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止観輔行伝弘決 (止觀輔行傳弘決)


止觀輔行傳弘決卷第四之一

止観輔行伝弘決 巻第四之一

唐毘陵沙門湛然述

毘陵の沙門湛然が述べる

釋二十五方便。初且通明漸頓二種。次今就下。方始別明今文方便。初文通論頓方便者。初釋名云善巧。迴向令成妙因故名善巧。又泛引證及功能等。未的委示二十五相。故名為通。言善巧者。從初發心權實不二。以不二解調停事儀。能使一行一切行成三軌真解。一發一切發。入圓初住功由善巧。大論下次引論證善巧之相。以種智導。毫善不停。能過二乘極果之上。論第九云。小善能作大果者。如求佛果讚歎一偈。稱一南謨。燒一捻香。奉獻一華。如是小行必得作佛。又第三十二問云。菩薩云何少施。答。夫施在心不在事。菩薩或貧。或聞他說施無多少。或畏多集財物損他財失善心。或惱眾生。惱眾生故而供養佛。佛所不許。是故少施迴向菩提。故知善巧名方便者。由迴向故由智導力。所以下文明二十五法。堪為圓方便者。正由迴向及智導故。又方便下重釋也。以善能和合故名方便。若為果立因。因立必能剋果。故號剋果之因名為和合取果。大品下引證和合。既無量諸法方成佛因。是故和合方名方便。是故下文二十五法。和合調停方得成。於圓初住因。剋妙覺果。若依下明漸方便問。四中有圓。何故此四通名為漸。答。先歷三教故得漸名。然第四圓即同初頓。此四通途各以內外凡為遠近方便。但列初後中間可知。次明今文二十五法。於向所列圓教遠近方便之前。更論方便者。以為五品作方便故。於六即中是名字即。故云假名。故知今意並在四教內外凡前。通為四教遠方便也。言十種者即十境也。若觀若發入品非遙。故名為近。二十五法去真遙故。故名為遠。問。陰是正修。餘九待發。如何以此而名方便。答。今論十境皆是方便者咸是所觀。若能觀之方屬正行。是故前八但在凡夫。後二名為聖人方便。故知十境並是圓行近方便也。若前三教差降不同。別於菩薩境但觀二教。通但觀一。三藏全無。但觀九境。通二乘人觀八境半。三藏二乘觀八境全。通論雖爾今意在圓。橫竪下明觀境功能。十境橫竪如第五初十雙互發。由境發故觀法縱橫。復名橫竪。至第五卷當更委明觀橫竪相。今意且明二十五法。初列五科。次生起。即以初住名為所在。從初住去非今文意。故下文云。入住功德今所不論。譬如下舉譬以譬五科。陶者(大刀切)今濮州南陶丘城。堯曾居之故曰堯城。故謂堯為陶唐氏。陶即作瓦宇也。今以此名人故云陶師。若從所造為名應作匋。瓦器也。初譬具緣。息餘下譬呵欲。雖息下譬棄蓋。身雖下譬五事。上緣下譬五法。止觀下合。具合五科及提譬帖合。世間下結勸。世間淺事謂界內禪定。尚須二十五法而為方便。故云非緣不合。何況出世圓頓之道。約事為觀等者。釋中二十五法一一皆悉託事為觀。以生圓解。言調麁等者。若直就二十五法。則二十五法以為能調。三業麁散以為所調。若事理合論則二十五法。以為所調。對事興解解為能調。且約二十五法為能調麁。又有通別二意。若如生起五科。一一皆為調麁檢散。即通意也。若別論者。前三調麁後二檢散。此五法下引證。五法秖是五科。明此五科所行有據。大論釋禪度中問曰。云何方便得禪波羅蜜。答。却五事(五欲)除五法(五蓋)行五法(名同)具緣出禪經故引禪經云等。良師即善知識也。調五事者。雖是人立行之要故。故今用之。此之五科文五義二。所謂事理。理復為二。謂次不次。意唯在一。專期正觀。

二十五の方便について解説する。まず、漸・頓の二種を大まかに説明し、その後、今の本文において二十五の方便を具体的に明らかにする。

最初に、頓の方便について概説する。名称を解釈すれば「善巧」である。善巧とは、善根を修行の因に転じ、素晴らしい因(妙因)を完成させることである。また、広く経典の引用やその働きなどを示すが、二十五の相を詳細に指し示してはいないので、「通(一般的)」と呼ばれる。

「善巧」とは何か。それは、発菩提心の最初から、権(仮の教え)と実(真実の教え)が不二であると悟ることである。この不二の理解をもって、日常の行儀を調整し、一つの行が全ての行となり、三軌(真実の理解)が完成するように導く。一つの覚りが全ての覺りを引き起こし、円教の初住位に至る功績は、まさにこの善巧によるものである。

『大智度論』では、善巧の相を証明するために、一切種智(あらゆる智慧)の導きによって、ほんの少しの善も無駄にせず、声聞や縁覚の最高の境地をも超えることができると説く。同論第九巻には、「わずかな善行でも大きな果報を得る。例えば、仏果を求めて一つの偈を賛嘆し、一度「南無」と唱え、一握りの香を焚き、一輪の花を捧げる。このような小さな行いでも、必ずや仏となるのである」とある。また、第三十二巻の問答では、「菩薩はなぜ少ない布施をするのか」と問い、答えている。「布施は心においてであって、物にあるのではない。菩薩は貧しいか、あるいは施しに多少はないと聞いているか、多くの財を集めることが他者の財を損ない、善心を失わせることを恐れるか、あるいは衆生を悩ませることを避けるからである。衆生を悩ませて仏に供養することは、仏の許されるところではない。ゆえに、少ない施しであっても、これを菩提(覚り)に回向するのである」と。

このことから、「善巧」を「方便」と呼ぶのは、回向と智慧の導きによるものであることが分かる。だからこそ、後の文で示される二十五の法が、円教の方便としてふさわしいのは、回向と智慧の導きによるのである。

さらに『方便経』などでは、このことを改めて説明している。善く和合させるから「方便」というのである。もし果(結果)のために因(原因)を立てるなら、因が立てば必ず果を得ることができる。ゆえに、果を得る原因を「和合取果」と名づけるのである。『大品般若経』では、この和合の例を挙げている。無数の諸法がそろって初めて仏の因となるのであるから、和合して初めて方便と名づけられる。よって、後の文で述べられる二十五の法も、和合調整されて初めて、円教の初住位の因となり、妙覚の果を得ることができるのである。

次に、漸(順を追った)の方便について説明する。問う。「四教の中に円教があるのに、なぜこの四教をすべて漸と呼ぶのか」。答える。「まず三教(三蔵教、通教、別教)を経由するから漸というのである。しかし、第四の円教は、最初に述べた頓と同一である。この四教は、それぞれ内凡(見道以前の位)と外凡(見道以前のさらに手前の位)を遠方便、近方便としている。最初と最後を列挙すれば、中間は推測できる。」

次に、今の文における二十五の法について明らかにする。先に列挙した円教の遠方便、近方便の前に、さらに方便を論じるのは、五品(五つの修行段階)のための方便とするからである。六即(悟りの六段階)の中では、これは名字即(名前だけの悟り)にあたる。ゆえに「仮名」というのである。したがって、今の意図は、すべて四教の内凡・外凡の前に位置し、四教全体の遠方便となるのである。

「十種」とは、十境(十の観察対象)のことである。これらを観ずるにせよ、これらが現れるにせよ、五品の位に入るのは遠くないので、「近」という。二十五の法は、真実から遠いので、「遠」というのである。

問う。「五陰は正しい修行の対象であり、残りの九つの境は修行によって現れるものである。どうしてこれらを方便というのか」。答える。「今、十境をすべて方便というのは、すべてが観察の対象であるからである。観察する心こそが正しい行であり、対象そのものは方便なのである。したがって、前の八境は凡夫のためのものであり、後の二境は聖者のための方便である。よって、十境はすべて円教の修行にとっての近方便であることが分かる。

もし前三教(三蔵、通、別)であれば、差別がある。別教では菩薩の境は二教を観ずる。通教ではただ一教を観ずる。三蔵教では全く観ずることなく、ただ九境を観ずる。通教の二乗は八境の半分を観ずる。三蔵教の二乗は八境のすべてを観ずる。一般論としてはこのようであるが、今の意図は円教にある。」

「横竪」とは、観境の働きを説明したものである。十境には横と竪の関係がある。これは第五巻の初めに、十の双方向の関係として示されている。境が現れることによって観法も縦横無尽となるので、これもまた横竪と呼ばれる。これについては第五巻で詳しく述べる。

今の意図は、まず二十五の法を明らかにすることである。最初に五つの項目を列挙し、次にそれらが生じる順序を示す。初住位を「在る所」とする。初住位以降は、今の文の意図ではない。よって、後の文に「入住の功徳は、今は論じない」とある。

例え話を挙げて、五つの項目を説明する。陶工(陶器を作る人)は、土から器を作る。最初の例えは「具縁(条件を整える)」である。「息餘」以下は「呵欲(欲望を制する)」の例えである。「雖息」以下は「棄蓋(心の覆いを捨てる)」の例えである。「身雖」以下は「五事(五つの事柄)」の例えである。「上緣」以下は「五法(五つの法)」の例えである。『摩訶止観』では、これらを総合し、五つの項目と例え話を結びつけて説明している。

「世間」以下は、結論と勧めである。世間の浅い事柄、すなわち三界内の禅定でさえ、二十五の法を方便として必要とするのであるから、「縁なくして合わさることはない」と言えるのである。ましてや、世間を超えた円頓の道においてはなおさらである。

「約事為観(事に基づいて観を立てる)」とは、二十五の法の解説の中では、一つ一つがすべて事に基づいて観を立てることであり、円教の理解を生み出すのである。「調麁(粗雑さを調える)」とは、単に二十五の法だけを考えれば、二十五の法が調える主体であり、身・口・意の三業の粗雑さや散乱が調えられる対象である。しかし、事と理の両方で考えれば、二十五の法は調えられる対象であり、事に基づいて智慧が生じることで、その智慧が調える主体となる。今は、ひとまず二十五の法が粗雑さを調える主体であるとする。

また、通(一般的)と別(特定的)の二つの意味がある。生起の五つの項目のように、一つ一つがすべて粗雑さを調え、散乱を整えるためのものであれば、これは通の意味である。別に論じるならば、最初の三つの項目は粗雑さを調え、後の二つの項目は散乱を整える。

この五つの法は、後の文で証明されている。五つの法は、すなわち五つの項目である。これらの五つの項目の行いには、拠り所があることを示している。『大智度論』の「禅波羅蜜」を釈する部分で問うている。「どのような方便によって禅波羅蜜を得るのか」。答えている。「五つの事(五欲)を除き、五つの法(五蓋)を取り除き、五つの法(同名)を行い、条件を整える」と。これは『禅経』から引用したものである。良き師とは、善知識のことである。

「五事を調える」とは、これらが人の行いを立てる上で重要であるから採用したものである。これらの五つの項目の文は、内容としては五つであるが、意味としては二つある。すなわち、事と理である。理はさらに二つに分かれる。すなわち、順序に従う(次)と、順序に従わない(不次)である。しかし、その意図はただ一つであり、正しい観法に専念することにある。

○次依章解釋中初釋五緣。大小兩乘以戒為本。是故先明。內禁雖嚴必資衣食。進修定慧須藉空閑。處雖空閑假絕緣務。四緣雖具開導由師。具如禪經。又此五緣文五義五。意唯在一。意有遠近。近謂開導遠謂正行。又五文中各有二義。所謂事理。又此四章文四義二。意唯在一。言義二者。謂本專精及以懺淨。事理二戒並具斯二。理淨三德名為本淨。觀事即理方名懺淨。列戒名者。具如大品念戒中。及大論二十一。與賢護經同。大經數等。名異義同。華嚴十無盡藏品亦列十戒。望此仍闕。彼云。一利眾生戒。二不受外道戒。唯受三世佛淨戒。三無著戒。不回向三有故。四安住戒。不犯一切戒故。五不諍戒。不非先制不更造立。不因此戒惱亂眾生。六不惱害戒。不以呪術惱眾生故。七不雜戒。離六十二見但觀緣起故。八離邪戒。不作持相欲使他知。內無實德現有德相。九不惡戒。見破戒人不輕蔑故。十清淨戒。捨十惡持十善。此十種中二四六八十此屬律儀。三七屬隨道無著。五九屬出假之由。第一正當利他。菩薩元以饒益為本。是故此十利生居初。彼經有事及以空假。仍闕自在。入中全無。諸經列戒。論十攝盡。論不缺等義兼性制故。且初引論釋於性戒。因此對辨客舊三學。初明舊三學有無。所言性者即舊戒也。不待佛制性是善惡。故名為性。并舊定慧名舊三學。舊戒通為十戒根本故也。論十戒者即客三學。何者。初之三戒即是客戒。義兼於舊。次一即是客定。次六即是客慧。初引論二文。或八或十並是性戒。所言八者。酒防意地即是十中後三意業。數異義同。佛不出下舊定。言八禪者。別而言之四禪四空。若從通說。或云八禪或云八定。定對欲亂。禪亦名靜。故諸聖教隨用不定。舊醫等者。大經舊醫即是外道。乳藥即是邪常等也。常途下破古人釋。古人唯立客戒客慧不立客定。故以戒慧而難於定。今用下釋客三學。初釋客戒中。先列。次明所發不同。初列中三歸者。即以三藏三寶而為三歸。故俱舍云。眾人怖所逼。多歸依諸山園苑及叢林。孤樹制多等。此歸依非勝。此歸依非尊。不因此歸依能解脫眾苦。諸有歸依佛及歸依法僧。於四聖諦中能以慧觀察。此歸依為勝。此歸依為尊。必因此歸依能解脫眾苦。準今家意但以三十四心斷結為佛。生滅四諦為法。學無學為僧。若準婆沙俱舍釋三寶意則少異。略如釋籤及論文等。今不暇論。五戒者四性一遮。故俱舍云。遮中唯離酒為護餘律儀。若論制已性上皆加一箇制罪。二百五十戒者。制教滿已名二百五十。通初而論但名律儀。故列根本十種不同。僧祇四受。謂自然善來五眾十眾。五分五受。謂自然善來三歸八敬羯磨。四分亦五。謂來上歸敬羯。復有多伽見母等論明受不同。今文十受正出十誦。兼用婆沙師義故有一二不同之相。十誦初云自然。今云佛唱善來比丘自然已得具足戒者。即指羅漢身中自然戒也。準諸部文唯四分中善來居初。又無自然之語。即迦葉中上法文是。此下文自有善來。故知初文即是自然。言自誓者。四分中名教授。亦名上法。名異意同。八敬者。十誦名八重法。秖名八敬。邊地第五者。若準四分。秖是邊方白木調外。僧數難得。開五人受。今準俱舍業品引婆沙師立十受云。第八受者第五律師。謂邊地人少。五人受中須一人持律羯磨。即以羯磨師為第五。中國十僧者。十誦名羯磨亦準秖說。俱舍云十眾耳。故知今文不專一部。已知同異相狀如何。善來者。佛命善來比丘。當於語下須髮自落。袈裟在身鉢盂在手。猶如五歲知法比丘。自誓者。迦葉言。世界所有成羅漢者我皆歸依。疏引多論云。佛是我師我是弟子。修伽陀是我師我是弟子。即時果戒俱得。見諦者。初得初果見未曾見。諦謂諦理。昔未見諦今得見諦。見諦發時果戒俱得。八敬者。世尊不許女人出家受戒。爾時愛道遂自剃髮倚立祇洹阿難為請。佛令阿難遙宣敬法。若能行者即得具足。謂百罵舉受懺請安恣遣信者。是尼端正。為賊難故佛開遣信。尼本法竟往大僧中。僧中為秉。使尼却迴為騰僧命此尼得戒。亦名十二語。三白四故。論議者。七歲沙彌與佛論議。佛問五陰為一異等。智逾二十佛許受戒。俱舍云佛問。汝家在何處。答云。三界無家稱可聖心。佛令羯磨與受具足。善來如前釋。此中既有善來故知前是自然。不同諸受託自智力故曰自然。亦非全無因緣故也。即以佛法而為緣等(云云)。三歸者。佛度五人已三寶具足。佛秉三歸亦令比丘處處宣化引至佛所。後因失信。佛令比丘隨處各秉。過六年已佛止三歸興羯磨受。故有中十邊五不同。遣信論議等別。言羯磨者。此云辦事。此文通俗。律部非宗故不廣述。問。今明衍門何須小檢。而明十種得戒人耶。答。如涅槃中處處扶律。今此亦爾。小為方便。故知出家菩薩六和十利與聲聞同。六度四弘異於小行。若在家菩薩三歸五戒咸趣菩提。況復梵網八萬威儀。七眾並資五道通被。豈容破戒稱為佛乘故以乘戒四句對簡。性戒下料簡三學無作有無。初戒無作者。性戒不受故無無作。若受戒下明受得戒即有無作。故性罪之上加違無作。出家等戒無作別生。是故持則功等虛空。破乃隨對一支一境。舉持勸受加罪遮違。況犯已法除復本清淨。故云薝蔔華雖萎猶勝於餘華。破戒諸比丘猶勝諸外道。如伐草下略出遮性同異之相如草畜俱有違制之罪。作單提悔二遮俱滅。然於害畜仍有性愆。故引論解償命猶在。問。性罪不滅。何須懺耶。答。免違制已持心相續。縱果位廣償為利物因。豈同於違且沈三趣。償者還也。復也。故四分下引證。言邊罪者。謂性四重及曾受五十乃至比丘等戒。殺人。盜五。犯淫三趣男女正道。俗非己妻。及非處等。妄對人趣。稱過人法。犯此四已五十進具比丘捨已。重來為難。佛法邊人故名邊罪。重遮徒受是故令問。此罪等者釋邊遮意。若先未曾受犯已尚障五八等戒。況具戒耶。況受五等犯四重耶。此準方等陀羅尼經。及虛空藏菩薩經。明邊罪義。多論亦明犯五八十中重障具足戒。故南山鈔主依之承用。相部對內雖異於此。其如南山有教可憑。智者大師依教承用。若有道俗犯已能悔更欲進求清淨戒者。具如方等占察等經。占察上卷云。未來世中在家出家欲求淨戒。犯增上罪不得受者。當修懺法。具在經文。是故當知性戒清淨為諸戒因。舊名作無作。成論云教無教。新名表無表。作謂為作教謂教示表謂表彰。名異意同。彼此無在。無作一發無捨失緣。終訖一形相續恒起。如初受時作白已後入餘心者。尚名得戒。故成論云。若人入不善心無記心無心。亦名持戒。律疏云。四心三性始末恒有。三性加無心為四(云云)。廣辨作無作同異相狀等。非此可盡。具如疏鈔。小乘下約大小乘以辨三聚。明無作不同。小乘經論共立三聚。謂色心非色非心。言心無盡等者。意明心性以為戒體。若小乘戒體是第三聚者。且依經部。若有部中還用色為無作戒體。然大乘中雖以心性而為戒體。若發無作。亦依身口作戒而發。雖依身口體必在心。若先小後大。一切轉為無盡戒體。若先受大後方出家。欲在大比丘數而不失菩薩法者。則更受律儀。但於一切發得身口清淨。防非律儀。無作戒體不復發也。故涅槃中五篇七聚。並是出家菩薩律儀。又若先小後大則開小夏以成大夏。若先受大後受律儀。在小則依小在大則依大。理雖若是方土不同。此土僧徒不簡大小。西方不爾一向永隔。然四依出世必大小並弘。但隨物機緣通局在彼。道定無作細簡在論(云云)。故經云下引證道定復以律儀而為根本。

○次に、五つの章に従って説明しよう。初めに五つの縁を釈明する。大小二つの乗り物(大乗・小乗)は戒律を基盤とする。故に最初にこれを明らかにする。内なる禁戒は厳しいが、衣食を欠かすことはできない。進んで禅定や智慧を修めるには、閑静な場所を必要とする。場所が閑静であっても、世俗の用務を絶たねばならない。四つの縁が備わっても、導きは師による。これは禅経に詳しい。また、この五つの縁には、文として五つ、義として五つあるが、その意図はただ一つである。その意図には遠近がある。近いとは導きを指し、遠いとは正しい実践を指す。さらに、五つの文にはそれぞれ二つの義がある。それは「事」と「理」である。また、これら四つの章には、文として四つ、義として二つあるが、意図はただ一つである。義が二つとは、本来の専心精進と懺悔による清浄を指す。事と理の二つの戒律は、いずれもこの二つを具えている。理において清らかな三徳を「本来の清浄」と呼ぶ。事を観じて即ち理であることこそ、懺悔による清浄と名付ける。戒律の名称を列挙するのは、大品の念戒や大論の二十一、賢護経、大経などに詳しい。名称は異なれど、その義は同じである。華厳経の十無尽蔵品にも十戒が説かれているが、これと比較すると、やや欠けるところがある。そこでは、一に衆生を利益する戒、二に外道の戒を受けず、三世の諸仏の清浄な戒のみを受ける戒、三に執着しない戒(三有に回向しないから)、四に安住する戒(一切の戒を犯さないから)、五に争わない戒(先人の制定を否定せず、新たに作り出さない。この戒によって衆生を悩ませない)、六に害さない戒(呪術で衆生を悩ませない)、七に雑ざらない戒(六十二の見解を離れ、縁起のみを観じる)、八に邪な戒を離れる戒(持戒の相を作って他人に知らせようとせず、内に実徳なくして外に徳相を示さない)、九に悪しき戒ではない戒(戒を破る人を見ても軽蔑しない)、十に清浄な戒(十悪を捨て、十善を保つ)と説かれている。この十種のうち、第二、第四、第六、第八、第十は律儀に属する。第三、第七は道に随う無執着である。第五、第九は仮の世界に出るための基である。第一は正しく利他に当たる。菩薩は元より衆生を利益することを根本とする。故にこの十戒では利益が最初に置かれる。彼の経には「事」および「空」と「仮」が説かれているが、なお「自在」が欠けている。「中」に入れば全く無い。諸経で戒律を列挙する場合、十戒で全てを尽くすことができる。「不缺」などの義は、本性の戒律を含むからである。そこで、まず論を引いて本性の戒律を解釈する。これによって客(外来)と旧(本来)の三学を対比する。初めに旧三学の有無を明かす。本性というのは旧戒のことである。仏の制定を待たずに、本性として善悪がある。故に「性」と名付ける。これと旧来の定・慧とを合わせて旧三学と呼ぶ。旧戒は十戒の根本となるからである。論の十戒はすなわち客三学である。なぜか。最初の三戒は客戒であり、義としては旧戒も含む。次の一つは客定である。次の六つは客慧である。初めに論の二つの文を引く。八つあるいは十の戒は、いずれも性戒である。八つと言うのは、酒を防ぐことは意地を防ぐことであり、十戒の後の三つの意業と同じである。数は異なれど、義は同じである。仏が出なければ旧定である。八禅とは、別して言えば四禅と四空である。通じて言えば、八禅と呼ばれ、あるいは八定とも呼ばれる。定は欲の乱れに対する。禅は静けさとも呼ばれる。故に諸々の聖教では、用いるところによって一定しない。旧医などは大経の旧医であり、外道である。乳薬は邪な常などである。常途では古人の解釈を破る。古人は客戒と客慧のみを立て、客定を立てなかった。故に戒と慧をもって定を難じる。今、用いて客三学を解釈する。初めに客戒を解釈する中で、まず列挙し、次に発する所の異なりを明かす。初めに列挙する中で、三帰は、三蔵の三宝をもって三帰とする。故に倶舎論には「人々は恐怖に迫られて、多くは山々、園林、叢林、孤樹、制多などに帰依する。この帰依は優れたものではない。この帰依は尊いものではない。この帰依によっては、苦しみから解脱できない。諸々の仏に帰依し、また法と僧に帰依する者は、四つの聖なる真理において、智慧をもって観察する。この帰依は優れている。この帰依は尊い。必ずこの帰依によって、苦しみから解脱できる」とある。今の宗派の考え方では、ただ三十四心で煩悩を断ち切るのを仏とする。生滅の四諦を法とする。学と無学を僧とする。もし婆沙や倶舎の三宝を解釈する意味に従えば、少し異なる。概ね、釈籤や論文などに述べられている。今は詳しく論じる暇はない。五戒は四つの性戒と一つの遮戒である。故に倶舎には「遮戒の中ではただ酒を離れることのみが、他の律儀を守るためである」とある。もし制定された後は、性戒の上にそれぞれ一つの制罪が加わる。二百五十戒は、制教が満ちて二百五十となる。初めから通じて言えば、ただ律儀と名付ける。故に根本の十種類の異なりを列挙する。僧祇には四つの受戒の方法がある。自然、善来、五衆、十衆である。五分には五つの受戒の方法がある。自然、善来、三帰、八敬、羯磨である。四分にも五つある。来、上、帰、敬、羯である。また、多伽や見母などの論に、受戒の異なりが明かされている。今の文の十受は、正しく十誦を出典とする。兼ねて婆沙師の義を用いる。故に一二の異なる相がある。十誦の初めには自然とある。今、仏が「善来よ、比丘」と唱えると、自然に具足戒を得るというのは、すなわち阿羅漢の身の中にある自然の戒を指す。諸々の部派の文によれば、四分だけが善来を最初に置く。また自然との語はない。すなわち迦葉の中にある上法の文である。この下の文に自ら善来がある。故に初めの文はすなわち自然であることがわかる。自誓とは、四分では教授と呼ばれ、また上法とも呼ばれる。名前は異なれど、意味は同じである。八敬とは、十誦では八重法と呼ばれ、ただ八敬と名付ける。辺地第五とは、もし四分に従えば、ただ辺境の地で白木調の外であり、僧の数が得難いため、五人による受戒を許可するものである。今、倶舎の業品に従い、婆沙師の立てる十受を引く。第八の受は、第五の律師である。辺地は人が少ないため、五人による受戒の中では、一人が律を保つ羯磨師が必要となる。すなわち羯磨師を第五とする。中国十僧とは、十誦では羯磨とも呼ばれ、また準じてただ説く。倶舎には十衆とある。故に今の文が一つの部派のみに依らないことがわかる。その同異の相を知ったなら、その様子はどうであろうか。善来とは、仏が「善来よ、比丘」と命じると、その言葉の下に、鬚髪が自然に落ち、袈裟が身にあり、鉢が手にある。まるで五歳の知法の比丘のようである。自誓とは、迦葉が言う。「世界中で阿羅漢となった者は、皆、私が帰依する」と。疏には多論を引いて、「仏は我が師であり、我は弟子である。修伽陀は我が師であり、我は弟子である」と。即時に果と戒が共に得られる。見諦とは、初めて初果を得て、未だ見たことのないものを見る。諦とは諦理を指す。昔は諦を見ていなかったが、今、諦を見る。見諦が発する時、果と戒が共に得られる。八敬とは、世尊は女人の出家受戒を許さなかった。その時、愛道は自ら髪を剃り、祇洹精舎に寄りかかって立っていた。阿難が懇願した。仏は阿難に命じて、遠くから敬法を宣べさせた。もしこれを行えるならば、即座に具足戒を得る。すなわち、百の罵り、挙げる、受ける、懺悔する、請う、安坐する、恣にすること、遣信することである。これは尼が端正であり、賊の難のため、仏は遣信を許した。尼は本法を受けた後、大僧の所に行く。僧の中で羯磨を行う。尼をして帰らせて、僧の命を伝えさせる。この尼は戒を得る。また十二語とも呼ばれる。三の白と四の羯磨があるからである。論議とは、七歳の沙弥が仏と論議する。仏が五陰は一であるか異なるかなどを問う。智慧は二十歳を超えている。仏は受戒を許す。倶舎には、仏が問う。「お前の家はどこにあるのか」と。答えて「三界に家はなく、聖心にかなう」と。仏は羯磨をさせて、具足戒を与える。善来は前の解釈の通りである。この中に善来があるから、前が自然であることがわかる。様々な受戒は、自らの智力に託すから自然と言う。決して全く因縁がないわけではない。すなわち、仏法をもって縁とするなど。云々。

三帰とは、仏が五人の比丘を度して後、三宝が具足した。仏は三帰を行い、また比丘に命じて、方々に宣化させ、仏の所に導き入れた。その後、信を失う者が出たため、仏は比丘に命じて、それぞれの場所で羯磨の受戒を行わせた。六年を過ぎて、仏は三帰を止め、羯磨の受戒を興した。故に中十、辺五の異なりがある。遣信、論議などの別がある。羯磨とは、これは「事を弁ずる」という意味である。この文は通俗的である。律部は宗旨ではないので、詳しく述べない。

問う。今、大乗の教え(衍門)を明らかにするのに、どうして小乗の細かい規定が必要なのか。そして十種の得戒の人を明らかにするのはなぜか。 答える。涅槃経の至る所で律が支えられるように、今もこれと同じである。小乗は方便である。故に、出家の菩薩は六和と十利において声聞と同じであることがわかる。六度と四弘は小乗の行いと異なる。在家の菩薩であれば、三帰五戒は全て菩提へと向かう。ましてや梵網経の八万の威儀は、七衆が共に資け、五道に通じて覆われる。どうして戒を破ることを仏乗と言えようか。故に乗戒の四句をもって対比する。

性戒のもとで三学の無作の有無を簡別する。初めに戒の無作。性戒は受けなければ無作はない。もし戒を受ければ、受けた戒には無作がある。故に性罪の上に違反の無作が加わる。出家などの戒は、無作が別に生じる。故に持すれば功徳は虚空の如く等しく、破すれば一つの支分と一つの境に対してそれぞれに対応する。持つことを挙げて受戒を勧め、罪を加えて違反を防ぐ。ましてや犯した後に法によって除かれ、再び本来の清浄となる。故に「薝蔔の花は萎んでも、なお他の花に勝る。戒を破った比丘も、なお外道に勝る」と言う。草を伐るなどの下で、遮戒と性戒の同異の相の概略を出す。草や畜生のように、共に制戒に違反する罪がある。単提の罪を作れば、悔いれば二つの遮戒は共に滅する。しかし、畜類を害することについては、なお性の過ちが残る。故に論を引いて償いの命がなお存することを解く。

問う。性罪は滅しないのに、どうして懺悔が必要なのか。 答える。制戒に違反することを免れることにより、持戒の心を持続させる。たとえ果位において広く償うとしても、それは利益のための因である。どうして制戒に違反して三趣に沈むのと同じであろうか。償うとは、返すこと、また戻ることである。

故に四分以下に証拠を引く。辺罪とは、性の四重罪、およびかつて五戒乃至比丘戒などを受けた者が、人を殺し、五銭以上を盗み、三趣の男女の正道と犯し、俗人でない自分の妻や非処などと犯し、人趣に対して過人法と称して妄語をすることである。この四つを犯した後、五戒や具足戒、比丘戒を捨てて、再び来ることは難しい。仏法の辺人であるから辺罪と名付ける。重ねて遮られ、無駄に受けるだけであるから、問うのである。この罪などは、辺の遮の意味を釈する。もし先に一度も受けていなければ、犯してもなお五戒や八戒を妨げる。ましてや具足戒を妨げることは言うまでもない。ましてや五戒などを受けていて四重罪を犯すことはどうであろうか。これは、方等陀羅尼経や虚空蔵菩薩経に基づき、辺罪の義を明かす。多論にも、五戒、八戒、十戒の中の重罪が具足戒を妨げることが明かされている。故に南山の鈔主はこれに依って用いる。相部はこれに対して内には異なるが、南山には依るべき教えがある。智者大師は教えに依って用いる。もし道俗が犯した後に悔いて、さらに清浄な戒を求めようとするならば、方等や占察などの経に詳しい。占察経の上巻には「未来世において、在家出家で清浄な戒を求めようとするもの、増上罪を犯して受けることができないものは、懺悔の法を修すべし。詳しくは経文にある」とある。故に、性戒の清浄が諸戒の因であることを知るべきである。旧名は作無作、成実論には教無教、新名は表無表という。作は為すことをいい、教は教示をいい、表は表彰をいう。名前は異なるが、意味は同じである。有無は問わない。無作は一度発すれば、捨てる縁がなければ、終わりなき一つの形に亘って相続し、常に起こる。例えば、初めて受ける時、白羯磨をなした後、他の心に入っても、なお戒を得たと名付ける。故に成実論には「もし人が不善心、無記心、無心に入っても、また持戒と名付ける」とある。律疏には「四心、三性、始めから終わりまで常に有る。三性に無心を加えて四とする」云々。広く作無作の同異の相などを弁じることは、ここで尽くせるものではない。疏や鈔に詳しい。

小乗のもとで、大小乗について三聚を説き、無作の異なりを明かす。小乗の経論は共に三聚を立てる。すなわち、色、心、非色非心である。心は無尽などと言うのは、心性をもって戒体とすることを意味する。もし小乗の戒体が第三聚であるとするならば、経部に依る。もし有部であれば、また色を用いて無作の戒体とする。しかし、大乗では心性をもって戒体とする。もし無作を発するならば、また身口の作戒に依って発する。身口に依るとはいえ、体は必ず心にある。もし先に小乗を受け、後に大乗を受けるならば、全てが無尽の戒体に転じる。もし先に大乗を受け、後になって出家し、大比丘の数に入りながら菩薩の法を失わないならば、さらに律儀を受ける。ただし、一切の身口の清浄を発し、非を防ぐ律儀について、無作の戒体は再び発しない。故に涅槃経の五篇七聚は、いずれも出家菩薩の律儀である。また、もし先に小乗を受け、後に大乗を受けるならば、小の夏臘を開いて大の夏臘とする。もし先に大乗を受け、後に律儀を受けるならば、小乗に在っては小乗に依り、大乗に在っては大乗に依る。理はこのようであるが、国によって異なる。この国の僧徒は大小を簡別しない。西方はそうではなく、常に隔てられている。しかし、四依の出世は必ず大小を併せて弘める。ただ、衆生の機縁に従って、その通ずるところと局するところはその人による。道定の無作は、細かく簡別することは論に任せる云々。故に経には以下を引いて、道定が再び律儀を根本とすることを証する。

○二明持相。先事次理。初事中文十義七。意在正修。言義七者。前四各一後六成三。所謂三觀。亦可二義四六異故。前四直爾論事。後六寄理義當於事。意在比決令知淺深。先釋不缺即持四重。若毀下以犯顯持。言失比丘法者。既犯重已不任僧用。大經云。犯重比丘不能復生善芽種子。如斷多羅樹等。不破者。名損為破猶勝於缺。是故仍在生善僧數。若毀下以犯顯持。不穿者。雖不破缺。如猶有穿易可補治。若有下以犯顯持。不雜者即是事定。有事定者任運持得。雖持下以犯顯持。大經二十九云。若有菩薩雖不與彼女人和合。而共言語嘲調戲笑。如是菩薩成就欲法。毀破淨戒污辱梵行。令戒雜穢。不得名為淨戒具足。復有菩薩自言戒淨。雖不與彼女人身合。言語嘲調而於壁外聞鐶釧聲。是名菩薩成就欲法。乃至不名淨戒具足。復次自言戒淨。乃至不聞鐶釧聲等。若見男子隨逐女人。若見女人隨逐男子。如是菩薩乃至不名淨戒具足。乃至為天樂故。廣如初句。如四分中持戒有四。一賊分齊。如諂媚勝他。邪命名利等。二罪分齊。畏三途等三福分齊。欲天樂等。四道分齊謂為解脫。除為解脫前三種持。及限爾許日。如是時處支等恐不發戒。用中道下亦名開權。既得中已以此中慧融一切法。故使一止一作無非法界。故云大乘式叉迦羅尼。此名為學別在第五通約諸篇。今並開之成摩訶衍故大經及十住婆沙。皆指篇聚云。菩薩摩訶薩持是禁戒。當知戒無大小由受者心期。是則中道遍入空假及事律儀。方得名為具足持戒。涅槃五支等者。彼聖行中先明自行五支。後列願他十戒。菩薩摩訶薩持一一支。皆願眾生當得禁戒等十。言五支者。一具足業清淨戒。謂四重。二前後眷屬餘清淨戒謂偷蘭遮為前眷屬。此語因蘭。能為重罪前方便故。十三僧殘列在重後為後眷屬。所言餘者。如後釋。三非諸惡覺覺清淨戒者。即是不雜定共戒也。四護持正念念清淨戒者。即四念處道共戒也。五迴向具足無上道戒者。佛菩薩持非諸凡小所能持得。護他十戒者。一禁戒。二清淨戒。三善戒。四不缺戒。五不析戒。六大乘戒。七不退戒。八隨順戒。九畢竟戒。十具足諸波羅蜜戒。今亦以十願對行。故大經十戒與論意同。五支復與願他十戒開合異耳。是則還將自行以願於他。故玄文中具將論十。以對經十及以五支具如釋籤中和會同異。束前下判位。既約事釋以辨一心。故此十戒離對凡聖大小位別。不雜戒云凡夫入定能持得者且約有宗。若據餘部餘心亦得。智所讚自在行向人持。據此以論十住即持隨道無著。十信唯持律儀諸戒。隨定具足云非六度通教菩薩所持者。且一往簡云此具足是大根性人所持得。別人有分故不簡之。據理亦非別人行向所能持得。唯是初地已去方能持得。向判下約理觀論持戒。先結前生後。先束下正釋。此中文十義二。意在轉事以修正觀。言二義者謂境及觀。四之與六如前事中。今之三觀三一不二。然前十戒非無理觀。即後六是。分張對位故屬事相。況律儀不雜當分未融。故今更約一念心中具明十戒。而不濫尊極不離凡心。用前四戒通為觀境。以六觀之事理相即。當知篇聚一不可虧。世人蔑事而欲尚深理者。驗知此觀孤虛無本。既虧觀境觀亦無從。是故今文尚觀緣生一念心起為善惡因。由此亦能破於不缺乃至不雜。況復但觀身口重業及輕吉等耶。尚觀此心即是法性。豈直觀於善惡因耶。是故今文與他意別。次觀善惡下觀戒即空中。引金剛釋。故知下略申經意。雖此略申未知法與非法為是何等。今云下釋法非法。即以破見名為皆空。何者。雖破我人眾生壽者。假無與實猶見是有。名之為法。若見為無乃至見是非有非無。皆名非法。依此起見猶名為著。是故須捨。若不起四見即無六十二見。故云防止有無六十二見。若大品中十六知見。此我人等四亦攝在彼十六見中。十六亦為此四攝盡。此四見者。無著論云。我以計內人以計外。眾生以續前為義壽者以趣後為能。若依大論釋十六知見中云。我者。於陰界入計我我所若即若離。人者。謂於陰界入中謂我是行人。行通善惡無非行者。眾生者。於陰界入和合之中計有我生。壽者者。於陰界入中計一期報若長若短。亦與無著大同。二論並以陰界入法而為所執。今文通以假實四句。皆為所執。以能計有等為我人也。以此少異。是則近約隨道戒說。為順經文破我故也。經意既遠所執亦通法與非法豈唯假實。然能計者但成六十二見而已。若通論者。法謂衍也。非法小也。衍尚不著何況於小。又法謂大小。非法謂假實。又法謂大乘是有。非法謂大乘是無。乃至非有非無。如是皆名我人等見。是故猶屬六十二也。故云大乘生著。猶須無常幻化等破。通義雖爾今且從別。智所讚中云知心非心。法亦非法。此亦仍順般若近意。心謂能計假名之心。法謂所計五陰實法。乃至若計假實非有非無。皆破入空。故云知心非心。法亦非法。知空非空故云而不永滯非心非法。從空出假還是出此心法之假。故云道種方便無所有中立心立法。立於三界假實心法。即是入於愛見之假。假既立已對病設藥。名為拔出。若約自行論拔出者。大經云。願作心師不師於心。欲得不退菩提。當發此願。淨名云。弟子眾塵勞隨意之所轉。化他亦然。以自在故為智為讚。故知兩戒一體無殊。隨如是定結隨定名。無不具足結具足名。故知二名亦非碩異。三觀及境一一文中。皆先釋。次以止觀結之。故梵網下引證理觀持戒。名為止觀。故知應以第一義光寂照相即。而為防止善順戒體。孝者畜也。事親之道宜恒畜在心。以在心故能順顏色。故名為順。今亦如是。觀不思議理恒照在心善順於理。順故觀於三諦。孝故止於三惑。如是持戒尚不與別教出假持戒義同。豈與天子庶民行孝為同年耶。臣軌云。夫孝者先須安國。國安所以家安。家安所以行孝等。如是尚不逮於人天。況大小乘防止善順。言本師及我皆誦者。背文曰誦舍那釋迦以證戒體。稟教義絕無說而說。故名為誦。十住廣說者。毘婆沙此云廣說。得人法二空名離我我所。及離諸法有所得想名離戲論。以如此法名上尸羅。故知亦是約理名戒。淨名云等者。淨名疏引。時二比丘疑犯婬殺二波羅夷。是二比丘共居蘭若。一人他行一人露臥。婬女采薪盜行不淨。伴比丘來見而逐之。女人避走墮坑而死。臥者疑犯婬逐者疑犯殺。不敢問佛來白波離。波離為其準律解釋。若犯根本令其學悔。若犯方便令其懺蘭。若本無心令不須懺。大士訶曰。我念聲聞不觀人根不應說法。此二比丘久發大心。如何以小而教導之。彼罪性者不在內外兩中間。如其心然罪垢亦然。此即無生悔之要觀也。如是是名善解奉律。今亦以此名上尸羅。上尸羅者無持無犯。犯必無生。豈以無生而令必犯。故知應以四句推持無持犯性。名真奉律。豈要推犯名善解耶。復次下更約五名以為觀解。四分上下唯有四名。準古諸釋但存三名。謂尸羅毘尼木叉。故南山引十八法中毘尼與律二名不並。今家意者。具依諸名以存於四。名雖不並既得名律復名毘尼。是故今文從名俱用。并取根本八十誦名。即優波離一夏八十度升座誦之。故得名也。故總約五名以申觀解。若諸部異名雖隨事別立。與誦義同。故舉誦言以攝諸部。今既以十戒合為三觀。觀心五名亦約三觀。餘名可見。所言律者不取律呂之律。但約如世律令陶虞始造。蕭何以為九章者。漸分輕重委悉故也。爾雅云。法也。法律所以詮量輕重犯不犯等。觀心亦爾。詮量惑智各有輕重持犯之相。如上菩提心中等者。第一感應發心。結成三種止觀文中。麁細難易深淺巧拙等。亦是詮量之義也。人有四者。若論果報以南洲為下下。若約值佛即以南洲為上上。故大論六十二云。閻浮提以三事故尚勝於諸天。北洲不及。一能斷婬欲。二識念力。三能進精勇猛復有書般若。是故諸天來下聽法。故大經三十三云。下下因緣故生於北洲。乃至上上因緣故生於南洲。上品多種者。如六欲天及日月星。以分九品。上上他化乃至下下是星。乃至福報多種不同。如淨名云。隨其福德飯色有異。乃至諸禪各各不同。如經論中隨其義旨。各有品類秩軸不同。可以意得不煩文者。約觀解中若橫若竪若自若他。一心異心詮量輕重。況復一一各攝無邊。但可意知豈可文具。私諮下重釋。謂章安面於大師親重諮決若諸文中直云私謂是滅後述己。初文即是述己問也。向之三觀各有三品。空為下假為中中為上。空假各三皆約發真。入中亦有三品。即以五品為下。六根為中。初住為上。則三品之中有真有似者何耶。此問且據大分而說。空假三品亦非全發真。如假三品即以三藏菩薩為下。如初番釋。入中三品亦皆發真。且約後番為此問也。答。即出大師答也。有二意。初云前三道未合者。空假二種三品之中。既對三教根緣隔異。所以分張橫對三人。人既不同皆約發真。於理無失。若入中已毫善悉融唯約六即義似於竪。又亦得下以此中道從人從教。亦得橫論。別接等三皆破一品。三人相望可非橫耶。雖復名橫證道無二。仍本而說且為橫三。豈止煮燒覆障耶者。不同律文篇聚各有根本方便後起。對心對境。若罪若事若雙若單。約報則有煮燒等輕重之相。三觀相即三諦互融。隨詮一塵一心一觀。皆遍法界。十誦中呼地獄為煮燒覆障。八熱十六通為煮燒。八寒黑暗等通為覆障。若事下比決。是則於事勸更加觀。不聞有觀而忽於事。是則一心三觀以照持犯。豈同護根制六識耶。

