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title: "六度集經 · 45 〔童子本生〕"
description: "六度集经由三国时期吴国高僧康僧会编译，成书于公元3世纪。该经书主要辑录佛陀本生及修行故事，系统阐述大乘佛教的核心实践体系——布施、持戒、忍辱、精进、禅定、智慧六种度脱生死的方法。作为早期汉传大乘佛教的重要经典，它首次系统地将六度思想完整引入中土，对中国佛教伦理实践和菩萨道精神的形成具有奠基性作用。该经既是研究汉魏佛教传播的关键文献，也是修行菩萨道的重要指南。"
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### （四五）

> （四五）

「昔者菩薩，生於貧家，貧家不育，以褻裹之，夜無人時，默置四街，并錢一千送著其道。國俗以斯日為吉祥之日，率土野會，君子小人，各以其類盛饌快樂。梵志覩戲，讚會者曰：『嗟于今日會者！別有如粳米純白無糅，厥香苾芬。若夫今日產生男女，貴而且賢。』坐中有一理家，獨而無嗣，聞之默喜，令人四布索棄子者，使問路人曰：『覩有棄子者乎？』路人曰：『有獨母取焉。』使人尋之，得其所在，曰：『吾四姓富而無嗣，爾以兒貢，可獲眾寶。』母曰：『可留錢送兒，從欲索貨。』母獲如志。育兒數月，而婦姙身，曰：『吾以無嗣故育異姓，天授余祚，今以子為？』以褻裹之夜著汫中。家羊日就而乳，牧人尋察覩兒，即歎曰：『上帝何緣落其子於茲乎？』取歸育之以羊湩乳。四姓覺知，誥曰：『緣竊湩乎？』對曰：『吾獲天之遺子，以湩育之。』四姓悵悔。還育數月，婦遂產男，惡念更生，又復如前以褻裹之著車轍中，兒心存佛三寶，慈向其親。

> 昔、菩薩は貧しい家に生まれました。貧しい家では育てられず、粗末な布に包まれ、夜中誰もいない時に、こっそりと街角に置かれ、千銭の金も道端に添えられました。国の習慣では、この日を吉祥の日とし、国中が野外で集まり、身分ある者もない者も、それぞれにごちそうを楽しみました。修行者（バラモン）は見物して、集まった人々を賞賛し、言いました。「ああ、今日の集いの人々よ！まるで純白で混じりけのない粳米のように、その香りは芳しい。もし今日生まれる男女は、高貴で賢いであろう。」その席に一人の資産家がいましたが、子がおらず、これを聞いて密かに喜び、人を遣わして捨て子を探させました。道行く人に「捨て子を見かけなかったか？」と尋ねさせると、道行く人は「一人の貧しい老女が引き取っていった」と言いました。使いの者はその場所を突き止め、言いました。「私は四姓（富裕層）で子がなく、富んでいる。あなたがその子を差し出すなら、多くの宝物を得られるだろう。」老女は「金を残して子を渡そう。好きなだけの品を求めなさい。」と言いました。老女は願い通りにしました。子を育てること数か月、老女は妊娠しました。「私は子がないからよその子を育てたが、天が私に子を授けた。今この子をどうしようか？」そうして、粗末な布に包み、夜中に溝に捨てました。家の山羊が毎日近づいて乳を与えたので、牧人が見つけて子を見つけ、嘆きました。「なぜ神の子がこんな所に落ちているのか？」連れ帰り、山羊の乳で育てました。四姓はそれに気づき、叱りました。「なぜ私の乳を盗むのか？」牧人は答えました。「私は天が授けた子を得て、その乳で育てているのです。」四姓は悔しがりました。再び数か月育てると、ついに男の子が生まれ、悪念が再び湧き、以前のように粗末な布に包み、車の轍の上に置きました。しかし子の心は仏・法・僧の三宝を念じ、その親に対して慈しみの心を持ち続けました。

