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  1. 治禅病秘要法 (治禪病祕要法)
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治禅病秘要法 (治禪病秘要法)


治入地三昧見不祥事驚怖失心法

治入地三昧見不祥事驚怖失心法

「復次,舍利弗!若行者入地三昧,見四方面黑山,諸山巖間有無量無邊諸鳩槃荼蹲踞土埵,現醜惡形,身根分端。復有五山,夜叉競來爭取彼山,諸鳩槃荼痛急驚怖,發大惡聲,向行者所。復見諸鬼頭髮蓬亂,捉大鐵棒棒端有山,至行者所。復見夜叉擔山起舞。羅剎持樹至夜叉所,羅剎瞋恚與夜叉鬪。毘舍遮鬼頭戴黑山、口銜死虎。

また、舎利弗よ、もし修行者が地の三昧に入り、四方に黒い山を見るならば、それらの山の岩の間には、無量無辺の鳩槃荼(きゅうばんだ)が蹲み、土の塊の上に醜悪な姿を現し、身体の根元の部分を露わにしている。さらに五つの山があり、夜叉たちが競ってその山を奪い取ろうとしている。諸々の鳩槃荼は痛みに耐えかねて驚き恐れ、大きな悪しき声を発し、修行者の方へ向かってくる。また、諸々の鬼たちが、髪をぼうぼうと乱し、大きな鉄の棒を持ち、その棒の先に山を乗せて、修行者のもとへやってくるのを見る。また、夜叉が山を担いで舞い踊るのを見る。羅刹が木を持って夜叉のもとへ行き、羅刹が怒りに燃えて夜叉と戦う。毘舎遮鬼(びしゃしゃき)は頭に黒い山を戴き、口に死んだ虎をくわえている。

「行者見已,心驚毛竪。以驚怖故,羅剎熾盛,共夜叉鬪,羅剎得勝,截夜叉頭、毘舍遮手足以為瓔珞、鳩槃荼身根以為花鬘,鼓舞前地,狗牙上出如劍樹枝,眼中雨雹、霹靂火起。夜叉復勝,搏撮羅剎,剝其面皮、剜取女根、截鳩槃荼身根、毘舍遮手足用為花鬘,串耳串頸鼓舞前地,動身大叫,發大惡聲甚可怖畏。

修行者がこれを見て、心は驚き、身の毛が逆立つ。その驚きと恐怖のゆえに、羅刹が勢いを増し、夜叉と戦いを始める。羅刹が勝ち、夜叉の首を切り落とし、毘舎遮の手足を飾りとし、鳩槃荼の身体を花輪にして、踊りながら前進する。牙は犬のように突き出て、剣の木の枝のごとく、目からは雹を降らせ、雷火を起こす。夜叉もまた勝ち、羅刹を捕らえ、その顔の皮を剥ぎ、女根をえぐり取り、鳩槃荼の身体を切り、毘舎遮の手足を花輪にして、耳や首に飾りつけ、踊りながら前進し、体を震わせて大声で叫び、恐ろしい悪声を発する。

「復見四大海神所生之母毘牟樓至,仰臥海水——有千頭,各二千手足——挓身四向現其女根、巖崿可畏,如血塗山。其諸惡毛狀如劍樹,中生一樹如刀山林,百千無量驢耳、牛頭、師子口、馬脚、狼尾、鳩槃荼身根,如是諸鬼等從中而出。復見大龍百千頭,長數十由旬,從中而出。見有一鬼似百獸,形如師子,有一萬脚,甲間無數百千毒蛇,從中而出。復見餓鬼,其形長大十億由旬,吐毒、吐火,擔諸山從中而出。復見千狼,連尾異體,牙如石尖,從中而出。復見千虎,尾亦有頭,合身側行,從中而出。復見龍女,瓔珞嚴身,甚悅人目,從中而出。夜叉取食,狸猫、鼷鼠、獼猴、野干、狐魅、惡鬼、一切惡獸,皆從中出。阿鼻地獄沃焦山神、十八地獄神、九億牛頭阿傍、八十億餓鬼、千億廁蟲、五百億蛔蟲,如是種種諸變狀事,可惡鬼神或持刀山、或捉劍樹、或搖須彌、或動鐵圍、由乾陀山等。