○二、持戒の相を明かす。まず事、次に理を説明する。初めの事についての文には十の意味があり、七つの理がある。その意図は正しく修行することにある。「義七」とは、前の四つは各々一つであり、後の六つは三つにまとめられる。いわゆる三観である。または、二つの義によって四と六が異なるとも言える。前の四つは直接的に事について述べ、後の六つは理に託して事の意味をなす。その意図は比較対照によって浅深を知らせることにある。まず「不缺」、すなわち四重禁戒を保つことを説明する。「若し毀れば」以下は、犯すことによって保つことを示す。「比丘の法を失う」とは、重罪を犯した後は僧の用に供することができないことである。『大涅槃経』に言う、「重罪を犯した比丘は、再び善の芽や種子を生じることができない。それは多羅樹を断つようなものである」と。「不破」とは、損なうことを「破」と名づけるが、それでも「缺」よりは優れている。それゆえ、まだ善を生じる僧の数の中にいるのである。「若し毀れば」以下は、犯すことによって保つことを示す。「不穿」とは、破れ欠けてはいないが、まだ穴があるように、容易に補修できることをいう。「若し有れば」以下は、犯すことによって保つことを示す。「不雜」とは、すなわち事に定まることである。事に定まる者があれば、自然に戒を保つことができる。「雖も持すれども」以下は、犯すことによって保つことを示す。『大涅槃経』第二十九に言う、「もし菩薩が女と和合しなくても、共に言葉を交わし、嘲弄し、戯れ、笑うならば、このような菩薩は欲望の法を成就し、清らかな戒を破り、梵行を汚し、戒を雑穢にし、清らかな戒を具足したとは言えない」と。また、「ある菩薩は自ら戒は清らかだと言う。もし女と身体を交わさず、言葉や嘲弄もしなくても、壁の外で鐶釧の音を聞くならば、これを菩薩が欲望の法を成就したと名づける。乃至、清らかな戒を具足したとは言えない」と。さらに、「自ら戒は清らかだと言う。乃至、鐶釧の音も聞かないとしても、もし男が女に従い、女が男に従うのを見るならば、このような菩薩は乃至、清らかな戒を具足したとは言えない」と。乃至、天の楽のためであることなど、広く初めの句のようである。四分律に戒を持つことには四つがある。一に賊の分斉、媚びへつらって他に勝とうとし、邪に名利などを名づけるもの。二に罪の分斉、三途などを畏れるもの。三に福の分斉、天の楽などを欲するもの。四に道の分斉、解脱のためと謂うもの。解脱のためを除いて、前の三種の持戒、および限られた日数、かくの如き時や処、支などは、恐らくは戒を発さない。中道を用いることを、以下「開権」とも名づける。中道を得てから、この中道の慧によって一切の法を融和させる。それによって、一つの止も一つの作も、法界に非ざるはなし。故に「大乗式叉迦羅尼」と言う。これを「学」と名づけ、別に第五において諸篇全体に通じる。今、これらを全て開いて摩訶衍となす。故に『大涅槃経』や『十住毘婆沙論』は皆、篇聚を指して言う、「菩薩摩訶薩はこの禁戒を保つ。戒に大小はなく、受ける者の心の期するところによることを知るべし」と。これがすなわち中道が遍く空仮および事の律儀に入るのであり、ようやく「具足持戒」と名づけることができる。「涅槃五支」等とは、彼の聖行の中で、まず自行の五支を明かし、後に他に願う十戒を列挙する。菩薩摩訶薩が一つ一つの支を保つごとに、皆、衆生が当に禁戒等の十を得んことを願う。「五支」とは、一に「具足業清浄戒」、すなわち四重禁戒。二に「前後眷属余清浄戒」、すなわち偷蘭遮を前の眷属と為す。これは因蘭と言い、重罪の前の方便となり得るからである。十三僧残は重罪の後に列せられて後の眷属となる。「余」と言うのは、後の解釈の如し。三に「非諸悪覚覚清浄戒」、すなわち不雜定共戒である。四に「護持正念念清浄戒」、すなわち四念処道共戒である。五に「回向具足無上道戒」、仏菩薩が保つものであり、凡夫や小乗が保ち得るものではない。「護他十戒」とは、一に禁戒、二に清浄戒、三に善戒、四に不缺戒、五に不析戒、六に大乗戒、七に不退戒、八に随順戒、九に畢竟戒、十に具足諸波羅蜜戒である。今、この十の願をもって行に対応させる。故に『大涅槃経』の十戒と論(『十住毘婆沙論』)の意とは同じである。五支はまた他に願う十戒と開合が異なるのみである。これすなわち、自行をもって他に願うのであり、故に玄文において、論の十を具に用いて経の十および五支に対応させることは、『釈籤』において和会同異するが如くである。「束前」以下は位を判ずる。事に約して解釈し、一心を弁ずるが故に、この十戒を凡聖大小の位の別に離対させる。「不雜戒」に「凡夫、定に入って能く持つ」と言うのは、ひとまず有宗に約して言う。もし他の部派に拠れば、他の心でも持ち得る。「智所讃」は、自在の行向の人が持つ。これに拠って論ずれば、十住はすなわち随道無著の戒を持ち、十信はただ律儀諸戒のみを持つ。「随定具足」に「六度通教の菩薩の持つところに非ず」と言うのは、ひとまず簡別して、「この具足戒は大根性の人の持つところである」と言い、別教の人は分があるので簡別しないのである。理に拠っても、また別教の行向の人の持つところではなく、ただ初地より已上にして初めて能く持ち得るのである。「向判」以下は理観に約して持戒を論じる。まず前を結び後を生じ、「先ず束」は正しく釈する。この文には十の意味と二つの義がある。その意図は事を転じて正観を修することにある。「二義」とは、すなわち境および観である。四と六は前の事の中の如し。今の三観は三一不二である。然れども前の十戒に理観が無いわけではない。すなわち後の六つがこれである。分張して位に対置するが故に事相に属する。況んや律儀不雜は当分未だ融和せず。故に今、さらに一念の心中に約して十戒を具に明かす。而も尊極を濫さず、凡心を離れず。前の四戒を用いて通じて観境と為し、六観をもって事理相即することをさせる。当に知るべし、篇聚は一として虧くべからず。世の人、事を蔑ろにして深理を尚ぼうとする者は、この観が孤虚にして本無きことを験すべし。既に観境を虧く、観もまた従うこと無し。是の故に今の文は、尚、縁生の一念の心の起こるを観て善悪の因と為す。これによって、また能く不缺乃至不雜を破る。況んや身口の重業および軽吉等を観るのみならんや。尚、この心は即ち法性であると観る。豈に善悪の因のみを観ることを善しとせんや。是の故に今の文は他と意を異にする。次に「善悪を観ず」以下、戒が即ち空・中であることを観ずる。「金剛」を引いて釈する。「故に知る」以下、経の意を略して申す。この略して申すに、未だ法と非法とが何等なるかを知らず。今「云何」以下、法と非法とを釈する。すなわち見を破ることを以て皆空と名づく。何となれば、我・人・衆生・寿者を破すれども、仮無と実有とはなお有と見る、これを法と名づく。もし無と見る、乃至、非有非無と見る、皆、非法と名づく。これに依って見を起こすことを、なお著と名づくるが故に、是の故に捨てるを須う。もし四見を起こさざれば、即ち六十二見無し。故に「有無の六十二見を防止す」と言う。もし『大品般若経』の中の十六知見、この我人等の四もまた、彼の十六見の中に摂せられる。十六もまた、この四に摂尽くされる。この四見について、『無著論』に言う「我は内を計り、人は外を計り、衆生は前を続ぐことを義とし、寿者は後に趣くことを能とす」と。もし『大智度論』の十六知見を釈するの中に依れば、「我」とは、陰界入において我我所を計る、若しくは即し若しくは離する。「人」とは、謂く、陰界入の中において我は行人であると謂う。行は善悪に通ず、行者に非ざるは無し。「衆生」とは、陰界入の和合の中において我が生有りと計る。「寿者」とは、陰界入の中において一期の報は長短あるを計る。また『無著論』と大同である。二論ともに陰界入の法を以て所執と為す。今の文は通じて仮実の四句を以て皆、所執と為す。能計の有等を以て我人と為す。これによって少しく異なる。これはすなわち近く随道戒に約して説く。経文の我を破るに順ずるが故なり。経の意が既に遠ければ、所執もまた通ず、法と非法と豈に仮実のみならんや。然れども能計はただ六十二見を成すのみ。通じて論ずれば、法は衍(大乗)を謂い、非法は小(小乗)を謂う。衍も尚お著せず、況んや小に於いてをや。また、法は大小を謂い、非法は仮実を謂う。また、法は大乗是有りと謂い、非法は大乗是無しと謂う。乃至、非有非無。かくの如き、皆、我人等の見と名づく。是の故に、なお六十二に属するなり。故に「大乘に生著す」と言えば、なお無常・幻化等をもって破すを須う。通義はここに在りと雖も、今は且く別に従う。「智所讃」の中に「心は非心、法も亦た非法なるを知る」と言う。これもなお般若の近意に順ず。心は能計の仮名の心を謂い、法は所計の五陰の実法を謂う。乃至、仮実を非有非無と計るも、皆、破して空に入る。故に「心は非心、法も亦た非法なるを知る」と言う。空が非空なるを知るが故に、「而も永く非心非法に滞らず」と言う。空より假に出づるは、なおこの心法の假を出づるなり。故に「道種方便、無所有の中に心を立て法を立てる」と言う。三界の假実の心法を立つるは、すなわち愛見の假に入るなり。假が既に立ちて、病に対し薬を設くることを、「抜き出だす」と名づく。もし自行に約して抜き出だすを論ずれば、『大涅槃経』に言う「願わくは心の師と作れ、心を師とすることなかれ。不退の菩提を得んと欲すれば、当にこの願を発すべし」と。『維摩経』に言う「弟子衆は塵労、意のままに転ず」と。化他もまた然り。自在なるを以て智と為し讃と為す。故に知る、両戒は一体にして殊異無し。「随如是定」は随定の名を結び、「無不具足」は具足の名を結ぶ。故に知る、二名も大いに異なるに非ず。三観及び境、一一の文の中に、皆、先ず釈し、次に止観を以て結ぶ。故に「梵網」以下に、理観の持戒を引き証して、止観と名づく。故に知るべし、第一義の光と寂照と相即するを以て、防止善順の戒体と為すべきことを。「孝」とは、畜なり。事親の道は、恒に心に畜うべきなり。心に在るを以て、能く顔色に順ず。故名づけて順と為す。今も亦た是くの如し。不思議の理を観じて恒に心に照らし、善く理に順ず。順ずるが故に三諦を観じ、孝なるが故に三惑を止む。かくの如き持戒は、尚お別教の出假の持戒と義同じからず。豈に天子・庶民の行孝と同年に論ずるを得んや。『臣軌』に言う「夫れ孝とは、先ず国を安んずるを須う。国安ければ所以に家安んず。家安んずれば所以に行孝す」等と。かくの如きは、尚お人天に逮せず。況んや大小乗の防止善順に於いてをや。「本師及び我、皆誦す」と言うは、背文を誦と曰う。舎那・釈迦は、戒体を証す。稟教の義は、説くこと無くして説くことを絶つ。故名づけて誦と為す。「十住広説」とは、毘婆沙、此れを広説と云う。人法二空を得るを、我我所を離れると名づけ、及び諸法の有所得の想を離るるを、戯論を離れると名づく。かくの如き法を以て、これ上尸羅と名づく。故に知る、亦是く理に約して戒と名づくるなり。「淨名云」等とは、『浄名疏』に引く。時に二比丘、婬殺の二波羅夷を犯すことを疑う。是の二比丘、共に蘭若に居る。一人他に行き、一人露に臥す。婬女、薪を採りて盗みに不浄を行ず。伴の比丘来りて之を見て逐う。女人、避けて走り坑に堕ちて死す。臥せる者は婬を犯すことを疑い、逐える者は殺を犯すことを疑う。敢えて仏に問わず、来りて波離に白す。波離、其の為に律に準じて解釈す。もし根本を犯せば、其れに学悔せしめ、もし方便を犯せば、其れに懺蘭せしめ、もし本心無ければ、其れに懺す不須ち。大士訶して曰く「我、声聞は人の根を観ずして法を説くべからざるを念う。此の二比丘、久しく大心を発す。如何に小を以て之を教導せん。彼の罪性は、内外両中間に在らず。其の心の然るが如く、罪垢も亦た然り」と。此れ即ち無生の悔いの要観なり。是くの如く是れを善解奉律と名づく。今も亦た此れを以て上尸羅と名づく。上尸羅は、持つこと無く犯すこと無し。犯すも必ず無生なり。豈に無生を以て必ず犯さしめんや。故に知るべし、四句を以て持の持犯の性無きを推ずるを、真の奉律と名づくべきことを。豈に犯を推ずるを要めて善解と名づけんや。復次、以下、更に五名に約して観解と為す。四分律には、上下に唯だ四名有り。古の諸釈に準ずれば、但だ三名を存す。謂く尸羅・毘尼・木叉。故に南山(道宣律師)は、十八法の中に毘尼と律の二名は並び有らざることを引く。今家の意は、具に諸名に依りて四を存す。名は並び有らざるも、既に律と名づけ、復た毘尼と名づくることを得。是の故に今の文は、名に従って倶に用う。並びに根本の八十誦の名を取る。即ち優波離、一夏に八十度の座に升りて之を誦す。故に名を得るなり。故に総じて五名に約して観解を申す。もし諸部の異名は、事に随って別に立つと雖も、誦と義同じ。故に誦の言を挙げて諸部を摂す。今、既に十戒を以て三観に合す。観心の五名も、亦た三観に約す。余の名は見る可し。言う所の律は、律呂の律を取るに非ず。但だ世の律令の如きに約す。陶虞(尭舜)始めて造り、蕭何以て九章と為す者は、漸く軽重を分けて委悉なるが故なり。『爾雅』に云く「法なり」と。法律は、軽重・犯不犯等を詮量する所以なり。観心も亦た爾り。惑智を詮量するに、各々軽重・持犯の相有り。上に「菩提心中等」とあるは、第一の感応発心、三種の止観を結成する文中、麁細・難易・浅深・巧拙等は、亦是く詮量の義なり。「人有四」とは、もし果報を論ずれば、南洲を以て下下と為す。もし仏に値うに約すれば、即ち南洲を以て上上と為す。故に『大智度論』六十二に云く「閻浮提は三事を以て、尚お諸天に勝れり。北洲は及ばず。一に能く婬欲を断ず。二に識念力。三に能く精進勇猛なり。復た般若を書す有り。是の故に諸天来りて下り法を聴く」と。故に『大涅槃経』三十三に云く「下下の因縁を以て北洲に生ず。乃至、上上の因縁を以て南洲に生ず」と。「上品多種」とは、六欲天及び日月星の如し。九品を以て分つ。上上は他化自在天、乃至、下下は星。乃至、福報に多種不同有り。『浄名経』に云く「其の福徳に随いて飯色に異有り」と。乃至、諸禅各各不同、経論の中に其の義旨に随いて、各々品類・秩軸不同有り。意に得可く、文を煩わす可からざる者は、観解に約すれば、横・竪・自・他、一心・異心、軽重を詮量す。況んや一一に各々無辺を摂す。但だ意に知る可く、豈に文に具す可けんや。「私諮」以下は重ねて釈す。謂く章安(智者大師の弟子)が面して大師に於いて、親しく重ねて諮決せしを。もし諸文の中に直に「私謂」と云うは、滅後の己れの述を是とす。初めの文は即ち是れ己れの問いを述ぶるなり。「向の三観は、各々三品有り。空は下、假は中、中は上と為す。空假各三、皆、発真に約す。中に入るも亦た三品有り。即ち五品を以て下と為し、六根を以て中と為し、初住を以て上と為す。則ち三品の中に、真有り似有り。其の故は何ん」と。此の問いは且く大分に拠りて説く。空假の三品も、亦た全く発真に非ず。假の三品の如きは、即ち三蔵菩薩を以て下と為す。初めの番の解釈の如し。中に入る三品は、亦た皆発真す。且く後の番に約して此の問いを為す。答は、即ち大師の答えを出す。二意有り。初めに「前三道未だ合せず」とは、空假の二種の三品の中、既に三教の根縁の隔異に対し、所以に分張して横に三人に対す。人既に同じからず、皆、発真に約すは、理に於いて失無し。もし中に入り已れば、毫善も悉く融け、唯だ六即に約して、義竪に似る。又「亦だ得」とあるは、此の中道を人従い教従い、亦た横に論ずるを得。別教に接ぐ等の三は、皆、一品を破す。三人相望むに、豈に横に非ずや。復た横と名づくと雖も、証道に二無し。仍お本に拠って説き、且く横三と為す。「豈に煮焼・覆障のみならんや」とは、律文の篇聚の各々根本・方便・後起有るに不同なり。心に対し境に対し、罪・事・双・単。報に約すれば、則ち煮焼等の軽重の相有り。三観相即、三諦互融、一塵・一心・一観に随って詮ずるも、皆、法界に遍ず。十誦の中に、地獄を呼んで煮焼・覆障と為す。八熱・十六は通じて煮焼と為し、八寒・黑暗等は通じて覆障と為す。「若し事」以下は比決。是くの如くならば、則ち事に於いて勧めて更に観を加えよ。観有りて事に忽にするを聞かず。是くの如くならば、則ち一心三観を以て持犯を照らす。豈に根を護りて六識を制するに同じけんや。

○三明犯相者。先標譬本。即是羅剎同為愛見而作喻也。行人下略合。愛見皆能損於篇聚。故並喻羅剎來乞浮囊。愛羅剎下廣合。此中文九義二意在顯持。言文九者愛見各有九。謂五篇定及三觀。言義二者復有三別。一者愛見。二者事理。三者持犯。持犯是能判。事理是犯境。愛見是犯因。言顯持者。犯亦成持況復本淨。若從理說本淨雖持。猶名為犯。用懺淨已方復本淨。先合愛中經但五段。一者全乞喻犯四重。二者乞半喻犯十三。三乞手許喻犯偷蘭。今文稱為乞重方便。且為成於漸犯之相。故置果存因。四乞指許喻犯二提。五乞微塵喻犯吉羅。今文依經故無所改。為篇闕於提舍又剩偷蘭。為聚不開第五亦闕提舍。大乘經文佛意罕測。文殊問經篇聚亦爾。彼列五夷三蘭二提一吉。罪種雖少該攝極寬。此等並是菩薩律儀。是故不可全同三藏。若破觀境是犯律儀。即於十中犯前三戒分為五罪。五罪不同復分愛見。五中前夷及殘。各先犯次持。蘭提吉三。文相略故但存犯相。次夷罪中持相文言汝寧殺我等者。寧殺陰身戒囊叵得。乃至應云毒蛇口中等也。次殘犯相中云摩觸等者。若分因果以對罪名具如律部。次持相中云下意等者。犯第二篇。僧中行白。名為下意。別住名擯乃至奪其三十五事及本日等。名為治擯。次乞重方便者則喻因蘭吉羅下舉況勸持。微塵不足損於浮囊。而惜惠於羅剎者。恐水漸入。能為沒海遠方便故。今亦如是。吉罪既為染污種類。能遠開於無救之門。第五既然餘三亦然。重罪如死故云而死。貪攀下定共戒也。定共雖即未證於真。欲違於定故即名犯。深著下即空戒也。以無隨道無著。不能破於三有之因。是故名為為有造業。假中二戒例前說之。從深著下名為犯理。次以羅剎喻見者。初文辨異。則色屬愛因此破戒。一切皆然故云觸人。無始與俱名已生惡。依見破戒或因後時推理起計。名未生惡。預識防過是故列之。故云此見雖未起。後為內外兩緣所壞而生惡見。一得少禪。二無師友。非深非久故名為少。適得根本因而生見。即生念著吉羅也。而起過患重罪也。佛在世一比丘下引事。大論十九云。有一比丘得第四禪生增上慢謂得四果。初得初禪謂得初果。乃至得第四禪謂得羅漢。恃此自高不肯進道。臨終之時見四禪陰便生邪見謂無涅槃。佛為欺我惡見生故。失禪中陰。阿鼻相現命終生彼。諸比丘問佛。阿蘭若比丘死今生何處。佛言。生阿鼻獄。諸比丘大驚。坐禪持戒便至爾耶。佛如前答竟。而說偈言。多聞持戒禪未得漏盡法。雖有是功德是事難可信。墮獄由謗佛非關第四禪。此證得少禪也。佛在世下舉況以釋師友意也。大師在世尚有僻計生見之人。況滅後無師不得禪者。又惡見者。如譬喻經賢愚經並云。佛在舍衛。有婆羅門邪見與五百弟子相隨。莫不歸敬。因與佛弟子觸試不如。恥見本群沒水而死。佛言。彼有二罪。一毒盛。二謗佛。佛言。今墮阿鼻。故大虛空藏等者。彼虛空孕經下卷。文列六重。第三云。復次善男子。或有初行菩薩見他眾生作如是言。仁者勿行毘尼戒律。勿為精進速發菩提心速誦經典。作身口意惡。因為惡故即得清淨。是名第三重罪。云何下正明犯相。亦先事犯後理犯。初事犯中亦先明五罪。犯十中三。食噉人狗喻破世出世因果。此從優劣為譬也。破正見威儀等者。起見即破正見。應引大經十二等。文無者略。犯前三聚名破戒。犯下四聚名破威儀。四邪五邪名破正命。邪法活命故云邪命。四邪者。一方邪。謂通國使命。二維邪。謂醫方卜相。三仰邪。謂仰觀星宿。四下邪。謂種植根栽五穀等類。亦曰四口食。故大論舍利弗乞食。有一女人問舍利弗言。汝方口食耶。乃至下口食耶。皆答言不。女人言。何食耶。舍利弗次第解釋四種食已云。我唯乞食自活。五邪者。一為利養故現奇特相。二為利養故自說功德。三卜相吉凶為人說法。四高聲現威令人畏敬。五說所得供養以動人心。此等並是高名上輩所慎。應非寡德末流所闚。或重方便乃至吉羅準愛中說。謂諸法下重明過相。從初乃至永沒例前吉羅乃至而死。當知此人下結破僻計。近尚等者。近謂見心遠謂諦理。既以惡空下例前貪攀等乃至破律儀戒。堅執見下例前貪五欲故破於理戒。當知下結中。云尚不得人天涅槃者。人天中樂亦名涅槃。何不引無行等者。經中總有七十餘行偈。汝何不引終不破於戒等文。獨引貪欲是道文耶。況復經說欲是道者。秖云道性不出於欲。亦云欲性不離於道。約理云即約事須離。而汝錯計謂欲是道。若爾。秖有道即是婬。何曾婬即是道。經又云。見有無法異。是不離有無。若知有無等超勝成佛道。汝唯見有尚不見無。況有無等經又云。道及婬怒癡是一法平等。意亦如前。

○三明犯相について説明する。まず譬えの基本を示す。これは羅刹が愛と見を共に表す譬えである。修行者について以下で簡略に合わせて述べるが、愛と見は共に戒律の規定を損なうものである。そのため、どちらも羅刹が浮き袋を乞うことに譬えられる。

次に「愛の羅刹」について詳しく合わせて述べる。この文には九つの内容と二つの意義があり、戒律の保持を明らかにしている。「九つの内容」とは、愛と見にそれぞれ九つあることを指し、すなわち五篇の定戒と三つの観がある。「二つの意義」とはさらに三つの区別がある。第一に愛と見、第二に事と理、第三に持と犯である。持と犯は判別する能力であり、事と理は犯す境遇であり、愛と見は犯す原因である。「戒律の保持を明らかにする」とは、犯すこともまた保持となり得ることを示し、ましてや本来清浄であることについては言うまでもない。もし理の観点から言えば、本来清浄であっても保持しているとは言え、なお犯していると名づけられる。懺悔によって清らかになって初めて本来の清浄に戻るのである。

まず愛について合わせる。経には五つの段がある。第一は全てを乞うことで四重禁に譬える。第二は半分を乞うことで十三僧殘に譬える。第三は手のひらほどの許しを乞うことで偷蘭遮に譬える。今この文では重罪のための方便を乞うとしている。これは徐々に犯す様子を説明するためであり、結果を置いて原因を残している。第四は指の先ほどの許しを乞うことで二つの提舍尼に譬える。第五は微塵ほどの許しを乞うことで突吉羅に譬える。今この文は経に従っているので変更はない。篇としては提舍尼が欠け、偷蘭遮が余分にある。聚としては第五を開かず、また提舍尼も欠けている。

大乗の経文は仏の意図が測りがたい。文殊師利問経の篇聚も同様である。そこには五つの夷罪、三つの蘭罪、二つの提罪、一つの吉罪が挙げられている。罪の種類は少ないが、その含むところは極めて広い。これらはすべて菩薩の律儀であり、そのため完全に三蔵と同じと見なすことはできない。もし観の境を破れば律儀を犯すことになり、すなわち十のうち前三戒を犯して五つの罪に分かれる。五つの罪は同じではなく、さらに愛と見に分けられる。五つのうち最初の夷罪と残罪は、それぞれ先に犯相、次に持相を示す。蘭罪、提罪、吉罪の三つは、文の様子が簡略であるため犯相のみを記す。

次に夷罪の中の持相の文は「汝寧殺我等」と言う。すなわち、寧ろ陰身を殺せども戒の浮き袋は得られない、ということである。さらには「毒蛇の口の中」などと言うべきである。

次に残罪の犯相の文で「摩触等」と言う。もし因果を分けて罪名に対応させれば、詳細は律部の通りである。

次に持相の文で「下意等」と言う。第二篇を犯した場合、僧中で行われる告白を下意と名づける。別住を擯出と言い、さらにその三十五事と本日などを奪うことを治擯と言う。

次に重罪のための方便を乞うことは、因の蘭罪と吉羅を譬える。以下では状況を挙げて、戒律の保持を勧める。微塵は浮き袋を損なうには足りないが、羅刹に惜しんで与えないのは、水が徐々に入り込んで海に没する遠い原因となるのを恐れるからである。今も同じである。吉罪はすでに染汚の種類であり、遠く救い無き門を開くことができる。第五がそうであるならば、残りの三つも同様である。重罪は死の如くであり、そのため「而死」と言う。

「貪攀」以下は定共戒である。定共はまだ真実を証していなくても、定に背こうとすれば、すなわち犯すと名づけられる。

「深著」以下は空戒である。随道や無著がないため、三有の因を破ることができない。そのため「為有造業」と名づけられる。仮戒と中戒の二つは前の例に従って述べる。「深著」から下は理を犯すと名づけられる。

次に羅刹で見を譬える。初めの文で違いを明らかにする。すなわち色は愛に属し、これによって戒を破る。すべてがそうであるため「触人」と言う。無始より共にあることを「已生悪」と言う。見に依って戒を破ることは、あるいは後時に理を推し量って考えを起こすことによる。これを「未生悪」と言う。予め認識して過ちを防ぐためにこれを列挙する。そのため「此見雖未起」と言う。後に内外の二つの縁によって壊されて悪見を生じる。第一に少しの禅定を得ること、第二に師や友がいないこと。深くもなく長くもないため「少」と言う。ちょうど根本を得て見を生じ、すなわち念執の吉羅を生じる。そして過患の重罪を起こす。

「仏在世一比丘下引事」とは、大論第十九に、「有一比丘得第四禅生増上慢謂得四果。初得初禅謂得初果。乃至得第四禅謂得羅漢。恃此自高不肯進道。臨終之時見四禅陰便生邪見謂無涅槃。仏為欺我悪見生故。失禅中陰。阿鼻相現命終生彼。諸比丘問仏。阿蘭若比丘死今生何処。仏言。生阿鼻獄。諸比丘大驚。坐禅持戒便至爾耶。仏如前答竟。而説偈言。多聞持戒禅未得漏尽法。雖有是功徳是事難可信。墮獄由謗仏非関第四禅。」とある。これは少しの禅定を得たことの証拠である。

「仏在世」以下は、師友の意味を説明するための状況を挙げる。大師が在世であっても、なお僻計を生じて見を起こす人がいたのである。ましてや滅後で師がおらず、禅定を得られない者はなおさらである。

また「悪見者」とは、譬喩経や賢愚経に、「仏在舍衛。有婆羅門邪見与五百弟子相随。莫不帰敬。因与仏弟子触試不如。恥見本群没水而死。仏言。彼有二罪。一毒盛。二謗仏。仏言。今堕阿鼻。」とある。そのため大虚空蔵等と言う。その虚空孕経下巻には六つの重罪が列挙されている。第三に「復次善男子。或有初行菩薩見他衆生作如是言。仁者勿行毘尼戒律。勿為精進速発菩提心速誦経典。作身口意悪。因為悪故即得清浄。是名第三重罪。」とある。

「云何」以下で犯相を正しく明らかにする。まず事の犯、次に理の犯を示す。初めの事の犯の中でも、まず五罪を明らかにする。十のうち三つを犯すことになる。「食噉人狗」は世間と出世間の因果を破る譬えである。これは優劣をもって譬えとする。正見と威儀などを破ることについて、見を起こせばすなわち正見を破る。大経第十二などに示すべきであるが、文が無いので省略する。前三聚を犯すことを破戒と名づける。下四聚を犯すことを破威儀と名づける。四邪と五邪を破正命と名づける。邪法で活命するため邪命と言う。四邪とは、一方邪、すなわち国に通じて使命を果たすこと。二維邪、すなわち医術や卜占。三仰邪、すなわち星座を仰いで観測すること。四下邪、すなわち種を植え苗を育て穀物を作るなどの類である。また四口食とも言う。そのため大論で、舎利弗が乞食の時、ある女が舎利弗に問うた、「汝は方口食か。」乃至「下口食か。」それぞれ「否」と答えると、女は言った、「何の食か。」舎利弗は順に四種の食を説明した後、「我はただ乞食のみで自活する」と言った。

五邪とは、一に利養のために奇特な相を現すこと。二に利養のために自らの功徳を説くこと。三に卜占吉凶をもって人のために法を説くこと。四に高声で威厳を現し人を畏敬させること。五に得た供養を説いて人の心を動かすこと。これらはすべて高名な上層の者が慎むべきことであり、徳の薄い末流の者が覗くべきものではない。

あるいは「重方便」乃至「吉羅」は愛の場合に準じて説く。「謂諸法」以下で過ちの様子を重ねて明らかにする。初めから「永没」まで、前に吉羅から「而死」に至るまでの例に準じる。

「当知此人」以下で、僻計を打ち破って結論づける。「近尚等」とは、近くは見心、遠くは諦理を指す。「既以悪空」以下は、前に貪攀などから律儀戒を破るまでの例に準じる。「堅執見」以下は、前に五欲を貪るために理戒を破る例に準じる。

「当知」以下で結論づける中で、「尚不得人天涅槃」と言う。人天の楽もまた涅槃と名づけられる。

「何不引無行等」とは、経中に総じて七十余行の偈がある。なぜ「終不破於戒」などの文を引かず、ただ「貪欲是道」の文だけを引くのか。ましてや経に「欲是道」と言うのは、ただ道性は欲を出でないと言っているに過ぎない。また欲性は道を離れないとも言う。理については即すると言い、事については離れる必要がある。ところがあなたは誤って考えて、「欲是道」と思っている。もしそうならば、ただ道があることと婬があることは同じであり、いつ婬がすなわち道であったことがあるか。経にはまた「見有無法異。是不離有無。若知有無等超勝成仏道。」とある。あなたはただ有を見ているだけで、まだ無を見ていない。ましてや有無の平等などについてはなおさらである。経にはまた「道及婬怒癡是一法平等」とある。その意もまた前と同じである。

止觀輔行傳弘決卷第四之一

止観輔行伝弘決 巻第四之一

止觀輔行傳弘決卷第四之二

止観輔行伝弘決 巻第四之二

唐毘陵沙門湛然述

毘陵の沙門湛然が述べる

復次下持犯不定。即是和合前之二門。前之二門持則具持十戒。犯則具犯十戒。故云一向。今合判者。十中前四屬戒後六屬乘。乘戒交互四句分別。若二俱句屬前二門。二交絡句屬此中意。故云不定。故此四句文四義二意在俱持。以非顯是是故重辨。言義二者所謂乘戒。若通論下欲明四句。先判通別。若云十法通名為戒如前所說。謂道定等亦名戒故。亦可十法通名為乘皆能動出。謂前四戒出三途故。欲分四句應從別義。故前四為戒後六為乘。各分三品以對緩急。又亦可戒福相對以為四句。無戒有福如王家象。有戒無福如比丘乞食不得。戒福具足如受供比丘。無福無戒如餓狗餓鬼。復應福慧有無互為四句。是句應具福慧二嚴乘戒兼急。事理無瑕者。事即前四理即後六。圓人一生有超登十地之義。故云一生可獲。南岳云。一生望入銅輪但淨六根。又云。能修四安樂行一生得入六根。極大遲者不出三生。若為名聞利養則累劫不得。華嚴利鈍根者。秖是別圓人耳。其中品數約前銓量中說可見。次句者等不俱急。如大經文乍惡道身而得聞法。終不人天身而不聞法。聞法則生死有期。人天或退入三惡。文從極重者說故云皆為所噉。五篇並破身口咸虧。宿種仍存能專理戒。以根利故或當得道是故彊於乘緩戒急。第三句中云振丹者。約佛在世。若教流此土則知而不見。振丹兩字並恐書誤。下第十所引即云震旦。琳法師釋云。東方屬震是日出之方。故云震旦。新婆沙云脂那。西域記云至那。此聲並與震旦真丹相近故。故知並屬梵音。三億等者。大論十一云。舍衛有九億家。三億眼見佛。三億耳聞而不見。三億不聞不見。佛在舍衛二十五年而是等不聞不見。況著樂諸天耶。及生難處者。北洲及三惡加長壽天并四智辯聰佛前佛後諸根不具。是為八難。譬如下舉譬以釋伏疑。疑云。既不值佛何須此戒。故譬釋云冀逢恩赦。恩赦者值佛聞法。昔不修乘無聞法緣。在三界中猶如繫獄。戒善如財物。業道如大力。得人天身如命未盡。或遇佛法如逢恩赦。恐在人天猶不受化。故復斥云。若不修乘永不值佛。人天福盡還墮三途。故知修乘必不可闕。行者下。檢驗中云此是權來引實者。既戒緩乘急墮在三途。必為法身菩薩同類引之。乃至亦為乘戒俱緩者下種誘之。若細下教判因果。四教辨因者昔修四教觀智不同以為乘種。今歷五味得道不同以明其果。

次に、「下・持犯不定」とは、先の二つの門(一向持戒と一向破戒)を合わせて考えることです。 先の二つの門では、「持」といえば十戒全てを保つことであり、「犯」といえば十戒全てを破ることでした。ですから「一向」と言われます。 今これらを合わせて判断すると、十戒のうち、前の四つは戒に属し、後の六つは乗(大乗)に属します。戒と乗は交錯して、四つの句が生じます。 もし戒も乗も共に保つ(または共に破る)句であれば、前の二つの門に属します。 戒と乗が交錯する句は、この「不定」の説に属します。そのため「不定」というのです。 ですから、この四句の文は四つの場合を述べていますが、意味としては二つ(戒と乗)があり、主旨は共に保つことにあります。否定を通じて肯定を示すために、再び詳しく述べるのです。

「義二」とは、戒と乗のことです。 「通論」の部分では、四句を明かす前に、まず通と別を区別します。 もし「十法を全て戒と名付ける」と広く解すれば、前に述べたように、道共戒や定共戒なども戒と呼ばれます。 また、十法を全て乗と名付け、すべてが動き出でる力を持つとも言えます。前の四つの戒は三悪道から脱出させるからです。 四句を分けるには、「別の義」に従うべきです。故に前の四つを戒、後の六つを乗とします。 それぞれを三品(上・中・下)に分け、緩(ゆるい)と急(厳しい)に対応させます。

また、戒と福(功徳)とを相対させて四句とすることもできます。 ・福はあるが戒はない:王の象のようなもの。 ・戒はあるが福はない:托鉢しても得られない比丘のようなもの。 ・戒も福も備わる:供養を受ける比丘のようなもの。 ・福も戒もない:飢えた犬や餓鬼のようなもの。 さらに、福と慧(知恵)との有無を互いに関係させて四句とすることもできます。 あるべき句は、福慧の二つの厳(飾り)を備え、戒と乗の両方を兼ねて急とすることです。

「事理に瑕(きず)なし」とは、事とは前の四つ(戒)、理とは後の六つ(乗)です。 円教の行者は、一生のうちに十地を超えて登る可能性があります。だから「一生可獲」と言うのです。 南岳大師(慧思)は、「一生で銅輪(十住位)に入ることを望むが、ただ六根を清らかにする」と述べています。 また、「四安楽行を修めれば、一生で六根清浄位に入れる。最も遅くとも三生を超えない。もし名声や利益のためなら、何劫も得られない」とも言います。

