受用，亦復不與諸餘苾芻。少欲苾芻見已嫌賤：「云何苾芻多畜長鉢，不自受用亦不與人？」以此因緣具白世尊。佛以此緣集苾芻眾，呵責六眾苾芻：「云何汝等多畜長鉢？」廣說如上，乃至「應如是說：

> 当時、六人の僧たちは多くの予備の鉢を手に入れたが、自ら使うこともなく、他の僧たちに与えることもなかった。質素な生活を望む僧たちはこれを見て非難した。「どうして僧たちが多くの予備の鉢をため込み、自ら使わず、人にも与えないのか。」この出来事を詳しく世尊に報告した。世尊はこれを機に僧たちを集め、六人の僧たちを叱責された。「どうしてお前たちは多くの予備の鉢をため込むのか。」と詳しく説かれ、最後にこう言われた。「次のように説くべきである。」

「若復苾芻畜長鉢過十日不分別者，泥薩祇波逸底迦。」

> もしも比丘が必要以上に鉢を所持し、十日を過ぎてもなお処理しなかったならば、それは尼薩耆波逸提（捨すべき堕罪）となる。

苾芻者，謂六眾等。

> 苾芻とは、六衆などの僧侶のことを指します。

過十日者，謂過十夜。

長鉢者，除守持鉢，餘者名長。

畜者，作屬己心。

若更畜者得捨墮罪，捨之法式如上廣說。

此中犯相其事云何？若苾芻月一日得鉢，於十日內應持、應分別、應捨、應與他。如是次第及以超間，如初衣戒中廣說其事，乃至捨之法式皆悉同前。若小、若白色或為擬與，欲受戒人者無犯。又無犯者，謂初犯人，或癡狂、心亂、痛惱所纏。