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title: "法苑珠林 · 6 身量部"
description: "法苑珠林由唐代高僧道世编纂，成书于唐高宗总章元年（668年），是佛教重要的类书典籍。全书共一百卷，系统分类整理了佛教经律论三藏中的典故、名相、教义及因果故事，内容涵盖佛教宇宙观、修行方法、戒律仪轨等，被誉为佛教百科全书。道世以严谨的学术态度广引经典，保存了大量唐代以前的佛教文献，具有极高的史料价值。该书不仅对唐代佛教研究影响深远，更为后世学者提供了系统研究佛教教义的重要依据，在中国佛教文献史上占据重要地位。"
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## 法苑珠林卷第三

> 法苑珠林 巻第三

西明寺沙門釋道世撰

> 西明寺の僧、道世が撰す

### 三界篇第二諸天之餘

> 三界編 第二<note>諸天のその他</note>

### 身量部第六

> 第六 身体の大きさ

依雜心論云。七極微塵成一阿耨池上塵。彼是最細。色天眼能見。及菩薩輪王得見。七阿耨塵為銅上塵。七銅上塵為水上塵。七水上塵為兔毫上塵。七兔毫上塵為一羊毛上塵。七羊毛上塵為一牛毛上塵。七牛毛上塵成一嚮游塵。七嚮游塵成一蟣。七蟣成一虱。七虱成一穬麥。七穬麥成一指。二十四指為一肘。四肘為一弓。去村五百弓為一拘屢舍。八拘屢舍。名一由旬故說偈言。

> 『雑心論』によれば、七つの極微塵が集まって一つの「阿耨池の上の塵」となる。これが最も微細なものであり、天眼を持つ者や菩薩・転輪聖王だけが見ることができる。七つの阿耨塵で「銅の上の塵」、七つの銅塵で「水の上の塵」となる。七つの水塵で「兎の毛の先の塵」、七つの兎毛塵で「羊の毛の先の塵」となる。七つの羊毛塵で「牛の毛の先の塵」、七つの牛毛塵で「一つの向こうに漂う塵」となる。七つの遊塵で「一匹の蟣（小さな虫）」、七つの蟣で「一匹の虱」となる。七匹の虱で「一粒の大麦」、七粒の大麦で「一指」となる。二十四指で「一肘」、四肘で「一弓（弓の長さ）」となる。村から五百弓の距離を「一倶盧舎」という。八倶盧舎を「一由旬」という。このようにして、偈（詩句）が説かれている。

七塵成阿耨 七耨成銅塵水兔牛毛塵 皆從於七起

> 七つの塵が集まって阿耨（あのく）となる。 七つの阿耨が集まって銅塵（どうじん）となる。 水・兎・牛の毛の塵も、 すべて七倍ごとに積み重なって生じる。

故論中即以此拘屢舍用量天身。從四天王身乃至阿迦尼吒身。故婆沙論云。四天王身長一拘留舍四分之一。若依正法念經說。四天諸身其量脩短一同王身毘曇亦同如三十三天身長半拘留舍。帝釋身長一拘留舍。焰摩天身長一拘留舍四分之二若言帝釋之身何以長焰摩天者如經說以其過去偏修恭敬業故得偏長也兜率天身長一拘留舍。與帝釋等。化樂天身長一拘留舍及拘留舍四分之一。他化自在天身長一拘留舍半欲界諸天身量如是。

> よって論では、この「倶盧舎」を用いて天人の身長を測る。四天王天の身から、阿迦尼吒天の身に至るまでである。故に『婆沙論』にはこうある。「四天王の身長は、一倶盧舎の四分の一である。」 『正法念経』によれば、四天王の身の量は、長短ともに王の身と同じである。<note>毘曇も同じ</note> 例えば、三十三天の身長は半倶盧舎、帝釈天の身長は一倶盧舎である。焔摩天の身長は、一倶盧舎の四分の二である<note>もし、帝釈天の身がどうして焔摩天より長いのかと言えば、経典に説くところによれば、帝釈天は過去世において専ら恭敬の業を修めたので、特に長い身を得たのである。</note>。兜率天の身長は一倶盧舎で、帝釈天と同じである。化楽天の身長は一倶盧舎と、さらに倶盧舎の四分の一を加えた長さである。他化自在天の身長は一倶盧舎半である<note>欲界の天人の身の量は、この通りである。</note>。

第二色界身量者。依毘曇論說。梵眾天身長半由延。梵福樓天長一由延。大梵天長一由延半。光天長二由延。無量光天長四由延。光音天長八由延。少淨天長十六由延。無量淨天長三十二由延。遍淨天長六十四由延。福慶天長百二十五由延。福生天長二百五十由延。廣果天長五百由延。無想天亦爾。無悕望天長千由延。無熱天長二千由延。善見天長四千由延。善現天長八千由延。色究竟天長萬六千由延。

> 次に、色界の天人の身体の大きさについて。 『毘曇論』の説によれば、梵衆天は身長が半由旬、梵輔楼天は一由旬、大梵天は一由旬半、光天は二由旬、無量光天は四由旬、光音天は八由旬、少浄天は十六由旬、無量浄天は三十二由旬、遍浄天は六十四由旬、福慶天は百二十五由旬、福生天は二百五十由旬、広果天は五百由旬、無想天も同じく五百由旬。無悕望天は千由旬、無熱天は二千由旬、善見天は四千由旬、善現天は八千由旬、色究竟天は一万六千由旬である。

第三無色界無形不可說據大乘亦有細色。但經論略而不說。

> 第三に、無色界（むしきかい）は形がなく、言葉で説明することができません。 <note>大乗仏教の教えによれば、微細な形はあるとされていますが、経典や論書では省略して述べられていません。</note>