「晨有商人數百乘車，徑路由茲，牛躓不進，商人察其所以，覩兒驚曰：『天帝之子，何緣在茲乎？』抱著車中，牛進若流，前二十里息牛亭側，有獨母白商人乞曰：『以兒相惠濟吾老窮。』即惠之矣。母育未幾，四姓又聞，愴然而曰：『吾之不仁殘天德乎？』又以眾寶請兒歸家，哽噎自責，等育二兒。數年之間，覩兒之智奇變縱橫，惡念又生曰：『斯明溢度，吾兒否哉，必虜之矣。』褻裹入山，棄著竹中絕食必殞。兒興慈念曰：『吾後得佛，必濟眾苦矣。』山近谿水，兒自力搖從竹墮地，展轉至其水側。去水二十里，有擔死人𨽁，𨽁有人行取樵，遙見小兒，就視歎曰：『上帝落其子乎？』抱歸育焉。四姓又聞，厥恨如前，以眾名寶請歸悲泣，并教書數仰觀俯占，眾道之術過目即能，稟性仁孝，言輙導化，國人稱聖，儒士雲集。父兇念生，厥性惡重，前家有冶師去城七里，欲圖殺兒，書勅冶師曰：『昔育此兒，兒入吾家，疾疫相仍，財耗畜死。太卜占云：「兒致此災。」書到極攝，投之火中。』訛命兒曰：『吾年西夕加有重疾，爾到冶師所諦計錢寶，是爾終年之財。』兒受命行，於城門內，覩弟與輩彈胡桃戲，弟曰：『兄來吾之幸矣，為吾復折。』兄曰：『父命當行。』弟曰：『吾請行矣。』奪書之冶師所。冶師承書，投弟于火。父心忪忪而怖，遣使索兒，使覩兄曰：『弟如之乎？』兄如狀對。兄歸陳之，父驛馬追兒已為灰矣。

> 朝、数百台の商人の車がこの道を通りかかりました。すると牛がつまずいて進めなくなりました。不思議に思った商人が調べてみると、そこに一人の幼い子どもがいるのを見つけ、驚いて言いました。「天帝の子よ、どうしてこんなところにいるのか？」子どもを馬車に乗せると、牛はまるで流れるように進み始めました。二十里先で牛を休ませていると、一人の老女が商人に近づいて願いました。「その子を私にください。老いた私の命の支えとさせてください。」商人は子どもを差し出しました。 老女が子どもを育て始めて間もなく、その話を聞いた四姓（四大族の一つ）が悲しみながら言いました。「なんと不仁なことをしてしまったのか。天の徳を損なう行為だ。」そう言って、多くの宝と引き換えに子どもを家に迎え入れ、涙ながらに反省し、自分の子と共に二人の子どもを同じように育てました。 数年が経ち、子どもの知恵が非凡で、驚くべき才能を縦横無尽に発揮するのを見て、四姓は再び悪念を抱きました。「この子の聡明さは度を越している。わが子は及ぶまい。必ずや我が家を乗っ取ろうとしているに違いない。」そう思い、子どもを衣に包んで山へ連れて行き、竹やぶの中に捨てました。食べ物もなく、死を待つばかりでした。ところが、幼い子は慈悲の心を起こし、「やがて私は仏となり、必ずや衆生の苦しみを救おう」と誓いました。 山の近くには川があり、子どもは力の限り体を動かし、竹やぶから転げ落ちて、川岸までたどり着きました。そこから二十里先に、死者を葬る役目の者がいました。その人が薪を拾いに来て、遠くに幼い子を見つけ、近づいて嘆きました。「神様が子を落とされたのか？」そう言って、子どもを抱き帰り、育てました。 またもや四姓がこの話を聞き、前回と同じように悔しがり、多くの名宝と引き換えに子どもを迎え入れ、泣き悲しみました。そして、文字や算術、天文、占星術など、あらゆる技を教えました。子どもは目を通せばすぐに理解し、生まれつき慈悲深く孝行で、言葉を発すれば人を導き、国中の人々から聖人と称えられ、多くの学者が集まるようになりました。 それでも父親の凶悪な心は変わらず、その性根はますます邪悪に傾きました。以前から、町から七里離れた場所に鍛冶屋がいました。その息子を殺そうと企み、鍛冶屋に手紙を送りました。「昔、この子を育てた。だが、我が家に入ってからというもの、疫病が絶えず、財産は減り、家畜は死んだ。占い師に聞けば、『この子のせいだ』と言う。この手紙が届き次第、この子をしっかり捕まえて、火の中に投げ込め。」と。 そして、子どもにはこう偽って言いました。「私も年老い、重い病を患っている。鍛冶屋のところへ行き、金や宝の勘定をしっかりと確かめてきなさい。それがお前の終生の財産となる。」子どもは命じられるままに出かけました。城門のところで、弟が仲間と胡桃を弾く遊びをしているのに出会いました。弟が言いました。「兄さんが来てくれたのは幸いだ。私の代わりに胡桃を割ってくれ。」兄が「父の命令でこれから出かけなければならない」と言うと、弟が「では、私が代わりに行こう」と言い、手紙を奪い取って鍛冶屋のところへ行きました。 鍛冶屋は手紙の通りに、弟を火の中に投げ込みました。父親は心苦しく恐れおののき、使いを出して息子を探させました。使いが長男を見つけ、「弟はどうなった？」と尋ねると、兄は事の次第を話しました。兄が帰って父に報告すると、父は急ぎ馬を走らせましたが、弟はすでに灰になっていました。