華厳経の利根・鈍根とは、ただ別教と円教の人のことを指します。 その中の品数については、前の「銓量」の説に見られる通りです。

次の句(戒緩乗急)について。例えば大般涅槃経に、たとえ悪道の身を得ても法を聞くことがあり、人天の身を得ても法を聞かないことはない、と説かれています。法を聞けば生死に終わりがありますが、人天の楽に耽れば三悪道に退転することもあります。 文は最も重い場合を述べているので、「皆、噛み砕かれる」と言うのです。五篇の戒(全ての戒)を破り、身口の行いを全て欠いても、過去世の種(善根)はなお存在し、理の戒(乗)に専念できるのです。根が鋭いため、あるいは悟りを得ることもあり、ゆえに「乗緩戒急」よりも強いと言えます。

第三の句(乗急戒緩)の中で「振丹」とあるのは、仏が在世の時のことです。もし教えがこの土に流布すれば、人は知ることはあっても(仏を)見ることはありません。「振丹」の二字は恐らく書き誤りでしょう。後に第十で引用されているところでは「震旦」とあります。琳法師の解釈では、「東方は震に属し、日が昇る方角である。故に震旦と言う」とあります。新婆沙論では「脂那」、西域記では「至那」とあり、これらの音は皆「震旦」「真丹」と近いものです。故にこれらは全て梵語の音写だと分かります。

「三億等」について。大智度論第十一には、「舎衛城には九億の家があった。三億は仏を目で見た。三億は耳で聞いたが見なかった。三億は聞きも見もしなかった。仏は舎衛城に二十五年おられたが、これらの人々は聞きも見もしなかった。ましてや楽に耽る天人はなおさらである」とあります。 「及び難処に生ず」とは、北倶廬洲、三悪道、長寿天、そして四つの知恵や聡明さ、仏の前・仏の後、諸根が不具であること、これらを八難と言います。

「譬えば下の如し」とは、譬えを用いて隠れた疑問を解くことです。 「そもそも値うこと無き身(仏に出会わない)に、何ぞこの戒を要せんや」という疑いに対して、譬えで「恩赦に遭わんことを冀う(願う)」と説明します。 恩赦とは、仏に出会い法を聞くことです。昔、乗を修めなかったために、法を聞く縁がありません。三界の中にいるのは、牢獄に繋がれているようなものです。戒の善は財物のようなもの、業道は力強い力のようなもの、人天の身を得るのは命が尽きていないようなもの、あるいは仏法に出会うのは恩赦に遭うようなものです。 しかし、人天の身であっても教化を受けないかもしれないと戒め、「もし乗を修めなければ、永遠に仏に出会うことはない。人天の福が尽きれば、還って三途に堕ちる」と斥けます。故に、乗を修めることは必ず欠かせないと知るべきです。

「行者下」の検証における「此れは権(仮の姿)が来たりて実を引く(導く)」とは、戒緩乗急で三途に堕ちていても、必ず法身の菩薩が同類として導くということです。さらには、乗戒倶緩の者のために種を下ろし誘引することもあります。

「若し細かに下」は、教えによる因果の判断です。 「四教により因を弁ず」とは、昔に四教の観智を修めたことが、乗の種として異なるということです。 そして今、五味(五時)を経て悟りを得ることが異なることにより、その果を明かします。

○四明懺淨中。初且徵問。既犯事理懺法如何。若犯下答。先答懺輕。律文自從第二篇下皆有悔法。懺成戒淨止觀方明。豈有而令輕戒尚理。若犯事中重罪去。謂愛成犯重。不但改觀能滅深愆。須依三昧託事附理及觀相治。方可清淨。此下明逆順十心。即是懺之方法。故云更明。次理觀下明因見解僻。未至身口不造輕重罪。亦不須用四種三昧。但轉觀令正見心自亡。僻未彰於外人故但低頭自責見若重者還於觀心修懺者。既云犯重不獨觀心。言觀心者。行於事懺必藉觀心。若無觀心重罪不滅。以觀為主故云於觀心中。引普賢觀妙勝定者。必事理合行方辦前事。方等云等者。若違三歸而歸邪師邪法邪眾破於五戒乃至二百五十戒中重罪。即成佛法死人。因懺戒復故云還生。南山亦立無生懺法總列三種。一者諸法性空無我。此理照心名為小乘。二者諸法本相是空。唯情妄見。此理照用屬小菩薩。三者諸法外塵本來無實。此理深妙唯意緣知。是大菩薩佛果證行。南山此文雖即有據。然第一判屬小乘。小乘且無懺重之理。況復此位已隔初心。第二第三復屬菩薩及以佛果。凡夫欲依措心無地。今之所立直明凡下。欲用大乘悔重罪者。當依方等普賢觀等。是故南山判位太高初心無分。高位無罪何須列之。若人下明久近者不出過現。若運十心窮於無始無明顛倒。何罪不消。又世有愚者。謂心無生諸法亦無復造新罪。夫造罪者必依三毒。真無生人福尚不作豈況罪耶。以罪與福俱順生死故也。言懺悔者。如大經十七耆婆語闍王言。修一善心能破百萬種惡。如少金剛能壞須彌。亦如小火能燒一切。如少毒藥能害眾生。小善亦爾能壞大惡。雖名小善其實是大。為是義故應須懺悔。懺悔秖是三業善耳。此中文立二十義分三二。意有遠近。言三二者。一逆順二愛見三事理。逆順是功能。愛見是犯因。事理是所顯。言遠近者近在復淨遠期正行。於中先列順流十心從細至麁。初由一念無始無明。乃至成就一闡提罪。次逆流十心則從麁至細。故先翻破一闡提罪乃至方達無明性空。先順流中見愛同是從細至麁順於生死。是故順流同立一門。至逆流中方分愛見。初順流中言魯扈等者。無慚不順之貌。次是為下總結及明來意。次逆流二。先愛次見。初愛者。初正信因果中。孱者現也。咄哉無鉤者咄嗟驚愕。知我宿為無慚之人。而今自愧。昔無信鉤致造重罪。如狂象無鉤不可控制。今以慚愧鉤鉤無慚心象。是故大經有二白法能救眾生。一慚二愧。慚者自不作罪。愧者發露向人。又慚者內自愧恥。愧者不令他作。慚人愧天等諸解不同。若無慚愧名為畜生。千載者乃是隨俗之言。一失人身萬劫不復。綿邈者遠貌也。三界長途應以萬行而為資糧。生死曠海應以智慧而為船筏。是故應當怖畏無常預辦資糧預修船筏。一旦瞑目當復仗誰。故云安寄。此無常法賢聖棄者非恃怙故。無母可恃無父可怙。不能生長出世善身。名無恃怙。年事稍去等者寄年事者而為語端。言風刀者。人命欲盡必為業力散風所解。如解韛囊使息風不續。如解溝瀆使血脈不流。如解機關使筋節不應。如解火炬使暖氣滅盡。如解坏器使骨肉分離。四大既分應遭塗炭。如何端拱不修善本耶。如野干者。大論十三云。譬如野干在林樹間。依諸師子及虎豹等。求其餘肉以自存活。時間空闕夜半逾城。深入人舍求肉不得。避走睡息不覺竟夜惶怖無計。始欲起行慮不自免。住懼死痛便詐死在地。眾人來見。有一人言須野干耳。即便截去。野干自念。截耳雖痛但令身在。次一人來言須其尾。復自念言截尾小事。次一人言須野干牙。野干自念。取者轉多。儻取我頭則無活路。即從地起奮力絕勇。間關歷涉徑得自濟。行者之心求脫苦難亦復如是。生不修如失耳。老不修如失尾。病不修如失牙。豈更至死則如失頭。以老病時猶自寬者。可有差期。死事不奢自知無冀。如阿輸柯王等者。大論二十云。阿育王宮常供六萬羅漢。王阿輸柯是育王弟。每見眾僧受王供養。便云何得而常受供。王言。雖受常觀無常何暇貪染。弟常不信。王欲調之密遣人教擅登王位。王便侯得而問之言。國二主耶。即欲誅罰。且令七日受閻浮提主。過是當殺。七日之內恣意五欲。一日過已。即令旃陀羅振鈴告云。一日已過餘六日在當死。如是滿七日已振鈴云。七日已過今日當死。王便問言。閻浮提主受樂暢不。答言。我都不見不聞不覺。何以故。旃陀羅日日振鈴高聲唱言。七日之中已爾許日過。爾許日在當死。我聞是聲雖作閻浮提主得妙五欲。以憂深故不聞不見。是故當知多樂力弱。若人遍身受樂一處針刺。眾樂都息但覺刺痛。王言。比丘亦爾。但觀無常苦空無我。何暇貪著念受供養。翻破不畏惡道心者。念彼惡道如聞鈴聲不久斷頭。法句經云。昔有天帝自知命終生於驢中。愁憂不已云。救苦厄者唯佛世尊。便至佛所稽首伏地歸依於佛。未起之間其命便終生於驢胎。鞚斷破他陶家坏器。器主打之遂傷其胎還入天帝身中。佛言。殞命之際歸依三寶罪對已畢。天帝聞之得初果。故暫歸依即能翻破惡道心也。發露者大經十七云。智者有二。一者性不作惡。二者發露向人。愚者亦二。一者作罪。二者覆藏。玉之外病為瑕。玉之內病為疵。故可以譬隱顯二過。若覆瑕疵名無慚愧。賊毒惡草等者。若發露者。如檢偷賊不令密住。如剪毒樹留則長惡。如拔惡草留則滋蔓。根露等者。夫罪由心覆。若翻前覆心如伐樹得根竭流得源。則條枯流竭若覆等者。罪是惡因覆則不滅。人覆罪故成不良人。良者善也。迦葉等者。佛隨機宜貴在罪滅。若私若眾靡有常科。大經十七云。覆藏者漏。不覆藏者名為無漏。若作罪不覆罪則微薄。其餘行法等者。除方等頭陀。其餘諸經如般舟占察金光明等及以僧常六時行儀。不云向人即是其類。如陰隱有癰等者。作罪未露如隱陰癰。儻至來報如則死也若決果等者。一懺已後生決定想得無罪處名之為果。果敢也。故須斷奠無使復續。如初犯等者。原赦也。初已蒙赦再犯難容。故知重犯罪則難滅。是故應須斷相續心。故以吐喻懺已再犯猶如更噉。如論云。已捨五欲樂棄之而不顧。如何更欲得如愚樂食吐。發菩提心者。若直爾滅罪何必發心。如小乘中僧別兩懺。即翻無始罪境不遍。如滅罪過小教權文。皆由不發菩提心故。又小乘懺但名抵責。不為護他故無償理。為翻此等發菩提心。餘如文說。修功補過者。無始作罪必遍三業。遍故復續續故復重。故今修功補於昔過。須三業俱運。念念相續策勵不休。非移等者。昔罪深廣如海三業俱運如山。非運三業之山豈填三過之海。勝鬘云等者。使現法不滅。名守護正法。集法藥無厭名攝受正法。親狎惡友等者。以惡知識能損壞人菩提善根。大經二十云。如惡象等唯能壞於不淨臭身。惡知識者。能壞淨身。肉身法身至三趣不至三趣。身怨法怨等亦復如是。念無礙慈等者。慈能順物為我善友。翻彼昔日親狎惡人。智能破邪導我迷僻。翻破昔日信惡友言。了達貪瞋癡。至求我不可得者。昔從無住起於我見乃至貪瞋。今却推貪瞋至無住處。根本既亡枝條自傾。此中所計非神我也。但是無始妄計假名。言寂靜門者。由觀心故通至寂靜。是故諸心為寂靜門。經中復云。示寂靜故。既因諸心能見寂靜。如因指示見所至處。故寶篋經上卷云。文殊師利於東方莊嚴國佛名光相。現在說法。有大聲聞名曰智燈。因文殊問默而不答。彼佛告文殊言。可說法門令諸眾生得無上道。文殊答言。一切諸法皆是寂靜門。示寂靜故。時有法勇菩薩。問文殊師利言。如來所說及貪瞋癡是寂靜門。示寂靜耶。文殊問言。三毒何所起。答言。起於妄念。妄念住於顛倒顛倒住於我所。我所住於身見。身見住於我見。我見則無所住(一一句皆一問一答具如初句)如是我見十方推求皆不可得。以是義故我說諸法皆是寂靜門。此中全用彼經文意但是語略比之可見。涅槃云若言等者。大經有四法為涅槃因。一者親近善友。二者聽聞正法。三者思惟其義。四者如說修行。若言勤修苦行是大涅槃近因緣者。無有是處。次懺見罪者。以見下指前順流十心。前順流心愛見共列。故今懺見重牒順流。還指前列。向運下簡異愛心。愛心逆流並是附事。愛屬鈍使名鈍使罪非謂罪滅鈍使已盡。以彼愛罪託事生故。故附事懺。見違理起懺亦附理。若懺重罪亦須合行。故云起重煩惱應旁用事助。補藥如推理事助如已豆。是則事理各有旁正。一翻破下正釋。亦從麁至細。言不信者即一闡提心也。闡提之心由身見起。故點示之令識苦集。何者。由身見故具八十八。以集成故則能招苦。具如第五卷釋。如欝頭等者。大論十九云。得非想定有五神通。日日飛入王宮中食。其王夫人依其國法接足而禮。由觸足故欲發失通。求車而出還本山中更修五通。一心專志垂當得定。所依林池為諸魚鳥之所喧鬧。因發惡誓噉諸魚鳥。後還如初得非想定生非想處。報盡却為先誓所牽墮飛貍身。婆沙云。飛貍身廣五十由旬。兩翅相去各五十由旬。身量五百由旬。殺害眾生水陸空行無得免者。發惡願故即是集。墮飛貍身。即是苦。須跂得非想定者。先得此定涅槃會未來至佛所為佛所責。雖無麁想而有細想。歸心受道得阿羅漢。今文所引未得道前。長爪亦爾。起計佛責得阿羅漢。至第五卷略出緣起。高著等者謂藍弗須跂等。於外道中高出學著者也。著字(陟據切)尚不逮等者。此斥近代著見之人及諸外道中劣者。尚不逮藍弗言是真道耶。既不識苦集明無四諦。從是人下明無十二緣滅。但有無明乃至老死。故云豈有寂滅。若謂下反斥其但有無明無無明滅等身邊邪見其事可知。前五利已列戒見二使。餘三比說亦應可見。何者。起見依色即色陰。領納於見取見像貌讚喜毀瞋。了別於見。五陰具足。故名身見。所執之見非斷即常。名為邊見。以見為正撥無因果。名為邪見。五見具足即八十八。名為集諦。集招於苦即苦諦也。尚非三藏下舉況斥其大小俱無。若能如是至破不信者。昔來諸見廣造諸惡。皆由迷理而順生死。今深識過患達偏圓理見根本壞。依見所起一切皆壞。若別論破見但識三藏見惑之相。諸見自息。今欲遍知為圓方便顯於圓理。委論深淺廣辨諸教。故云遍破諸教不信。且約理觀論人天者。託事論理今不論事。故云且約。理觀人天但取聖位自然進道。名之為天。賢位作意名之為人。據理亦應合列三藏七方便人四果之天。文無者略。又且約衍門未論三藏。又且成於三諦義足。故略三藏。所以須約理觀論人天者。為破迷理無慚愧故。理具三諦應須翻故三諦之上無慚愧盡。故遍三諦以論人天。若說果報等者。大品信謗品云。毀般若者即是毀訾三世諸佛。無量億劫墮於地獄。從於一獄墮於一獄。遍至十方大地獄中。或得人身而復生盲。或復生於旃陀羅家。除糞擔死人家。若無一目無舌無耳無手。或畜生中受多種苦。身子問。是人以五逆罪相似耶。佛言。過五逆罪。若聽其言信其語亦受是苦。若死等苦故不須問。大論六十七釋云。佛何故不說。有二因緣故佛不說。一上已說其過逆受苦。今復說其身大醜惡。或信不信。不信者當受劇苦。二者若信佛語則大憂怖。憂怖故風發吐熱血死等。若不信者更受重苦。翻破不畏惡道者。釋此一條準上下文。闕理觀義。依例應云。昔依見起過破壞正理。不畏三途。今欣諦理尚畏小乘三空惡道三無為坑。乃至畏前三教惡道。況地獄等三途惡道。今且從於謗三諦邊。墮惡道義。以八正道等者。以無作八道方破三惑。有無邊故等者。有即有漏業也。罪即漏業所招果也。乃至無漏亦漏亦無漏非漏非無漏等所招二土之罪。故知昔迷三諦業遍三惑。苦遍三土。今緣法界發菩提心。無作亦遍法界而起。故能翻破遍法界惡。三諦至寶炬者。大集云。三十七品是菩薩寶炬陀羅尼。即無作道諦。具足佛法名之為寶。遍照法界名之為炬。總持一切名陀羅尼。修如此功何過不補。設令等者。縱捨有見而入無見。又不修道品不出生死。今知有等者。今尚知於非有非無。何況有無。言有無者且略舉耳。雖知見過而未修於念處等也。若破下修析法道品。又體見下尚破通別何況三藏。故云體見即空假中。是為等者縱字平聲。自淺階深名之為縱。諸見皆破修諸道品。故云補於縱見之過。昔因見造界內諸見見無淺深。是故名橫。今修功既深破見亦遠。始自外見破外入藏。乃至別見破別入圓。至圓名為非動非不動非修非不修。是無作道品也。若具作四句。應云動修。不動不修。亦動亦不動亦修亦不修。非動非不動非修非不修。復以四動以對一修。成十六句。今且四修以對四動。故別說也。展轉竪入是故云縱。圓理未契悉名為過。故修一心三諦之功。補於前來次第三諦深見之過。守護正法者。昔毀理護見而申通於見。今毀見護理而申通於理。若不亡身存法。何以表於護法之志。若護法志弱。將何以翻護見毀善。是故復喻父母護子。念十方佛者。昔內服諸見外加惡師。故順於三惑背三諦理。今內念三諦。諦即是佛。內外具足。故能翻破親狎惡友。若爾。理性云何得是佛耶。故引大品。薩陀波崙空中見佛。後見曇無竭。乃問言。佛從何所來。答言。不來不去即是佛。無生法即是佛。是故當知覺無生智即是於佛。若爾。法即是佛。故能翻昔惡法惡師。觀罪性空者。初敘計實故不了性空。凡一念心三惑具足。即此三惑本自涅槃。故云寂靜。今觀下明見性空。一空一切空。下釋向性空。恐謂如幻不來去等。以為但空。故重釋云一空一切空等。運此下總結也。觀理加事方成悔法。言名第二健兒者。大經云。有二健兒。一者性不作惡。二者作已能悔。若據此生見惑未起。若論無始誰不有之。故知一切皆闕第一。問。見既未起何須行悔。答。未起預達。況宿曾起。又示當起應須此悔。是故前文以愛見惡名已生未生。是故今文但令運此逆順十心滅三世惡。故修悔者必事理雙行。是名下雙結前來事理兩懺。懺法若成三諦三昧諸行具足。況復十戒攝一切行。三昧是眼眼智具足。至初住位方名開發。文雖次第為顯圓融。前後諸文一切皆爾。況復事戒為三觀本。故云尸羅清淨等也。若無事戒世禪尚無。何況三諦。有言大乘何須執戒者謬矣。言不執者。乃是持而不執若令不持名不執者。乃是執破。何名不執。執持尚無。忘持安在。得此下結成眼智攝法。又能下結成止觀。故知下結成元意也。持戒清淨結前列名及以持相。即為正修遠方便也。懇惻下結前犯及以懺淨。或恐過現事理二犯。復應誠懇悔彼深愆。愆除復淨二世無瑕。與本不犯並可為緣。故云俱為初緣意在此也。

〇四明の懺を清める中に、初めにまず問いを設ける。すでに事と理の懺法を犯したなら、その方法はどのようなものか。「若し犯す」以下の問いに答える。まず軽い罪の懺を答える。律文は、第二篇以下にすべて悔いの方法がある。懺が成就し戒が清まれば、止観が初めて明らかになる。どうして軽い戒をして理に留まらせることがあろうか。

もし事の中の重い罪について言えば、愛が成じて重罪を犯すことをいう。ただ観を改めるだけで深い過ちを滅することはできない。必ず三昧に依り、事に託して理に付き、観相をもって治めることによって、初めて清らかになることができる。この下に逆順の十心を明かす。これがすなわち懺の方法である。ゆえに「さらに明かす」というのである。

次に「理観の下」は、因にて見解が偏ること、まだ身口に至らず軽重の罪を造らない場合を明かす。また四種の三昧を用いる必要はない。ただ観を転じて正しくなれば、見の心は自然に消える。偏りがまだ外の人に現れていないので、ただうつむいて自ら責めるだけでよい。

もし見が重いなら、やはり観心において懺を修める。「犯重」というのは、観心だけを言うのではない。「観心」というのは、事の懺を行うには必ず観心を借りる必要がある。もし観心がなければ重罪は滅しない。観を主とするので「観心中において」というのである。

普賢観や妙勝定を引くのは、必ず事と理を合わせ行って、はじめて前の事を成し遂げるからである。

方等というのは、もし三帰に背き邪師・邪法・邪衆に帰し、五戒乃至二百五十戒の中の重罪を破れば、即ち仏法の死人となる。懺により戒が復活するので「還って生ず」という。南山もまた無生懺の法を立て、総じて三種を列挙する。一には諸法の性は空にして無我なり。この理をもって心を照らすことを小乗と名づく。二には諸法の本相は是れ空にして、ただ情の妄に見るのみ。この理をもって用途を照らすことを小菩薩に属す。三には諸法の外塵は本来実無なり。この理は深妙にしてただ意のみ縁じて知る。是れ大菩薩・仏果の行なり。南山のこの文は、即ち拠るところありといえども、然るに第一を小乗に判ずるは、小乗にはなお重罪を懺く理無し。況んや此の位はすでに初心と隔たることをや。第二・第三は復た菩薩及び仏果に属す。凡夫が依って心を措くべき地なくんばあらんや。今の立つところは、直ちに凡下を明かす。大乗を用いて重罪を悔いんと欲する者は、当に方等・普賢観等に依るべし。是の故に南山の判位は太高にして初心に分無し。高位に罪無くんば、何ぞ列することを須いん。

「若し人」の下、久近を明かすとは、過ぎ去った現在を出でず。もし十心を運んで無始の無明顛倒を窮めれば、何の罪か消えざらん。

また世に愚か者がいて、心は無生であり諸法もまた無しと言って、さらに新しい罪を造ることをしないと言う。そもそも罪を造る者は必ず三毒に依る。真の無生の人は、福でさえも作らない。ましてや罪を犯すことがあろうか。それは罪と福はともに生死に順うからである。

「懺悔」というのは、大経の十七に、耆婆が闍王に語って言う。一つの善心を修すれば、百万種の悪を破ることができる。小さな金剛が須弥を壊すことができるようなもの。また小さな火がすべてを焼くことができるようなもの。少量の毒薬が衆生を害することができるようなもの。小さな善もまた同じで、大きな悪を壊すことができる。小善と名づくといえども、実はこれ大なり。この義のために、まさに懺悔すべし。懺悔はただ三業の善のみである。

この文の中に、二十の義を立てて三と二とに分ける。意は遠近あり。三・二というのは、一に逆順、二に愛見、三に事理。逆順は功能、愛見は犯因、事理は所顕である。「遠近」というのは、近くは清浄を取り戻すことにあり、遠くは正行を期することにある。

その中で先ず順流十心を列挙する。微から粗に至る。初めは一念の無始無明より、ついに一闡提の罪を成就するに至る。次に逆流十心は、粗から微に至る。故に先ず一闡提の罪を翻破し、ついに無明の性空を達するに至る。

先の順流の中では、見と愛は同じく微から粗へと生死に順ずる。このゆえに順流は同じく一門を立てる。逆流に至って初めて愛見に分ける。

初めの順流中に「魯扈」等というのは、慚なくして順わざる貌である。

次に「是れを為て」の下、総結し来意を明かす。

次に逆流の二、先に愛、次に見。

初めの愛の中、初めに因果を正しく信ずることにおいて、「孱」は「現」なり。「咄哉無鉤」というのは、咄嗟に驚愕すること。我が過去に無慚の人物であったことを知る。今、自ら愧じる。昔、信の鉤無くして、重罪を造るに至った。狂象に鉤の無きがごとく、制御すべからず。今、慚愧の鉤をもって、無慚の心の象を鉤る。この故に大経に、二つの白法ありて衆生を救うことを得る。一に慚、二に愧。慚とは、自ら罪を作さず。愧とは、発露して人に向かう。また慚とは内に自ら愧じ恥ず。愧とは、他をして作さざらしむ。慚は人に愧じ、天に愧ずる等、諸の解同じからず。もし慚愧無ければ、名づけて畜生と為す。

「千載」というのは、すなわち俗に従う言である。一たび人身を失すれば、万劫に復せず。「綿邈」は遠き貌なり。三界の長途は、万行をもって資糧と為すべし。生死の曠海は、智慧をもって船筏と為すべし。この故にまさに無常を怖畏して、予め資糧を弁じ、予め船筏を修すべし。一旦瞑目すれば、当に復た誰れに依るべき。ゆえに「安寄」という。この無常の法は、賢聖すらも棄てるもの、恃むに非ざるが故なり。母として恃むべき無く、父として怙るべき無し。出世の善身を生長すること能わず。名づけて恃怙無しと為す。

「年事稍く去り等」というのは、年事に寄せて語端と為す。「風刀」というのは、人の命尽きんとするとき、必ず業力の散風のために解かる。譬えば韛囊を解いて息風を続けざらしむるがごとし。溝瀆を解きて血脈を流れざらしむるが如し。機関を解きて筋節を応ぜざらしむるが如し。火炬を解きて暖気を滅尽せしむるが如し。坏器を解きて骨肉を分離せしむるが如し。四大すでに分かれば、まさに塗炭に遭うべきのみ。如何にして端拱して善本を修せざるや。

「野干の如し」というのは、大論十三に云く。譬えば野干が林樹の間に在りて、諸の師子及び虎豹等に依りて、其の余の肉を求め以て自ら存活す。時閑闕とき、夜半に城を逾え、人の舎に深入し肉を求め得ず、避走し睡息して覚らず、竟夜惶怖して計無し。始めて起行せんと欲すれば、自ら免れざるを慮る。住まんとすれば死の痛みを怖る。便ち詐りて地に死す。衆人来り見る。一の人云う、野干の耳を須いと。即便ち截り去る。野干自ら念う、截耳は痛しといえども、但だ身を在らしめよ。次に一の人來り云う、其の尾を須いと。復た自ら念う、截尾は小事なり。次に一の人云う、野干の牙を須いと。野干自ら念う、取るもの轉た多し。儻くは我が頭を取らんか、則ち活路無し。即ち地より起ち力を奮い勇を絶ゆ。間関歴渉して径ち自ら濟を得たり。行者の心、苦難を求め脱せんと欲するも亦復是の如し。生にして修せざるは、耳を失うが如し。老いて修せざるは、尾を失うが如し。病にして修せざるは、牙を失うが如し。豈に更に死に至らんや、則ち頭を失うが如し。老病の時におけるも、猶ほ自ら寛くするは、差期あるべきが為なり。死事は奢ならず、自ら冀うこと無きを知る。

「阿輸柯王等の如し」とは、大論二十に云く。阿育王宮には常に六万の羅漢を供養す。王阿輸柯は育王の弟なり。毎に衆僧が王の供養を受くるを見て、便ち云く、何ぞ得て常に供養を受けんや。王言う、常に無常を観ずるも、何れの暇か貪染せん。弟常に信ぜず。王調伏せんと欲し、密かに人に遣わし檀に王位に登るを教う。王便ち候得て而して之に問いて言う、国に二主あるや。即ち誅罰せんと欲す。且く七日、閻浮提主を受けしめ、是れを過ぐれば当に殺すべし。七日之内に、意のままに五欲を楽しむ。一日過ぐれば、即ち旃陀羅に令して、鈴を振り告げしめて云わしむ、一日已過、餘の六日あり、當に死すべしと。是の如くして満七日已まれば、鈴を振りて云わく、七日已過、今日當に死すべしと。王便ち問いて言わく、閻浮提主、楽しみを暢ぶること未だしやと。答えて言わく、我れ都て見ず聞かず覺えず。何を以ての故に。旃陀羅、日日に鈴を振り、高声に唱えて言わく、七日の中、已に爾許の日過ぐ、爾許の日ありて當に死すべしと。我れ是の聲を聞くに、閻浮提主と作り、妙五欲を得ると雖も、憂の深きを以ての故に聞かず見ず。是の故に當に知るべし、多樂は力弱し。若し人遍身に樂を受け一處に針刺さば、眾樂都て息み、但だ刺の痛みを覺ゆ。王言う、比丘も亦た爾なり。但だ無常・苦・空・無我を観じて、何れの暇か貪著して供養を受くるを念わん。

「悪道の心を畏れざるを翻破す」とは、彼の悪道を念ずること、鈴聲を聞きて間もなく頭を断たれんとするが如くならんことを。法句経に云く。昔、天帝ありて自ら命終して驢の中に生ずるを知り、愁憂已まず云わく、苦厄を救う者は唯佛世尊のみと。便ち佛の所に至り、稽首して地に伏し、佛に歸依す。未だ起ち上がらざる間に、其の命便ち終わりて驢胎に生ず。鞚断ちて他が陶家の坏器を破る。器主打ち之に、遂に其の胎を傷つけ、還りて天帝の身中に入る。佛言う、命を殞するの際に三寶に歸依すれば、罪對すでに畢われりと。天帝之を聞いて初果を得たり。故に暫く歸依すれば、即ち能く悪道の心を翻破するなり。

「発露」とは、大経の十七に云く。智者に二あり。一には性として悪を作さず。二には発露して人に向かう。愚者も亦た二あり。一には罪を作す。二には覆蔵す。玉の外の病を瑕と為し、玉の内の病を疵と為す。故にもって隠顕の二過を譬うべきなり。若し瑕・疵を覆蔵せば、名づけて無慚愧と為す。

「賊・毒・悪草等」とは、若し発露せば、例えば、偷賊を検すること、密に住せしめざるが如し。毒樹を剪ること、留め置けば則ち悪を長ずるが如し。悪草を抜くこと、留め置けば則ち滋蔓するが如し。

「根露等」とは、それ罪は心に由って覆わる。若し前の覆心を翻せば、例えば、樹を伐るに根を得、流れを竭すに源を得。則ち条は枯れ流れは竭ゆ。

「若し覆等」とは、罪は悪因、覆えば則ち滅せず。人、罪を覆うが故に、良人と成ることを得ず。良とは、善なり。

「迦葉等」とは、佛、機宜に随いて、罪の滅在るを貴ぶ。私も衆も、常の科あること靡し。大経の十七に云く、覆蔵する者は漏、覆蔵せざる者は名づけて無漏と為す。若し罪を作りて覆わざれば、罪は則ち微薄なり。

「其の餘の行法等」とは、方等・頭陀を除く。其の餘の諸経、例えば般舟・占察・金光明等及び僧の常の六時の行儀は、人に向かうことを云わず、即ち其の類なり。

「陰に癰を隠すが如し等」とは、罪を作して未だ露わならざるは、陰に癰を隠すが如し。儻く来報に至らば、即ち死するが如し。

「若し決果等」とは、一度懺したのちに決定の想を生じ、無罪の処を得ることを名づけて果と為す。果は敢なり。故に須く断奠して、復た続くこと無からしむべし。

「初犯等の如し」とは、原赦なり。初め已に赦しを蒙れば、再犯は容るること難し。故に知るべし、重ねて罪を犯せば、罪は則ち滅し難し。故に須く相続の心を断ずべし。故に吐に喩えをもってす。懺して已るに再犯するは、猶お更に噉うが如し。論に云くが如し、已に五欲の楽を捨て、之を棄てて顧みず。如何ぞ更に得んと欲し、愚者楽しみて食を吐くが如き。

「菩提心を発す」とは、若し直に滅罪せば、何ぞ必ずしも心を発さん。小乗中の僧別の二懺の如きは、即ち無始の罪境の遍ぜざるを翻す。滅罪が小教の権文に過ぐるが如きは、皆菩提心を発さざるが故なり。また小乗懺は但だ抵責と名づけ、他のために護せざるが故に、償理無し。此れを翻するが為に菩提心を発す。余は文の説くが如し。

「功を修して過ぎを補う」とは、無始に罪を作すは、必ず三業に遍ず。遍ずるが故に復た続き、続くが故に復た重なる。故に今、功を修して昔の過ぎを補う。須く三業を倶に運ずべし。念念相続し、策励して休まず。

「移さざる等」とは、昔の罪は深広にして海の如く、三業倶に運ずるは山の如し。三業の山を運ばざれば、豈に三過の海を填めんや。

「勝鬘に云く等」とは、現法をして滅せざらしむるを、名づけて正法を守護すと為す。法薬を集めて厭きざるを、名づけて正法を摂受すと為す。

「親狎悪友等」とは、悪知識をもって能く人の菩提善根を損壊するが故に。大経の二十に云く、悪象等の如きは、唯だ能く不浄臭身を壊すのみ。悪知識は、能く浄身を壊す。肉身着法身に至り、三趣に至ると至らざる、身怨法怨等も亦復是の如し。

「無礙の慈を念ず等」とは、慈は能く物に順じて我が善友と為る。彼の昔日の親狎悪人を翻ず。智は能く邪を破り、我が迷僻を導く。彼の昔日の悪友の言を信ずるを翻破す。

「了達す貪瞋癡、我の不可得を求むるに至る」とは、昔、無住より我見を起し、乃至貪瞋に至る。今却って貪瞋を推して無住処に至る。根本既に亡ずれば、枝條自ずから傾く。此の中に計ずる所は、神我に非ず。但だ是れ無始に妄に仮名を計ずるのみ。

「寂静門」というのは、観心に由って寂静に通ずるが故に、是に於いて諸心は寂静門と為る。経中に復た云く、寂静を示すが故にと。既に諸心に因って能く寂静を見るは、因に指にて所至の処を見るが如し。故に宝篋経上巻に云く、文殊師利、東方の荘厳国、仏名光相、現在説法す。大聲聞あり、名曰智燈。文殊の問に因りて黙して答えず。彼仏、文殊に告げて言わく、可説いて法門を説き、諸の衆生をして無上道を得せしめよと。文殊答えて言わく、一切諸法は皆是れ寂静門なり。寂静を示すが故にと。時に法勇菩薩あり。文殊師利に問いて言わく、如來の所説及び貪・瞋・癡は是れ寂静門なり。寂静を示すやと。文殊問いて言わく、三毒は何に由りて起こるやと。答えて言わく、妄念に起これりと。妄念は顛倒に住し、顛倒は我所に住し、我所は身見に住し、身見は我見に住す。我見は則ち所住無し<注釈>一句ごとに一問一答あって、初句のごとし</注釈>是の如く我見を十方に推求するも、皆不可得なり。是の義を以ての故に、我れ諸法は皆是れ寂静門なりと説く。此の中は全く彼の経の文意を用う。但だ語略にして比するに之を見る可し。

「涅槃に云く若し言う等」とは、大経に四法ありて涅槃の因と為す。一には善友を親近す。二には正法を聴聞す。三には其の義を思惟す。四には説の如く修行す。若し勤修苦行は是れ大涅槃の近因縁なりと言わば、是あること無し。

次に「見罪を懺す」とは、「見を以て」の下、前に順流十心を指す。前の順流心は、愛見共に列す。故に今、見を懺するに重ねて順流を牒す。還って前列を指す。

「向に運びし」の下、愛心と異なることを簡ぶ。愛心の逆流は、並びに是れ事に附く。愛は鈍使に属し、名づけて鈍使の罪と為す。罪が滅すれば鈍使已に尽くというに非ず。彼の愛罪は事に託して生ずるが故に。故に事に附けて懺す。見は理に違いて起つ。懺も亦た理に附く。若し重罪を懺せば、亦た合行すべし。故に「起重煩惱」と云う。旁に事を用いて助くべし。

「補薬は理事を推するが如く、助は巴豆の如し」とは是れ即ち事理、各々旁正あり。

「一に翻破」の下、正しく釈す。亦た粗より細に至る。

「不信」というは、即ち一闡提の心なり。闡提の心は身見に由りて起つ。故に指示して苦集を識らしむ。何を以てか。身見に由りて八十八を具し、集を以て成ずるが故に、則ち能く苦を招く。具に第五巻の釈の如し。

「欝頭等の如し」とは、大論十九に云く、非想定を得て五神通有り。日日に飛びて王宮中に入り食す。其の王夫人、其の国の法に依りて足を接して礼す。足に触るるに由りて欲発し通を失う。車を求めて出て還り本山に至り、更に五通を修す。一心専志して当に定を得んとするを垂とす。所依の林池、諸の魚鳥の為に喧鬧せらる。因りて悪誓を発し諸の魚鳥を噉う。後に還り初の如く非想定を得て、非想処に生ず。報尽きて却って先誓の牽く所と為り、飛狸の身に堕つ。婆沙に云く、飛狸の身は広さ五十由旬、両翅の相去ること各五十由旬、身量五百由旬なり。殺害すること、水陸空行、免るるを得る者なし。悪願を発し故に即ち是れ集、飛狸の身に堕つ、即ち是れ苦。

「須跂、非想定を得る」とは、先づ此の定を得て、涅槃会未来に至り、佛の所に至りて佛の責むる所と為る。麁想無しといえども細想あり。心を帰して道を受け、阿羅漢を得たり。今文の引く所は、道を得る前なり。

「長爪も亦た爾り」とは、計を起して佛の責むる所と為り、阿羅漢を得たり。第五巻に至りて略して縁起を出す。

「高著等」とは、藍弗・須跂等を謂う。外道の中に於て、高く出でて著せる者なり。著の字(陟據切)。「尚お逮ばず等」とは、此れ近代の見に著する人及び諸の外道中の劣れる者を斥く。尚お藍弗に逮ばず。「是れを真道と謂うや」と。既に苦集を識らず、明らかに四諦無し。

「是人より」の下、十二縁の滅無きことを明かす。但だ無明有り、乃至老死有るのみ。故に云う、豈に寂滅有らんや。

「若し謂う」の下、反斥して其の但だ無明有りて、無明滅無き等を明かす。身・辺・邪見は、其の事知る可し。前の五利には已に戒見二使を列す。余の三も比説すれば亦た見る可し。何を以てか。見を起すは色に依る、即ち色陰。見を取りて像貌を領納し、讚を喜び毀を瞋り、見を了別す。五陰具足す。故名づけて身見と為す。執する所の見は、断に非ず即ち常、名づけて辺見と為す。見を以て正と為し、因果を撥無し、名づけて邪見と為す。五見具足して即ち八十八、名づけて集諦と為す。集は苦を招く、即ち苦諦なり。尚お三蔵に非ずの下、挙況して其の大小倶に無きを斥す。

「若能はく如是に」至り「不信を破す」とは、昔来の諸見、広く諸悪を造る。皆迷理に由りて生死に順ずるが故なり。今、深く過患を識り、偏円の理に達し、見の根本を壊る。見に依りて起つ所の一切、皆壊る。若し別して見を論破すれば、但だ三蔵の見惑の相を識れば、諸見自ずから息む。今、遍く知らんと欲するは、円の方便として円理を顕すが為なり。委しく深浅を論じて諸教を広く弁ず。故に云う、「遍く諸教の不信を破す」と。

「且く理観に約して人天を論ず」とは、事に託して理を論ずる。今は事を論ぜず。故に「且く」と云う。理観の人は、但だ聖位を取れば自然に道に進む。之を天と名づく。賢位の作意を、之を人と名づく。理に拠れば亦た合せて三蔵の七方便の人と四果の天とを列すべきも、文に無きは略なり。また且く衍門に約して、未だ三蔵を論ぜず。また且く三諦の義を成するに足るを以ての故に、三蔵を略す。須く理観に約して人天を論ずる所以は、迷理の無慚愧を破するが為なり。理には三諦を具す。応に須く翻すべし。三諦の上に無慚愧尽くるが故に、遍く三諦に於て人天を論ずるなり。

「若し果報を説く等」とは、大品の信謗品に云く、般若を毀る者は即ち三世諸仏を毀訥す。無量億劫、地獄に堕つ。一獄より一獄に堕ち、遍く十方の大地獄に至る。或いは人身を得て而も復た生盲と為る。或いは復た旃陀羅の家に生ず。糞を除き、死人を担う家。若しくは一目無く、舌無く、耳無く、手無し。或いは畜生中に於て多種の苦を受く。身子問う、是の人は五逆の罪を以て相似たるや。佛言う、五逆の罪に過ぐと。若し其の言を聴き其の語を信ずれば、亦た是の苦を受く。死等の苦なれば、問うことを須いざるが故に。大論の六十七に釈して云く、佛、何を以てか説かざる所ありや。二の因縁有りて佛説かず。一に上に已に其の過逆に受苦するを説く。今復た其の身の大に醜悪なるを説けば、或いは信じ或いは信ぜず。信ぜざる者は当に劇苦を受くべし。二者若し佛語を信ぜば則ち大に憂怖す。憂怖するが故に風発し熱を吐き血を吐きて死す等。若し信ぜざれば更に重苦を受く。翻破して悪道を畏れざる者は、此の一の条を釈するに、前後の文に準ずれば、理観の義を闕く。例に依りて応に云くべし。昔、見に依りて過を起し、正理を破壊し、三途を畏れず。今、諦理を欣ぶ。尚お小乗の三空の悪道・三無為の坑を畏る。乃至前三教の悪道を畏る。況んや地獄等の三途の悪道をや。今、且く三諦を謗ずる辺に従いて、悪道に堕つる義を明かす。

