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title: "六度集經 · 41 普明王經〔普明王本生〕"
description: "六度集经由三国时期吴国高僧康僧会编译，成书于公元3世纪。该经书主要辑录佛陀本生及修行故事，系统阐述大乘佛教的核心实践体系——布施、持戒、忍辱、精进、禅定、智慧六种度脱生死的方法。作为早期汉传大乘佛教的重要经典，它首次系统地将六度思想完整引入中土，对中国佛教伦理实践和菩萨道精神的形成具有奠基性作用。该经既是研究汉魏佛教传播的关键文献，也是修行菩萨道的重要指南。"
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### （四一）普明王經

> （四一）普明王経

聞如是：

> このように私は聞きました：

一時佛在舍衛國祇樹給孤獨園。佛告諸比丘：「昔者菩薩為大國王，名曰普明，慈惠光被，十方歌懿，民賴其休，猶慈子之寧親也。隣國有王，治法以正，力如師子，走攫飛鳥。宰人亡肉，晨犇市索，路覩新屍，取之為肴，味兼畜肉。後日為饌，甘不如焉。王責太官，宰人歸誠叩頭首之。王心恧然曰：『人肉甘乎？』默勅宰人以斯為常。」世尊曰：「夫厚於味者即仁道薄，仁道薄者犲狼心興，夫為狼，苟貪肉味而賊物命，故天下讎焉。宰人承命，默行殺人，以供王欲，臣民嗷嗷。表聞尋賊，王曰宜然。密告宰人曰：『慎之哉！』有司獲之。賊曰：『王命爾矣。』群臣諫曰：『臣聞，王者為德仁法，帝精明即日月濟等，后土潤齊乾坤，含懷眾生即若虛空，爾乃可為天下王耳。若違仁從殘，即犲狼之類矣。去明就闇，瞽者之疇矣；替濟自沒，即坏舟之等矣。釋潤崇枯，即火旱之喪矣；背空向窒，即石人之心也矣。夫狼殘瞽闇坏沒火燒石人之操，不可為宰人之監，豈可為天下王耶？若崇上德即昌，好殘賊則亡。二義臧否，惟王何之？』王曰：『孩童絕湩其可乎？』曰：『不可。』王曰：『余如之矣。』群臣僉曰：『犲狼不可育，無道不可君。』臣民齊心同聲逐焉。

> ある時、仏はサーケート国の祇樹給孤独園に滞在されていた。仏は比丘たちに告げられた。「昔、菩薩は大きな国の王となり、その名を普明といった。慈悲深く恵みの光は十方に広がり、民はその恩恵に頼り、慈しむ子が親に安らぐかのようであった。隣の国に王がいて、法令によって正しく治め、その力は獅子のごとく速く、飛ぶ鳥を捕らえた。料理人が肉を失い、朝に市場へ走って探したが、道で新しい死骸を見つけ、それを肴として畜肉の味に勝るものとした。後に料理を作った時、その美味しさが及ばなかったので、王は大官を責め、料理人は誠を尽くして頭を下げて告白した。王は心に恥じて言った『人の肉は美味なのか？』と。そして密かに料理人にこれを常とするよう命じた」。 世尊は言われた。「味に厚い者は仁の道が薄くなり、仁の道が薄くなれば獣のような心が起こる。獣となり、貪って肉の味を欲し、命あるものを害すれば、天下の敵となるのだ。料理人は命を受け、密かに人を殺し続けて王の欲を満たした。臣民は苦しみ、騒ぎ立てた。ある者が賊を追って王に報告すると、王は『そうであろう』と言い、密かに料理人に告げた『慎重にせよ！』と。役人が捕らえて、賊は言った『王の命令だ』と。群臣は諫めて言った『我々は聞いております。王者は徳を持って仁を法とし、その明るさは日月のごとく、救いは后土に並び、潤いは乾坤に斉しく、衆生を抱くことは虚空のようであって、始めて天下の王となることができるのです。もし仁に背き、残虐に従えば、それは獣の類です。明るさを去り、暗さに向かえば、盲目の仲間です。救いを棄てて自ら没すれば、壊れた舟の類です。潤いを捨てて枯れを尊べば、火の旱による喪失です。空に向かうことを背いて塞がったものに向かえば、石の心のようです。獣の残虐さ、盲目の暗さ、壊れた舟の没落、火の旱、石の心のような行いを持っては、料理人の監督にもなれません。まして天下の王となることができましょうか？もし上徳を尊べば栄え、残虐を好めば滅びます。この二つの善悪、王はどちらを選ばれますか？』と。王は言った『幼児が母乳を絶つことができるだろうか？』と。群臣は『できません』と答えた。王は言った『私も同じことだ』と。群臣は皆言った『獣は育てるべきではなく、道のない者は君主とすべきでない』と。臣民は心を一つにし、声を合わせて王を追い出した」。

