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title: "六度集經 · 25 〔理家本生〕"
description: "六度集经由三国时期吴国高僧康僧会编译，成书于公元3世纪。该经书主要辑录佛陀本生及修行故事，系统阐述大乘佛教的核心实践体系——布施、持戒、忍辱、精进、禅定、智慧六种度脱生死的方法。作为早期汉传大乘佛教的重要经典，它首次系统地将六度思想完整引入中土，对中国佛教伦理实践和菩萨道精神的形成具有奠基性作用。该经既是研究汉魏佛教传播的关键文献，也是修行菩萨道的重要指南。"
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### （二五）

> （二五）

「昔者菩薩，為大理家，積財巨億，常奉三尊，慈向眾生。觀市覩鼈，心悼之焉，問價貴賤。鼈主知菩薩有普慈之德、尚濟眾生，財富難數，貴賤無違，答曰：『百萬，能取者善，不者吾當烹之。』菩薩答曰：『大善！』即雇如直，持鼈歸家，澡護其傷，臨水放之。覩其遊去，悲喜誓曰：『太山餓鬼眾生之類，世主牢獄早獲免難，身安命全如爾今也。』稽首十方，叉手願曰：『眾生擾擾，其苦無量，吾當為天為地，為旱作潤，為漂作筏，飢食渴漿，寒衣熱涼，為病作醫，為冥作光；若有濁世顛倒之時，吾當於中作佛度彼眾生矣。』十方諸佛皆善其誓，讚曰：『善哉！必獲爾志。』

> 昔ある時、菩薩は大富豪であり、巨万の富を蓄え、常に三宝を敬い、慈しみの心で生きとし生けるものに接していました。 ある日、市場で一匹の鼈（すっぽん）を見かけ、心から哀れに思い、その値段を尋ねられました。鼈の持ち主は、菩薩が深い慈愛の心を持ち、生き物を救うことを大切にし、富も数えきれないほどあることを知っていました。そこで、「百万出せば、お譲りしましょう。もしお買いにならないなら、私はこれを煮て食べます」と答えました。 すると菩薩は「それは結構」と言い、即刻その値段を支払い、鼈を家に連れて帰りました。家で傷を洗い手当てし、水辺に放してやりました。鼈が泳ぎ去るのを見送りながら、菩薩は悲しみと喜びが入り混じった思いで誓いを立てました。 「地獄や餓鬼の世界、そしてこの世の主権者に囚われているすべての衆生が、どうか早く苦難から逃れ、あなたのように身も命も安らかでありますように。」 そして、十方の仏に頭を下げ、合掌して願いました。 「世の中の生きとし生けるものは、とりとめもなく苦しみ、その苦しみは計り知れません。私は天となり、地となり、干ばつには潤いを、溺れる者には筏を、飢えた者には食べ物を、渇いた者には飲み水を、寒い者には衣を、暑い者には涼しさを与え、病める者には医者となり、闇には光をもたらしましょう。もし汚れた世の中が乱れに満ちるとき、私はその中で仏となり、すべての衆生を救いましょう。」 十方の諸仏は皆、この誓いを称え、こう賛嘆されました。 「善きかな！あなたは必ずその志を果たすでしょう。」

「鼈後夜來齕其門，怪門有聲，使出覩鼈，還如事云。菩薩視之，鼈人語曰：『吾受重潤，身體獲全，無以答潤。蟲水居物知水盈虛，洪水將至必為巨害矣。願速嚴舟，臨時相迎。』答曰：『大善！』明晨詣門，如事啟王。王以菩薩宿有善名，信用其言：『遷下處高。』時至鼈來曰：『洪水至，可速下載，尋吾所之，可獲無患。』船尋其後，有蛇趣船，菩薩曰：『取之。』鼈云：『大善！』又覩漂狐，曰：『取之。』鼈亦云：『善。』又覩漂人搏頰呼天，哀濟吾命，曰：『取之。』鼈曰：『慎無取也，凡人心偽，尠有終信，背恩追勢，好為兇逆。』菩薩曰：『蟲類爾濟，人類吾賤，豈是仁哉？吾不忍也。』於是取之。鼈曰：『悔哉！』遂之豐土。鼈辭曰：『恩畢請退。』答曰：『吾獲如來、無所著、至真、正覺者，必當相度。』鼈曰：『大善！』鼈退，蛇狐各去。