「八正道等を以て」とは、無作の八道を以て方に三惑を破す。

「有無の辺あるが故に等」とは、有とは即ち有漏の業なり。罪とは即ち漏業の招く所の果なり。乃至無漏・亦有漏亦無漏・非有漏非無漏等の招く所の二土の罪なり。故に知るべし、昔三諦に迷うことは、業は三惑に遍く、苦は三土に遍し。今、法界に縁りて菩提心を発す。無作も亦た法界に遍くして起つ。故に能く遍く法界の悪を翻破す。

「三諦乃至宝炬」とは、大集に云く、三十七品は菩薩の宝炬陀羅尼なり。即ち無作の道諦なり。仏法を具足するを名づけて宝と為し、法界に遍照するを名づけて炬と為し、一切を総持するを名づけて陀羅尼と為す。斯の如き功を修して、何の過ぎか補わざらん。

「設令等」とは、縦い有見を捨てて無見に入るとも、又た道品を修せずば、生死を出でず。今、有等を知るとは、今尚お非有非無を知る。況んや有無をや。言う有無は、且く略挙するのみ。見の過ちを知るといえども、未だ念処等を修せざるなり。

「若し破る」の下、析法の道品を修す。又「体見」の下、尚お通・別を破す。況んや三蔵をや。故に云う、体見即ち空・仮・中なり。

「是れを為て」の下、縦の字は平声。自浅から階深するを名づけて縦と為す。諸見皆破し、諸道品を修す。故に「縦見の過を補う」と云う。昔、見に因りて界内の諸見を造る。見に浅深無し。故に是れを横と名づく。今、功を修すること已に深ければ、見を破することも亦た遠し。始めは外見より破して外を入るるが如し。乃至別見を破して別を入り、円に入る。円なるを名づけて非動非不動・非修非不修と為す。是の無作の道品なり。

若し具に四句を作さんに、応に動・修、不動・不修、亦動亦不動・亦修亦不修、非動非不動・非修非不修とは、復た四動を以て一修に対して四十句を作る。今は且く四修を以て四動に対する。故に別に説くなり。展転して竪に入る、故に云う所は縦のこと。円理未だ契せざるを、悉く名づけて過と為す。故に一心三諦の功を修して、前の来の次第三諦の深見の過を補う。

「守護正法」とは、昔、理を毀りて見を護り、見に於て申通す。今、見を毀りて理を護り、理に於て申通す。若し身を亡ぼして法を存せずんば、何を以てか護法の志を表さん。若し護法の志弱せば、将に何を以てか護見毀善を翻さん。是の故に復た父母が子を護るに喩う。

「十方の仏を念ず」とは、昔、内に諸見を服し、外に悪師を加う。故に三惑に順じ三諦理に背く。今、内に三諦を念ず。諦は即ち是れ仏なり。内外具足す。故に能く親狎悪友を翻破す。若し爾らずんば、理性、云何ぞ得に是れ仏なるや。故に大品を引く。薩陀波侖、空の中に仏を見て、後に曇無竭を見る。乃ち問いて言わく、仏何の所従り来るや。答えて言わく、来らず去らず、即ち是れ仏なり。無生の法は即ち是れ仏なり。是の故に当に知るべし、無生の智を覚ること即ち是れ仏なりと。若し爾らば、法は即ち是れ仏なり。故に能く昔の悪法・悪師を翻す。

「観罪性空」とは、初めに計りて実を叙するが故に、了ずること能わず性空なるを。凡そ一念の心は三惑具足す。即ち此の三惑、本より自ら涅槃なり。故に寂静と云う。今、観じるの下、見の性空を明かす。一空一切空なり。下に性空を釈し、かくの如く幻の如く来去無き等をもって、但空と為すことを恐る。故に重ねて釈して云く、一空一切空等と。

「此を運ず」の下、総じて結ぶなり。観理に事を加うることをもって、悔法を成すことを得たり。

「名づけて第二の健児と為す」とは、大経に云く、二の健児あり。一には性として悪を作さず。二には作して已るに能く悔ゆ。若し此れに拠らば、生見未だ起ざれば之にあり。若し無始を論ずれば、誰か之を有せざらん。故に知るべし、一切皆第一を闕くと。

問う、見既に未だ起たず、何ぞ行悔することを須いんや。答う、未だ起らざるに預かに達す。況んや宿に曾て起くことを。又た当に起つべきことを示し、此の悔を須うべきことを示す。故に前文は、愛見の悪の名をもって、已生未生とす。故に今文は、但だ此の逆順十心を運じて、三世の悪を滅せしむ。故に悔を修する者は、必ず事理双行す。

「是れ名づけて」の下、双結して前の来の事理両懺を為す。懺の法若し成らば、三諦三昧、諸行具足す。況んや十戒は一切行を摂す。三昧は眼なり、眼智具足して、初住の位に至って方に開開発す。文は次第なりと雖も、円融を顕すが為なり。前後の諸文、一切皆爾なり。況んや事戒は三観の本なり。故に云く「尸羅清浄等」と。若し事戒無くんば、世禅すら尚お無し。況んや三諦をや。有言、大乗は何ぞ戒を執することを須いん。是れ謬りなり。「不執」というは、乃ち持して而も執せざるなり。若し不持を令して不執と名づくれば、乃ち執して破するなり。何をか不執と名づけん。執持すら尚お無し。忘持は安んぞ在らん。

「此を得て」の下、結成して眼智の法を摂すと為す。

「又能く」の下、結成して止観と為す。

「故に知る」の下、結成して元意と為す。

「持戒清浄」は、前列の名及び持相を結ぶ。即ち正修の遠方便なり。

「懇惻」の下、前の犯及び懺浄を結ぶ。或いは恐らくは、過現の事理二犯あらん。復た応に誠に懇ろに彼の深愆を悔すべし。愆除けり復た清浄にして、二世瑕無し。本より犯さざる者と並びて、倶に縁と為す可し。故に云く「倶に初縁を為す。意、此に在り。」と。

○第二衣食具足中。先來意者。以此衣食親為道緣。言及道者。自有蔽形支命而不為道。為道支蔽必先形命。形命若立道本則存。故云及也。就二緣中衣疎食親。故引證云。食已成道。此雖小緣等者。然此衣食本為色身報命之緣。故云小緣。託此復能辦道法事。故云大事。無衣故裸闕食故餒。如此豈能專修止觀。焉字(若作助聲應云矣連切。今從訓釋應云於連切何也)大經二十云。菩薩摩訶薩若須衣等即便取之。不為身故雖受飲食。常為正法不為膚體。不為怨害。如人瘉病以酥麨塗為九孔漏。以衣覆之。衣者下正釋。遮醜陋等者。大經云。所受衣者。不為嚴身。為遮羞恥寒暑蚊虻。今云飾者。蔽醜惡身名之為飾。非為瑩飾順已貪情。衣有三者。且分三品。復有天須菩提面王比丘及許畜重物。重物合在畜長中辨。故今不別論者。為同下文一例三品故也。合百一畜長等以為下根。雪山為上者。如大經釋迦先世曾為大士。居於雪山唯被鹿皮。時雪山中復有多種香根藕根青木香根。我於爾時獨在其中唯食諸果。食已繫念思惟坐禪堪忍力成。不遊人世。如是乃可忘於說淨受持等事。十二頭陀等者。新云杜多。此云抖擻。律論不同。律有隨坐不作餘食及一摶食。大論則無。論有節量中後不飲及次第乞。律文則無。又律云納衣。論云糞掃。律但云乞食。論云常乞食。此二名異意同。餘十俱同。諸部阿含及十住論亦有不同之相。大體無殊。今依大論六十八略出相狀。一蘭若者在家多惱。故捨眷屬。而師徒同學還相結著。復相惱亂。故住蘭若令身遠離。最近三里能遠彌善。身遠離已亦當心離五欲五蓋。二常乞食者具如第二方等中說(云云)。三糞掃衣者。若四方馳求或著邪命。若受他衣於好於惡而生憂喜。僧中得衣過略如食(云云)。或憂賊盜等。四一坐食者。自念一食尚有所妨。況小食中食後食。廢半日之功不得一心行道。如養馬猪等。五節量食者。飽噉腹脹氣塞妨道。故應三分留一。如舍利弗食五六口。於秦人十口許足之以水。六中後不飲漿者。心生樂著求種種漿不能一心。猶養馬著勒其意則息。七塚間者。易悟無常易得道果。八樹下坐者。以得道事辦捨至樹下。如佛說法轉法輪入涅槃。皆在樹下。九露坐者。或謂樹下猶如半舍尚生著故。又樹下坐有二種過。一天雨濕。二鳥糞毒蟲。十常坐者。著衣脫衣隨意快樂。四儀之中坐為第一。食易銷化氣力調和。求道大事大辦功力。諸賊常伺人便不宜安臥。若行若立心亦易攝。十一次第乞者。不著不味不輕眾生。等心憐愍不擇貧富。十二三衣者。白衣多求是故多畜。外道苦行是故裸形。不多不少故畜三衣。今文以十二頭陀中糞掃三衣。合為中士。言三衣者但三衣也。今畜長者三衣同納。或著之營務或異界經宿。良由暗於教旨自樹迷情。倚此自高翻為陷溺。今此文中判為中者。上則不及唯被鹿皮下則高於百一畜長。如何畜長復謂三衣。今言三衣不同一衣之少。不同畜長等多。出聚落則著僧伽梨加二衣上。入大眾則著欝多羅僧加五條上。入山林則唯著安陀會。為慚愧故為多寒故。許其重著。皆威儀整肅長物善根。故云被服齊整。嗟夫世人共許儀服狼狽者稱為頭陀。容止檢攝者呼為執相。俗流未曉恕而可矜。緇徒無甄悲而可愍。下根者此土多寒根性又薄。大聖一許三品通開。若畜百一記憶而已。有云。加法。若畜長說淨則加法受持。今二品合論故云百一要當說淨。皆為助道以療形苦。如斯之類仍為下根。不說淨人三品不攝。濫引上品大士行事深不可也。然說淨之法附近大乘。故地持中菩薩所畜。即於十方諸佛菩薩而為淨施。乃以聲聞淨施。而為譬云。譬如比丘以己衣物於和尚闍梨捨作淨施。若達一實即此淨施成菩薩法。且小乘中若準行之。亦薄己貪情順佛聽制。如斯之理何損曠懷。我物屬他彌符祛滯。況受食受藥禁性重之由。持鉢持衣杜譏嫌之本。譏嫌性重等護無偏迹混聲聞真菩薩也。但為元期出苦判屬小宗。豈以背彼受持稱為大道。又有人云。凡諸所有非己物想。有益便用。說淨何為。今問。等非己財何不任於四海。有益便用何不直付兩田。而閉之深房封於藏篋。實懷他想用必招愆。忽謂己財仍違說淨。說淨而施於理何妨。順己執心後生倣效。又大經云。出家之人有四種病不得涅槃。一者衣欲。二者食欲。三臥具欲。四者為有因。若不能於衣食修觀。誰能受之不為有因。觀行衣者。疏中攝此十二為衣食處三。約此三事而論理觀。即三德也。具如疏釋迦葉緣中。今則不爾。於衣食處各立觀行。亦分三等。大經等者彼經斥三修云。汝等比丘雖復剃頭未為正法陰諸結使。雖著袈裟心猶未染大乘法服。故知心染大乘方稱所表寂滅之服。故引法華即其意也。捨二覺觀。新名尋伺。俱舍云。尋伺心麁細。今觀心亦爾。生死者動麁如覺。空亂意細如觀。蚊細虻麁。二邊皆有麁細故也。故云深達等者。圓中如鏡故能遍照。名為深達。以深達故具一切相。空假不爾如磨瓦礫。寂忍下合譬可知。以中道觀萬德莊嚴。故非世間割截衣也。舉理異事故云非也。三衣觀者。文中兩重。初總約三諦。一一諦上皆有愛見。愛如熟見如寒。三覺者。大經三覺謂欲恚害。今借譬見思等三。故大經二十云。菩薩摩訶薩知是三覺有種種患為三乘怨。能令三乘不見佛性。常為諸佛菩薩之所訶責。經文既云能令眾生不見佛性。故將三覺。可對三惑。三觀觀三諦如衣覆身。身亦三也。又起見下別約三諦。一一諦上各各立於能治所治能嚴所嚴。初觀廣餘二略。亦可準知。故知一一諦上皆有見愛福慧二嚴。止屬福觀屬慧故也。百一觀者。長衣助身通為助義。故三諦上各須助也。歷一切行亦復如是。何但正行不動。助亦無非寂滅。具如助道中正助合行之相。上根唯約一理。中根義開通別。下根義立助道。故約一理通別正助共成一意。

○第二に衣食具足について述べる中で、まず来意を述べます。この衣食は直接に道の縁となるものです。道に言及するならば、形を覆い命を支えるだけで道のためでないものもありますが、道のためにはまず形と命を支えなければなりません。形と命が成り立てば道の根本もまた存続します。それゆえ「及」と言うのです。二つの縁の中で、衣は疎であり食は親であります。それゆえ証を引いて「食によって成道した」と述べるのです。「これは小さな縁であるが」などと言うのは、しかしこの衣食は本来、色身と報命のための縁であるから「小さな縁」と言い、これに託してさらに道法の事を成し遂げることができるから「大きな事」と言うのです。衣がなければ裸となり、食がなければ飢えます。このような状態でどうして専ら止観を修めることができましょうか。「焉」の字は、もし助声として用いるならば「矣連切」と読むべきですが、今は訓釈に従うならば「於連切」と読むべきです。なぜでしょうか。大経の二十にこう説かれています。「菩薩摩訶薩はもし衣などを必要とすれば、ただちにこれを取る。身のためではなく、飲食を受けるといっても、常に正法のためであり、膚体のためではなく、怨害のためでもない。ちょうど人が病を癒すために酥を塗るように、九孔の漏れのために衣を以てこれを覆うのである。」「衣者」以下は正しく釈します。「遮醜陋等」とは、大経に説くところでは、「受けるところの衣は、身を飾るためではなく、羞恥と寒暑と蚊虻を遮るためである。」今「飾」と言うのは、醜悪な身を覆い隠すことを名づけて飾とするのであり、身を飾り己の貪情に従うためのものではありません。「衣に三あり」とは、ひとまず三品に分けるのです。また天須菩提や面王比丘、および重物を蓄えることを許された者があります。重物は畜長の中で論ずべきですが、今は特に区別して論じないのは、下文と同じく一例として三品とするためです。百一と畜長などを合わせて下根とします。雪山を上とするのは、大経に説くように、釈迦の前世がかつて大士であったとき、雪山に住んでただ鹿皮をまとっていました。そのとき雪山の中にはまた多くの香根・藕根・青木香根がありました。私はそのとき独りその中にあってただ果実のみを食べていました。食べ終わると念を繋いで思惟し坐禅し、堪忍力が成就しました。人世を遊行しませんでした。このようにしてこそ説浄や受持などの事を忘れることができるのです。

十二頭陀などとは、新訳では杜多と言い、ここでは抖擻と言います。律と論とでは異なります。律には随坐・不作余食および一摶食がありますが、大論にはありません。論には節量・中後不飲および次第乞がありますが、律文にはありません。また律には納衣と言い、論には糞掃と言います。律にはただ乞食と言い、論には常乞食と言います。この二つは名は異なりますが意は同じです。残りの十はすべて同じです。諸部の阿含および十住論にもまた異なる相がありますが、大体において殊なりません。今は大論六十八に依って略して相状を出します。一に蘭若とは、在家には多くの悩みがあるので、眷属を捨てるのです。しかし師徒や同学がかえって互いに結著し、また互いに悩乱します。それゆえ蘭若に住んで身を遠離させるのです。最近で三里、遠ければ遠いほど善いのです。身が遠離したならば、また心も五欲五蓋から離れるべきです。二に常乞食とは、詳しくは第二の方等の中で説く通りです。三に糞掃衣とは、もし四方に馳せ求めるならば、あるいは邪命に著します。もし他人の衣を受けるならば、良いものにも悪いものにも憂喜を生じます。僧中で衣を得ることの過ちは、略して食の場合と同じです。あるいは賊盗などを憂えます。四に一坐食とは、自ら一念するに、一食でさえなお妨げがあるのに、まして小食・中食・後食においてはなおさらです。半日の功を廃して一心に行道することができません。馬や猪を養うようなものです。五に節量食とは、飽くまで食べれば腹が脹れ気が塞がり道を妨げます。それゆえ三分して一を留めるべきです。舎利弗が五六口食べたように、秦の人ならば十口ほどで水で足すのです。六に中後不飲漿とは、心に楽しみ著するを生じ、種々の漿を求めれば一心になれません。ちょうど馬を養うのに勒を著ければその意が息むようなものです。七に塚間とは、無常を悟りやすく道果を得やすいからです。八に樹下坐とは、道を得る事が成し遂げられたならば樹下に至って捨てるのです。仏が説法し転法輪し入涅槃したのも、皆樹下においてでした。九に露坐とは、あるいは樹下はなお半舎のようなものでまだ著を生ずると言います。また樹下坐には二つの過ちがあります。一には天雨に湿ること、二には鳥の糞や毒虫です。十に常坐とは、衣を著け衣を脱ぎ随意に快楽します。四儀の中で坐が第一です。食は消化しやすく気力が調和します。求道の大事を大いに成し遂げる功力があります。諸賊は常に人の隙を伺うので、安臥すべきではありません。行じても立ちても心はまた摂まりやすいのです。十一に次第乞とは、著せず味わわず衆生を軽んじません。等心に憐愍し貧富を選びません。十二に三衣とは、白衣は多く求めるので多く蓄えます。外道は苦行するので裸形です。多くも少なくもないので三衣を蓄えるのです。今の文では十二頭陀の中の糞掃と三衣を合わせて中士とします。「三衣と言うのは」ただ三衣のことです。今、長物を蓄える者は三衣と同じく納を受け、あるいはこれを著けて営務し、あるいは異界で経宿します。まことに教旨に暗く自ら迷情を立てるからです。これに倚って自ら高ぶるのは、かえって陥溺となるのです。今この文の中で中と判ずるのは、上はすなわち及ばずただ鹿皮をまとうのみであり、下はすなわち百一畜長よりも高いのです。どうして畜長がまた三衣と言えましょうか。今、三衣と言うのは一衣の少ないのとは異なり、畜長の多いのとも異なります。聚落を出るときは僧伽梨を著け二衣の上に加えます。大衆に入るときは欝多羅僧を著け五条の上に加えます。山林に入るときはただ安陀会のみを著けます。慚愧のためであり、多くの寒さのためです。重ねて著けることを許します。皆威儀は整肅で長物は善根を長じます。それゆえ「被服斉整」と言うのです。ああ、世の人々は共に儀服の狼藉な者を許して頭陀と称し、容止の検摂な者を呼んで執相と言います。俗流は未だ暁らず、恕して矜れむべきです。緇徒は甄別なく、悲しんで愍れむべきです。下根とは、この土は多く寒く根性もまた薄いのです。大聖は一つとして三品を通じて開くことを許しました。もし百一を蓄えるならば記憶するだけです。あるいは言います、加法すると。もし長物を蓄えて説浄すれば加法受持すると。今は二品を合わせて論ずるので「百一は要ず説浄すべし」と言うのです。皆、道を助け形苦を療するためのものです。このような類はなお下根とします。説浄しない者は三品に摂まりません。濫りに上品の大士の行事を引くのは深く不可です。しかし説浄の法は大乗に近いのです。それゆえ地持の中では菩薩の蓄えるところは、すなわち十方の諸仏菩薩に対して浄施とするのです。そこで声聞の浄施を以て譬えとして言います。ちょうど比丘が己の衣物を和尚闍梨に対して捨てて浄施とするようなものです。もし一実に達すれば、すなわちこの浄施は菩薩法となるのです。かつ小乗の中でももし準じて行ずれば、また己の貪情を薄め仏の聴制に順じます。このような理はどうして曠懐を損じましょうか。我が物を他に属すれば、いよいよ滞りを祛くことに符います。まして食を受け薬を受けるのは性重を禁ずる由であり、鉢を持ち衣を持つのは譏嫌を杜ぐ本です。譏嫌や性重などを護ることに偏りがなく、迹は声聞に混じるが真の菩薩です。ただもと出苦を期するために判じて小宗に属するのです。どうして彼の受持に背くことを以て大道と称せましょうか。またある人は言います、およそ諸の所有は己の物想いではなく、有益ならば便ち用いる、説浄は何のためかと。今問う、等しく己の財でないならば何ぞ四海に任せないのか。有益ならば便ち用いるならば何ぞ直ちに両田に付さないのか。しかるにこれを深房に閉じ蔵篋に封ずるのは、実に他想を懐き用いれば必ず愆を招きます。たちまち己の財と思えばなお説浄に違します。説浄して施すことは理において何の妨げがありましょうか。己の執心に順じれば後の生に倣効を生じます。また大経に説きます、出家の人は四種の病があり涅槃を得られないと。一には衣欲、二には食欲、三には臥具欲、四には有因のためです。もし衣食において観を修めることができなければ、誰がこれを受けて有因のためでないようにできましょうか。観行の衣とは、疏の中でこの十二を衣食処の三に摂めます。この三事について理観を論ずれば、すなわち三徳です。詳しくは疏の迦葉縁の中に釈する通りです。今はそうではありません。衣食処のそれぞれに観行を立て、また三等に分けます。大経などとは、かの経で三修を斥けて言います、汝等比丘はたとえ剃頭しても未だ正法のために結使を陰すことはできない、たとえ袈裟を著けても心はなお大乗の法服に染まっていないと。それゆえ心が大乗に染まってこそ所表の寂滅の服と称せられることを知るのです。それゆえ法華を引くのはすなわちその意です。二覚観を捨てるとは、新訳では尋伺と名づけます。倶舎に云く、尋伺は心の麁細なりと。今、観心もまたその通りです。生死は動麁で覚のごとく、空乱意は細で観のごとくです。蚊は細く虻は麁く、二辺ともに麁細があるからです。それゆえ「深達等」と言うのは、円中は鏡のごとくなのでよく遍照します。これを深達と名づけます。深達なるがゆえに一切の相を具します。空仮はそうではなく、瓦礫を磨くようなものです。「寂忍」の下は譬えを合わせて可知です。中道観を以て万徳が荘厳されるので、世間の割截衣ではないのです。理を挙げて事に異なるので「非」と言うのです。三衣観とは、文の中に二重があります。初めは総じて三諦について述べます。一一の諦の上に皆愛と見があります。愛は熟のごとく見は寒のごとくです。三覚とは、大経の三覚は欲・恚・害を謂います。今は譬えを借りて見思などの三とします。それゆえ大経二十に云く、菩薩摩訶薩はこの三覚に種々の患いがあることを知り、三乗の怨となり、よく三乗をして仏性を見せないようにすると。常に諸仏菩薩の訶責するところです。経文に既に「よく衆生をして仏性を見せない」と云うので、三覚を将って三惑に対することができます。三観は三諦を観ずること衣が身を覆うがごとくです。身もまた三です。また「起見」の下は別に三諦について述べます。一一の諦の上に各々能治・所治・能厳・所厳を立てます。初めの観は広く余の二は略します。また準じて知るべきです。それゆえ一一の諦の上に皆見愛と福慧の二厳があることを知るのです。止は福に属し観は慧に属するからです。百一観とは、長衣は身を助け通じて助の義となります。それゆえ三諦の上に各々助を須います。一切の行を歴るもまたまたこの通りです。どうしてただ正行が動かないだけであろうか、助もまた寂滅でないものはないのです。詳しくは助道の中の正助合行の相に説く通りです。上根はただ一理についてのみ、中根は義を通別に開き、下根は義を助道に立てます。それゆえ一理について通別正助が共に一意を成すのです。

止觀輔行傳弘決卷第四之二

止観輔行伝弘決 巻第四之二

止觀輔行傳弘決卷第四之三

止觀輔行傳弘決 巻第四の三

唐毘陵沙門湛然述

毘陵の沙門湛然が述べる

次食亦三。且望衣說。頭陀此云抖擻。此十二事皆為抖擻十二過故。今文即二音俱舉。放牧聲者。三里之外使童小牧聲。不聞住處堪修禪觀。世有濫用其言者。遠放木橛不聞墮聲。得已復放每夜至三。是名頭陀絕放木聲。如鹽官忍禪師造頭陀經云。頭謂煩惱頭主。陀謂陀汰煩惱。此雖謬言猶勝放木。如斯等例江表尤多。分衛者。此云乞食。具如頭陀中五種食法。謂常乞。一坐。節量。中後不飲漿。次第乞。今此且舉五中之一故云乞食。七佛及方等皆云乞食者。如前四三昧中說。居阿蘭若必須乞食。墾植耕種舂礱碓磑。不受壞生貯宿殘煮。畜八不淨事涉四邪。污染檀越非蘭若行。近代所置彌隔聖言。男女往來兼招譏醜。儻依佛教利益不輕。故十住婆沙云。乞食有十利。一自用活命自屬不屬他。二施我者令住三寶然後當食。三常生悲心。四隨順佛教。五易滿易養。六破憍慢法。七無見頂善根。八見我乞食餘者效我。九不與男女大小有諸事故。十次第乞生平等心。如諸釋子本或是王。居尼俱類園去舍衛城半由旬許。入城乞食乞食勞妨。乃至下根許受檀越送食等者。故知住處不宜太遠。譬喻經云。昔波羅奈去城五十里有山有五比丘居。平旦入城乞食。中後還山日暮乃至疲極不堪安禪。歷年如此勞而無獲。佛化為一道人。往至其所安慰之。答曰。四大之身去城道遠。有何樂耶。止念畢命而已。化沙門言。夫道者。以戒為本攝心為行。賤形貴道朽棄軀命。食以支形守意正定。內學止觀滅意得道。若養身縱情何得免苦。願諸道人明莫乞食。吾當供養一日之糧。明佛送食五人食已俱得羅漢。是則住處亦為道緣。不宜太遠。食為道緣此之謂也。故知如來非但應供。復為供應。外護送等者。僧中淨食仍為下根。豈可安坐房中私營別味。或不病託病索眾祗供。無德稱德擊動檀越。雖曰許送受必自觀。三品不收道何由致。觀行食者亦約三等。夫事食則養色身資報命。理食則資法身養慧命。故平等大慧虛空法身憑茲而立。衣亦例然。初約上品者。所引大經亦是彼經斥三修文。如來法喜等者。辨異七方便等也。此之下釋如來食也。引淨名意者。謂於食起觀能令食遍。彼文正以食為法界訶於事食。故南嶽隨自意中云。凡所得食。應云此食色香味。上供十方佛。中奉諸賢聖。下及六道品。等施無差別隨感皆飽滿。令諸施主得無量波羅蜜。又云。念食色香如旃檀風。一時普熏十方世界。凡聖有感各得上味。六道聞香發菩提心。於食能生六波羅蜜及以三行。淨名疏中譬如熏藥藥隨火勢入人身中患除方復。菩薩觀食亦復如是。以食施時食為法界具一切法。凡諸受者法隨食入乃為冥益。或近或遠終破無明。想為檀風亦復如是。次約頭陀義立次第觀也。下品支林者。問。應云圓頓何用支林。答。此則并前共為一法。第三約處者。雪山為上已如前說。頭陀為中即十二頭陀中處有四也。謂蘭若塚間樹下露坐。依此四處必須常坐。問。下中二處蘭若義同。有何別耶。答。蘭若西音。此云閑靜。中處即是空逈地也。下處即是空逈住處及閑靜僧藍。十住婆沙明空逈處云。居阿蘭若有十利。一自在去來。二無我所。三隨意無障。四心樂蘭若處。五少欲少事。六不惜身命具足功德。七離眾鬧語。八雖行功德不求恩報。九易得一心。十易生無障礙想。又云。阿蘭若比丘有十事入塔寺。非如外道。一供給病人。二為病者求醫。三為病者求看病人。四為病者說法。五為餘人說法。六聽法教化。七為恭敬供養大德。八為供給聖眾。九為讀誦深經。十為教他令讀深經。住阿蘭若怖畏之時應作是念。守善者雖行險道大海戰陣安隱無患。又為護身無勝善其身口意業。以自守護。故佛告匿王。善守三業名善守護。復作是念。諸獸在山不善三業而無所畏。我之心智豈不如彼。又念佛故破一切怖。故在蘭若毛竪者。念佛十號。又有四法方住蘭若。一多聞。二善決定義。三樂修正憶念。四隨順如說行。論文更有五十法方應住蘭若。若離下誡勸。邑者。國語云。管仲相齊制三十家為邑。此村落所聖之謂也。尚書大傳云。凡宗廟有先王之主曰都無曰邑。此私齋堂義同無主淨名云。或為邑中主。或作商人導者。此明菩薩利物無方耳。觀心處者。七方便者如前。此開三草二木為此七位。開小草為人天。開中草為二乘。上草二木為三教菩薩。二草二木皆依於地。七種方便以實為本。故三草二木雖隨其種性。各得生長。究其根榮莫非地雨。地圓理也。雨圓教也。據漸引入邊稱為方便。當位未轉名不能到。最上處者即實相也。又一毫之善未趣菩提。名絕迹不到。橫竪遍故與法界等。故云不動。亦離二喧如前所說。名之為靜。不生七方便果。不起七方便因。又於圓果不生想著。名不生不起。大品若千由旬等者。大論十八釋云。無方便菩薩雖曠野百由旬外。禽獸鬼神羅剎之所住處。百千萬歲若過是數。若不知菩薩遠離之法。發菩提心而作受著。是遠離行佛所不許。真遠離者不見遠離相。是菩薩讚歎善哉善哉。是佛所說疾得菩提。若菩羅起著云。我所行者是遠離行。若城旁者誰稱美汝。當知是菩薩旃陀羅。染污菩薩似像菩薩人天中賊披法衣賊。求佛者應莫親近。是墮增上慢。當知論意以深山取著。名為憒鬧。城旁達理為不憒鬧。故知起著之人以著心憒鬧。為不憒鬧。起二乘之心尚為憒鬧。況復著心著於靜處。憒者亂也。若稱理者舉足下足無非道場。方名上處。世有濫用隱朝市者有言無理。故知莊生但以約處而為上下。不識諦理上中下也。聚落者男女所居。囂者喧也。實不等者對事辨異也。山林對中上二處也密室對下處也。以理斥事故云實不等也。

次に、食事についても同様に三つの区分があります。まず衣服について述べましょう。

「頭陀」とは、ここでは「抖擻(ふるい落とす)」という意味です。この十二の修行はすべて、十二の過ちを振り落とすためのものです。今の経文では、両方の音(頭陀と抖擻)を併記しています。

「放牧声」とは、三里(約12キロ)以上離れた場所で、子供が家畜を追う声が聞こえないような住処を指します。そのような場所は、坐禅や観想に適しています。世の中にはこの言葉を誤用する者がおり、「遠くに木の杭を放り投げ、その落ちる音が聞こえなくなるまで離れ、夜ごとに三回まで行うことを『頭陀』と呼ぶ」などと言います。これは、塩官の忍禅師が作った『頭陀経』に「頭とは煩悩の主であり、陀とは煩悩を洗い流すことである」と説かれているような誤った解釈に過ぎず、それでも木の杭の音を基準にするよりはましです。このような間違いは、江南地方に特に多く見られます。

「分衛」とは、ここでは「乞食(托鉢)」という意味です。詳しくは頭陀の五つの食法に含まれています。すなわち、常に托鉢すること、一坐に限ること、節量すること、午後に飲み物を摂らないこと、順序に従って托鉢することです。今ここでは、五つのうちの一つを取り上げて「乞食」と言っています。七仏や方等経典でも「乞食」と説かれています。

阿蘭若(静かな修行の場)に住むならば、必ず托鉢による食事をしなければなりません。土地を耕し、稲を搗き、粉をひくようなことは許されません。また、生の状態を損なわない食物や、蓄えられたもの、残り物、煮たものを貰い受けること、八つの不浄な品々を所有することなどは、四つの邪な生計に関わり、施主を汚し、阿蘭若の修行に反します。近ごろ設けられた阿蘭若は、聖なる教えからますます遠ざかっています。男女が行き交い、嘲りや非難を招くこともあります。もし仏教の教えに従えば、利益は軽んじられません。そこで『十住婆沙論』には次のように説かれています。乞食には十の利益がある。第一に、自分自身の活命のためであり、他に依存しないこと。第二に、私に施す者を三宝に住まわせてから食事をすること。第三に、常に慈悲の心を生じること。第四に、仏教の教えに従うこと。第五に、満たされやすく養いやすいこと。第六に、高慢を打ち破る方法であること。第七に、無見頂の善根を成就すること。第八に、私が乞食するのを見て他の者が私を模倣すること。第九に、男女や大小の者と様々な用事に関わらないこと。第十に、順序に従って乞食し平等の心を生じること。

例えば、多くの釈迦族の子孫は元々王族でしたが、尼倶類園に住み、舎衛城から半由旬(約3.6キロ)ほどの距離にありました。彼らは街に入って托鉢し、その労苦は大変なものでした。最も劣った根機の者には、施主が食事を届けることを許すなどとされています。したがって、住処はあまり遠くにあってはならないと知るべきです。

『譬喩経』にはこうあります。昔、バラナシから五十里(約20キロ)離れた山に、五人の比丘が住んでいました。彼らは明け方に街に入って托鉢し、正午過ぎに山に戻るのですが、日が暮れてようやく到着し、疲れきって坐禅することもできません。何年もの間このようにして、苦労するばかりで何の成果も得られませんでした。そこで仏が一人の修行者に姿を変え、彼らのもとを訪れて慰めました。彼らは答えました。「この四大からなる身体で、街から道のりが遠く、何の楽しみがありましょうか。ただ命が終わるのを待つばかりです。」化けた僧侶が言いました。「道とは、戒を基本とし、心を統御することを行いとします。身体を軽んじ、道を尊び、娯楽を捨てて命を顧みません。食事は身体を支え、心を守り、正しい定を得るためのものです。内的な学問として止観を修行し、意識を滅して悟りを得ます。もし身体を養い、情欲に任せるならば、どうして苦しみを免れることができましょうか。どうか皆さま、明日は托鉢にいらっしゃらないでください。私が一日分の食料を差し上げましょう。」翌日、仏が食事を届け、五人はそれを食べて皆、阿羅漢果を得ました。これにより、住処もまた修行の縁となるものであり、あまり遠くであってはならないと分かります。食事が修行の縁となるとは、このことです。

したがって、如来はただ供養を受けるべき存在であるだけでなく、供養を与える存在でもあると知るべきです。「外護送等」とは、僧団の中での清らかな食事は、それでも根機の劣った者のためのものであるということです。ましてや、安座して自分の部屋で別の味を私自ら求めるなど、どうしてできましょうか。あるいは、病気でもないのに病気と偽って集団の供給を求めたり、徳がないのに徳があると称して施主を動かしたりすることです。たとえ「届けることを許す」と言われても、受け取るかどうかは自らよく考えるべきです。三つの品(上・中・下の根機)に収まらなければ、道はどうして得られましょうか。

「観行食」についても、三つの段階があります。事相としての食事は色身を養い、報命を支えるものです。理の食事は法身を養い、慧命を育むものです。したがって、平等な大いなる智慧や、虚空のような法身は、これによって成立します。衣服についても同様です。

最初に上品について述べます。引用された『大般涅槃経』も、その経典の中で三つの誤った修行を排斥する部分です。「如来の法喜」などは、七方便などの教えとの違いを明らかにしています。この下の部分では、如来の食事を解説しています。『維摩経』の意味を引用するのは、食事に対して観想を行うことで、食事を広く行き渡らせることができるという意味です。同経典は正に食事を法界として、事相としての食事を非難しています。そこで南嶽慧思禅師の『随自意三昧』にはこうあります。凡そ食事を得たならば、次のように観想すべきである。「この食事の色・香・味は、上は十方の諸仏に供養し、中には諸々の聖賢に捧げ、下は六道の衆生にまで及ぶ。平等に施して差別なく、それぞれの感応に応じて満ち足りさせる。すべての施主に無量の波羅蜜を得させん。」また、次のようにも説かれています。「食事の色・香を、栴檀の風のように観想する。一時に十方世界全体を薫じ、凡聖が感応して、それぞれに最上の味を得る。六道の者たちはその香りを聞いて菩提心を発す。食事において六波羅蜜と三行を生じることができる。」『維摩経疏』では、薬を例えてこう言います。「薬を熏じるとき、薬は火の勢いに従って人の体内に入り、病気が治って初めて効き目が現れる。菩薩が食事を観想するのもまた同じである。食事を施すとき、食事は法界となり、一切の法を具える。受ける者すべては、法が食事と共に入ることによって、密かな利益を得る。近い将来か遠い将来かにかかわらず、最終的には無明を破る。これを『檀風』と想定することもまた同じである。」

次に、頭陀の意義に基づいて、段階的な観想を立てます。

下品の「支林」についての問い。問う。本来は円頓を説くべきであり、なぜ支林(段階的な教え)を用いるのか。答える。これは前述のものと合わせて、一つの法とするのである。

第三に、場所についてです。雪山が最上位であることは既に述べました。頭陀が中位であり、すなわち十二頭陀のうち、場所に関する四つ(阿蘭若、塚間、樹下、露坐)です。これらの四つの場所に従って、必ず常に坐るべきです。

問う。中位と下位の二つの場所は、阿蘭若という点では同じですが、何か違いがあるのか。答える。「阿蘭若」はサンスクリット語で、ここでは「閑静」という意味です。中位の場所は、空っぽで広い土地のことです。下位の場所は、空っぽで広い住まいや、静かな僧院のことです。『十住婆沙論』では、空っぽで広い場所についてこう述べています。「阿蘭若に住むことには十の利益がある。第一に、来去が自在であること。第二に、我がものという執着がないこと。第三に、随意で障りがないこと。第四に、心が林野の場所を好むこと。第五に、欲望が少なく用事が少ないこと。第六に、身命を惜しまず、功徳を具足すること。第七に、人混みや騒がしい言葉を離れること。第八に、功徳を行っても、恩恵や報いを求めないこと。第九に、一心を得やすいこと。第十に、障りのない想いを生じやすいこと。」また、次のようにも述べられています。「阿蘭若に住む比丘には、塔寺に入る十の事柄がある。外道のようではない。第一に、病人に給仕すること。第二に、病人のために医者を求めること。第三に、病人のために看病する人を求めること。第四に、病人のために説法すること。第五に、他の人のために説法すること。第六に、法を聞いて教化すること。第七に、大徳を恭敬し供養すること。第八に、聖なる集団を供給すること。第九に、深い経典を読誦すること。第十に、他の人に教えて深い経典を読誦させること。」

阿蘭若に住んで恐怖を感じたときは、こう考えるべきです。「善を守る者は、たとえ険しい道や大海、戦場にあっても、安穏であり災いはない。」また、身を守るために、自分の身・口・意の三業をよく守ることに勝るものはありません。したがって、仏は波斯匿王に告げて言われました。「三業をよく守ることを、善く守るという。」さらに、こう考えるべきです。「山の中の獣たちは、三業を善くしないにもかかわらず、恐れることがない。私の心の智慧は、どうして彼らに劣ることがあろうか。」また、仏を念じることで、すべての恐怖を打ち破ることができます。したがって、阿蘭若で毛が逆立ったときは、仏の十の称号(如来・応供・正遍知など)を念じるのです。また、四つの法があって初めて阿蘭若に住むことができます。すなわち、第一に多く聞くこと、第二に義理を善く決定すること、第三に正しい憶念を修することを楽しむこと、第四に教えの通りに行うことに従順であることです。論典にはさらに五十の法があって初めて阿蘭若に住むべきであると述べられています。

「若離」以下は、戒めと勧めです。「邑」とは、国語(中国の古典)によれば、管仲が斉の宰相であったとき、三十戸を一つの「邑」と定めたことに由来します。これは村落を指します。『尚書大伝』には、「宗廟に先王の位牌があるものを『都』といい、ないものを『邑』という」とあります。これは私的な斎堂が、位牌のない邑と同じであるという意味です。『維摩経』には、「あるいは邑中の主となり、あるいは商人の導き手となる」とありますが、これは菩薩が衆生を利益するために方法を選ばないことを示しています。