「王奔入山，覩見神樹，稽首辭曰：『令余反國，貢神百王。』誓畢即行，伺諸王出突眾取之，猶鷹鷂之撮鷰雀，執九十九王。樹神人現顏華非凡，謂阿群曰：『爾為無道以喪王榮，今復為元酷，將欲何望乎？』阿群前趣之，忽然不現。

> 王が山中に逃げ込んだ。そこには神聖な木があり、王は額を地面にすりつけてこう祈った。「もし私が国に戻れたなら、この神木に百人の王を捧げます」。誓いを終えるとすぐに出発し、諸王が外出するタイミングを待ち、群衆の中から彼らを捕らえた。まるで鷹が燕雀を捉えるかのように、九十九人の王を捕らえたのだ。 すると木の神が人の姿で現れた。その顔立ちは並外れて美しかった。神は阿群に言った。「お前は道を外した行いをし、王としての栄光を失った。今また、残酷な行いを重ねている。いったい何を望んでいるのか？」 阿群が近づこうとすると、神は忽然と姿を消した。

「時，普明王，出察民苦樂，道逢梵志，梵志曰：『大王還宮，吾欲有言。』王曰：『昨命當出，信言難違。道士進坐，吾旋在今。』遂出為阿群所獲，投之樹下，王曰：『不懼喪身，恨毀吾信耳。』阿群曰：『何謂耶？』王具說道士見己之誓，願一覩之，受其重戒，尠寶貢焉，旋死不恨。阿群放之，還覩道士，躬敷高座，道士昇座，即說偈言：

> その時、普明王は民の苦しみや楽しみを見聞きするために外出した。道中でバラモンに出会った。バラモンが言った。「大王よ、宮殿へお戻りください。申し上げたいことがあります。」王は答えた。「昨日、出かけると約束したので、その約束は破れません。どうかお座りになってお待ちください。私はすぐに戻ります。」王はそのまま進み、阿群に捕らえられて木の下に置かれた。王は言った。「命を失うことは恐れないが、自分の約束を破ってしまったことが悔やまれる。」阿群が尋ねた。「それはどういう意味ですか？」王は、バラモンに会って誓ったことの次第を詳しく語り、「あのバラモンにもう一度会い、その大切な戒めを受け、わずかではあるが宝を捧げることができれば、その後で死んでも悔いはありません。」と願い出た。阿群が王を放したので、王はバラモンのもとに戻った。自分の手で高座を設け、バラモンがその高座に上がると、即座に次の詩句を唱えた。

「『劫數終訖， 乾坤烔然，須彌巨海， 都為灰焬。天龍福盡， 于中凋喪，二儀尚殞， 國有何常？生老病死， 輪轉無際，事與願違， 憂悲為害。欲深禍高， 瘡疣無外，三界都苦， 國有何賴？有本自無， 因緣成諸，盛者必衰， 實者必虛。眾生蠢蠢， 都緣幻居，聲響俱空， 國土亦如。識神無形， 駕乘四蛇，無明寶象， 以為樂車。形無常主， 神無常家，三界皆幻， 豈有國耶？』

> 劫（こう）の終わりが訪れ、 天地は一体となって燃え上がる。 須弥山も大海も、 すべて灰燼と帰す。 天竜の福徳も尽き、 その中で滅び去る。 天と地さえも滅びるのに、国に何の永遠があろうか。 生・老・病・死は、 輪廻して限りがない。 思い通りにならぬ出来事が人を悩ませ、 憂いや悲しみが人を苦しめる。 欲望が深ければ災いも大きく、 心の傷や苦しみは外に逃れられない。 三界はすべて苦しみに満ちている。 国に何の頼りがあろうか。 存在するものはもとは無であり、 因縁によって形を成す。 栄えるものは必ず衰え、 実るものは必ず虚ろとなる。 衆生は愚かにも、 すべて幻の住まいに執着する。 音と響きは共に空であり、 国土もまた同じである。 識（しき）の神は形を持たず、 四つの蛇（地・水・火・風の要素）を乗りこなす。 無明（むみょう）という宝の象に乗り、 それを楽しみの車とする。 身体に永遠の主はなく、 心に永遠の家はない。 三界はすべて幻である。 どこに本当の国などあろうか。

