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title: "六度集經 · 43 〔睒道士本生〕"
description: "六度集经由三国时期吴国高僧康僧会编译，成书于公元3世纪。该经书主要辑录佛陀本生及修行故事，系统阐述大乘佛教的核心实践体系——布施、持戒、忍辱、精进、禅定、智慧六种度脱生死的方法。作为早期汉传大乘佛教的重要经典，它首次系统地将六度思想完整引入中土，对中国佛教伦理实践和菩萨道精神的形成具有奠基性作用。该经既是研究汉魏佛教传播的关键文献，也是修行菩萨道的重要指南。"
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### （四三）

> （四三）

「昔者菩薩，厥名曰睒，常懷普慈，潤逮眾生，悲愍群愚不覩三尊。將其二親處于山澤，父母年耆兩目失明，睒為悲楚，言之泣涕。夜常三興，消息寒溫，至孝之行，德香熏乾，地祇海龍國人並知。奉佛十善，不殺眾生，道不拾遺，守貞不娶，身禍都息，兩舌惡罵，妄言綺語，譖謗邪偽，口過都絕，中心眾穢，嫉恚貪餮，心垢都寂。信善有福，為惡有殃。以草茅為廬，蓬蒿為席，清淨無欲，志若天金。山有流泉，中生蓮華，眾果甘美周旋其邊，夙興採果，未甞先甘，其仁遠照，禽獸附恃。二親時渴，睒行汲水，迦夷國王入山田獵，彎弓發矢，射山麋鹿，誤中睒胸，矢毒流行，其痛難言。左右顧眄，涕泣大言：『誰以一矢殺三道士者乎？吾親年耆，又俱失明，一朝無我，普當殞命。』抗聲哀曰：『象以其牙，犀以其角，翠以其毛，吾無牙角光目之毛，將以何死乎？』王聞哀聲，下馬問曰：『爾為深山乎？』答曰：『吾將二親處斯山中，除世眾穢，學進道志。』

> 「昔、ある菩薩がいました。名前を睒（せん）といいました。彼は常に限りない慈しみの心を持ち、その慈愛はあらゆる生きとし生けるものにまで及んでいました。そして、教えの三宝（仏・法・僧）を知らない愚かな人々を深く哀れんでいました。彼は年老いた両親を連れて山奥に住んでいました。父母は年老いて二人とも目が見えませんでした。睒はそれを深く悲しみ、口にするたびに涙を流しました。夜には三度も起きて、両親の温かさや寒さを気づかうほどの、この上なく孝行な行いでした。その徳の香りは天にまで立ち昇り、地の神々も海の竜神も、国の人々も皆、そのことを知っていました。 彼は仏教の十の善戒を守り、生き物を殺さず、道に落ちている物を拾うこともなく、節操を貫いて結婚もせず、身にふりかかる災いをすべて断ち切りました。また、二枚舌、悪口、偽り、飾った言葉、中傷、邪偽といった口からの過ちもすべて断ち切りました。さらに心の中の汚れ――妬み、怒り、貪り――もすべて静めていました。 彼は「善い行いには福があり、悪い行いには災いが返ってくる」と信じていました。草や茅で粗末な小屋を建て、蓬やヨモギを敷いて寝床とし、心は清らかで何の欲もなく、その志は天の黄金のように輝いていました。山には湧き水があり、その中には蓮の花が咲き、周りには様々な美味しい果物が実っていました。彼は朝早く起きて果物を摘みましたが、決して先に自分で味わうことはありませんでした。その慈しみの光は遠くまで照らし、鳥や獣も皆、彼に寄り添い頼っていました。 ある時、両親が喉が渇いたと言うので、睒は水を汲みに出かけました。ところが、迦夷（かび）国の王が山中で狩りをしており、弓を引き絞って山の鹿を射ようとしたところ、誤って睒の胸に矢が当たってしまいました。矢の毒が体中に回り、その痛みは言葉にできません。睒はあたりを見回し、涙を流しながら大声で叫びました。 「一本の矢で、三人の修行者を殺そうとする者がいるというのか！私の両親は年老い、しかも二人とも目が見えない。私がいなくなれば、彼らはすぐに命を落としてしまうだろう。」 そして、悲痛な声で言いました。 「象は牙のために死に、犀は角のために死に、翡翠はその美しい羽のために命を落とす。私は牙も角も光る羽も持っていない。いったい何のために死なねばならないのか？」 王はその悲痛な声を聞き、馬から降りて尋ねました。「あなたはこの深い山で修行しているのですか？」 睒は答えました。「私は年老いた両親を連れてこの山に住み、世の中のあらゆる穢れを捨て去り、道を学び志を高めているのです。」