「観心処」について。七方便とは、先に述べた通りです。これは三草二木(三つの草と二つの木のたとえ)を開いて、この七つの位とします。すなわち、小草を開いて人天とし、中草を開いて二乗とし、上草と二木を開いて三教の菩薩とします。二草二木はすべて地に依っています。七種の方便は、実相を根本としています。したがって、三草二木は、それぞれの種性に従って、それぞれに生長しますが、その根を栄えさせるのも、やはり地と雨によるものです。地は円教の理であり、雨は円教の教えです。漸くに導入するという観点から「方便」と呼びますが、その位のままでまだ転じていないため、「到ることができない」と言います。最も優れた場所とは、すなわち実相のことです。また、一毛ほどの善も菩提に向かわないことを「迹を絶して到らない」と言います。横にも縦にも遍く満ちるため、法界と等しく、「動かない」と言います。また、先に述べた二つの喧騒(事相の喧騒と理の喧騒)を離れているため、「静か」と言います。七方便の果を生じず、七方便の因を起こさない。また、円教の果についても執着の想いを生じないため、「生じず起こさない」と言います。

『大品般若経』に「もし由旬(距離の単位)など」とありますが、『大智度論』第18巻では次のように解説しています。方便のない菩薩は、たとえ荒野の百由旬(約1200キロ)以上、獣や鬼神、羅刹の住む場所で、百千万歳もの間過ごしたとしても、もし菩薩の遠離の法を知らずに、菩提心を発しながらも執着を起こすならば、その遠離行は仏が許すところではない。真の遠離とは、遠離の相を見ないことである。そのような菩薩は、「善哉善哉」と讃えられ、仏所説の通り、速やかに菩提を得る。もし菩薩が執着を起こして「私の行うところは、この遠離行である」と言い、街の近くにいる人を「誰がお前を称賛するのか」と非難するならば、この菩薩は旃陀羅(賤民)であり、菩薩を汚し、菩薩の似像であり、人天の中の賊であり、法衣を着た賊である。仏を求める者は、このような者に近づいてはならない。彼は増上慢に堕している。

この論の意図は、深い山の中での執着を「憒鬧(騒がしいこと)」と見なし、街の近くで道理に達することを「憒鬧ではない」と見なすことにあります。したがって、執着を起こす者は、執着の心で騒がしいものを騒がしくないと見なします。二乗の心を起こすことさえも、なお騒がしいのです。ましてや、静かな場所に執着する心はなおさらです。「憒」とは乱れることです。もし道理に叶っていれば、足を上げたり下ろしたりするすべてが道場であり、そうして初めて「最上の場所」と言えます。世の中には「隠れるには都会の市が良い」と濫用する者があり、言葉はあるが道理はありません。したがって、荘子(道教の祖)は単に場所によって上下を区別しただけで、真理の道理における上中下を認識していなかったことが分かります。

「聚落」とは、男女の住むところです。「囂」とは、騒がしいことです。「実は等しくない」とは、事相との違いを明らかにしたものです。「山林」は中位と上位の二つの場所に対応します。「密室」は下位の場所に対応します。理をもって事相を批判するため、「実は等しくない」と言うのです。

○次息緣務者。務事也。今簡隨自意者。且約善惡無記以論。若約諸經非不須此。故二十五法通為四種三昧前方便也。故隨自意依經方法眾務亦息。弔慶等者。弔凶慶吉俯下仰上。低屈。昂申。造往。聘迎。說文云。造就也。聘問也。況復下舉況。一弔一慶已損高蹤。終日追尋何道之有。更結等者釋名云。州者注也。郡國注仰也。風俗通云。州者疇也。疇類也。說文云。田界也。敦者勸也。孝傳云。三州人者契為父子。長者為父。次為長子。次為幼弟。父令填河以造宅久填不滿為父所責二子發誓。若必孝誠使填河有徵。發是誓已河為之滿。又蕭廣濟孝子傳云。昔三人各一州皆孤露惸獨。三人暗會。於一樹下相問。寧為斷金之契。二人曰善。乃相約為父子。梁朝破三人離。五郡者。釋名云。人所群聚曰郡。天子制地千里分為百郡。蕭廣濟孝子傳云。昔五郡人。謂中山郡常山郡恒州魏郡魏州。鉅鹿郡刑州。趙郡趙州。此五人者少去鄉里孤無父母。相隨至衛國結為兄弟。長字元重。次叔重次仲重。次季重。次雉重。朝夕相事財累三千。於空城中見一老母。兄弟議曰。拜此老母以之為母。因拜曰願為母。母乃許焉。事之若親經二十四年。母忽染患口不能言。五子仰天而歎曰。如何孝誠無感。母忽染患而不能言。若我有感使母得語。應時能言。謂五子曰。我本是太原陽猛之女。嫁同郡張文堅。文堅身死。我有兒名烏遺。七歲值亂遂亡所之。我子胸前有七星之文。右足下有黑子。語未竟而卒。五子送喪會朝歌令晨出。忘其記囊謂五子所竊。收三重禁二重。詣河內告枉具書始末。河內太守乃是烏遺。因大哭曰。吾生不識父母而母為他所養。馳使放三重。後奏五人為五縣令。世孝雖爾。今出家之人捨所親棄恩愛。居蘭若修三昧。更結異姓以為兄弟父母。如彼三州五郡者誡之誡之。倒之甚矣。故引倒裳等以喻之。毛詩刺齊云。有挈壺氏知漏刻之官。漏刻不節君臣服亂。而倒裳求領禮度昏亂。今以此意斥顛倒耳。三伎能等者。伎字應從女謂女藝也。從人者害也非今文意。醫方卜筮等者。醫者療病工也。方謂方疏。卜者除疑也。周禮云。卜以決疑不疑何卜。筮者決也。泥塑刻木。填彩描畫。彈棋圍棋。書謂六書。釋名云。書庶也。紀庶物也。書亦曰著著萬物故。周禮有六書。謂指事像形形聲會意轉註假借。思之可知。呪詛禁術以有此用故致害己。美角折皮文披。膏有明故煎。鐸有聲故毀。搖之令鳴以宣教令。文事振木鐸武事振金鐸。劉子云。龜以智自害。翠以羽自殘。丹以含色磨肌。石以抱玉碎質。睒經云象為牙死。犀為角亡。翠為羽自殘。麋鹿為皮肉害。人引莊子云。不用以為全生之大用。語同意異。我佛法中藏衒曜隱厚德。全無生應法界方名大用。故知莊以燕支離肩高於頂頤隱於臍五管在上。若賜疾者粟我則有分。若差役者兵我則無用。是名全生之大用。全此殘疾者生。未知何用。無德可隱例亦不成。而當樹林招鳥等者。經云。譬如大樹眾鳥集之則有枯折之患。腐敗肉也。譬如蒼蠅集於臭肉反增肉臭。豈不下雙合二譬。摧折合樹林。污辱合臭肉。如是之人摧折自行污辱三寶。壞枝葉曰摧壞貞質曰折。事理失故。問答勝負者。負者不剋。又負者問不測答答不稱問。皆名為負。又荷之在背為他所負。故名為劣。莊子曰。有力者負而趨之。而昧者不覺。昧暗劣也。以勝負故因法致失。累世怨讎所生之處。常相中害。為是義故勝負過深。如賢愚經。佛與比丘向毘舍離到一河邊。見五百牧牛人及五百捕魚人。共挽一魚。身有百頭驢騾等類。眾人驚怪。佛至其所。三問云。汝是迦毘黎不。皆答言。是。佛問。教汝者今在何處。答。在阿鼻地獄。阿難白佛。何故問魚以為迦毘黎。佛言。過去迦葉佛時有婆羅門博達多聞。生於一子唯不勝沙門。父臨終時囑其子曰。汝慎勿與沙門論議。父歿後母教言。汝識見高明有勝汝者不。答。唯不勝沙門。母問。汝何以不勝。答。彼若問我。我不能答。母言。汝作沙門學得竟還來。便從母語少時學通三藏。母問。勝未。答。彼若問我。我未與他等。母教言。更論議時當罵辱之。後時論屈便罵言。沙門識見劇於百獸。如是非一故受魚身。其頭百狀佛言。賢劫盡猶故未出。阿難及大眾聞已皆言。口業不可不慎。爾時牧牛捕魚人者。今合掌向佛聞說善來得四果者是。常人勝負招報不輕。況三昧者彌為妨亂。領者錄也理也。亦受也。持者記憶也。事功曰勞。呂氏春秋曰。勞者精神則散也。今以事倦為勞非功勞也。詩云。在心為志。倦者不力也。暇者閑也安也。心性如水真理如珠。緣務如攪慮生如濁迷理如昏。慮速迷真何能閑安修止觀也。此事尚捨等者。舉益況損。學正經論領持憶記等。助道有益爾時尚捨。況人事等而不捨耶。若非修習三三昧時。多聞增智慧多聞是道場。以如說行起於多聞。廣讀諸異論則知智者意。聞不習觀尚得遠為信行乘種。豈有不學而成三昧。若尋常行人有引此者。不應爾也。但勝負是非一向須廢。若外學者。小乘教中十二時許為伏外道一時習外。若大乘中初心菩薩一向不許。淨名云。若好雜句文飾者。多是新發意菩薩。此斥不許習外。且令進行至六根淨位。學應不難。諸業雖有力等者。借彼業文以成理觀。大論第五釋業中云。生死輪載人。諸煩惱結使。大力自在轉。無能禁止者。諸業雖無量不逐不作者。如風不入實水流不仰行。伎術者。術者道藝也。理觀則以神通而為道藝。未得聖果不得修通者。以神通法於佛法為伎能。今未得道不許修學。如息伎術也。佛因調達未得聖道得通造逆。是故佛制。若實得道尚自不許無事現通。如阿含中佛告比丘。若現通者有三過患。一令不信者言有瞿曇乃至梵天皆能現變。二者諸不信者言有乾陀羅呪能觀他心。三者教誡通。若使現者唯我能為。修三昧者忽發神通須急棄之。有漏之法虛妄故也。言障般若者。種智般若自具諸法。能泯諸相。未具已來但安於理。何須事通。若專於通是則障理。習學觀中瓦礫亦是大經春池喻中。如前學問。問答中所引習學。即此中意也。乃至不應於彼小逕中學者總斥也。未得無生而習世智者無益於道。如僧鏡錄俗學無裨錄中云。婆爾尼外道自造聲論。教一弟子。其師死後却事弟子。學此聲明。終朝受杖而不能得。有阿羅漢見而笑之。本所造論而學不得。大論曰。習外道典者。如以刀割泥。泥無所成而刀日損。又云。讀外道典者如視日光令人眼暗。是故文中令至佛眼一切種智。何法不備。問。前持戒等三明觀心義。皆約三諦以顯極理。何故此中生活但對於愛。人事但對於業。伎能以對事通學問以對世智耶。答。亦應准前。今寄此四並但從事者。即此四事以為能妨。還以三諦而為所妨。準於伎術習學觀中云。如得如意珠及一切種智。故知愛業所妨亦同第五善知識中大因緣等者。付法藏文末云。習近聖法得至涅槃。由善知識。又云為得道全因緣者。是真善知識。又如阿難白佛。善知識者是得道半因緣。佛言。不也。善知識者是得道全因緣。阿難當知。此閻浮提除大迦葉舍利弗。其餘眾生若不遇我。無解脫期。是故我言善知識者能大利益。增一云。莫與惡知識與愚共從事。當與善知識智者而交通。若人本無惡親近於惡人後必成惡人。惡名遍天下。善知識反此。是故應親近。大論有二因緣得無上道。一者內自思惟。二者得善知識。大經十八闍王來至佛所。佛告大眾。菩提近因莫過善友。闍王不遇耆婆當墮阿鼻。此即通敘須善知識之來意也。釋中先事次理。初事善知識中。初言外護者。自己身心為內望他身心為外。為外所護故名外護。言同行者。己他互同。遞相策發。人異行同故名同行。言教授者。宣傳聖言名之為教。訓誨於我名之為授。又上言被下名之為教。教於所受名之為授。通言知識者。法華疏云。聞名為知見形為識。是人益我菩提之道名善知識。若深下正釋。簡隨自意者。方法少故可自營理不廢進修。故不必須。道俗咸得故不簡白黑。但能等者。薄德仰他故為營理。誰能純善勸莫見過。未堪違順勸莫觸惱及莫稱歎。言帆舉者。如船得帆所進過常。藉小精進過實稱揚。名為帆舉。忽生受著翻致損失。雖本無心坏器易壞。內防魔事外杜憍衿。三昧法船方達彼岸。今讚小善者是泛爾常人。非專為他三昧者外護。則自除嫉妬發彼善根。如母養子等者。母雖慈養子必策。虎雖猛銜子必寬。外護知識如母如虎。將護行者如勿舉勿惱。舊行道人等者。若未親行暗於可否。一向混俗不了開遮。又何但專令外護護己。亦應善須將護外護。如增一第三。佛在給孤。告諸比丘。應當恭敬檀越施主。如孝順父母養之待之。施主能成戒定智慧。多所饒益。於三寶中無所罣礙。能施四事。故諸比丘慈心於檀越。小恩尚不忘何況於大者。應三業精勤使彼施主福不唐捐。終獲大果名稱流布。亦如迷者得指示路。亦如怖者與無憂畏。無歸與覆。乏者與糧。盲得眼等。二同行者。隨自意安樂行云未必須者。如隨自意依經修行有亦無妨。不制同伴故未必須。餘善惡等有無無妨。若安樂行行三七日。一向不用。若行常儀亦可通用。如云得好同學共讀誦經。於餘三中。有決須伴者。如云不眠不散等。律中常儀尚須同行互相策進互不相惱。故云毘尼毘尼共。乃至十二頭陀須求共行。增一云。迦葉等名將諸比丘行。佛告諸比丘。人根不同。善者善者共同。惡者惡者共同。如乳與乳共。乃至醍醐醍醐共。糞與糞共。故舍利弗與智慧者共。乃至羅云與密行者共。調達與惡行者共。若二日齊功則一朝空過。故今修昨行名之為故。加行勝昨乃名日新。切磋琢磨者。爾雅云。金謂之鏤。木謂之刻。骨謂之切。象謂之琢。玉謂之琢。石謂之磨。六者皆治器之名也。今謂互相切磋使成法器又釋訓中云。如切如磋道學也。人須學以成德如琢如磨自修也。人須修以立行。自學自修闕勉他意。前釋正當今文意也。故相切磋日成一日。同心齊志等者。謂二人相假一失則俱壞。如度大海帆柁相須。互相敬重如視世尊等者。若相尊敬則道法互增。故大論八十一云。佛告阿難。菩薩摩訶薩共住相視。當如世尊。何以故。是我真伴如共乘一船。彼學我學。三教授者。三知識中此最為難。夫為導者必具目足。若行解不均安能利他。故從初文正示教授善知識相。從於諸下簡示不須教授之人。如是尚可教授於他。故得自行無所妨難。又行解具足德在於彼。謂益我者但在於解。是故文中且舉能說轉人心者。於十境中皆是非道。十乘觀法方名為道。道前方便復有內外。故善內外方應善知。準禪門中二十五法為外方便。又有五法為內方便。一者止門。二驗善惡根性。三安心法。四治病法。五辨魔法。今文不立者。魔病二境即是第四第五。業境即是第二。初及第三此約理觀。如安心中。彼約事止及以事安。故此不用。又今文不立內五方便者。以十種境界為內方便。故上文云。二十五法為外方便。亦名為遠。故知對於十境為內為近。又於外中秖二十五而分內外。具緣一向是外。呵欲棄蓋義兼內外。調五事中亦內亦外。眠食在外餘三在內。行於五法一向在內。通塞等者。方便得所為通。方便背行為塞。十境互發十乘增減。一一法中皆有通塞。若能善此通塞妨障。復善說法導達人心。方可名為教授知識。示教利喜者。指授為示教詔為教。令彼得益為利。見他得利心生喜悅為喜。亦可前二屬己後二屬他。彼此合論稱善知識。次觀心知識中。初引經示相。經問。何者是善知識。佛言。佛菩薩阿羅漢是善知識。六波羅蜜及一切法法性實際。皆云是善知識。法性能令人至菩提故。六度能成辦法性故。三乘聖人能以六度令菩薩行得作佛故。是故並名善知識也。論問。小乘道異云何是善知識。答。有小乘人先來求大。觀知應成大者。亦為說大。此則實行亦有能說大者。為善知識。若準此下文唯內祕外現方可通用。何妨此中亦是內祕。降此之外。若準下文但是真諦善知識耳。今各下開對。初如佛下佛菩薩中開三。初外護者。諸佛威神望我為外。次同行中報身不思議功德為瓔珞。丈六相好為垢衣。生滅道品為糞器。示同見思名為和光。本為益彼名為利物。何者。引出宅已示尊特身說難思法。彈訶洮汰得授記莂。始終共同利豈過此。三教授者正當其理。是故不須以事顯義。次六度中開二者。助道望正故助名外。助能護正令不退沒。是外護義。正助合義如下助道中正助合行。合即是同故云同行。言不失規矩者。對轉兼具及第一義。增減得所皆中規矩規圓矩方。即以方助圓。次開法性三中。法性本淨我無始迷。故迷成自望淨為他。自非內熏何能生悟。故知生悟力在真如故以冥熏為外護也。從始至終智境冥一。即名同行。又智同境故。故名同行。未見如盲由無教授。智目無僻義同教授。境智不差名為無僻。此則下結示。先結數。次示法門處。初示數者。於經三文既各開三。并前初三故成十二。前三次三等者。最初釋三正是約事。九中初三。既是諸佛菩薩為三。故亦是事。九中後六既約六度法性。以立三名。故名為理。初引大品已開成九。是故本三不須更數。對諦對悉意亦可知。次示處者。今既義開以對三諦。如華嚴中普賢文殊及彌勒等。並是中道善知識也。亦得是圓三諦知識。餘者多是俗諦所攝。但彼知識無二乘人闕真諦義。若次第行在十住中。以彼頓部斥為魔故。是故彼經無小知識。若依菩提流支法界性論。善財初於可樂國土於德雲比丘所聞光明觀察正念諸佛三昧。以對初住。乃至第四十二於彌勒所。聞入三世智正念思惟莊嚴法門。以對妙覺。若必定依菩提流支。經云善財親近三千大千世界微塵數善知識。如何對位以應塵數。且依一家如前所釋。此等下簡判者。三諦俱云是善知識。既引善財入法界證。秖可得是別圓兩義。羅漢之人豈是知識。是故簡云雖同名知識。依華嚴經仍斥為魔。故十魔中列為三魔。雖通名魔權實難測。是故復更簡實存權。權者仍得名真知識。實者進退存於兩名。是故更以別教況釋。別教失意尚名為魔。況二乘人而非是魔。況復藏通兩種菩薩。若半與半奪並例二乘。如世俗中善經論者。尚能示人菩提正路。況阿羅漢頓同於魔。聖教抑揚不可一向。如譬喻經第二云。昔有大家冬收千斛埋在地中。春開為種了無有穀。唯見一蟲大如牛。無手足頭目如頑鈍肉。主人大小莫不皆怪。出著平地問是何等終無所道。便以鐵刺一處。乃云欲識我者著大道邊。便如其言。後有五百騎服飾盡黃。駐馬問曰。穀賊。汝何以在此。乃答言。食他人穀持我在此。語極久便去。主人問。是何人。答。是金精。向西三百步。樹下有石瓮滿中黃金。主人往掘果得黃金。歡喜不已將穀賊歸。主人得金既是神恩。欲更設供養。穀賊曰。前不語姓名者欲示黃金處。我當轉行福於天下不得久住。言已不見。經不合喻意亦可見。今略合之。穀賊者名利法師也。有口無手足等者有解無行也。地中穀者庫中財物也。庫中財食本供淨田。故云種子。春開為種者欲供淨田也。食却穀者受常供也。大小不識者施主不簡田也。平地者常行立處也。問不語者常處空閑不講說也。鐵刺語者聞利許講也。道旁者講堂也。五百騎者都講五體也。純著黃者講純都唱佛經也。共語者為唱經也。經中還呵為利之人。不應處座而說妙法。故云穀賊汝何住此。答食穀者還自解釋利養難銷。主人問者施主決疑也。答是金精者云都講所說能詮實相。西樹下者西主秋藏祕密藏也。三百步者三毒也。樹者生死也。理在煩惱生死故也。掘果得金者主人依教修行得見理也。將歸留住者施主雖知法師違教。為報法恩更欲供養。穀賊辭者法師初來不說已無行者。欲覓講處耳。不肯住者生慚愧也。福天下者更求講處也。為利尚爾。況別教等貶同於魔。以圓形之故使耳。又實行二乘亦得名為善知識者。如大論云。諸菩薩支佛聲聞中信方等者。如法而說亦名善知識。又如大品轉教。雖是被加利益於他。亦得名為真善知識。但是半等者大略而言。若約三惑但斷見思。仍為未半。約由旬譬已為過半。約惑為譬具如第七。今且據半教所詮。一往說耳。何必的須惑等中半耶。圓教三種者。圓外護等三是真知識。三昧菩提心等者。已料簡善知識魔。餘之二魔例此料簡。是則圓教三昧菩提。方名真實三昧菩提。前之三教三昧菩提。或實或魔。如上(云云)。

○次に、世間の雑務を絶つことについて述べる。「務」とは事のことである。今、「随意」に従うことを簡別すれば、ひとまず善・悪・無記について論じる。もし諸経を顧みれば、これが必要でないわけではない。ゆえに二十五法は、通じて四種三昧の前方便となる。それゆえ「随自意」は経に依る方法であり、多くの務めもまた絶たれる。

弔問や慶事などについて。「弔」は凶事を弔い、「慶」は吉事を祝うこと。下に俯し、上に仰ぐ。低く屈し、高く伸ばす。造り往き、聘問し迎える。『説文解字』に「造は至るなり。聘は問うなり」とある。ましてや、「況復」以下の文は例えを挙げるものである。一たび弔い一たび慶ぶことは、すでに高尚な行いを損なう。終日追い求めて、何の道があろうか。

「更結」以下の『釈名』には「州は注なり。郡国は注ぎ仰ぐ」とある。『風俗通』には「州は疇なり。疇は類なり」と。『説文解字』には「田の界なり」とある。「敦」は勧めること。『孝子伝』に「三州の人は契りを結んで父子となる。長者は父とし、次を長子とし、次を幼弟とする。父が河を埋めて宅を造るよう命じるも、長く埋めても満たず、父に責められる。二人の子が誓う『もし必ず孝の誠があるならば、この河を埋めて徴とせよ』と。誓いを発して河は満ちた」とある。

また、蕭広済の『孝子伝』に「昔、三人がおのおの一州にいて、皆孤露にして惸独であった。三人がひそかに会い、一本の木の下で互いに問い『断金の契りを結ばないか』と言い、二人が『よろしい』と答え、互いに約して父子となった。梁の朝が破れ、三人は離れ離れになった」とある。

五郡について。『釈名』に「人の群がり集まるところを郡という。天子は地を制して千里とし、百郡に分ける」とある。蕭広済の『孝子伝』に「昔、五郡の人(中山郡・常山郡(恒州)・魏郡(魏州)・鉅鹿郡(刑州)・趙郡(趙州))、この五人は幼くして故郷を離れ、孤にして父母がなかった。互いに従って衛国に至り、兄弟と結んだ。長を元重、次を叔重、その次を仲重、その次を季重、その次を雉重という。朝夕に互いに仕え、財は三千に積もった。ある空き城の中で一人の老母を見つけ、兄弟は議して『この老母を拝して母としよう』と言い、拝して『母となりたまえ』と願った。母はついに許した。彼らは実の親のように母に仕えること二十四年。ある時、母が突然病に罹り、口がきけなくなった。五子は天を仰いで嘆き『どうして孝の誠が感応しないのか。母が突然病に罹り言葉を失った。もし我らに感応があれば母に言葉を発せしめたまえ』と言うと、その時、母は言葉を取り戻し、五子に言った『私はもと太原陽猛の娘である。同じ郡の張文堅に嫁いだが、文堅は死に、子に烏遺という者がいた。七歳の時に乱に遭い、行方が分からなくなった。我が子の胸には七星の文があり、右の足の下に黒子がある』と言い終わらずして亡くなった。五子が葬送のため朝歌に出かけ、令が朝に出てその記嚢を忘れたため、五子が盗んだとされた。三重を禁じ、二重は許された。河内に至り、無実を訴えて始めから終わりまでを書き記した。河内太守こそ烏遺であり、大声に泣いて言った『私は生まれながらに父母を知らず、母は他人に養われていたのか』と。使いを走らせて三重を許させ、後日五人を奏上して五県の令とした」とある。

世間の孝はこのようであるが、今、出家の人は親を捨て、恩愛を棄て、蘭若に居して三昧を修するのに、さらに異姓を結んで兄弟父母とするのは、あたかもそれら三州・五郡の人のようである。戒めよ、戒めよ。倒錯すること甚だしい。故に「倒裳」などを引いて例える。『毛詩』が斉の国を諷して言う「挈壺氏という漏刻を知る官がある。漏刻が節を失えば君臣の服が乱れる」。裳を倒して襟を求めるのは礼度が乱れていることをいう。今、この意味をもって顛倒を斥けるのである。

三番目の「伎能」など。「伎」の字は「女」に従い、女の芸能を意味する。人に従うのは「害」であり、今の文意ではない。「医方卜筮」など。医は病を治療する工人。方は方疏。卜は疑いを断つ。『周礼』に「卜は疑いを決するもので、疑いがなければ何ぞ卜するか」。筮は決めること。泥塑・刻木、填彩・描画。弾棋・囲棋。書は六書。『釈名』に「書は庶なり。庶物を記す。書はまた著ともいう。万物を著すゆえ。『周礼』に六書あり。指事・象形・形声・会意・転注・仮借をいう」と。思えば知ることができる。

呪詛禁術は、この用があるがゆえに害を自ら招く。美しい角は折れ、皮には文様があるために裂かれる。膏には明かりがあるゆえに煎られ、鐸には声があるゆえに壊される。揺らして鳴らし、教令を宣べ伝える。文事には木鐸を振り、武事には金鐸を振る。劉子に言う「亀は智をもって自ら害し、翠は羽をもって自ら残す。丹は色を含むがゆえに膚を磨られ、石は玉を抱くがゆえに質を砕かれる」。『睒経』に言う「象は牙のために死に、犀は角のために亡ぶ。翠は羽のために自ら残し、麋鹿は皮肉の害にあう」。

人は荘子を引いて「用いられないことをもって全生の大用となす」というが、語は同じでも意味は異なる。我が仏法の中では、衒い耀くことを隠し、厚い徳を隠す。全く生を用いずして法界に応ずることを名づけて大用という。ゆえに知るべし。荘子は「燕の支離は肩が頭より高く、頤は臍に隠れ、五管は上にあり。もし疾ある者に粟を賜わらば、我には分がある。もし役夫を差別する兵ならば、我には用がない。これをもって全生の大用となす」。この残疾を全うして生かすのは、何の用か知らず。徳を隠すべきものなく、例えもまた成らない。

しかるに当に樹林は鳥を招く等の譬え。経に言う「譬えば大樹に衆鳥が集まれば、枯れ折れる患いがある」と。腐敗した肉に譬えば、蠅が臭肉に集まれば、かえって肉の臭さを増す。下の二つの譬えを合わせる。摧折は樹林に合い、污辱は臭肉に合う。かくの如き人は、自行を摧折し三宝を汚す。枝葉を壊すを摧といい、貞質を壊すを折という。事理を失うがゆえ。

問答の勝負について。負ける者は克たず。また負けるとは、問うに測らず、答えるに問いに称わざるを、皆な負けという。また荷うこと背中にあるを彼に負われるといい、故名づけて劣とする。荘子に曰く「力ある者は負いてこれに趨くが、昧き者は覚らず」。昧は暗く劣ること。勝負を以ての故に法に因って失を得る。累世の怨讎として、生まるる所に常に相中て害す。この義を以ての故に勝負の過ちは深い。『賢愚経』の如し。仏、比丘と毘舎離に向かいて一河の辺に至る。五百の牧牛人及び五百の捕魚人を見、共に一魚を挽く。身に百頭、驢騾等の類有り。衆人驚怪す。仏、其の所に至り、三たび問うて言わく「汝は迦毘黎か」と。皆、答えて言わく「然り」と。仏問わく「教えし者は今何れの処に在るか」と。答えて言わく「阿鼻地獄に在り」と。阿難、仏に白して言わく「何が故に魚を問いて迦毘黎と為すや」と。仏言わく「過去迦葉仏の時に一婆羅門有り、博達多聞なり。一子を生めり。唯沙門に勝たず。父、臨終の時に其の子に囑して言わく『汝、慎んで沙門と論議すること勿れ』と。父の没後、母、教えて言わく『汝の識見は高明にして、汝に勝る者有らんや』と。答えて言わく『唯だ沙門に勝たず』と。母問わく『汝、何を以てか勝たざる』と。答えて言わく『彼、若し我を問わば、我、答うること能わず』と。母言わく『汝、沙門と作りて学び終えて還り来れ』と。便ち母の語に従い、少時にして三蔵を通学す。母問わく『勝てりや否や』と。答えて言わく『彼、若し我を問わば、我、未だ彼と等しくなじ』と。母、教えて言わく『更に論議する時は当に罵詈して辱しむべし』と。後時、論に屈して便ち罵り言わく『沙門の識見は百獣より劇し』と。是の如く一にあらず、故に魚身を受く。其の頭は百状なり。仏言わく『賢劫尽くるも猶お未だ出でず』と。阿難及び大衆、聞き已りて皆言わく『口業は慎むべからず』と。爾の時、牧牛捕魚の人は、今、合掌して仏に向かい、善来を聞きて四果を得る者は是なり」と。常人の勝負にしても報いを招くこと軽からず。況や三昧の者においては、いよいよ妨乱あり。

「領」は録なり理なり。また受なり。「持」は記憶なり。事の功を労という。『呂氏春秋』に「労する者は精神すなわち散ず」と。今、事に倦むを労とす。功労にあらず。詩に云う「心に在るを志となす」。倦むは力めざるなり。暇は閑なり安なり。心性は水の如く、真理は珠の如し。縁務は攪拌の如く、慮は生じ汚れの如く、迷いは理を昏ますが如し。慮り速やかに真理に迷えば、何ぞ能く閑かに安んじて止観を修せんや。

「此の事尚捨つ」等は、利益を挙げて損を況べる。正経論を学びて領持憶記する等は、道を助けて益あり。爾の時尚お捨つ。況や人事等をや。捨てざらんや。若し三三昧を修習する時にあらざれば、多聞は智慧を増す。多聞は是れ道場。説の如く行ずるを以て、多聞を起こす。諸の異論を広く読めば、則ち智者が意を知る。聞きて観を習わざるも、尚お遠く信行乗種と為すことを得。豈に学ばずして三昧を成ずること有らんや。若し尋常の行人に此れを引く者有らば、爾すべからざるのみ。但だ勝負是非は一向に須く廃すべし。若し外学については、小乗教の中には、十二時許、外道を伏する為に一時外を習うことを許す。若し大乗の中には、初心菩薩は一向に許さず。『維摩経』に云わく「若し好んで雑句文飾する者は、多くは是れ新発意の菩薩なり」と。これは外を習うことを斥けて許さざるなり。且く進行せしめて六根浄位に至れば、学ぶべきも難からじ。

「諸業雖有力等」は、彼の業の文を借りて、以て理観を成す。『大智度論』第五、業を釈する中に云わく「生死は人を載せて輪廻す。諸の煩悩結使は大力自在に転じ、能く禁止する者無し。諸業は無量なりと雖も、作者に逐わず作者を逐わず。風の実に入らざるが如く、流れの水を仰行せざるが如し」と。

伎術について。術は道芸なり。理観は則ち神通を以て道芸と為す。未だ聖果を得ずして通を修することを得ざるは、神通の法は仏法に於いて伎能と為す。今、未だ道を得ずして修学を許さず。伎術を息むが如し。仏、調達が未だ聖道を得ずして通を得、逆を造るに因りて、是の故に仏制す。若し実に道を得れば、尚お自ら許して事無く通を現ずることなかれ。『阿含経』の如く、仏、比丘に告げたまわく「若し通を現ずれば三過患有り。一には不信の者をして『瞿曇有り、乃至梵天に至るも皆能く変を現ず』と謂わしむ。二には諸の不信の者をして『乾陀羅の呪有り、能く他心を観ず』と謂わしむ。三には教誡通。若し現じ使はば唯我能くす」と。三昧を修する者、忽然として神通を発すれば須らく急ぎて之を棄つべし。有漏の法は虚妄なるが故なり。

般若を障ぐと言うは、種智般若は自ら諸法を具し、能く諸相を泯す。未だ具せざる已来は、但だ理に安んず。何ぞ事の通を須いん。若し通に専らなれば、是れ則ち理を障ぐ。習学の観の中に「瓦礫も亦是れ大経の春池の喩の如し」とあるは、前の学問・問答の中に引く所の習学、即ち此の中の意なり。乃至「彼の小逕の中に於いて学ぶべからず」とは、総じて斥くるなり。未だ無生を得ずして世智を習うは益あれども道には益なし。『僧鏡録』俗学無裨録の中に云わく「婆爾尼外道、自ら声論を造り、一の弟子を教う。其の師死したる後、却って弟子に事え、此の声明を学ぶも、終朝に杖を受け、而るに得ること能わず。有りし阿羅漢これを見て笑う。本自ら造りし所の論を学びて得ざるなり」と。『大智度論』に曰わく「外道の典籍を習うは、譬えば刀を以て泥を割くが如く、泥は成る所無くして刀は日に損ず。又云わく、外道の典籍を読むは、日光を視るが如く、人の眼を暗くす」と。是の故に文の中に「仏眼、一切種智に至るを令めば、何の法か備わらざらん」と。

問う。前の持戒等の三明観心の義は、皆三諦に約して極理を顕す。何が故に此の中の生活は但だ愛に對し、人事は但だ業に對し、伎能は事通に對し、学問は世智に對するや。答う。亦た准前すべし。今、此の四を寄せて並びに但だ事に従うは、即ち此の四事を以て能妨と為し、還って三諦を以て所妨と為す。伎術・習学の観の中に准ずれば「如得如意珠及一切種智」と云う。故に知る、愛業の妨ぐるも同じく第五の善知識中の大因縁等に同じ。

『付法蔵伝』の文末に云わく「習近聖法は涅槃に至ることを得。善知識に由る。又云わく、道を得る全因縁を為す者は、是れ真の善知識なり」。〔中略〕。

善知識には、先ず事、次に理。初めに事の善知識の中に「外護」とは、自己の身心を内と為し、他が身心を外と望む。外の為に護らるるが故に外護と名づく。「同行」とは、己他互いに同じくして、遞えに策発す。人異なれども行同じきが故に同行と名づく。「教授」とは、聖言を宣傳するを之を教と名づけ、我を訓誨するを之を授と名づく。

若し深く解釈すれば、随自意を簡別するに、方法少なくして自ら営理すべく、進修を廃せざるが故に、必ずしも須いず。道俗咸な得れば、白黒を簡ぜず。但だ能く等は、薄徳は他に仰ぐが故に、為に営理す。誰か能く純善ならん。過ちを見ざることを勧め、未だ順違に堪えず、触り悩ましめず、及び称歎せしむること莫かれ。帆挙とは、船の帆を得て進むこと常に過ぐるが如し。小精進に藉りて過実に称揚するを名づけて帆挙と為す。忽然として受著を生ずれば、翻って損失を致す。本心無きも、坏器は壊れ易し。内には魔事を防ぎ、外には憍衿を杜ぐ。三昧の法船、方に彼岸に達す。

今、小善を讚める者は、泛爾の常人なり。専ら他の為に三昧を為す者の外護に非ず。則ち自ら嫉妬を除き、彼の善根を発す。母の子を養うが如く等とは、母は慈養すと雖も、子は必ず策す。虎は猛なりと雖も、子を銜むは必ず寛なり。外護知識は母の如く虎の如し。行者を将護すること、挙げず悩まさざるが如くせよ。

旧行道人等とは、若し未だ行を親しまざれば、可否に暗く、一向に混俗して開遮を知らず。又何ぞ但だ専ら外護の己を護らしむるのみならんや。また善く須く外護を将護すべし。『増一阿含経』第三に、仏、給孤独園に在して、諸比丘に告げたまわく「応当に檀越施主を恭敬すべし。孝順父母の如くに養いこれを待て。施主は能く戒定智慧を成し、多く饒益するところあり。三宝の中に罣礙なく、能く四事を施すが故に。諸比丘、檀越に慈心あるべし。小恩尚お忘れざることを如何ん、況や大に於いてをや。応に三業精勤して、彼の施主の福をして唐捐せしむることなからしむべし。終に大果を得て名称流布せん」と。亦た迷える者が指路を得るが如く、亦た怖るる者が無憂畏を得るが如く、帰なき者に覆いを与え、乏しき者に糧を与え、盲者の眼を得るが如し。

二、同行について。随自意安楽行に云わく「未だ必ずしも須いず」とは、随自意の如く経に依りて修行するも、有りと雖も妨げなし。同伴を制せざるが故に、未だ必ずしも須いず。余の善悪等は、有無共に妨げ無し。若し安楽行の三七日行ずるは、一向に用いず。若し常儀を行ずれば、亦た通用すべし。云わく「好同学を得て共に経を読誦す」が如し。余の三の中には、決して伴を須う者有り。云わく「眠らず散ぜず」等の如し。律中の常儀に尚お須く同行し、互いに策進し、互いに相悩ましむることなかれ。故に云わく「毘尼は毘尼と共にす」と。乃至十二頭陀も須く共行を求むべし。『増一阿含経』に云わく「迦葉等は諸比丘を将いて行ずと名づく。仏、諸比丘に告げたまわく『人の根は同じからず。善き者は善き者と共同し、悪しき者は悪しき者と共同す。乳の乳と共にするが如く、乃至醍醐は醍醐と共にし、糞は糞と共にす』と。故に舎利弗は智慧ある者と共にし、乃至羅雲は密行する者と共にし、調達は悪行ある者と共にす」と。若し二日斉功なれば、則ち一朝空過す。故に今、昨行を修するを名づけて「故」と為し、加行は昨に勝るを乃ち名づけて「日新」と為す。

切磋琢磨とは、『爾雅』に云わく「金はこれを鏤と謂い、木はこれを刻と謂い、骨はこれを切と謂い、象はこれを琢と謂い、玉はこれを琢と謂い、石はこれを磨と謂う。六つは皆器を治するの名なり」と。今は互いに切磋して法器を成すと謂う。又『釈訓』に云わく「切の如く磋の如きは道学なり。人は学びて以て徳を成す。琢の如く磨の如きは自修なり。人は修して以て行を立つ」と。自学・自修は他を勉むる意を欠く。前の解釈は正しく今の文意に当たる。故に相い切磋して日々に成ることを一日と為す。「同心斉志」等とは、謂わく二人相仮りて一失すれば則ち俱に壊る。大海を度るに帆と柁と相須つが如し。

「互いに敬重すること世尊を視るが如く」等とは、若し相尊敬すれば、則ち道法互いに増す。故に『大智度論』八十一に云わく「仏、阿難に告げたまわく『菩薩摩訶薩は共に住して相視ること、当に世尊の如くすべし。何を以ての故に、是れ我が真の伴なり。共に一船に乗るが如し。彼学べば我も学ぶ』」と。

三、教授について。三知識の中に、此れ最も難し。夫れ導きを為す者は必ず目足を具う。若し行解均しからざれば、安んぞ能く他を利せん。故に初文に従い正しく教授善知識の相を示す。「於諸より下は」簡びて教授を須いざるの人を示す。是の如きは尚お他を教授すべし。故に自行の妨難無きことを得。又、行解具足するは、徳彼に在り。益は我に在ると謂うは、但だ解に在るのみ。是の故に文中、且く能説の人心を転ずる者を挙ぐ。十境の中に於いて皆是れ非道。十乗観法は方に名づけて道と為す。道前方便には復内外有り。故に善く内外を知るは方に応に善く知るべし。禅門の中に二十五法を外方便と為し、又五法有りて内方便と為す。一に止門、二に善悪根性を験ず、三に安心法、四に治病法、五に辨魔法なり。今文に立てざるは、魔病二境は即ち第四第五、業境は即ち第二、初及び第三は此れ理観に約す。安心の中の如く、彼は事止及び事安に約す。故に此れを用いず。又、今文に内五方便を立てざるは、十種境界を以て内方便と為すが故に。上文に云わく「二十五法は外方便、亦名づけて遠と為す」と。故に知る、十境に対し、内と為し近と為す。又、外の中に秖だ二十五にして内外を分つ。具縁は一向に是れ外。呵欲・棄蓋は義内外に兼ぬ。調五事の中には亦た内亦た外。眠食は外に在り、余の三は内に在り。行五法は一向に内に在り。通塞等とは、方便の得所を為通とし、方便が背行を為塞とす。十境互いに発し、十乗増減す。一一の法中に皆通塞有り。若し能く此の通塞妨障を善くし、復善く説法して人の心を導き達すれば、方に名づけて教授知識と為すべし。