「父投躬呼天結氣內塞，遂成癈疾。又生毒念曰：『吾無嗣已，不以斯子為？必欲殺之。』父有邸閣去國千里，仍遣斯兒曰：『彼散吾財，爾往計校。今與邸閣書，囊藏蠟封，爾急以行。』書陰勅曰：『此兒到，急以石縛腰沈之深淵。』兒受命稽首，輕騎進半。道有梵志，與父遙相被服，常相問遺書數往來。梵志有女，女既賢明，深知吉凶天文占候，兒行到梵志所居曰：『吾父所親梵志正在斯止。』謂從者曰：『今欲過修禮之，可乎？』從者曰：『善！』即過覲禮。梵志喜曰：『吾兄子來。』便命四隣學士儒生耆德雲集，娛宴歡樂，并諮眾疑靡不欣懌，終日極夜各疲眠寐。女竊覩男，見其腰帶佩囊封之書，默解取還，省讀其辭，悵然而歎曰：『斯何妖厲，賊害仁子乃至斯乎？』裂書更之，其辭曰：『吾年西垂，重疾日困，彼梵志吾之親友也，厥女既賢且明，古今任為兒匹，極具寶帛娉禮務好小禮大娉，納妻之日，案斯勅矣。』為書畢，開關復之。

> 父はわが身を投げ打ち、天に向かって叫び、心は内にふさがりついに身体に重い病を抱えるようになった。そしてまた、悪しき念が生じた。「私はもう跡継ぎがいないのだ。この子をどうすべきか。必ず殺してしまおう。」 父には都から千里も離れた屋敷があった。そこでその子を呼び、言った。「あそこに私の財産がある。お前が行って確かめてこい。今、屋敷への手紙を書く。これを袋に包み、蝋で封をする。お前は急いで行け。」手紙には密かにこう命じていた。「この子が着いたなら、すぐに石を縛りつけて深い淵に沈めよ。」 子は命を受けて拝礼し、軽やかに馬を進めた。途中に、父とは遠く離れて暮らしながらも同じ衣をまとい、しばしば手紙をやり取りする梵志がいた。梵志には娘がいて、賢明であり、吉凶や天文占いにも深く通じていた。 子は梵志の住まいに着いて言った。「父が親しくしている梵志が、まさにここにおられる。」従者に尋ねた。「ここで礼を尽くして訪ねてもよいだろうか？」従者が答えた。「よろしい。」そこで訪ねて拝礼した。梵志は喜んで言った。「私の兄の子が来てくれた。」そして四方の学者や儒者、年長の徳ある人々を招き集め、宴を開いて楽しみ、皆の疑問に答え、皆が喜び楽しんだ。夜通し楽しんだ末に、皆は疲れて眠ってしまった。 娘はひそかにその男を見ると、腰の帯に皮袋に封じた手紙を下げているのに気づいた。静かにそれを解いて取り出し、手紙の文面を読みかえすと、深くため息をついて言った。「これは何という恐ろしいことか。どうして仁の心ある子をこのように害そうとするのか。」そこで手紙を破り、新しい文を書き直した。その文面は次のようであった。「私は齢を重ね、重い病にますます苦しんでいる。あの梵志は我が親友である。彼の娘は賢く明るく、古今に優れているので、我が子の妻とするにふさわしい。十分な宝や絹を用いて婚礼の礼物を整え、小さな礼儀も大きな婚礼も丁重に行え。妻を迎えたその日、この命に従え。」手紙を書き終え、元のように封をして戻した。