また見るに、四大海の神の生みの母である毘牟樓至が、海の水に仰向けに横たわっている――千の頭があり、それぞれ二千の手足がある――体を四方に伸ばしてその女根を現し、岩のように険しく恐ろしく、血を塗った山のようである。その悪しき毛は剣の樹のように生え、その中に一本の樹が生えているが、それは刀の山の林のようで、百千の無数の驢の耳、牛の頭、獅子の口、馬の脚、狼の尾、鳩槃荼の身の根、このような諸々の鬼たちが、そこから出てくる。また、大龍が百千の頭を持ち、長さ数十由旬にもなり、そこから出てくるのを見る。一匹の鬼が百獣に似て、形は獅子のようで、一万の脚があり、爪の間には無数の百千の毒蛇がおり、そこから出てくる。また、餓鬼がその形は大きく十億由旬にもなり、毒を吐き、火を吐き、諸々の山を担いで、そこから出てくる。また、千匹の狼が、尾を連ねて異なる体を持ち、牙は石の尖ったようで、そこから出てくる。また、千匹の虎が、尾にも頭があり、体を合わせて横に歩き、そこから出てくる。また、龍女が、瓔珞で身を飾り、人の目をとても喜ばせ、そこから出てくる。夜叉が食を取り、狸猫、鼷鼠、獼猴、野干、狐の妖、悪鬼、すべての悪しき獣たちが、皆そこから出てくる。阿鼻地獄の沃焦山の神、十八地獄の神、九億の牛頭阿傍、八十億の餓鬼、千億の廁虫、五百億の蛔虫、このような種々の変わり果てた姿の事柄、憎むべき鬼神たちが、あるいは刀の山を持ち、あるいは剣の樹を捉え、あるいは須弥山を揺らし、あるいは鉄囲山を動かし、由乾陀山などを揺るがす。

「行者自見身滿大地,三百三十六節皆如高山至無色界,齊中出水。四大毒蛇遊戲水中,口中出火;十惡羅剎在火中走,耳中出風、糞門出風,吹動諸山;一切鬼神皆來瞋目節解。

修行者は自らの身体が大地を満たすのを見る。三百三十六の関節は、すべて無色界に至る高山のようであり、その中から水が湧き出る。四大の毒蛇がその水の中で戯れ、口から火を吐く。十悪の羅刹が火の中を走り、耳から風が吹き出し、糞門から風が吹き出して、すべての山々を揺らす。あらゆる鬼神が集まり、目を怒らせて関節を解きほぐす。

「行者因是驚怖,喜發狂病。若見是事,當疾治之。

修行者はこのことで驚き恐れ、狂ったように喜ぶ病を発する。もしこのような事態を見たら、速やかに治療すべきである。

「治之法者,先想一日與日天子乘四寶宮殿作百千伎樂,在黑山上照曜黑山令漸漸明。想一日成已,復想二日。想二日已,復當自觀己身白骨三百三十六節白如雪山,日照雪山;復想頂上有月天子四寶宮殿,百千眷屬捉於月珠置其頭上。此想成已,想第三山上復有一日,如上無異;見此日已,復想頂骨白雪山上如上,復有一月。既見月已,復想第四山上復有一日照此黑山;既見日已,當想己身三百三十六節白骨之山皆角相向(四角皆相對也),一一角間有一月光。天子手捉兩珠兩向持,如是諸節角角之間皆應停心,十出入息頃諦觀令了了,見一一骨有二十八宿,明淨可愛如七寶珠。

