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title: "六度集經 · 44 〔羼提和梵志本生〕"
description: "六度集经由三国时期吴国高僧康僧会编译，成书于公元3世纪。该经书主要辑录佛陀本生及修行故事，系统阐述大乘佛教的核心实践体系——布施、持戒、忍辱、精进、禅定、智慧六种度脱生死的方法。作为早期汉传大乘佛教的重要经典，它首次系统地将六度思想完整引入中土，对中国佛教伦理实践和菩萨道精神的形成具有奠基性作用。该经既是研究汉魏佛教传播的关键文献，也是修行菩萨道的重要指南。"
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### （四四）

> 第44節

「昔者菩薩，時為梵志，名羼提和，處在山澤，樹下精思，以果泉水而為飲食。內垢消盡，處在空寂，弘明六通得盡知之。智名香熏聞八方上下，十方諸佛、緣一覺道、應儀聖眾靡不咨嗟。釋梵四王、海龍地祇，朝夕肅虔叉手稽首，稟化承風擁護其國，風雨順時，五穀豐熟，毒消災滅，君臣熾盛。其王名迦梨，入山畋獵，馳逐麋鹿，尋其足跡歷菩薩前，王問道士：『獸跡歷茲，其為如行乎？』菩薩默惟：『眾生擾擾，唯為身命，畏死貪生，吾心何異哉？吾儻語王，虐殺不仁，罪與王同；儻云不見，吾為欺矣。』中心恧然低首不云。王即怒曰：『當死乞人，吾現帝王一國之尊，問不時對而佯低頭乎？』其國名揥手爪曰不，菩薩惆悵，揥手爪曰不乎，示王以為不見。曰：『獸跡歷茲而云不見，王勢自在，為不能戮爾乎？』菩薩曰：『吾聽王耳。』王曰：『爾為誰耶？』曰：『吾忍辱人。』王怒拔劒截其右臂。菩薩念曰：『吾志上道，與時無諍，斯王尚加吾刃，豈況黎庶乎？願吾得佛必先度之，無令眾生效其為惡也。』王曰：『若為誰乎？』曰：『吾忍辱人。』又截其左手，一問一截，截其脚，截其耳，截其鼻，血若流泉，其痛無量，天地為震動，日即無明。

> 昔、菩薩はヴァラモン（バラモン）の修行者となり、名を羼提和（センダイワ）といいました。山間の沢に住み、木の下で深く考えをめぐらせ、果実や清水を飲み物としました。心の汚れは消え去り、静寂の中にいて、六神通（ろくじんずう）の素晴らしい智慧を開き、すべてを悟りました。その智慧の香りは八方・上下に広がり、十方の諸仏や縁覚の道、阿羅漢の聖なる集まりの誰もが感嘆しました。帝釈天や梵天、四大天王、海の竜王や地の神々も、朝夕に敬虔に合掌し、頭を地に付けて礼拝しました。教えを受け、その風儀を守り、国を護りました。風雨は時節にかなって、五穀は豊かに実り、毒は消え、災いは滅び、君臣は栄えました。 その国の王は迦梨（カリ）といいました。ある日、山に入って狩りをし、鹿を追いかけていました。その足跡をたどると、菩薩の前に出ました。王は道士に尋ねました。「獣の足跡がここを通っている。お前は何か見たか。」菩薩は黙って考えました。「生きとし生けるものは騒々しく、ただ命のために、死を恐れ、生に貪る。私の心も同じなのだろうか。もし王に教えれば、残酷に殺生をさせることになり、罪は王と同じになる。しかし、見なかったと言えば、私は嘘をつくことになる。」心は悩み、うつむいて何も言いませんでした。 王は怒って言いました。「死ぬべき乞食め。私は一国の主だ。問いにすぐ答えず、わざとうつむいているのか。」この国では、手を振ることを「否（ノー）」のしるしとしました。菩薩は心悲しく、手を振って「否」を示し、王に見えなかったと伝えました。王は言いました。「獣の跡がここにあるのに、見なかったと言うのか。王の権勢は自由自在だ。お前を殺すことくらいできるぞ。」菩薩は言いました。「私は王の思いのままに任せます。」王は言いました。「お前は誰だ。」菩薩は答えました。「私は忍辱の人です。」王は怒って剣を抜き、菩薩の右腕を切り落としました。 菩薩は思いました。「私は最高の道を志し、時と争わない。この王は私に刃を加えるのだから、ましてや民衆はどうであろう。どうか私が仏となった時は、必ず最初にこの王を救おう。人々が彼の悪事に習うことを許してはならない。」 王はまた問いました。「お前は誰だ。」菩薩は答えました。「私は忍辱の人です。」さらに左腕を切り落としました。こうして王が問うたびに、片方ずつ切り落としました。足を切り、耳を切り、鼻を切りました。血は泉のように流れ、その苦しみは計り知れませんでした。天地は震え、太陽は光を失いました。

