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title: "六度集經 · 64 蜜蜂王經〔精進辨比丘本生〕"
description: "六度集经由三国时期吴国高僧康僧会编译，成书于公元3世纪。该经书主要辑录佛陀本生及修行故事，系统阐述大乘佛教的核心实践体系——布施、持戒、忍辱、精进、禅定、智慧六种度脱生死的方法。作为早期汉传大乘佛教的重要经典，它首次系统地将六度思想完整引入中土，对中国佛教伦理实践和菩萨道精神的形成具有奠基性作用。该经既是研究汉魏佛教传播的关键文献，也是修行菩萨道的重要指南。"
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### （六四）佛說蜜蜂王經

> （六四）仏説蜜蜂王経

聞如是：

> このように私は聞きました：

一時佛在舍衛國祇樹給孤獨園。佛告諸弟子：「當勤精進聽聞諷誦，莫得懈怠陰蓋所覆。吾念過去無數劫時，有佛名一切度王如來、無所著、最正覺，時為一切諸天人民不可計數而說經法。是時眾中有兩比丘，其一比丘名精進辯，一比丘名德樂正，共聽經法。精進辯者聞經歡喜，應時即得阿惟越致，神通具足；德樂正者，睡眠不覺，獨無所得。時，精進辯謂德樂正言：『佛者難值，億百千世時乃一出耳，當曼精進為眾作本，如何睡眠？夫睡眠者陰蓋之罪，當自勗勉有覺寤心。』時德樂正，聞其教詔便即經行，於祇樹間甫始經行復住睡眠，如是煩亂不能自定，詣泉水側坐欲思惟，復坐睡眠，時，精進辯便以善權往而度之，化作蜜蜂王，飛趣其眼如欲螫之。時，德樂正驚覺而坐，畏此蜂王，須臾復睡，時，蜜蜂王飛入腋下螫其胸腹，德樂正驚，心中懅悸不敢復睡。時，泉水中有雜色花，憂曇、拘文，種種鮮潔。時，蜜蜂王飛住華上食甘露味，時德樂正端坐視之，畏復飛來不敢復睡。思惟蜂王觀其根本，蜂王食味不出華中，須臾之頃，蜂王睡眠，墮污泥中；身體沐浴已，復還飛住其華上。時，德樂正向蜜蜂王說此偈言：

> ある時、仏はシャーラス国の祇園精舎におられた。仏は弟子たちに告げられた。「怠らずに努め、教えを聞き誦しなさい。怠りの覆いに覆われてはならない。私は過去無数の劫の昔、一切度王如来と呼ばれる覚者がおられたのを思い出す。その方は天の人々を数えきれないほど教え導いておられた。その法会の中に二人の比丘がいた。一人は精進弁といい、もう一人は徳楽正といった。精進弁は教えを聞いて喜び、すぐに不退転の位を得て神通力を備えた。しかし徳楽正は眠りに落ちて悟りを得られなかった。そこで精進弁は徳楽正に言った。『仏に出会うことは難しく、億百千劫に一度しかないのだ。精進して衆生の模範となりなさい。どうして眠っていられるか。眠りは煩悩の覆いという罪である。自ら励まし、目覚める心を持ちなさい』」。 徳楽正はその教えを聞き、祇園の林の中を歩行し始めたが、また眠りに落ちてしまった。このように苦しみ、自分を律することができず、泉のほとりに座って考えようとしたが、また眠ってしまった。そこで精進弁は巧みな方便を用いて彼を救おうと、蜜蜂の王に姿を変え、彼の目の前に飛んでいき、刺そうとした。徳楽正は驚いて起き上がり座ったが、蜂の王を恐れつつも、またすぐに眠ってしまった。すると蜜蜂の王は脇の下に入り込み、胸や腹を刺した。徳楽正は驚き、恐怖のあまり再び眠ることができなくなった。 泉の中には様々な色とりどりの花、憂曇花や拘文花などが清らかに咲いていた。蜜蜂の王はその花にとまり、甘露の味を吸っていた。徳楽正はじっと座ってそれを見つめ、蜂が再び飛んでくるのを恐れて眠ることができなかった。そして蜂の王について深く考え、その本質を観察した。蜂の王は花の中から出ずに甘露を味わっていたが、しばらくすると眠りに落ち、泥の中に落ちてしまった。体を洗った後、再び花の上に戻ってきた。その時、徳楽正は蜜蜂の王に向かって次の偈を唱えた。