「王聞睒言，哽噎流淚，甚痛悼之。曰：『吾為不仁，殘夭物命，又殺至孝。』舉哀云：『奈此何？』群臣巨細莫不哽咽。王重曰：『吾以一國救子之命，願示親所在，吾欲首過。』曰：『便向小徑，去斯不遠有小蓬廬，吾親在中。為吾啟親，自斯長別，幸卒餘年，慎無追戀也。』勢復舉哀，奄忽而絕。王逮士眾，重復哀慟，尋所示路到厥親所。王從眾多，草木肅肅有聲，二親聞之，疑其異人，曰：『行者何人？』王曰：『吾是迦夷國王。』親曰：『王翔茲甚善，斯有草席可以息涼，甘果可食，吾子汲水，今者且還。』王覩其親以慈待子，重為哽噎。王謂親曰：『吾覩兩道士以慈待子，吾心切悼甚痛無量。道士子睒者，吾射殺之。』親驚怛曰：『吾子何罪而殺之乎？子操仁惻，蹈地常恐地痛，其有何罪而王殺之？』王曰：『至孝之子，實為上賢，吾射麋鹿誤中之耳！』曰：『子已死，將何恃哉？吾今死矣。惟願大王牽吾二老，著子屍處，必見窮沒，庶同灰土。』王聞親辭，又重哀慟，自牽其親，將至屍所。父以首著膝上，母抱其足，嗚口吮足，各以一手捫其箭瘡，椎胸搏頰仰首呼曰：『天神地神、樹神水神，吾子睒者，奉佛信法，尊賢孝親，懷無外之弘仁，潤逮草木。』又曰：『若子審奉佛至孝之誠上聞天者，箭當拔出，重毒消滅子獲生存，卒其至孝之行；子行不然，吾言不誠，遂當終沒，俱為灰土。』天帝釋、四天大王、地祇、海龍，聞親哀聲，信如其言，靡不擾動。