「受偈畢，即貢金錢萬二千。梵志重誡之曰：『爾存四非常，其禍必滅矣。』王曰：『敬諾，不敢替明誡。』即至樹所，含笑且行。阿群曰：『命危在今，何欣且笑？』答曰：『世尊之言，三界希聞。吾今懷之，何國命之可惜乎？』阿群媚曰：『願聞尊教。』王即以四偈授之，驚喜歎曰：『巍巍世尊，陳四非常，夫不聞覩，所謂悖狂。』即解百王，各令還國。

> 偈を受け終わると、すぐに金貨一万二千を捧げた。バラモンは重ねて戒めて言った。「あなたが四つの無常を心に留めておけば、その災いは必ず消え去るでしょう」と。王は「謹んでお受けいたします。明らかな戒めを違えることは決してありません」と答えた。そして木の下に赴き、ほほえみを浮かべながら歩みを進めた。阿群が言う。「命の危機が今にあるというのに、なぜほほえみ、笑うのですか？」王は答えた。「世尊の教えは、三界においてめったに聞けるものではない。私は今それを胸に抱いている。この国の命など、惜しむに足りようか？」阿群は媚びるように言った。「ぜひその尊い教えをお聞かせください」。王は四つの偈を伝授した。阿群は驚き喜び、嘆じた。「おお、尊き世尊よ、四つの無常を説かれ、それを見聞きしない者は、まさに逆さまな者というべきです」。そしてすぐに百人の王を解き放ち、それぞれを自国に帰らせた。

「阿群悔過自新，依樹為居，日存四偈，命終神遷，為王太子，納妻不男。王重憂之，因募國女化之令男，後遂妷蕩不從真道。王恚之焉，磔著四衢，命行人曰：『以指确首，苟辱之矣。』適九十九人，而太子薨。魂靈變化，輪轉無已，值佛在世，生舍衛國。早喪其父，孤與母居。事梵志道，性篤言信，勇力擘象，師愛友敬，遐邇稱賢，師每周旋輙委以居。師妻懷嬖，援其手婬辭誘之。阿群辭曰：『凡世耆友，男吾父之，女吾母焉，豈況師之所敬乎？燒身可從，斯亂不敢順矣。』師妻恧然，退思為變。婿歸，婦曰：『子歎彼賢，足照子否矣？』具為其過。女妖似真，梵志信矣。師告阿群：『爾欲仙乎？』對曰：『唯然。』曰：『爾殺百人，斬取其指，今獲神仙。』奉命携劒，逢人輙殺，獲九十九人指，眾犇國震。覩母欣曰：『母至數足，吾今仙矣。』佛念：『邪道惑眾，普天斯疇也。』化為沙門在其前步，曰：『人數足矣。』追後不屬，曰：『沙門可止！』答曰：『吾止久矣，惟爾不焉。』曰：『止義云何？』答曰：『吾惡都止，爾惡熾矣。』阿群心開，霍如雲除，五體投地，頓首悔過。叉手尋從，將還精舍，即為沙門。佛為說宿行，現四非常，得溝港道，退于樹下，閉目叉手練去餘垢，進取無著。