教授善知識の相を示す。「示教利喜」とは、指授を「示」と為し、教詔を「教」と為し、彼に益を得せしむを「利」と為し、他が益を得るを見て心に喜悅を生ずるを「喜」と為す。亦可し、前の二は己に属し、後の二は他に属す。彼此を合論して善知識と称す。

次に観心の知識の中に、初め経を引いて相を示す。経に問う「何者が善知識ぞや」。仏言わく「仏・菩薩・阿羅漢は是れ善知識。六波羅蜜及び一切法・法性・實際も、皆、是れ善知識なり」と。法性は能く人を菩提に至らしむるが故に。六度は能く法性を成弁するが故に。三乗の聖人は能く六度を以て菩薩の行をして作仏することを得せしむるが故に。是の故に並びに善知識と名づく。

「論」に問う「小乗は道異なり。何を以てか是れ善知識ぞや」。答う「小乗人に先より来りて大を求むる者有り。観ずるに応に大を成すべき者、亦た為に大を説く。此れ則ち実行亦有り、能く大を説く者は、為に善知識と為す」と。

若し此の下文に准ずれば、唯だ内秘外現のみ方に通用すべし。何ぞ妨げん、此の中も亦是れ内秘なることを。降此の外は、若し下文に准ずれば、但だ真諦の善知識のみ。今、各々開いて対す。

初め「如佛」の下、仏菩薩の中に三を開く。初に外護とは諸仏の威神、我を望みて外と為す。次に同行には報身の不思議功徳を瓔珞と為し、丈六の相好を垢衣と為し、生滅の道品を糞器と為し、見思に同じくするを示すを名づけて和光と為す。本は彼を益するが為に、名づけて利物と為す。何となれば。宅を出で已って尊特の身を示し、思議すべからざる法を説き、弾呵洮汰して授記莂を得せしむ。始終共同して利、豈に此に過ぎんや。三、教授は正しく其の理に当たるが故に、事を以て義を顕わすを須いず。

次に六度の中に二を開く。助道は正を望みて、故に助は外と名づく。助は能く正を護りて退没せしめざるは、是れ外護の義なり。正助の合義は、下の助道の中の正助合行の如し。合は即ち是れ同、故に同行と云う。「失規矩而不」とは、対転兼具及び第一義に於いて、増減得所して皆な規矩に中る。規は円、矩は方。即ち方をもって円を助く。

次に法性三の中に開く。法性は本浄なり。我は無始に迷う。故に迷を成して自と為し、浄を望みて他と為す。自に内熏せざれば、何ぞ能く悟を生ぜん。故に知る、悟を生ずる力は真如に在ることを。故に冥熏を以て外護と為す。始めより終わりに至り、智境冥一なり。即ち名づけて同行と為す。又、智は境と同じく、故に名づけて同行と為す。未だ見ざるは盲の如し。教授有らざるに由る。智目の僻むこと無きは、義は教授に同じ。境智の差わざるを名づけて無僻と為す。

此れ則ち下に結んで示す。先ず数を結び、次に法門の処を示す。初めに数を示すは、経の三文に於いて既に各々三を開くを以て、前の初三と并せて故に十二と成る。「前次第三等」とは、最初に三を釈するは、正しく事に約す。九の中の初三は、既是く諸仏菩薩を以て三と為すが故に、亦是れ事なり。九の中の後六は、既に六度法性に約し、以て三名を立つが故に、名づけて理と為す。初めに『大品』を引いて已に開きて九と成る。是の故に本の三は更に数うるを須いず。諦に対し悉く意に対することも亦た知るべし。

次に処を示す。今、既に義を開き、以て三諦に対す。『華厳経』の中の普賢・文殊及び弥勒等の如きは、並びに是れ中道の善知識なり。亦是れ円教の三諦の知識と為すべし。余は多くは俗諦の所摂。但だ彼の知識には二乗人無く、真諦の義を欠く。次第行が十住の中に在るは、彼の頓部に斥けて魔と為すが故に、是の故に彼の経には小知識無し。若し菩提流支の『法界性論』に依らば、善財、初めに可楽国土の徳雲比丘の所に於いて、光明観察正念諸仏三昧を聞き、以て初住に対す。乃至第四十二に弥勒の所に於いて、入三世智正念思惟荘厳法門を聞き、以て妙覚に対す。若し必ず菩提流支に依らば、経に云わく「善財は三千大千世界微塵数の善知識に親近す」と。如何ぞ位に対し、以て塵数に応ぜん。且く一家に依りて前の如くに釈す。

此れの下は簡び判ず。三諦俱に是の善知識と云う。既に善財の入法界の証を引くに、秖だ是れ別・円の両義と得べし。阿羅漢の人、豈に是れ知識ならんや。是の故に簡びて云わく「雖同名知識」と。『華厳経』に依れば、仍お斥けて魔と為す。故に十魔の中に列して三魔と為す。通名は魔と雖も、権実は測り難し。是の故に復更に簡びて実を捨て権を存す。権は仍お真知識の名を得ることを得。実は進退して両名を存す。是の故に更に別教を以て況べて釈す。

一、別教失意も尚お魔と名づく。況や二乗人をや。是れ魔にあらず。況復、蔵・通の両種の菩薩をや。若し半与半奪なれば、並びに二乗に例す。世俗の中の善く経論する者の如く、尚お能く人に菩提の正路を示す。況や阿羅漢は頓に魔に同じ。聖教の抑揚、一向にすべからず。『譬喩経』第二の如く、昔、大家あり。冬に千斛を収め、地中に埋む。春に開きて種となさんとすれば、穀の了ること無く、唯だ一虫有り。大さは牛の如く、手足・頭目無く、頑鈍の肉の如し。主人の大小、莫不怪み、出して平地に著け、問う「是れ何物ぞ」と。終に道う所無し。便ち鉄を以て一処に刺せば、乃ち云わく「我を識らんと欲すれば、大道の辺に著けよ」と。便ち其の言の如くす。後五百騎有り。服飾尽く黄なり。馬を駐めて問う「穀賊よ。汝、何を以て此に在るや」。乃ち答えて言わく「他人の穀を食い、我を此に持たす」と。語極めて久しくして便ち去る。主人問う「是れ何人ぞや」。答う「是れ金精なり。西に向かって三百歩、樹下に石瓮有り。中に満ちたる黄金有り」と。主人往きて掘り、果して黄金を得て、歓喜已まず。穀賊を将いて帰る。主人、金を得るは是れ神の恩なり。更に供養を設けんと欲す。穀賊曰わく「前に姓名を語らざりしは、黄金の処を示さんと欲せしなり。我、当に転行して天下に福すべく、久しく住むべからず」と。言い已って見えず。経は喩意に合わざれども、意は見るべし。今、略して合せん。穀賊は名利の法師なり。口有り手足無き等は、解有り行無きなり。地中の穀は庫中の財物なり。庫中の財食は本より浄田を供す。故に「種子」と云う。「春開為種」とは、浄田に供せんと欲するなり。「食却穀」とは常供を受くるなり。「大小不識」とは施主が田を簡ばざるなり。「平地」は常に行立する処なり。「問不語」とは常処空閑にして講説せざるなり。「鉄刺語」とは、利を聞きて講を許すなり。「道旁」は講堂なり。「五百騎」は都講の五体なり。「純著黄」は講が純に都唱して仏経を唱うるなり。「共語」は経を唱うるが為なり。経中還呵為利之人として、応じ座して妙法を説くべからず。故に云わく「穀賊よ、汝何ぞ此に住す」と。答う「食穀」とは、自ら解釈して利養の消え難きことを云う。「主人問」は施主の決疑なり。「答是金精」とは、都講の説く所の能詮の実相を云う。「西樹下」は西は秋に主たり。秘蔵を蔵す。「三百歩」は三毒。「樹」は生死。理は煩悩生死に在るが故なり。「掘果得金」は施主が教に依りて修行して理を見るなり。「将帰留住」は施主、法師の違教を知ると雖も、法恩を報ぜんが為に更に供養せんと欲するなり。「穀賊辞」は法師、初めに来て已に無行なりと言わざるは、講処を覓めんとするのみなり。「不肯住」は慚愧を生ずるなり。「福天下」は更に講処を求むるなり。利の為に尚お爾り、況や別教等の魔に同じく貶するをや。円で之を形するが故にのみぞ。

又、実行の二乗も亦た名づけて善知識と為すことを得る者有り。『大智度論』の如く、諸菩薩・支仏・声聞の中に方等を信ずる者は、法の如く而して説くも亦た名づけて善知識と為す。又如『大品般若経』の転教は、雖加を被り他を利益すると雖も、亦た名づけて真の善知識と為すことを得。但だ是れ半等。大略に言わば、若し三惑に約すれば、但だ見思を断ずるは、仍お未半と為す。由旬の譬に約すれば已に過半と為す。惑に約して譬を作すは、具に第七の如し。今、且く半教の所詮に拠りて一往説くのみ。何必ずしも的かに須く惑等の中半なるをや。

円教の三種とは、円外護等の三は真の知識なり。三昧菩提心等とは、已に善知識の魔を料簡す。余の二魔は、此れに例して料簡す。是れ則ち円教の三昧菩提、方に名づけて真実の三昧菩提と為す。前の三教の三昧菩提は、或いは実、或いは魔。上に第三の善知識中の大因縁等の如し。

( (以上、現代語訳) )

○第二訶五欲中。文五義五意唯在一。五義又二所謂事理。下去文意與五緣同。先事次理。繫者絆也。五中一一皆約依正二報。有情無情。而生於欲。貪色者。論云。譬如有人貪著好果。上樹之時而不肯下。時人倒樹樹傾乃墮。身首毀壞因茲而死。是故須訶。眸者眼珠也。睞者旁視也。又云。眸者目童子也。孟子云。心中正則眸子明。翠者翡翠也。異物誌云。巢於高樹離地六七丈。夷人下之取其子。說文云。赤雀形大如燕翅羽碧色。今從翅色以名眉色。皓者白光。亦尤白也。如難陀為欲持戒者。入胎藏經云。世尊在迦毘羅城。佛知難陀受戒時至。至門放光照宅。難陀云。必是世尊。遣使看果是世尊。難陀欲自看婦云。若許出看必令出家。即牽其衣難陀云。少時還婦云。濕額未乾須還。答如所要。佛令取鉢盛飯盛飯出佛已去過與阿難。阿難言。誰邊得鉢。答言。佛邊得鉢。阿難言。還送與佛。難陀即往送鉢與佛。佛令剃頭。語剃者言。勿持刀臨閻浮提王頂。又念且順世尊暮當歸去。佛知其念化作大坑。如其命終何得歸也。佛告阿難。令難陀作知事。阿難傳佛語。難陀言。知事者如何。阿難曰。於寺中檢校。問。何所作。答。諸比丘乞食去。應掃地灑水取新牛糞淨土。防守失落與僧閉門戶等。至曉當開門掃灑大小便處。僧去後。欲為僧閉門。閉西東開閉東西開等。念曰。縱有失落我為王時。更造百千好寺倍於今日。即便還家從大道行。恐佛還乃從小道。仍逢佛歸隱樹枝。風吹身現。佛問。何故來。答。憶婦。佛却將出城至鹿子母園佛問。汝曾見香醉山不。答未見。佛令捉衣角飛。須臾見山。山上有果樹。樹下有雌彌猴無一目被燒竟。佛問。何如天。答。天無欲何得比此。問。汝見天不。答。未見。佛令捉衣角尋至三十三天。令遊觀至歡喜園。見婇女及見交合園等。見種種音聲。有一處天女無夫。問佛。佛令問天。天答佛弟難陀持戒生此。當為我夫。佛問難陀。天女何如孫陀利。答。天比孫陀利如以孫陀利比瞎獼猴。佛言。修梵行有斯利。汝今持戒當生此天。時佛共還逝多林。時難陀慕天宮修梵行。佛告眾僧。一切不得與難陀同其法事。一切比丘皆不與同住坐起。自念阿難是我弟。應不嫌我即往共坐。阿難起去。問言。弟何棄兄。阿難言。然仁行別故相違耳。問。何謂也。答。仁樂生天我樂寂滅。聞已倍生憂惱。佛又問。汝見捺落迦未。答。未見。令捉衣角便見諸獄皆有治人。有處無人問佛。佛令問獄卒。獄卒答言。佛弟難陀為生天故修行。暫在天上還來此中受苦。難陀懼而淚下如雨。白佛述其事。佛言。為天樂修梵行有是過。佛與還逝多林廣為說胎相。難陀因始發心。為解脫故持戒後得阿羅漢果。若入眾中。先觀女人以餘習故。今且從過邊不論得果。國王耽荒無度等者。大者曰國。小者曰邦。以一貫三名之曰王。三謂三才。即天地人。以俗中不知有三界諸天故也。即頻婆娑羅王以欲色故身入怨國。在婬女梵摩房中。優填王以欲色故。截五百仙人手足。出大論十九。耽者。爾雅云。久樂也。若從酉者酖酒字耳。荒者縱樂無厭也宗尊也。廟貌也。謂尊貌之所居。社謂后土。土者吐也。土之所生如口吐物。即地神也。國語云。平九土故祀以為神。田正也。又云。戴黃天而履后土。土地廣不可盡敬。故封為社。稷謂五穀總名。即五穀之神也。故天子所居。左宗廟右社稷。布列四時五行。故以國亡為失社稷。既入怨國及婬女房。故社稷壞也。此間下次引此土耽荒之例。赫赫盛也。如此盛周為欲所滅。褒姒者。昔夏后氏之衰有二龍止於夏庭。自言。余褒姒之二先君也。龍亡而𣺶在櫃而韞之。夏亡以此器傳於殷。殷亡又傳於周。三代莫之敢發。至于幽王末年發之。𣺶流于庭。使婦人裸而噪之。化為玄黿入王後宮。後宮有未齓童女遭之。既笄而孕。無夫而生。懼而棄之於路。有夫婦夜聞其啼哀而收之。遂亡奔於褒國。褒人贖罪請入童女於幽王。女出褒國故云褒姒。幽王三年於後宮見而愛之。生子伯服。乃廢申后及太子。立褒姒與伯服。姒不好笑。笑則百二十媚。幽王欲其笑打賊鼓舉鋒火。諸侯悉至而無寇。姒乃大笑。幽王數為之。諸侯後遂不至。至十一年申侯與犬戎共攻幽王。幽王舉鋒火打賊鼓徵兵莫至。遂殺幽王虜褒姒。盡取周賂而去。申侯乃與諸侯立太子。貪狼者貪心如狼也。聲欲者。聲相不停。愚夫不解積聚生著。嬌媚妖辭等者。如婆沙中云。佛未出時。帝釋常詣提波延那仙人所聽法舍脂念云。帝釋捨我欲詣餘女。隱形上車到仙人所。帝釋見乃語言。仙人不欲見女汝可還去。苦不肯去。帝釋以蓮荷莖打之。舍脂乃以軟語謝帝釋。諸仙聞聲起欲。螺髻落地失通。乃至世間一切染語皆生人欲。故應訶之。絲竹弦管等者。自古有樂不出八音。土曰塤。今童子猶吹之。匏曰笙皮曰鼓。竹曰管絲曰絃。石曰磬。金曰鍾。木曰柷。所以作樂調八音。改人邪志全其正性。移風易俗。今之樂者並鄭衛之聲。增狂逸壞正性。是故須訶。如論云。五百仙人在雪山中住。甄迦羅女於雪山浴而歌。聞其歌聲失諸禪定。心醉狂逸不能自轉。在指者為環。在臂者為釧。鈴佩等並取以飾女身者發聲。故能生欲。次香欲中言欝茀者。茀香繁貌也。氛氳祥香也。芬芳香雜氣也。酷烈亦香盛貌也。郁毓軟美之香也。於依正香並不應著。人謂著香少過今則不然。開結使門杜真正路。百年持戒能一時壞。大論云。如有羅漢入龍宮受龍請食。餘鉢令沙彌洗。鉢中殘輒嗅之甚香美。便作方便入繩床下。手捉床脚俱入龍宮。龍言。何以將未得道者來。師言。不覺。沙彌得食美。見龍女香妙端正無比。生大染著。內心發願。願當作福奪此龍處。龍言。勿復將此沙彌來。沙彌還。一心修施戒願早成龍。是時繞寺足下水出。自知龍業已成。至師本入處大池邊。袈裟覆頭而死。變為大龍。福德大故即殺彼龍。舉池盡赤。未死之前師及徙眾訶之。答言。我心已定。師將眾僧就池看之。歎云由著香故致使爾也。復有比丘著池華香。為池神所訶。後人拔壞池神不責。比丘反責池神。神云。比丘如白淨㲲有黑易見。俗如黑物人所不見。何足可怪。味欲中珍貴也。即妙味也。肴字正從食者非今意。詩傳云。非穀而食者曰肴。肴𦵔也。說文從肉者啖也。肥腴者。說文云。腹下肉也。津潤也。膩等並脂膏之類。以著味故當受洋銅灌口。以著味故墮不淨中。如一沙彌心常愛酪。檀越供僧沙彌每得餘殘。愛著不離。死生餘殘酪中。師得羅漢。僧分酪時云。徐徐莫傷愛酪沙彌。人問其故。答言此蟲本是我沙彌。以愛酪故生此酪中。為是義故。應須訶味。觸欲者。生使之本繫縛之緣。何以故。餘欲於四根各得其分。唯此觸欲徧滿身受。生處廣故多生染著。此著難捨。若墮地獄還以身觸受苦萬端。此觸名為大黑暗處。論云。如劫撥仙人經云。過去有仙名曰劫撥。得五神通。王所敬重飛行往反。王自捧仙布髮與行食。手自斟酌積有歲年。王有務遠行。王有一女端正無比。王告女言。吾奉事仙不敢失意。吾今遠行汝供如我。彼仙飛至女以手擎坐著按上。觸女柔軟即起欲意。欲盛失通步行出宮。眾人集看。王聞往看稽首說偈訶仙人。仙人言。實如所言。此五過患者下五譬如文。又摩訶衍云。哀哉眾生常為五欲之所惱亂。而猶求之不已。如狗齧枯骨如踐毒蛇。此五欲者。與畜生不異。齡者年也。觀心訶欲者。初文舉欲能生三諦。常無常等即是二邊。第一義諦即是中道。欲中既有三諦之味。何不觀之令生觀解。而但著世間麁惡欲染。一何誤哉。故大論下明欲中亦生無量諸見。欲是鈍使。復更生於無量諸見。利鈍具足咸生欲中。此為下文三觀所觀之境。今觀下即能觀之觀。次第觀中。先明空觀即析體不同。且此二空豈與老莊同耶。莊曰。五色亂目使目不明。五聲亂耳使耳不聰。五臭亂鼻因悛中顙。五味噣口使口厲爽。取捨滑心使性飛揚此五生害害於五根。老語大同。彼教雖云害生不知害生之本。唯知為五所害永迷去害之方。悛字(七全切)噣字(竹救切喙也喙字許穢切口也)當知老教未始無色奚嘗不盲。乃至滑心亦可比說。假觀中云猶名受入色空者。斥前空觀。若不能了色中一切佛法。但名領受取著色空。中觀可見。故釋論云下重斥小也。故知二乘不見色實。深訶下出理訶之意。事中訶欲復兼圓理。方可得為圓家方便。故云意在於此。人不見此用是文為。上下咸然請垂致意。

○第二に五欲を呵(いまし)める中で、文には五つ、義には五つあり、意はただ一つにあります。五つの義にもまた二つがあり、いわゆる事と理です。以下の文の意は五縁と同じです。まず事、次に理です。繫とは絆(つなぐ)という意味です。五つの中の一つ一つはみな依報と正報の二つについて、有情と無情にわたって欲を生じます。色を貪るとは、論に云うには、たとえばある人が良い果実に貪り執着して、木に登った時に降りようとしません。その時、人が木を倒せば木は傾いて堕ちます。身も首も壊れて、これによって死にます。それゆえ呵(いまし)める必要があるのです。眸とは眼珠のことです。睞とは横目で見ることです。また云うには、眸とは目の童子(ひとみ)のことです。孟子に云うには、心が正しければ眸(ひとみ)は明るいと。翠とは翡翠(かわせみ)のことです。異物誌に云うには、高い木に巣を作り、地面から六七丈離れています。夷人が木に登ってその子を取ります。説文に云うには、赤雀は形が燕ほど大きく、翅の羽は碧色です。今は翅の色に従って眉の色と名づけます。皓とは白光のことです。また特に白いという意味でもあります。難陀が欲のために戒を持とうとしたようなものです。入胎蔵経に云うには、世尊が迦毘羅城におられた時、仏は難陀の受戒の時が来たことを知り、門に至って光を放ち宅を照らしました。難陀は云いました、きっと世尊だ、と。使者を遣わして見させると果たして世尊でした。難陀が自分で見ようとすると、婦(妻)が云いました、もし出て見ることを許せば必ず出家させられる、と。すぐにその衣を引きました。難陀が云いました、少ししたら戻る、と。婦が云いました、額の湿りが乾かないうちに戻らねばならない、と。答えは約束の通りだと。仏は鉢を取らせて飯を盛らせ、飯を盛って出ると仏はすでに去って阿難に渡しました。阿難が言いました、誰から鉢を得たのか、と。答えて言いました、仏から鉢を得た、と。阿難が言いました、仏に送り返しなさい、と。難陀はすぐに仏に鉢を送りに行きました。仏は剃髪させました。剃る者に語って言いました、刀を持って閻浮提王の頂に臨んではならない、と。また思いました、しばらく世尊に従い、夕方には帰ろう、と。仏はその思いを知って大きな坑を化現しました。もし命終すればどうして帰れましょうか。仏は阿難に告げました、難陀に知事をさせなさい、と。阿難は仏の言葉を伝えました。難陀が言いました、知事とはどういうことか、と。阿難が曰く、寺中で検校することです、と。問う、何をするのか、と。答える、諸比丘が乞食に行ったら、掃地し灑水し新しい牛糞と浄土を取るべきです。失落を防守し、僧と共に門戸を閉めるなどです。暁になれば門を開けて掃灑し、大小便の処もします。僧が去った後は、僧のために門を閉めようとします。西を閉じて東を開き、東を閉じて西を開くなどです。念じて曰く、たとえ失落があっても、私が王となった時には、さらに百千の良い寺を今日の倍も造ろう、と。すぐに家に帰り、大道を行きました。仏が還られるのを恐れて小道から行きました。そこで仏の帰りに逢い、樹の枝に隠れました。風が吹いて身が現れました。仏が問いました、何故来たのか、と。答える、婦(妻)を憶います、と。仏はそのまま城を出て鹿子母園に至り、仏が問いました、汝はかつて香酔山を見たことがあるか、と。答える、見ていません、と。仏は衣の角を捉えさせて飛びました。しばらくして山が見えました。山の上に果樹がありました。樹の下に雌の弥猴が一匹いて、片目が焼かれていました。仏が問いました、天と比べてどうか、と。答える、天には欲がないのにどうしてこれと比べられましょうか、と。問う、汝は天を見たか、と。答える、見ていません、と。仏は衣の角を捉えさせて三十三天に至りました。遊観させて歓喜園に至りました。婇女を見、また交合園などを見ました。種々の音声を聞きました。ある処に天女が一人いて夫がいませんでした。仏に問いました。仏は天に問わせました。天が答える、仏の弟・難陀が持戒してここに生まれます。私の夫となるでしょう、と。仏が難陀に問いました、天女は孫陀利と比べてどうか、と。答える、天は孫陀利と比べると、孫陀利を瞎弥猴と比べるようなものです、と。仏が言いました、梵行を修めるにはこのような利益があります。汝は今持戒してこの天に生まれるでしょう、と。時に仏は共に逝多林に還りました。時に難陀は天宮を慕って梵行を修めました。仏は衆僧に告げました、一切は難陀と同じ法事をしてはならない、と。一切の比丘はみな共に住し坐起しませんでした。自ら念じました、阿難は私の弟だ、私を嫌わないだろう、と。すぐに共に坐りに行きました。阿難は立ち去りました。問うて言いました、弟よ何故兄を棄てるのか、と。阿難が言いました、しかし仁者の行は別なので相違するのです、と。問う、どういうことか、と。答える、仁者は天に生まれることを楽しみ、私は寂滅を楽しみます、と。聞いて倍々憂悩を生じました。仏がまた問いました、汝は捺落迦を見たか、と。答える、見ていません、と。衣の角を捉えさせて、すぐに諸獄を見ました。みな治人(獄卒)がいました。ある処には人がいませんでした。仏に問いました。仏は獄卒に問わせました。獄卒が答えて言いました、仏の弟・難陀が天に生まれるために修行しています。しばらく天上にいて、またここに来て苦を受けます、と。難陀は懼れて涙が雨のように下ちました。仏にその事を述べました。仏が言いました、天の楽のために梵行を修めるにはこのような過があります、と。仏は共に逝多林に還り、広く胎相を説きました。難陀はこれによって初めて発心しました。解脱のために持戒し、後に阿羅漢果を得ました。もし衆の中に入る時は、まず女人を観ます。残りの習気のためです。今はしばらく過の辺から論じて果を得たことは論じません。国王が耽荒無度などとは、大きいものを国と言い、小さいものを邦と言います。一貫をもって三つを名づけて王と言います。三とは三才、すなわち天地人です。俗の中では三界の諸天があることを知らないからです。すなわち頻婆娑羅王は欲色のために身を怨国に入れました。婬女梵摩の房の中です。優填王は欲色のために五百仙人の手足を截りました。大論十九に出ています。耽とは、爾雅に云うには、久しく楽しむことです。もし酉に従うものは酖酒の字です。荒とは縦楽して厭くことがないことです。宗とは尊です。廟とは貌です。尊貌の居る所を謂います。社とは后土のことです。土とは吐です。土の生ずる所は口が物を吐くようなものです。すなわち地神です。国語に云うには、九土を平らげたので祀って神としました。田正です。また云うには、黄天を戴き后土を履むと。土地は広くて尽く敬うことはできません。ゆえに封じて社としました。稷とは五穀の総名です。すなわち五穀の神です。ゆえに天子の居る所は、左に宗廟、右に社稷です。四時五行を布列します。ゆえに国が亡ぶことを社稷を失うと言います。すでに怨国および婬女の房に入ったので、社稷は壊れたのです。此間の次は、この土の耽荒の例を引きます。赫赫とは盛んなことです。このように盛んな周が欲のために滅ぼされました。褒姒とは、昔、夏后氏の衰えた時、二匹の龍が夏の庭に止まりました。自ら言いました、余は褒姒の二人の先君である、と。龍が亡んで𣺶(唾液)が櫃にあり、これを韞(おさ)めました。夏が亡ぶとこの器をもって殷に伝えました。殷が亡ぶとまた周に伝えました。三代これを敢えて開きませんでした。幽王の末年になってこれを開きました。𣺶が庭に流れました。婦人を裸にしてこれを噪(さわ)がせました。化して玄黿となり王の後宮に入りました。後宮に未齓の童女がいてこれに遭いました。既笄にして孕みました。夫なくして生みました。懼れてこれを路に棄てました。ある夫婦が夜その啼き声を聞き、哀れんでこれを収めました。遂に亡奔して褒国に至りました。褒人が罪を贖うために童女を幽王に入れることを請いました。女は褒国から出たので褒姒と云います。幽王三年、後宮で見てこれを愛しました。子の伯服を生みました。すなわち申后および太子を廃しました。褒姒と伯服を立てました。姒は笑うことを好みませんでした。笑えば百二十の媚がありました。幽王はその笑うことを欲して賊鼓を打ち鋒火を挙げました。諸侯は悉く至りましたが寇はありませんでした。姒はそこで大笑しました。幽王はしばしばこれを行いました。諸侯は後についに至りませんでした。十一年に至り、申侯が犬戎と共に幽王を攻めました。幽王は鋒火を挙げ賊鼓を打って兵を徴しましたが誰も至りませんでした。遂に幽王を殺し褒姒を虜にしました。尽く周の賂を取って去りました。申侯はそこで諸侯と共に太子を立てました。貪狼とは貪りの心が狼のようなことです。声欲とは、声相は止まらないものです。愚夫は解せずに積聚して執着を生じます。嬌媚妖辞などとは、婆沙の中に云うには、仏がまだ出られない時、帝釈が常に提波延那仙人の所に詣でて法を聴きました。舎脂が念じました、帝釈は私を捨てて他の女の所に詣でるのだ、と。形を隠して車に上り仙人の所に到りました。帝釈は見てすぐに語って言いました、仙人は女を見ることを欲しません、汝は還り去りなさい、と。苦しくも肯んじて去りませんでした。帝釈は蓮荷の茎でこれを打ちました。舎脂はそこで軟語で帝釈に謝りました。諸仙は声を聞いて欲を起こしました。螺髻は地に落ち通を失いました。乃至、世間の一切の染語はみな人の欲を生じます。ゆえにこれを呵(いまし)めるべきです。糸竹弦管などとは、古来より楽は八音を出でません。土は塤と言います。今も童子がなおこれを吹きます。匏は笙と言い、皮は鼓と言い、竹は管と言い、糸は絃と言い、石は磬と言い、金は鍾と言い、木は柷と言います。ゆえに楽を作って八音を調え、人の邪志を改めてその正性を全うし、風を移し俗を易えました。今の楽はみな鄭衛の声です。狂逸を増し正性を壊します。それゆえ呵(いまし)める必要があるのです。論に云うようなものです、五百の仙人が雪山の中に住んでいました。甄迦羅女が雪山で浴して歌いました。その歌声を聞いて諸禅定を失いました。心は酔い狂逸して自ら転ずることができませんでした。指にあるものを環と言い、臂にあるものを釧と言います。鈴佩などはみな取って女身を飾るもので、声を発します。ゆえに欲を生じることができるのです。次に香欲の中で欝茀と言うのは、茀とは香が繁い貌です。氛氳とは祥香です。芬芳とは香の雑じった気です。酷烈もまた香が盛んな貌です。郁毓とは軟美の香です。依正の香についてみな執着すべきではありません。人は香に執着するのは少しの過だと言いますが、今はそうではありません。結使の門を開き真正の路を杜(ふさ)ぎます。百年の持戒も一時に壊すことができます。大論に云うには、ある羅漢が龍宮に入り龍の請を受け食を受けました。余りの鉢を沙弥に洗わせました。鉢の中の残りをすぐに嗅ぐと非常に香美でした。そこで方便を作して縄床の下に入り、手で床の脚を捉えて共に龍宮に入りました。龍が言いました、何故まだ道を得ていない者を連れて来たのか、と。師が言いました、気づきませんでした、と。沙弥は食の美を得、龍女の香の妙・端正無比を見て、大いに染著を生じました。内心に発願しました、福を作ってこの龍の処を奪おう、と。龍が言いました、再びこの沙弥を連れて来ないでください、と。沙弥は還り、一心に施戒を修し、願って早く龍になろうとしました。この時、寺を繞ると足の下に水が出ました。自ら知りました、龍業すでに成ったと。師の本の入り処の大池の辺に至り、袈裟を頭に覆って死にました。変じて大龍となりました。福德が大きいので即ち彼の龍を殺しました。池を挙げて尽く赤くなりました。死ぬ前に師および徒衆がこれを呵(いまし)めました。答えて言いました、我心はすでに定まった、と。師は衆僧を将いて池に就いてこれを見ました。歎じて云いました、香に執着したためにこのようなことに至ったのだ、と。またある比丘が池の華の香に執着しました。池神に呵(いまし)められました。後人が抜き壊しましたが池神は責めませんでした。比丘は反って池神を責めました。神が云いました、比丘は白浄の㲲のように黒があれば見やすいものです。俗は黒物のように人の見ないものです。どうして怪しむに足りましょうか、と。味欲の中の珍貴とは、すなわち妙味です。肴の字は正しく食に従うものは今の意ではありません。詩伝に云うには、穀でないのに食するものを肴と言います。肴𦵔です。説文に肉に従うものは啖(くらう)です。肥腴とは、説文に云うには、腹下の肉です。津潤です。膩などはみな脂膏の類です。味に執着するがゆえに洋銅を口に灌(そそ)がれるべきです。味に執着するがゆえに不浄の中に堕ちます。ある沙弥が心に常に酪を愛したようにです。檀越が僧に供養し、沙弥は毎回余りの残りを得ました。愛著して離れませんでした。死んで余りの残りの酪の中に生まれました。師は羅漢を得ました。僧が酪を分ける時、云いました、ゆっくりと、愛酪沙弥を傷つけてはならない、と。人がその故を問いました。答えて言いました、この虫はもと私の沙弥でした。酪を愛したがゆえにこの酪の中に生まれたのです、と。この義のゆえに、味を呵(いまし)める必要があるのです。触欲とは、生使の本、繋縛の縁です。何以故。余りの欲は四根に各々その分を得ます。ただこの触欲だけは徧く身に受けます。生ずる処が広いゆえに多く染著を生じます。この執着は捨て難いものです。もし地獄に堕ちれば還って身触で万端の苦を受けます。この触は大暗黒処と名づけます。論に云うには、劫撥仙人経に云うには、過去に仙があり名を劫撥と言い、五神通を得て、王の敬重する所で飛行往反しました。王は自ら仙の布髪を捧げて行に与え食しました。手ずから斟酌し積むこと歳年がありました。王に務めがあり遠行しました。王に一人の女があり端正無比でした。王は女に告げて言いました、吾は仙に奉事し敢えて意を失いません。吾は今遠行するので汝は我のように供養しなさい、と。彼の仙が飛び至ると、女は手で擎(ささ)げて按の上に坐らせました。女の柔軟に触れて即ち欲意を起こしました。欲が盛んになり通を失い歩いて宮を出ました。人々が集まって見ました。王が聞いて往きて見て稽首し偈を説いて仙人を呵(いまし)めました。仙人が言いました、実に言う通りです、と。この五過患は下の五喩のように文の通りです。また摩訶衍に云うには、哀れなるかな衆生は常に五欲のために悩乱されるのに、なおこれを求めて已みません。狗が枯骨を齧るように、毒蛇を践むように。この五欲は畜生と異なりません。齢とは年です。観心で欲を呵(いまし)めるとは、初めの文に欲が三諦を生ずることを挙げます。常・無常などはすなわち二辺です。第一義諦はすなわち中道です。欲の中に既に三諦の味があります。何故これを観じて観解を生じさせないのでしょうか。ただ世間の麁悪な欲染に執着するのみです。なんと誤ったことでしょうか。ゆえに大論の下に欲の中にもまた無量の諸見を生ずることを明かします。欲は鈍使です。さらにまた無量の諸見を生じます。利鈍具足してみな欲の中に生じます。これは下文の三観の所観の境です。今観の下はすなわち能観の観です。次第観の中では、まず空観を明かし、すなわち析空と体空の不同です。かつこの二空はどうして老荘と同じでありましょうか。荘に曰く、五色は目を乱して目を不明にし、五声は耳を乱して耳を不聡にし、五臭は鼻を乱して悛(いた)みて中顙に至り、五味は口を噣(あら)い口を厲爽にし、取捨は心を滑(みだ)り性を飛揚させます。この五は生じて五根を害します。老の語も大同です。彼の教は害生と言うけれども害生の本を知りません。ただ五に害されることを知って永く害を去るの方に迷います。悛の字は(七全切)、噣の字は(竹救切、喙なり。喙の字は許穢切、口なり)。まさに知るべきです、老の教は未始めから色がないわけではなく、どうして盲でないことがありましょうか。乃至、滑心もまた比べて説くことができます。仮観の中に猶名受入色空と言うのは、前の空観を斥けます。もし色中に一切の仏法を了することができなければ、ただ領受取著色空と名づけるだけです。中観は見るべきです。ゆえに釈論に云う下は重ねて小を斥けます。ゆえに知る、二乗は色の実を見ません。深訶の下は理訶の意を出します。事の中で欲を呵(いまし)めるのはまた円理を兼ねます。まさに円家の方便とすることができるのです。ゆえに意はここにあると云います。人はこの用を見ずに文を是とします。上下みな然り、どうか意を致してください。