> 王はこの言葉を聞いて、涙が止まらず、深く悲しみ嘆きました。「私は不仁にも、命あるものを傷つけ、最も孝行な者まで殺してしまった」と言い、嘆き悲しみました。「どうすればよいのか？」と。家臣たちも皆、涙を流さない者はありませんでした。 王は重ねて言いました。「私は一国をあげてあなたの命を救いたい。どうか両親のいる場所を教えてほしい。私は自ら過ちを謝罪したい。」 すると彼は言いました。「あの小道を行けば、そう遠くないところに小さな草庵があります。私の両親はそこにいます。両親に伝えてください。これで永遠の別れになります。どうか残りの人生を全うし、くれぐれも私を追い慕って悲しまないでください」と言うと、再び声を上げて泣き、そのまま息を引き取りました。 王と兵士たちはさらに深く悲しみ嘆き、示された道をたどって両親のいる場所へ向かいました。大勢の従者が草木を踏み分けると、サラサラと音がしました。それを聞いた両親は不審に思い、「歩いてくるのはどなたですか？」と尋ねました。 王は「私は迦夷国の王です」と答えました。両親は「王様がここへ来られるとは、大変光栄です。こちらにございます葦の敷物でお休みください。甘い果物もございます。息子は今水を汲みに行っておりますが、もうすぐ戻ってまいります」と言いました。 王はこの両親が慈しみをもって息子を待っている様子を見て、また涙があふれました。王は両親に言いました。「私はあなた方お二人が慈しみをもって息子を待っておられるのを見て、心が痛み、言葉にできないほど悲しいのです。あなた方の息子の睒を、私が射て殺してしまいました。」 両親は驚き怖れて言いました。「私たちの息子に何の罪があって殺したのですか？息子は思いやり深く、地面を歩くのも地を痛めはしないかと心配するほどでした。いったい何の罪があって、王様は殺したのですか？」 王は言いました。「最も孝行な息子は、実に尊い聖者でした。私が鹿を射ようとして誤って彼に当ててしまったのです。」 「息子が死んでしまったら、私たちは何を頼りに生きればよいのでしょう？私たちももう死ぬのみです。どうか王様、私たち二老を息子の亡骸のもとへ連れて行ってください。私たちはその場で果て、ともに灰となり土となりましょう。」 王はこの両親の言葉を聞き、また深く悲しみ、自ら両親を連れて亡骸のある場所へ行きました。父は息子の頭を膝の上にのせ、母はその足を抱き、泣きながら口で吸い、それぞれ片手で矢の傷を押さえました。両親は胸を叩き、頬を打ち、天を仰いで叫びました。 「天の神よ、地の神よ、木の神よ、水の神よ。私たちの子、睒は、仏を敬い、法を信じ、賢者を尊び、親に孝行し、限りない慈愛の心を持ち、その慈しみは草木にまで及んでいました。」 そしてまた言いました。「もしこの子が本当に仏を敬い、誠実に孝行している真心が天に届いているならば、この矢は抜け出て、毒は消え去り、この子は生き返るでしょう。そしてその孝行の道を全うするはずです。もしこの子の行いがそうでなければ、私の言葉が真実でなければ、私たちはこのまま果てて、ともに灰となり土となるでしょう。」 天帝釋、四天大王、地の神々、海の龍王たちは、両親の哀れな声を聞き、その言葉が真実であると信じ、皆が動揺しない者はありませんでした。

「帝釋身下，謂其親曰：『斯至孝之子，吾能活之。』以天神藥灌睒口中，忽然得穌。父母及睒，王逮臣從，悲樂交集，普復舉哀。王曰：『奉佛至孝之德，乃至於斯。』遂命群臣：『自今之後率土人民，皆奉佛十德之善，修睒至孝之行。』一國則焉，然後國豐民康，遂致太平。」

> 帝釈天が姿を現し、その猟師のもとへ降り立ってこう告げました。「この最も親孝行な子を、私が生き返らせよう。」そして天の神薬をシャーマの口に注ぎ込むと、たちまちにして彼は息を吹き返しました。 父母とシャーマ、王とその家来たちは、悲しみと喜びが入り混じり、皆で再び声をあげて泣き悲しみました。王は言いました。「仏を敬い、このような極まる親孝行の徳があるものか。」そこで家来たちに命じました。「今日からこの国中の民は皆、仏の十の徳を尊び、シャーマのような親孝行の行いを修行せよ。」国中がその教えに従い、その後、国は豊かになり民は安心し、ついに平和な世の中となりました。

佛告諸比丘：「吾世世奉諸佛至孝之行，德高福盛，遂成天中之天三界獨步。時睒者，吾身是。國王者，阿難是。睒父者，今吾父是。母者，吾母舍妙是。天帝釋者，彌勒是也。菩薩法忍度無極行忍辱如是。」

> 仏は諸々の比丘に告げられた。「私は生涯、諸仏に孝行を尽くす行いを実践し、その徳は高く、福は満ち溢れ、ついには天の中の天、三界を独り歩む者となった。当時の睒（せん）とは、私の前世の姿である。国王とは、阿難（あなん）である。睒の父とは、今の私の父である。母とは、私の母である舎妙（しゃみょう）である。天帝釈とは、弥勒（みろく）である。菩薩は法の忍びをもって、極まりない修行を行い、忍辱をこのように実践するのである。」