修法の要領は、まず一日を想い描くことから始めます。日天子と共に四宝の宮殿に乗り、百千の伎楽を奏でながら、黒い山の上を照らし、その山を次第に明るくしていくのです。一日の想いが成就したら、次に二日を想い描きます。二日を想い描き終えたら、今度は自らの身体を観察します。三百三十六の骨節が白雪の山のように白く、日が雪山を照らしているかのように。さらに、頭頂には月天子の四宝の宮殿があり、百千の眷属が月の珠を捧げて頭上に置いているのを想い描きます。この想いが成就したら、第三の山の上にも、先ほどと同様に一日があるのを想い描きます。その日を見た後、再び頭頂の骨、白雪の山の上に、先ほどと同じように一月があるのを想い描きます。月を見た後、第四の山の上にも一日があり、この黒い山を照らしているのを想い描きます。日を見た後、自らの三百三十六の骨節、白骨の山が、それぞれ角を向かい合わせているのを想い描きます(四角がすべて相対している様子です)。一つの角と角の間には、それぞれ一つの月光があります。天子が両手に二つの珠を持ち、両方に向かって捧げ持っています。このように、すべての骨節の角と角の間を、心を落ち着けて、十の出入り息の間にしっかりと観察し、はっきりと見極めます。一つの骨に二十八宿があり、明るく清らかで愛らしく、七宝の珠のようであるのを見るのです。

「此想成已,復想一金翅鳥王頭戴摩尼珠,搏撮四蛇及與六龍,蛇驚龍走。諸山鬼神一時驚動,狀如黑色——皆是前身破戒果報——當勤懺悔嚴淨尸羅。尸羅淨故,日月光明倍更明顯;若心念惡、口說惡言、犯突吉羅,摩尼珠上則雨黑土、日月坌塵、星宿不行。阿修羅王九百九十九手千頭一時出現,映蔽日、月、星宿不現,此名為退,為惡心刀、惡口火,破戒賊之所劫奪。

この観想が成就したならば、さらに一羽の金翅鳥王を観想します。その頭には摩尼珠を戴き、四匹の蛇と六匹の龍を捕らえています。蛇は驚き、龍は逃げ去ります。諸々の山の鬼神たちは一斉に騒ぎ動き、その姿は黒い色のようです――これらはすべて前世で戒律を破った果報なのです――心を込めて懺悔し、尸羅(戒律)を厳かに清浄に保つべきです。尸羅が清浄であるならば、日月の光明はさらに倍増して明るくなります。もし心に悪を思い、口に悪言を語り、突吉羅(軽い罪)を犯すならば、摩尼珠の上には黒い土が雨のように降り、日月には塵が積もり、星宿は運行しなくなります。阿修羅王が九百九十九の手と千の頭を一斉に現し、日月を覆い隠し、星宿は見えなくなります。これを「退転」と呼びます。それは悪心という刀、悪口という火、破戒という賊によって奪い取られるからです。

「若欲服此勝甘露藥,先當持戒淨諸威儀,懺悔業障、惡不善罪。復當繫心繫意端坐一處,數息閉氣,如前觀於三百三十六節,使一一節角角相向。星月之屬亦如上說。心復明利,見一一節間月光如衣、星光如縷,縫持相著;見四日出,四大海水三分減二;見五日出,須彌融盡,大海消竭;見六日出,想此諸山漸漸融盡;見七日出,大地烱然。諸鬼、羅剎飛住空中乃至欲界,火幢隨後;復至色界,火亦隨至;欲往無色界,手脚焦縮落火聚中,聲吼可畏動於大地(入此三昧時,大地稍稍動也如車輪旋)。

もしこの勝れた甘露の薬を服用したいなら、まずは戒律を守り、すべての行儀作法を清らかにし、業の障りや悪しき不善の罪を懺悔しなければならない。さらに、心を集中させ、意識を整え、一つの場所に端座し、呼吸を数え、気を閉じ、先に述べたように三百三十六の関節を観想し、一つ一つの関節が互いに向き合うようにする。星や月についても、上記のように観想する。心がさらに明るく鋭くなり、一つ一つの関節の間に月光が衣のように、星光が糸のように、縫い合わされて互いに結びついているのを見る。四つの太陽が現れ、四大海水が三分の二に減るのを見る。五つの太陽が現れ、須弥山が溶け尽き、大海が干上がるのを見る。六つの太陽が現れ、これらの山々が次第に溶け尽きるのを想う。七つの太陽が現れ、大地が燃え上がるのを見る。諸々の鬼や羅刹が空中を飛び回り、欲界に至るまで、火の柱が後を追う。さらに色界に至っても、火は依然として追いかける。無色界へ行こうとすると、手足が焦げて縮み、火の集まりの中に落ち、声を上げて恐ろしく、大地を揺るがす(この三昧に入るとき、大地は車輪が回るように少しずつ動く)。