> ある夜、鼈が門をかじる音がした。菩薩は怪しんで使いに出してみると、鼈が戻ってきて先ほどのように言った。菩薩が見ると、鼈は人の言葉で語った。 「私はあなたの大きな恩恵を受け、命を救われました。そのお礼に、水に棲む生き物として水の増減を知っています。洪水が近づいており、それは大きな災害となるでしょう。どうか早く船を用意し、その時に備えて私がお迎えに参ります。」 菩薩は答えた。「それはとても良い。」 翌朝、菩薩は王のもとへ行き、このことを告げた。王は菩薩が以前から善い名声を持っていたため、その言葉を信じ、低い場所から高い場所へと移るように命じた。 やがて時が来て、鼈がやって来て言った。「洪水が来ました。すぐに船に乗り、私の後についてきなさい。無事を得られるでしょう。」 船が鼈の後を進んでいくと、一匹の蛇が船の方へ向かってきた。菩薩は「引き上げなさい」と言った。鼈は「それは大変良い」と言った。次に、流されている狐を見つけ、「引き上げなさい」と言った。鼈もまた「良い」と言った。さらに、流されている人間が頬を打ちながら天に向かって叫び、「どうか私の命を救ってください」と懇願しているのを見て、「引き上げなさい」と言った。 すると鼈が言った。「どうかお引き上げになりませんように。人間の心は偽り多く、最後まで誠実な者はほとんどいません。恩を忘れて勢力に従い、凶悪な行いを好むものです。」 菩薩は言った。「虫や魚のような生き物は助けても、人間を助けるのを卑しいこととするのか。それがどうして仁愛と言えようか。私はそんな残酷なことをするに忍びない。」こうしてその人を助け上げた。 鼈は「後悔されるでしょう」と言った。 やがて豊かな土地に着いた。鼈が別れを告げて言った。「恩義は果たしました。これでお別れします。」 菩薩は答えた。「私はいつか如来、無所著、至真、正覚を成就したならば、必ずあなたを救済しよう。」 鼈は「それは大変良いことです」と言い、去っていった。蛇と狐もそれぞれ去っていった。

「狐以穴為居，獲古人伏藏紫磨名金百斤，喜曰：『當以報彼恩矣。』馳還曰：『小蟲受潤，獲濟微命。蟲穴居之物，求穴以自安，獲金百斤，斯穴非塚非家非劫非盜。吾精誠之所致，願以貢賢。』菩薩深惟：『不取徒捐，無益於貧民；取以布施，眾生獲濟，不亦善乎！』尋而取之。漂人覩焉，曰：『分吾半矣。』菩薩即以十斤惠之。漂人曰：『爾掘塚劫金，罪福應柰何？不半分之，吾必告有司。』答曰：『貧民困乏，吾欲等施；爾欲專之，不亦偏乎？』漂人遂告有司，菩薩見拘，無所告訴，唯歸命三尊，悔過自責，慈願：『眾生早離八難，莫有怨結如吾今也。』

> 狐が穴を棲みかとしていたところ、昔の人が隠した純金百斤を見つけた。狐は喜んで言った。「この恩はお返ししなければ。」そして走って帰り、言った。「小さな虫が恵みを受けて、かろうじて命を助けられました。虫は穴に住む者で、穴を求めて自ら安らぎ、金百斤を得ました。この穴は墓でも、家でも、強奪や盗みによるものでもありません。私の誠の心によるものです。どうかこれを賢者の方へ献上します。」 菩薩は深く考えた。「受け取らなければ無駄になり、貧しい民の助けにもならない。受け取って布施すれば、多くの命が救われる。それこそ善いことではないか。」そして受け取った。するとその金を流された人が見て言った。「半分を私に分けなさい。」菩薩はすぐに十斤を渡したが、その人は言った。「あなたは墓を掘り、金を奪った。その罪と福はどうなる。半分分けなければ、必ず役人に告げる。」菩薩は答えた。「貧しい民が困っているので、皆に平等に施そうとしたのです。あなただけが独占しようとするのは、偏っているではありませんか。」 流された人はついに役人に告げた。菩薩は捕らえられ、訴える術もなかった。ただ三宝に帰依し、自らを悔い改めて責め、慈悲の願いを立てた。「どうかすべての命が早く八つの苦難から離れ、私のように恨みの結びつきを持つことがありませんように。」

「蛇狐會曰：『奈斯事何？』蛇曰：『吾將濟之。』遂銜良藥開關入獄。見菩薩狀，顏色有損，愴而心悲，謂菩薩言：『以藥自隨，吾將齚太子，其毒尤甚，莫能濟者。賢者以藥自聞，傅則愈矣。』菩薩默然。蛇如所云，太子命將殞，王令曰：『有能濟茲，封之相國，吾與參治。』菩薩上聞，傅之即愈。王喜問所由，囚人本末自陳。王悵然自咎曰：『吾闇甚哉！』即誅漂人，大赦其國，封為國相，執手入宮，並坐而曰：『賢者說何書？懷何道？而為二儀之仁，惠逮眾生乎？』對曰：『說佛經，懷佛道也。』王曰：『佛有要決？』曰：『有之。佛說四非常，在之者，眾禍殄，景祐昌。』王曰：『善哉！願獲其實。』曰：『乾坤終訖之時，七日竝列巨海都索，天地烔然，須彌崩壞，天人鬼龍、眾生身命，霍然燋盡。前盛今衰，所謂非常矣。明士守無常之念，曰天地尚然，官爵國土，焉得久存？得斯念者，乃有普慈之志矣。』王曰：『天地尚然，豈況國土？佛說非常，我心信哉。』

