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title: "六度集經 · 66 小兒聞法即解經〔小兒本生〕"
description: "六度集经由三国时期吴国高僧康僧会编译，成书于公元3世纪。该经书主要辑录佛陀本生及修行故事，系统阐述大乘佛教的核心实践体系——布施、持戒、忍辱、精进、禅定、智慧六种度脱生死的方法。作为早期汉传大乘佛教的重要经典，它首次系统地将六度思想完整引入中土，对中国佛教伦理实践和菩萨道精神的形成具有奠基性作用。该经既是研究汉魏佛教传播的关键文献，也是修行菩萨道的重要指南。"
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### （六六）小兒聞法即解經

> （66）小児、法を聞きて即ち経を解す

「昔有比丘，精進守法，少持禁戒，初不毀犯，常守梵行，在精舍止。所可諷誦是般若波羅蜜，說經聲妙無能及者，其有聞此比丘音聲，莫不歡喜。有一小兒厥年七歲，城外牧牛，遙聞比丘誦說經聲，即尋音往詣精舍中，禮比丘已却坐一面，聽其經言，時說色本，聞之即解，兒大歡喜。經句絕已，便問比丘。比丘應答，不可兒意。是時小兒反為解說，其義甚妙，昔所希聞。比丘聞之，歡喜甚悅，怪此小兒乃有智慧，非是凡人。時，兒即去，還至牛所，所牧牛犢散走入山，兒尋其迹追逐求索。爾時，值虎害此小兒，小兒命終，魂神即轉，生長者家，第一夫人作子。

> 昔、ある比丘がおりました。彼は戒律を守り精進し、清らかな行いを常に実践し、精舎に住んでいました。彼が朗誦する般若波羅蜜経の声は美しく、誰も及ぶ者がないほどでした。この比丘の声を聞けば、皆が喜びを感じない者はありませんでした。 ある時、七歳の少年が城外で牛を放っていました。遠くから比丘の経を誦する声を聞き、その声に導かれて精舎へと向かいました。比丘に礼をした後、彼は片隅に座り、その経の話を聞きました。その時、説かれていたのは「色」の本質についてでした。少年はそれを聞いてすぐに理解し、大いに喜びました。経文が終わると、彼は比丘に質問しました。しかし比丘の答えは少年の心にかなうものではありませんでした。そこで少年が代わって解説を始めると、その意味は非常に深妙で、これまでにない素晴らしいものでした。 比丘はそれを聞いて大いに喜び、この少年がただ者ではなく、智慧を備えていることに驚きました。 やがて少年は立ち去り、牛たちのところへ戻りました。すると、放っていた子牛たちが山の中へ散っていました。少年はその跡を追って探し求めました。その時、虎に襲われて命を落としてしまいました。少年の魂はその身を離れ、長者の家に生まれ変わり、第一夫人の子となりました。

「夫人懷妊，口便能說般若波羅蜜，從朝至暮初不懈息。其長者家，素不知法，恠此夫人口為妄語，謂呼鬼病，下問譴祟，無所不至，無能知者。長者甚愁，不知夫人那得此病，家中內外皆悉憂惶。是時比丘入城分衛詣長者門，遙聞經聲心甚喜悅，住門有頃。主人偶出，見此比丘亦不作禮，比丘怪之：『此賢者家內說經聲妙乃爾乎！今此長者不與我語。』即問長者：『內中誰有說深經者，音聲微妙乃如是耶！』長者報言：『我內中婦聞得鬼病，晝夜妄語，口初不息。』比丘爾乃知長者家為不解法，比丘報言：『此非鬼病，但說尊經佛之大道，願得入內與共相見。』長者言：『善！』即將比丘入至婦所。婦見比丘即為作禮，比丘呪願言：『得佛疾。』便與比丘相難說經法，反覆披解，比丘甚喜。長者問言：『此何等病？』比丘報言：『無有病也，但說深經甚有義理，疑此夫人所懷妊兒，是佛弟子。』長者意解，即留比丘與作飲食。飲食畢訖，比丘便退精舍，展轉相謂：『有一長者夫人懷妊，甚可奇怪，口誦尊經，所說如流，其音妙好，解釋經理甚深。』

> ある長者の妻が妊娠すると、朝から晩まで怠ることなく般若波羅蜜（はんにゃはらみつ）を口に出して唱え始めました。ところがこの長者の家はもともと仏法を知らなかったため、妻の言葉をでたらめだと思い、鬼の病（きびょう）か何かだろうと決めつけ、様々なお払いや呪いをしましたが、全く効果がありませんでした。長者は大変に悲しみ、妻がなぜこのような病になったのかわからず、家中の者も皆、心配と不安でいっぱいでした。 そんな折、托鉢（たくはつ）の僧が長者の家の門の前に立ち寄り、遠くから経を唱える声を聞いて心から喜び、しばらく門のところに立っていました。そこへ主人がたまたま出てきましたが、その僧に挨拶もしません。僧は不思議に思い、「この家では素晴らしい経の声が聞こえるのに、どうして主人は私に一言も声をかけないのだろう」と考え、尋ねました。「家の中で、このような深い経を、あのような美しい声で唱えている方はどなたですか？」すると長者は答えました。「家内の者が鬼の病にかかり、昼夜関係なくわけのわからないことを口にして、その声が止まらないのです。」 これを聞いて僧は、この家の者が仏法を知らないのだと悟り、言いました。「それは鬼の病ではありません。尊い経典、仏の大道を説いているのです。どうか中に入れて、その方にお会いしたいのです。」長者は「よろしい」と言い、すぐに僧を妻のいる場所に連れて行きました。 妻は僧を見るとすぐに礼をしました。僧が「早く仏の悟りを得られますように」と祈ると、妻は僧と共に経典の教えを論じ合い、互いに問答を繰り返し解き明かしながら、僧は大いに喜びました。 長者が尋ねました。「これは一体何の病なのでしょうか？」僧は答えました。「病などでは全くありません。ただ深い経を説いており、その内容には大変な意味があります。おそらく、この奥様が宿しているお子は、仏の弟子なのでしょう。」長者はようやく理解し、その僧を中に招いて食事を供しました。 食事を終えると、僧は精舎（しょうじゃ）に戻り、他の僧たちに話しました。「ある長者の奥様が妊娠しており、非常に不思議なことに、尊い経を水が流れるように唱え、その声は美しく、教えの意味も深く説き明かしているのです。」