> 阿群は罪を悔い改めて心を新たにし、木の根元を住まいとして、毎日四つの偈を心に留めて修行していた。やがて命を終えて魂が移り変わり、ある国の王太子として生まれ変わったが、妻を娶っても子ができなかった。王はこれを大いに憂え、国中の女たちを募って太子と交わらせ、子を成させるように計らった。その結果、太子はかえって放蕩にふけり、真実の道に従わなくなった。王は激怒し、太子を四つ辻に磔にして、道行く人々に「指でその頭を突け、辱めよ」と命じた。ちょうど九十九人目が指を突いた時、太子は息絶えた。 その魂は輪廻を繰り返し、ついに仏が世に現れた時、舎衛国に生まれた。幼くして父を亡くし、母と二人で暮らしていた。彼は梵志（バラモン）の道を学び、性格は誠実で約束を守り、その勇力は象をも打ち倒すほどであった。師は彼を愛し、友人は彼を敬い、遠く近くから賢者と称えられた。師が外出するたびに、必ず家のことを彼に任せた。 師の妻は密かに彼を慕い、手を握って淫らな言葉で誘った。しかし阿群は断って言った。「この世の年長の友は、男性ならば父のように、女性ならば母のように敬うべきものです。ましてや師が敬う相手を、どうしてそのように扱えましょう。体を焼かれることがあっても、このような乱れには従いません。」師の妻は恥じ入り、退いて復讐を企てた。夫が帰宅すると、妻は言った。「あなたはあの者を賢いと褒めていますが、それはあなた自身の徳を辱めることではありませんか。」そしてありもしない過ちをでっち上げた。女の妖しい言葉は真実らしく、梵志はそれを信じてしまった。 師は阿群に言った。「お前は仙人になりたいか。」阿群は「はい、その通りです」と答えた。師は言った。「では、百人を殺し、その指を切り取って来なさい。それができれば神仙になれる。」命を受けた阿群は剣を携え、出会う人を次々に殺し、九十九本の指を集めた。人々は逃げ惑い、国中が震撼した。そこに母が現れるのを見て、阿群は喜んで言った。「母が来れば指の数が足りる、私は今すぐ仙人になれる。」 仏は心に思った。「邪な教えが人々を惑わし、このようなことになっているのか。」そして沙門（僧）の姿に変わり、阿群の前を歩いた。阿群が「もう人数は足りた」と言っても、その後ろに沙門はついてこなかった。阿群は「沙門よ、止まれ」と呼びかけた。沙門は答えた。「私はとっくに止まっている。お前だけが止まらないのだ。」阿群は「『止まる』とはどういう意味か」と尋ねた。沙門は答えた。「私の悪はすべて止んでいる。お前の悪は燃え盛っている。」この言葉に阿群の心は開け、まるで雲が晴れるかのように悟った。彼は五体を地に投げ出し、額を地面に打ちつけて悔い改めた。そして合掌して沙門に従い、精舎に連れて行かれて、沙門となった。 仏は彼に過去の行いを説き、四つの無常（諸行無常・諸法無我・一切皆苦・涅槃寂静）を現し示した。阿群は預流果（悟りの第一段階）を得て、木の下に退き、目を閉じて合掌し、残りの煩悩を除いて修行を続け、ついに阿羅漢（完全な悟り）に達した。

「王召軍師戰士數萬，尋捕妖賊，未知所之。道過佛所，曰：『王自何來？身蒙塵土。』對曰：『國有妖賊殺無過民，今尋捕之。』世尊告曰：『夫民先修德而退崇邪，治國之政其法何之？』對曰：『先貴後賤，正法治之。』『若夫先戴畜心退懷聖德，正法何之？』對曰：『先賤後貴正法賞之。』曰：『賊已釋邪崇真，今為沙門矣。』王歎曰：『善哉！如來、無所著、正真道、最正覺、道法御、天人師，神妙上化乃至于茲乎！始為犲狼，今為天仁。』稽首足下，又重歎曰：『斯化奇矣，願一覩之。』世尊曰：『可。』王逮官屬，造之而曰：『上德賢者可一開眼相面乎？』如斯三矣。答曰：『吾之眼睛，耀射難當。』王稽首曰：『明日設微饌，願一顧眄。』答曰：『於廁吾往，於殿則不。』王曰：『唯命。』還則裂廁，掘其地則新之，樟梓𣑮材，為之柱梁，香湯沃地，栴檀蘇合欝金諸香，和之為泥，旃罽雜繒，以為座席，彫文刻鏤，眾寶為好。煒煒煌煌，有踰殿堂。明日王身，捧香鑪迎之。阿群就座，王褰衣膝行，供養訖畢，即說經曰：『廁前日之污，豈可於飯乎？』對曰：『不可。』曰：『今可乎？』曰：『可矣。』阿群曰：『吾未覩佛時，事彼妖蠱，心存口言身行諸邪，邪道穢化其為臭污，甚彼溷矣。屎污可洗，穢染難除，賴蒙宿祚生值佛世，沐浴清化去臭懷香，內外清淨猶天真珠，夫不覩佛、不知四非常者，觀其志趣，猶狂者醉之以酒矣，不親賢眾而依十惡者，其與犲狼共檻乎！』王曰：『善哉！奇乎佛之至化，乃令廁臭化為栴檀矣。』