> 蛇と狐が話し合ってこう言った。「この事態をどうする？」すると蛇が言った。「私が助けに行こう。」そこで蛇は良薬をくわえ、閂を開けて牢に入った。菩薩の姿を見ると、顔色が優れず、悲しみのあまり心を痛めて、菩薩にこう言った。「薬をお持ちください。私が太子を噛みます。その毒はさらに強く、誰も助けられません。賢者は薬を身につけておいてください。塗れば治ります。」菩薩は黙って従った。蛇が言った通りにすると、太子は死にかけた。王が命じて言った。「これを救える者には、国相の位を与え、共に国を治めよう。」菩薩がこれを聞いて薬を塗ると、たちまち治った。王は喜んで理由を尋ね、囚人は一部始終を自ら語った。王は悲しみ、自らを責めて言った。「私はなんと暗いことか！」すぐに流された者を誅殺し、国中に大赦を行い、菩薩を国相に任じた。手を取って宮中に入り、並んで座って言った。「賢者はどのような書を説き、どのような道を抱いて、天地の如き慈愛をもって、生きとし生けるものに恵みを施すのですか？」菩薩は答えた。「仏の経典を説き、仏の道を抱いています。」王が言った。「仏に大切な教えがありますか？」答えていう。「あります。仏は四つの非常（無常）を説かれました。これを心に保つ者は、あらゆる災いが滅び、幸いが栄えます。」王が言った。「素晴らしい。その真実をぜひお聞かせください。」言った。「天地が終わりを迎える時、七つの太陽が並び立ち、大海は干上がり、天地は焼けつくように熱く、須弥山は崩れ去り、天人、鬼や竜、生きとし生けるものの命は、たちまち焼け尽くされます。かつて盛んだったものが今は衰える、これが無常というものです。賢者は無常の念を心に留めて、天地でさえこうであるのに、官職や国土がどうして長く保たれようか、と考えます。この念を得る者こそ、全てを慈しむ心を持つことができるのです。」王が言った。「天地でさえそうであるなら、まして国土はなおさらだ。仏が説かれた無常、私は心から信じよう。」

「理家又曰：『苦之尤苦者，王宜知之。』王曰：『願聞明誡。』曰：『眾生識靈微妙難知，視之無形，聽之無聲，弘也天下，高也無蓋，汪洋無表，輪轉無際。然飢渴于六欲，猶海不足于眾流，以斯數更太山燒煮諸毒眾苦；或為餓鬼，洋銅沃口役作太山；或為畜生，屠割剝裂，死輙更刃，苦痛無量。若獲為人，處胎十月，臨生急笮，猶索絞身，墮地之痛猶高隕下，為風所吹若火燒己，溫湯洗之甚沸銅自沃，手葌摩身猶刃自剝，如斯諸痛甚苦難陳。年長之後，諸根竝熟，首白齒隕，內外虛耗，存之心悲，轉成重病，四大欲離，節節皆痛，坐臥須人，醫來加惱。命將欲終，諸風竝興，截筋碎骨，孔竅都塞。息絕神逝，尋行所之。若其昇天，天亦有貧富貴賤，延算之壽，福盡罪來，下入太山、餓鬼、畜生，斯謂之苦。』王曰：『善哉！佛說苦要，我心信哉！』