「四天大王僉然俱臻，同聲恚曰：『斯王酷烈，其為難齊。』謂道士曰：『無以污心。吾等誅王及其妻子，并滅一國，以彰其惡。』道士答曰：『斯何言乎？此殃由吾前世不奉佛教加毒于彼，為惡禍追，猶影之繫形矣。昔種之少，而今獲多，吾若順命，禍若天地，累劫受咎，豈可畢哉？』黎民覩變，馳詣首過齊聲而曰：『道士處茲，景祐潤國，禳災滅疫；而斯極愚之君，不知臧否，不明去就，惡加元聖。惟願聖人，無以吾等報上帝也。』菩薩答曰：『王以無辜之惡痛加吾身，吾心愍之，猶慈母之哀其赤子也；黎庶何過而怨之乎？假有疑望，爾捉吾斷臂以來。』民即捉之，乳湩交流。曰：『吾有慈母之哀，今其信，現於茲。』民覩弘信，靡不稟化，欣懌而退。

> 四天王がこぞってやって来て、口をそろえて怒りました。 「この王はひどく残酷で、どうしようもない。」 そして道士に言いました。 「どうか心を汚さないでください。私たちが王とその妻、子を殺し、国ごと滅ぼして、その悪を世に示しましょう。」 道士は答えました。 「なんということでしょう。この災いの原因は、私が前世で教えを守らず、あの人に害を加えたからです。悪を行えば苦しみが追いかけてくるのは、影が形に従うようなものです。昔は小さな種をまいたのに、今は大きな実を得ています。もしあなたがたの言う通りにしたら、その災いは天地のように大きく、何度も生まれ変わっても償いきれず、終わることはないでしょう。」 人々はこの変化を見て、走り寄り、そろって謝罪し、言いました。 「この道士がここにいてくださるおかげで、国は恵みを受け、災いや疫病も消えています。それなのに、この愚かな王は善悪もわからず、道理に暗く、聖なる方に悪をなしました。どうか聖人よ、私たちのせいで天の神に報復しないでください。」 菩薩は答えました。 「王は何の罪もない私にひどい苦しみを与えましたが、私はその王を哀れんでいます。まるで慈しみ深い母が自分の幼い子を気の毒に思うように。人々にどんな罪があって、私が怨むことがありましょうか。もし疑いがあるなら、あなたがたは私の断たれた腕を掴んでみなさい。」 人々がその腕を掴むと、乳が流れ出しました。 「私は慈母のような哀れみの心を持っている。その証拠が今、ここに現れたのです。」 人々はこの深い信仰の証を見て、皆が心から教えに従い、喜びながら退いて行きました。

「菩薩有弟，亦覩道元，處在異山，以天眼徹視，覩天神鬼龍會議王惡，靡不懷忿。懼兄有損德之心，以神足之兄所。曰：『有所中傷乎？』答曰：『不也。爾欲照吾信。取斷手足耳鼻著其故處，復者即吾信矣。』弟續之即復，兄曰：『吾普慈之信于今著矣。』天神地祇靡不悲喜，稽首稱善，更相勸導，進志高行，受戒而退。自斯之後日月無光，五星失度，妖怪相屬，枯旱穀貴，民困怨其王也。」

> 菩薩には弟がいた。彼もまた道の根源を見極めていたが、別の山に住んでいた。彼は天眼で透かして見ると、天神や鬼、龍たちが王の悪事について集まって話し合い、皆が憤りを抱いているのを目にした。兄が徳を損なう心を持つことを恐れ、神通力で兄の元へと向かった。そして問うた「何か傷つけられることがありましたか？」兄は答えた「いや、ない。お前が私の信念を確かめたいならば、私の手足や耳鼻を切り落とし、それらを元の場所に置いてみなさい。もし元通りになれば、それが私の信念の証となろう。」弟がその通りに行うと、それらはすぐに元に戻った。兄は言った「私の遍く慈しみの信念が、今ここに明らかとなった。」天神や地祇（地の神々）は皆、悲しみ喜び、頭を下げて「善いかな」と称えた。互いに勧め合い、志を高めて行動し、戒めを受けてから立ち去った。この後、日月は光を失い、五星はその道を乱し、怪異が続き、干ばつで穀物は高騰し、民は疲弊して王を怨んだのである。

佛告諸比丘：「時羼提和者，即吾身是。弟者，彌勒是。王者，羅漢拘隣是。菩薩法忍度無極行忍辱如是。」

> 仏は比丘たちに告げられた。「その時の羼提和（せんだいわ）とは、すなわちこの私のことである。弟とは、弥勒（みろく）のことである。王とは、羅漢の拘隣（くりん）のことである。菩薩の法忍（ほうにん）という波羅蜜（はらみつ）の修行は、このように忍辱（にんにく）を実践することなのである。」