「後日長者復請比丘，普及眾僧悉令詣舍，辦飲食具。時至，皆到坐定，行水飲食已，呪願達嚫。時，夫人出禮眾比丘，却坐一面，復為比丘快說經法，諸有疑難不能及者，盡為比丘具足解說，眾僧踊躍歡喜而退。日月滿足，夫人在產，㝃娠得男，又無惡露。其兒適生，叉手長跪，誦般若波羅蜜。夫人產已，還如本時無所復知，如夢寤已了無所識。長者即復呼眾僧。比丘都集，往覩小兒，說經故事，初無躓礙。是時眾僧各各一心觀此小兒本，皆不能知。長者問言：『此為何等？』比丘答曰：『真佛弟子，慎莫驚疑，好養護之。此兒後大當為一切眾人作師，吾等悉當從其啟受。』

> その後、長者が再び比丘たちを招き、すべての僧侶を家に集めて、飲食の準備を整えました。時が来ると、皆が到着して席に着き、お湯で手を清め、飲食が済むと、願文を唱え、施主への感謝の言葉を述べました。その時、夫人が現れて僧侶たちに礼をし、片隅に座って、さらに比丘たちのために分かりやすく教えを説きました。質問や難題があって答えることができないものは、すべて夫人が比丘たちに詳しく解説しました。僧侶たちは喜び勇んで退席しました。 やがて妊娠の月日が満ち、夫人は出産し、男子を産みました。また、悪露もありませんでした。その子は産まれるとすぐに、手を合わせて長く跪き、般若波羅蜜を誦しました。夫人は出産後、以前の状態に戻り、何も知らないのと同じで、まるで夢から覚めたかのように何も覚えていませんでした。 長者はすぐにまた僧侶たちを招きました。比丘たちは皆集まり、幼児のもとへ行って、その子が経典の話をする様子を見ましたが、初めから一切の滞りがありませんでした。その時、僧侶たちは一人ひとり心を込めてこの幼児の前世を見ようとしましたが、誰にも分かりませんでした。長者は尋ねました。「これはどういうことでしょうか？」比丘たちは答えました。「まことの仏の弟子です。どうか驚いたり疑ったりせず、大切に育ててあげてください。この子は大きくなれば、すべての人々の師となるでしょう。私たちも皆、この子から教えを受けることになるのです。」

「時兒長大至年七歲，悉知微妙，道俗皆備，與眾超絕，智度無極。諸比丘等皆從受學，經中誤脫有所短少，皆為刪定，足其所乏。兒每入出有所至止，輙開化人使發大乘；長者家室內外大小五百人眾，皆從兒學，發摩訶衍意，悉行佛事。兒所教授城郭市里，所開發者八萬四千人，皆發無上正真道意，弟子乘者五百人，諸比丘聞兒所說本漏意解，志求大乘者皆得法眼淨。」

> 時に少年は成長して年が七歳になり、あらゆる微妙な教えをことごとく知り、仏道にも世俗にも通じ、すべての人を超え抜け、智慧の極みに達していました。多くの比丘たちは皆、その少年に従って学び、経典の中の誤りや脱落、不足している箇所があれば、すべてを訂正し、足りない部分を補いました。 少年が出かける時も帰る時も、立ち寄る所々で、常に人々を教化して大乗の教えに目覚めさせました。長者の家の内外、大小五百人の人々は皆、少年に従って学び、摩訶衍（大乗）の心を発し、すべて仏の教えを実践しました。 少年が教えを授けた町や市場の人々は八万四千人に及び、皆が無上正真道（最高の悟り）の志を起こしました。弟子となった者は五百人おり、比丘たちは少年の説法を聞いて、これまでの迷いから心が解き放たれ、大乗を求める志を立てた者たちは皆、清らかな法の目を得ました。

佛告阿難：「是時小兒者，吾身是也。時比丘者，迦葉佛是也。如是，阿難！我往昔時，一從比丘聞摩訶衍品，讚善開解，心意歡喜不轉，精進不忘，深識宿命，自致無上平等正覺。一聞之德乃尚如是，何況終日遵修道者？菩薩銳志度無極精進如是。」

> 仏は阿難に告げられた。「その時の子どもというのは、私自身のことです。その時の比丘というのは、迦葉仏のことです。このように、阿難よ。私は過去世に、一度だけ比丘から大乗の教えを聞き、それを称賛し喜んで理解し、心から喜び、その覚えたことを忘れずに精進し続け、前世の記憶を深く悟り、自ら最高の悟りを得ました。一度聞いただけの功徳でさえ、このような素晴らしい結果をもたらすのです。ましてや、一日中教えに従って修行する人については言うまでもありません。菩薩は鋭い志を持って、限りない精進をこのように行うのです。」