> 「家老がさらに言いました。『苦しみの中でも最も大きな苦しみについて、王は知るべきです。』王が『その教えをぜひ聞きたい』と言うと、家老は答えました。『生きとし生けるものの意識や霊性は極めて微妙で知りがたく、目には見えず、耳には聞こえません。その広がりは天の下に及び、高さには限りがなく、広大さには果てがなく、輪廻は限りなく続きます。しかし、六つの欲望に飢え渇き、まるで海が多くの川の水を満たせないかのようです。そのため、繰り返し地獄で焼かれたり煮られたり、様々な毒や苦しみを受けます。あるいは餓鬼となり、溶けた銅を流し込まれ、地獄で苦役を強いられます。あるいは畜生となり、屠られ、切り裂かれ、死ぬたびに刃を受け、計り知れない苦しみを味わいます。もし人間として生まれても、十月の間胎内に宿り、生まれるときには激しい圧迫を受け、あたかも縄で体を絞められるようです。地に落ちる痛みは高い所から落ちるようであり、風に吹かれることや火に焼かれるようであり、湯で洗われることは煮えた銅を浴びせられるようで、手で体を撫でることも刃で自分を削ぐようです。このような様々な痛みは極めて苦しく、言葉で表せません。成長した後は、感覚器官がすべて成熟し、髪は白くなり歯は抜け、内も外も衰えます。これを思うと心は悲しくなり、やがて重い病となります。四大元素が離れようとし、節々が痛み、座るのも寝るのも人の助けが必要で、医者が来てもかえって苦しみが増します。命が終わろうとするとき、様々な風が起こり、筋は切れ骨は砕け、全ての穴という穴が塞がります。息が絶え、魂は去り、その行く先を追っていきます。もし天に昇っても天にも貧富や貴賤、寿命の長短があります。福が尽きれば罪が来て、地獄、餓鬼、畜生の道に落ちます。これこそが苦しみというものです。』王は言いました。『素晴らしい。仏の説かれた苦しみの要点、私は心から信じよう。』」

「理家又曰：『夫有必空，猶若兩木相鑽生火，火還燒木，火木俱盡，二事皆空。往古先王宮殿臣民，今者磨滅不覩所之，斯亦空也。』王曰：『善哉！佛說空要，我心信哉！』

> 理家がまた言いました。「この世のすべてのものは必ず空（くう）となります。それは、まるで二本の木をこすり合わせて火を起こすようなものです。火が起こると、その火は木を燃やし、最後には火も木も、両方とも尽きてなくなってしまいます。これが『空』の姿です。昔の王様の立派な宮殿や家来たちも、今ではすっかり消え去り、どこに行ったのか見ることもできません。これもまた『空』なのです。」 王様は言いました。「なるほど。お釈迦様が教える『空』の大切な教え、私は心から納得しました。」

「理家又曰：『夫身地水火風矣，強為地，軟為水，熱為火，息為風。命盡神去，四大各離，無能保全，故云非身矣。』王曰：『善哉！佛說非身，吾心信哉！身且不保，豈況國土乎？痛夫我先王，不聞無上正真、最正覺非常苦空非身之教矣。』

> 理家がまた言った。「この身体は、地・水・火・風の四大から成っています。固いものを地、湿ったものを水、熱いものを火、呼吸（息）を風といいます。命が尽きて魂（神）が去れば、この四大はそれぞれ離れ去り、もはや一つに保つことはできません。だから『身体は我がものではない（非身）』と言うのです。」 王は言った。「素晴らしい。仏が説かれた『非身』の教え、私は心から信じました。身体すら永遠に保てないのに、まして国土がどうして保てましょうか。残念なことです、先王は『無上正真（最高の真理）』や『最正覚（完全なる悟り）』、そして『非常・苦・空・非身（無常・苦・無我）』の教えをお聞きになれなかったとは。」

「理家曰：『天地無常，誰能保國者乎？胡不空藏，布施貧飢之人乎？』王曰：『善哉！明師之教快哉！』即空諸藏而布施貧乏，鰥寡孤兒令之為親為子，民服炫煌，貧富齊同，舉國欣欣，含笑且行，仰天歎曰：『菩薩神化乃至於茲乎？』四方歎德，遂致太平。」

> 理家が言いました。「天地は永遠に変わらないものなどありません。誰が国を永遠に守れるでしょうか。どうして財宝を倉庫にため込んで、貧しく飢えた人々に施しをしないのでしょう？」 王は答えました。「その通りです。師の教えは素晴らしく、心が晴れやかになりました。」 そしてすぐに全ての財宝を蔵から出し、貧しい人々に施しました。身寄りのない者や孤児には、まるで家族のように親身に接しました。民は美しい衣をまとい、貧富の差はなくなり、国中が喜びにあふれ、笑顔で歩きながら、天を仰いで言いました。「菩薩の神通力による教化は、このような素晴らしいものなのか。」と。 四方の人々がその徳を讃え、ついに世の中は平和になりました。

佛告諸沙門：「理家者，是吾身也。國王者，彌勒是。鼈者，阿難是。狐者，鶖鷺子是。蛇者，目連是。漂人者，調達是。菩薩慈惠度無極行布施如是。」

> 仏は諸々の修行者に告げられました。「家を治めた者は、この私のことである。国王は弥勒（みろく）である。亀は阿難（あなん）である。狐は舎利弗（しゃりほつ）である。蛇は目連（もくれん）である。流されていた人は調達（ちょうだつ）である。菩薩（ぼさつ）の限りない慈しみと智慧の行い、そして布施とは、このようにして行われるのである。」