「當疾持心,想三百三十六節如金剛山,形狀可愛過於須彌,地、水、火、風不能傾動,唯見四蛇含摩尼珠在骨山間。爾時,應當先想佛影,見金剛際,金剛幢端有摩尼鏡,過去七佛影現鏡中。復當諦觀毘婆尸佛眉間白毫、尸棄佛眉間白毫、提舍佛眉間白毫、拘樓孫佛眉間白毫、迦那含牟尼佛眉間白毫、迦葉佛眉間白毫、釋迦牟尼佛眉間白毫,見七佛眉間白毫如頗梨色,水甚清涼,洗諸節間,三百三十六節白毫水洗,皎然大白,色潔鮮妙如頗梨鏡,無物可譬。

速やかに心を保ち、三百三十六の関節を金剛山のように想いなさい。その姿は須弥山よりも愛らしく、地・水・火・風も揺るがすことができません。ただ四匹の蛇が骨の山の間に摩尼珠をくわえているのを見るだけです。

その時、まず仏の影を想い、金剛際を見なさい。金剛幢の先端には摩尼鏡があり、過去七仏の影が鏡の中に現れています。

さらに、毘婆尸仏の眉間白毫、尸棄仏の眉間白毫、提舎仏の眉間白毫、拘楼孫仏の眉間白毫、迦那含牟尼仏の眉間白毫、迦葉仏の眉間白毫、釈迦牟尼仏の眉間白毫を、しっかりと観察しなさい。

七仏の眉間白毫が水晶のような色をしており、水はとても清らかで涼しく、すべての関節の間を洗い流します。三百三十六の関節が白毫の水で洗われ、明るく白く輝き、その色は清らかで鮮やかで、水晶の鏡のようであり、これに譬えるものはありません。

「因是復見五金剛輪在七寶幢端,從下方出迴旋空中說四諦義。雖見聞此,一心觀於身白骨山,即見釋迦牟尼佛以澡罐水灌其頂上;餘六佛亦爾。

このため、再び五つの金剛輪が七宝の幢の頂にあり、下方から現れて空中を巡り、四諦の教えを説くのを見る。これを見聞きしても、一心に身を白骨の山と観じると、たちまち釈迦牟尼仏が澡瓶の水でその頂上を灌ぐのを見る。他の六仏も同様である。

「爾時,釋迦牟尼佛告言:『法子!色、受、想、行、識,苦、空、無常、無我,汝當諦觀。』又為廣說空、無相、無作、無願,說身空寂、四大無主、五陰無家,畢竟寂滅,同於虛空。因是即悟無常壞世間,觀四真諦;五出入息頃破二十億烔然之結成須陀洹;十出入息頃免諸欲流,成斯陀含;十出入息頃斷諸鈍使、欲色界使、諸結根本,不還欲界,成阿那含;於十息頃遊戲空法,心無繫礙,住三十四心相應、解脫十根本不滅不壞、摧九十八使山。大勇猛將、慧光法幢從四方至,金剛寶座從下方出,共相掁觸演說空法;五金剛輪住左膝邊,自然演說九無礙、八解脫法;過去聲聞皆入毘琉璃三昧住立其前;釋迦牟尼佛廣為宣說金剛譬定境界義味。於是,寂然不見身心,入金剛三昧。從金剛三昧起,結使山崩、煩惱根絕、無明河竭、老死奴滅,於生分永盡、梵行已立,如煉真金不受諸欲、所作已辦,是名大阿羅漢。

その時、釈迦牟尼仏は告げられた。「法の子よ、色・受・想・行・識は、苦であり、空であり、無常であり、無我である。汝はよく観察せよ。」さらに、空・無相・無作・無願について広く説き、身は空しく寂滅し、四大には主なく、五蘊には家なく、畢竟寂滅して虚空と同じであると説かれた。

それによって、無常が世を壊すことを悟り、四諦を観じた。五息の間に二十億の燃える煩悩の結びを破り、須陀洹果を得た。十息の間に諸々の欲の流れを免れ、斯陀含果を得た。さらに十息の間に諸々の鈍い煩悩、欲界・色界の煩悩、諸々の結びの根本を断ち、欲界に還らず、阿那含果を得た。十息の間に空の法を遊戯し、心に繋がりも妨げもなく、三十四の心と相応し、十の根本の不滅不壊なる解脱を得て、九十八の煩悩の山を摧いた。