「『是食甘露者， 其身得安隱，不當復持歸， 遍及其妻子。如何墮泥中， 自污其身體，如是為無黠， 敗其甘露味。又如此華者， 不宜久住中，日沒華還合， 求出則不能。當須日光明， 爾乃復得出，長夜之疲冥， 如是甚勤苦。』

> 「この甘露を食らう者は、その身は安らかで穏やかになる。 それなのに、家に持ち帰って、妻や子供たちにまで分け与えてはならない。 どうして泥の中に落ちて、自らの身を汚すような真似をするのか。 そのような者は賢くなく、甘露の味を台無しにしてしまうのだ。 また、この花のようなものは、長くそこに留まるべきではない。 日が沈めば花は閉じてしまい、出ようとしても出られなくなる。 太陽の光が再び照るのを待って、ようやく出ることができる。 長い夜の暗闇と疲れは、それほどに大きな苦しみであるのだ。」

「時蜜蜂王，向德樂正，說偈報言：

> 時に蜜の王は、徳楽正に向かって、偈を説いて答えた。

「『佛者譬甘露， 聽聞無厭足，不當有懈怠， 無益於一切。五道生死海， 譬如墮污泥，愛欲所纏裹， 無智為甚迷。日出眾華開， 譬佛之色身，日沒華還合， 世尊般泥曰。值見如來世， 當曼精進受，除去睡陰蓋， 莫呼佛常在。深法之要慧， 不以色因緣，其現有智者， 當知為善權。善權之所度， 有益不唐舉，而現此變化， 亦以一切故。』

> 仏は甘露のようなもの。聴いても聴いても飽きることがない。 怠けてはならない。それでいて一切に無益なものではない。 五道の生死の海は、泥の中に落ちるようなもの。 愛欲に絡め取られ、智慧を欠く者はひどく迷う。 日が昇れば多くの花が咲く。それは仏の化身のよう。 日が沈めば花はまた閉じる。世尊が涅槃に入られたように。 もし如来の世に出会うことができたら、精進して教えを受けよ。 眠りの覆いを取り除き、仏が永遠にいると思うな。 深い教え、大切な智慧は、形や縁によるものではない。 それに気づく智者がいるなら、それが巧みな方便だと知るべきだ。 巧みな方便による救いは、無駄ではなく利益をもたらす。 この変化を現すのも、すべては一切衆生のためである。

「時德樂正聽聞其說，即得不起法忍，解諸法本，逮陀隣尼，乃知精進辯善權方便。常獨經行不復懈怠，應時亦得不退轉地。」

> そのとき、徳楽正はその説法を聞いて、即座に無生法忍（すべての現象が生じないことへの理解）を得ました。諸法の本質を悟り、陀羅尼（総持の力）を獲得し、精進の功徳や巧みな方便（教えを伝える技法）の価値を深く理解しました。それ以来、常に独りで経行（歩く瞑想）を行い、もはや怠けることなく、瞬時に不退転の境地（仏道から退かない境地）に達しました。

佛告阿難：「爾時精進辯者，今我身是也。德樂正者，彌勒是也。」

> 仏は阿難に告げられた。「その時の精進辯という人物は、今の私（釈迦）のことです。徳楽正という人物は、弥勒のことなのです。」

佛語阿難：「我爾時俱與彌勒共聽經法，彌勒時睡眠獨無所得。設我爾時不行善權而救度者，彌勒于今在生死中未得度脫。聞是法者常當精進，廣勸一切皆令除去睡眠之蓋，當造光明智慧之本。」

> 仏が阿難に告げられた。「その当時、私は弥勒と共に経法を聴聞していた。しかし弥勒はその時、眠ってしまい、一人だけ何も得ることができなかった。もしも私が巧みな方法（善権）で彼を救済していなければ、弥勒は今もなお生死の輪廻の中にあって、解脱を得ていなかったであろう。この教えを聞く者は、常に精進し、広くすべての人々に睡眠という覆いを取り除くよう勧めなさい。智慧という光明の基盤を築くべきなのである。」

說是事時，無央數人皆發無上平等度意。菩薩銳志度無極精進如是。

> この話が説かれたとき、数えきれないほどの人々が、この上なく平等な悟りの心を起こしました。菩薩たちは鋭い志を持って、限りない精進を積んだのです。