止觀輔行傳弘決卷第四之三

止觀輔行傳弘決 巻第四の三

止觀輔行傳弘決卷第四之四

止観補行伝弘決 巻第四之四

唐毘陵沙門湛然述

毘陵の沙門湛然が述べる

第三棄蓋中文義同前。於中初文列數。釋名辨異。舉譬引證等文。並可見。婆沙四十八云。此五蓋中三事各立。謂貪瞋疑。二事共立。謂睡眠掉悔。俱舍云。食治用同故。貪以妙欲為食。不淨觀為治。瞋恚以可憎相為食。慈心觀為治。疑以三世相為食。緣起觀為治。故各立一。昏沈睡眠以五法為食。一懵憒。二不樂。三嚬欠。四食不平等性。五心羸劣性。以毘鉢舍那為治。舊名睡眠即昏沈是。掉舉惡作以四法為食。一親里尋。二國土尋。三不死尋。四念昔事尋。以奢摩他為治舊名掉悔。掉即舉也。悔即惡作。故共立一。問。何故前三各各立一。後二二二立一。答。前三獨能辦。後二共方辦。如人辦事有共有獨。今此文列疑在後者。以前四蓋遍有疑故。而前四增強從四為蓋 雙隻之意還依論文。若大乘經意通至金剛。具如後釋。前訶欲下即辨異也。前所訶欲對塵發識。非直五識得五欲名。必須同時意識緣現五塵。起五意識分別想著起希須心。故名為欲。今此五蓋方云轉入意地者。謂前五塵至入禪時。意地猶染能覆禪定。故名為蓋。前欲一向對順情塵。蓋通違順對定以說。舉譬中先舉本譬。次重譬。云如毒樹等者。文雖同前義意則異。令有蓋必棄如有毒必剪。檢賊亦然大品下引證中。云離欲及惡法者。俱舍云。蓋五唯在欲。世禪尚須離此二法。況圓頓修耶。貪欲蓋起下次辨蓋相。初貪欲中云開結使門。九結與八十八使並因欲入。以思香故通結使入。香為能通名結使門。又云。結使即門名結使門。以能使行者至惡道故。銜命曰使為結所使故也。三世九惱者。文通列三。謂一惱我二惱我親。三讚我怨。三世各爾。故合為九。問。過去已去未來未至云何名惱。答。惱雖過未境實現在。與時相值則生於惱。及以過去曾惱於我。若離瞋者雖有惱境惱心不生。如釋提婆那以偈問佛。何物殺安隱。何物殺無憂。何物毒之根。吞滅一切善。佛答。殺瞋則安隱。殺瞋則無憂。瞋為毒之根。吞滅一切善。眠名增心數法者。此中總說睡眠之法。能令心數增長不息。彼俱舍中約法相者云。睡眠遍不違。若有皆增一以通三性故也。善心所有二十二法俱起。十大地十大善地及尋伺。有時增惡作。不善心所有二十。謂大地十。大煩惱地六。大不善二。尋伺二。四煩惱忿等。惡作二十一。有覆有十八。無覆許十二。如前心品中。若有皆增一。薩遮尼乾經云若人多睡眠等二行偈。具如今文。釋論云者。大論總有八偈(云云)。大經云。如人喜眠眠則滋多。掉悔蓋相者。掉動也。掉之為法破出家心。攝猶不定況更掉散。大論十九偈曰。汝已剃頭著袈裟。執持瓦鉢行乞食。云何樂著戲論法。放逸縱恣失法利。薩遮經云。戲論垢染心心不住三昧。為智者所訶行者不解脫。欲得速利益。應離諸放逸。論云。所言悔者二種。一掉後生悔。二如重罪人常懷怖畏。悔箭入心堅不可拔。今亦具二。初文即初意。次若人下即第二意。故大論十九云。若人有二種。應作而不作不應作而作。是則愚人相。不以悔心故不作而能作。諸惡事已作不能令不作。初句總標。次三句初意。次四句第二意。故寶積經中有菩薩得宿命智。知億多劫所作重罪。以憂悔故不證無生。時文殊師利知其念已。於大眾中把刀害佛。佛言。若欲害我為善害我。文殊白佛。云何名為若欲害我為善害我。佛因廣說一切諸法皆如幻化。若能如是是善害我。菩薩由是照知宿罪皆如幻化。得無生忍。疑中言猶豫者。是不決之總名。猶者。爾雅云。如麂善登木。尸子言。五尺大犬曰猶。說文云。隴右謂犬子為猶。亦貜屬。言此犬子。或隨人行時前後不定。故名猶豫。疑雖有過然須思擇。於自身心決不應疑。師法二疑須曉其時。若未入三昧來。於此二法若不疑者。或當復雜邪師邪法。故應熟疑善思擇之。疑為解津此之謂也。師法已正依法修行。爾時三疑永須棄捨。五蓋病相下明棄蓋法。此則結前生後。亦先事次理。行者下明設治之法隨彊者故。若貪下正明用治。不淨治貪者且約實觀。具如第七卷中。治瞋中云二世者過現也。亦如第七第九。治睡中云如向寶山等者。大論釋信中云。以信為手。如人無手入寶山中無有所得。不信之人入佛法寶山。都無所得。以不信故則生疑惑。若有信者入佛法中不空剃頭能問能答。當知出家之人寶山悉至。寧空手歸。杖毱貝等者。杖者謂禪堂中行。祇律云。以竹為杖。長八肘物裹兩頭。令下座行之。不得拄脇以拄其前。三搖不覺左邊拄之言毱者皆以毛毱著其頂上。睡則墮地覺已策發。律云。若有睡者以毱擲之。貝者吹令出聲以警睡者。星者佛法唯許解睡觀星。餘一切時制。或復以水洗其足面。婆沙云。從日沒至日出。結跏趺坐勤行精進。頂安禪鎮行禪毱法杖。亦更有餘聖者治法。如育王經云。一比丘喜睡。毱多和尚化作一鬼七頭。手把樹杖懸在空中。見已還本住處。和尚語言。可坐禪。若睡還來。精進得道。又一比丘多睡。見鬼毱多。毱多語言。鬼不足畏。為鬼所殺不入生死。為睡所殺生死無窮。比丘還房坐禪得定。又如譬喻經云。有一比丘飽食入房睡。佛知過七日當死。佛至其房彈指寤之。說偈警之。寤已禮佛。佛言。汝維衛佛時作沙門貪利養不習經教。飽食却睡不惟非常。命終墮於䱵蟲蚌蟲螺蟲中。五百萬歲常處黑暗不樂光明。一睡經百歲乃覺不求出家。今為沙門。云何更睡不知厭足。比丘聞自悔自責。五蓋即除成第四果。此乃聖者知機警睡之方。治疑中云雪山從鬼請偈者。具如大經雪山童子中說。天帝拜畜為師者。未曾有經上卷。佛言。憶念過去無數劫時。毘摩大國徙陀山中有一野干。而為師子所逐欲食。奔走墮井不能得出。經於三日開心分死而說偈言。禍哉今日苦所逼。便當沒命於丘井。一切萬物皆無常。恨不以身飴師子。南無歸命十方佛。表知我心淨無己。時天帝釋聞佛名。肅然毛竪念古佛。自惟孤露無導師。耽著五欲自沈沒。即與諸天八萬眾。飛下詣井欲問詰。乃見野干在井底。兩手攀土不得出。天帝復自思念言。聖人應念無方術。我今雖見野干形。斯必菩薩非凡器。仁者向說非凡言。願為諸天說法要。於是野干仰答曰。汝為天帝無教訓。法師在下自處上。都不修敬問法要。法水清淨能濟人。云何欲得自貢高。天帝聞是大慚愧。給侍諸天愕然笑。天王降趾大無利。天帝即時告諸天。慎勿以此懷驚怖。是我頑蔽德不稱。必當因是聞法要。即為垂下天寶衣。接取野干出於上。諸天為設甘露食。野干得食生活望。非意禍中致斯福。心懷踊躍慶無量。於時野干自念言。我得宿命知過去(云云)。令諸天敷座(云云)。天帝說得免井厄(云云)。野干廣說有人樂生惡死。有人樂死惡生(云云)。天帝問。濟命無功德施法有何功德。野干廣說施法功德(云云)。乃云。過去有王名阿逸多。初持十善。後為邊國進女贈寶。因即奢侈墮於地獄。出獄墮鬼。從鬼復念宿命十善。從鬼墮畜為野干身。我墮分死冀得生天。以由汝故違我本願。是故說言濟命功少。天帝難言。世尊所說善人求死。是事不然。若欲求死何故入衣。答言。有三意故。一者順於天帝意。二為諸天得聞法。三為通化宣傳法。復為天帝廣說法門(云云)。大論云。不以囊臭等者。大論九十六波崙緣中。若有弟子見師過者。若實不實其心自壞失法勝利。故空聲告言。莫見師過。應自念薄福不值於佛。今值惡師。不應念過自妨般若。若師有過不預於我。我從師求般若。如狗皮囊盛好寶物不以囊臭而棄其寶。如罪人把炬等。具如四三昧中引。萬川者水會而為川。川大而自穿。穿通也。普超經云等者。今引稍略。彼經下卷佛授闍王記竟。告舍利弗。人人相見莫相平相。所以不當平相人者。人根難見。獨有如來能平相人。行如如來可平相人。賢者舍利弗及大眾會。驚喜踊躍而記斯言。從今日始盡其形壽。不觀他人。不敢說人某人趣地獄。某人當滅度。群生之行不可思議。佛法如海唯信能入者。孔丘之言尚信為首。況佛法深理無信寧入。故云。兵食尚可去信不可去。華嚴信為道元功德母等。如諸聲聞得羅漢已。四智究竟二脫當滿。豈更進求大乘之道。故自述云。不復進求阿耨多羅三藐三菩提。言以信得入者。若不於方等被彈而生信心。安能至法華得授記莂。和伽利者。第一本云。有老年者初始出家。未有所識。在僧伽藍為小沙彌戲曰。與汝初果。令其坐已即以毛毱著其頭上。語言。此是初果。以信心故即獲初果。即語沙彌。我已得初果。沙彌復弄之曰。如是依前。四度為之至第四果。毱多教弟子上樹者。付法藏傳云。南天竺有族姓子出家學道。愛著自身洗浴塗香好美飲食。身體肥壯不能得道。往毱多所求受勝法。尊者觀知以著身故不得盡漏。語言。若能受者當授汝法。答言。受教。即化作大樹令其上之。四邊變為深坑千仞令放右手。如言即放。如是次第乃至都放。分捨身命至地不見深坑及樹。為說法要得第四果。狐疑者。狐是獸一名野干。多疑善聽。時人云狐疑蓋因此也。此獸為鬼所乘。時人以之為精媚。有云。黃河水厚。欲度河時委聽水聲聲絕方渡。覆器者。信無故如器覆。大論云。羅云自小多喜妄語。以妄語故令無量人不得見佛。佛欲調之。遠行還令汲水。佛脚挑澡槃覆令其注水。答云。器覆水不入。佛言。汝如覆器法水不入種種訶責。今借譬疑亦同覆器。問下料簡。答中先出多解不同。初文者。既有門戶詮次不以無知能到。故是障也。出入有由故云門戶。始自欲界麁細等住。乃至非想名為詮次。餘文可解。雖各異計。準今文意應隨人判。問下先問起蓋相。為長遠之由。次廣開下出長遠之相。阿毘曇下斥偏也。近惑既以覆相而說。當知非但覆於貪愛瞋恚等相。存沒不同。亦以近覆遠。未云五蓋通至佛地。上棄下示其偏計近蓋之相。未發禪來所有五蓋皆名鈍使。如前辨蓋相文是也。利使下次明利使五蓋。指前隨自意中邪空之人。此為利使之例。由此使故生於五蓋。亦如前明五欲中六十二見。皆名為欲。即利鈍兩蓋皆為觀境。從呵棄下明破蓋入空。且結初果者。且從破利使為名故也。從初果下。復約初果為鈍使五蓋之相。為後三果之所破也。例初果蓋相以辨二三果上蓋相。復次依空下明出假上蓋而依空起。言五種鹽者。大論二十四云。六師不聽食五種鹽。未審彼土五鹽如何。若此土五鹽。謂顆鹽綠鹽赤鹽白鹽印鹽。鹽有多類大略五耳。西方準此亦應可見。有阿羅漢為他所問。何名赤鹽。不識所從而問三藏。三藏云。鹽是味赤是色。未曉小事者由未有出假智故。既是不了義當於睡。依中起蓋中云大樹折枝等者。大論三十云。譬如空澤有樹名奢摩黎。枝觚廣大眾鳥集宿。一鴿後至住一枝上。枝觚即時為之而折。澤神問言。鷳鷲皆能任持。何至小鳥便不自勝。樹神答云。此鳥從我怨家樹來。食彼尼俱類樹子來棲我上。或當放糞子墮地者惡樹復生。為害必大。是故懷憂。寧捨一枝所全者大。菩薩摩訶薩亦復如是。於諸外道天魔諸使及惡業等。無如是畏。而畏二乘。二乘於菩薩摩訶薩邊亦如彼鳥。壞彼大乘心永滅佛乘心。論中明三乘共位以大斥小故對二乘心。今借彼文亦且依彼云二乘心。若準今文意。應云不喜二邊心如不宿冤鳥。以不喜故義當於瞋。大論云等者。證地地中皆有無明。有無明故即有五蓋。故大論釋大品云。經前後文何故處處說破無明三昧耶。答。法愛難斷故處處說破無明三昧。此即真道法愛不同似愛。是則初住雖破一品品品須破。若暗證家謂纔知真理即是佛者。不曉教相故也。是故今云菩薩比佛猶有漏失。是則等覺比佛猶有一品漏失。況復下地。地持云第九等者。論文以等覺當第九禪。第九禪名離一切見。故知等覺猶修離見。故見義不近。故云唯佛究竟。乃至八萬四千秖是四分。四分秖是五蓋。所以佛地方盡五蓋。復次下約一心棄蓋。前雖三諦以次第故。非是一心。於中初文先斥次第。故云後不關前。況復分屬三人不同。以凡夫有利鈍乃至菩薩有俗蓋。故云凡夫時所棄。乃至菩薩時所棄等。地攝下引二論明次第之計。圓釋下引佛化儀以證圓教。然圓頓教本被凡夫。若不擬益凡夫。佛何不自住法性土。以法性身為諸菩薩說此圓頓。何須與諸法身菩薩。示於凡身現此三界耶。若待下正結示。一心在凡即可修習。故大品下引經示相。經中既明欲具諸法。當知欲蓋即是法界。故一切法皆趣於欲。釋趣下釋出經意。先略。次廣。初文略者秖是三諦。三諦秖是趣等三耳。略即不可思議。不可思議難見故。從今更下。廣約思議以示不可思議相也。下去諸文皆先明思議。次撮思議成不思議。上來諸文皆先次第。次明不次。唯此一文後以思議釋不思議。故知前後廣略相顯。但在通理文相何恒。人不見之隨文生想。逐語迷文。便於此部而欲簡擇此文可修彼非修者。未見今家始終大體。識大體已。簡與不簡旨在其中。故於略文善須曉意。故大論十七云。如禪棄蓋攝心一處。是菩薩以利智慧觀於五蓋。無所棄捨。於禪無取知諸法空。非內非外亦非中間。若得諸法實相則知五蓋空無所有。是則名為知蓋實相是禪實相。菩薩亦爾。知欲及蓋禪及枝林。一相無相依之修入。是為禪波羅蜜。乃至四念亦復如是。次廣釋中云欲為法界者。即指最初一念欲心。於中已具十法界性。必能次第生於欲界。始終並在初一念中。故云一切法之根本。言一切法者因果中間始終諸法也。故云如初起欲覺已具諸法等。以不知故便謂輕心其過輕微。向若已知諸法具足。即驚怖毛竪。豈令身口造趣迷荒。初試歇熱等者。蘊積欲想內熱於心。初一行之似如稍歇。續起續行無時暫捨。故使未曾於一餐食一啜飲頃。而離欲想。或偷或劫等者。隱匿不與取名偷。即是私通人法所護者是。對面不與取名劫。即是彰灼彊奪所護之境者是也。逼謂抑他有護無護情不願者是也。貿謂於非護境衒賣求財者是也。如是等者等取非上諸類。但是形交遂欲事者。若得此境等者。夫以下薦上為供。以卑資尊曰養。是人棄於三寶勝田。唯尚五欲穢境供給所須。故云供養。法華疏云。施其依報名為供養。第一本云。若得此境大須供給。語雖似順不及今文。得欲境已不問貧富。皆生過罪。適有此有等者。纔趣欲境名為適有。欲業已成名為此有。未來招報名即有生死。世世增長故遍受果。亦復因於殺盜等故。受果亦遍。欲法界外無復別法。且舉一念具足利鈍。利鈍遍於十方三世。亦由利鈍生於三諦。當知欲法攝諸法盡。此即一念欲心具六界法。以為觀境。如上者上所明利鈍也。云下推於欲空約四句三世。三世中云過去欲緣等者。落謝五塵名為過去。塵雖過去猶發現欲。名為欲緣。現在欲想名為欲因。行於欲事名所生法。此法必能招於苦果。今推三世皆不可得。橫竪者結前兩推。橫謂四句竪為三世。既識下明觀蓋為假也。譬云對寇設陣者。寇賊也。其寇若多設陣必廣。所破既大其勳益高。欲廣功深故是勳本。破欲入位名為大功。位具諸法名大富貴。貪欲為種者能生佛故。於一念心分別無量。故能出生無量法門。欲如薪多糞壤。觀如火猛華生。合譬可知。此且約俗諦說也。壞者。尚書云。土無塊曰壞。俗諦若成位在七八等信。故云能淨諸根。如此下判位。

第三に蓋を捨てることを説明する。その意味は前と同じである。この中の初めの文では、数を列挙し、名前を解釈し、違いを明らかにし、譬えを挙げて証拠を引くなどの内容が見られる。

『毘婆沙論』48巻にこうある。「この五蓋のうち、三つのものはそれぞれ別個に立てられている。すなわち貪欲・瞋恚・疑いである。二つのものはまとめて立てられている。すなわち睡眠と掉悔である。」『倶舎論』には「食(原因)と対治法が同じであるからである」とある。貪欲は美妙な対象を食(原因)とし、不浄観を対治法とする。瞋恚は嫌な対象を食とし、慈心観を対治法とする。疑いは三世の対象を食とし、縁起観を対治法とする。ゆえにそれぞれ一つずつ立てられている。

昏沈と睡眠は五つの法を食とする。一にぼんやりすること、二に楽しみがないこと、三にあくびをすること、四に食事の不均衡、五に心の弱さである。これらに対しては毘鉢舎那(観察)を対治法とする。古くは睡眠といい、これが昏沈である。掉挙と悪作は四つの法を食とする。一に親族についての思考、二に国土についての思考、三に不死についての思考、四に過去の出来事についての思考である。これらに対しては奢摩他(止)を対治法とする。古くは掉悔といい、掉は挙げること、悔は悪作である。ゆえにまとめて一つとされている。

問う。なぜ前三つはそれぞれ一つずつ立て、後ろの二つはまとめて一つとするのか。 答える。前三つは単独で作用するが、後ろの二つは共に作用して初めて蓋となるからである。人が物事を行うのに、共同で行う場合と単独で行う場合があるようなものである。

この経文では疑いを最後に置いているのは、前の四つの蓋にはすべて疑いが付随するからである。前の四つが強いため、四つを蓋としている。双(二つ)と隻(一つ)の意味は、論の文に従っている。大乗経典の意味するところは金剛(最上の悟り)にまで及ぶ。詳しくは後の解釈の通りである。

前の「欲を呵責する」の下で、その違いを明らかにする。前に呵責した欲は、対象(塵)に対して識を発起させる。五識が直接五欲の名を得るのではなく、必ず同時に意識が現在の五つの塵に縁り、五つの意識が分別し、思考し、願望の心を起こす。これを「欲」と名付ける。今、この五蓋は「転じて意地に入る」という。これは、前の五つの塵が禅定に入る時に至っても、意地がまだ染まっており、禅定を覆うことができるからである。ゆえに「蓋」と名付ける。

前の欲は常に心にかなう対象に向かう。蓋は心にかなうものと心にかなわないものの両方に通じ、禅定に対して説かれる。

譬えを挙げる中で、まず根本の譬えを挙げ、次に重ねて譬える。「毒樹の如し」等とある。文は前と同じであるが、意味は異なる。蓋があるならば必ず捨てなければならないのは、毒があるならば必ず断ち切らなければならないのと同じである。賊を検査することも同様である。

「大品」以下の証拠を引く中で、「欲と悪法を離れる」とある。『倶舎論』には「五蓋はただ欲界にのみ存在する」とある。世間の禅定でさえ、この二つの法(欲と悪法)を離れる必要がある。ましてや円頓の修行においては言うまでもない。

「貪欲蓋起」の次に蓋の相を明らかにする。最初の貪欲の中で「結使の門を開く」とある。九結と八十八使は、すべて欲によって入る。香を思うゆえに結使が入る。香は通ずることができるので、「結使の門」と名付ける。また「結使すなわち門であり、結使の門と名付ける」ともある。修行者を悪道に至らせることができるからである。「命を銜(ふく)む」ことを「使」と言い、結に使われるからである。「三世九惱」とは、文には三種類が列挙されている。一に私を悩ませること、二に私の親しい者を悩ませること、三に私の怨みを褒めることである。三世それぞれにこれがあるので、合わせて九つとなる。

問う。過去はすでに過ぎ去り、未来はまだ来ていないのに、どうして「悩」と言えるのか。 答える。悩は過去・未来のものであっても、その対象(境)は実際には現在にある。時に値すると悩が生じる。また、過去に私を悩ませたものもある。しかし、瞋りを離れた者には、悩の対象があっても悩む心は生じない。

例えば、釋提婆那(帝釈天)が偈で仏に問うた。「何物を殺せば安穏となるか。何物を殺せば憂い無くなるか。何物が毒の根であり、一切の善を呑み尽くすのか。」仏は答えられた。「瞋りを殺せば安穏となる。瞋りを殺せば憂い無くなる。瞋りは毒の根であり、一切の善を呑み尽くす。」

「眠は心数を増やす法と名付ける」とは、ここでは総じて睡眠の法を説く。心数(心のはたらき)を増長させてやまないものだからである。『倶舎論』で法相について説くところには「睡眠は遍く(すべての心に)違わない。もしあれば、必ず一つを増やす」とある。三性(善・不善・無記)に通じるからである。善心には二十二の法が同時に起こる。すなわち十大地法、十大善地法、そして尋と伺である。時に悪作が増えることもある。不善心には二十の法がある。すなわち十大地法、六大煩悩地法、二大不善法、尋と伺、そして忿等の四煩悩である。悪作は二十一。有覆無記には十八。無覆無記には十二とされる。前述の心の品のように、もしあれば必ず一つを増やす。

『薩遮尼乾経』には「もし人が多く睡眠すれば」という二行の偈があり、現在の文の通りである。『釈論』(大智度論)に曰く、とある。大論には合計八つの偈がある(云々)。

『大経』(大般涅槃経)には「人が眠りを好めば、眠りはますます増す」とある。

掉悔の蓋の相について。掉は動くことである。掉のはたらきは出家の心を破る。心を摂めることさえも定まらない。ましてやさらに掉挙散乱することを言うまでもない。大論の十九偈には「汝、すでに頭を剃り袈裟を著け、瓦鉢を執持して行乞食す。云何ぞ戲論の法に楽著し、放逸に縦恣して法の利を失う。」とある。

『薩遮経』には「戲論は垢染であり、心は三昧に住することができない。智者に呵責され、修行者は解脱しない。速やかに利益を得たいと願うならば、諸々の放逸を離れるべきである。」とある。

論に曰く。「言うところの悔には二種ある。一に掉挙した後に悔いるもの。二に重罪の人のように常に怖れを懐くもの。悔の矢が心に刺さり、堅くて抜くことができない。」今もこの二つを具えている。初めの文は最初の意味である。次の「もし人…」は第二の意味である。ゆえに大論の十九に「もし人に二種あり、作るべきを作らず、作るべからざるを作る。これすなわち愚人の相である。悔いる心によって、不作をして能く作るにはあらず。諸々の悪事はすでに作りて、不作に令すること能わず。」とある。初めの句は総標である。次の三句は最初の意味、その次の四句は第二の意味である。

ゆえに『宝積経』には、ある菩薩が宿命智を得て、億多劫の重罪を知り、憂悔のために無生を証さなかった。その時、文殊師利が彼の心を知り、大衆の中で刀を持って仏を害そうとした。仏は言われた。「もし私を害そうと欲するならば、よく私を害するがよい。」文殊が仏に白して言った。「どのようなことを『もし私を害そうと欲して、よく私を害する』と名付けるのですか。」仏はこの機会に広く一切諸法は皆幻化の如しと説かれた。もしこのように悟ることができれば、これがよく私を害することである。菩薩はこれによって宿罪が皆幻化の如きものであると照らし知り、無生法忍を得た。

疑いの中で「猶豫」と言うのは、決断できないことの総称である。猶とは、『爾雅』によれば「麂の如く、木に登るを善くす」という。『尸子』には「五尺の大犬を猶という」とある。『説文解字』には「隴右(甘粛省方面)にて犬の子を猶と謂う」とあり、また貜(大きな猿)の類である。この犬の子は、人の行くに随って前後定まらないことから、猶豫と名付けられたのである。疑いには過失があるとはいえ、思考し選択する必要もある。自身の心身に対しては決して疑うべきではない。師と法についての疑いは、その時機をよくわきまえるべきである。まだ三昧に入っていない時には、この二つの法について疑わなければ、かえって邪師や邪法に混ざる恐れがある。ゆえに熟考し、よく選択すべきである。疑いは理解への渡し舟とも言われるのは、このことを指す。師と法が正しいと決まったならば、法に従って修行する。その時、三つの疑いは永遠に捨て去るべきである。

「五蓋の病の相」の下で、蓋を捨てる法を明らかにする。これは前を結び後を生ずる。まず事について述べ、次に理について述べる。

「行者」の下で、対治法を設ける方法を明らかにする。強いものに従うからである。「もし貪り…」の下で、対治法を用いることを正しく明かす。不浄観で貪りを治するのは、ひとまず実観について述べる。詳しくは第七巻に示す通りである。瞋りを治する中で「二世」とは過去と現在である。これもまた第七巻、第九巻の通りである。

眠りを治する中で「宝山に向かうが如し」等とある。大論の「信」の解釈の中に「信を持って手とする。人が手無くして宝山に入れば、得る所無きが如し。信無き人、仏法宝山に入るも、都て得る所無し。信無きが故に、則ち疑惑を生ず。もし信ある者、仏法に入らば、空しく頭を剃らず、能く問い能く答えん。当に知るべし、出家の人は宝山に悉く至る。寧ろ空しく手を帰すことあらんや。」とある。

杖・毱・貝などについて。杖とは、禅堂の中で行う(経行する)ことをいう。祇律に「竹を持って杖と為し、長さ八肘、物をもって両頭を裹み、下座に之を行らしむ。脇を柱つるべからず、以て其の前を柱つ。三たび揺るがしても覚めざれば、左辺にて之を柱つ」とある。毱とは、皆、毛で毱を作り、その頂上に置く。眠ると地面に落ち、覚めてから励まされる。律に云わく「もし睡る者あれば、毱を以て之を擲つ」とある。貝とは、吹いて音を出し、眠っている者を戒めるものである。星とは、仏法ではただ眠気を覚ますために星を観ることを許す。その他の時にはすべて制限される。または、水でその足や顔を洗うこともある。

『毘婆沙論』には「日没より日出に至るまで、結跏趺坐して勤行精進し、頂に禅鎮を安じ、行禅毱法杖を用いる」とある。さらに他の聖者の対治法もある。例えば『育王経』に、一人の比丘が眠りを好んだ。毱多和尚が一匹の七つの頭を持つ鬼に化け、手に樹の杖を持って空に懸かっていた。彼はそれを見て元の住処に帰った。和尚が言った。「坐禅しなさい。もし眠るならまた来よう。」彼は精進して道を得た。また、一人の比丘が多く眠った。鬼の毱多を見て、毱多が言った。「鬼は恐れるに足らない。鬼に殺されても生死に入ることはない。しかし、眠りに殺されれば生死は無窮である。」比丘は房に帰り坐禅して定を得た。

また、例えば『譬喩経』には、一人の比丘が満腹して房に入り眠った。仏は七日後に死ぬことを知り、仏はその房に行き、指を鳴らして目覚めさせ、偈を説いて戒めた。彼は目覚めて仏に礼した。仏は言われた。「汝は維衛仏の時、沙門として利養を貪り、経教を習わず、満腹して却って眠り、無常を考えなかった。命終して䱵虫・蚌虫・螺虫の中に堕ち、五百萬歳の間、常に暗黒に処し、光明を楽しまず、百歳眠ってようやく覚め、出家を求めなかった。今、沙門となりて、どうしてさらに眠り、厭き足ることを知らないのか。」比丘はこれを聞いて自ら悔い責め、五蓋は即時に除かれ、第四果を成就した。これは聖者が機を知って眠りを戒める方法である。

疑いを治する中で「雪山から鬼が偈を請うた」とは、詳しくは『大経』(大般涅槃経)の雪山童子の説に述べられている。「天帝が畜類を師と拝した」とは、『未曾有経』上巻に、仏が言われた。「憶念せよ、過去の無數劫の時、毘摩という大国の徙陀山の中に一匹の野干(キツネに似た動物)がいた。師子に追われて喰われそうになり、逃げて井戸に落ち、出ることができなかった。三日経って心を開き、死を覚悟して偈を説いた。『禍いなるかな、今日苦に逼られ、まさに丘井に命を落とさんとす。一切萬物は皆無常なり、恨むらくは身を以て師子に饗(すす)めざることを。南無、帰命せよ十方の仏、我が心の清くして己無きを知りたまえ。』その時、天帝釋は仏の名を聞き、粛然として毛が立ち、古仏を念じた。自ら思うに、孤露にして導師無く、五欲に耽著して自ら沈没す。即ち諸天八萬の衆と共に、飛び下りて井戸に詣で、問いただそうとした。そして野干が井底にあり、両手で土を攀じって出られないのを見た。天帝はまた自ら思念した。『聖人は応念無方の術あり。我、今、野干の形を見ると虽も、これ必ず菩薩にして、凡器に非ず。仁者は先に非凡の言を説けり。願わくは諸天の為に法要を説きたまえ。』ここにおいて野干は仰ぎて答えた。『汝は天帝でありながら教訓無し。法師は下に在り、自ら上に処す。皆な修敬して法要を問わず。法水は清浄にして能く人を済う。云何ぞ自ら貢高せんと欲するや。』天帝はこれを聞いて大いに慚愧した。給侍の諸天は愕然として笑った。『天王、尊きを降ろすも、大いに利無し。』天帝は即時に諸天に告げた。『慎んで此をもって驚怖を懐くこと勿れ。是れ我が頑蔽にして徳の称わざる所なり。必ず当に是によって法要を聞くべし。』即ち天の宝衣を垂れ下げ、野干を接取して井の上に出した。諸天は甘露の食を設け、野干は食を得て生活の望みを得た。思いがけない禍の中からこのような福を蒙り、心踊躍して慶び無量であった。ここにおいて野干は自ら念じた。『我、宿命を得て過去を知る』(云々)。諸天に座を敷かせ(云々)。天帝は井戸の難から免れたことを説いた(云々)。野干は広く、人には生を楽み死を悪む者があり、人には死を楽み生を悪む者があることを説いた(云々)。天帝が問うた。『命を済うことは功徳無く、法を施すことは何の功徳か有るや。』野干は広く法施の功徳を説いた(云々)。そして、『過去に阿逸多という王があった。初めは十善を修めたが、後、辺国の進女や宝の贈り物によって奢侈に陥り、地獄に堕ちた。地獄から出て餓鬼に堕ち、餓鬼からまた宿命の十善を念じて、餓鬼から畜生に堕ちて野干の身となった。我は命を賭して、天に生まれんことを冀った。汝によって我が本願に違う。是の故に、命を済うことは功徳少なしと説くのである。』天帝は難じて言った。『世尊の説かれた「善人は死を求む」ということは、そうではない。もし死を求めんと欲するならば、何故に衣に入るや。』答えた。『三つの意がある。一には天帝の意に順ずるため、二には諸天の為に法を聞かせるため、三には教化を広めるためのためである。』再び天帝の為に広く法門を説いた(云々)。」

大論に云わく「囊の臭きを以て…など」とは、大論九十六の波崙の因縁である。もし弟子が師の過ちを見たならば、実であれ不実であれ、その心は自ら壊れ、法の勝利を失う。ゆえに、空声が告げて言う。「師の過ちを見るな。自ら薄福にして仏に値わざるを念じ、今、悪師に値う。過ちを念じて自ら般若を妨ぐべからず。もし師に過ちありとも、我に関係なし。我は師より般若を求む。狗の皮の囊が宝物を盛るに、囊の臭きをもってその宝を棄てざるが如し。」「罪人、炬を把るが如し」などは、四三昧の中に引用するとおりである。

「萬川」とは、水が集まって川となる。川は大きく自ずから穿つ。穿つとは通ずることである。

『普超経』に「等」とある。今、引用はやや略している。その経の下巻で、仏が阿闍世王に記別を与えた後、舎利弗に告げられた。「人は互いに相見るに、互いに相を平らぐることなかれ。人を平らぐるに当たらざる所以は、人の根は見難く、ただ如来のみ能く人を平らぐ。行い如来の如くにして、始めて人を平らぐべし。」賢者の舎利弗及び大衆会は、驚喜してこの言葉を心に刻んだ。「今日より始め、その形寿を尽くし、他人を観ぜず、敢えて人を説かず、某の人は地獄に趣き、某の人は当に滅度すべしと。群生の行いは不可思議なり。」「仏法は海の如く、ただ信のみ能く入る」とは、孔子の言葉でさえも信を首(第一)と為す。ましてや仏法の深理は、信無くして入ることを得ず。ゆえに「兵と食は尚去る可しといえども、信は去る可からず」と言われる。『華厳経』には「信は道の元、功徳の母」とある。

例えば、諸声聞が阿羅漢を得て、四智が究竟し、二脱が当に満つべき時、どうしてさらに大乗の道を求めるだろうか。ゆえに自ら述べて「復た阿耨多羅三藐三菩提を求めず」と言う。「信を以て入るを得る」とは、もし方等教で弾呵(批判・教化)を受けずして信心を生じなければ、どうして法華経において授記を得ることができようか。

「和伽利」について。第一の本にはこうある。年老いた者が初めて出家し、まだ何も知らなかった。僧伽藍で、ある小沙弥が彼をからかって言った。「あなたに初果を授けよう。」彼を座らせてから、毛毱をその頭に載せて言った。「これが初果である。」信心があったので、即座に初果を得た。彼は即座に沙弥に言った。「私はすでに初果を得た。」沙弥はさらにからかって「その通りだ」と言い、同じように四度行って第四果に至らせた。

「毱多が弟子に樹に上ることを教えた」とは、『付法蔵伝』にいう。南天竺に一族の子が出家して道を学んだ。自身の身体を愛著し、沐浴し香油を塗り、美食を好んだ。身体は肥壮で、道を得ることができなかった。毱多の所に行って勝れた法を授かることを求めた。尊者は観じて、身に著するがゆえに漏を尽くせないことを知った。言った。「もし受け入れることができるなら、当に汝に法を授けん。」答えられた。「教えを受け入れます。」即ち大樹に化けてその上に登らせ、四方を深坑千仞に変えて、右手を放させるように言った。その通りに放した。このように順次、ついに全てを放した。身と命を分かつ所において、深坑も樹も見えなかった。法要を説かれ、第四果を得た。

「狐疑」について。狐は獣であり、一名を野干という。疑い深く、聴くことを好む。時に人は「狐疑」と言うのは、おそらくこれによる。この獣は鬼に乗られ、人はこれを精魅(化け物)と思った。あるいは「黄河の水は厚く、河を渡ろうとする時は、水の音を委しく聴き、音が絶えてから渡る」という。

「覆器」について。信が無いことは、器が覆されているようである。大論にいう。羅睺羅は幼い頃から嘘をつくことが多かった。嘘のゆえに無量の人をして仏を見ることができなくさせた。仏は彼を調伏しようとされた。遠方から還り、水を汲ませようとされた。仏の足が澡槃を蹴って伏せさせ、水を注ぐように命じられた。羅睺羅は答えた。「器が覆っていれば、水は入りません。」仏は言われた。「汝は覆器の如く、法水が入らない。」と種々に呵責された。今、疑いを譬えるに、覆器に同じくする。

「問」の下で、問題を整理する。答の中では、まず多くの異なる解釈を挙げる。初めの文のように、門戸(段階的な修行の道筋)と詮次(順序)がある。無知では到達できないので、これが障りとなる。出入りに由来があるので「門戸」という。欲界の粗・細等の住から、非想定に至るまで、これを「詮次」という。残りの文は解釈できる。各々異なる見解があるが、今の文の意に従えば、人に応じて判断すべきである。

「問」の下で、まず蓋が生じる相を問う。「長遠の由(遠い因となる)」から、「次に広く開く」以下に、長遠の相を出す。「阿毘曇」の下で、偏った見方を斥ける。近い惑(迷い)は、すでに相を覆って説かれている。これにより、貪愛や瞋恚などの相を覆うだけでなく、その現れ方(存没)には違いがある。近いものを覆って遠いものにも及ぶが、五蓋は仏地にまで通じるとは言われていない。「上に棄てる」の下で、その偏って近い蓋を計る相を示す。まだ禅定が発現しない間のすべての五蓋は、すべて「鈍使」と名付けられる。前の蓋の相を明かした文がこれである。「利使」の下で、次に利使の五蓋を明かす。前の「随自意」の中の邪空(誤った空の見解)の人々を指す。これが利使の例である。この使(煩悩)によって五蓋が生じる。また、前に五欲の中で明かした六十二の見解も、すべて「欲」と名付けられる。これにより、利・鈍の二つの蓋は、いずれも観察の対象(境)となる。「呵棄」の下から、蓋を破って空に入ることを明かす。ひとまず初果に結びつけるのは、ひとまず利使を破るという名目によるからである。「初果より」の下では、さらに初果を鈍使の五蓋の相として、後の三果が破る対象とする。初果の蓋の相を例として、二果・三果上の蓋の相を明らかにする。

「復次、空に依る」の下で、出仮の上にある蓋(仮の世界に出る際の蓋)を明かし、空に依って生じることを示す。「五種の鹽」という。大論二十四に「六師は五種の鹽を食することを聴さず」とある。彼の国(インド)の五鹽がどのようなものかは詳らかではない。この国(中国)の五鹽と言えば、顆鹽・綠鹽・赤鹽・白鹽・印鹽をいう。鹽には多くの種類があり、大まかに五つである。西方でもこれに準じているはずである。ある阿羅漢が他者に問われて、「何を赤鹽と名付けるのか」と尋ねられた。知ることができず、三蔵(経・律・論に通じた僧)に従って問うた。三蔵は言った。「鹽は味であり、赤は色である。」この小さなことを理解しなかったのは、未だ出仮の智慧(仮の世界に自在に出る智慧)がないからである。これは了義ではないので、睡眠に相当する。

「中(中道)に依って蓋を起こす」の中に「大樹、枝を折る」等とある。大論三十に、譬えて言う。「空澤に奢摩黎という樹があった。枝や幹(觚)は広大で、多くの鳥が集まって宿っていた。一羽の鳩が後から来て一枝の上に止まった。すると枝は即座に折れてしまった。澤の神が問うた。「鷳(大型の鳥)や鷲でさえも耐えられるのに、何故に小鳥一羽で支えきれないのか。」樹神は答えた。「この鳥は我が怨家の樹から来たのである。尼倶類樹の実を食べて我が上に棲む。あるいは糞を落とし、その実が地に堕ちれば、悪い樹が再び生えるであろう。その害は必ず大きい。ゆえに憂えるのだ。寧ろ一枝を捨てても、全うする所のものは大きい。」菩薩摩訶薩もまた同じである。諸々の外道・天魔・諸使及び悪業等に対しては、このような畏れはない。しかし二乗に対しては畏れるのである。二乗は菩薩摩訶薩の辺にあり、あたかもその鳥の如し。彼の大乗の心を壊し、仏乗の心を永く滅ぼす。」論の中では三乗共の位を明かし、大乗で小乗を斥けるので、二乗の心に対して言っている。今、その文を借りて、またそれに従って「二乗の心」と言う。今の文の意に照らせば、「二辺の心を好まず、怨みの鳥を宿さざるが如し」と言うべきである。好まないので、瞋恚に相当する。

大論に「等」とある。地地(修行の各段階)の中に、すべて無明があることを証明する。無明があれば五蓋がある。ゆえに、大論で大品を釈する時に言う。「経の前後の文において、何故に処々に『無明を破する三昧』を説くのか。」答える。「法愛(法への執着)は断ち難いから、処々に『無明を破する三昧』を説くのである。」これは真の道における法愛であり、似たような愛(世間の愛著)とは異なる。すなわち、初住(初発心住)は一品の無明を破るが、品品ごとに破らねばならない。もし暗証(暗に真理を証したとする)の家が「真理をわずかに知ることをもって直ちに仏と為す」と言うならば、教相(教えの体系)を理解していないからである。ゆえに今、菩薩は仏に比べてもなお漏失があると言う。すなわち、等覚菩薩は仏に比べてもなお一品の漏失がある。ましてやそれ以下の位ではなおさらである。

「地持」に「第九等」とある。論文では、等覚を第九禅に当てる。第九禅は「一切の見を離れる」と名付けられる。ゆえに、等覚でさえなお「見を離れる」ことを修することが知られる。つまり「見」というものは容易ではない。ゆえに「ただ仏のみ究極する」と言う。乃至、八萬四千の煩悩も、ただ四つ(貪・瞋・癡・等分)の区分に過ぎず、四つの区分はただ五蓋に過ぎない。ゆえに、仏地において初めて五蓋が尽きるのである。

「復次」の下で、一心に蓋を捨てることを説く。前は三諦の教えではあるが、次第に依っているので、一心ではない。この中の初めの文では、まず次第を斥ける。「後ろは前に關わらず」と言う。ましてや三人(凡夫・二乗・菩薩)に分けて、同じではない。凡夫には利鈍があり、乃至、菩薩には俗諦の蓋があるからである。ゆえに「凡夫の時に棄てる所」乃至「菩薩の時に棄てる所等」と言う。

「地攝」の下で、二つの論を引いて次第の考え方を明示する。

「圓釋」の下で、仏の化儀(教化の方法)を引いて円教を証明する。そもそも円頓教は、本来凡夫のためのものである。もし凡夫を利益することができなければ、仏は何故自ら法性土に住し、法性身をもって諸の菩薩のためにこの円頓を説かないのか。何の必要があって諸の法身菩薩と共に、凡夫の身を三界に現じて教えを説くのか。

「もし待つ」の下で、正しく結び示す。一心(の観法)は凡夫の位にあっても、すぐに修習することができる。ゆえに「大品」の下で経を引用し、相を示す。経の中では「欲は諸法を具える」と明かしている。ゆえに、欲蓋(貪欲の蓋)はすなわち法界である。よって一切の法は皆欲に趣くのである。

「釋趣」の下で、経の意を解釈する。まず略し、次に広くする。初めの略文では、ただ三諦のみである。三諦はただ「趣く」等の三つに過ぎない。略するとは、不可思議を意味する。不可思議は見難い。ゆえに「今、更に」の下で、広く思議(思考の対象として捉えられるもの)によって不可思議の相を示す。これより下の諸文は、すべてまず思議を明かし、次に思議をまとめて不可思議を成す。以上の諸文は、すべてまず次第を明かし、次に不次第(円融)を明かす。ただこの一文のみ、後に思議をもって不可思議を解釈する。ゆえに、前後の広さと略は互いに映し出している。ただ普遍的な真理の文において、その形式は常に一定ではない。人はこれを見ず、文に随って想いを生じ、語によって文に迷う。そこで、この部(この教え)において、この文は修行すべきで、あれは修行すべきでないと選別しようとするのは、今の家(天台宗)の始終の大体を見ていない。大体を識れば、選別するも選別しないも、その旨はその中にある。ゆえに略文において、よく意を解すべきである。

ゆえに大論十七にいう。「例えば禅において蓋を捨て心を一処に摂する。この菩薩は利智慧をもって五蓋を観て、棄捨する所無し。禅において取り無く、諸法の空なるを知る。内に非ず、外に非ず、また中間に非ず。もし諸法の実相を得れば、則ち五蓋の空にして所有無きを知る。これをもって蓋の実相を知ることを、禅の実相と名付く。菩薩もまた爾なり。欲及び蓋、禅及び枝林(禅定の構成要素)を知るに、一相にして異なること無く、之に依って修習して入る。これを禅波羅蜜と名付く。乃至、四念処もまた同じ。」