「說經竟，即邁歷市，聞有婦人逆產者命在呼吸。還如事啟，佛言：『爾往為其產。』阿群恧然。世尊曰：『爾望產云：「吾自生來，慈向眾生，潤濟乾坤者。」爾母子俱全矣。』受教而往，至宣佛恩，母子俱生。退還尋塗，疑己有殺人之酷，而云普慈，稽首質焉。佛告阿群：『凡人心開受道之日，可謂始生者也。不覩三尊，未受重戒，猶兒處胎，雖其有目，將亦何覩？有耳何聞？故曰未生也。』阿群心開，即得應真道。」

> 経典を説き終えると、阿群はすぐに町を巡った。そこで、難産で息も絶え絶えの女性がいるのを聞いた。帰ってこのことを告げると、仏は言われた。「かの地へ行き、出産を助けなさい。」阿群は気後れした。世尊は言われた。「『私は生まれながらにして、生きとし生けるものに慈しみを向け、天地を潤し救ってきた』と産婦に語りなさい。そうすれば、母子とも無事に助かるであろう。」教えの通りに赴き、仏の恩徳を説き示すと、母子はともに無事に生まれた。引き返す道すがら、阿群は自身に人を殺めるほどの酷さがあったのに「全てに慈しみがある」と言ったことを疑い、仏に頭を下げて問いただした。仏は阿群に告げられた。「人の心が開けて道を受けるその日こそ、『生まれ出た』というのだ。三尊を拝さず、重い戒めを受けていない者は、まだ胎内にいる子のようなものだ。たとえ目があっても何が見えようか。耳があっても何が聞こえようか。だから『未生』というのだ。」阿群は心が開けて、たちまち阿羅漢の悟りを得た。

佛告諸比丘：「昔時普明者，吾身是也。吾前世授之四偈，一活百王，今令得道，不受重罪矣。阿群宿命甞為比丘，負米一斛送著寺中，上作刀一枚，歡喜歎尊，稽首而去。負米獲多力，上刀獲多寶，歡喜獲端正，歎尊獲為王，作禮故為國人所拜。九十九人确其首，遂至喪身，故殺前怨而斬其指。後人欲确，見其已喪，又覩沙門，更有慈心。後人即其母，始有惡意故，阿群始意亦惡，覩沙門更慈故，見佛即孝。種淳得淳，種雜得雜，善惡已施，禍福尋之，影追響應，皆有所由，非徒自然也。比丘願言：『令汝逢佛得道。』如願獲焉。供養三尊，有若絲髮；沙門以慈呪願施者言，如其言，得，萬無一失。菩薩執志度無極行持戒如是。」

> 仏は比丘たちに告げられた。「かつての普明王とは、私のことである。私は前世で彼に四つの偈を授け、百人の王を救った。今、彼は悟りを得て、重い罪を受けずに済んだのだ。 阿群は前世で比丘であったことがある。一斛の米を背負って寺に運び、その上に一振りの刀を捧げ、歓喜して仏を讃嘆し、礼拝して去っていった。米を運んだことで多くの力を得、刀を捧げたことで多くの宝を得、歓喜したことで端正な姿を得、讃嘆したことで王となる報いを得た。礼拝したことが、国中の人々に敬われる因となった。 九十九人がその頭を打とうとしたが、阿群はついに命を落とした。このため、過去の怨みを晴らすべく、かの者の指を切り落としたのである。 その後、阿群（の首）を打とうとした者がいたが、既に彼が命を落としているのを見て、また沙門を目にして、さらに慈しみの心を起こした。その後の者こそが阿群の母である。初めに悪意を抱いたので、阿群の初めの心もまた悪かったが、沙門を見てさらに慈しみの心を起こしたので、仏を見て孝順になったのである。 純粋な行いをすれば純粋な結果を得、雑多な行いをすれば雑多な結果を得る。善悪はすでに施した通り、禍福はそれに従い、影が形に従い、響きが音に応じるように、いずれにも原因があり、自然に生じるものではない。 比丘が『あなたを仏に遇わせ、悟りを得させよう』と願ったところ、その願いの通りになった。三宝を供養することは、たとえ糸や髪の毛ほどの小さなことであっても、沙門が慈しみをもって施し主のために祈れば、その言葉の通りに報いを得る。その確かさは、万に一つの誤りもない。 菩薩はその志を固く持ち、果てしない修行の道を歩み、戒律をこのように守るのである。」

## 六度集經卷第四

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