大勇猛の将、慧光の法幢が四方より至り、金剛の宝座が下方より現れ、共に触れ合って空の法を演説した。五つの金剛輪が左膝の辺りに留まり、自然に九無礙・八解脱の法を演説した。過去の声聞たちは皆、毘瑠璃三昧に入り、その前に立ち現れた。釈迦牟尼仏は広く金剛譬定の境界とその義味を宣説された。

そこで、寂然として身心を見ず、金剛三昧に入った。金剛三昧より起き上がると、煩悩の山は崩れ、煩悩の根は絶え、無明の河は涸れ、老死の奴は滅び、生の分は永遠に尽き、梵行はすでに立ち、練り上げられた真金のごとく諸々の欲を受けず、なすべきことはすでに成し遂げられた。これを大阿羅漢と名づける。

「若發無上菩提心者,初見七佛白毫光照,一一如來白毫光明分為十支,化十寶花、寶樹、寶臺行列在空。時十方佛亦放光、水,如上所說洗諸節間,一一佛白毫光中說十八種慈心法門、說十八種大悲法門、說十八種大喜法門、說十八種大捨法門。漸漸增長教已,修習四無量心;具四無量已,為說十種明心;具明心已,教說色即是空、非色滅空;既觀空已,教菩薩六法;行六法已,修行六念,念佛法身;念佛法身已,起迴向心;迴向成已,立四弘誓不捨眾生;四願成已,具菩薩戒;菩薩戒成已,學修相似檀波羅蜜;檀波羅蜜成已,學修相似十波羅蜜。

もし無上の菩提心を発する者がいれば、まず七仏の白毫の光が照らすのを見る。それぞれの如来の白毫の光明は十の枝に分かれ、十の宝の花、宝の木、宝の台となり、空中に列をなす。その時、十方の仏もまた光と水を放ち、先に述べたように諸々の節の間を洗い清める。それぞれの仏の白毫の光の中から、十八種の慈心の法門が説かれ、十八種の大悲の法門が説かれ、十八種の大喜の法門が説かれ、十八種の大捨の法門が説かれる。次第に成長し教え導かれて、四無量心を修習する。四無量心を具えたならば、十種の明心を説く。明心を具えたならば、色はすなわち空であり、色が滅して空となるのではないことを教える。空を観じたならば、菩薩の六法を教える。六法を行じたならば、六念を修行し、仏の法身を念じる。仏の法身を念じたならば、廻向の心を起こす。廻向が成就したならば、四弘誓を立てて衆生を見捨てない。四願が成就したならば、菩薩戒を具える。菩薩戒が成就したならば、相似の檀波羅蜜を学び修する。檀波羅蜜が成就したならば、相似の十波羅蜜を学び修する。

「此想成已,觀內空、外空,於是現前見百千無量諸佛以水灌頂、以繒繫頭,為說空法。因空心悟入菩薩位,是名性地——菩薩最初境界(於此法多生增上慢,宜應識之,此是菩提心初境界相)」

この観想が成就したならば、内なる空と外なる空を観じなさい。すると、百千の無量の諸仏が現前に現れ、水を灌ぎ、絹を頭に結び、空の法を説いてくださるでしょう。空の心によって菩薩の位に悟り入り、これを性地と名づけます——これが菩薩の最初の境地です(この法について増上慢を起こすことが多いので、よく認識すべきです。これが菩提心の最初の境地の相なのです)

告舍利弗:「此名治地三昧增上慢滅無明母三毒可畏相,汝好受持,慎莫忘失。」

舎利弗よ、これが「治地三昧」であり、増上慢を滅し、無明の母である三毒の恐るべき相を断つものである。汝よく受け持ち、慎んで忘れ失うことなかれ。

時舍利弗及阿難等聞佛所說,歡喜奉行。

その時、舎利弗と阿難らは仏の説かれたことを聞き、歓喜して教えを奉じ行った。


治因火大頭痛眼痛耳聾法
治風大法

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