次の広い解釈の中で「欲は法界なり」というのは、即ち最初の一念の欲心を指す。その中にすでに十法界の性を具えており、必ず次第に欲界を生じ、始終を最初の一念の中に収める。ゆえに「一切法の根本」という。「一切法」とは、因果の間の始終の諸法である。ゆえに「初めて欲の覚りを起こす時、すでに諸法を具えるが如し」という。知らないから、その心が軽いと思って、その過ちも軽微であると考える。もしすでに諸法が具足していることを知れば、驚き恐れて毛が逆立つであろう。どうして身口をして造業し迷い荒れさせることがあろうか。

「初めて熱を歇(や)むるを試みる」等とは、欲の想念を積み心に熱を蓄える。初めに一行する時は、しばらく歇むように見える。続けて起し続けて行い、暫くも捨てる時がない。ゆえに、まだ一度の食事や一度の飲み物の間に、欲の想いを離れることがない。

「或いは偷(ぬす)み、或いは劫(うば)う」等とは、隠して与えないことを「偷」と名付ける。すなわち私通や人に護られている法である。面と向かって与えないことを「劫」と名付ける。すなわち、あからさまに強奪する、護られている対象である。「逼(しいる)」とは、他(他人)や、護あり護なしの別なく、心が願わないものを抑えることである。「貿(かう)」とは、護られていない対象で誇示して財を求めることである。「等」とは、これらの類に該当しない他のものを含む。ただ身体の交わりによって欲の事を成すものである。

「もしこの境を得れば」等とは、下のものが上のものに差し出すことを「供」と言い、卑しいものが尊いものを助けることを「養」と言う。この人は三宝という勝れた田(福田)を捨てて、ただ五欲という穢れた境にのみ、必要なものを供給する。ゆえに「供養」と言う。法華疏に「その依報を施すことを供養と名付く」とある。第一の本には「もしこの境を得れば、大いに須給すべし」とあり、語は順じているようであるが、今の文には及ばない。

欲の境を得た後は、貧富を問わず、皆過ちを生じる。「適(たまたま)これ有れば、これ有り」等とは、ちょうど欲の境に向かうことを「適有」と名付け、欲の業がすでに成就することを「此有」と名付け、未来に果報を招くことを「即ち生死有り」と言う。世々に増長するので、果報を遍く受ける。また、殺・盗等によっても、果報を遍く受ける。欲法界の外には別の法はない。ただ一念が利鈍を具えていると言う。利鈍は十方三世に遍く、また利鈍によって三諦が生じる。ゆえに、欲の法は諸法を摂め尽くすと知るべきである。

これすなわち、一念の欲心が六界(凡夫の六世界)の法を具えて、観察の境とするものである。「上の如き」とは、上に述べられた利鈍のことである。「云」の下で、欲の空について四句と三世によって推究する。三世の中で「過去の欲の縁」等とは、すでに滅した五塵を「過去」と名付ける。塵は過去であっても、なお欲を顕現させるので、「欲の縁」と名付ける。現在の欲の想いを「欲の因」と名付け、欲の事を行うことを「所生の法」と名付ける。この法は必ず苦果を招く。今、三世を推究すれば、皆、得べからざることを知る。「横竪」とは、前の二つの推究をまとめる。横とは四句、竪とは三世である。

「既に識る」の下で、蓋を観じて仮とすることを明かす。譬えて「寇(あだ)に對して陣を設く」という。寇は賊である。その寇が多ければ、設ける陣は必ず広い。破る所が大きければ、その勲功はより高くなる。欲が広いほど功徳は深いので、これが勲功の本である。欲を破って位に入ることを「大功」と名付け、位は諸法を具えることを「大富貴」と名付ける。「貪欲を種と為す」のは、仏を生じることができるからである。一念の心において、無量を分別する。ゆえに、無量の法門を出生することができる。

「欲、薪多きが如く、糞壌(肥えた土)多きが如し。観、火の猛く華の生ずるが如し。」合わせて譬えることは、理解できるであろう。これはひとまず俗諦について説く。「壊」について。尚書に「土の塊無きを壊と曰う」とある。俗諦が成就すれば、位は七信・八信等にある。ゆえに「能く諸根を浄にする」と言う。「此の如き」の下で、位を判定する。

○第四調五事者文義同前。文相又二。所謂開合。從調食者下正釋。亦先事次理。眠食各為一調。餘三合為一調。初調食中不安身食者。如第八卷。尼乾經者。彼經尼乾答嚴熾王云。波斯匿王食噉太過。身重懈怠。現在未來於身失利。睡眠自受苦亦惱於他人。迷悶難醒寤應時籌量食。窳墮等者。窳(余乳切)郭注爾雅云。勞苦多墮曰窳。亦懶也。如人懶故不能自勵如瓜瓠在穴。故字從穴下兩瓜。又云。懶恒在曰窳。博物誌云。皇甫謐問青牛士說養生法云。人欲常勞食欲常少。勞無過極少不至虛。去肥膩節醎酸。俗養生法尚令自勞。豈志道者過食懈怠。非唯失利而已。亦乃增病損生。眠是眼食等者。增一云。佛在給孤獨園為多人說法。阿那律於中眼睡。佛說偈曰。咄咄何為睡。螺螄蚌蛤類。問曰。汝為畏王法為畏賊盜而出家耶。答曰。不也。我厭生老病死故求出家。既信心堅固而出家者。佛躬說法而眼睡耶。那律座起白佛。自今已後形融體爛。終不於佛前眼睡。因達曉不眠眼根便失。佛言。勤加精進者與掉戲相應。懈怠懶墮者。與結使相應。汝行中道。那律云。已於佛前發誓不能復違先要。佛令耆域治之。耆域曰。若少不眠。治之可差。此不可治也。佛告那律。汝當寢息。何者。一切由食存。眼以眠為食。乃至意以法為食。涅槃以不放逸為食。我無放逸得至涅槃。那律云。我不敢違。後因得天眼。眠是欲界報法。既未得禪。但可調停而已。若無禪而不睡者。必是鬼也。如下第八卷引。王是鬼種而不眠睡。三事合調中初文者。即合調之由。為何事故須三事合調。以始終三事合故。言七日一變者。如阿難問經。佛為難陀廣說胎相六趣不同。兼辨六趣中陰等相。乃至父母精血互有無等成不成相。及精血淨不淨相等。初入如風雨入舍等諸相不同。有在母腹而命終者。以酥油榆皮汁塗手。挾薄刀子。推手入割死兒身片片而出。又母胎諸患種種相貌而不入胎。入已若不壞者。七日一變。初七名柯羅邏如薄酪。二七名阿浮陀如厚酪。三七名閉手如短小藥杵。四七名伽那如溫石。五七名波羅奢呵五皰開張。六七現膝相。七七現手足相。八七手指相。九七眼耳鼻口大小便道相。十七堅實有風門吹胎如囊。十一七七孔開徹。母性改常。十二七生大小腸如絲綖。有三支節一百孔穴。十三七生飢渴想母食資潤。十四七生九脈交絡纏繞。十五七生二十脈一邊各十。又四十脈脈八萬名。十六七氣息通。十七七眼得光。十八七諸根明。十九七諸根具。二十七生諸骨。二十一七生肉。二十二七生血。二十三七生皮。二十四七生膚。二十五七血肉長。二十六七生髮。二十七七以業力故分別端醜。男居母左女居母右。男面向內女面向外。皆手掩面蹲踞而坐。二十八七生八種想。謂座榻園林等。二十九七生光潤。五色別異。三十七長髮爪。三十一七至三十五七人相具足。三十六七生厭離心不樂。三十七七生穢獄想。三十八七風力所轉頭向產門。申兩臂出產門。每於一七各有一風吹令變異。風各有名具如彼經。生已八萬戶蟲從身而生。縱橫飲噉。左右各五百。諸節各有若干蟲戶。長大衰老常與蟲居。是則三十八七計日成二百六十六。計成九月。所以少四以半小故。問。世教及經並云十月。何故唯九。答。九即十也。何者。經涉十故。如月初一日受胎者。則定唯九月。二日已去日數滿時即跨至十。大數雖爾。又有羅云六年脅尊六十。亦有減者乃至五月。雖增減不同然三事必具。問。壽煗識三與身息心。既其不同由義何在。答。煗即是身。以由煗故精血不壞。從功能說故名為煗。壽名風息。初託胎時有一毫氣。但根未具時隨母氣息根具氣分。名為兒息。由有息故連持此身。從能持說故息名壽。識即是心從當體說。既從初識與壽煗二不前不後。當知身息心三未曾相離。是故應須三事合調。若能調停依之入道。即是依因死屍得到彼岸。一切善法由之而生。乃至成於三德祕藏。故云若能調凡夫三事成聖人三法。即此意也。初入定時下正明調法。謂入住出三時調之。故禪門中調身云。夫坐者須先安處使久無妨。若半加以左壓右牽來近身。使與左右髀齊。若欲全加更䟤右以壓左。寬衣帶周正身。勿令坐時更有脫落。手以左壓右。重累相當置右脚上。亦令近身當心安置。挺動支節七八許度。如按摩法。勿曲勿聳正頭直項令鼻對臍。不偏邪不低昂。身如矴石無得騷動無寬急過。是身調相。調息者身既調已。次開口吐胸中氣自恣而出。使身中百脈處皆悉隨氣出。次閉口鼻中內清氣。如是至三。若息已調一度亦足。次閉口脣齒纔相拄。舌向上齶閉眼纔令斷外光。次簡息風氣息若調者則易入定。次調心者。一者調亂令不越逸。二者調心令沈浮得所。若心沈時繫念鼻端。心若浮時安心向下。復有三種。一下著心。二寬身體。三想息遍身毛孔通同而出。以此三法調三使調。此即初入調三之相。住在禪中若有不調如初入法。如調弦等者。初如調弦入弄後不成曲。如住禪中三事不調心不入法。軫者方言枕也。即絃下柱名之為枕。若欲出定漸漸申舒按摩其身。漸漸吐納細細呼吸。勿令外麁頓衝內細。漸漸放心緣於外境。心仍觀了本所緣境。調三事法委在禪門。若能下調三事意。元為何事而調此三。若修根本乃至圓頓。今文本意令至三德。故云成聖人三法等。是故此三是三學之由。成於常住身息心三。故轉凡身以成法身。轉凡息以成慧命。轉凡心以成菩提之心。始此等者。凡夫三法為始。初修圓觀名為聖胎。至初住位名出聖胎。至妙覺位名身成就。此即合調之位也。次觀心調者亦為三段。初調食亦並約三諦三觀。食中引法華經者。無中道法食為饑餓。無功德萬行為羸瘦。未有清淨法身。唯有塵沙無明諸惡莊嚴。名瘡癬。次三事合調文有三番。一番約教二番約觀。文雖標合義必各釋。義雖各釋理實不分。初約教中身云六波羅蜜者。調無作六度令滿足法身。故大經師子吼云。六波羅蜜滿足之身。大品云樂說辯等者。問。何故將樂說辨以釋六度。答。六度以般若為本。及禪進等並是樂說之相。此三又與戒施忍三互相莊嚴。是故六度皆名樂說。大品文中復以說法為樂說辨者。亦是般若之相。經云樂說卒起不卒起等者。或有法師偃蹇或歌笑心亂。論六十六釋云。高座說法樂說不生聽者憂愁。我故遠來法師不說。或復思惟怖畏故不說。或不知不說。問。卒起何故復為魔事。答。法師求名生著自恣而說。無有義理故亦是魔事。大品云般若非利等者。利鈍是空假。中道種智不同二邊。故非利非鈍。非難非易者。二乘出界由經八六四二。故為難。三教菩薩雖未契真妙。既云已發名之為易。圓人六即。六故非易即故非難。次約觀二番中。初番三觀共三事各。次番三觀各三事合。初番之中調心在初者。隨便而釋應無別意。寄事顯理前後無妨。行者下結位可見。如即行人未有所獲者。但勤行權智父實慧母。令成聖胎。

○第四の「調五事」とは、その意味は前と同じです。文章の形もまた二つあり、いわゆる「開」と「合」です。「調食者」から以下が正式な解釈です。まず「事」を説き、次に「理」を説きます。「眠」と「食」はそれぞれ一つの「調」とし、残りの三つを合わせて一つの「調」としています。

最初の「調食」の中で、「不安身食」とは、第八巻にあるようなものです。「尼乾経」とは、その経典で尼乾が厳熾王に答えて言うには、「波斯匿王は食べ過ぎて、体が重く怠け者になり、現在も未来も身に損害を被っています。眠りは自ら苦しみ、他人をも悩ませます。迷い悶えて覚めにくく、時宜にかなった食事の量を計るべきです」と。

「窳墮」などとは、「窳」(余乳切)について、郭注の『爾雅』に「労苦多くして墮つるを窳と曰う」とあり、また「懶(ものうい)」という意味です。例えば人が怠けて自分を励ますことができず、瓜や瓢が穴にあるようなものです。だから字は「穴」の下に「瓜」を二つ置いています。また、「懶にして常に在るを窳と曰う」ともあります。『博物誌』には、皇甫謐が青牛士に尋ねて養生法を説いてもらった話があり、「人は常に労し、食欲は常に少なくすべきです。労し過ぎることなく、少なくとも虚に至らないように。肥えたものや油っこいものを避け、鹹味や酸味を控えなさい」とあります。俗世の養生法でさえ、自らを労することを求めているのに、まして道を志す者が過食して怠けるなどありえません。それは利益を失うだけでなく、病を増やし命を損なうものです。

「眠は眼の食なり」などとは、『増一阿含経』に次のようにあります。佛が給孤独園で多くの人のために説法していたところ、阿那律がその中で居眠りをしました。佛は偈を唱えて言いました、「おお、なぜ眠るのか。螺や蜆、蛤の類か」と。そして尋ねました、「あなたは王法を畏れて、あるいは賊盗を恐れて出家したのか」と。阿那律は答えました、「いいえ、私は生老病死に厭きたので、出家を求めたのです」。佛は言いました、「そのように信心を堅固にして出家したなら、佛がみずから説法しているのに、なぜ居眠りするのか」。阿那律は座を立って佛に申し上げました、「今より後、体が爛れようとも、決して佛の前で眠りません」。そして夜が明けるまで眠らずにいたため、眼根を失ってしまいました。佛は言いました、「勤めにはげんで精進することは、掉挙・戯論と相応する。怠けて懈ること(懈怠・懶墮)は、結使と相応する。あなたは中道を行きなさい」。阿那律は、「すでに佛の前で誓いましたから、もう以前の約束に違えることはできません」と言いました。佛は耆域に治療を命じましたが、耆域は「もし少しでも眠っていなければ、治療して治せるでしょうが、これは治せません」と言いました。佛は阿那律に告げました、「あなたは休んで眠りなさい。なぜか。すべては食によって存続するからです。眼は眠りを食とします。…乃至、意は法を食とし、涅槃は不放逸を食とします。私は放逸なくして涅槃に至りました」。阿那律は「私はあえて違えません」と言いました。後に天眼を得たのです。眠りは欲界の報いとしての法です。まだ禅定を得ていない以上、ただ調停するだけです。もし禅定なくして眠らない者があれば、それは必ず鬼です。第八巻に引くように、王は鬼の種であり、眠りません。

「三事合調」の中の「初文」とは、すなわち調和させる理由です。何のために三つの事柄をまとめて調和させる必要があるのか。始終、三つの事柄は合わさっているからです。

「七日一変」とは、例えば『阿難問経』にあります。佛は難陀のために、胎内の相や六趣の違い、さらには六趣の中陰の相などを詳細に説き、父母の精血の有無による胎児の成不成の相、精血の浄不浄などの相を説きました。最初に入胎する様子は、風雨が家に入るような様々な相の違いがあり、母の腹中で命を終える者もあります。その場合は、酥油や楡の皮の汁を手に塗り、薄い刀子を挟んで手を入れ、死んだ子の体を細かく切って取り出します。また、母胎には様々な障害があり、入胎しない場合も多くあります。入胎した後、もし壊れなければ七日ごとに変化します。最初の七日を「柯羅邏」(羯羅藍)と言い、薄い酪のようです。第二の七日を「阿浮陀」(頞部曇)と言い、厚い酪のようです。第三の七日を「閉手」(閉尸)と言い、短い薬杵のようなものです。第四の七日を「伽那」(健南)と言い、温かい石のようなものです。第五の七日を「波羅奢呵」(鉢羅奢佉)と言い、五つの皰が開き広がります。第六の七日には膝の相が現れます。第七の七日には手足の相が現れます。第八の七日には手指の相が現れます。第九の七日には眼・耳・鼻・口・大小便の道の相が現れます。第十の七日には堅実になり、風の力で胎が袋のように吹き膨らみます。第十一の七日には孔が開き通じます。母の性質は変わります。第十二の七日には大小の腸が糸のように生じます。三つの支節と百の孔穴があります。第十三の七日には飢渇の想いが生じ、母の食べ物が潤いを与えます。第十四の七日には九つの脈が交わり絡み合います。第十五の七日には二十の脈が生じ、片側にそれぞれ十ずつあります。また四十の脈があり、その脈には八万の名称があります。第十六の七日には気息が通じます。第十七の七日には眼に光が得られます。第十八の七日には諸根が明らかになります。第十九の七日には諸根が具わります。第二十の七日には諸骨が生じます。第二十一の七日には肉が生じます。第二十二の七日には血が生じます。第二十三の七日には皮が生じます。第二十四の七日には膚が生じます。第二十五の七日には血肉が長じます。第二十六の七日には髪が生じます。第二十七の七日には、業の力によって端麗か醜いかの区別が生じます。男は母の左に居て、女は母の右に居ます。男は内を向き、女は外を向きます。皆、手で顔を覆い、蹲踞して座ります。第二十八の七日には八種の想いが生じます。すなわち座・榻・園林などです。第二十九の七日には光沢と潤いが生じ、五色に異なります。第三十の七日には髪と爪が伸びます。第三十一の七日から第三十五の七日までで人の相が具わります。第三十六の七日には厭離の心が生じ、楽しまなくなります。第三十七の七日には穢獄(不浄の獄)の想いが生じます。第三十八の七日には風力によって頭が産門に向けられ、両臂を伸ばして産門から出ます。毎にそれぞれの七日ごとに一つの風があって、吹いて変化させます。風にはそれぞれ名前があり、その経に詳しく述べられています。生まれた後、八万の虫が身から生じ、縦横に飲み食いします。左右にそれぞれ五百ずつおり、各関節にはそれぞれ若干の虫の穴があります。成長し、老い、衰えるまで常に虫と共に住みます。こうして三十八の七日を数えると、日数にして二百六十六日となります。これは九ヶ月に相当します。四日足りないのは、半端な日があるからです。問う、世間の教えや経典ではいずれも十月と言うのに、なぜ九ヶ月だけなのか。答える、九はすなわち十です。なぜか。経過する月が十となるからです。例えば、月の初日に受胎した場合は、定めて九ヶ月だけです。二日以降は、日数が満ちる時に月をまたいで十となるからです。おおよその数はそうですが、羅云(羅睺羅)は六年、脅尊者は六十年と長く、あるいは五ヶ月で短いものもあります。増減は異なるものの、三つの事柄(寿・煗・識)は必ず具わります。問う、寿・煗・識の三つは、身・息・心とその在り方が異なるようですが、その義はどこにありますか。答える、煗はすなわち身です。煗があるからこそ精血が壊れないのです。機能の面から説いて、煗と名付けます。寿は風息と名付けます。初めて胎に託する時、一毫(わずか)の気があります。しかし、根が未だ具わらない時は母の氣息に従い、根が具わって氣分が生じる時、これを児の息と名付けます。息があるからこそ、この身を持ち続けられるのです。持続させる能力の面から説いて、息を寿と名付けます。識はすなわち心であり、その当体から説きます。初めての識が寿・煗の二つと前後しないことから、身・息・心の三つは曾て相離れたことがないと知るべきです。だからこそ、三つの事柄をまとめて調和させる必要があるのです。もし調停してこれに依って道に入ることができれば、それは死屍に依って彼岸に到るようなものです。一切の善法はこれによって生じ、ついには三徳秘蔵を成就します。だから「もし凡夫の三事を調えて、聖人の三法を成すことができれば」と言うのです。これがその意図です。

「初入定時」以下が、正式な調伏の方法を明かしたものです。すなわち、入・住・出の三時の調え方を説いています。そこで、禅門の調身について「坐る者は、まず安座して久しく妨げがないようにしなければならない。半跏趺坐ならば、左足を右腿の上に置き、引いて身に近づけ、左右の膝と揃える。もし全跏趺坐ならば、さらに右足を左腿の上に置き、左足を圧す。衣帯を緩め、身を正しく整え、坐中にさらに脱げ落ちることがないようにする。手は左の手のひらを右の手のひらの上に置き、重ねて両脚の上に置き、身に近づけて心臓の辺りに安置する。手足の関節を七八回ほど伸ばし、按摩するようにする。背を曲げず、反らさず、頭を正しく首を真っ直ぐにして、鼻と臍を向かい合わせる。偏ったり斜めになったり、上下に傾いたりしない。身は碇石のようにして、動かさず、緩め過ぎず緊張し過ぎない。これが身の調え方である」と説いています。

調息について、身が調ったなら、次に口を開けて胸中の気を随意に出し、身中の百脈の気をすべて吐き出させる。次に口を閉じて鼻から清気を入れる。これを三度行う。もし息が既に調っていれば、一度で十分である。次に口を閉じ、唇と歯をわずかに合わせ、舌を上顎に付け、眼を閉じて外光を断つ。次に息・風・気を区別し、もし息が調っていれば入定しやすい。

次に調心については、第一に乱れた心を調えて逸脱させず、第二に沈み浮きを適切にする。心が沈む時は鼻端に心を繋ぎ、心が浮く時は心を下に向ける。さらに三種の方法がある。一に心を下に置く、二に身体を広げる、三に息が全身の毛孔から通じて出ていくことを想う。この三法によって三つを調えて調和させる。これが初入の調三の相である。禅定の中に在っても、もし調っていなければ、初入の法の如くする。

「調弦」の譬えなどとは、初めに弦を調節しても、後に曲をならさなければ不成曲である。例えば、禅定に住している時に三事が調っていなければ、心は法に入らない。軫(糸巻き)とは、方言で枕のことである。すなわち弦の下にある柱を枕と名付ける。もし出定しようとするならば、徐々に身体を伸ばし按摩し、徐々に呼吸を細くして、外の粗い気が急に内の細かい気を衝かないようにする。徐々に心を緩めて外の境に縁じる。心はなおも本の所縁の境を観了する。三事調和の法は、詳しくは禅門にある。

「若能く」以下の、三事を調える意味とは、元々何事のためにこの三つを調えるのか。もし根本禅定を修するなら、乃至、円頓に至る。今の文の本意は三徳に至らせることにある。だから「聖人の三法を成す」などと言うのである。この故に、この三つは三学の基であり、常住の身・息・心を成就するのである。ゆえに、凡夫の身を転じて法身と成し、凡夫の息を転じて慧命と成し、凡夫の心を転じて菩提心と成す。

「始此」などとは、凡夫の三法を始めとして、初めて円観を修することを聖胎と名付け、初住の位に至ることを聖胎を出すと名付け、妙覚の位に至ることを身成就と名付ける。これが合調の位である。

次に「観心調」も三段に分かれる。初めに調食も、約三諦三観に基づく。食の中で『法華経』を引用するのは、中道の法食がなければ飢え、功徳・万行がなければ痩せ衰え、清浄法身が未だ無く、ただ塵沙無明の諸悪を荘厳としていることを、瘡・癬に譬えている。

次に「三事合調」の文は三つの段落がある。一番は教に約し、二番は観に約する。文は「合」と掲げているが、義は必ず各々を釈し、義は各々を釈するが、理は実は分かれない。 初めの教に約する中で、身に「六波羅蜜」と言うのは、無作の六度を調えて法身を満足させることである。故に『大涅槃経』の師子吼菩薩品に「六波羅蜜が満足した身」とある。 「大品」の「楽説弁」などとは、問う、何故に楽説弁を以て六度を釈するのか。答える、六度は般若を本とし、及び禅・精進なども、皆楽説の相である。この三つ(般若・禅・精進)はまた、戒・施・忍の三つと互いに荘厳し合う。故に六度は皆、楽説と名付けられる。『大品経』の中で、さらに説法を以て楽説弁とするのも、亦是れ般若の相である。

経に「楽説卒起不卒起」などとあるのは、ある法師は驕り高ぶったり、歌ったり笑ったりして心が乱れることである。論(『大智度論』)の六十六に釈して言う、「高座で説法する時、楽説が生じなければ、聴衆は憂愁する。私は故あって遠くから来たのに、法師が説かない。或いは思い巡らして怖畏の故に説かない。或いは知らないので説かない」と。 問う、卒起(性急に起こること)が何故に魔事となるのか。答える、法師が名聞を求め、執着を生じ、放縦に説いて義理が無いから、亦是れ魔事である。

『大品経』に「般若は利にあらず」などと言うのは、利・鈍は空・仮であり、中道の種智は二辺とは異なる。故に利にあらず鈍にあらず。「難にあらず易にあらず」とは、二乗が界を出るのは、八六四二(八万六万四万二万劫)の時間を経るから難と為す。三教の菩薩は、未だ真実の妙に契わないが、既に発心したと言えるから、これを易と名付ける。円人の六即は、六であるから易にあらず、即であるから難にあらず。

次に、観に約する二つの段落。初めの段落は、三観が共に三事を各々調える。次の段落は、三観が各々三事を合わせて調える。初めの段落の中で「調心在初」とするのは、便宜に従って解釈すれば、特に別の意味はないはずである。事に寄せて理を顕すのに、前後して差し支えはない。 「行者」以下の結びの位は、見るべきである。すなわち、まだ何も得ていない修行者(行人)がいるならば、ただ権智(父)・実慧(母)を勤め行い、聖胎を成就させるのである。

○第五行五法者。文義同前而不分事理。標列可知。前喻下牒前本喻。先牒次合。初文先反譬無五法則所作不成。初不肯作譬無樂欲。作不慇懃譬無精進。不存作法譬無念也。作不巧便譬無慧也。作不專一譬無一心。則事不成譬正行不成。今亦如是下合無五法。若無兩字總冠於下。若無樂欲希慕。合無樂欲。若無身心苦策。合無精進。若無念想合無念。若無方便合無巧慧。若無一心合無一心。止觀合正行不成者。備上二十若無五法尚自不成。況二十中闕或無五法耶。若能下正合有五法。亦以若能兩字冠下五句。若能欣習無厭。合有樂欲。若能曉夜匪懈。合有精進。若能念念相續。合有念。若能善得其意。合有巧慧。若能一心無異。合有一心。此人下合正行成就。次二譬者。船游法性之水以至彼岸。次鳥如行者從初發心遊實相空。至涅槃果。若無五法諸行不成。又以初住而為所至。無此五法下舉淺況深。故初文云小事尚難。即世禪也。當知下結意也。大即三教小即三藏。事即世禪理即出世。又世出世各有事理。故前初文通約漸頓以釋方便。次別約今文圓頓之教。於五品之前以立二十五法。為遠方便。準此為例。三教並應別於外凡之前並用二十五法。為遠方便。但近方便所觀各別。若修事禪則以七境為近方便。若兩教二乘則以八境為近方便。若通教二乘復以三藏為所觀境。亦用八境半為近方便。三藏菩薩專以前九境界。為近方便。若通別菩薩亦以十境。為近方便。據此意者託事生解。隨其所為立行不同。今文顯圓亦須寄次以顯不次。又復隨事先立於次。若論元意專在不次。又前四科寄事顯理。則約事論轉。今此五法即事論轉。是故直約法相而說。不須更為事理二重。是故但云為大小事理而作方便。隨為何教而生樂欲乃至一心。次正釋中先判定體方便不同。次正釋方便。初文先旁引成論瓔珞。明方便不同。瓔珞四禪各一默。然支為定體。次毘曇下今家正用。即此五法俱為方便。大論同毘曇故也。初約初禪。次約三觀。初禪中云施戒忍世間常法。如客主之法。法應供給。乃至畜生亦知布施。或畏他故而持戒。如畏王法等。或畏他故行忍。今欲知諸法實相行般若修禪定。禪定為智慧之門。為禪定故故須精進。復次施戒忍是大福德。更欲修妙定妙慧。故加精進。譬如穿井見濕土泥。若無精進水不可得。鑽火亦然。此中云今欲求般若者。且約遠論。如向所論既求初禪。五法並應盡為初禪之方便。般若亦應世智而已。引佛說者。如瑞應云不得佛終不起等得是三事者精進定慧也。因果合論則十二觀者。初攀為因至上為果。初厭為因去下為果。若依此言下簡異也。依此攀厭因果之言。似不殊外道。此是佛弟子暫用六行。以修初禪。用禪以為實相方便。或為諸教方便。並名正法。準此文意雖云初禪。此禪亦為諸教之門。如漸次修故列在三觀之初。決定一心者。決定為求初禪。乃至三觀非已入定。若已入定即正修也。何名方便。次約三觀中初是空觀。復次欲者欲化眾生下假觀。復次欲者如薩陀波崙下中觀。於中先約求般若。即是求於中道之教。次從復次重說下即是約觀。初約求般若中。云七日七夜等者。七日七夜閑林悲泣。不知何處聞般若。七歲行立者。至香城中值曇無竭菩薩入定。待彼起定七歲行立不坐不臥。賣身等者。初聞空聲云。香城中有菩薩。名曇無竭。為辦供養以自賣身。高聲唱令。為魔所蔽人無聞者。雖蔽餘人並是不能為我辦供養者。有長者女。於高樓上獨聞菩薩自賣身聲。而為菩薩廣辦供具。故云魔不能蔽。刺血等者。在彼行立過七歲已。菩薩定起求水灑地。以散香華。為魔隱水更加精進自刺身血。魔雖隱水。增其善巧勇猛之念。一心者。常求般若不生餘想。菩薩既求不共般若。亦得是引證意也。次約觀者。初文是欲。不雜下進。繫緣下念。修中下巧慧。息於二邊下一心。準義亦應更明大心三觀。向約教明求於般若。已是求於圓實般若也。是故從略不復更明。從此二十五法下結示二十五法功用。一切者亦不出世間及以四教。以世禪四教觀解。導此二十五法則所為皆別。故云亦轉。譬中云曲弄等者。正曲之弄名為曲弄。調紘即正曲之序也。細分無量者。通舉世禪。禪禪不同。及以諸教四門。門門不同。故成無量。今用下正明今文方便功深。即為圓頓遠方便也。以對十境為近為內故也。大品下證。既見理已理無遠近。即以遠方便為外。近方便為內。以此方便觀不思議見不思議。誰復更論內外近遠。雖非內外必假內外成於妙觀。故云不以無觀得是智慧。是智慧者。中道種智以為能觀。今且下且寄未見理前。須立此二十五外方便也。然不可定執下破執。若以解導事。及觀境界不失觀意。則俱成方便。若失此意則內外俱非。人不見之。痛哉痛哉。

○第五の五法。文と義は前と同じだが、事と理を分けない。標として列挙すればわかるであろう。前の譬喩の下で、以前の根本の譬喩を繰り返す。まず前の譬喩を繰り返し、次に合わせる。初めの文ではまず、五法がなければ作ったことが成就しないという逆の譬喩を示す。「初めに作ろうとしない」は楽欲がないことを譬える。「作るのに熱心でない」は精進がないことを譬える。「作法を保たない」は念がないことを譬える。「作るのに巧みでない」は智慧がないことを譬える。「作るのに専一でない」は一心がないことを譬える。「そうすれば事が成就しない」は正しい行いが成就しないことを譬える。

「今もまたこのように」の下で、五法がないことを合わせる。「もし」の二字が全体を総括する。「もし楽欲や憧れがない」は楽欲がないことに合わせる。「もし身心を苦しめて奮い立たせることがない」は精進がないことに合わせる。「もし念や想いがない」は念がないことに合わせる。「もし方便がない」は巧みな智慧がないことに合わせる。「もし一心がない」は一心がないことに合わせる。「止観が正しい行いの成就しないことに合わせる」とは、上記の二十の条件を備えていても、もし五法がなければ、そもそも成就しない。ましてや二十のうちに欠けがあったり、五法がなかったりしたらなおさらである。

「もし~ならば」の下で、正しく五法があることを合わせる。また「もし~ならば」の二字で下の五つの句を総括する。「もし喜んで学び飽くことがないならば」は楽欲があることに合わせる。「もし昼夜に怠ることがないならば」は精進があることに合わせる。「もし念念相続するならば」は念があることに合わせる。「もしその意をよく得るならば」は巧みな智慧があることに合わせる。「もし一心で異なることがないならば」は一心があることに合わせる。「この人」の下で、正しい行いが成就することに合わせる。

次に二つの譬喩について。船は法性の水を行き、彼岸に至る譬えである。次に鳥は、修行者が初発心から実相の空に遊び、涅槃の果に至る譬えである。もし五法がなければ、諸々の行いは成就しない。また、初住を到達すべき所とする。「この五法がなければ」の下で、浅いものを挙げて深いものを明らかにする。だから初めの文で「小事ですら難しい」と言うのは、すなわち世間の禅定のことである。「まさに知るべきである」の下で、意味を結ぶ。「大」は三教、「小」は三蔵のことである。「事」は世間の禅定、「理」は出世間のことである。また、世間と出世間に、それぞれ事と理がある。だから、前の初めの文では、概ね頓と漸に従って方便を説明した。次に、特に今の文では、円頓の教えについて、五品の位の前に二十五法を立てて、遠方便とする。これに準じて例とするならば、三教はみな、外凡の位の前に二十五法を用いるべきであり、それを遠方便とする。ただ、近方便において観ずる所はそれぞれ異なる。もし事の禅定を修するならば、七つの境を近方便とする。もし両教の二乗ならば、八つの境を近方便とする。もし通教の二乗ならば、さらに三蔵を観ずる所の境とし、また八つの境の半分を近方便とする。もし三蔵の菩薩ならば、専ら前の九つの境を近方便とする。もし通教・別教の菩薩ならば、また十の境を近方便とする。この意味に基づけば、事に託して解を生じ、そのなすところに従って、行いの立て方が異なる。今の文で明らかにする円教も、また、次第に寄って、不次第を顕わす必要がある。さらに、事に従って、まず次第を立てる。もし元の意を論ずるならば、専ら不次第にある。また、前の四つの科では、事に寄せて理を顕わすから、事について転ずることを論じる。今、この五法は、事について転ずることを論じる。だから、直接、法相について説くのであって、改めて事と理の二重にする必要はない。だから、ただ「大小の事理のための方便となる」とだけ言い、どの教えに従って楽欲乃至一心を生じるかは、そのときの状況によるのである。

次に、正しい解釈の中で、まず、体と方便の違いを判定する。次に、正しく方便を解釈する。初めの文では、まず、『成実論』と『瓔珞経』を引き合いに出し、方便の違いを明らかにする。『瓔珞経』では、四禅はそれぞれ一つの黙によっており、しかし、支分は定の体である。次に『毘曇』の下で、我が宗で正しく用いる。すなわち、この五法はすべて方便となる。『大智度論』も『毘曇』と同じである。

まず、初禅について約する。次に、三観について約する。初禅の中で「施し、戒め、忍耐は世間の常法である。例えば、客と主の関係のように、当然、供給すべきである。畜生でさえも布施を知っている。あるいは、他者を恐れて戒めを守る。例えば、王の法を畏れるなどのように。あるいは、他者を恐れて忍耐を行う。」今、諸法の実相を知ろうとして般若を行じ、禅定を修する。禅定は智慧の門である。禅定のために、ゆえに精進を必要とする。さらに、施し、戒め、忍耐は大いなる福徳である。さらに妙なる定と妙なる智慧を修しようと欲するので、精進を加える。例えば、井戸を掘って、湿った土や泥を見るようなものである。もし精進がなければ、水は得られない。火を鑽るのも同じである。ここで「今、般若を求めようとする」と言うのは、ひとまず遠い観点から論じている。先に論じたように、すでに初禅を求めるならば、五法はすべて、尽く初禅の方便となるべきである。般若もまた、世間の智慧にすぎないはずである。

仏の説法を引用する。例えば『瑞応経』に「仏を得るまでは決して起き上がらない」などと言う。これらの三つの事を得るとは、すなわち精進と定と慧である。因果を合わせて論じれば十二観となる。初めに攀じることを因とし、上がることを果とする。初めに厭うことを因とし、去ることを果とする。「もしこの言葉に従うならば」の下で、異なることを簡別する。この攀じ厭う因果の言葉に従えば、外道と変わらないように思われる。しかし、これは仏弟子が暫く六行を用いて、初禅を修するのである。禅を用いて、実相の方便とする。あるいは、諸々の教えの方便とする。これらはすべて正法と名づける。この文の意味に準じれば、初禅と言っても、この禅もまた諸々の教えの門となる。例えば、漸次に修するので、三観の初めに列挙されているのである。

「決定して一心である」とは、決定して初禅、乃至三観を求めることである。すでに入定しているわけではない。もしすでに入定しているならば、それは正しい修行であり、どうして方便と言えようか。

次に、三観について約する中で、初めは空観である。「さらに、欲するとは」の下の「衆生を教化しようと欲する」は假観である。「さらに、欲するとは、例えば薩陀波崙菩薩の場合」の下は中観である。その中で、まず般若を求めることについて約する。これは中道の教えを求めることである。次に「さらに、重ねて説くならば」の下からは、観について約する。初めに般若を求めることについて約する中で、「七日七夜など」と言う。七日七夜、閑林で悲しみ泣きながら、どこで般若を聞けばよいかわからなかった。七歳の間、立ち続けたとは、香城に行って曇無竭菩薩が入定しているのに出会い、彼が定から起きるのを待って、七歳の間、立ち続けて座ったり横になったりしなかったことである。「身を売るなど」とは、初めに虚空中の声を聞いて、「香城の中に菩薩がいて、曇無竭と名づける」と知り、供養のために自らの身を売った。声高に叫んで売りに出したが、魔に覆われて誰も聞かなかった。しかし、他の人を覆い隠しただけで、私のために供養を用意してくれる者はいなかった。ある長者の娘がいて、高楼の上でただ独り、菩薩が自らの身を売る声を聞いて、菩薩のために広く供具を用意した。だから「魔は覆い隠すことができなかった」と言う。「血を刺すなど」とは、そこに立ち続けて七歳を過ぎた後、菩薩が定から起きて、水を求めて地面に撒き、香華を散らそうとした。魔が水を隠したので、さらに精進して、自らの身を刺して血を出した。魔は水を隠したが、その善巧と勇猛の念を増した。一心とは、常に般若を求め、他の想いを生じないことである。菩薩はすでに不共の般若を求めており、この引用もその意を得ている。

次に、観について約する。初めの文は欲である。「雑らない」の下は進である。「縁を繫ぐ」の下は念である。「中を修する」の下は巧慧である。「二辺を息める」の下は一心である。意味に従えば、また、大心の三観を明らかにすべきであるが、先に教えについて般若を求めることを明らかにしたので、これはすでに円実の般若を求めることであった。それゆえ、省略して改めて明らかにしない。

「この二十五法から」の下で、二十五法の功用を結んで示す。「一切」とは、世間および四教を出ない。世間の禅定と四教の観解で、この二十五法を導けば、そのなすところはみな別々である。だから「また転ずる」と言う。譬喩の中で「曲弄など」と言う。正曲の弄を曲弄と名づける。調紘とは、正曲の序である。「細かく分ければ無量」とは、世間の禅定を概して挙げる。禅定ごとに同じではない。および諸教の四門。門ごとに異なる。だから無量となる。「今用いる」の下で、正しく今の文の方便の功の深いことを明らかにする。すなわち、円頓の遠方便となる。十境に対する近方便・内方便であるからである。

『大品経』の下で証する。すでに理を見れば、理に遠近はない。すなわち、遠方便を外とし、近方便を内とする。この方便によって、不思議を観じて不思議を見る。誰がさらに内外・近遠を論じようか。内外ではないとはいえ、必ず内外によって妙観を成就する。だから「観なくしてこの智慧を得ることはない」と言う。この智慧とは、中道の種智を能観とする。

「今、ひとまず」の下で、ひとまずまだ理を見る前について、この二十五の外方便を立てる必要があることを述べる。「しかし、決して固定して執着してはならない」の下で、執着を破る。もし解によって事を導き、および境を観じることが、観の意を失わなければ、すべて方便となる。もしこの意を失えば、内外ともに正しくない。人がこれを見ないのは、痛ましいことである。

止觀輔行傳弘決卷第四之四

止観補行伝弘決 巻第四之四


第三
第五

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