「明晨進路，梵志眾儒靡不尋歎。邸閣得書，承命具禮詣梵志家。梵志夫妻議曰：『夫婚姻之儀，始之於擇行問咎占兆，彼善禮備即吾許焉。今現男不媒禮娉便臻，彼豈將慢乎？』又退讌息曰：『男女為偶，自古然矣。男賢女貞，誠亦難值。』遂納禮會宗，九族歎曰：『斯榮傳世。』納妻禮成，邸閣馳啟，四姓聞之結疾殊篤。兒聞親疾，哽咽而言：『夫命難保，猶幻非真。』梵志欲擇良日遣還，菩薩內痛不從其云，室家馳歸升堂稽首，妻尋再拜，垂泣而進三步又拜，稱名曰『妾是子男某妻，親召妾為某，當奉宗嗣箕󰆠之使，盡禮修孝。惟願大人疾瘳福臻，永保無終之壽，令其展情獲孝婦之德。』四姓結忿內塞而殞。菩薩殯送慈惻哀慕，一國稱孝，喪畢修行馨熏十方。」

> 明朝の道を進むに当たり、梵志の学者たちや多くの儒者たちは、皆その行いを称賛し嘆息した。役所は手紙を受け取り、その指示に従って供物を整え、梵志の家を訪れた。梵志夫妻は話し合って言った。「結婚の儀式は、まず行いを選び、吉凶の兆しを問うことから始まるものだ。その者が行いに優れ、礼儀が整っていれば、私たちは承諾する。ところが今、この若者は、仲介人もなく、正式な婚約の儀礼もなしに、いきなり訪ねてきた。これは私たちを軽んじているのではないか。」しかし、後になり、彼らは静かにこう語った。「男女が連れ合うことは、古くから当然のことだ。男が賢く、女が貞節であることは、確かにめったに出会えない幸運である。」そこで贈り物を受け入れ、親族を招いた。一族は皆、「この栄誉は代々に伝わる」と称賛した。結婚の儀式が正式に終わると、役人はすぐにその報告を急いだ。四姓の者はこれを聞いて、深く心を痛め、病に臥せった。息子は父親の重病を知り、嗚咽しながら言った。「命は保ちがたく、まるで幻のようなもので、真実ではない。」梵志は良い日を選んで送り返そうとしたが、菩薩は胸の内で深く悲しみ、その言葉に従わなかった。妻は急いで家に帰り、父母の前にひざまずき、二度礼拝し、涙を流しながら三歩進んではまた礼拝し、名を名乗って言った。「私はあなた様の息子、某の妻でございます。父上が私を某と呼び、家系を継ぎ、跡継ぎの務めを果たすようお命じになりました。私は敬いの心を尽くし、孝行を全ういたします。どうか父上の病が癒え、幸せが訪れ、永遠の寿命が保たれますように。そして私が気持ちを尽くし、孝婦の徳を得ることができますように。」四姓の者は怒りが胸に詰まって亡くなった。菩薩は葬儀を執り行い、慈しみと哀れみの情で故人を追慕した。国中の人々がその孝行を称えた。喪が明けると修行に励み、その香りは十方に満ちた。

佛告諸比丘：「童子者，吾身是也。妻者，俱夷是。四姓者，調達是。菩薩法忍度無極行忍辱如是。」

> 仏は比丘たちに告げられた。「あの童子とは、このわたしのことである。妻とは、耶輸陀羅（ヤソダラ）のことである。四人の者とは、提婆達多（デーバダッタ）のことである。菩薩の法忍（ほうにん）という波羅蜜（はらみつ）の行、すなわち忍辱（にんにく）を修行することは、このようなものである。」